ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
マサキの灯台を離れたサトシたちは、海岸沿いの道をクチバシティへ向かって進んでいた。
昨夜まで海を覆っていた濃い霧はすっかり晴れ、頭上には青空が広がっている。潮風を受けながら歩く一行の先頭では、ピカチュウがいつものように軽快な足取りで進んでいた。
一見すれば普段と変わらない。
しかし、サトシの意識は先ほどから何度もピカチュウへ向いていた。
昨夜、巨大なポケモンを目の当たりにした時。そして今朝、灯台を離れてから。
ピカチュウの頬から、『でんきショック』を使う時とは明らかに違う強い電気が漏れていた。
偶然とは思えない。
「ピカチュウ」
「ピカ?」
呼ばれて振り返ったピカチュウへ、サトシは笑いかける。
「もう少し先に、特訓できそうな場所があったら寄っていこう」
「ピカ!」
新しいことを練習すると察したらしく、ピカチュウの耳がぴんと立った。
「また特訓?」
後ろを歩いていたカスミが呆れたように尋ねる。
「クチバシティはもう近いんじゃないの?」
「だからだよ。ジム戦の前に確認しておきたいことがあるんだ」
サトシは腰に並んだモンスターボールへ手を触れた。
ピカチュウだけではない。
フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメの三匹は、ここ数日の間に立て続けに仲間になった。これまでの戦いで使った技は確認しているものの、それが三匹のすべてとは限らない。
むしろ、加入前からそれぞれ独自の経験を積んできた三匹だ。
フシギダネはかくれざとを守り続け、ヒトカゲには以前のトレーナーと過ごした時間があり、ゼニガメはゼニガメ団のリーダーだった。
自分がまだ見ていない技があっても何もおかしくない。
「せっかくだから、みんなが今どんな技を使えるのかも確認したい」
「なるほどな」
タケシが頷いた。
「新しく仲間になったポケモンの得意な戦い方を知っておくのは大事だ。ジム戦になってから初めて知ったんじゃ、指示も出しにくいからな」
「そういうこと」
そのまま歩くことしばらく。
海岸から少し内陸へ入ったところで、小さな川に沿って開けた岩場が見えてきた。周囲に人家はなく、地面も平らで、少し離れた場所には大小いくつもの岩が転がっている。
サトシは辺りを確認してから足を止めた。
「ここならよさそうだな」
「ピカ!」
ピカチュウが真っ先に岩場へ飛び出す。
サトシも荷物を下ろすと、五つのモンスターボールを取り出した。
「みんな、出てきてくれ!」
光が次々と地面へ落ち、ピジョン、バタフリー、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメが姿を現す。
「ピジョォン!」
「フリィ!」
「ダネ!」
「カゲ!」
「ゼニ!」
ピカチュウを含めた六匹が揃ったところで、サトシは全員の顔を見渡した。
「今日は新しい技の特訓もするけど、その前に一度みんなが使える技を確認したい。特にフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ。俺がまだ見たことのない技があったら見せてくれないか?」
三匹がそれぞれ顔を見合わせる。
最初に一歩前へ出たのはフシギダネだった。
「ダネ!」
「じゃあ、フシギダネからだな」
◇
少し離れたところにある岩を目標に決める。
これまでサトシが確認しているフシギダネの技は『たいあたり』と『つるのムチ』。どちらもかくれざとでの戦いや、仲間になった後に使っている。
「他にも使える技、あるか?」
「ダネダネ!」
フシギダネが背中の種をわずかに動かす。
次の瞬間、そこから鋭い葉が次々と飛び出した。
高速で回転する葉は一直線に岩へ向かい、表面を次々と切り裂いていく。
「『はっぱカッター』か!」
「ダネ!」
フシギダネが得意そうに胸を張る。
何枚もの葉が狙った範囲へ集中しており、威力だけでなく制御も悪くない。最近覚えたばかりという動きではなく、以前から何度も使ってきたことが分かる。
「かくれざとを守ってた頃から使えたんだな」
「ダネ!」
「いい技持ってるじゃん!」
サトシが頭を撫でると、フシギダネは満足そうに目を細めた。
前世の知識を考えれば、フシギダネにはまだ覚えさせたい技がある。
特に『どくどく』。
相手を毒状態にして徐々に体力を奪う技であり、正面からの攻撃だけでは崩しにくい相手への選択肢になる。『つるのムチ』や『はっぱカッター』とはまったく違う役割を持たせられるだろう。
ただ、今すぐ全部覚えさせる必要はない。
「フシギダネには、そのうち覚えてほしい技があるんだ。また方法を考えて一緒に練習しよう」
