ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
隠れ里を出発してから、数時間。
サトシたちはクチバシティを目指し、森と岩場の入り交じった道を歩いていた。
新しく仲間になったフシギダネはボールから出て、ピカチュウと並んで先頭を歩いている。その少し上ではピジョンとバタフリーが飛び、時折周囲の様子を確認していた。
「ダネ、ダネ」
「ピカ!」
「もう結構馴染んでるわね」
二匹の様子を見て、カスミが笑う。
昨日のバトルで互いの強さを認めたことも大きいのだろう。フシギダネはまだ仲間になって一日も経っていないが、ピカチュウとは早くも遠慮のないやり取りを始めていた。
「でも、まだ始まったばかりだからな」
サトシはフシギダネを見る。
「これからもっと、お前の得意なことを知っていきたい」
「ダネ!」
フシギダネが力強く頷いた。
「かなり負けず嫌いみたいだな」
タケシが笑う。
「昨日ピカチュウに負けたの、まだ悔しいんじゃない?」
「ピカ?」
カスミの言葉にピカチュウが振り返る。
「ダネッ!」
「ピ、ピカ」
フシギダネが何かを強く言い返し、ピカチュウが困ったように耳を動かす。
その様子に三人が笑った。
そんな穏やかな時間の中――サトシがふと足を止めた。
「……ん?」
「どうした?」
「近くに一匹いる」
波導に触れた生命の気配。
野生のポケモンが暮らす場所なのだから、それ自体は珍しくない。
だが、その一匹はほとんど動いていなかった。
しかも――弱っている。
「こっちだ」
サトシは道を外れ、岩場へ向かった。
◇
少し進むと、視界が開けた。
その中央。
大きな岩の上に、一匹のポケモンが座っていた。
「カゲ……」
「ヒトカゲ……」
サトシの足が止まる。
汚れた身体。
力なく垂れた腕。
そして、弱々しく揺れる尻尾の炎。
その姿を見た瞬間。
前世の記憶が、一気に蘇った。
――峠。
――岩の上で待ち続けるヒトカゲ。
――弱いという理由だけで捨てたトレーナー。
――ダイスケ。
そしてこの後、雨の中でも主人を待ち続け、オニスズメの群れに襲われる。
(まさか……)
偶然似た状況という可能性もある。
だが、あまりにも記憶と一致していた。
(このヒトカゲ……あの時のヒトカゲなのか?)
原作では、後にサトシの大切な仲間となる。
リザード。
そしてリザードンへ進化し、数え切れないほどの激戦を共に戦った一匹。
けれど――。
サトシはすぐに思考を切り替えた。
ここはアニメを眺めていた前世とは違う。
目の前にいるのは物語の登場人物ではない。
生きているヒトカゲだ。
未来を知っているからといって、自分の都合で結末を決めるつもりはなかった。
「……かなり弱ってる」
タケシの声が低くなる。
「ああ」
サトシもゆっくり近づいた。
「大丈夫か?」
「カゲ……」
ヒトカゲがこちらを見る。
警戒しているというより、疲れ切っている。
サトシがさらに一歩近づくと、ヒトカゲは僅かに身を引いた。
そこで止まった。
「無理に近づかない方がいいな」
「ピカ?」
ピカチュウがサトシの肩から降りる。
ヒトカゲの前まで行き、何かを話しかけた。
「ピカ、ピカチュウ?」
「カゲ……」
「ピカ?」
「カゲ、カゲ……」
サトシも静かにヒトカゲへ意識を向ける。
細かい会話までは分からない。
けれど、強い感情は伝わってきた。
待つ。
約束。
戻ってくる。
信じている。
やはり――。
(同じだ)
サトシは確信した。
このヒトカゲは、ダイスケに置き去りにされたヒトカゲだ。
「……トレーナーを待ってるんだな?」
「カゲ!」
ヒトカゲが強く頷く。
カスミが驚いた。
「トレーナーがいるの?」
「ピカ!」
ピカチュウも頷く。
タケシはヒトカゲの身体を見ると、心配そうに眉を寄せた。
「でも、その身体じゃ危険だ。一度ポケモンセンターへ行った方がいい」
「カゲ!」
ヒトカゲはすぐに首を横へ振る。
そして岩から動こうとしない。
「ここで待つって約束したのね……」
カスミが呟く。
サトシは黙ってヒトカゲを見つめた。
今すぐ連れていけばいい。
前世の記憶では、このまま天候が崩れる。
このヒトカゲを待っているのは、あまりにも危険な状況だ。
