ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
木々の間に立っていた少年は、どう見ても森を歩く普通のトレーナーではなかった。
身体を覆う鎧。腰には刀のようなものまで差している。
サトシの腕の中にいるトランセルを確認すると、少年は真っ直ぐこちらへ歩いてきた。
「お前、マサラタウンから来たトレーナーか?」
「そうだけど」
答えると、少年の目つきが変わった。
「やはりそうか! 拙者はこのトキワの森で修行を続けるポケモントレーナー! マサラタウンから来たトレーナーたちとも戦ってきた!」
サトシは小さく息を吐いた。
やはり――サムライだ。
前世で知っている相手とはいえ、実際に目の前で見るとかなり変わった格好をしている。
「その中にシゲルって奴はいなかった?」
「いた! 生意気な奴であった!」
「……まあ、否定はしない」
「何よ。知り合い?」
横からカスミが聞いてくる。
「幼なじみ。俺のライバルだよ」
「ふーん」
カスミが妙に納得した顔をした。
その間にも、サムライはサトシを観察している。
肩のピカチュウ。
上空を旋回しているピジョン。
そして腕に抱えられたトランセル。
「マサラタウンのトレーナーならば、拙者と勝負しろ!」
「いいよ」
サトシは迷わず答えた。
トレーナーとの実戦経験はいくらあっても困らない。それに、加入したばかりのピジョンが人間の指示を受けながらどこまで戦えるのかも確認しておきたかった。
「ただし、ポケモンに無理はさせない。それでいいならな」
「望むところ!」
少し開けた場所へ移動する。
カスミが二人から離れ、ピカチュウもサトシの肩から降りた。
「ピカ?」
「今回は見ててくれ」
「ピカ!」
サトシが空へ目を向ける。
「ピジョン!」
「ピジョー!」
待っていたとばかりにピジョンが急降下し、サトシの前へ着地した。
サムライもモンスターボールを構える。
「行け、カイロス!」
白い光とともに、大きな角を持つポケモンが現れた。
「カイロース!」
ピジョンを見た瞬間、カイロスが大きな角を開く。
「始めるぞ!」
「来い!」
先に動いたのはカイロスだった。
地面を蹴り、一気に距離を詰めてくる。
「ピジョン、上だ!」
「ピジョ!」
翼を広げ、ピジョンが飛び上がる。
カイロスの角が空を切った。
「逃がすな!」
カイロスが跳ぶ。
その高さにサトシも少し驚いたが、ピジョンは慌てなかった。
「でんこうせっか!」
白い光を纏って加速し、空中でカイロスの横へ回り込む。
「そのまま、つばさでうつ!」
「ピジョー!」
勢いを乗せた翼がカイロスの背中を叩いた。
「カイッ!」
カイロスが地面へ落ちる。
だが、すぐに立ち上がった。
「まだだ!」
サムライの声に応え、再びカイロスが前へ出る。
今度はピジョンが低空へ降りてくるのを待っていた。
大きな角が迫る。
「ピジョン、かぜおこし!」
「ピジョー!」
翼が力強く振り抜かれ、正面から強風が叩きつけられる。
カイロスが踏ん張る。
止まらない。
「力ならカイロスは負けん!」
「だったら正面から押し合わない!」
サトシが腕を上げる。
「上へ抜けろ!」
ピジョンが風を止め、急上昇する。
勢い余ったカイロスが前へ出た。
その頭上を取ったピジョンが旋回する。
「たつまき!」
「ピジョーッ!」
渦巻く風が上から襲いかかった。
「カイロス!」
風に巻き込まれたカイロスの身体が浮き、そのまま地面へ落ちた。
「今だ、でんこうせっか!」
ピジョンが一直線に急降下する。
「ピジョー!」
一撃。
「カイ……!」
カイロスは数歩よろめき、そのまま地面へ倒れた。
しばらく待っても起き上がらない。
「そこまで!」
見守っていたカスミが告げる。
「カイロス戦はサトシの勝ち!」
「よし!」
「ピジョー!」
