ポケットモンスター ―君と目指す頂―   作:あああああ

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第35話 マサキのとうだい!巨大ポケモンの影

ゼニガメ団との一件を終えたサトシたちは、次の目的地であるクチバシティを目指して旅を続けていた。

 

もっとも、順調に進んでいるかと聞かれれば、答えは微妙なところだった。

 

「……なあ、タケシ」

 

「なんだ?」

 

「この道、本当にクチバシティに続いてるんだよな?」

 

サトシが尋ねると、先頭を歩いていたタケシは地図へ視線を落としたまま黙り込んだ。その反応だけで、なんとなく答えを察してしまう。

 

「ちょっと! まさかまた迷ったんじゃないでしょうね!?」

 

カスミが声を上げると、タケシは地図を持ち直しながら周囲を確認した。

 

「いや、この辺りを抜ければ海へ出るはずなんだ。そこから海岸沿いに進めば――」

 

「それ、さっきも聞いたわよ!」

 

「まあまあ。進んでればそのうち着くだろ」

 

「サトシまで適当なこと言わない!」

 

肩の上でピカチュウが楽しそうに笑う。

 

「ピカピカ」

 

サトシ自身、現在地を完全に把握しているわけではなかった。ただ、ここ最近の出来事が前世で知るアニメと大きく同じ順番で起こっていることを考えれば、この先で何が待っているのかはおおよそ想像できる。

 

フシギダネと出会い、ヒトカゲを仲間にし、昨日はゼニガメ団との事件があった。

 

ならば次は――。

 

そんなことを考えながら森を進んでいると、やがて木々の隙間から強い光が差し込んできた。

 

「出口だ!」

 

カスミが真っ先に駆け出す。

 

三人が木々の間を抜けると、それまで広がっていた緑の景色が一気に途切れ、目の前には青い海が広がった。潮の匂いを含んだ風が吹き抜け、波が砂浜へ寄せては戻っていく。

 

「海だ!」

 

「ピカ!」

 

サトシが砂浜へ降りると、ピカチュウも肩から飛び降りた。

 

ゼニガメもボールから出してやると、故郷でもある水辺を前に嬉しそうに海へ駆けていく。

 

「ゼニー!」

 

「遠くまで行くなよ!」

 

「ゼニ!」

 

返事をしながら浅瀬へ飛び込んでいくゼニガメを見送り、サトシは改めて海岸を見渡した。

 

そして、その視線が砂浜の一角で止まる。

 

一匹のポケモンが、横歩きしながらこちらへ近づいてきていた。

 

丸みを帯びた橙色の身体と、左右に伸びた大きなハサミ。

 

「クラブ……」

 

思わず名前を口にした瞬間、前世の記憶が鮮明に蘇った。

 

(そうだった。ここでクラブを捕まえるんだ)

 

原作のサトシにとって、初めて手持ち六匹を超えて捕獲したポケモン。

 

後にセキエイ大会でキングラーへ進化し、目覚ましい活躍を見せる一匹でもある。

 

「クラ?」

 

クラブもサトシに気づいたらしく、こちらを見上げてハサミを構えた。

 

サトシは少しだけ笑う。

 

原作で仲間にしたからという理由だけで捕まえるつもりはない。

 

だが――クラブは欲しい。

 

将来キングラーまで育てれば強力な水タイプになるし、何より目の前の一匹自身に興味があった。

 

「サトシ?」

 

カスミが怪訝そうにこちらを見る。

 

「俺、あのクラブとバトルしてくる」

 

「え?」

 

「クラ!」

 

クラブの方もその言葉に反応したのか、ハサミをカチカチと鳴らして前へ出てくる。

 

「やる気みたいだな」

 

サトシは腰のモンスターボールへ手を伸ばしかけた。

 

ピカチュウ、ピジョン、バタフリー、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ。

 

誰を出すか。

 

そこまで考えたところで、ふと手を止める。

 

目の前のクラブは決して大きな個体ではない。まずはどれほど動けるのか、自分の目で見てみたい。

 

「クラブ、俺と勝負しようぜ」

 

「クラ!」

 

「……ちょっと待ちなさい」

 

カスミが嫌な予感を覚えたように眉を寄せる。

 

サトシは近くに落ちていた細長い枝を拾った。

 

「よし」

 

「なんであんたが戦うのよ!?」

 

「クラブの動きを見る」

 

「普通はポケモンに戦ってもらうの!」

 

「知ってるよ!」

 

言い返した直後、クラブが勢いよく踏み込んできた。

 

「クラッ!」

 

大きなハサミが枝を挟み込む。

 

バキンッ!