けれど今の段階では、ヒトカゲ自身が主人を信じている。
それを力ずくで否定するのも違う。
「分かった」
「サトシ?」
「今は無理やり連れていかない」
ヒトカゲがサトシを見る。
「でも――」
サトシはその目をまっすぐ見返した。
「本当に危なくなったら、その時はお前が嫌がっても助けるからな」
「カゲ……」
ヒトカゲは不思議そうにサトシを見つめる。
食べ物と水を近くへ置く。
「食べてくれよ」
「カゲ……」
サトシたちは再び歩き出した。
ただ。
サトシだけは一度振り返る。
ヒトカゲは岩の上に座ったまま。
帰ってくるはずのトレーナーを、今も信じて待っていた。
◇
夕方。
一行はようやく近くのポケモンセンターへ辿り着いた。
「疲れたぁ……」
カスミが椅子へ座り込む。
「今日はここで泊まった方がいいな」
「賛成」
サトシも仲間たちをジョーイに診てもらうことにした。
ピカチュウ、ピジョン、バタフリー。
そして、旅を始めたばかりのフシギダネ。
全員に問題はない。
「健康そのものですよ」
「ありがとうございます」
「ダネ!」
戻ってきたフシギダネの頭を撫でる。
だが、サトシの意識は別のところにあった。
(そろそろ……)
原作通りなら。
そう考えた直後。
少し離れたテーブルから大きな笑い声が聞こえてきた。
「それでさ、弱すぎて話にならないんだよ!」
サトシが振り向く。
何人かのトレーナーが集まっている。
その中心にいる少年。
顔を見た瞬間、サトシには分かった。
(ダイスケ)
記憶通りだ。
「せっかくヒトカゲを捕まえたのに、全然使えなくてさ。ニョロモにまで負けるんだぜ?」
タケシも振り向く。
「……ヒトカゲ?」
「だから置いてきたんだよ」
ダイスケは悪びれる様子もなく笑った。
「捨ててもついてくるからさ。『ここで待ってろ、後で迎えに来る』って言って置いてきたんだ」
タケシの椅子が大きな音を立てる。
「お前……!」
立ち上がった。
サトシも静かに立つ。
知っていた。
前世の記憶で、この会話が起きることも。
ダイスケがどういう人間なのかも。
それでも実際に聞けば、腹の奥が熱くなる。
あのヒトカゲは今も信じている。
「……あいつ」
サトシが言った。
ダイスケが振り向く。
「まだ待ってるぞ」
「は?」
「岩の上で、お前が迎えに来るのをずっと待ってる」
一瞬。
ダイスケが驚く。
だが、すぐに笑った。
「まだいたのかよ」
タケシが拳を握った。
「ゲットしたポケモンにそんな嘘をつくな!」
「なんだよ?」
「お前を信じてるんだぞ!」
「弱いポケモンを捨てて何が悪いんだよ。強い奴を使った方がいいだろ?」
「だったら最初から――!」
「タケシ」
サトシが止める。
怒りは同じだ。
だが今は。
窓の外。
暗くなり始めた空を見る。
前世の記憶。
この後――。
ピカチュウの頬袋から、小さく電気が弾けた。
「ピカ……」
雷雲。
「……まずい」
ぽつ。
窓に雨粒が落ちた。
すぐに。
ザァァァァァ――!
激しい雨へ変わる。
サトシは走り出した。
「サトシ!」
「ヒトカゲのところに戻る!」
タケシもすぐに気づく。
「尻尾の炎!」
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
カスミとタケシも後を追った。
ダイスケだけが、その場に残った。
◇
雨はどんどん強くなる。
「急げ!」
サトシは泥を蹴りながら走った。
未来を知っていた。
この雨が来ることも。
ヒトカゲが危険になることも。
だからこそ。
(もっと早く連れてくるべきだったのか……?)
一瞬だけ迷いが生まれる。
だが、すぐに消した。
ヒトカゲにも意思がある。
知識があるからといって、その意思を最初から無視することはできない。
なら。
危険になった今は――迷わない。
「こっちだ!」
波導。
雨音。
暗い森。
その中から、覚えたばかりのヒトカゲの気配を探す。
そして。
「いた!」
岩の上。
「カゲ……」
ヒトカゲはまだそこにいた。
大きな葉を使い、尻尾の炎を雨から必死に守っている。
炎は弱い。
昼間より、ずっと。
しかも。
「オニスズメ!」
「オニィ!」
「オニスズメ!」
何匹ものオニスズメがヒトカゲを取り囲んでいた。
弱った相手へ次々と襲いかかる。
(やっぱり……!)
