ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
おつきみ山を越えた翌日。
山道を抜けたサトシたちの前に、ようやく大きな街並みが見えてきた。
「見えた!」
サトシが足を速めると、肩に乗っていたピカチュウも身を乗り出す。
「ピカ!」
「ハナダシティだ」
タケシが地図を閉じ、その隣ではカスミがどこか複雑そうな表情を浮かべていた。
ニビシティを出てからここまで、カスミは普段通りだった。おつきみ山でもピッピたちを助けるために率先して動き、ロケット団を相手にした時にはヒトデマンを迷わず繰り出している。
ところが、ハナダシティが見えてから明らかに様子がおかしい。
「ね、ねえ、サトシ」
「ん?」
「本当にハナダシティに行くの?」
「ここまで来て何言ってるんだよ」
「ほら、旅には寄り道も必要じゃない? もっとこう……別の街を先に見てみるとか」
「二個目のバッジが目の前にあるのに?」
「……そうよね」
カスミががっくりと肩を落とした。
サトシは笑いそうになるのを堪える。
理由は知っている。
もちろん口には出さない。
「カスミ、ハナダシティに何かあるのか?」
何も知らないタケシが尋ねると、カスミは勢いよく首を振った。
「な、何もないわよ!」
「そうか?」
「何もないったら何もないの!」
「変なの」
「サトシ!」
「なんで俺が怒られるんだよ!」
そんなやり取りをしながら街へ入った直後、三人は妙に騒がしい一角へ出た。
ジュンサーが何人もの警察官を連れ、店の周辺を調べている。
「事件かな?」
「みたいだな」
サトシたちが足を止めると、ジュンサーがこちらを振り向いた。
その視線がサトシたちの荷物へ移り――鋭くなる。
「あなたたち、ちょっといい?」
「え?」
「この近くで大型の機械が盗まれたの。見慣れない三人組が街に入ったという話もあってね」
サトシは一瞬黙った。
隣のカスミも眉をひそめる。
「まさか、あたしたちを疑ってるの?」
「確認よ。身分証明になるものは?」
「あります」
サトシがポケモン図鑑を取り出した。
タケシも自分がニビジムの元ジムリーダーであることを説明すると、ジュンサーの警戒が少しずつ解けていく。
「マサラタウンのサトシ……ニビシティで正式にグレーバッジを取得済み。あなたはタケシね」
確認を終えたジュンサーが息を吐いた。
「ごめんなさい。どうやら違ったみたいね」
「何を盗まれたんですか?」
「大型の吸引装置よ。かなり強力なものだから、変な使い方をされると危険なの」
「吸引装置……」
サトシの目が細くなる。
心当たりはある。
だが証拠もない段階で名前を出すわけにはいかない。
「見つけたら知らせます」
「お願いね」
ジュンサーと別れ、三人は再び歩き始めた。
しばらくすると、カスミが突然立ち止まる。
「じゃ、あたしちょっと用事があるから!」
「用事?」
「そう! すっごく大事な用事!」
「どこで?」
「いいでしょ、どこでも!」
カスミはそう言い残すと、返事を待たずに走っていった。
「……なんなんだ?」
タケシが首を傾げる。
「さあ?」
サトシは知らないふりをした。
すると今度はタケシが辺りを見回し始める。
「俺もちょっと行ってくる」
「タケシも?」
「ああ。ちょっとな」
妙に真剣な表情で去っていく。
残されたサトシはピカチュウと顔を見合わせた。
「……二人とも自由だな」
「ピカァ」
ピカチュウも呆れたように鳴く。
「まあいいか。俺たちは予定通り行こうぜ」
「ピカ!」
目指す場所は決まっている。
ハナダジム。