「ダネ!」
次はヒトカゲ。
これまでサトシが実際に見ている主力技は『かえんほうしゃ』だった。
「ヒトカゲも他にあるか?」
「カゲ!」
ヒトカゲは近くの岩へ駆け寄ると、右腕を大きく振るった。
爪が鋭く光り、岩の表面へ三本の傷跡が刻まれる。
「『きりさく』!」
「カゲ!」
さらにヒトカゲは口を開いた。
今度は炎ではなく、黒い煙が勢いよく吐き出される。あっという間に周囲の視界が遮られ、近くにいたカスミが慌てて後ろへ下がった。
「ちょっと、こっちまで来てる!」
「あはは、ごめん!」
「カゲ……」
ヒトカゲも申し訳なさそうに煙を止める。
「『えんまく』も使えるのか」
サトシは煙が晴れていく様子を見ながら頷いた。
近距離の『きりさく』、遠距離火力の『かえんほうしゃ』、そして相手の視界を奪う『えんまく』。
思っていた以上に技の役割が分かれている。
「これなら戦い方の幅もかなり広げられるな」
「カゲ!」
「それとヒトカゲにも、いずれ覚えてほしい技がある」
サトシの頭に浮かんだのは『りゅうのいぶき』。
今のヒトカゲはまだドラゴンタイプではない。それでも、将来リザード、そしてリザードンへ進む可能性を考えれば、ドラゴン系統の技を身につける意味は大きい。
もちろん進化するかどうかを決めるのはヒトカゲ自身だ。
だから今は、技の選択肢の一つとして覚えておけばいい。
「それはまた今度だな」
「カゲ!」
最後はゼニガメだった。
「ゼニガメは?」
「ゼニ!」
待ってましたと言わんばかりにサングラスの位置を直すと、ゼニガメは勢いよく走り出した。
そのまま近くに置いてあった太い枝へ飛びつく。
「ゼニッ!」
ガブッ!
「『かみつく』か」
ゼニガメは枝へ食らいついたまま力を込め、やがてバキッと噛み折った。
「結構強いな……」
タケシも感心したように見る。
だが、ゼニガメはまだ終わっていなかった。
「ゼニ!」
身体を甲羅へ引っ込めた直後、高速で回転しながら地面を走り始める。
「『こうそくスピン』!」
回転したゼニガメは岩の間を縫うように進み、一つの岩へぶつかる直前で軌道を変え、そのままサトシの前まで戻ってきた。
回転を止め、甲羅から顔を出す。
「ゼニ!」
「すごいじゃん!」
サトシが笑うと、ゼニガメは誇らしげにサングラスを押し上げた。
ゼニガメ団のリーダーとして仲間を率いてきただけあって、実戦経験は十分にあるらしい。
『みずでっぽう』に『かみつく』、そして『こうそくスピン』。
こちらも遠近両方に対応できる。
「ゼニガメには『みずのはどう』を覚えてもらいたいな」
「ゼニ?」
「今の『みずでっぽう』とは違う水の技だ。すぐじゃなくていい。まずは今使える技をもっと俺も理解して、それから一緒に練習しよう」
「ゼニ!」
三匹の技を確認し終えたところで、サトシはピジョンとバタフリーにも視線を向けた。
二匹についてはこれまで一緒に過ごしてきた時間が長く、使える技も把握している。
ピジョンは『かぜおこし』『つばさでうつ』『たつまき』『でんこうせっか』。
バタフリーは『たいあたり』『いとをはく』『かぜおこし』を安定して使える一方、『ねむりごな』はまだ制御が甘く、『サイケこうせん』も練習途中だ。
覚えたい技はまだまだある。
それでも、一度に全部を詰め込むつもりはなかった。
「よし。それじゃ――今日の本題だな」
サトシが振り返る。
そこではピカチュウが待ちきれない様子で頬から小さな火花を散らしていた。
「ピカ!」
◇
サトシはピカチュウと向かい合った。
「まずはいつもの『でんきショック』を、あの岩に撃ってみよう」
「ピカ!」
ピカチュウが頬へ電気を集める。
「『でんきショック』!」
「ピカチュウ!」
黄色い電撃が一直線に走り、離れた岩へ命中した。
見慣れた技。
幼い頃から何度も使い、何度も磨いてきたピカチュウの基本となる電気技だ。
「今度は、昨日出た電気を思い出してみてくれ。いつもより強いやつ」
「ピカ……」
ピカチュウが頷く。
再び頬から電気が生まれた。
今度はすぐに放たない。
身体の中へ留めながら出力を高めていく。
「ピ……カ……!」
バチバチと音が強くなる。
『でんきショック』より明らかに大きい。
しかし次の瞬間、電気が四方へ散った。
「ピカッ!?」
ピカチュウが驚いて集中を解く。
「大丈夫か?」
「ピカ」
怪我はない。
ただ、本人も思ったように電気をまとめられなかったことが悔しいらしく、頬を膨らませている。
「もう一回やってみよう」
「ピカ!」
二度目。
今度は先ほどより長く保てた。
「そのまま……撃て!」
「ピカァッ!」
強烈な電撃が放たれる。
だが狙った岩から大きく逸れ、横にあった別の岩を直撃した。
バンッ!
