ポケットモンスター ―君と目指す頂―   作:あああああ

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第33話 はぐれポケモン!ヒトカゲとの出会い!

隠れ里を出発してから、数時間。

 

サトシたちはクチバシティを目指し、森と岩場の入り交じった道を歩いていた。

 

新しく仲間になったフシギダネはボールから出て、ピカチュウと並んで先頭を歩いている。その少し上ではピジョンとバタフリーが飛び、時折周囲の様子を確認していた。

 

「ダネ、ダネ」

 

「ピカ!」

 

「もう結構馴染んでるわね」

 

二匹の様子を見て、カスミが笑う。

 

昨日のバトルで互いの強さを認めたことも大きいのだろう。フシギダネはまだ仲間になって一日も経っていないが、ピカチュウとは早くも遠慮のないやり取りを始めていた。

 

「でも、まだ始まったばかりだからな」

 

サトシはフシギダネを見る。

 

「これからもっと、お前の得意なことを知っていきたい」

 

「ダネ!」

 

フシギダネが力強く頷いた。

 

「かなり負けず嫌いみたいだな」

 

タケシが笑う。

 

「昨日ピカチュウに負けたの、まだ悔しいんじゃない?」

 

「ピカ?」

 

カスミの言葉にピカチュウが振り返る。

 

「ダネッ!」

 

「ピ、ピカ」

 

フシギダネが何かを強く言い返し、ピカチュウが困ったように耳を動かす。

 

その様子に三人が笑った。

 

そんな穏やかな時間の中――サトシがふと足を止めた。

 

「……ん?」

 

「どうした?」

 

「近くに一匹いる」

 

波導に触れた生命の気配。

 

野生のポケモンが暮らす場所なのだから、それ自体は珍しくない。

 

だが、その一匹はほとんど動いていなかった。

 

しかも――弱っている。

 

「こっちだ」

 

サトシは道を外れ、岩場へ向かった。

 

◇

 

少し進むと、視界が開けた。

 

その中央。

 

大きな岩の上に、一匹のポケモンが座っていた。

 

「カゲ……」

 

「ヒトカゲ……」

 

サトシの足が止まる。

 

汚れた身体。

 

力なく垂れた腕。

 

そして、弱々しく揺れる尻尾の炎。

 

その姿を見た瞬間。

 

前世の記憶が、一気に蘇った。

 

――峠。

 

――岩の上で待ち続けるヒトカゲ。

 

――弱いという理由だけで捨てたトレーナー。

 

――ダイスケ。

 

そしてこの後、雨の中でも主人を待ち続け、オニスズメの群れに襲われる。

 

(まさか……)

 

偶然似た状況という可能性もある。

 

だが、あまりにも記憶と一致していた。

 

(このヒトカゲ……あの時のヒトカゲなのか?)

 

原作では、後にサトシの大切な仲間となる。

 

リザード。

 

そしてリザードンへ進化し、数え切れないほどの激戦を共に戦った一匹。

 

けれど――。

 

サトシはすぐに思考を切り替えた。

 

ここはアニメを眺めていた前世とは違う。

 

目の前にいるのは物語の登場人物ではない。

 

生きているヒトカゲだ。

 

未来を知っているからといって、自分の都合で結末を決めるつもりはなかった。

 

「……かなり弱ってる」

 

タケシの声が低くなる。

 

「ああ」

 

サトシもゆっくり近づいた。

 

「大丈夫か?」

 

「カゲ……」

 

ヒトカゲがこちらを見る。

 

警戒しているというより、疲れ切っている。

 

サトシがさらに一歩近づくと、ヒトカゲは僅かに身を引いた。

 

そこで止まった。

 

「無理に近づかない方がいいな」

 

「ピカ?」

 

ピカチュウがサトシの肩から降りる。

 

ヒトカゲの前まで行き、何かを話しかけた。

 

「ピカ、ピカチュウ?」

 

「カゲ……」

 

「ピカ?」

 

「カゲ、カゲ……」

 

サトシも静かにヒトカゲへ意識を向ける。

 

細かい会話までは分からない。

 

けれど、強い感情は伝わってきた。

 

待つ。

 

約束。

 

戻ってくる。

 

信じている。

 

やはり――。

 

(同じだ)

 

サトシは確信した。

 

このヒトカゲは、ダイスケに置き去りにされたヒトカゲだ。

 

