ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
ニビシティを出発してからしばらく。
サトシたちはハナダシティを目指し、山道を歩いていた。
先頭を歩くサトシの肩にはいつものようにピカチュウが乗り、その少し上をピジョンがゆったりと飛んでいる。バタフリーも時折高度を変えながらその後を追い、進化したばかりの身体で飛ぶことにも、昨日よりずっと慣れてきたようだった。
そして、昨日まで二人だった旅の仲間には、新しくタケシが加わっている。
「この道をそのまま進めば、おつきみ山だ。山を越えればハナダシティまではそう遠くない」
地図を確認しながらタケシが言うと、カスミが大きく頷いた。
「やっぱりタケシが来てくれて正解だったわね」
「なんで俺を見るんだよ」
「別に?」
「絶対なんか言いたいだろ」
「ピカピカ」
肩の上でピカチュウまで笑う。
「ピカチュウまで!」
騒がしいやり取りにタケシが苦笑した。
昨日出会ったばかりとは思えないほど、すでに三人で歩くことが自然になり始めている。
サトシ自身、この光景にはどこか不思議な感覚があった。
前世で何度も見た三人。
けれど今は、画面の向こうではない。
自分自身がその真ん中を歩いている。
だからこそ、知っているからといって何もかも同じだとは考えない。
トキワの森までですでに、以前知っていたものとは違う出来事がいくつも起こっている。
自分がいる。
自分が選ぶ。
それだけで未来は変わる。
「見えてきたぞ」
タケシの声に顔を上げる。
岩山にぽっかりと開いた、大きな洞窟の入口。
おつきみ山。
サトシがその名前を頭の中で思い浮かべた直後だった。
「うわあああああっ!」
「!」
洞窟の方から悲鳴が響いた。
「今の声!」
「行くぞ!」
三人が一斉に走り出す。
サトシは走りながら意識を切り替え、波導を前方へ広げた。
すぐに複数の存在が引っかかる。
一つは人間。
その周囲に、小さな生命反応が大量に集まっている。
「前だ! 誰か襲われてる!」
洞窟の入口近くへ駆け込むと、一人の男が頭を抱えながら逃げ回っていた。
その周囲を飛んでいるのは――。
「ズバット!」
何十匹ものズバットだった。
「た、助けてくれぇぇぇ!」
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
肩から飛び降りる。
だがサトシは、すぐに最大出力の攻撃を命じなかった。
ズバットたちは興奮している。
けれど、獲物を仕留めようとしているようには見えない。
苛立っている。
追い立てようとしている。
そんな印象を受けた。
「威力を抑えて、でんきショック!」
「ピカ――チュウッ!」
放たれた電撃がズバットの群れの手前を走る。
バチバチッ!
突然の光と音に驚き、ズバットたちが一斉に散った。
何匹かはこちらを警戒するように旋回したものの、やがて洞窟の奥や岩陰へ逃げていく。
「大丈夫ですか?」
サトシが男へ駆け寄る。
「あ、ありがとう! 助かったよ!」
眼鏡を直しながら男が立ち上がった。
「僕はリカオ。ニビシティ科学博物館の研究員なんだ」
「俺はサトシ。こっちはカスミとタケシ。それからピカチュウ」
「ピカ!」
「ピジョンとバタフリーもいるよ」
頭上を旋回していた二匹が降りてくる。
リカオはポケモンたちを見ると目を輝かせたが、すぐに洞窟へ目を向けて表情を曇らせた。
「それにしても、最近のおつきみ山は本当におかしい……」
「おかしい?」
カスミが尋ねる。
「ああ。もともとズバットは暗い洞窟で暮らすポケモンだ。それなのに今は落ち着きをなくして、外へまで出てきている。他のポケモンたちにも影響が出ているんだ」
サトシは先ほどのズバットたちを思い出す。
やはり理由がある。
「中で何か起きてるんですね」
「そうなんだ。誰かが洞窟の中へ大量の照明を持ち込んでいるらしい」
「照明?」
「行ってみれば分かるよ」
リカオに案内され、サトシたちは洞窟へ入った。
そしてすぐに、その異常さが分かった。
「……明るすぎるな」
