ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
「今度は勝ちに来た」
クチバジムのフィールドに、サトシの声が響く。
その言葉に応えるように、サトシの前へ立ったピカチュウの頬から小さな電気が弾けた。
「ピカ!」
対するライチュウも一歩前へ出る。
昨日と同じ相手。
電撃の出力、身体の大きさ、一撃の重さ。そのどれもがピカチュウを上回り、初戦では最後まで立ち向かいながらも敗北した。
それでも、サトシにもピカチュウにも迷いはなかった。
昨日の敗北で分かったことがある。
そして何より――。
ピカチュウ自身が、ライチュウへ進化するのではなく、この姿のまま勝つことを選んだのだ。
「HAHAHA! いい顔になったじゃねえか、ベイビー!」
マチスは腕を組み、楽しそうに笑っている。
「だが、昨日負けたことを忘れたわけじゃねえだろうな?」
「もちろん」
サトシは即答した。
負けたことをなかったことにするつもりなどない。
「だから戻ってきたんだ」
「ピカ!」
「かみなりのいしは使わなかったみてえだな」
マチスがピカチュウを見る。
「ライチュウになれば、もっと強い電撃を出せる。昨日それを嫌ってほど分からされたはずだぜ?」
ピカチュウは何も言わず、ただライチュウを見つめ返した。
サトシも笑う。
「進化しなかったんじゃない」
「あ?」
「ピカチュウが、今は進化しないって決めたんだ」
ピカチュウの耳がぴんと立つ。
「進化すれば強くなれる。それを否定するつもりはないよ。でも、進化するかどうかと、今の姿でどこまで強くなれるかは別だろ」
「ピカ!」
マチスはしばらくサトシを見ると、やがて口元を吊り上げた。
「面白え。だったら証明してみろ!」
「そのつもり!」
サトシとマチスがそれぞれ定位置につく。
昨日と同じフィールド。
昨日と同じ二匹。
だが、戦い方まで同じにするつもりはない。
観客席ではカスミとタケシが二匹を見守っていた。
「今度は勝てるわよね……?」
「簡単じゃない」
タケシはフィールドから目を離さない。
「ライチュウの強さは昨日分かった。問題は、サトシとピカチュウがあの強さをどう崩すかだ」
審判が二匹を確認し、腕を上げる。
「クチバジム、再戦! 使用ポケモンは一体! どちらかが戦闘不能になった時点で終了!」
一瞬の静寂。
「始め!」
◇
「ピカチュウ、『でんこうせっか』!」
開始と同時にサトシが叫ぶ。
「ピカ!」
ピカチュウが地面を蹴った。
白い光を纏い、一気に加速する。
「またそれか! ライチュウ、迎え撃て!」
「ライ!」
ライチュウが太い尻尾を振り上げる。
昨日なら、ここから攻撃へ入っていた。
だが――。
「そのまま右!」
「ピカ!」
ピカチュウがライチュウへ接近する直前、鋭く右へ曲がった。
「なに?」
攻撃しない。
ライチュウの周囲を走る。
「左!」
ピカチュウが今度は反対方向へ切り返す。
ライチュウが身体の向きを変える。
その瞬間には、ピカチュウはもう別の場所へいる。
「止まれ!」
「ピカ!」
急停止。
ライチュウがピカチュウの動きを追って身体を捻った直後――。
「もう一回!」
再加速。
「ピカ!」
「ちょこまかと!」
マチスが眉を寄せる。
「ライチュウ、電撃だ!」
「ライチュウ!」
電気が走る。
「左へ!」
ピカチュウが跳ぶ。
電撃が地面を焦がす。
「そのまま走れ!」
着地と同時に再加速。
二発目。
避ける。
三発目。
ピカチュウは直前で急停止し、目の前を電撃が横切った瞬間、逆方向へ駆け出した。
「速い……!」
カスミが目を見開く。
タケシは昨日との違いに気づいていた。
「昨日は『でんこうせっか』を攻撃へ繋げるために使うことが多かった。今日は違う」
「え?」
「ライチュウを動かしてるんだ」