「……トレーナーを待ってるんだな?」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが強く頷く。

 

カスミが驚いた。

 

「トレーナーがいるの?」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウも頷く。

 

タケシはヒトカゲの身体を見ると、心配そうに眉を寄せた。

 

「でも、その身体じゃ危険だ。一度ポケモンセンターへ行った方がいい」

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲはすぐに首を横へ振る。

 

そして岩から動こうとしない。

 

「ここで待つって約束したのね……」

 

カスミが呟く。

 

サトシは黙ってヒトカゲを見つめた。

 

今すぐ連れていけばいい。

 

前世の記憶では、このまま天候が崩れる。

 

このヒトカゲを待っているのは、あまりにも危険な状況だ。

 

けれど今の段階では、ヒトカゲ自身が主人を信じている。

 

それを力ずくで否定するのも違う。

 

「分かった」

 

「サトシ?」

 

「今は無理やり連れていかない」

 

ヒトカゲがサトシを見る。

 

「でも――」

 

サトシはその目をまっすぐ見返した。

 

「本当に危なくなったら、その時はお前が嫌がっても助けるからな」

 

「カゲ……」

 

ヒトカゲは不思議そうにサトシを見つめる。

 

食べ物と水を近くへ置く。

 

「食べてくれよ」

 

「カゲ……」

 

サトシたちは再び歩き出した。

 

ただ。

 

サトシだけは一度振り返る。

 

ヒトカゲは岩の上に座ったまま。

 

帰ってくるはずのトレーナーを、今も信じて待っていた。

 

◇

 

夕方。

 

一行はようやく近くのポケモンセンターへ辿り着いた。

 

「疲れたぁ……」

 

カスミが椅子へ座り込む。

 

「今日はここで泊まった方がいいな」

 

「賛成」

 

サトシも仲間たちをジョーイに診てもらうことにした。

 

ピカチュウ、ピジョン、バタフリー。

 

そして、旅を始めたばかりのフシギダネ。

 

全員に問題はない。

 

「健康そのものですよ」

 

「ありがとうございます」

 

「ダネ!」

 

戻ってきたフシギダネの頭を撫でる。

 

だが、サトシの意識は別のところにあった。

 

(そろそろ……)

 

原作通りなら。

 

そう考えた直後。

 

少し離れたテーブルから大きな笑い声が聞こえてきた。

 

「それでさ、弱すぎて話にならないんだよ!」

 

サトシが振り向く。

 

何人かのトレーナーが集まっている。

 

その中心にいる少年。

 

顔を見た瞬間、サトシには分かった。

 

(ダイスケ)

 

記憶通りだ。

 

「せっかくヒトカゲを捕まえたのに、全然使えなくてさ。ニョロモにまで負けるんだぜ?」

 

タケシも振り向く。

 

「……ヒトカゲ?」

 

「だから置いてきたんだよ」

 

ダイスケは悪びれる様子もなく笑った。

 

「捨ててもついてくるからさ。『ここで待ってろ、後で迎えに来る』って言って置いてきたんだ」

 

タケシの椅子が大きな音を立てる。

 

「お前……!」

 

立ち上がった。

 

サトシも静かに立つ。

 

知っていた。

 

前世の記憶で、この会話が起きることも。

 

ダイスケがどういう人間なのかも。

 

それでも実際に聞けば、腹の奥が熱くなる。

 

あのヒトカゲは今も信じている。

 

「……あいつ」

 

サトシが言った。

 

ダイスケが振り向く。

 

「まだ待ってるぞ」

 

「は?」

 

「岩の上で、お前が迎えに来るのをずっと待ってる」

 

一瞬。

 

ダイスケが驚く。

 

だが、すぐに笑った。

 

「まだいたのかよ」

 

タケシが拳を握った。

 

「ゲットしたポケモンにそんな嘘をつくな!」

 

「なんだよ?」

 

「お前を信じてるんだぞ!」

 

「弱いポケモンを捨てて何が悪いんだよ。強い奴を使った方がいいだろ?」

 

「だったら最初から――!」

 

「タケシ」

 

サトシが止める。

 

怒りは同じだ。

 

だが今は。

 

窓の外。

 

暗くなり始めた空を見る。

 

前世の記憶。

 

この後――。

 

ピカチュウの頬袋から、小さく電気が弾けた。

 

「ピカ……」

 

雷雲。

 

「……まずい」

 

ぽつ。

 

窓に雨粒が落ちた。

 

すぐに。

 

ザァァァァァ――!

