ポケットモンスター ―君と目指す頂―   作:あああああ

43 / 63
第43話 メノクラゲドククラゲ

アオプルコを離れたサトシたちは、本土へ向かう連絡船に乗るため、ハトバポートへとやって来ていた。

 

青い海に面した港には大小さまざまな船が停泊し、桟橋では船員たちが忙しそうに荷物を運んでいる。

 

「ここから船に乗れば、ようやく本土へ戻れるのね」

 

カスミが海を眺めながら言った。

 

「しばらく海ばっかりだったからな」

 

「ピカァ」

 

サトシの肩に乗ったピカチュウも同意するように鳴く。

 

サントアンヌ号から始まり、ポケモンランド、アオプルコ。

 

思い返してみれば、かなり長い間海の近くを旅していた。

 

タケシが案内板を確認する。

 

「連絡船が出るまで少し時間があるみたいだ。港で待つか?」

 

「そうしよう」

 

そう答えた、その時だった。

 

「ん?」

 

海面に小さな影が見えた。

 

水面から顔を出した青いポケモンが、こちらを見つめている。

 

「タッツー!」

 

真っ先に反応したのはカスミだった。

 

「タッツー?」

 

サトシがポケモン図鑑を取り出す。

 

画面にタッツーの姿が表示された。

 

説明を聞き終えるより早く、タッツーが口をすぼめる。

 

プシュッ!

 

黒い墨が海面へ吹き出された。

 

「うわっ」

 

「何してるのかしら?」

 

カスミが身を乗り出す。

 

一度だけではない。

 

タッツーは何度も墨を吐き、水面へ大きな模様を描こうとしている。

 

「……何か伝えようとしてる?」

 

サトシが呟いた。

 

その形を見つめているうちに、記憶の奥で何かが引っかかった。

 

ハトバポート。

 

タッツー。

 

そして、この海。

 

(そうか……ここか)

 

前世で見た光景がゆっくりと繋がっていく。

 

この後に起こることも、おおよそ覚えている。

 

だが、その記憶を追うより先に、サトシはタッツーそのものへ視線を戻した。

 

「カスミ。あのタッツー、怪我してる」

 

「え?」

 

よく見れば、タッツーの身体には傷がある。

 

「本当だ!」

 

カスミは迷わず海へ近づいた。

 

「タッツー! こっちへおいで!」

 

「タッ……」

 

弱々しく鳴いたタッツーが泳いでくる。

 

カスミが両腕で優しく抱き上げた。

 

「大丈夫よ。すぐ治してあげるから」

 

「タッツー……」

 

タッツーは安心したように身体から力を抜く。

 

サトシはその様子を見ながら海へ目を向けた。

 

穏やかに見える。

 

しかし――。

 

(確か、もうすぐ……)

 

ザバァァン!

 

沖合から大きな音が響いた。

 

「何!?」

 

一隻の船が大きく傾いている。

 

さらにその周囲。

 

海面下を無数の影が移動していた。

 

「船が沈むぞ!」

 

タケシが叫ぶ。

 

サトシは即座に動いた。

 

「ゼニガメ!」

 

モンスターボールを投げる。

 

「ゼニ!」

 

「海に落ちた人を助けるぞ!」

 

「ゼニ!」

 

カスミもタッツーをタケシへ預ける。

 

「ヒトデマン、スターミー!」

 

二匹の水ポケモンが飛び出した。

 

船員たちが次々と海へ飛び込む。

 

ゼニガメが一人の船員へ近づき、その身体を支えた。

 

「ゼニ!」

 

「そのまま岸まで!」

 

「ゼニ!」

 

サトシ自身も桟橋の先まで走り、近づいてきた船員へ手を伸ばす。

 

「掴まって!」

 

「た、助かった!」

 

タケシも別の船員を引き上げる。

 

カスミのヒトデマンとスターミーも次々と人を運んできた。

 

やがて全員が救助される。

 

「ふぅ……」

 

サトシが息を吐いた。

 

「ゼニ!」

 

戻ってきたゼニガメの頭を撫でる。

 

「よくやった、ゼニガメ」

 

「ゼニゼニ!」

 

得意げにサングラスを直した。

 

しかしカスミは沈みかけた船を見つめている。

 

「今の……事故じゃないわよね?」

 

「たぶんな」

 

サトシは答えた。

 

海面下を動いていた影。

 

そして傷ついたタッツー。

 

やはり、記憶している出来事と重なっている。

 

◇

 