表面が黒く焦げる。
「おお……」
タケシが目を見開いた。
「威力だけなら、今までのでんきショックよりずっと上だぞ」
「ああ」
サトシも同じことを感じていた。
問題は威力ではない。
強くなった電気を、ピカチュウ自身がまだ扱い切れていないのだ。
「ピカ……」
「焦らなくていい」
悔しそうなピカチュウの前へしゃがむ。
「強くするだけじゃ駄目みたいだな」
サトシはこれまで何度もピカチュウの放電を見てきた。
前世の知識だけなら『10まんボルト』という技が存在することは当然知っている。しかし、ゲームのコマンドを選ぶように技を覚えられる世界ではない。
どうすれば目の前のピカチュウがその技を身につけられるのか。
そこは一緒に探すしかない。
「『でんきショック』みたいに、集めながらすぐ撃とうとするんじゃなくてさ。一度、身体全体で電気を受け止めてみよう」
「ピカ?」
「頬だけに集めるんじゃない。身体全体に回して、それでも逃がさない。十分に溜まってから一気に出すんだ」
ピカチュウは少し考え、やがて頷いた。
「ピカ!」
三度目の挑戦。
頬から生まれた電気が身体を包み始める。
サトシは黙って観察した。
姿勢。
呼吸。
電気が散り始める瞬間。
波導へ頼る必要はない。
何年も一緒に過ごしてきた相棒のことなら、目で見れば分かることも多い。
「まだだ」
「ピ……!」
電気が強くなる。
「もう少し」
「ピカ……!」
ピカチュウの足元で小石が震える。
「今!」
「ピカァァッ!」
電撃が放たれた。
先ほどより狙いは良い。
しかし岩の横を掠め、そのまま地面へ落ちた。
「惜しい!」
「ピカ!」
失敗しても、ピカチュウの目からやる気は消えない。
むしろ完成が近づいていることを感じているようだった。
その後も二人は休憩を挟みながら練習を続けた。
電気を溜めすぎれば制御が乱れ、狙いを優先すれば今度は威力が落ちる。
簡単にはいかない。
だからこそ面白い。
「もう一回!」
「ピカ!」
◇
昼を過ぎた頃だった。
ピカチュウを休ませ、タケシが昼食の準備を始めようとしていた時、森の方から複数の鳴き声が聞こえてきた。
「ん?」
サトシが振り向く。
草むらから飛び出してきたのは、数匹の野生ポケモンだった。
どのポケモンもひどく慌てており、何度も後ろを振り返っている。
「どうしたんだ?」
サトシが近づくと、一匹が川の上流方向へ顔を向けて必死に鳴いた。
言葉そのものが分かるわけではない。
それでも、何か危険が起きていることくらいは表情を見れば十分だった。
「上流か?」
「ピカ!」
サトシたちは荷物をまとめると、野生ポケモンたちの案内を受けながら川沿いを走った。
やがて辿り着いた場所を見て、タケシの表情が険しくなる。
「これはまずいな」
斜面の一部が崩れ、大量の岩と土砂が川を塞いでいた。
流れてきた水は行き場を失い、即席のダムのように溜まり続けている。水位は今も少しずつ上昇していた。
「このまま溜まり続けたら……」
カスミが下流を見る。
「一気に崩れた時、全部下へ流れるわ」
「さっきのポケモンたちの住処も下流にあるんだろうな」
サトシは周囲を確認した。
単純に岩を全部壊せばいいわけではない。一度に水を流せば、それこそ危険だ。
「少しずつ水の逃げ道を作ろう」
「それがいい」
タケシも頷く。
サトシは仲間たちを呼び出した。
「みんな、力を貸してくれ!」
「ピカ!」
「ダネ!」
「カゲ!」
「ゼニ!」
「ピジョン!」
「フリィ!」
まずは川を塞いでいる細い枝や倒木を取り除く。