 

激しい雨へ変わる。

 

サトシは走り出した。

 

「サトシ!」

 

「ヒトカゲのところに戻る!」

 

タケシもすぐに気づく。

 

「尻尾の炎!」

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

カスミとタケシも後を追った。

 

ダイスケだけが、その場に残った。

 

◇

 

雨はどんどん強くなる。

 

「急げ!」

 

サトシは泥を蹴りながら走った。

 

未来を知っていた。

 

この雨が来ることも。

 

ヒトカゲが危険になることも。

 

だからこそ。

 

(もっと早く連れてくるべきだったのか……?)

 

一瞬だけ迷いが生まれる。

 

だが、すぐに消した。

 

ヒトカゲにも意思がある。

 

知識があるからといって、その意思を最初から無視することはできない。

 

なら。

 

危険になった今は――迷わない。

 

「こっちだ!」

 

波導。

 

雨音。

 

暗い森。

 

その中から、覚えたばかりのヒトカゲの気配を探す。

 

そして。

 

「いた!」

 

岩の上。

 

「カゲ……」

 

ヒトカゲはまだそこにいた。

 

大きな葉を使い、尻尾の炎を雨から必死に守っている。

 

炎は弱い。

 

昼間より、ずっと。

 

しかも。

 

「オニスズメ!」

 

「オニィ!」

 

「オニスズメ!」

 

何匹ものオニスズメがヒトカゲを取り囲んでいた。

 

弱った相手へ次々と襲いかかる。

 

(やっぱり……!)

 

記憶通り。

 

だが、今は思い返している場合ではない。

 

一匹のオニスズメが急降下する。

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

言葉と同時。

 

サトシからも短い意図が伝わる。

 

右。

 

あの一匹。

 

「でんきショック!」

 

「ピッカァ!」

 

電撃が走る。

 

「オニィ!?」

 

オニスズメが弾き飛ばされた。

 

だが群れは逃げない。

 

「ピジョン!」

 

サトシがボールを投げる。

 

「ピジョォン!」

 

「ヒトカゲから引き離すぞ! 『たつまき』!」

 

「ピジョォォン!」

 

翼を大きく広げる。

 

激しい風が渦を巻いた。

 

雨粒を巻き込みながら、オニスズメの群れを押し返していく。

 

「オニィ!」

 

「オニスズメ!」

 

群れが散る。

 

それでも数匹が旋回して戻ってきた。

 

「ピジョン、『でんこうせっか』!」

 

「ピジョ!」

 

一気に加速。

 

一匹の前へ割り込み、進路を遮る。

 

そのまま翼を広げて威嚇すると、群れはようやく諦めて森の向こうへ飛び去っていった。

 

「ヒトカゲ!」

 

サトシが駆け寄る。

 

「カゲ……」

 

立ち上がろうとする。

 

だが。

 

ぐらり。

 

「危ない!」

 

倒れかけた身体を抱き止めた。

 

「カゲ……!」

 

それでもヒトカゲは岩へ戻ろうとする。

 

「もういい!」

 

「カゲ……カゲ!」

 

待つ。

 

戻ってくる。

 

約束した。

 

信じている。

 

サトシには、その思いが痛いほど伝わった。

 

だからこそ。

 

「……ごめんな」

 

「カゲ?」

 

「今だけは、お前の言うことを聞けない」

 

上着を脱ぎ、ヒトカゲの身体と尻尾を包む。

 

「待ちたい気持ちは分かる」

 

ヒトカゲを抱き上げる。

 

「でも、約束を守るために死んだら駄目だ」

 

「カゲ……」

 

「絶対助けるから」

 

ヒトカゲは抵抗しようとした。

 

けれど、もう身体に力が残っていない。

 

サトシの腕の中で目を閉じる。

 

「戻るぞ!」

 

◇

 

ポケモンセンターへ着くと、ヒトカゲはすぐ治療室へ運ばれた。

 

サトシたちは扉の外で待つ。

 

タケシは椅子にも座らない。

 

ピカチュウも落ち着かない様子で扉を見ている。

 

「ピカ……」

 

「大丈夫だ」

 

サトシはそう言った。

 

けれど、自分にも言い聞かせていた。

 