「なぁぁぁんてことしてくれたんだい!」

 

甲高い声が港へ響いた。

 

サトシたちの前に現れたのは、小柄な老婆だった。

 

その顔を見た瞬間。

 

「……あれ?」

 

カスミが目を瞬く。

 

タケシも首を傾げる。

 

「どこかで見たような……」

 

「そっくりだな」

 

サトシも苦笑する。

 

アオプルコで会った老人によく似ていた。

 

「誰がそっくりだって!?」

 

「何でもないです」

 

サトシは即座に答えた。

 

老婆――オババは、沈んだ船を指差す。

 

「あたしの大事な船をまたメノクラゲどもが沈めたんだよ!」

 

「メノクラゲ?」

 

カスミの表情が変わった。

 

「そうさ!」

 

オババは沖合を指差す。

 

そこには建設途中の巨大な施設が見えていた。

 

「この海に世界一豪華な海上ホテルを建ててやろうっていうのに、あいつらが邪魔ばかりするんだ!」

 

タケシが海を見る。

 

「海上ホテル……」

 

「まさか、あの珊瑚礁の上に?」

 

カスミが問い詰める。

 

「そうさ。あんな珊瑚礁、ホテルが完成すれば何倍もの金になる!」

 

「そんな!」

 

カスミが声を荒らげた。

 

腕の中にいるタッツーも、

 

「タッツー!」

 

と強く鳴く。

 

サトシは海を見つめた。

 

記憶通りなら、あの珊瑚礁はメノクラゲたちの住処だ。

 

だが、前世の知識を抜きにしても状況は分かる。

 

人間が突然住処を壊し始めれば、ポケモンが抵抗するのは不思議ではない。

 

「それじゃ、メノクラゲが船を襲ってるのは……」

 

サトシが言うと、カスミが続けた。

 

「自分たちの住処を守るためじゃない!」

 

「何を言ってるんだい!」

 

オババは聞く耳を持たない。

 

「邪魔なものは邪魔なんだよ!」

 

そして不敵に笑う。

 

「こうなったら、もっと大勢集めて一気に片づけてやる!」

 

嫌な予感しかしなかった。

 

◇

 

その日のうちに、ハトバポート中へオババの声が響き渡った。

 

メノクラゲを退治した者には――賞金百万円。

 

「百万円!?」

 

港のあちこちから驚きの声が上がる。

 

カスミは露骨に顔をしかめた。

 

「信じられない。住処を壊しておいて、今度は退治するですって?」

 

「タッツー!」

 

タッツーも怒っている。

 

サトシは海を眺める。

 

「メノクラゲを追い払ったって、根本的には何も解決しないよ」

 

「そうだな」

 

タケシも頷いた。

 

「住処を壊され続ければ、また戻ってくる」

 

「ピカ」

 

ピカチュウも険しい表情で海を見ている。

 

その時。

 

「百万円!」

 

「これさえあれば!」

 

「大金持ちニャ!」

 

聞き慣れすぎた声が響いた。

 

サトシたちが振り返る。

 

ムサシ。

 

コジロウ。

 

ニャース。

 

三人が揃って目を輝かせている。

 

「……やっぱり来たか」

 

サトシは額に手を当てた。

 

「何よ、その反応!」

 

ムサシが怒る。

 

「いや、こういう話なら絶対来ると思って」

 

「失礼ね!」

 

「当たってるニャ」

 

「ニャース!」

 

ロケット団はオババのところへ走っていった。

 

カスミが呆れた顔をする。

 

「あいつら、本当に懲りないわね」

 

「いつものことだな」

 

そう答えながらも、サトシは笑っていなかった。

 

ロケット団が何をするか。

 

それも覚えている。

 

そして、その先に何が起こるかも。

 

「……ちょっとまずいな」

 

「サトシ?」

 

「念のため、すぐ動けるようにしておこう」

 

「何か分かったの?」

 

カスミに問われ、サトシは少し考える。

 

「メノクラゲたちがかなり怒ってるのは間違いない。ロケット団が余計なことをしたら、一気に酷くなるかもしれない」

 

嘘ではない。

 

タッツーの傷。

 

沈められた船。

 

住処を壊されたメノクラゲたち。

 

十分すぎる材料が揃っている。

 

そしてサトシには、その先を知っているというもう一つの理由があった。

 

「ピカチュウ、離れないで」

 

「ピカ!」

 

◇

 

やがて海面が揺れ始めた。

 

一匹。

 

二匹。

 

十匹。

 

百匹。

 