フィールドでは、ライチュウが何度も身体の向きを変えていた。
右。
左。
後ろ。
再び右。
ピカチュウの動きを追うたび、大きな身体を旋回させなければならない。
直線的な動きならライチュウも速い。
だが、細かい方向転換ではピカチュウの方が上だった。
(やっぱりだ)
サトシは確信する。
前世で知っていた弱点。
しかし、それだけを理由に作戦を決めたわけではない。
昨日、実際に戦った。
その中で、ライチュウが急な切り返しに対応しきれない瞬間を何度も見た。
ならば徹底的に使う。
「なるほどな」
マチスも気づいたらしい。
「昨日のバトルでライチュウの動きを見てやがったか」
「そういうこと!」
「だがな!」
マチスが腕を振る。
「速いだけで勝てるほど、俺のライチュウは甘くねえぞ! 広く撃て!」
「ライチュウ!」
電撃が一方向ではなく、ライチュウの周囲へ広く放たれた。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
走り続けていたピカチュウが跳ぶ。
だが、すべては避けきれない。
「ピカッ!」
電撃が後ろ脚を掠める。
着地が僅かに乱れた。
「そこだ!」
ライチュウが踏み込む。
「ライ!」
太い尻尾が横薙ぎに振るわれる。
「上!」
ピカチュウが跳んだ。
尻尾は足元を通過する。
だが――。
「読んでるぜ!」
マチスが笑った。
ライチュウがその場で身体を回転させる。
振り抜いた尻尾が、その勢いのまま上へ跳ね上がった。
「ピカッ!?」
空中のピカチュウへ直撃。
小さな身体が弾き飛ばされた。
「ピカチュウ!」
地面へ落ちたピカチュウが転がる。
「ピカ……!」
すぐに起き上がったものの、確かなダメージがある。
マチスが笑う。
「同じ相手と二回戦ってるのは、お前だけじゃねえんだぜ!」
サトシは一瞬目を見開き――すぐに笑った。
「そりゃそうだ」
自分たちが昨日の敗北から学んだように、マチスもこちらの戦い方を見ている。
だから面白い。
「ピカチュウ、ここからだ!」
「ピカ!」
◇
再び二匹が向かい合う。
先ほどまでのように、ただ速度で翻弄するだけでは通じない。
サトシはライチュウを見る。
昨日から何度も感じていた。
ライチュウは強い。
なら、その強さと正面から付き合う必要はない。
「ピカチュウ、『エレキボール』!」
「ピカ!」
尻尾の先へ電気が集まる。
形成された電気の球が、ライチュウへ向かって放たれた。
「そんなもん撃ち落とせ!」
ライチュウが正面を向く。
「ライ!」
電撃が放たれ、『エレキボール』と正面からぶつかる。
バンッ!
電気が弾ける。
一瞬、ライチュウの視界が黄色い光に覆われた。
その時には――。
「走れ!」
ピカチュウがすでに動いていた。
「ピカ!」
『でんこうせっか』。
自分が放った『エレキボール』とは別方向から、ライチュウへ迫る。
「横だ、ライチュウ!」
マチスが気づく。
ライチュウが振り向こうとする。
しかし遅い。
「『アイアンテール』!」
「ピカァ!」
白く輝く尻尾がライチュウの脇腹へ叩き込まれた。
「ライッ!」
ライチュウの身体が横へ飛ぶ。
床を滑りながらも踏み止まるが、顔には苦痛が浮かんでいる。
「よし!」
「まだだ!」
サトシは止めない。
「ピカチュウ、もう一度接近!」
「ピカ!」
「ライチュウ、近づけるな!」
電撃。
ピカチュウは右へ。
さらに電撃。
左へ。
三発目が逃げ道を塞ぐ。
「前へ!」
「ピカ!?」
カスミが驚く。
「なんで前!?」
ピカチュウは逃げるのではなく、電撃を放つライチュウへ真正面から踏み込んだ。
距離が近すぎる。
広範囲へ放電するためにライチュウが狙いを散らした、その一瞬。
「懐へ入れ!」
ピカチュウがライチュウの腕の下へ滑り込む。
「『ほっぺすりすり』!」
「ピカ!」
身体を寄せる。
バチッ!