「フシギダネ、『つるのムチ』!」
「ダネ!」
二本の蔓が伸び、倒木へ巻きつく。サトシとタケシも一緒に引っ張り、安全な場所へ移動させていった。
「ピジョンとバタフリーは上から周りを見てくれ! また崩れそうなところがあったら知らせて!」
二匹が空へ舞い上がる。
「ピジョン!」
「フリィ!」
次は岩の間に絡まった太い根だ。
「ヒトカゲ、『きりさく』!」
「カゲ!」
鋭い爪が根を何度も切り裂き、岩から引き離す。
別の場所では小さな岩が密集していた。
「ゼニガメ、『こうそくスピン』! 一気に壊すんじゃなくて、小さい岩だけ外へ弾いてくれ!」
「ゼニ!」
甲羅へ身体を収めたゼニガメが高速回転し、小さな岩へぶつかって一つずつ位置をずらしていく。
「フシギダネ、あそこへ『はっぱカッター』!」
「ダネ!」
鋭い葉が飛び、岩の間に絡んでいた植物を切断した。
少しずつ。
慎重に。
水が細い隙間から流れ始める。
「よし、この調子なら――」
サトシが言いかけた時、上空のピジョンが鋭く鳴いた。
「ピジョォン!」
「サトシ、上だ!」
タケシの声に顔を上げる。
斜面に引っかかっていた大岩が、水圧と地面の緩みに耐えられなくなったのか、ゆっくりと動き始めていた。
「あれが落ちたら、せっかく作った水路がまた塞がる!」
しかも大岩の下には、先ほどまで作業していた小さなポケモンたちがいる。
「みんな、離れろ!」
野生ポケモンたちが逃げる。
大岩が滑り落ち、川の中央へ激突した。
ドンッ!
大量の水が跳ね上がった。
大岩はちょうど水の出口を塞ぐ形で止まってしまう。
「くそ……!」
サトシたちが近づく。
先ほどヒトカゲやゼニガメたちが作業したことで、大岩の周囲には細かな亀裂が入っていた。しかし、それでも人間が動かせる大きさではない。
フシギダネが『つるのムチ』を巻きつけるが、ほとんど動かない。
「ダネ……!」
「無理するな!」
ゼニガメの『こうそくスピン』でも、この大きさでは危険が大きすぎる。
その時。
「ピカ」
サトシの横からピカチュウが歩み出た。
「ピカチュウ?」
ピカチュウは大岩を見る。
それからサトシを振り返った。
何をしたいのかは、聞くまでもなかった。
「……さっきの技か」
「ピカ!」
まだ完成していない。
一度も狙った場所へ最大出力を当てられていない。
それでもピカチュウはやるつもりだった。
サトシは大岩を観察する。
仲間たちが周囲を取り除いたことで、岩の一部には亀裂が走っている。
あそこなら。
「岩全部を吹き飛ばさなくていい」
サトシは亀裂を指差した。
「あそこだ。あの亀裂を広げれば、岩をいくつかに割って水の通り道を作れる!」
「ピカ!」
「やろう、ピカチュウ!」
ピカチュウが大岩の正面へ立つ。
頬から電気が生まれた。
「ピ……カ……!」
先ほどまで何度も失敗した。
強くしすぎれば散る。
狙おうとすれば弱くなる。
だから今度は、焦らない。
電気が頬から全身へ巡っていく。
黄色い光がピカチュウの身体を包み、周囲へ激しい火花を散らし始める。
サトシはピカチュウだけを見る。
「まだだ……」
「ピカ……!」
出力が上がる。
それでも放たない。
「もう少し!」
「ピカァ……!」
身体に溜めた電気が、これまでで最も強く輝いた。
「今だ! 全部ぶつけろ!」
「ピィィカァァァ――チュウゥゥッ!!」
眩い電撃が一直線に走った。
『でんきショック』とは明らかに違う。
太く、強く、それでいて今度は狙いがぶれていない。
電撃はサトシが指示した亀裂へ直撃した。
バキッ!
