ポケットモンスター ―君と目指す頂―   作:あああああ

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第39話 サントアンヌごうのたたかい!

クチバジムでマチスとライチュウを破り、三つ目となるオレンジバッジを手に入れた翌日。

 

十分な休息を取ったサトシたちは、今後の旅について話しながらクチバシティの港を歩いていた。

 

潮風が吹き抜ける港には大小様々な船が停泊し、遠くでは貨物を積み込む人々の声が響いている。海沿いの街だけあって活気があり、歩いているだけでも自然と目を引かれるものが多かった。

 

その中でも、一際大きな船がある。

 

白く巨大な船体。

 

何層にも重なった客室。

 

甲板には多くの人が集まり、今まさに出航の準備が進められていた。

 

「すっごい船……!」

 

カスミが見上げる。

 

「豪華客船みたいだな」

 

タケシも感心したように言った。

 

船体に記された名前を見た瞬間、サトシの表情が僅かに変わる。

 

――サントアンヌ号。

 

(来たか……)

 

前世の記憶が蘇った。

 

この船では、大勢のロケット団員によるポケモン強奪事件が起きる。

 

そして最後には嵐へ巻き込まれ――沈む。

 

サトシの肩に乗っていたピカチュウが、不思議そうに顔を覗き込んできた。

 

「ピカ?」

 

「ああ、なんでもない」

 

答えながらも、サトシは船を見つめ続ける。

 

事件が起きることを知っている。

 

だが、知っているからといって、まだ何もしていない人間を捕まえることなどできない。

 

そもそも、前世で知る出来事とこの世界で起きることが完全に同じになる保証もない。

 

マサキの灯台でも、それを改めて実感したばかりだ。

 

ならば今できることは――警戒すること。

 

「乗ってみたいけど、高そうね」

 

カスミが料金表を見て肩を落とした。

 

「これは無理だな」

 

タケシも苦笑する。

 

サトシも金額を確認したところで、背後から声をかけられた。

 

「そこのポケモントレーナーの皆さん!」

 

振り返る。

 

そこには男女二人組が立っていた。

 

服装も髪型も普段とはまるで違う。

 

けれど。

 

(……やっぱりこいつらか)

 

サトシには分かった。

 

ムサシとコジロウだ。

 

何度も会っていれば、変装した程度で完全に分からなくなるほど鈍くはない。

 

「今日は特別なポケモントレーナーのためのパーティーが開催されるんです!」

 

「選ばれたトレーナーには、なんと無料でご招待!」

 

差し出されたのはサントアンヌ号の乗船券。

 

「無料!?」

 

カスミが食いつく。

 

「怪しくないか?」

 

タケシは少し警戒している。

 

「だ、大丈夫ですとも!」

 

「健全で楽しいポケモントレーナーの交流会です!」

 

必死に笑顔を作る二人を見ながら、サトシは少し考えた。

 

ここで断れば、サントアンヌ号へ乗らずに済む。

 

沈没する危険も避けられる。

 

しかし、この船にはすでに多くのトレーナーが乗り込んでいる。

 

記憶通りなら、ロケット団の狙いはそのポケモンたちだ。

 

自分たちだけ安全な場所へ逃げればいいとは思えなかった。

 

「行こう」

 

「え?」

 

カスミが振り返る。

 

「せっかく無料なんだし」

 

「サトシがそう言うなら……」

 

タケシはまだ少し疑っているようだったが、最終的には乗船することになった。

 

サトシは受け取った券を握りながら、もう一度巨大な船を見上げた。

 

(何が起きても、すぐ動けるようにしておこう)

 

肩の上のピカチュウを撫でる。

 

「頼むぞ、ピカチュウ」

 

「ピカ!」

 

◇

 

船内は想像以上に豪華だった。

 

広いホールには料理が並び、あちこちでトレーナーたちが自慢のポケモンを見せ合っている。

 

即席のバトルまで行われており、まさにポケモントレーナーのためのパーティーと呼ぶに相応しい賑わいだった。

 

「本当にパーティーやってるじゃない」

 

カスミが言う。

 

「俺の考えすぎだったか……?」

 

タケシも少し警戒を解き始めている。

 

しかし、サトシは油断しない。

 

原作でも、このパーティーそのものは実際に行われていた。

 

罠だからといって、最初から何もかもが偽物とは限らない。

 

「ピカ?」

 

「大丈夫。楽しむ時は楽しもう」

 