「ライッ!?」
ライチュウの身体が僅かに硬直する。
「離れろ!」
ピカチュウが即座に後ろへ跳ぶ。
直後、ライチュウの腕が空を切った。
「ちっ!」
マチスが舌打ちする。
ライチュウが身体を震わせる。
まだ戦える。
しかし先ほどまでと比べれば、動きが僅かに鈍っていた。
「効いてる」
タケシが呟く。
「サトシは一発で倒そうとしていない。少しずつライチュウの動きを崩してる」
◇
「面白え!」
マチスが叫んだ。
苛立っているのではない。
むしろその顔には、昨日以上に楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「ここまで俺のライチュウとやり合うピカチュウは久しぶりだ!」
「まだ終わってない!」
「ああ! だから――もっと来い!」
マチスが腕を振り上げる。
「ライチュウ! 最大まで上げろ!」
「ライ……!」
ライチュウの頬から激しい火花が弾ける。
今までとは違う。
空気そのものが震えるほどの電気。
サトシの表情が変わった。
「ピカチュウ、来るぞ!」
「ピカ!」
「まとめて吹き飛ばせ!」
「ライチュウゥゥゥ!!」
閃光。
ライチュウを中心に強烈な電撃が広がった。
一点を狙うのではない。
フィールドそのものを覆う。
「走れ!」
ピカチュウが『でんこうせっか』で駆ける。
一筋目をかわす。
二筋目の間を抜ける。
だが、逃げられる範囲が狭い。
「ピカッ!」
背中へ電撃が掠める。
それでも走る。
「ピカチュウ、止まるな!」
「ピカ!」
次の電撃。
避ける。
しかし、その先にも電気が走っている。
「跳べ!」
ピカチュウが跳躍する。
空中で身体を捻る。
完全には避けられなかった。
「ピカァッ!」
電撃を受け、地面へ落ちる。
「ピカチュウ!」
砂煙が上がった。
カスミが息を呑む。
やがて煙の中から、小さな影が立ち上がる。
「ピカ……!」
身体には焦げ跡。
息も荒い。
だが、まだ目は死んでいない。
「ピカチュウ」
サトシが呼ぶ。
ピカチュウが振り返る。
一瞬だけ目が合った。
それだけで十分だった。
「まだいけるな?」
「ピカ!」
力強い返事。
マチスが大きく笑う。
「根性あるじゃねえか!」
「それだけじゃない」
サトシが構える。
「俺たちは、まだ全部出してない!」
◇
戦いは終盤へ入っていた。
ピカチュウもライチュウも、無傷ではない。
ライチュウは『アイアンテール』を何度も受け、さらに『ほっぺすりすり』によって動きが鈍っている。
ピカチュウも強烈な電撃を受け、序盤ほど自由に走れる状態ではなかった。
それでも――。
速さでは、まだピカチュウが上だ。
「パワー勝負なら俺たちの勝ちだ!」
マチスが叫ぶ。
「ライチュウ、決めるぞ!」
「ライ!」
再びライチュウが電気を溜め始める。
サトシはその姿を見る。
昨日なら。
ここで『10まんボルト』をぶつけていたかもしれない。
強い電撃には、強い電撃。
だが、それではライチュウの土俵だ。
「ピカチュウ」
「ピカ」
「撃ち合わない」
ピカチュウの耳が立つ。
「俺たちの戦い方でいくぞ!」
「ピカ!」
「ライチュウ、いけぇ!」
巨大な電撃が放たれた。
「『でんこうせっか』!」
ピカチュウが走る。
真正面から迫る電撃。
直前まで引きつける。
「右!」
急旋回。
電撃がピカチュウのすぐ横を通り過ぎる。
「逃がすな!」
ライチュウが身体を向ける。
再び電撃。
「左!」
切り返す。
「ピカ!」
ピカチュウがライチュウへ近づく。
「尻尾で潰せ!」
「ライ!」
太い尻尾が振り上げられる。
昨日、ピカチュウの『アイアンテール』を受け止め、そのまま押し返した力。
マチスも同じ展開を狙っている。
「そのまま!」
サトシは止めない。
ピカチュウがさらに近づく。
ライチュウの尻尾が振り下ろされる。
「今、止まれ!」
「ピカ!」
急停止。
ほんの一瞬。
ライチュウの尻尾が、ピカチュウの鼻先を掠めて地面へ叩きつけられた。
ドンッ!
