ポケットモンスター ―君と目指す頂―   作:あああああ

30 / 63
第30話 98連勝のアキラ!ピカチュウVSサンド!

ハナダシティを出発してから、しばらく。

 

サトシたちは街道を外れ、森の中に作られた小さな広場へ向かっていた。

 

目的は一つ。

 

旅人とのポケモンバトルを繰り返し、無敗を続けているというトレーナー――アキラに会うためだ。

 

「本当に行くのね……」

 

カスミが呆れたように言う。

 

「当然!」

 

「昨日ハナダジムで戦ったばっかりでしょうが」

 

「ポケモンセンターでちゃんと休んだし、みんな元気だよ」

 

「そういう問題じゃないの!」

 

「ピカピカ!」

 

サトシの肩に乗ったピカチュウまで楽しそうに鳴く。

 

カスミは二人を見比べ、深いため息をついた。

 

「似た者同士……」

 

「まあ、強いトレーナーの戦い方を見るのは勉強になる」

 

タケシはむしろ乗り気だった。

 

「それに、98連勝は普通じゃない。どんな育て方をしてるのか俺も興味がある」

 

「だよな!」

 

「タケシまで……」

 

そんな会話を続けているうちに、木々の向こうが開けた。

 

最初に目へ飛び込んできたのは、大きな看板だった。

 

九十八勝〇敗。

 

「……本当に無敗なんだな」

 

サトシの表情が変わる。

 

その奥には広いトレーニング場があり、何匹ものポケモンが身体を鍛えていた。

 

そして中央。

 

「サンド、もう一回だ!」

 

「サンド!」

 

一匹のサンドが勢いよく走っている。

 

身体にはトレーニング用らしい器具が取り付けられていた。

 

その前に立っている少年がアキラなのだろう。

 

「止まるな! あと少し!」

 

「サンド!」

 

サンドは苦しそうにしながらも走り続ける。

 

カスミの眉が寄った。

 

「ちょっと……厳しすぎない?」

 

サトシはすぐには答えなかった。

 

目でサンドの動きを追う。

 

息は上がっている。

 

身体にも疲労が溜まっている。

 

それでも、嫌がってはいない。

 

苦しいからやめたいのではなく、もっとやれる、もっと強くなりたいという意志がある。

 

それは表情や動きからも、薄く伝わってくる波導からも分かった。

 

やがてアキラがこちらに気づいた。

 

「なんだ、お前たち?」

 

「俺、マサラタウンのサトシ」

 

サトシは前へ出た。

 

「98連勝してるアキラって、君だろ?」

 

「ああ」

 

アキラが看板を見る。

 

「あと二勝。100連勝したらここを出て、正式にポケモンリーグを目指す」

 

「へえ……」

 

サトシの口元が上がる。

 

アキラもその表情に気づいたらしい。

 

「なんだ?」

 

「俺とバトルしようぜ」

 

「やっぱり!」

 

後ろからカスミの声が飛んできた。

 

サトシは気にしない。

 

「俺もポケモンリーグを目指してる。強いトレーナーがいるなら戦ってみたい」

 

「サンド!」

 

ピカチュウを見て、サンドも前へ出る。

 

アキラはサトシをじっと見た。

 

やがて笑う。

 

「いいぜ」

 

そして親指で看板を示した。

 

「お前で99勝目だ」

 

「そう簡単にはいかないよ」

 

サトシの肩からピカチュウが飛び降りる。

 

「ピカ!」

 

◇

 

広場の中央。

 

サトシとアキラが向かい合う。

 

カスミとタケシは少し離れた場所から見守っていた。

 

「一対一でいいな?」

 

「ああ」

 

アキラの隣にはサンド。

 

サトシの前にはピカチュウ。

 

タイプだけを考えれば、ピカチュウが圧倒的に不利だ。

 

電気タイプの技は地面タイプのサンドには通じない。

 

「ピカチュウ」

 

「ピカ?」

 

「相手は地面タイプだ。『でんきショック』も『エレキボール』も『ほっぺすりすり』も今回は使わない」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウは迷わず頷いた。

 

使うのは『でんこうせっか』。

 

そしてニビシティで身につけた『アイアンテール』。

 

「行けるな?」

 

「ピッカ!」

 

返ってくるのは強い戦意。

 