二個目のジムバッジを懸けた戦いだ。
◇
ハナダジムへ着いたサトシは、入口をくぐったところで思わず足を止めた。
「……やっぱりジムには見えないな」
「ピカ」
巨大な建物の内部には、水族館を思わせる設備が広がっている。
さらに奥へ進むと、大きなプール。
その周囲には観客席まで用意されていた。
ちょうど水中ショーが行われているらしく、華やかな衣装を着た三人の女性がポケモンたちと共に泳いでいる。
サトシは空いている席へ座った。
ピカチュウも膝の上からプールを眺める。
水中を自在に泳ぐポケモンと、それに合わせて演技する女性たち。
ジム戦とはまったく違うものだが、ポケモンとの息の合わせ方という意味では見る価値があった。
「ピカピカ」
「綺麗だな」
やがてショーが終了し、観客たちが帰っていく。
サトシは席を立つと、三人の女性のところへ向かった。
「あの!」
「ん?」
三人が振り返る。
「俺、マサラタウンのサトシです。ハナダジムへ挑戦しに来ました」
「あら、挑戦者?」
三人が顔を見合わせた。
サクラ、アヤメ、ボタン。
ハナダジムの三姉妹だ。
「ごめんなさいねぇ」
サクラが困ったように頬へ手を当てる。
「今、まともにジム戦できる状態じゃないの」
「できない?」
「そうなのよ」
アヤメがため息をついた。
「最近、マサラタウンから来たトレーナーたちが続けて挑戦してきてね」
「その中に、シゲルってやついませんでした?」
三人の顔が一斉に変わった。
「ああ! いたいた!」
「すっごく自信満々だった子!」
「強かったわよねぇ」
「……やっぱり」
サトシは額に手を当てる。
どうやらシゲルはここでも先を行っている。
「だから今はポケモンたちも疲れちゃってて、まともに戦えないの」
サクラがそう言うと、奥へ歩いていった。
戻ってきた彼女の手には、一つのバッジがある。
青い雫を思わせる――ブルーバッジ。
「はい」
「……え?」
「ブルーバッジ。わざわざ来てくれたんだから持っていっていいわよ」
サトシは差し出されたバッジを見た。
ピカチュウもサトシを見る。
「ピカ?」
少しだけ沈黙した後、サトシは首を振った。
「いりません」
「え?」
今度は三姉妹が驚く番だった。
「バッジを取りに来たんじゃないの?」
「取りに来ました」
「じゃあ、どうして?」
「俺は戦って、ジムリーダーに認めてもらって取りたいんです」
ニビジムでもそうだった。
ただバッジの数を八個集めればいいわけではない。
強くなるために旅へ出た。
世界最強のトレーナーを目指している。
なら、一つ一つのジム戦にも意味がある。
「戦わないでもらったバッジじゃ、俺には意味がないです」
「ピカ!」
ピカチュウも同意するように鳴いた。
三姉妹が顔を見合わせる。
「でも、戦えるポケモンが――」
「だったら、あたしが相手よ!」
聞き慣れた声が響いた。
サトシが振り返る。
プールサイドの向こうから、一人の少女が歩いてくる。
「カスミ」
「やっぱり来たわね、サトシ」
「やっぱりって……」
「何よ」
「いや、なんでもない」
サトシは笑いを堪えた。
三姉妹の反応は対照的だった。
「あら、カスミじゃない!」
「帰ってきてたの?」
「久しぶり~!」
「ちょっと! 今はそういうのいいから!」
カスミが顔を赤くする。
サトシはあえて首を傾げた。
「知り合い?」
「……姉よ」
「三人とも?」
「そうよ!」
カスミは開き直ったように胸を張った。
「あたしはハナダジム四姉妹の末っ子。水ポケモン使いのカスミよ!」
「へえー」
「その反応なによ!」
「いや、全然知らなかったなーって」