「なに!?」
大きく振り抜いた分、すぐには戻せない。
そしてピカチュウはもう止まっていなかった。
「後ろへ回れ!」
「ピカ!」
ライチュウの脇を抜ける。
振り返ろうとするライチュウ。
だが、その大きな身体では間に合わない。
「『アイアンテール』!」
「ピカァァ!」
白く輝く尻尾が背中へ直撃した。
「ライチュウッ!」
ライチュウが前へ倒れ込む。
「よし!」
カスミが叫ぶ。
「ライチュウ!」
マチスの声。
ライチュウは両腕を地面につく。
震えながらも身体を起こした。
「ライ……!」
まだ立つ。
「すごい……」
カスミが思わず呟いた。
サトシも同じ気持ちだった。
強い。
本当に強い。
だからこそ――ここで倒す。
「ライチュウ! 立て!」
「ライ!」
ライチュウが完全に立ち上がった。
その頬に電気が集まる。
最後の一撃。
サトシにも分かった。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
ピカチュウも構える。
今度は逃げない。
昨日覚えた技。
まだ覚えて間もない。
それでも、何度も練習し、昨日の初戦でも実戦で使った。
そして今は――。
ライチュウをここまで崩している。
「これで決めるぞ!」
「ピカ!」
ピカチュウの頬から電気が溢れる。
全身を黄色い光が包む。
マチスも叫んだ。
「ライチュウ、ぶっ放せ!」
「ライチュウゥゥ!!」
「ピカチュウ――『10まんボルト』!」
「ピィィカァァァ――チュウゥゥッ!!」
二匹の電撃が放たれた。
激突。
眩い光がフィールドを覆う。
バチバチと電気が弾け、互いの電撃が押し合う。
「負けるな、ライチュウ!」
「ライィィ!」
ライチュウが出力を上げる。
一瞬、ピカチュウの電撃が押される。
「ピカ……!」
「ピカチュウ!」
サトシは叫ぶ。
「真正面の力だけで勝とうとしなくていい!」
「ピカ!?」
「今日ここまで、お前が作った差がある!」
ライチュウの身体にはダメージが蓄積している。
何度も受けた『アイアンテール』。
『ほっぺすりすり』による負担。
ピカチュウの速度へ対応し続けた疲労。
対するピカチュウも傷ついている。
条件は楽ではない。
だから最後は――。
「今のお前が出せる電気を、全部ぶつけろ!」
「ピカ……!」
ピカチュウが踏ん張る。
「ピィィィカァァァァ――チュウゥゥゥッ!!」
『10まんボルト』の光がさらに強くなる。
「ライ!?」
ライチュウの足が僅かに滑った。
一歩。
また一歩。
そして――。
電撃の均衡が崩れた。
「ライチュウゥゥッ!!」
ピカチュウの『10まんボルト』がライチュウを飲み込む。
爆発するような光。
フィールドを激しい風が駆け抜けた。
やがて。
光が消える。
「ライ……」
ライチュウの身体が揺れた。
一度は踏み止まろうとする。
しかし――。
「……チュウ」
そのまま前へ倒れた。
静寂。
審判がライチュウを確認する。
「ライチュウ、戦闘不能!」
一拍置いて。
「勝者――マサラタウンのサトシ!」
「……!」
サトシは一瞬、その言葉を聞いて動きを止めた。
次の瞬間。
「よっしゃあああっ!」
「ピッカチュウ!」
ピカチュウが駆けてくる。
サトシもフィールドへ飛び出し、その小さな身体を抱き上げた。
「やったな、ピカチュウ!」
「ピカピカ!」
「勝ったぞ!」
「ピッカァ!」
カスミとタケシも駆け寄ってくる。
「やったじゃない、サトシ!」
「ああ。見事な勝負だった」
「ありがとう!」
サトシは笑いながらピカチュウを抱き締める。
昨日は負けた。
進化という選択肢もあった。
それでもピカチュウは、この姿で勝つことを選んだ。
そして今日。
その選択を、自分自身の力で証明した。
◇
「ライチュウ」
マチスが倒れた相棒のそばへしゃがむ。
「よくやった」
「ライ……」
ライチュウが目を開き、小さく鳴く。