それどころではない。

 

「メノ……」

 

「メノクラゲ……!」

 

無数のメノクラゲが海を埋め尽くしていく。

 

「すごい数……」

 

タケシが息を呑んだ。

 

カスミは怯えるどころか身を乗り出す。

 

「メノクラゲがこんなに……!」

 

「感動してる場合じゃないって」

 

サトシが苦笑する。

 

だが次の瞬間。

 

「今よ!」

 

ムサシの声。

 

「作戦開始!」

 

コジロウが叫ぶ。

 

「いくニャー!」

 

ロケット団が用意した容器が傾く。

 

中身が大量に海へ撒かれた。

 

「やめろ!」

 

サトシが叫んだ。

 

しかし間に合わない。

 

大量の液体がメノクラゲたちへ降り注いだ。

 

「メノォォォ!」

 

海が激しく波打つ。

 

「何なの、あれ!?」

 

「徳用三杯酢よ!」

 

ムサシが胸を張る。

 

「メノクラゲを酢の物にして一儲けするのよ!」

 

「なんでそうなるんだよ!」

 

サトシが思わず突っ込んだ。

 

その直後。

 

海が爆発したように盛り上がった。

 

「なっ……!」

 

巨大な影が海中から浮上する。

 

一匹のメノクラゲの身体が光に包まれていた。

 

その姿が変化していく。

 

頭部が大きく膨れ上がり、無数の触手が伸びる。

 

「ドククラゲ……!」

 

それだけなら珍しくない。

 

だが――。

 

大きすぎる。

 

建物を軽々と見下ろすほどの巨体。

 

「ドククラゲって、あんなに大きかった!?」

 

カスミが叫ぶ。

 

「普通は違う!」

 

サトシも巨大な姿を見上げる。

 

知っていた。

 

分かっていた。

 

それでも実際に目の前で見る巨大ドククラゲの迫力は、画面越しとは比較にならない。

 

「ドォォォク……!」

 

低い鳴き声だけで空気が震えた。

 

そして。

 

無数のメノクラゲが一斉に動き出した。

 

◇

 

ハトバポートは瞬く間に混乱へ陥った。

 

「逃げろ!」

 

「メノクラゲが来るぞ!」

 

「港から離れろ!」

 

巨大ドククラゲの触手が建設途中の海上ホテルへ伸びる。

 

ズガァァァン!

 

巨大な建造物が一撃で崩れた。

 

「ひえぇぇぇ! あたしのホテルがぁぁぁ!」

 

オババの悲鳴が響く。

 

だがドククラゲは止まらない。

 

メノクラゲの群れも港へ押し寄せてくる。

 

サトシは周囲を見回した。

 

記憶通りだからと眺めているつもりはない。

 

ここには大勢の人がいる。

 

「みんな、出てきて!」

 

モンスターボールを投げる。

 

「ピジョン!」

 

「フリー!」

 

「ダネ!」

 

「カゲ!」

 

「ゼニ!」

 

仲間たちが次々と現れた。

 

サトシはすぐに指示を出す。

 

「ピジョン、上から逃げ遅れてる人を探して!」

 

「ピジョン!」

 

「バタフリーも一緒に!」

 

「フリー!」

 

二匹が空へ舞い上がる。

 

「フシギダネは瓦礫に挟まれた人を助ける!」

 

「ダネ!」

 

「ゼニガメは海に落ちた人を頼む!」

 

「ゼニ!」

 

「ヒトカゲは俺たちと陸に残る。建物に火が回ったら教えて!」

 

「カゲ!」

 

「ピカチュウは俺と来て!」

 

「ピカ!」

 

サトシが走り出す。

 

「私も行く!」

 

カスミも続いた。

 

「俺はこっちを手伝う!」

 

タケシは避難する人々の方へ向かった。

 

「ピジョォン!」

 

上空からピジョンの声。

 

サトシが顔を上げる。

 

ピジョンが一つの方向へ急降下した。

 

「向こうか!」

 

崩れた建物の近く。

 

瓦礫の下に男性が取り残されていた。

 

「フシギダネ!」

 

「ダネ!」

 

『つるのムチ』が伸びる。

 

二本の蔓が瓦礫へ巻きついた。

 

「そのまま持ち上げろ!」

 

「ダァネェ!」

 

瓦礫が浮く。

 

「今だ!」

 

サトシとカスミが男性を引っ張り出した。

 

「ありがとう……!」

 

「早く安全なところへ!」

 

男性が走っていく。

 

だが休んでいる暇はない。

 

「サトシ!」

 

カスミの声。

 

巨大ドククラゲの触手が近くの建物へ振り下ろされようとしていた。

 

その下には逃げ遅れた人々がいる。

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

「『10まんボルト』!」

 

「ピィィカァァァ――チュウッ!」

 

電撃が触手へ直撃した。

 

ドォン!