サトシが目を細める。
洞窟の壁や地面には人工的なライトがいくつも設置され、本来なら薄暗いはずの内部を昼間のように照らしていた。
岩陰ではパラスが光を避けるように縮こまり、サンドも落ち着かなそうに身体を丸めている。
ズバットにとってはなおさらだろう。
「こんなの、洞窟に住んでるポケモンには迷惑じゃない!」
カスミが怒る。
「そうなんだよ!」
リカオが大きく頷いた。
「どうやら、月の石を探している人間の仕業らしい」
「月の石……」
タケシが呟く。
リカオは途端に研究者らしい顔になった。
「おつきみ山には昔、大きな隕石が落ちたという伝説がある。その隕石こそが月の石だとも言われているんだ。月の石には、一部のポケモンを進化させる不思議な力がある」
サトシは黙って聞いていた。
もちろん知っている。
だが、この世界で実物を見るのは初めてだ。
知識として知っているものと、実際に目にするものは違う。
「進化か……」
ピカチュウがサトシを見上げる。
「ピカ?」
「大丈夫。お前に使ったりしないって」
「ピカ!」
即答するような鳴き声に、カスミが笑った。
「相変わらず進化する気ないのね、ピカチュウ」
「本人が嫌ならそれでいいんだよ」
サトシはそう答え、洞窟の奥を見る。
ポケモンがどう進化するか。
そもそも進化するのか。
最終的に決めるのは、そのポケモン自身であってほしい。
自分が仲間にしたポケモンにも、これからずっとそうするつもりだった。
その時だった。
「サトシ」
タケシが足を止めた。
少し離れた岩陰。
一匹のズバットがこちらを見ている。
先ほどの群れにいた個体だろうか。
「どうした?」
「いや……」
タケシが腰のモンスターボールへ手を伸ばす。
「ちょっとな」
ズバットが飛び出した。
タケシも動く。
しばらくして――。
「よし!」
カチッ、とモンスターボールのランプが消えた。
タケシがそれを拾い上げる。
「ズバット、ゲットだ!」
「いつの間に!?」
カスミが目を丸くする。
サトシも思わず笑った。
知っていたとはいえ、実際に見ると本当に早い。
「さっきから俺たちの近くを飛んでたんだ。元気もありそうだったし、目が合った時にこいつからもやる気を感じたからな」
タケシはボールを見つめる。
「これからよろしくな、ズバット」
新しい仲間を得たタケシにピカチュウたちも声を上げた。
「ピカ!」
「ピジョ!」
「フリィ!」
そのまま洞窟を進んでいると、前方の岩陰から小さな影が現れた。
「ピッ……」
ピンク色の身体。
尖った耳。
背中には小さな羽。
両手で何かを大切そうに抱えている。
「ピッピ!」
カスミの顔が一気に明るくなった。
「かわいい!」
ピッピは驚いて一歩下がった。
抱えているのは小さな石の欠片。
淡い光を帯びている。
「月の石だ!」
リカオが声を上げた。
サトシは腰のモンスターボールへ手を伸ばさなかった。
ただ、しゃがむ。
「大丈夫。取らないよ」
「ピ……?」
ピッピがこちらを見る。
サトシは無理に波導を押しつけず、薄く意識を向ける。
細かな考えまでは分からない。
言葉が聞こえるわけでもない。
ただ――。
大切。
守る。
奥へ。
そんな強い感情と、単純な方向のイメージが伝わってきた。
ピカチュウもピッピへ近づく。
「ピカピカ」
「ピッピ?」
二匹がしばらく鳴き声を交わす。
ピカチュウからも、ぼんやりとしたイメージがサトシへ返ってきた。
やはり奥だ。
この月の石を、どこかへ持っていこうとしている。
「この子、奥に行きたいみたいだ」
「分かるの?」
リカオが驚く。
「細かいことまでは。でも、これを大切にしてて、奥へ運びたいって気持ちは伝わってきます」
「なるほど……」
リカオは興味深そうにサトシを見たものの、今は追及しなかった。
ピッピが歩き出す。
何度か振り返る。
「ついて来いってことか?」
「ピッ!」
サトシたちは顔を見合わせ、その後を追った。
ところが――。
「待ちなさーい!」
聞き覚えのある声が洞窟に響いた。
サトシの眉が動く。
「……やっぱり来たか」
「何よ、その反応」