ピジョンが嬉しそうに旋回してから、サトシの前へ降りてくる。
サトシはその首元を撫でた。
「やったな。俺の指示にもちゃんと合わせられてた」
「ピジョ!」
野生時代から持っていた実力に加え、こちらの意図にも素早く対応できる。
想像していた以上に頼もしい仲間だ。
サムライはカイロスを戻しながら、じっとサトシを見た。
「お前……本当に旅立ったばかりなのか?」
「一応な」
「一応って何よ」
カスミの突っ込みは無視する。
サムライは悔しそうにしながらも、次のボールを取り出した。
「だが勝負はまだ終わっておらん! 行け、トランセル!」
光の中から現れたのは――トランセル。
「トランセル!」
「お」
サトシが腕の中を見る。
こちらのトランセルも相手を見つめていた。
「どうする?」
「トランセル!」
腕の中で身体を動かす。
戦う気らしい。
サトシは笑って地面へ降ろした。
「じゃあ行ってこい」
「トランセル!」
奇妙な対戦カードが完成した。
トランセル対トランセル。
「……地味な戦いになりそうね」
カスミが呟く。
サトシも少しだけ同意した。
とはいえ、自分のトランセルは昨日までキャタピーだった。『いとをはく』も『たいあたり』も使える。
進化した身体でどう戦うかを見るにはいい機会だ。
「トランセル、たいあたり!」
「トランセル!」
身体を倒す勢いを利用し、前へ跳ねる。
「かたくなる!」
サムライのトランセルの殻が輝いた。
こちらのたいあたりが直撃する。
しかし、ほとんど動かない。
「やっぱり硬いな」
「当然! 拙者のトランセルの守りは完璧だ!」
「だったら――いとをはく!」
「トランセル!」
白い糸が飛び、相手の身体へ絡みついた。
「何っ!?」
「キャタピーの時に覚えた技は、進化しても使える」
糸が近くの木の根にも絡む。
「引っ張れ!」
「トランセル!」
自分から大きく動けないなら、糸を使えばいい。
相手のトランセルの身体が引かれ、体勢が崩れる。
「そこへたいあたり!」
サトシのトランセルが身体を傾けた――。
その時だった。
ブゥゥゥゥン――。
低く、不気味な羽音。
サトシの表情が変わる。
同時に波導を広げる。
一匹や二匹ではない。
「まずい」
「どうしたの?」
カスミが聞いた直後、木々の向こうから黄色と黒の影が飛び出した。
「スピアー!」
一匹。
二匹。
その後ろから、さらに何匹も続く。
「何でこんなに!?」
「話は後! ポケモンを戻せ!」
サムライが自分のトランセルを回収する。
サトシも手を伸ばした。
「トランセル!」
だが、その直前。
スピアーの一匹がこちらへ急降下してきた。
狙いはサトシだった。
「ピカ!」
ピカチュウが前へ飛び出す。
それよりも近い場所から、トランセルが身体を動かした。
「トランセル!」
サトシの前へ割り込む。
スピアーの攻撃を硬い殻で受け止めた。
「トランセル!」
「大丈夫か!?」
殻に大きな傷はない。
だが、その間に別のスピアーが飛び込んできた。
トランセルの身体が持ち上げられる。
「トランセル!」
「っ!」
サトシが手を伸ばす。
届かない。
「ピジョン!」
「ピジョー!」
ピジョンが追う。
「かぜおこし!」
強風がスピアーたちを押し返す。
トランセルを運んでいる一匹へ近づこうとしたところで、さらに数匹が横から飛び込んできた。
「ピジョッ!」
ピジョンが急旋回してかわす。
「サトシ、こっち!」
カスミが叫ぶ。
周囲を見れば、木々のあちこちにコクーンがいる。
ここで大規模な戦闘を続ければ、さらに群れを刺激しかねない。
「……くそっ」
拳を握る。
追いたい。
だがピカチュウやピジョンに無茶をさせ、コクーンまで一斉に刺激すれば状況はさらに悪化する。
「一度離れる!」
サトシたちは森を走った。
◇
安全な場所まで離れても、サトシは休もうとしなかった。