 

巨大な触手が僅かに逸れる。

 

建物の横へ叩きつけられた。

 

「今のうちに逃げて!」

 

人々が走り去る。

 

だがサトシの表情は険しい。

 

「ほとんど効いてない……」

 

「ピカ……」

 

ピカチュウも巨大ドククラゲを睨む。

 

あれほど大きければ当然だ。

 

今の一撃も倒すためではなく、軌道を変えただけ。

 

「無理に戦うな、ピカチュウ」

 

「ピカ?」

 

「こいつらを倒すのが目的じゃない」

 

サトシは巨大ドククラゲを見上げる。

 

意識を集中した。

 

波導を広げる。

 

巨大ドククラゲ。

 

そして周囲を埋め尽くすメノクラゲ。

 

そこから押し寄せてきた感情に、サトシは思わず息を呑んだ。

 

怒り。

 

悲しみ。

 

敵意。

 

そして何より強いのは――。

 

奪われたものへの執着。

 

サトシに言葉として聞こえているわけではない。

 

だが、何を求めているのかは伝わってくる。

 

「あいつら……ただ暴れたいわけじゃない」

 

カスミがサトシを見る。

 

「分かるの?」

 

「波導で少しだけ。ずっと海の方を気にしてる」

 

サトシは崩壊したホテルを見る。

 

「自分たちの住処だ」

 

「やっぱり……」

 

カスミが唇を噛む。

 

その時だった。

 

「ニャァァァァ!?」

 

ニャースの悲鳴。

 

一本の触手がニャースを捕らえた。

 

「ニャース!」

 

ムサシとコジロウが叫ぶ。

 

巨大ドククラゲがニャースを持ち上げる。

 

「ニャ、ニャニャ……!」

 

ニャースの身体が不自然に動きを止めた。

 

そして。

 

「人間たちよ……」

 

響いた声に、その場の全員が固まった。

 

「ニャースが……?」

 

「違う」

 

サトシはドククラゲを見る。

 

「ドククラゲがニャースを通して話してる」

 

巨大ドククラゲの怒りが、ニャースの口を通して人々へ伝えられていく。

 

人間たちが自分たちの海を壊したこと。

 

住処だった珊瑚礁を奪ったこと。

 

何度追い払っても工事をやめなかったこと。

 

だから自分たちも、人間の街を壊す。

 

港に静寂が落ちた。

 

カスミが一歩前へ出る。

 

「待って!」

 

「カスミ!」

 

巨大ドククラゲの視線がカスミへ向く。

 

タッツーがカスミの腕の中から顔を出した。

 

「タッツー!」

 

ドククラゲの目が僅かに動く。

 

カスミは逃げなかった。

 

「あなたたちが怒るのは分かるわ!」

 

「カスミ……」

 

「住んでいた場所を勝手に壊されたら、誰だって怒る! 人間が悪かった!」

 

オババが後ろで何か言おうとしたが、タケシが止めた。

 

カスミは続ける。

 

「でも、もうやめて!」

 

巨大ドククラゲが低く唸る。

 

「このまま街を壊したら、あなたたちまで同じになっちゃう!」

 

「タッツー!」

 

タッツーも必死に鳴く。

 

サトシはカスミの横へ立った。

 

「俺からも頼む」

 

巨大ドククラゲの目がサトシへ向く。

 

「俺たちは、もうお前たちの住処を壊させない」

 

言葉が通じているかは分からない。

 

それでもサトシは真っ直ぐ見上げた。

 

「だから、街の人たちを傷つけるのも終わりにしてくれ」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウも隣で叫ぶ。

 

長い沈黙。

 

海面を埋め尽くしていたメノクラゲたちが動きを止める。

 

巨大ドククラゲがカスミを見る。

 

タッツーを見る。

 

サトシを見る。

 

その時。

 

「冗談じゃないよ!」

 

オババが叫んだ。

 

「ホテルを壊されて黙っていられるもんかい! あいつらを全部追い払うんだよ!」

 

「ちょっと!」

 

カスミが振り返る。

 

巨大ドククラゲの目が細くなった。

 

「あ」

 