 

あっさりと真っ二つになった。

 

「……おお」

 

「感心してる場合!?」

 

カスミの声を聞きながら、サトシは折れた枝を見た。

 

身体は小さいが、ハサミの力はかなり強い。

 

「気に入った!」

 

すぐにモンスターボールを取り出す。

 

「クラブ、俺と一緒に来い!」

 

ボールを投げると、クラブの身体が赤い光に包まれて吸い込まれた。

 

砂浜へ落ちたボールが一度揺れる。

 

二度。

 

三度。

 

やがて中央のランプが消えた。

 

「よし!」

 

サトシがボールへ駆け寄る。

 

「クラブ、ゲットだ――」

 

最後まで言い切るより早く、手に取ろうとしたモンスターボールが白い光に包まれた。

 

「……え?」

 

次の瞬間、ボールは跡形もなく消えていた。

 

「…………」

 

サトシは空になった両手を見つめる。

 

もちろん、本当は知っている。

 

今の自分にはすでに六匹のポケモンがいる。

 

だから七匹目となったクラブは――。

 

「俺のクラブが消えた!」

 

「落ち着け」

 

タケシが肩へ手を置いた。

 

「トレーナーが一度に持ち歩けるポケモンは六匹までだ。七匹目以降を捕まえた場合、登録されている転送先へ送られる」

 

「俺の場合は……」

 

「オーキド博士の研究所でしょうね」

 

カスミが答える。

 

知識として理解していたことではある。

 

しかし実際に目の前でボールが消えると、なかなか不思議な感覚だった。

 

「ちゃんと研究所に着いたかな」

 

「確認してみればいい」

 

「電話できる場所があればな」

 

サトシは周囲を見回した。

 

ポケモンセンターらしき建物は見当たらない。

 

その時、少し離れた場所にいたピカチュウが声を上げた。

 

「ピカ!」

 

「どうした?」

 

ピカチュウが指差した先を見る。

 

海へ突き出すように伸びた岬。

 

その先端に、巨大な灯台が建っていた。

 

それを見た瞬間、サトシは目を細める。

 

(やっぱりここか)

 

前世の記憶にある場所。

 

ポケモン研究家マサキの灯台だった。

 

◇

 

灯台へ向かう途中、空は少しずつ夕暮れの色へ染まり始めていた。

 

近づいてみると、灯台は遠くから眺めていた時以上に大きい。崖の上に建つその姿にはどこか古めかしさがあり、背後には果ての見えない海が広がっている。

 

入口へ着くと、タケシが呼び鈴を押した。

 

「すみませーん!」

 

返事はない。

 

もう一度呼ぶ。

 

しばらくして、ようやく中から声が返ってきた。

 

何度かやり取りをした末、三人は灯台の中へ入れてもらえることになった。

 

サトシが最初に頼んだのは電話だった。

 

オーキド研究所へ連絡すると、画面に見慣れた老人の顔が映し出される。

 

『おお、サトシか』

 

「博士! さっきクラブを捕まえたんだけど、そっちに届いてる?」

 

『クラブ? ああ、来ておるぞ』

 

「よかった……」

 

サトシは安心して息を吐いた。

 

画面の向こうでオーキド博士が少し移動すると、その足元からクラブが姿を現した。

 

「クラ!」

 

「クラブ!」

 

元気そうな姿を確認し、自然と頬が緩む。

 

『なかなか元気なクラブじゃ。少し小柄ではあるが、ハサミもしっかりしておる』

 

「俺もそこが気に入ったんだ」

 

『しかし、これでお前も七匹目か。これから先さらにポケモンを捕まえるなら、研究所にいるポケモンと手持ちを入れ替えながら旅をすることになるぞ』

 

「ああ。そのつもり」

 

サトシは迷わず答えた。

 

六匹だけを育てて終わるつもりなど最初からない。

 

この先も様々なポケモンと出会い、互いに望むなら仲間になりたい。そのためには、研究所に預けたポケモンも含めて全員と向き合い、必要に応じて手持ちを入れ替えながら育てていくことになる。

 

「クラブ。しばらく博士のところで待っててくれ。また一緒にバトルしような」

 

「クラ!」

 

クラブが大きなハサミを上げる。

 

その姿を見届けてから、サトシは博士との通話を終えようとした。

 

『そうじゃ、サトシ。そこはどこじゃ?』

 

「海沿いの灯台。クチバシティへ向かってたら迷ってさ」

 

『灯台……ひょっとして、そこはマサキ君のところか?』

 

「マサキ?」

 

知ってはいるが、サトシは初めて聞いたように問い返す。

 