「なんか腹立つ!」
サトシの肩でピカチュウが笑いを堪えている。
「ピ、ピカ……」
「ピカチュウまで笑うな!」
カスミは大きく息を吐き、サトシへ向き直った。
その表情から照れが消える。
「戦わないでもらうバッジはいらないんでしょ?」
「ああ」
「だったら、あたしと戦いなさい」
「もちろん」
即答だった。
カスミの口元にも笑みが浮かぶ。
旅を始めてから何度も一緒に危険を乗り越えてきた。
トキワシティでは共にロケット団と戦い、おつきみ山でも力を合わせた。
だが、トレーナー同士として正式に戦うのは初めてだ。
「受けて立つよ、カスミ」
◇
急遽、プールを使ったジム戦が準備された。
フィールド中央には複数の足場が浮かび、その周囲を大量の水が囲んでいる。
使用ポケモンは二体。
挑戦者側の交代は可能。
サトシがフィールドの片側へ立ち、反対側にはカスミ。
「ピカチュウ」
「ピカ?」
「最初から行くか?」
サトシが尋ねる。
水タイプが相手なら、電気タイプのピカチュウは圧倒的に有利だ。
だがピカチュウはカスミを見る。
それから首を横へ振った。
「ピカ」
「戦いたくない?」
「ピカピカ」
カスミとは仲間だ。
一緒に旅をしてきた。
だから戦いたくない。
そんな気持ちが表情だけでも十分伝わった。
サトシはしゃがみ、ピカチュウと目線を合わせる。
「分かった。無理に戦わなくていいよ」
「ピカ!」
「そこで見ててくれ」
ピカチュウが嬉しそうに頷き、フィールドの端へ移動する。
カスミは少しだけ驚いたようだった。
「いいの? あんたの一番強いポケモンでしょ?」
「本人が嫌がってるのに無理やり戦わせるつもりはないよ」
「……そう」
カスミが微笑む。
「でも、だからって手加減しないからね!」
「望むところ!」
サトシはモンスターボールを構えた。
「行くぞ、バタフリー!」
「フリィー!」
白い光からバタフリーが飛び出し、プールの上空へ舞い上がる。
カスミもボールを投げた。
「お願い、ヒトデマン!」
「ヘアッ!」
おつきみ山でも活躍したヒトデマンが足場の上へ着地する。
「それでは――始め!」
サクラの声が響いた。
先に動いたのはサトシだった。
「バタフリー、いとをはく!」
「フリィ!」
白い糸が一直線に伸びる。
「水の中へ!」
「ヘアッ!」
ヒトデマンがプールへ飛び込んだ。
糸は水面を叩くだけに終わる。
「やっぱりそう来るよな」
サトシは水面を見つめる。
バタフリーは空。
ヒトデマンは水中。
単純な機動力なら、互いに得意な場所が完全に違う。
波導を薄く広げる。
水中に生命の存在を感じる。
どこにいるかは大まかに分かる。
だが、それだけだ。
どの方向を向いているか。
いつ攻撃するか。
そこまでは分からない。
「ヒトデマン!」
カスミの声。
「今よ!」
水面が弾ける。
「右!」
「フリッ!」
バタフリーが身体を傾ける。
飛び出してきたヒトデマンがすぐ横を通過した。
「かぜおこし!」
「フリィィ!」
強い風が直撃する。
ヒトデマンが吹き飛ばされるが、そのまま水へ落ちて姿を消す。
「水に入られると決め切れないか」
「水ポケモンを水の中で相手にするんだから当然でしょ!」
カスミが笑う。
再びヒトデマンが潜る。
今度はすぐに出てこない。
サトシはバタフリーへ視線を向けた。
「水面を見ろ。動いた場所を狙う!」
「フリ!」
小さな波紋。
「そこ! かぜおこし!」
バタフリーが羽ばたく。
風が水面を叩き、大きな波が起こる。
その直後、別の場所からヒトデマンが飛び出した。
「フェイント!?」
「たいあたり!」
「ヘアァッ!」