大岩に走っていた亀裂が広がる。
「もう少しだ!」
「ピカァァァ!」
ピカチュウが最後まで電気を放ち切った瞬間、大岩がいくつかの塊へ割れた。
その隙間から水が流れ始める。
最初は細かった流れが、少しずつ広がっていく。
「やった!」
ただし、水が一気に流れすぎないよう、フシギダネとゼニガメが残った岩の位置を調整し、タケシたちも周囲を確認する。
やがて水位がゆっくりと下がり始めた。
下流へ流れる水も危険な勢いにはなっていない。
「これなら大丈夫だ」
タケシの言葉を聞いて、サトシはようやく肩の力を抜いた。
野生ポケモンたちから歓声のような鳴き声が上がる。
その中心で、ピカチュウは少し疲れたように座り込んでいた。
「ピカ……」
「ピカチュウ!」
サトシが駆け寄る。
「大丈夫か?」
「ピカ!」
疲れてはいるが、表情は明るい。
「今の、すごかったぞ!」
カスミも駆け寄ってくる。
タケシは割れた大岩を確認してから、ピカチュウを見た。
「さっきまでのでんきショックとは、明らかに出力が違ったな」
「ああ」
サトシは頷く。
ずっと知っていた技。
前世で何度も見た。
サトシのピカチュウと言えば、真っ先に思い浮かぶほど象徴的な技。
けれど今は、画面の向こうにあった技ではない。
自分とピカチュウが一緒に練習し、失敗し、その末に初めて成功させた技だった。
サトシはピカチュウと目を合わせる。
「今の技――『10まんボルト』だ」
「ピカ……」
ピカチュウが自分の頬へ触れる。
やがて、その顔に笑みが浮かんだ。
「ピッカ!」
「でも、まだ一回成功しただけだ」
サトシが笑う。
「ちゃんと使えるようになるまで、もう少し練習しよう」
「ピカ!」
◇
川の水位が十分に下がり、野生ポケモンたちが安全に戻れることを確認してから、サトシたちは再び岩場へ戻った。
ピカチュウにはしっかり休憩を取らせ、食事と水分を与える。
それからしばらくして。
「もう一回いけるか?」
「ピカ!」
先ほどより小さな岩を目標にする。
今度は最大出力を求めない。
必要なのは、技としていつでも使えること。
「身体全体に電気を回して――焦らず溜める」
「ピカ……!」
黄色い電気が身体を包む。
先ほどほど激しくはない。
しかし、電気は散っていなかった。
「狙いを決めて」
ピカチュウが岩を見る。
「『10まんボルト』!」
「ピカァァァ――チュウッ!」
強烈な電撃が走り、狙った岩の中央へ正確に命中した。
今度は外れない。
ピカチュウも最後まで姿勢を崩さなかった。
「成功!」
「ピカピカ!」
ピカチュウが嬉しそうにサトシへ飛びつく。
サトシはその身体を受け止め、そのまま抱き上げた。
「やったな、ピカチュウ!」
「ピッカ!」
周囲にいた仲間たちも集まってくる。
「ダネ!」
「カゲ!」
「ゼニゼニ!」
「フリィ!」
「ピジョォン!」
今日一日で、サトシは仲間たちのことをまた少し知ることができた。
フシギダネの『はっぱカッター』。
ヒトカゲの『きりさく』と『えんまく』。
ゼニガメの『かみつく』と『こうそくスピン』。
そして――。
「ピカチュウ、『10まんボルト』習得だな!」
「ピカ!」
もちろん、『でんきショック』を使わないわけではない。
素早く小さな電撃を放ちたい時や、必要以上の威力を出したくない場面では、これからも役立つだろう。
ただ、純粋な電撃の主力として使う技は変わった。
これからは『10まんボルト』が、その役目を担う。
サトシはピカチュウを肩へ乗せると、仲間たちを見渡した。
「今日はここまで! みんなありがとう!」
それぞれをボールへ戻し、ピカチュウだけを肩に乗せたまま再び歩き始める。
しばらく進むと、遠くに街並みが見えてきた。
「あれ!」
カスミが指差す。
タケシが地図と見比べる。
「間違いない。クチバシティだ」
「やっと着いた!」
サトシの顔に笑みが広がる。
クチバシティ。
そこには次のジムがある。
そして、そのジムを任されているのは――。
(マチス。そして、ライチュウ)
前世の記憶が蘇る。
原作のピカチュウにとって、大きな意味を持った戦い。
進化すること。
進化しないこと。
ピカチュウ自身の強さを証明した一戦。
もっとも、今の自分とピカチュウは原作とは違う。
長い時間を一緒に過ごし、いくつもの技を覚え、波導による連携まで身につけてきた。
そして今日、新たに『10まんボルト』を手に入れた。
「楽しみだな、ピカチュウ」
「ピカ?」
「次のジム戦」
サトシが拳を握る。
「思いっきり戦おうぜ」
ピカチュウは一瞬きょとんとした後、サトシの肩の上で力強く頷いた。
「ピカ!」
新しい技を携え、サトシたちはついにクチバシティへ到着する。
次に待つのは、強力なライチュウを従えるジムリーダーとの戦い。
ピカチュウにとっても、サトシにとっても――新しい強さを試す絶好の舞台が、すぐそこまで迫っていた。