サトシは何が起こるか察した。

 

「オババ、逃げ――」

 

触手が伸びる。

 

「ひえぇぇぇぇぇ!」

 

オババの身体があっという間に持ち上げられた。

 

そして。

 

ぽーん。

 

「覚えてなさぁぁぁい!」

 

遥か彼方へ飛んでいった。

 

しばし沈黙。

 

「……まあ」

 

サトシが頬を掻く。

 

「自業自得……かな」

 

「ピカ」

 

ピカチュウも否定しなかった。

 

◇

 

巨大ドククラゲがゆっくりと海へ向きを変える。

 

「帰るの……?」

 

カスミが呟いた。

 

一匹。

 

また一匹。

 

メノクラゲたちが港から海へ戻っていく。

 

巨大ドククラゲも海へ身体を沈めていく。

 

サトシはその姿を見つめていた。

 

目の前で見た圧倒的な巨体。

 

ピカチュウの『10まんボルト』を受けても、ほとんど怯まなかった。

 

純粋な強さだけで見れば、今まで出会った野生のポケモンの中でも桁違いだ。

 

サトシの中にあるバトル好きな部分が、少しだけ顔を出す。

 

「……いつか普通のドククラゲとは戦ってみたいな」

 

「サトシ」

 

隣から低い声。

 

「ん?」

 

「今、それ言う?」

 

カスミが呆れた顔で見ていた。

 

「巨大な方に挑みたいって言ってないだろ」

 

「そういう問題じゃない!」

 

「ピカピカ」

 

ピカチュウが楽しそうに笑った。

 

◇

 

騒動が収まり、ハトバポートには少しずつ日常が戻り始めていた。

 

壊された建物は多い。

 

それでも人々は協力して片づけを始めている。

 

そして。

 

「タッツー」

 

海辺でカスミがしゃがみ込む。

 

その前には、すっかり元気になったタッツーがいた。

 

「もう大丈夫そうね」

 

「タッツー!」

 

タッツーが嬉しそうに跳ねる。

 

「じゃあ、仲間のところへ戻る?」

 

「タッ……」

 

タッツーは海を見る。

 

そしてカスミを見る。

 

もう一度海を見る。

 

最後に――カスミの胸へ飛び込んだ。

 

「え?」

 

「タッツー!」

 

カスミが目を丸くする。

 

サトシは少し離れたところから笑った。

 

「一緒に行きたいんじゃない?」

 

「私と?」

 

「タッツー!」

 

迷いのない返事。

 

カスミの表情が一気に明るくなる。

 

「もちろん! 一緒に行きましょう、タッツー!」

 

モンスターボールを取り出す。

 

タッツーは自分からボールへ触れた。

 

赤い光となって吸い込まれる。

 

ボールはほとんど揺れることなく静かになった。

 

「やった!」

 

カスミがボールを掲げる。

 

「タッツー、ゲットよ!」

 

「おめでとう、カスミ」

 

「ピカピカ!」

 

「ありがとう!」

 

カスミは嬉しそうにモンスターボールを見つめた。

 

水ポケモンがまた一匹。

 

その様子を見ていたサトシも自然と笑みを浮かべる。

 

やがて本土へ向かう連絡船の出航時刻が近づいた。

 

「そろそろ行こうか」

 

「ああ」

 

「うん!」

 

三人は船へ向かって歩き出す。

 

「ピカ」

 

肩の上のピカチュウが海を振り返った。

 

遠く。

 

夕日に照らされた海面を、いくつもの小さな影が進んでいく。

 

サトシもそれを見つめる。

 

前世の知識があったから、この場所で何が起こるのかは知っていた。

 

けれど実際にその場へ立てば、知っているだけでは分からないことばかりだった。

 

メノクラゲたちの怒り。

 

タッツーの必死さ。

 

巨大ドククラゲの圧倒的な存在感。

 

そして、その間に立ったカスミの強さ。

 

知識は役に立つ。

 

これから先も、使えるものは使うつもりだ。

 

それでも、この旅で実際に何を感じ、何を選ぶのかは自分自身だった。

 

「サトシ! 置いてくわよ!」

 

前からカスミの声が飛んでくる。

 

「今行く!」

 

サトシは走り出した。

 

「行こう、ピカチュウ」

 

「ピカ!」

 

連絡船がゆっくりと港を離れていく。

 

こうしてサトシたちは、メノクラゲとドククラゲによる大騒動を越え、新たな仲間となったタッツーと共に、本土へ向けて再び旅を進めるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。