ヒトデマンの身体がバタフリーへ激突する。
「フリィ!」
バタフリーが大きく飛ばされた。
「バタフリー!」
空中でどうにか体勢を立て直す。
「フリ……!」
まだやれる。
「よし!」
サトシは一瞬だけ考える。
『ねむりごな』。
使えれば有効だ。
だが、ニビジムで分かった。
まだ制御できていない。
広い水上で使えば、どこまで粉が流れるかも分からない。
「使わない」
今は完成している技で戦う。
「バタフリー、低く飛べ!」
「フリ!」
水面ぎりぎりまで高度を落とす。
カスミの眉が動いた。
「何する気?」
「ヒトデマンを出す!」
バタフリーが水面すれすれを飛びながら羽ばたく。
「かぜおこし!」
水面に風が走る。
細かな波が次々と生まれ、プール全体が揺れ始めた。
「これじゃ水面を見ても位置は分からないわよ!」
「それでいい!」
「え?」
水中からヒトデマンが浮上する。
「今!」
バタフリーが急上昇した。
「いとをはく!」
「フリィ!」
今度は避ける間がない。
糸がヒトデマンの身体へ絡みつく。
「やった!」
「まだよ! ヒトデマン、水の中へ!」
ヒトデマンが身体を捻り、そのまま水中へ戻る。
糸を引かれたバタフリーの身体まで下へ引っ張られた。
「フリッ!?」
「バタフリー、糸を切れ!」
だが一瞬遅い。
水面から勢いよく飛び出したヒトデマンが、至近距離からバタフリーへ身体をぶつけた。
「フリィッ!」
バタフリーが足場へ落ちる。
「バタフリー!」
立とうとする。
一度。
羽を動かす。
しかし身体が持ち上がらない。
サクラが確認する。
「バタフリー、戦闘不能!」
カスミが拳を握った。
「よし!」
サトシは息を吐き、バタフリーのところへ向かう。
「よくやった」
「フリ……」
「負けたけど、悪い戦いじゃなかった。水の相手にはもっと練習が必要だな」
「フリィ」
悔しそうではある。
だが、その目は前を向いていた。
サトシはバタフリーをボールへ戻す。
一体目。
こちらが先に失った。
「やるな、カスミ」
「今さら気づいたの?」
「でも、次は取る」
サトシが次のボールを構えた。
「ピジョン、君に決めた!」
「ピジョォォン!」
ピジョンが空高く舞い上がる。
「ヒトデマン、戻って!」
カスミもヒトデマンを戻した。
そして二個目のボールを投げる。
「スターミー!」
白い光の中から現れたのは、大きな星形のポケモン。
中央の赤いコアが光を反射する。
「スターミーか」
サトシの表情が引き締まる。
「行くわよ!」
「来い!」
「スターミー、水の中へ!」
開始と同時にスターミーが飛び込んだ。
「ピジョン、上を取れ!」
「ピジョ!」
高度を上げる。
水面が揺れる。
次の瞬間、スターミーが高速で飛び出した。
「でんこうせっか!」
「ピジョォ!」
ピジョンも加速する。
空中ですれ違う。
互いに攻撃は外れた。
「速いな」
ヒトデマン以上だ。
「スターミー、もう一度!」
水へ戻り、別の場所から飛び出す。
だがピジョンも野生時代から空中戦を続けてきた個体だ。
一度見た速度に簡単には翻弄されない。
「ピジョン、かぜおこし!」
「ピジョォォン!」
風が水面を叩く。
大きな波。
スターミーの着水地点がずれる。
「今度はたつまき!」
ピジョンが羽を大きく動かした。
渦巻く風が水面へ突き刺さり、水を巻き上げながら小さな竜巻となる。
「スターミー!」
水中から出ようとしたスターミーの動きが乱れた。
「今だ! でんこうせっか!」
「ピジョォ!」
白い軌跡。
ピジョンが一気に距離を詰める。
「避けて!」
間に合わない。
ドンッ!