警戒ばかりしていても仕方がない。

 

サトシも周囲のポケモンを眺めながら歩き始めた。

 

その時、近くで歓声が上がる。

 

「バトルみたいだな」

 

人垣の向こうでは、一匹のラッタがスターミーと戦っていた。

 

「ラッタ、『ひっさつまえば』!」

 

「ラッター!」

 

鋭い前歯がスターミーへ食い込む。

 

「スターミー!」

 

スターミーが吹き飛ばされ、床へ倒れた。

 

勝負はラッタの勝利。

 

「へえ……」

 

サトシは自然と目を細める。

 

ラッタは珍しいポケモンではない。

 

だが、目の前の個体はかなり鍛えられている。踏み込みも速く、何より前歯を使った攻撃が強烈だった。

 

「興味がおありですかな?」

 

声をかけてきたのは、ラッタのトレーナーである紳士だった。

 

「強いラッタですね」

 

「おお、お分かりになりますか!」

 

紳士は嬉しそうに笑う。

 

「よろしければ、あなたも一戦いかがです?」

 

「いいですよ」

 

サトシは迷わず答えた。

 

「ピカ?」

 

ピカチュウが自分を指差す。

 

「今回は別のやつに任せる」

 

サトシが手に取ったボールは一つ。

 

「バタフリー、君に決めた!」

 

白い光が広がり、バタフリーが空中へ舞い上がった。

 

「フリィ!」

 

「ほう、バタフリーですか」

 

「バタフリー、頼むぞ!」

 

「フリィ!」

 

周囲のトレーナーたちが場所を空ける。

 

船内での即席バトルが始まった。

 

◇

 

「ラッタ、『でんこうせっか』!」

 

「ラッ!」

 

先手を取ったラッタが床を駆ける。

 

速い。

 

「バタフリー、上へ!」

 

「フリィ!」

 

バタフリーが羽ばたき、ラッタの突進をかわした。

 

「追いかけろ!」

 

ラッタが跳ぶ。

 

「『かぜおこし』!」

 

「フリィ!」

 

強風が真正面から叩きつけられる。

 

「ラッ!?」

 

空中では踏ん張れない。

 

ラッタが押し戻され、床へ着地した。

 

「なかなかやりますな。ですが――ラッタ、『ひっさつまえば』!」

 

再び飛び込んでくる。

 

今度は先ほどより低い姿勢。

 

バタフリーが高度を上げるより、ラッタの踏み込みの方が速い。

 

「『いとをはく』!」

 

「フリィ!」

 

白い糸が放たれる。

 

ラッタは横へ避けるが、サトシの狙いは直接捕まえることだけではない。

 

糸が床へ張りつく。

 

さらにもう一本。

 

「続けて!」

 

バタフリーが位置を変えながら次々と糸を吐く。

 

「何を……?」

 

紳士が首を傾げる。

 

ラッタが再び走り出した瞬間、その前脚へ床に張られた糸が絡んだ。

 

「ラッ!?」

 

速度が落ちる。

 

「今だ! 『しびれごな』!」

 

「フリィ!」

 

バタフリーの羽から黄色い粉が舞い落ちる。

 

動きを止められたラッタは避けきれない。

 

「ラッ……!」

 

粉を浴びた身体が僅かに震える。

 

「『しびれごな』まで使えるのか!」

 

タケシが感心する。

 

「バタフリー、いけるぞ!」

 

「フリィ!」

 

「ラッタ、まだです! 飛び込んで『ひっさつまえば』!」

 

「ラッ!」

 

麻痺に耐えながらラッタが前へ出る。

 

さすがに鍛えられている。

 

完全には止まらない。

 

だが、最初ほどの速度はなかった。

 

「右へかわして、『たいあたり』!」

 

「フリィ!」

 

バタフリーが横へ流れるように避け、そのまま身体を旋回させる。

 

勢いを乗せた『たいあたり』がラッタの横腹へ入った。

 

「ラッタ!」

 

ラッタが床を転がる。

 

それでも立ち上がろうとしたところで、紳士が手を上げた。

 

「そこまで!」

 

「え?」

 

「十分です。これ以上はラッタにも厳しいでしょう」

 

サトシもすぐ頷く。

 

「バタフリー、戻っていいぞ」

 

「フリィ!」

 

バタフリーが嬉しそうに飛んできた。

 

「よくやった!」

 

差し出した腕へ止まったバタフリーの頭を撫でる。

 