カスミが言う。
岩陰から現れた三つの影。
ムサシ。
コジロウ。
そしてニャース。
「世界の破壊を防ぐため!」
「世界の平和を守るため!」
聞き慣れ始めた口上を最後まで聞き、サトシは小さく息を吐いた。
「つまり、この照明もお前たちか」
「そういうことよ!」
ムサシが胸を張る。
「月の石を見つければ大儲け!」
「そして珍しいポケモンもまとめていただく!」
コジロウが続ける。
ニャースがピッピの持つ石を指した。
「あの石もよこすニャ!」
「ピッ!」
ピッピが月の石を胸へ抱き締める。
サトシは一歩前へ出た。
「嫌がってるだろ」
「だったら力ずくよ! アーボ!」
「ドガース、出番だ!」
二匹のポケモンが飛び出す。
サトシはモンスターボールを手にした。
「バタフリー!」
「フリィ!」
バタフリーが前へ出る。
「俺も行く。ズバット!」
タケシが先ほど捕まえたばかりのズバットを繰り出した。
「ズバッ!」
「いきなり実戦か」
「こいつならやれる」
「なら一緒に行こう!」
アーボが地面を這い、ドガースが宙を進む。
「ドガース、煙を撒きなさい!」
「ドガァ!」
黒い煙が広がった。
「バタフリー、かぜおこし!」
「フリィー!」
大きく羽ばたく。
トキワの森で覚え、何度も練習してきた風が煙へぶつかった。
煙が押し戻される。
「ちょっと! こっちに来るじゃない!」
「ゲホッ、ドガース!」
「タケシ!」
「ああ! ズバット、ちょうおんぱ!」
「ズバァァッ!」
耳に響く特殊な音が洞窟へ広がった。
アーボとドガースの動きが乱れる。
「今だ、バタフリー!」
サトシが腕を振る。
「もう一度、かぜおこし!」
「フリィィ!」
強い風。
アーボとドガースだけでなく、ムサシとコジロウまで後方へ押される。
「覚えてなさいよー!」
「まだ終わってないからなー!」
二人が洞窟の向こうへ吹き飛ばされていった。
サトシとタケシが顔を見合わせる。
「やるな、ズバット」
「そっちこそ。バタフリー、かなり風を扱えるようになったな」
「フリィ!」
褒められたバタフリーが嬉しそうに一回転する。
だが、サトシは油断しなかった。
ニャースがいない。
「カスミ!」
振り返る。
「え?」
その時には、ニャースが別方向からピッピへ飛びかかっていた。
「月の石はいただきニャ!」
「ピッ!」
「させない!」
カスミが動いた。
「ヒトデマン!」
モンスターボールから星形のポケモンが飛び出す。
「ヘアッ!」
「スピードスター!」
星形の光がニャースへ飛ぶ。
「ニャニャッ!?」
攻撃を受けたニャースが吹き飛ぶ。
「ヒトデマン、みずでっぽう!」
「ヘアッ!」
勢いよく放たれた水が直撃した。
「ニャァァァァ!」
ニャースもムサシたちが飛ばされた方向へ消えていく。
「ふん!」
カスミが腰へ手を当てる。
「ピッピをいじめるなんて許さないんだから!」
「やるじゃん」
「当たり前でしょ!」
ピッピがカスミへ近づく。
「ピッピ!」
「大丈夫よ」
カスミが笑った。
◇
ピッピに案内されてさらに奥へ進む。
やがて人工の照明も届かない場所まで来た。
薄暗い洞窟。
その先に、淡い光が見える。
「……あれは」
サトシが足を止めた。
巨大な空洞。
中央には大きな月の石。
そして、その周囲には――。
「ピッピ……!」
何匹ものピッピがいた。
月の石を囲み、楽しそうに踊っている。
サトシたちを案内したピッピも仲間のところへ走っていき、持っていた欠片を大切そうに置いた。
リカオが息を呑む。
「これが……月の石の本体……!」
サトシも言葉を失っていた。
知っていた。
こういう場所があることも。
ピッピたちが月の石を大切にしていることも。
それでも――実際に見る光景はまったく違う。
月の石の淡い光。
洞窟に響くピッピたちの声。
その一匹一匹から感じる、穏やかな波導。
ここは、このポケモンたちにとって特別な場所なのだ。
「ピカ……」
ピカチュウも静かに眺めている。
サトシはその頭を撫でた。
「綺麗だな」
「ピカ」
だが、その静かな時間は長く続かなかった。
ガラガラガラッ!