『優秀なポケモン研究家じゃよ。ポケモンについて非常に広い知識を持っておる。せっかくそこへ行ったのなら、話を聞かせてもらうといい』

 

「分かった」

 

通話を終えた、その時だった。

 

「オーキド博士にそこまで言ってもらえるとは光栄だな」

 

背後から声が聞こえた。

 

振り返ったサトシは、分かっていたにもかかわらず一瞬言葉を失った。

 

そこにいたのは、人間ではない。

 

巨大なカブトだった。

 

「カ、カブト!?」

 

カスミが驚く。

 

だがサトシはすぐに気づく。

 

本物ではない。

 

よく見れば精巧に作られた着ぐるみだ。

 

「もしかして、その中にいるのがマサキさん?」

 

「正解」

 

カブトの着ぐるみから声が返ってくる。

 

事情を聞けば、絶滅したと考えられている古代ポケモン・カブトの気持ちを少しでも理解するため、自らその姿を再現した着ぐるみへ入っていたらしい。

 

「そこまでするのか……」

 

サトシは素直に感心した。

 

前世で見た時には変わった研究者という印象もあった。しかし実際にポケモンが生きている世界へ来て、研究所で長くポケモンと接してきた今なら、その行動の意味も少し違って見える。

 

知識だけでは分からないものがある。

 

ポケモンの視点に近づこうとすること自体が、マサキなりの研究なのだろう。

 

「面白いな」

 

「そう思うかい?」

 

「ああ。俺もポケモンのことをもっと知りたいから」

 

マサキは着ぐるみの中からサトシを見た。

 

「なら、少し話をしようか」

 

◇

 

灯台の奥には、ポケモンに関する資料が所狭しと並べられていた。

 

サトシにとって、その時間は想像していた以上に楽しいものになった。

 

ポケモンの生態。

 

地域による違い。

 

まだ確認されていない種類の可能性。

 

オーキド研究所で学んできた知識と重なる部分もあれば、初めて聞く話もある。

 

前世のサトシには、ゲームやアニメを通じて得た膨大な知識がある。しかし、この世界へ来てから何度も感じてきた通り、それだけですべてを理解できるわけではない。

 

ゲームなら一行で説明される生態にも、この世界では一匹一匹の生活がある。

 

アニメで描かれなかった場所にも、人とポケモンの暮らしが続いている。

 

だからこそ面白い。

 

「世界には、まだ人間が知らないポケモンがたくさんいる」

 

マサキが窓の向こうに広がる海を眺めながら言った。

 

「今確認されている種類だけが、ポケモンのすべてじゃない。まだ見つかっていないポケモンもいれば、存在だけ確認されて詳しい生態が分かっていないものもいる」

 

サトシは黙って耳を傾ける。

 

自分はその答えの一部を知っている。

 

カントーの外にはジョウトがあり、ホウエン、シンオウ、イッシュ、カロス――さらに多くの地方があり、それぞれに数え切れないほどのポケモンが生きている。

 

けれど。

 

この世界が前世で知った情報だけで完結している保証など、どこにもない。

 

「マサキさんは、それを探してるの?」

 

「その一つをね」

 

マサキは海を見た。

 

「僕はここで、あるポケモンを待っている」

 

「あるポケモン?」

 

カスミが尋ねる。

 

「姿は分からない。正体も分からない。ただ、おそらく世界でも最大級の大きさを持つポケモンだ」

 

サトシの表情が変わった。

 

来た。

 

記憶通りなら――。

 

「以前、偶然そのポケモンの声を記録することができた。僕には、その声が仲間を探しているように聞こえたんだ」

 

マサキが機械を操作する。

 

灯台から、低く長い鳴き声が海へ向けて流れ始めた。

 

どこか寂しげで、遠くへ呼びかけるような声。

 

サトシの肩にいたピカチュウも、海へ顔を向けた。

 

「ピカ……」

 

「仲間を探してる、か」

 

サトシは呟いた。

 

前世では巨大なカイリューのような存在として覚えている。

 

だが、その正体について詳しい説明がされた記憶はない。

 

ならば決めつける必要もないだろう。

 

今夜、自分の目で見ればいい。

 

◇

 

日が完全に沈んだ頃、海は濃い霧に覆われていた。

 

サトシたちはマサキとともに灯台の外へ出ていた。

 

灯台からは先ほどと同じ鳴き声が繰り返し海へ流されている。

 

ただ波の音だけが響く時間が続いた。

 

やはり今日は来ないのか。

 

カスミがそう口にしかけた時だった。

 

――ォォォォォォ……。

 