『ねむりごな』はまだ思った通りに扱えない。

 

『サイケこうせん』も練習中。

 

それでも、今使える技だけで十分に自分の戦い方を作れている。

 

確かな成長だった。

 

「素晴らしいバタフリーですな」

 

紳士が近づいてくる。

 

「ありがとうございます」

 

「そこで、一つご提案があるのですが」

 

紳士が自分のラッタを見る。

 

「私のラッタと、あなたのバタフリーを交換しませんか?」

 

「交換?」

 

カスミが驚く。

 

サトシはラッタを見る。

 

強いポケモンだ。

 

前世の記憶では、原作のサトシはこの誘いを受け、一度バタフリーとラッタを交換している。

 

だが。

 

サトシは腕に止まったバタフリーを見る。

 

キャタピーだった頃から一緒に旅をしてきた。

 

トキワの森で進化し、スピアーの群れから仲間を守り、ニビジムでもハナダジムでも戦った。

 

交換する理由がない。

 

「ごめんなさい」

 

サトシはすぐに答えた。

 

「交換はしません」

 

「即答ですか」

 

「ラッタは強いし、すごくいいポケモンだと思います。でも――」

 

バタフリーへ視線を向ける。

 

「こいつは俺の大切な仲間だから」

 

「フリィ……」

 

バタフリーが一瞬目を丸くする。

 

すぐに嬉しそうにサトシの頭へ擦り寄った。

 

「ちょ、バタフリー!」

 

「フリフリ!」

 

「分かったって!」

 

カスミが笑う。

 

「バタフリー、嬉しそうね」

 

紳士も少し驚いた後、穏やかに笑った。

 

「なるほど。これは失礼しました」

 

ラッタの頭を撫でる。

 

「私にとってこの子が大切なのと同じというわけですな」

 

「はい」

 

「それなら交換の話は忘れてください。またいつかバトルを」

 

「もちろん!」

 

サトシは紳士と握手を交わした。

 

◇

 

それからしばらく。

 

パーティーは何事もなく続いていた。

 

だが、船が港から十分に離れた頃。

 

サトシは周囲の様子が少しずつ変わっていることに気づいた。

 

船員にしては、妙にトレーナーたちのポケモンを見ている者が多い。

 

出入口付近にも人が増えている。

 

そして。

 

「そろそろか」

 

サトシが小さく呟いた。

 

「何が?」

 

カスミが聞き返した、その瞬間だった。

 

バンッ!

 

ホールの扉が一斉に閉まる。

 

「なに!?」

 

各所にいた船員たちが上着を脱ぎ捨てる。

 

その下から現れたのは――黒い制服。

 

赤いRの文字。

 

「ロケット団!」

 

カスミが叫ぶ。

 

何十人もの団員が、次々とモンスターボールを構えた。

 

「船内のトレーナーども!」

 

「ポケモンを全部置いていけ!」

 

「抵抗するなら痛い目を見るぞ!」

 

ホールが一気に騒然となる。

 

サトシはすでにピカチュウと前へ出ていた。

 

「やっぱり来たか」

 

「やっぱり?」

 

タケシが反応する。

 

「後で説明する!」

 

今はそれどころではない。

 

ロケット団員たちが次々とポケモンを繰り出す。

 

アーボ。

 

ドガース。

 

ズバット。

 

コラッタ。

 

その他にも様々なポケモンがホールへ現れた。

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

「みんなも頼む!」

 

サトシがボールを次々と投げる。

 

「ピジョン!」

 

「フリィ!」

 

「ダネ!」

 

「カゲ!」

 

「ゼニ!」

 

六匹。

 

現在持ち歩いている仲間たち全員が揃う。

 

「おい、あのガキのピカチュウだ!」

 

「何度も邪魔してるやつだぞ!」

 

「まとめて捕まえろ!」

 

複数のロケット団員がこちらへ狙いを定めた。

 

サトシは笑う。

 

「やれるならやってみろ!」

 

◇

 

一斉に攻撃が飛んでくる。

 

「ピジョン、『かぜおこし』!」

 

「ピジョォン!」

 

強風が正面から攻撃を押し返す。

 

「フシギダネ、『つるのムチ』!」

 

「ダネ!」

 

伸びた蔓が二匹のアーボを絡め取り、そのまま別の団員たちの前へ投げ返す。

 

「ヒトカゲ、『えんまく』!」

 

「カゲ!」

 

黒煙が広がる。

 

「見えねえ!」

 

「どこだ!?」

 

敵の視界が遮られる。

 

「ゼニガメ、『こうそくスピン』!」

 

「ゼニ!」

 

甲羅へ引っ込んだゼニガメが床を高速で走り、ロケット団が設置していた捕獲用の機械へ激突した。

 

ガシャン!