目を閉じ、意識を森へ広げる。
ピカチュウならすぐ分かる。
長い時間を一緒に過ごしてきた、最も慣れ親しんだ波導だからだ。
トランセルとはまだ出会ってから日が浅い。
それでもキャタピーだった頃から何度も触れ、戦い、一緒に過ごしている。
「……いた」
微かな感覚を拾う。
遠い。
だが消えてはいない。
「分かるの?」
カスミが尋ねる。
「大体の方向なら」
サトシは目を開けた。
「助けに行く」
「待て」
サムライが止める。
「スピアーの群れの中心へ正面から入るつもりか?」
「だから考えて入る」
サトシは即答した。
焦って突っ込むのと、何もしないのは違う。
「ピジョン。上から様子を見てきてくれるか?」
「ピジョ!」
「ただし近づきすぎるな。危ないと思ったらすぐ戻れ」
ピジョンが飛び立った。
サトシはその間に森の地形を確認する。
ピカチュウも隣で待っていた。
「ピカ」
「大丈夫。絶対連れて帰る」
トランセルは仲間を守ろうとして前へ出た。
なら今度は、自分の番だ。
◇
ピジョンの偵察と波導を頼りに進み、サトシたちはついにスピアーたちの巣へ辿り着いた。
木々には大量のコクーン。
少し離れた場所にはスピアー。
そして――。
「トランセル」
木の根元にいる緑色の身体。
「いた!」
サトシが駆け出そうとする。
サムライが腕を掴んだ。
「待て。コクーンを刺激するな」
分かっている。
サトシも足を止める。
ここからどう近づくか。
そう考えた瞬間。
「見つけたわよ、ジャリボーイ!」
「……最悪のタイミングだ」
「ピカァ……」
サトシとピカチュウの反応が重なった。
木の上からムサシ、コジロウ、ニャースが姿を現す。
「今度こそそのピカチュウを――」
「静かにしろ!」
サトシが小声で怒鳴る。
「何よ、その態度!」
「周り見ろ!」
「周り?」
ムサシたちが振り向く。
大量のコクーン。
一瞬の沈黙。
「……これ全部ポケモンかニャ?」
「刺激するなよ」
サトシが警告した、その直後。
ニャースが足を滑らせた。
「ニャーッ!?」
枝から落ち、コクーンへ激突する。
「…………」
「…………」
「…………」
サトシは額を押さえた。
「やっぱりこうなるのかよ……!」
コクーンの身体が次々と光り始めた。
「何なの!?」
「進化だ!」
殻が開く。
一匹。
二匹。
十匹。
それ以上。
スピアーが次々と羽ばたき始める。
「逃げるわよ!」
ムサシが叫ぶ。
「自分たちで起こしたんだろ!」
そんなやり取りをしている場合ではない。
大量のスピアーが一斉に動き出した。
「ピジョン、かぜおこし! 道を作れ!」
「ピジョー!」
強風が吹き抜ける。
群れの一部が押し戻された。
「ピカチュウ、ピジョンを援護!」
「ピカ!」
ピカチュウが電撃を放ち、接近してくるスピアーを牽制する。
「カスミとサムライはここにいて!」
「サトシ!?」
サトシは走り出した。
身体へ薄く波導を纏う。
脚へ集中。
一歩が速くなる。
スピアーの間を抜ける。
右。
左。
正面。
生き物の存在を感じ取れるだけでも、死角からの接近には対応しやすい。
「トランセル!」
あと少し。
スピアーが横から迫る。
サトシは身体を沈めた。
頭上を針が通過する。
そのまま前へ。
手を伸ばす。
「捕まえた!」
トランセルを抱き上げる。
「トランセル!」
「ごめんな。待たせた」
腕の中から返事があった。
言葉そのものが分かるわけではない。
それでも、安心したことくらいは伝わってくる。
「帰るぞ!」
振り向く。
だが、一匹のスピアーがすでに背後まで迫っていた。
波導で存在を捉える。
避ける――そう判断した瞬間。
腕の中のトランセルが動いた。
「トランセル!」
「待て!」
トランセルがサトシの腕から飛び出し、攻撃を受け止めた。
硬い殻へ鋭い一撃が入る。