突然、洞窟の奥から大きな音が響く。
「何!?」
「まさか……!」
現れたのはロケット団だった。
今度は月の石そのものを運び出そうとしている。
「見つけたわよ!」
「これさえあれば大儲けだ!」
「今度こそいただきニャ!」
「懲りないな、本当に!」
サトシたちは走る。
しかしロケット団も準備していた。
煙幕が広がり、視界が奪われる。
「また煙か!」
「ピカチュウ、近くに!」
「ピカ!」
サトシは波導を広げる。
ロケット団。
ピッピたち。
仲間。
位置は分かる。
だが、大きな物体を運びながらロケット団が洞窟の別の道へ逃げていく。
「こっちだ!」
煙の中でもサトシは迷わない。
「なんで分かるのよ!?」
「波導!」
「あ、そうだった!」
三人が追う。
タケシもモンスターボールを構えた。
「イワーク!」
「グオオッ!」
巨大なイワークが現れる。
「先回りするぞ!」
追跡は洞窟の外まで続いた。
やがてロケット団の進路を塞ぐことに成功する。
「ここまでだ!」
サトシが叫ぶ。
「しつこいわね!」
ムサシが睨む。
その時。
後ろから大勢の足音が聞こえた。
ピッピたちだ。
月の石を奪われたピッピたちが、自分たちから追ってきた。
「ピッピ!」
「ピッ!」
「ピッピ!」
サトシは波導を向ける。
恐怖はある。
それ以上に強いもの。
返してほしい。
守りたい。
自分たちの大切なものを。
サトシは前へ出ようとしたピカチュウへ手を向けた。
「待って」
「ピカ?」
ピッピたちを見る。
これは彼らの大切なものだ。
そして彼ら自身が戦おうとしている。
「……やりたいんだな?」
先頭のピッピがサトシを見る。
「ピッ!」
強い返事。
サトシは頷いた。
「分かった」
一歩下がる。
「任せる」
ピッピたちが前へ並んだ。
そして――。
一斉に指を振り始める。
「ゆびをふる……!」
何が起こるか分からない技。
次の瞬間。
凄まじい爆発が起きた。
「な、何よこれぇぇぇ!」
「今日はよく飛ぶぅぅぅ!」
「ニャァァァ!」
ロケット団が空の彼方へ消えていく。
爆発の衝撃で月の石も砕け、その欠片が空高く舞い上がった。
キラキラと光る欠片が、雨のように降り注ぐ。
「綺麗……」
カスミが呟く。
その光を浴びたピッピたちの一部が、突然輝き始めた。
「進化だ」
サトシが目を見開く。
小さな身体が光に包まれ、輪郭が変わっていく。
光が消えた時、そこに立っていたのは――。
「ピクシー……!」
進化したピッピたち。
ピクシーが仲間たちと喜び合う。
進化しなかったピッピもいる。
サトシはその両方を見ていた。
進化した者。
しなかった者。
それぞれが自分たちのままで喜んでいる。
「やっぱり……これでいいんだよな」
「ピカ?」
「進化するかどうかは、そのポケモンが決めればいい」
ピカチュウを見る。
「お前みたいにな」
「ピカ!」
ピカチュウが笑う。
いつか自分の仲間が増えていけば、そのたびに聞こう。
進化したいのか。
今の姿でいたいのか。
本人が選んだ答えを、自分はできるだけ尊重する。
◇
事件が終わった後、リカオはおつきみ山に残ることを決めた。
「僕はもっとピッピたちのことを知りたい。それに、この場所をこれ以上人間に荒らさせたくないんだ」
「頑張ってください」
「ああ。君たちも旅を頑張って!」
ピッピやピクシーたちにも別れを告げる。
「じゃあな」
「ピカピカ!」
「ピッピ!」
「ピクシー!」
おつきみ山を抜ける頃には、空が明るくなっていた。
山道の向こうには、ハナダシティへ続く道が伸びている。
「これで次はいよいよハナダシティね」
カスミの声がわずかに硬くなる。
サトシはそれに気づいたが、今は何も言わなかった。
代わりに道の脇にある標識へ目を向ける。
何か書いてある。
近づいてみると――。
「……シゲル」
サトシの口元が引きつった。
先にここを通ったらしい。
内容からして、こちらをからかうために残したものなのは間違いない。
サトシは標識から視線を外し、ハナダシティへ続く道を見る。
シゲルも進んでいる。
自分も負けてはいられない。
ただし、焦って追いかけるつもりもなかった。
自分には自分の旅がある。
「次のジムで二個目だな」
「ピカ!」
「ちょっと待って」
カスミが止まった。
「ん?」
「……本当にハナダジム行くの?」
「行くけど?」
「別のジムでもよくない?」
「なんでだよ」
「べ、別に!」
ぷいっと顔を背ける。
サトシは理由を知っている。
それでも知らないふりをして、タケシと顔を見合わせた。
タケシも首を傾げている。
「まあいいや。行こうぜ!」
サトシが歩き出す。
肩にはピカチュウ。
頭上にはピジョンとバタフリー。
隣にはカスミと、新しくズバットを仲間にしたタケシ。
グレーバッジを手に入れ、おつきみ山も越えた。
次に目指すのは、水の街――ハナダシティ。
そして二つ目のジムバッジ。
サトシはまだ知らないふりをしながら、明らかにハナダシティへ近づくほど落ち着きをなくしていくカスミの横を歩いていった。