その感覚にサトシも笑う。

 

「始めよう!」

 

「サンド、行くぞ!」

 

「サンド!」

 

先に動いたのはサンドだった。

 

「突っ込め!」

 

地面を蹴る。

 

速い。

 

小柄な身体が一直線にピカチュウへ迫る。

 

「ピカチュウ、でんこうせっか!」

 

「ピカ!」

 

こちらも加速する。

 

二匹が正面から迫り――ぶつかる直前。

 

サトシから短い動きの像が伝わる。

 

右。

 

「ピッ!」

 

ピカチュウが僅かに身体をずらし、サンドの横を抜ける。

 

「そのまま後ろ!」

 

急停止。

 

反転。

 

「アイアンテール!」

 

「ピカァ!」

 

尻尾が硬質な光を帯びる。

 

だが――。

 

「まるくなる!」

 

サンドが身体を丸めた。

 

ガキンッ!

 

『アイアンテール』が直撃する。

 

それでもサンドは吹き飛ばされながら空中で回転し、しっかりと着地した。

 

「硬い……!」

 

「サンドはずっと身体を鍛えてきた」

 

アキラが笑う。

 

「そのくらいじゃ倒れない!」

 

「サンド!」

 

ただ技を覚えさせただけではない。

 

身体そのものが徹底的に鍛えられている。

 

「面白い」

 

サトシの声が弾む。

 

「ピカ!」

 

ピカチュウも同じだった。

 

「サンド、地面へ!」

 

「サンド!」

 

サンドが地面を掘り始め、一瞬で姿を消す。

 

「地下!?」

 

カスミが声を上げる。

 

サトシは地面を見る。

 

姿は見えない。

 

音も小さい。

 

それでも地面の下に一つの生命の気配がある。

 

左。

 

そこから後方へ。

 

「……来る」

 

しかし、位置が分かるだけだ。

 

どの瞬間に、どの角度で飛び出してくるのかまでは読めない。

 

「ピカチュウ、止まるな!」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウが走る。

 

地面の下ではサンドも追っている。

 

気配が急に浅くなった。

 

「跳べ!」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウが跳躍した。

 

直後。

 

ドンッ!

 

真下からサンドが飛び出す。

 

「そのまま追え!」

 

アキラの声。

 

サンドが着地し、再び地面へ潜る。

 

「また来るぞ!」

 

右。

 

いや――急に方向が変わる。

 

「速い……!」

 

判断が一瞬遅れた。

 

地面が弾ける。

 

「ピカッ!」

 

サンドの一撃がピカチュウを捉えた。

 

「ピカチュウ!」

 

地面を転がる。

 

だがすぐに起き上がった。

 

「ピカ……!」

 

まだやれる。

 

悔しさと闘志。

 

次は避ける。

 

そんな強い意志が返ってくる。

 

「分かってる」

 

サトシが笑う。

 

「次はこっちから仕掛けるぞ!」

 

「ピカ!」

 

「でんこうせっか!」

 

ピカチュウが駆け出す。

 

「迎え撃て、サンド!」

 

二匹の距離が縮まる。

 

サトシはピカチュウへ一つの像を送った。

 

正面。

 

左。

 

そして――跳ぶ。

 

ピカチュウは声を待たない。

 

正面から突っ込むと見せかけて左へ切り返した。

 

「何!?」

 

サンドの攻撃が外れる。

 

ピカチュウが跳んだ。

 

「アイアンテール!」

 

「ピカァァ!」

 

尻尾が光る。

 

「まるくなる!」

 

再びサンドが防御する。

 

直撃。

 

だが耐える。

 

そのまま身体を丸めた状態で回転し、地面を転がりながらピカチュウへ迫った。

 

「ピカチュウ!」

 

避ける。

 

サンドが方向を変える。

 

また来る。

 

サトシは目で追いながら、波導でもその存在を感じ取る。

 

視界と感覚。

 

二つを重ねる。

 

それでもサンドは速い。

 

「ピカッ!」

 

攻撃が掠め、ピカチュウがよろめく。

 

「どうした!」

 

アキラが叫ぶ。

 

「俺たちは100連勝する! こんなところで止まらない!」

 

「……いいな」

 

「何?」

 

「そういう相手と戦いたかった!」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウが地面を蹴る。

 