スターミーが吹き飛び、足場へ激突する。
「スターミー!」
中央のコアが点滅する。
それでも立ち上がった。
「まだまだよ!」
カスミの声に応えるように、スターミーが再び水へ飛び込む。
サトシも笑った。
楽しい。
一緒に旅をしている時とは違う。
カスミがトレーナーとして何を考えているのか、バトルを通じて伝わってくる。
水中という自分の得意分野を最大限利用し、こちらの攻撃を受けない。
隙を見つければ一気に攻める。
「面白いな」
「何笑ってるのよ!」
「いや、カスミってちゃんと強いんだなって!」
「ちゃんとって何よ!」
怒鳴りながらも、カスミも笑っていた。
「スターミー!」
水面が弾ける。
「上!」
ピジョンがかわす。
「つばさでうつ!」
翼がスターミーを捉える。
再び水へ落ちる。
「追うな!」
サトシが止める。
ピジョンが高度を取る。
水中へ無理に追わない。
相手の土俵には乗らない。
「たつまきで水面を崩す!」
「ピジョォォン!」
再び風が集まり始める。
「まずい……!」
カスミの顔が引き締まる。
スターミーを水中へ逃がしても、ピジョンには水面そのものを乱す手段がある。
先ほどのヒトデマン戦でサトシは学んでいた。
水中へ直接攻撃できないなら、相手が水中から出る瞬間を作ればいい。
「ピジョン!」
「ピジョ!」
風がさらに強くなる。
「そのまま――」
サトシが腕を振り下ろそうとした。
その瞬間だった。
轟音。
ジム全体が大きく揺れた。
「きゃっ!」
「なんだ!?」
プールの壁の一部が突然破壊される。
そこから巨大なホースのようなものが突き込まれた。
ゴオオオオオッ!
猛烈な吸引。
プールの水が一気に吸い込まれ始める。
「スターミー!」
カスミが叫ぶ。
「ピジョン、一旦戻れ!」
サトシも即座にジム戦を中断した。
「な、何よこれ!」
サクラたちが慌てる。
サトシは巨大な装置を見て、昼間のジュンサーの言葉を思い出した。
大型の吸引装置。
「やっぱりか……!」
外から聞き慣れた声が響く。
「なんだかんだと聞かれたら!」
「答えてあげるが世の情け!」
「今それやってる場合!?」
サトシが思わず叫ぶ。
「うるさいわね!」
ムサシの声が返ってきた。
巨大な吸引装置の向こうに、ムサシ、コジロウ、ニャースの姿が見える。
「このジムの水ポケモンをまとめていただくわ!」
「そしてボスへのプレゼントだ!」
「完璧な作戦ニャ!」
「どこがよ!」
カスミが怒鳴った。
吸引は止まらない。
プールの水と一緒にポケモンたちまで吸い込まれそうになる。
「カスミ、スターミーを戻せ!」
「分かってる!」
赤い光が伸び、スターミーがボールへ戻る。
三姉妹も自分たちのポケモンを守ろうと走り回る。
「ピジョン!」
「ピジョ!」
「ホースの吸い込み口から離れろ! 風で水を押し返すんだ!」
ピジョンが羽ばたく。
だが装置の吸引力が強い。
「くそ……!」
その時。
「サトシ!」
聞き覚えのある声。
「タケシ!」
ジムの入口からタケシが走ってくる。
「何が起きてる!?」
「ロケット団だ!」
「またあいつらか!」
タケシもすぐ状況を理解した。
「イワーク!」
巨大な身体が現れ、プールサイドへ踏ん張る。
「ホースを止めろ!」
イワークが身体を巻きつける。
吸引装置のホースが大きく揺れる。
「ちょっと! 邪魔しないでよ!」
ムサシが叫ぶ。
それでも機械は止まらない。
サトシが装置を見る。
壊すしかない。
「ピジョン、装置を狙えるか!」
「ピジョ!」
飛び出そうとした時――。
「ピカ!」
足元にいたピカチュウが前へ出た。
「ピカチュウ?」
「ピカ!」
その目はカスミを見る。
次に、プールで苦しんでいる水ポケモンたちを見る。
カスミとは戦いたくない。
けれど。
カスミたちを守るためなら戦う。
それはサトシが波導を使うまでもなく分かった。
「……そうだな」
サトシが笑う。
「頼む、ピカチュウ!」
「ピカ!」
ピカチュウが走り出す。
「ピカチュウが出てきたニャ!」
ニャースが身を乗り出した。
「だったらあいつも一緒に吸い込んじゃいなさい!」
「出力最大!」
機械の音がさらに大きくなる。
「ピカチュウ、でんこうせっか!」
「ピカ!」
白い軌跡を残して走る。
水の流れを避け、プールサイドの足場を次々と蹴る。
「そのまま近づけ!」
サトシの意識がピカチュウへ伸びる。
言葉とは別に、簡単な進路のイメージを送る。
左。
次に右。
跳ぶ。
ピカチュウから理解の感覚が返る。
「ピカ!」
ホースの横を駆け上がる。
「何やってるニャ!?」
「エレキボール!」
「ピカ――チュウ!」
尻尾の先に電気が集まる。
形成された電気の球が放たれた。
バンッ!