 

「俺たちの機械が!」

 

「バタフリー、『しびれごな』! こっちのトレーナーには当てるなよ!」

 

「フリィ!」

 

バタフリーが高度を取り、ロケット団のポケモンが集まっている場所だけを狙って粉を散らす。

 

数匹の動きが鈍った。

 

「今だ! みんなも反撃してくれ!」

 

サトシの声に、周囲のトレーナーたちも我に返る。

 

「そうだ! 俺たちのポケモンだ!」

 

「好きにさせるな!」

 

次々とモンスターボールが開く。

 

船内の至るところでポケモンたちが一斉にロケット団へ立ち向かい始めた。

 

サトシは全体を見る。

 

「ヒトカゲ、『かえんほうしゃ』!」

 

「カゲェ!」

 

炎が捕獲ネットを焼き切る。

 

「フシギダネ、『はっぱカッター』!」

 

鋭い葉が別のネットを切断する。

 

「ゼニガメ、『みずでっぽう』!」

 

水流がロケット団員をまとめて押し戻した。

 

「ピジョン、『たつまき』!」

 

「ピジョォォン!」

 

巻き起こった風が敵のポケモンたちを吹き飛ばす。

 

そして。

 

サトシの前へ数匹のポケモンが集まった。

 

「ピカチュウ」

 

「ピカ!」

 

「『10まんボルト』!」

 

「ピィィカァァァ――チュウゥゥッ!!」

 

眩い電撃が走る。

 

ロケット団のポケモンたちへ直撃し、一斉に倒れた。

 

「なんだあのピカチュウ!?」

 

「聞いてたより強いぞ!」

 

クチバジムでの戦いを経たピカチュウは、昨日までよりさらに自信を持って『10まんボルト』を使っていた。

 

まだ無闇に連発できる技ではない。

 

だが、必要な場面を選べば十分な主力になる。

 

「押し返せ!」

 

サトシたちだけではない。

 

船内のトレーナーたちが一斉に反撃したことで、数で優位に立っていたはずのロケット団が次第に追い詰められていく。

 

やがて。

 

「退却だ!」

 

「無理だ、こいつら強すぎる!」

 

ロケット団員たちが逃げ始めた。

 

「やった!」

 

歓声が上がる。

 

しかし――。

 

サトシだけは喜びきれなかった。

 

(まだだ)

 

記憶が正しければ。

 

本当に危険なのはここからだった。

 

◇

 

ドンッ――!

 

船全体が大きく揺れた。

 

「きゃっ!」

 

カスミが壁へ手をつく。

 

窓の外では、いつの間にか空が真っ暗になっていた。

 

激しい雨。

 

高く荒れる波。

 

サントアンヌ号は大きな嵐の中へ入っていた。

 

船内放送が響く。

 

『乗客の皆様! ただちに避難してください! 繰り返します――』

 

船が傾く。

 

テーブルや椅子が一斉に滑った。

 

「来た……!」

 

サトシは歯を食いしばる。

 

「サトシ?」

 

「この船、危ない!」

 

「そんなの見れば分かるわよ!」

 

「違う!」

 

さらに大きな衝撃。

 

船体のどこかから鈍い音が響く。

 

「沈むかもしれない!」

 

タケシの表情が変わった。

 

「全員、避難だ!」

 

サトシは仲間たちをボールへ戻していく。

 

「みんな、戻れ!」

 

ピジョン。

 

バタフリー。

 

フシギダネ。

 

ヒトカゲ。

 

ゼニガメ。

 

五匹が次々と赤い光になって戻る。

 

ピカチュウだけはサトシの肩へ飛び乗った。

 

「行くぞ!」

 

三人は乗客たちとともに避難経路へ走り始めた。

 

だが途中。

 

「助けて!」

 

子供の声。

 

サトシが振り返る。

 

傾いた床の先で、小さなトレーナーが倒れていた。

 

その近くではモンスターボールが開き、中から出たポケモンが必死に主人の服を引っ張っている。

 

「サトシ!」

 

「先に行ってて!」

 

「行けるわけないでしょ!」

 