サトシの意識とピカチュウの意識が重なる。

 

サンドは『まるくなる』で攻撃を受ける。

 

なら、その状態を利用する。

 

正面。

 

攻撃。

 

そして――直前で止める。

 

短い像を送る。

 

ピカチュウから理解が返った。

 

「でんこうせっか!」

 

「ピカァ!」

 

真正面から突っ込む。

 

「また来るぞ! まるくなる!」

 

サンドが身体を丸めた。

 

だが、ピカチュウは攻撃しない。

 

直前で横へ抜ける。

 

「フェイント!?」

 

「今だ!」

 

ピカチュウが反転する。

 

「アイアンテール!」

 

「ピッカァァァ!」

 

下から振り上げる。

 

ガァンッ!

 

一撃がサンドを跳ね上げた。

 

「サンド!?」

 

丸まったサンドが宙へ浮く。

 

地面がない。

 

潜れない。

 

サトシとピカチュウの意識が再び重なる。

 

前へ。

 

「でんこうせっか!」

 

「ピカ!」

 

空中のサンドへ追いつく。

 

「もう一発!」

 

ピカチュウが身体を回す。

 

「アイアンテール!」

 

「ピカァァァ!」

 

二発目。

 

サンドが地面へ叩きつけられた。

 

土煙が上がる。

 

「サンド!」

 

やがて煙が晴れる。

 

「サン……」

 

サンドは立とうとした。

 

一度。

 

二度。

 

それでも身体が上がらない。

 

「サンド……!」

 

力が抜けた。

 

沈黙。

 

アキラが拳を握る。

 

「……負けた」

 

その言葉でようやく。

 

「よっしゃあ!」

 

「ピッカァ!」

 

サトシとピカチュウが同時に喜んだ。

 

ピカチュウが飛びついてくる。

 

「やったな!」

 

「ピカピカ!」

 

かなりの接戦だった。

 

だからこそ嬉しい。

 

アキラは倒れたサンドの前にしゃがみ込む。

 

「サンド」

 

「サン……」

 

「ごめんな」

 

サトシが僅かに眉を動かす。

 

しかし。

 

「俺の指示が甘かった。お前はよくやった」

 

アキラはサンドの頭を撫でた。

 

「サンド……」

 

そこに責める気持ちはない。

 

サンドからも、アキラへの変わらない信頼が伝わってくる。

 

「強かったよ」

 

サトシが近づく。

 

「サンド、本当に強かった」

 

アキラが顔を上げる。

 

「……負けた相手に言われてもな」

 

「でも本当だ。俺たちもギリギリだった」

 

「ピカ」

 

ピカチュウも頷いた。

 

アキラはしばらく黙っていた。

 

やがて立ち上がると、看板へ向かう。

 

九十八勝〇敗。

 

長い間守ってきた記録。

 

アキラはペンを手にした。

 

そして――。

 

〇を消す。

 

代わりに一を書き込んだ。

 

九十八勝一敗。

 

「……悔しいな」

 

その声に嘘はない。

 

「100連勝してから旅に出るって決めてた。俺とサンドなら絶対できると思ってた」

 

「サンド」

 

「でも、この一敗をなかったことにはしたくない」

 

アキラは相棒を見る。

 

「俺たちは、まだ強くなれる」

 

「サンド!」

 

◇

 

戦いを終えた後、サトシたちはそのままアキラのトレーニング場で休ませてもらうことになった。

 

ピカチュウとサンドはタケシに傷の具合を確認してもらい、問題がないと分かると、それぞれ食事を取って身体を休める。

 

その間、サトシたちはアキラのトレーニング方法を見せてもらっていた。

 

「この器具、全部自分で考えたのか?」

 

タケシが目を輝かせる。

 

「ああ。ポケモンによって身体の大きさも得意な動きも違うから、負荷は変えてる」

 

「なるほど……単純に重くすればいいわけじゃないんだな」

 

「当たり前だろ。怪我したら意味ないからな」

 

タケシとアキラはすっかり話し込んでいる。

 

さらにアキラが自作しているポケモンフードまで見つけたことで、タケシの興味はますます強くなった。

 

少し離れた場所では、サンドが休憩を終えて水の張られたトレーニング設備へ向かっている。

 

「またやるの?」

 

カスミが驚く。

 

「さっきあれだけ戦ったばかりなのに」

 