マチスはその頭を大きな手で撫でた。
それから立ち上がり、サトシたちの方へ歩いてくる。
「サトシ」
昨日までとは違う呼び方だった。
「はい」
マチスはサトシを見る。
続いて、腕の中のピカチュウへ視線を移した。
「ベイビー扱いは取り消しだ」
「ピカ?」
「進化しなくても強くなれる――ってだけじゃねえな」
マチスは笑う。
「自分の強さをちゃんと伸ばしてやれば、進化前だろうが関係ねえ。お前とピカチュウに教えられたぜ」
サトシは首を横へ振った。
「俺は、進化しない方が強いとは思ってないです」
「ん?」
「進化して強くなるポケモンもいるし、進化したいポケモンだっている。ピカチュウが今は進化しないって決めただけです」
「ピカ!」
「だから、俺はその選択で強くなれるように一緒に戦う。それだけです」
マチスは数秒黙り――やがて豪快に笑った。
「HAHAHA! ますます気に入ったぜ!」
懐から小さなケースを取り出す。
その中に収められていたのは、橙色に輝くバッジ。
「これは俺とライチュウを倒した証だ」
サトシへ差し出す。
「オレンジバッジ。受け取りな!」
サトシは両手で受け取った。
ニビジムのグレーバッジ。
ハナダジムのブルーバッジ。
そして――。
三つ目。
クチバジムのオレンジバッジ。
サトシは高く掲げた。
「クチバジム――勝ったぞ!」
「ピッカチュウ!」
「やったわね!」
「これで三つ目だな」
カスミとタケシも笑う。
三つ目のバッジ。
セキエイ大会への道を、また一歩進んだ。
◇
ジムを出た後、サトシたちはポケモンセンターへ戻り、ピカチュウを診てもらった。
激しいバトルだったため疲労は大きかったものの、幸い大きな怪我はない。
十分な治療と休息を取った後、夕方にはピカチュウも元気を取り戻していた。
ポケモンセンターを出ると、海から吹く風が街を通り抜けていく。
「ピカチュウ」
「ピカ?」
「ライチュウ、強かったな」
「……ピカ」
ピカチュウは素直に頷いた。
負けた初戦も。
勝った再戦も。
どちらも簡単な戦いではなかった。
サトシはポケットへ手を入れる。
中には、ジョーイから預かった『かみなりのいし』が入っている。
今は使わない。
それがピカチュウの選択だ。
けれど、進化そのものを否定するつもりもない。
いつか気持ちが変わるなら、その時また話せばいい。
変わらないなら、それもピカチュウの選択だ。
「まだまだ強くなれるな」
「ピカ!」
「『10まんボルト』も覚えたばっかりだし、『アイアンテール』だってもっと磨ける。『エレキボール』も『でんこうせっか』も――」
「ちょっとサトシ」
カスミが呆れたように割って入る。
「ジム戦が終わった直後なのに、もう次の特訓の話?」
「だって、もっと強くなれるだろ?」
「ピカピカ!」
ピカチュウまで同意する。
「似た者同士ね……」
カスミがため息をつき、タケシが笑った。
「それがサトシとピカチュウだからな」
「よし!」
サトシは港の向こうへ広がる空を見上げた。
「次へ行こう!」
「ピカ!」
海風が吹き抜ける。
その風を受けながら、サトシはまだ見ぬ次の出会いへ思いを馳せる。
ピカチュウだけではない。
ピジョン。
バタフリー。
フシギダネ。
ヒトカゲ。
ゼニガメ。
そしてオーキド博士の研究所へ転送されたクラブ。
旅を始めてから、仲間は少しずつ増えてきた。
強くなる道は、一つではない。
進化する者。
今の姿を選ぶ者。
新しい技を覚える者。
得意なものをさらに磨く者。
それぞれに違う道がある。
だからこそ、そのすべてを見てみたい。
仲間たちと一緒に、どこまで行けるのか。
サトシは三つのバッジが収められたケースを閉じると、再び歩き始めた。
世界最強のポケモントレーナー。
そして、ポケモンマスター。
その頂は、まだ遥か遠い。
けれど――。
今日も確かに、その頂へ一歩近づいた。