しばらくして。

 

治療室の扉が開く。

 

「ジョーイさん!」

 

「もう大丈夫です」

 

全員が息を吐いた。

 

「かなり衰弱していました。発見がもう少し遅ければ危険でした」

 

「……よかった」

 

サトシは治療室を見る。

 

眠っているヒトカゲ。

 

前世では画面越しに知っていた光景。

 

でも今は違う。

 

あの小さな身体を自分で抱いた。

 

弱っていく炎も。

 

それでも主人を信じようとする思いも。

 

全部、目の前にあった。

 

(絶対に同じじゃない)

 

物語を知っている。

 

だからといって。

 

この世界まで、知っている物語通りに進むと決めつけてはいけない。

 

サトシは静かにヒトカゲを見守った。

 

◇

 

翌朝。

 

「えっ!?」

 

カスミの声が響いた。

 

ヒトカゲのベッドが空になっている。

 

サトシは驚かなかった。

 

「……戻ったんだな」

 

「分かってたの?」

 

「そうするかもしれないと思ってた」

 

原作知識だけではない。

 

昨日感じたヒトカゲの思い。

 

まだダイスケを完全には諦められていなかった。

 

「追いかける?」

 

カスミが聞く。

 

サトシは少し考えてから首を横に振る。

 

「今はいい」

 

「でも!」

 

「身体は回復してる。それでも自分で戻ったんだ」

 

ヒトカゲ自身が答えを出さなければならない。

 

サトシが代わりにダイスケを嫌わせることはできない。

 

「何かあったら、その時は助ける」

 

「ピカ」

 

ピカチュウが頷いた。

 

一行は再びクチバシティへ向けて歩き始めた。

 

◇

 

しばらくして。

 

サトシは足元を見た。

 

(確かこの辺りで――)

 

そう思った瞬間。

 

カチッ。

 

「しまっ――」

 

地面が抜けた。

 

「うわぁぁぁぁ!?」

 

「きゃあああ!」

 

「うおっ!」

 

サトシ、カスミ、タケシがまとめて穴へ落ちた。

 

ドサドサドサッ!

 

「痛ったぁ……!」

 

「サトシ!」

 

カスミが睨む。

 

「今、何か分かってた顔してなかった!?」

 

「思い出すのが一秒遅かった!」

 

「意味分かんない!」

 

「ピカー……」

 

穴の上。

 

落ちなかったピカチュウが呆れたように見下ろしている。

 

そして。

 

「ふっふっふっふ……」

 

聞き覚えのある笑い声。

 

サトシが顔を上げる。

 

「来たな……」

 

「なんだかんだと聞かれたら!」

 

「答えてあげるが世の情け!」

 

ムサシ。

 

コジロウ。

 

ニャース。

 

「やっぱりロケット団!」

 

「今日はちゃんと対策済みよ!」

 

「お前たちのピカチュウの電撃など、もう怖くない!」

 

二人は分厚いゴム製の装備に身を包んでいた。

 

「ニャハハ! これなら電気なんて効かないニャ!」

 

「ピカ……!」

 

ピカチュウが身構える。

 

サトシは上を見ながら苦笑する。

 

(ここも同じか)

 

知っていた。

 

だが。

 

同じだからといって、油断するつもりはない。

 

「ピカチュウ、電気は使うな! 『でんこうせっか』で距離を取れ!」

 

「ピカ!」

 

一気に加速する。

 

ロケット団の間を抜ける。

 

「そんなこともあろうかと!」

 

コジロウが何かを構えた。

 

粘着性のある弾。

 

(あれか!)

 

「ピカチュウ、横!」

 

短い移動の像も送る。

 

「ピカ!」

 

一発目を回避。

 

二発目。

 

さらに避ける。

 

だが三発目が地面で弾け、大きく広がった。

 

「ピカッ!?」

 

足が捕まる。

 

「ピカチュウ!」

 

「捕まえたわ!」

 

「今日こそいただきだ!」

 

サトシは穴の壁へ手をかける。

 

波導を脚へ。

 

身体を強化する。

 

「サトシ?」

 

タケシが気づく。

 

「先に行く!」

 

地面を蹴る。

 

一度で穴の外までは届かない。

 

壁の突起へ足をかけ、さらに跳ぶ。

 

だが。

 

「ピカァ!」

 

ピカチュウの焦りが伝わる。

 