記憶通り。
だが、今は思い返している場合ではない。
一匹のオニスズメが急降下する。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
言葉と同時。
サトシからも短い意図が伝わる。
右。
あの一匹。
「でんきショック!」
「ピッカァ!」
電撃が走る。
「オニィ!?」
オニスズメが弾き飛ばされた。
だが群れは逃げない。
「ピジョン!」
サトシがボールを投げる。
「ピジョォン!」
「ヒトカゲから引き離すぞ! 『たつまき』!」
「ピジョォォン!」
翼を大きく広げる。
激しい風が渦を巻いた。
雨粒を巻き込みながら、オニスズメの群れを押し返していく。
「オニィ!」
「オニスズメ!」
群れが散る。
それでも数匹が旋回して戻ってきた。
「ピジョン、『でんこうせっか』!」
「ピジョ!」
一気に加速。
一匹の前へ割り込み、進路を遮る。
そのまま翼を広げて威嚇すると、群れはようやく諦めて森の向こうへ飛び去っていった。
「ヒトカゲ!」
サトシが駆け寄る。
「カゲ……」
立ち上がろうとする。
だが。
ぐらり。
「危ない!」
倒れかけた身体を抱き止めた。
「カゲ……!」
それでもヒトカゲは岩へ戻ろうとする。
「もういい!」
「カゲ……カゲ!」
待つ。
戻ってくる。
約束した。
信じている。
サトシには、その思いが痛いほど伝わった。
だからこそ。
「……ごめんな」
「カゲ?」
「今だけは、お前の言うことを聞けない」
上着を脱ぎ、ヒトカゲの身体と尻尾を包む。
「待ちたい気持ちは分かる」
ヒトカゲを抱き上げる。
「でも、約束を守るために死んだら駄目だ」
「カゲ……」
「絶対助けるから」
ヒトカゲは抵抗しようとした。
けれど、もう身体に力が残っていない。
サトシの腕の中で目を閉じる。
「戻るぞ!」
◇
ポケモンセンターへ着くと、ヒトカゲはすぐ治療室へ運ばれた。
サトシたちは扉の外で待つ。
タケシは椅子にも座らない。
ピカチュウも落ち着かない様子で扉を見ている。
「ピカ……」
「大丈夫だ」
サトシはそう言った。
けれど、自分にも言い聞かせていた。
しばらくして。
治療室の扉が開く。
「ジョーイさん!」
「もう大丈夫です」
全員が息を吐いた。
「かなり衰弱していました。発見がもう少し遅ければ危険でした」
「……よかった」
サトシは治療室を見る。
眠っているヒトカゲ。
前世では画面越しに知っていた光景。
でも今は違う。
あの小さな身体を自分で抱いた。
弱っていく炎も。
それでも主人を信じようとする思いも。
全部、目の前にあった。
(絶対に同じじゃない)
物語を知っている。
だからといって。
この世界まで、知っている物語通りに進むと決めつけてはいけない。
サトシは静かにヒトカゲを見守った。
◇
翌朝。
「えっ!?」
カスミの声が響いた。
ヒトカゲのベッドが空になっている。
サトシは驚かなかった。
「……戻ったんだな」
「分かってたの?」
「そうするかもしれないと思ってた」
原作知識だけではない。
昨日感じたヒトカゲの思い。
まだダイスケを完全には諦められていなかった。
「追いかける?」
カスミが聞く。
サトシは少し考えてから首を横に振る。
「今はいい」
「でも!」
「身体は回復してる。それでも自分で戻ったんだ」
ヒトカゲ自身が答えを出さなければならない。
サトシが代わりにダイスケを嫌わせることはできない。
「何かあったら、その時は助ける」
「ピカ」
ピカチュウが頷いた。
一行は再びクチバシティへ向けて歩き始めた。
◇
しばらくして。
サトシは足元を見た。
(確かこの辺りで――)
そう思った瞬間。
カチッ。
「しまっ――」
地面が抜けた。
「うわぁぁぁぁ!?」
「きゃあああ!」
「うおっ!」
サトシ、カスミ、タケシがまとめて穴へ落ちた。
ドサドサドサッ!