「今日は軽く動くだけだ」

 

アキラが答える。

 

「サンドがやりたいって言ってる」

 

「サンド!」

 

サンド自身もやる気満々だった。

 

サトシはその様子を見つめる。

 

厳しい特訓ではある。

 

自分とピカチュウのやり方とは違う。

 

けれどサンドから伝わってくるのは、嫌悪でも恐怖でもない。

 

もっと強くなりたい。

 

アキラと一緒に強くなりたい。

 

その意思だった。

 

「……やっぱり、嫌がってないんだな」

 

「ん?」

 

アキラが振り向く。

 

「いや。こっちの話」

 

サトシは笑った。

 

やり方は一つではない。

 

自分たちに合う方法を探していけばいい。

 

その時――。

 

少し離れた森の中。

 

三つの影が茂みの向こうからトレーニング場を覗いていた。

 

「見た?」

 

ムサシが双眼鏡を下ろす。

 

「見たとも」

 

コジロウも頷く。

 

二人の間からニャースが顔を出した。

 

「またあのピカチュウがいたニャ」

 

三人の視線の先。

 

ピカチュウは木陰で昼寝をしている。

 

「今度こそ、あのピカチュウをいただくわよ」

 

「だが近くにサトシたちがいるぞ」

 

「正面から行ったらまた飛ばされるだけニャ」

 

三人は揃って黙った。

 

これまで何度も正面から挑み、何度も返り討ちに遭っている。

 

特に最近のピカチュウは厄介だった。

 

「だったら……」

 

ムサシがにやりと笑う。

 

「こっそり捕まえればいいのよ」

 

「なるほど!」

 

「それを最初からやるニャ!」

 

三人が小声で作戦を立て始める。

 

だが、その途中。

 

ニャースが別の場所へ目を向けた。

 

「ちょっと待つニャ」

 

「何よ?」

 

「あのサンドもかなり強かったニャ」

 

先ほどのバトルを、三人もしっかり見ていた。

 

地面へ潜り、ピカチュウを追い詰めたサンド。

 

最終的には敗れたとはいえ、かなりの実力だ。

 

コジロウも頷く。

 

「確かに。あれだけ鍛えられたポケモンなら、ボスへのお土産になるんじゃないか?」

 

「ピカチュウだけじゃなく、サンドも……」

 

ムサシの目が輝く。

 

「両方いただけばいいのよ!」

 

「欲張ると失敗するニャ」

 

「何か言った?」

 

「何でもないニャ!」

 

三人は再び作戦会議を始めた。

 

◇

 

夕方。

 

サトシたちはアキラのトレーニング場で野営することにした。

 

タケシが夕食を作り、その横ではアキラもポケモンたちの食事を準備している。

 

「これ、配合を少し変えてるのか?」

 

「ああ。サンドにはこっちの方が合ってる」

 

「面白いな……」

 

タケシは完全に夢中だった。

 

「タケシ、ご飯焦げてない?」

 

カスミが声をかける。

 

「大丈夫だ!」

 

「本当に?」

 

「たぶん!」

 

「たぶんって何よ!」

 

そんな声が響く中、サトシはピカチュウと並んで座っていた。

 

「今日のサンド、強かったな」

 

「ピカ」

 

「アイアンテールも、まだもっと使い方を増やせそうだ」

 

「ピカピカ」

 

ピカチュウも同意する。

 

そこへサンドが近づいてきた。

 

「サンド」

 

「ピカ?」

 

二匹が向き合う。

 

昼間は全力で戦った相手。

 

それでも険悪な様子はない。

 

サンドが何かを言う。

 

ピカチュウが返す。

 

「ピカピカ」

 

「サンド!」

 

何を話しているのか、言葉として聞き取れるわけではない。

 

それでも二匹から伝わってくる雰囲気だけで十分だった。

 

次は負けない。

 

こっちだって。

 

そんなところだろう。

 

サトシは笑う。

 

「次に会った時もいい勝負になりそうだな」

 

やがて夕食ができあがり、人もポケモンも食事を始めた。

 

そして――その様子を森の中からロケット団が見ていた。

 

「今ニャ」

 

ニャースが囁く。

 

「全員食事に夢中よ」

 

「作戦開始だ」

 

三人が用意していたのは、大きな袋と長い棒。

 