装置の外装へ直撃する。
火花が散った。
「まだ動いてる!」
タケシが叫ぶ。
「ならもう一発!」
ピカチュウが着地する。
装置は煙を上げながらも吸引を続けている。
サトシは一瞬だけ周囲を見る。
水。
濡れた床。
仲間たち。
ここで無闇に広範囲へ電撃を流すのは危険だ。
なら――。
「ピカチュウ、機械本体だけを狙え! でんきショック!」
「ピッカァァァ――チュウッ!」
電撃が一直線に装置へ突き刺さる。
バチバチバチッ!
内部から激しい火花。
機械が震える。
「まずいニャ!」
「逃げるわよ!」
「もう遅い!」
サトシが叫んだ。
装置が爆発した。
「なんでこうなるのよぉぉぉ!」
「せっかく盗んできたのにぃぃ!」
「やな感じニャァァァ!」
ロケット団が空の彼方へ消えていく。
吸引が止まる。
残っていた水がプールへ戻り始めた。
「ピカチュウ!」
サトシが駆け寄る。
「ピカ!」
無事だ。
サトシの肩へ飛び乗る。
「よくやった」
「ピカピカ!」
カスミも近づいてきた。
「ありがと、ピカチュウ」
「ピカ!」
ピカチュウは嬉しそうに鳴く。
「……あたしとは戦ってくれないのに、助けてはくれるのね」
「ピカピカ」
「ふふっ。まあ、いいけど」
やがてサクラたちも被害を確認し終えた。
幸い、ポケモンたちは無事だった。
サクラがサトシの前へ来る。
「サトシ君」
「はい?」
彼女の手にはブルーバッジがあった。
「ジムを守ってくれたお礼。今度こそ受け取って」
「……」
サトシはバッジを見る。
それからカスミを見る。
カスミも黙ってこちらを見ている。
少し考えた後――サトシは首を横に振った。
「やっぱり、まだ受け取れません」
「ええ?」
「だって」
サトシがカスミへ向き直る。
「まだ勝負が終わってない」
カスミの目が大きくなる。
「ロケット団を倒したことと、ジム戦は別です」
ニビジムでも、自分は戦ってバッジを手に入れた。
今回だけ違う形にする理由はない。
「俺はカスミに勝って、ブルーバッジをもらいます」
しばらく沈黙。
やがてカスミの口元が上がった。
「言うと思った」
「なら話が早いな」
「でも、さっきの続きをすぐやるのは無理よ」
カスミがプールを見る。
ロケット団のせいでフィールドは滅茶苦茶だ。
水位も戻りきっていない。
「それにヒトデマンとスターミーも休ませたいし、あんたのバタフリーだってそうでしょ?」
「それもそうだな」
サトシは頷く。
「なら、ちゃんと整えてから決着ね」
カスミが拳を突き出す。
「今度こそ最後までやるわよ、サトシ」
サトシも拳を出し、軽く合わせた。
「ああ」
「絶対負けないから」
「俺も負ける気ないよ」
「ピカ!」
二人の間でピカチュウが元気よく鳴いた。
こうしてサトシの二度目のジム戦は、思わぬ乱入によって一度中断された。
ブルーバッジは、まだ手にしていない。
けれど、それでいい。
ただ与えられるだけのバッジではなく、自分と仲間たちの力で勝ち取る。
そのための相手は、旅を共にしてきた水ポケモン使い――カスミ。
次こそ。
最後まで戦う。
サトシはブルーバッジを見つめてから、カスミへ視線を戻した。
二個目のバッジを懸けた本当の決着は、まだこれからだった。