カスミが怒鳴る。

 

三人はすぐに駆け寄った。

 

タケシが倒れた棚を持ち上げ、サトシが子供を引っ張り出す。

 

「立てる?」

 

「う、うん……!」

 

「ピカチュウ、前を照らして!」

 

「ピカ!」

 

電気の光が暗くなり始めた船内を照らす。

 

避難口まで子供を連れていき、近くの船員へ引き渡す。

 

「早く!」

 

船員に促される。

 

だが、その瞬間。

 

船がこれまでで最も大きく傾いた。

 

「うわっ!」

 

サトシたちが床を滑る。

 

壁へ叩きつけられそうになったところで、タケシが手すりを掴んだ。

 

「掴まれ!」

 

サトシがタケシの腕を取る。

 

カスミもサトシの服を掴んだ。

 

「ピカ!」

 

ピカチュウがサトシの肩へしがみつく。

 

ゴゴゴゴゴ――。

 

船体そのものが軋む。

 

非常灯が消える。

 

「まずい!」

 

ようやく体勢を立て直し、三人が避難口へ向かう。

 

しかし。

 

ドンッ!!

 

巨大な波が船体を直撃した。

 

景色が回転した。

 

「サトシ!」

 

「カスミ!」

 

「ピカァ!」

 

床だった場所が壁になる。

 

壁だった場所が天井になる。

 

サトシはピカチュウを抱き締めながら、必死に近くの柱へしがみついた。

 

轟音。

 

悲鳴。

 

砕ける食器や家具の音。

 

やがて――。

 

すべてが止まった。

 

◇

 

「……っ」

 

サトシがゆっくり目を開く。

 

暗い。

 

船内の非常灯が僅かに周囲を照らしている。

 

「ピカ……」

 

「ピカチュウ!」

 

腕の中のピカチュウは無事だった。

 

「カスミ! タケシ!」

 

「こっち……!」

 

「俺も大丈夫だ!」

 

二人の声。

 

サトシは安堵する。

 

しかし、何かがおかしい。

 

天井にあったはずの照明が足元近くにある。

 

椅子もテーブルも、あり得ない方向へ積み重なっていた。

 

タケシが周囲を見回し、表情を険しくする。

 

「船が……ひっくり返ってる」

 

「そんな……」

 

カスミが青ざめる。

 

サトシは目を閉じた。

 

やはり。

 

記憶通りなら――。

 

サントアンヌ号は転覆し、そのまま海底へ沈んでいく。

 

外から聞こえていた嵐の音は、もうほとんど聞こえない。

 

代わりに響くのは。

 

ミシ……。

 

ミシミシ……。

 

水圧を受けて軋む船体の音。

 

「……沈んだんだ」

 

サトシが呟く。

 

「え?」

 

「この船、海の中だ」

 

カスミが息を呑む。

 

その時。

 

少し離れた暗闇から声が聞こえた。

 

「いたたた……」

 

「ひどい目に遭ったわ……」

 

「もう船なんて二度と乗りたくないニャ……」

 

三人が振り返る。

 

「その声……」

 

暗闇の中から現れたのは。

 

ムサシ。

 

コジロウ。

 

ニャース。

 

「げっ!」

 

「げっ、とは何よ!」

 

「お前らも取り残されたのかよ!」

 

「好きで残ったんじゃないわよ!」

 

「こっちの台詞だ!」

 

サトシたちとロケット団。

 

普段なら顔を合わせた瞬間に戦いが始まってもおかしくない。

 

しかし今。

 

彼らの周囲にあるのは、海底へ沈んだ巨大な船。

 

外へ出れば海。

 

このまま船内に残れば、いつ船が潰れるか分からない。

 

サトシは小さく息を吐いた。

 

前世で知っている。

 

ここから先は――敵同士で争っている場合ではない。

 

「とりあえず」

 

サトシが言う。

 

「今だけ喧嘩はやめよう」

 

「はあ!?」

 

ムサシが叫ぶ。

 

「この船から出られなきゃ、全員終わりだ」

 

その一言で、誰も何も言えなくなった。

 

「ピカ……」

 

ピカチュウが暗い船内を見回す。

 

海底へ沈んだサントアンヌ号。

 

残されたサトシたちとロケット団。

 

船体は今も、不気味な音を立てながら軋み続けている。

 

まず必要なのは――。

 

この巨大な鉄の箱から、生きて脱出することだった。

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