「トランセル!」
地面へ落ちる。
「トランセル!」
サトシが抱き起こした。
殻に亀裂が走っている。
「おい……!」
白い光が漏れた。
サトシの目が見開かれる。
傷が広がっているのではない。
これは――。
「進化……!」
トランセルの全身が眩い光に包まれた。
身体の形が変わる。
殻から伸びる細い脚。
大きく広がる白い翼。
光が消える。
「フリィー!」
バタフリーが羽ばたいた。
昨日まで地面を這っていたキャタピー。
空を飛ぶバタフリーを見上げ、自分もああなりたいと願っていた。
その願いが今、叶った。
「バタフリー……!」
「フリィ!」
サトシの周囲を一周する。
まだ飛び方は少し不安定だ。
けれど確かに、自分の翼で飛んでいる。
「おめでとう!」
「フリィ!」
喜んでいる時間は長くなかった。
スピアーの群れが再び迫る。
「まず飛ぶことに慣れろ! 無理に戦わなくていい!」
「フリィ!」
バタフリーは羽ばたく。
だが、逃げなかった。
サトシの前へ出る。
大きな翼を力いっぱい振った。
「フリィーッ!」
突風。
「これは……!」
スピアーたちが風に押し戻される。
『かぜおこし』。
進化した身体が本能的に引き出した技だった。
「今のだ! もう一度できるか?」
「フリィ!」
バタフリーが翼を広げる。
再び風が生まれる。
だが今度は一度目ほど強くない。風向きも少しずれた。
「大丈夫! 今はそれでいい!」
まだ覚えたとは言えない。
初めて使えたばかりなのだから。
それでもバタフリーは諦めずに羽ばたく。
その時、翼から細かな粉が舞った。
「……ん?」
淡い粉が風に乗る。
スピアーの一匹が動きを鈍らせた。
続いてもう一匹。
次々と地面へ降りていく。
「ねむりごな……!」
サトシはすぐに気づいた。
バタフリー自身も驚いている。
「フリ?」
自分が何をしたのか完全には理解していないらしい。
それでも粉は広がっていく。
スピアーたちが次々と眠り始めた。
さらに――。
「なんだか眠くなってきたわ……」
「僕も……」
「ニャーもニャ……」
少し離れたところにいたロケット団までふらふらし始める。
「だから近づくなって言ったのに……」
三人揃って倒れた。
サトシは苦笑した。
「バタフリー、粉は止めろ! 味方まで眠る!」
「フ、フリィ!」
慌てて羽ばたきを止める。
まだ制御できていない。
けれど今後きちんと練習すれば、大きな武器になる。
「よくやった!」
「フリィ!」
ピジョンが上空から戻ってくる。
「ピジョ!」
ピカチュウも駆け寄った。
「ピカピカ!」
「フリィ!」
バタフリーは嬉しそうに二匹の周囲を飛び回る。
サトシはその光景を見上げた。
キャタピーとして仲間になってから、まだそれほど時間は経っていない。
それでも、この小さなポケモンは自分から強くなりたいと願い、トランセルへ進化し、そして今――憧れていた翼を手に入れた。
「これからもっと強くなろうな、バタフリー」
「フリィ!」
◇
スピアーたちの巣から十分に離れたところで、サトシたちはようやく足を止めた。
「ふう……」
カスミが木にもたれかかる。
「もうトキワの森はこりごりよ」
「まだ抜けてないぞ」
「分かってるわよ!」
サトシは笑いながら、バタフリーの身体を確認する。
進化したばかりで疲労はあるが、大きな問題はなさそうだった。
すると、少し離れたところからサムライが声をかけてきた。
「サトシ」
「ん?」
「先ほどの勝負――まだ終わっていない」
サトシは目を瞬いた。
それから口元を上げる。
「そうだったな」
カスミが呆れた顔になる。
「今から続けるの?」
「決着はつけたいだろ」
「当然!」
サムライが力強く答える。
ただし、サトシはすぐにはバタフリーを出さなかった。
「バタフリー。どうする?」
「フリィ!」
疲れているならやめるつもりだった。