その先には輪になった網が付いている。

 

「ずいぶん地味な作戦ニャ」

 

「うるさい! 派手にやって失敗してるんだから、今回は地味でいいのよ!」

 

ムサシが小声で怒鳴る。

 

三人は茂みを移動する。

 

狙いはピカチュウ。

 

だが。

 

「ピカ!」

 

ピカチュウが突然顔を上げた。

 

「まずいニャ!」

 

ニャースが慌てて伏せる。

 

サトシもピカチュウを見る。

 

「どうした?」

 

「ピカ……」

 

ピカチュウが森を見る。

 

何かを感じたらしい。

 

サトシも意識を広げる。

 

森の中。

 

いくつかの小さな野生ポケモン。

 

そして――少し離れた場所に三つの気配。

 

「……誰かいる?」

 

サトシが立ち上がった。

 

「撤退ニャ!」

 

ニャースが囁く。

 

「まだ何もしてないわよ!」

 

「バレたら終わりニャ!」

 

三人は慌てて後退する。

 

その時。

 

コジロウの足が木の根に引っかかった。

 

「うわっ!」

 

ガサガサッ!

 

大きな音。

 

「誰だ!」

 

アキラも立ち上がる。

 

「逃げるわよ!」

 

ロケット団が森の奥へ走り去る。

 

サトシたちも追おうとするが、暗くなり始めた森で姿を見失った。

 

「今の……」

 

カスミが目を細める。

 

「絶対怪しいわよね」

 

「ピカ」

 

サトシは森の奥を見る。

 

気配はもう遠ざかっている。

 

追えなくはない。

 

だが、周囲にはアキラのポケモンたちもいる。

 

全員を置いて深追いするほどではない。

 

「今日は警戒した方がいいな」

 

「ああ」

 

アキラも頷いた。

 

その少し後。

 

食事を終えたサトシたちは、ポケモンたちを休ませる。

 

ロケット団も一度は諦めた――ように見えた。

 

しかし。

 

森のさらに奥。

 

「危なかった……」

 

ムサシが木にもたれる。

 

「やっぱりあのピカチュウは警戒心が強いニャ」

 

「それにサトシもすぐ気づいた」

 

コジロウが腕を組む。

 

正面からも駄目。

 

こっそり近づいても気づかれる。

 

三人が悩んでいると、ニャースが何かに気づいた。

 

「あ」

 

「何?」

 

「あのサンド、トレーニング場の端にいるニャ」

 

見ると、サンドが一匹で道具を片づけている。

 

アキラは他のポケモンの世話をしており、少し離れている。

 

ムサシとコジロウの目が光った。

 

「……ピカチュウより先に」

 

「サンドを捕まえる?」

 

「そういうことニャ!」

 

今度は三人とも慎重だった。

 

木々の陰を使って近づく。

 

サンドは片づけに集中している。

 

その背後。

 

ムサシが袋を構える。

 

「今よ!」

 

バサッ!

 

「サンド!?」

 

袋がサンドを包み込んだ。

 

「成功!」

 

「急げ!」

 

「撤退ニャ!」

 

三人は袋を担いで一目散に森へ逃げる。

 

少し離れた場所で。

 

サトシが顔を上げた。

 

何かが一瞬、強く揺れた。

 

驚き。

 

警戒。

 

それから遠ざかっていく生命の気配。

 

「……ん?」

 

「どうしたの?」

 

「今、何か――」

 

同時に。

 

「サンド?」

 

アキラの声が響いた。

 

サトシが振り向く。

 

先ほどまでいたはずのサンドがいない。

 

「サンド!」

 

アキラが周囲を見る。

 

返事はない。

 

その瞬間、サトシの中でさっきの違和感と森の中の三つの気配がつながった。

 

「まさか……!」

 

ピカチュウも森へ顔を向ける。

 

「ピカ!」

 

「さっきの奴らだ!」

 

「探すぞ!」

 

アキラが駆け出す。

 

サトシたちも後を追った。

 

◇

 

一方。

 

ロケット団は森の奥まで逃げ込んでいた。

 

「やったわ!」

 

ムサシが袋を地面へ置く。

 

「まずは一匹!」

 

「次はピカチュウだな!」

 

「欲張る前に、このサンドをどうにかするニャ」

 

袋の中が激しく動く。

 