「待ってろ!」

 

その時。

 

新しい気配。

 

いや。

 

もう知っている。

 

「……来た!」

 

「何が?」

 

カスミが見上げる。

 

直後。

 

「カゲェ!」

 

炎が走った。

 

「な、何!?」

 

ロケット団が振り向く。

 

岩陰から飛び出したのは――。

 

「ヒトカゲ!」

 

「カゲ!」

 

昨日とは違う。

 

尻尾の炎が力強く燃えている。

 

ヒトカゲはピカチュウの前へ立った。

 

「ピカ!」

 

「カゲ!」

 

今度は自分が助ける。

 

そんな強い意思。

 

「邪魔するんじゃないわよ!」

 

「こいつもまとめて捕まえるぞ!」

 

「カゲ……!」

 

ヒトカゲが息を吸い込む。

 

口元に炎が集まる。

 

そして。

 

「カゲェェェ!」

 

『かえんほうしゃ』。

 

激しい炎が一直線に走った。

 

「熱い熱い熱い!」

 

「ゴムが燃える!」

 

「電気には強くても炎は聞いてないニャー!」

 

三人が慌てて装備を脱ぎ捨てる。

 

「今だ、ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

ヒトカゲが粘着物を焼き切る。

 

自由になったピカチュウが跳んだ。

 

「でんきショック!」

 

「ピッカァァァ!」

 

「ぎゃああああ!」

 

爆発。

 

「結局こうなるのぉぉ!?」

 

「やな感じニャァァァ!」

 

三人は空の彼方へ飛んでいった。

 

「やな感じぃぃぃ!」

 

キラーン。

 

「……助かった」

 

穴から出てきたタケシが呟く。

 

ピカチュウはすぐヒトカゲへ駆け寄った。

 

「ピカピカ!」

 

「カゲ!」

 

「ピカ!」

 

サトシも二匹の前へしゃがむ。

 

「ありがとう、ヒトカゲ」

 

「カゲ?」

 

「ピカチュウを助けてくれたんだろ?」

 

「カゲ!」

 

胸を張る。

 

「すごかったぞ、『かえんほうしゃ』」

 

「カゲ!」

 

その時だった。

 

「おい!」

 

聞き覚えのある声。

 

サトシは振り向く。

 

(来たか)

 

ダイスケ。

 

「へぇ」

 

ダイスケはヒトカゲを見る。

 

「お前、そんな強い技使えたんだな」

 

「カゲ……」

 

ヒトカゲの表情が変わる。

 

「だったら話は別だ」

 

ダイスケが笑った。

 

「戻ってこいよ。お前、俺のポケモンだろ?」

 

カスミの眉が吊り上がる。

 

「何それ!」

 

タケシも険しい表情を浮かべた。

 

だが。

 

サトシは黙っていた。

 

前世の自分は、この先も知っている。

 

それでも。

 

決めるのはヒトカゲだ。

 

「ほら」

 

ダイスケが手を伸ばす。

 

「今度はちゃんと使ってやるよ」

 

「カゲ……」

 

ヒトカゲはダイスケを見つめた。

 

ずっと待っていた。

 

雨の中でも。

 

傷ついても。

 

炎が弱くなっても。

 

それでも信じた相手。

 

けれど。

 

「カゲ!」

 

ヒトカゲが一歩下がる。

 

「……は?」

 

「カゲ!」

 

はっきりとした拒絶。

 

「なんだよ! 俺がお前のトレーナーだぞ!」

 

「カゲッ!」

 

ヒトカゲの口元に炎が灯る。

 

「ピカ……!」

 

ピカチュウも隣へ並ぶ。

 

ダイスケが慌てて後退した。

 

「わ、分かったよ!」

 

ヒトカゲは目を逸らさない。

 

「そんな奴、こっちから願い下げだ!」

 

ダイスケは吐き捨てるように言うと、その場から逃げていった。

 

誰も追わない。

 

ヒトカゲだけが、しばらくその背中を見つめていた。

 

「カゲ……」

 

寂しい。

 

悲しい。

 

でも。

 

もう待たない。

 

その気持ちは、波導を深く読まなくても分かった。

 

サトシはゆっくり近づく。

 

「ヒトカゲ」

 

「カゲ?」

 

「もう、あの岩には戻らないんだな?」

 

少しだけ間があった。

 