遠い。

 

海の向こう。

 

そこから、灯台で流しているものとは違う、本物の声が返ってきた。

 

「来た!」

 

マサキが身を乗り出す。

 

サトシも海を見る。

 

霧の向こうで、何かが動いている。

 

最初は小さな黒い影にしか見えなかった。それがゆっくりと近づくにつれて、サトシたちは次第に言葉を失っていった。

 

大きい。

 

あまりにも大きい。

 

海面から立ち上がった影は、灯台と比較しても異常なほど巨大だった。

 

「なに……あれ……」

 

カスミが呆然と呟く。

 

タケシも言葉を失っている。

 

肩の上のピカチュウでさえ、ただその影を見上げていた。

 

「ピカ……」

 

サトシも息を呑む。

 

長い首。

 

頭部から伸びる二本の触角のようなもの。

 

丸みを帯びた身体。

 

霧に隠れて細部までは見えない。

 

だが、前世の知識を持つサトシには、その輪郭が何に似ているのか分かった。

 

(カイリュー……)

 

ミニリュウからハクリューを経て進化する、ドラゴンポケモン。

 

サトシ自身、いつかミニリュウと出会えたなら仲間になりたいと思っている。

 

しかし。

 

(でかすぎる……)

 

知っているカイリューとは、あまりにも違う。

 

本当にカイリューなのか。

 

特殊な個体なのか。

 

あるいは、自分の知らない何かなのか。

 

ゲーム知識にも、アニメの記憶にも答えはなかった。

 

だからこそ、サトシは目を逸らさなかった。

 

知っているから見るのではない。

 

知らないからこそ見たい。

 

巨大な影が、ゆっくりと灯台へ近づいてくる。

 

マサキの顔には隠し切れない喜びが浮かんでいた。

 

「ずっと……ずっと待っていたんだ」

 

海から、再び声が響く。

 

マサキが流していた声に応えるような、低く寂しげな鳴き声。

 

もう少し。

 

あと少し近づけば、その姿をはっきり確認できる。

 

その時だった。

 

夜空を切り裂くように、何かが飛んだ。

 

「え?」

 

次の瞬間、巨大な影の近くで爆発が起こった。

 

「なっ!?」

 

サトシが振り返る。

 

崖の上。

 

そこには見覚えのありすぎる三人組がいた。

 

「なんだかんだと聞かれたら!」

 

「今それやるの!?」

 

サトシが思わず叫ぶ。

 

ムサシが構わず腕を広げた。

 

「答えてあげるが世の情け!」

 

「世界最大級のポケモンなんて聞いたら!」

 

「捕まえないわけにはいかないニャ!」

 

ロケット団が用意した兵器が再び巨大ポケモンへ向けられる。

 

「やめろ!」

 

サトシの声より早く、攻撃が放たれた。

 

爆発が霧を照らす。

 

巨大な影が足を止める。

 

先ほどまでの寂しげな声とは違う、低く怒りを含んだ鳴き声が海を震わせた。

 

空気そのものが揺れたような圧力に、サトシたちは思わず身体を強張らせる。

 

「まずい……!」

 

巨大な尾のような影が霧の中で動いた。

 

次の瞬間、凄まじい衝撃がロケット団を襲う。

 

「きゃああああ!」

 

「うわああああ!」

 

「ニャアアアア!」

 

三人はまとめて夜空の彼方へ吹き飛ばされていった。

 

「やな感じー!」

 

声が遠ざかっていく。

 

だが、誰も笑わなかった。

 

サトシはすぐに海へ視線を戻した。

 

「待ってくれ!」

 

巨大なポケモンは、もう灯台へ近づこうとはしなかった。

 

身体の向きを変え、ゆっくりと沖へ戻っていく。

 

「…………」

 

マサキは追わなかった。

 

ただ、その姿を最後まで見つめている。

 

サトシも同じだった。

 

ここでバトルを挑もうとは思わない。

 

相手の正体すら分からない。

 

何より、仲間を探してここまでやって来たポケモンが、人間から突然攻撃された直後なのだ。

 

今追いかけることが正しいとは思えなかった。

 

巨大な影は少しずつ霧へ溶け込み、やがて完全に見えなくなった。

 

最後にもう一度だけ、遠くから鳴き声が聞こえた。

 

それも波音へ消えていく。

 

長い沈黙の後、サトシが口を開いた。

 

「……行っちゃったな」

 

「ああ」

 

マサキの声には悔しさが滲んでいた。

 

それでも、その目から好奇心の光が消えることはない。

 

「でも、いた」

 

マサキは静かに笑った。

 