「サンド! サンド!」

 

「暴れるんじゃないわよ!」

 

ムサシが袋を押さえる。

 

しかし。

 

袋の底。

 

サンドの爪が土へ触れた。

 

「サンド……!」

 

ガリッ。

 

地面が削れる。

 

「ん?」

 

ニャースが耳を動かす。

 

「何か音がしないか?」

 

コジロウが袋を見る。

 

次の瞬間。

 

袋が沈んだ。

 

「え?」

 

サンドが地面を掘り、そのまま地下へ潜ったのだ。

 

「逃げたぁ!?」

 

「追うニャ!」

 

「どうやって地面の下を追うのよ!」

 

三人が大騒ぎする。

 

その足元。

 

地面が揺れた。

 

「ニャ?」

 

ニャースが下を見る。

 

ドンッ!

 

「ニャァァァ!?」

 

サンドが飛び出し、ニャースを巻き込む。

 

そのまま再び地面へ。

 

「ニャース!」

 

「待ちなさい!」

 

「どこ行ったんだ!」

 

◇

 

サトシたちは森の中を探していた。

 

「サンド!」

 

アキラの声が響く。

 

アキラのポケモンたちも散らばり、自分たちから仲間を探している。

 

サトシは走りながら意識を広げる。

 

野生ポケモン。

 

仲間たち。

 

多くの生命がいる。

 

出会ったばかりのサンドを、この距離から完全に識別するのは難しい。

 

「くそ……」

 

ピカチュウならすぐ分かる。

 

長い時間を一緒に過ごしてきたからだ。

 

だがサンドとは今日出会ったばかり。

 

「サンド!」

 

アキラは必死に探している。

 

その時。

 

地面の下。

 

何かが高速で近づいてきた。

 

サトシが足を止める。

 

「……待って」

 

「どうした?」

 

「下から来る!」

 

地面が盛り上がる。

 

ドンッ!

 

「サンド!」

 

飛び出してきたのは――。

 

「サンド!」

 

「サンド!」

 

アキラが駆け寄る。

 

サンドもその胸へ飛び込んだ。

 

「無事だったか!」

 

「サンド!」

 

サトシはその再会を見て笑う。

 

説明されるまでもない。

 

アキラがサンドを大切に思っていることも。

 

サンドがアキラを信頼していることも。

 

「……なるほどな」

 

「ピカ」

 

ピカチュウも嬉しそうに頷く。

 

だが。

 

「た、助けてニャァァァ!」

 

「ん?」

 

地面の穴から何かが飛び出した。

 

「ニャァァ!」

 

ニャースだった。

 

全員が固まる。

 

「……ニャース?」

 

「ニャ」

 

ニャースも固まる。

 

サトシ。

 

ピカチュウ。

 

カスミ。

 

タケシ。

 

アキラ。

 

サンド。

 

全員と目が合った。

 

数秒。

 

「逃げるニャ!」

 

ニャースが反転する。

 

「待て!」

 

その直後。

 

「ニャース!」

 

「どこ行ったのよ!」

 

ムサシとコジロウが茂みを掻き分けて現れた。

 

二人もサトシたちを見る。

 

止まった。

 

「あ」

 

「見つけた」

 

「違う! これは――」

 

ムサシが何か言おうとしたが、アキラが前へ出た。

 

「お前たちか」

 

その声は低い。

 

「俺のサンドを連れていったのは」

 

「……」

 

ムサシとコジロウが顔を見合わせる。

 

ニャースが小さく後退する。

 

「こうなったら仕方ないわ!」

 

ムサシがボールを構える。

 

「力ずくでいただく!」

 

「アーボ!」

 

「ドガース!」

 

サトシも一歩前へ出ようとする。

 

だが。

 

「待ってくれ」

 

アキラが止めた。

 

その隣へサンドが並ぶ。

 

「サンド!」

 

アキラはサンドを見る。

 

サンドもアキラを見る。

 

「こいつらは俺たちがやる」

 

サトシは二人を見つめた。

 

それから笑って一歩下がる。

 

「分かった」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウも隣へ戻る。

 

「行くぞ、サンド!」

 

「サンド!」

 

さっきサトシとピカチュウに敗れたばかり。

 

それでも。

 

アキラとサンドの戦いは、まだ終わっていなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。