「カゲ」

 

頷く。

 

「そっか」

 

サトシは笑う。

 

ここから先。

 

前世で知っていた結末と同じになるかは、まだ分からない。

 

だからこそ。

 

自分の言葉で聞く。

 

「だったら――俺たちと一緒に来ないか?」

 

「カゲ?」

 

「俺は世界で一番強いトレーナーを目指してる」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウが隣で胸を張る。

 

「だから、これからいっぱいバトルする。強い相手とも戦うし、楽な旅じゃない」

 

サトシは手を差し出した。

 

「でも、お前が強くなりたいなら、一緒に強くなろう」

 

「カゲ……」

 

ヒトカゲが仲間たちを見る。

 

ピカチュウ。

 

ピジョン。

 

バタフリー。

 

そしてフシギダネ。

 

「ダネ」

 

フシギダネが一歩前へ出る。

 

「カゲ?」

 

「ダネ!」

 

「ピカピカ!」

 

二匹に迎えられ、ヒトカゲの表情が僅かに緩んだ。

 

「カゲ!」

 

サトシへ向かって歩き出す。

 

答えは決まった。

 

「よし!」

 

モンスターボールを取り出す。

 

ただ、その前に。

 

「一つだけ聞かせてくれ」

 

「カゲ?」

 

「お前はヒトカゲからリザード、その先にはリザードンへ進化できる」

 

サトシはその姿を知っている。

 

前世では。

 

強大なリザードンになった未来を。

 

けれど――それを押しつけるつもりはない。

 

「今、進化するかどうかを決めなくていい」

 

「カゲ……」

 

「旅をして、強くなって、いろんな経験をしてから決めればいい」

 

フシギダネがサトシを見る。

 

昨日、自分も言われたことだ。

 

「進化したいと思ったら教えてくれ。今の姿でいたいなら、それも教えてくれ」

 

ヒトカゲは少し考える。

 

今はまだ。

 

答えを決めなくていい。

 

「一緒に考えていこう」

 

「カゲ!」

 

力強く頷いた。

 

サトシがモンスターボールを差し出す。

 

ヒトカゲは自分から額を触れさせた。

 

赤い光。

 

ボールへ入る。

 

一度。

 

二度。

 

三度。

 

――カチッ。

 

「よし!」

 

サトシがボールを掲げる。

 

「ヒトカゲ――ゲットだ!」

 

「ピッピカチュウ!」

 

「ダネ!」

 

「フリィ!」

 

「ピジョォン!」

 

仲間たちの声が重なった。

 

◇

 

少しして。

 

ヒトカゲは再びボールから出ていた。

 

「カゲ!」

 

今はピカチュウとフシギダネの間を歩いている。

 

「ピカピカ」

 

「ダネ」

 

「カゲ!」

 

三匹で何かを話しているらしい。

 

細かな内容まではサトシにも分からない。

 

それでも。

 

楽しそうだということだけは十分伝わってくる。

 

「もう馴染んでるわね」

 

カスミが笑った。

 

「ポケモン同士の方が早いのかもな」

 

タケシも穏やかな表情を浮かべる。

 

サトシは少し後ろから仲間たちを見る。

 

ピカチュウ。

 

ピジョン。

 

バタフリー。

 

フシギダネ。

 

そして――ヒトカゲ。

 

五匹目の仲間。

 

サトシは前世の記憶を思い返す。

 

このヒトカゲがどれほど強くなったのか。

 

どれほど多くの戦いを経験したのか。

 

その未来を、自分は知っている。

 

けれど。

 

(今度は俺たちの旅だ)

 

同じ未来になるとは限らない。

 

もっと早く強くなるかもしれない。

 

違う技を覚えるかもしれない。

 

違う戦いを経験するかもしれない。

 

そして、いつか進化を選ぶのかどうかも――ヒトカゲ自身が決める。

 

「これからよろしくな、ヒトカゲ」

 

「カゲ!」

 

振り返ったヒトカゲの尻尾では、炎が明るく力強く燃えていた。

 

「よし! クチバシティ目指して行くぞ!」

 

「ピカ!」

 

「ダネ!」

 

「カゲ!」

 

新しい仲間を加えた一行は、再び歩き始めた。

 

そして、その先では――。

 

サングラスをかけた五匹のゼニガメたちが、道の真ん中で何やら悪戯の準備を始めていた。

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