「痛ったぁ……!」
「サトシ!」
カスミが睨む。
「今、何か分かってた顔してなかった!?」
「思い出すのが一秒遅かった!」
「意味分かんない!」
「ピカー……」
穴の上。
落ちなかったピカチュウが呆れたように見下ろしている。
そして。
「ふっふっふっふ……」
聞き覚えのある笑い声。
サトシが顔を上げる。
「来たな……」
「なんだかんだと聞かれたら!」
「答えてあげるが世の情け!」
ムサシ。
コジロウ。
ニャース。
「やっぱりロケット団!」
「今日はちゃんと対策済みよ!」
「お前たちのピカチュウの電撃など、もう怖くない!」
二人は分厚いゴム製の装備に身を包んでいた。
「ニャハハ! これなら電気なんて効かないニャ!」
「ピカ……!」
ピカチュウが身構える。
サトシは上を見ながら苦笑する。
(ここも同じか)
知っていた。
だが。
同じだからといって、油断するつもりはない。
「ピカチュウ、電気は使うな! 『でんこうせっか』で距離を取れ!」
「ピカ!」
一気に加速する。
ロケット団の間を抜ける。
「そんなこともあろうかと!」
コジロウが何かを構えた。
粘着性のある弾。
(あれか!)
「ピカチュウ、横!」
短い移動の像も送る。
「ピカ!」
一発目を回避。
二発目。
さらに避ける。
だが三発目が地面で弾け、大きく広がった。
「ピカッ!?」
足が捕まる。
「ピカチュウ!」
「捕まえたわ!」
「今日こそいただきだ!」
サトシは穴の壁へ手をかける。
波導を脚へ。
身体を強化する。
「サトシ?」
タケシが気づく。
「先に行く!」
地面を蹴る。
一度で穴の外までは届かない。
壁の突起へ足をかけ、さらに跳ぶ。
だが。
「ピカァ!」
ピカチュウの焦りが伝わる。
「待ってろ!」
その時。
新しい気配。
いや。
もう知っている。
「……来た!」
「何が?」
カスミが見上げる。
直後。
「カゲェ!」
炎が走った。
「な、何!?」
ロケット団が振り向く。
岩陰から飛び出したのは――。
「ヒトカゲ!」
「カゲ!」
昨日とは違う。
尻尾の炎が力強く燃えている。
ヒトカゲはピカチュウの前へ立った。
「ピカ!」
「カゲ!」
今度は自分が助ける。
そんな強い意思。
「邪魔するんじゃないわよ!」
「こいつもまとめて捕まえるぞ!」
「カゲ……!」
ヒトカゲが息を吸い込む。
口元に炎が集まる。
そして。
「カゲェェェ!」
『かえんほうしゃ』。
激しい炎が一直線に走った。
「熱い熱い熱い!」
「ゴムが燃える!」
「電気には強くても炎は聞いてないニャー!」
三人が慌てて装備を脱ぎ捨てる。
「今だ、ピカチュウ!」
「ピカ!」
ヒトカゲが粘着物を焼き切る。
自由になったピカチュウが跳んだ。
「でんきショック!」
「ピッカァァァ!」
「ぎゃああああ!」
爆発。
「結局こうなるのぉぉ!?」
「やな感じニャァァァ!」
三人は空の彼方へ飛んでいった。
「やな感じぃぃぃ!」
キラーン。
「……助かった」
穴から出てきたタケシが呟く。
ピカチュウはすぐヒトカゲへ駆け寄った。
「ピカピカ!」
「カゲ!」
「ピカ!」
サトシも二匹の前へしゃがむ。
「ありがとう、ヒトカゲ」
「カゲ?」
「ピカチュウを助けてくれたんだろ?」
「カゲ!」
胸を張る。
「すごかったぞ、『かえんほうしゃ』」
「カゲ!」
その時だった。
「おい!」
聞き覚えのある声。
サトシは振り向く。
(来たか)
ダイスケ。
「へぇ」
ダイスケはヒトカゲを見る。
「お前、そんな強い技使えたんだな」
「カゲ……」
ヒトカゲの表情が変わる。
「だったら話は別だ」
ダイスケが笑った。
「戻ってこいよ。お前、俺のポケモンだろ?」
カスミの眉が吊り上がる。
「何それ!」
タケシも険しい表情を浮かべた。
だが。
サトシは黙っていた。
前世の自分は、この先も知っている。
それでも。
決めるのはヒトカゲだ。
「ほら」
ダイスケが手を伸ばす。
「今度はちゃんと使ってやるよ」
「カゲ……」
ヒトカゲはダイスケを見つめた。
ずっと待っていた。
雨の中でも。
傷ついても。
炎が弱くなっても。
それでも信じた相手。
けれど。
「カゲ!」
ヒトカゲが一歩下がる。
「……は?」