だがバタフリーは迷わず前へ飛び出した。
サトシには、その理由もなんとなく分かった。
トランセルだった時に始めた勝負だ。
自分の手で最後まで戦いたいのだろう。
「分かった。ただし無理はするなよ」
「フリィ!」
サムライも自分のトランセルを出した。
「トランセル!」
中断前と同じ二匹。
しかし片方だけは、大きく姿を変えている。
カスミが二匹の間に立った。
「じゃあ、さっきの続きね。どちらかが戦えなくなるか、トレーナーが降参したら終了!」
サトシとサムライが頷く。
「再開!」
「トランセル、かたくなる!」
サムライが即座に守りを固める。
トランセルの殻が輝いた。
「バタフリー、たいあたり!」
「フリィ!」
バタフリーが飛び出す。
空を飛べるようになったことで、同じ技でもキャタピーの頃とは速度が違う。
「トランセル!」
直撃。
それでもサムライのトランセルは耐えた。
「どうだ! 進化したところで、この守りは崩せん!」
「硬いな」
サトシは素直に認める。
だが、攻撃を何度も正面から当て続ける必要はない。
「バタフリー、上へ!」
「フリィ!」
高度を上げる。
サムライが見上げる。
「何をするつもりだ?」
「さっき覚えたばかりだけど――やってみよう」
バタフリーもサトシを見る。
「『かぜおこし』だ!」
「フリィー!」
翼を振る。
強い風がトランセルへ向かう。
「耐えろ!」
「トランセル!」
硬い殻で風を受ける。
倒れない。
だが身体は少しずつ後ろへ押されていく。
「もっと強く!」
「フリィ!」
風が強まる。
トランセルの身体が地面を滑った。
サトシはその動きを見逃さない。
「今だ! 風を止めて急降下!」
「フリィ!」
かぜおこしを止めた瞬間、バタフリー自身も風に乗って前へ出る。
「たいあたり!」
「フリィー!」
上から勢いをつけた一撃。
「トランセル!」
トランセルが大きく転がった。
それでも起き上がろうとする。
「まだだ! かたくなる!」
「守り切るつもりか」
攻撃を受けても、さらに殻を硬くする。
サムライのトランセルも強い。
なら――。
サトシはバタフリーを見る。
「もう一回、かぜおこし!」
「フリィ!」
再び風が吹く。
先ほどより狙いが正確だった。
トランセルの身体が押される。
「耐えろ!」
サムライが叫ぶ。
だが今度の狙いは、ただ押し飛ばすことではない。
「右から回り込め!」
バタフリーが移動する。
風の方向も変わる。
トランセルが横へ転がった。
「反対!」
「フリィ!」
今度は逆側。
トランセルの身体がまた動く。
硬くなっても、自分から素早く位置を変えることはできない。
「これで決める! たいあたり!」
「フリィー!」
風に煽られて体勢を崩したところへ、バタフリーが一直線に飛び込んだ。
激突。
「トランセル!」
サムライのトランセルが地面を転がり――止まった。
「トランセル!」
サムライが呼びかける。
反応はない。
カスミが確認する。
そして右腕を上げた。
「トランセル、戦闘不能!」
一拍置いて。
「勝者、サトシ!」
「よし!」
サトシが拳を握る。
「フリィー!」
バタフリーが嬉しそうに飛んできた。
「やったな!」
サトシが両腕を広げると、バタフリーがその胸へ飛び込んでくる。
「フリィ!」
「キャタピーだった時に始めた勝負を、バタフリーになって終わらせたな」
「フリィ!」
ピカチュウも駆け寄る。
「ピカピカ!」
上空からピジョンも降りてきた。
「ピジョー!」
これで決着は明確だった。
カイロス戦はピジョンが勝利。
トランセル戦は途中で中断されたものの、バタフリーへ進化した後に再開して勝利。
サトシの勝ちだ。
サムライは自分のトランセルを抱き上げ、しばらく悔しそうに俯いていた。
だが、やがて顔を上げる。
「……拙者の完敗だ」
「いい勝負だったよ」