「僕が待っていたポケモンは、本当にこの海にいた。それが分かっただけでも大きな一歩だよ」

 

「また来ると思う?」

 

「待つさ」

 

迷いのない答えだった。

 

「研究っていうのは、分からないものを分かるまで追い続けることでもあるからね」

 

サトシはその言葉を聞きながら、巨大な影が消えた海を見つめた。

 

自分は前世でポケモンについて多くのことを知った。

 

この世界へ来てからも、オーキド博士の研究所で学び続けてきた。

 

それでも、知らないことはある。

 

いや――おそらく、これから先も数え切れないほど出てくる。

 

それが嬉しかった。

 

全部知っている世界をなぞるだけではない。

 

まだ自分の知らない何かが、この世界には存在している。

 

「俺も見つけたいな」

 

「何を?」

 

マサキが尋ねる。

 

「全部」

 

サトシは笑った。

 

「いろんな地方へ行って、いろんなポケモンに会って、戦って、仲間になって……俺の知らないポケモンがいるなら、そいつにも会ってみたい」

 

足元でピカチュウが笑う。

 

「ピカ!」

 

「それで、もっと強くなる。世界で一番強いトレーナーになって、ポケモンマスターになる」

 

マサキは少し驚いた後、楽しそうに笑った。

 

「大きな夢だ」

 

「そのくらいじゃないと面白くないだろ?」

 

「確かにね」

 

トレーナーと研究者。

 

進む道は違う。

 

それでも、まだ知らないポケモンを求めて世界の先を見ようとしている点では、二人の目指す方向はどこか似ているのかもしれなかった。

 

◇

 

翌朝。

 

一晩世話になったマサキへ礼を告げ、サトシたちは再びクチバシティへ向けて出発することになった。

 

「クラブのことも忘れないようにな」

 

マサキが言う。

 

「もちろん」

 

サトシは笑った。

 

研究所へ送られたからといって、クラブが控えになったわけではない。

 

これから仲間が増えていけば、手持ちの入れ替えは当たり前になる。その中で誰をどんな場所で戦わせ、どう成長させるかを考えるのもトレーナーの役目だ。

 

「次に戻った時は、クラブともちゃんと特訓する」

 

「ピカ!」

 

「それじゃ、マサキさん。また!」

 

「ああ。いい旅を!」

 

灯台を離れ、海岸沿いを歩き始める。

 

しばらく進んだところで、サトシは一度だけ振り返った。

 

朝の光を受けた灯台の向こうには、昨夜と同じ海が広がっている。

 

あの巨大なポケモンの姿はない。

 

それでも、この海のどこかにいる。

 

そう考えるだけで胸が高鳴った。

 

「サトシ、置いてくわよ!」

 

「今行く!」

 

前方から聞こえたカスミの声に返事をして、サトシは駆け出す。

 

その隣をピカチュウが走った。

 

「ピカ!」

 

「次はクチバシティだな」

 

「ピカピカ!」

 

「その前に――」

 

サトシは走りながらピカチュウを見る。

 

昨夜、巨大なポケモンを前にした時。

 

ほんの一瞬だけ、ピカチュウの頬からいつもより強い電気が漏れていたことを、サトシは見逃していなかった。

 

「ピカチュウ。昨日、ちょっと電気の出方が変わってなかったか?」

 

「ピカ?」

 

ピカチュウが首を傾げた。

 

本人にはあまり自覚がないらしい。

 

「気のせいかな……」

 

そう呟いた直後。

 

「ピカッ!」

 

パチッ――!

 

ピカチュウの頬から、普段の『でんきショック』を放つ前よりも強い電気が一瞬だけ弾けた。

 

サトシが足を止める。

 

ピカチュウ自身も驚いたように自分の頬へ触れた。

 

「ピカ……?」

 

「やっぱり」

 

サトシの表情が変わる。

 

これまで長い時間をかけて育ててきたピカチュウの電気。

 

その出力が、また一つ上の段階へ進もうとしている。

 

前世の知識があるサトシには、真っ先に思い浮かぶ技があった。

 

ピカチュウを象徴する、強力な電気技。

 

「もしかしたら……いけるかもしれないな」

 

「ピカ?」

 

サトシは笑ってピカチュウの頭を撫でる。

 

「クチバシティへ行く前に、少し特訓してみようぜ」

 

意味を理解したピカチュウの目が輝いた。

 

「ピカ!」

 

新しい仲間となったクラブは、オーキド研究所へ。

 

そしてピカチュウには、新たな力の兆し。

 

サトシたちの旅は、また少しずつ先へ進んでいく。

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