「カゲ!」
はっきりとした拒絶。
「なんだよ! 俺がお前のトレーナーだぞ!」
「カゲッ!」
ヒトカゲの口元に炎が灯る。
「ピカ……!」
ピカチュウも隣へ並ぶ。
ダイスケが慌てて後退した。
「わ、分かったよ!」
ヒトカゲは目を逸らさない。
「そんな奴、こっちから願い下げだ!」
ダイスケは吐き捨てるように言うと、その場から逃げていった。
誰も追わない。
ヒトカゲだけが、しばらくその背中を見つめていた。
「カゲ……」
寂しい。
悲しい。
でも。
もう待たない。
その気持ちは、波導を深く読まなくても分かった。
サトシはゆっくり近づく。
「ヒトカゲ」
「カゲ?」
「もう、あの岩には戻らないんだな?」
少しだけ間があった。
「カゲ」
頷く。
「そっか」
サトシは笑う。
ここから先。
前世で知っていた結末と同じになるかは、まだ分からない。
だからこそ。
自分の言葉で聞く。
「だったら――俺たちと一緒に来ないか?」
「カゲ?」
「俺は世界で一番強いトレーナーを目指してる」
「ピカ!」
ピカチュウが隣で胸を張る。
「だから、これからいっぱいバトルする。強い相手とも戦うし、楽な旅じゃない」
サトシは手を差し出した。
「でも、お前が強くなりたいなら、一緒に強くなろう」
「カゲ……」
ヒトカゲが仲間たちを見る。
ピカチュウ。
ピジョン。
バタフリー。
そしてフシギダネ。
「ダネ」
フシギダネが一歩前へ出る。
「カゲ?」
「ダネ!」
「ピカピカ!」
二匹に迎えられ、ヒトカゲの表情が僅かに緩んだ。
「カゲ!」
サトシへ向かって歩き出す。
答えは決まった。
「よし!」
モンスターボールを取り出す。
ただ、その前に。
「一つだけ聞かせてくれ」
「カゲ?」
「お前はヒトカゲからリザード、その先にはリザードンへ進化できる」
サトシはその姿を知っている。
前世では。
強大なリザードンになった未来を。
けれど――それを押しつけるつもりはない。
「今、進化するかどうかを決めなくていい」
「カゲ……」
「旅をして、強くなって、いろんな経験をしてから決めればいい」
フシギダネがサトシを見る。
昨日、自分も言われたことだ。
「進化したいと思ったら教えてくれ。今の姿でいたいなら、それも教えてくれ」
ヒトカゲは少し考える。
今はまだ。
答えを決めなくていい。
「一緒に考えていこう」
「カゲ!」
力強く頷いた。
サトシがモンスターボールを差し出す。
ヒトカゲは自分から額を触れさせた。
赤い光。
ボールへ入る。
一度。
二度。
三度。
――カチッ。
「よし!」
サトシがボールを掲げる。
「ヒトカゲ――ゲットだ!」
「ピッピカチュウ!」
「ダネ!」
「フリィ!」
「ピジョォン!」
仲間たちの声が重なった。
◇
少しして。
ヒトカゲは再びボールから出ていた。
「カゲ!」
今はピカチュウとフシギダネの間を歩いている。
「ピカピカ」
「ダネ」
「カゲ!」
三匹で何かを話しているらしい。
細かな内容まではサトシにも分からない。
それでも。
楽しそうだということだけは十分伝わってくる。
「もう馴染んでるわね」
カスミが笑った。
「ポケモン同士の方が早いのかもな」
タケシも穏やかな表情を浮かべる。
サトシは少し後ろから仲間たちを見る。
ピカチュウ。
ピジョン。
バタフリー。
フシギダネ。
そして――ヒトカゲ。
五匹目の仲間。
サトシは前世の記憶を思い返す。
このヒトカゲがどれほど強くなったのか。
どれほど多くの戦いを経験したのか。
その未来を、自分は知っている。
けれど。
(今度は俺たちの旅だ)
同じ未来になるとは限らない。
もっと早く強くなるかもしれない。
違う技を覚えるかもしれない。
違う戦いを経験するかもしれない。
そして、いつか進化を選ぶのかどうかも――ヒトカゲ自身が決める。
「これからよろしくな、ヒトカゲ」
「カゲ!」
振り返ったヒトカゲの尻尾では、炎が明るく力強く燃えていた。
「よし! クチバシティ目指して行くぞ!」
「ピカ!」
「ダネ!」
「カゲ!」
新しい仲間を加えた一行は、再び歩き始めた。
そして、その先では――。
サングラスをかけた五匹のゼニガメたちが、道の真ん中で何やら悪戯の準備を始めていた。