サトシが手を差し出す。
サムライはその手を見る。
そして力強く握り返した。
「サトシ。お前は拙者がこれまで戦ったマサラタウンのトレーナーたちとは違う」
「まだ旅は始まったばかりだけどな」
「ならば、この先どこまで強くなるのか楽しみだ」
サトシは笑った。
「俺もだよ」
◇
勝負を終えたあと、少し休憩を取った。
その間にサトシはバタフリーを見る。
「さっきの『かぜおこし』、最後の方はかなり安定してたな」
「フリィ!」
最初にスピアーを押し返した時は、本能的に使っただけだった。
だがサムライとの再戦では、狙った方向へ風を送り、さらに自分の位置を変えながら風向きまで調整できた。
「もう一度だけ確認しよう」
少し離れた場所に落ち葉を集める。
「ピジョン、手本を頼む」
「ピジョ!」
ピジョンが翼を広げた。
「かぜおこし!」
「ピジョー!」
風が一直線に吹き抜け、落ち葉だけをまとめて舞い上げる。
「フリィ……」
バタフリーがじっと見る。
「ただ強く羽ばたくだけじゃない。風をどこへ飛ばすのか意識するんだ」
「フリィ!」
バタフリーが翼を振る。
風が起きる。
一度目は少し広がった。
二度目。
狙いへ集まる。
三度目。
「フリィー!」
風が真っ直ぐ伸び、落ち葉が一斉に舞い上がった。
「よし!」
もう一度。
成功。
さらにもう一度。
今度も同じ方向へ飛んだ。
「これなら大丈夫だな。『かぜおこし』、覚えた!」
「フリィー!」
嬉しそうに高く舞い上がる。
ピジョンもその横へ並んだ。
「ピジョ!」
同じ飛行ポケモン。
これから互いに学べることも多いだろう。
「ねむりごなは?」
カスミが聞いてくる。
「あれはまだ駄目だな」
「フリ?」
「使えたけど、自分でも驚いてただろ?」
「フリィ……」
「味方まで眠らせたら大変だ。ちゃんと制御できるようになってからだな」
バタフリーも納得したように頷いた。
『かぜおこし』は正式に習得。
『ねむりごな』はまだ初めて発現しただけ。
そしてこれから先も、覚えさせたい技はいくつもある。
サイケこうせん。
どくどく。
ギガドレイン。
そして、いずれはサイコキネシスまで。
急ぐ必要はない。
一つずつ身につけていけばいい。
◇
やがてサムライに森を抜ける道を教えてもらい、再び歩き始めた。
木々の間から差し込む光が少しずつ増えてくる。
先に抜けたピジョンが空から戻ってきた。
「ピジョー!」
「出口か?」
「ピジョ!」
サトシたちは歩調を速める。
木々を抜ける。
視界が一気に開けた。
その先。
遠くに街が見える。
「ニビシティ……」
カントー地方で最初に挑むことになるジム。
そして、そこで待っているジムリーダー。
タケシ。
使うのはイワークとイシツブテ。
「いよいよ最初のジムね」
カスミが言った。
「ああ」
サトシの肩でピカチュウが前を見つめる。
「ピカ」
ふと、ピカチュウが自分の尻尾へ目を向けた。
サトシも気づいた。
「アイアンテール、か」
「ピカ!」
まだ完成していない。
尻尾へ力を集め、輝きを維持するところまではできるようになった。
しかし、全力で振り抜けば消えてしまう。
ニビジムで必ず必要になるとは限らない。
それでも覚えれば、これから先ずっとピカチュウの武器になる。
「ニビシティに着いたら、また練習しよう」
「ピカ!」
上空ではピジョンとバタフリーが並んで飛んでいる。
旅立った時にはピカチュウだけだった。
今は三匹。
しかも、まだ旅は始まったばかりだ。
サトシはニビシティへ続く道を見据える。
最初のジム。
最初のバッジ。
世界最強のトレーナーとポケモンマスターを目指す旅、その最初の大きな関門が待っている。
「行こうぜ、みんな!」
「ピカ!」
「ピジョー!」
「フリィー!」
三匹の声を受けながら、サトシはニビシティへ向かって歩き出した。