ポケットモンスター ―君と目指す頂―   作:あああああ

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第44話 ゆうれいポケモンとなつまつり

ハトバポートを離れた連絡船は、穏やかな海を進んでいた。

 

甲板では潮風が吹き抜け、サトシは手すりにもたれながら遠ざかっていく港を眺めている。肩にはいつものようにピカチュウが座り、同じ方向へ目を向けていた。

 

「ピカ」

 

「メノクラゲたちも、もう大丈夫そうだな」

 

「ピカピカ」

 

あれだけの騒動があった海も、今は静かだった。

 

少し離れたところでは、カスミが新しく仲間になったタッツーを海へ出している。

 

「タッツー、あんまり船から離れちゃ駄目よ!」

 

「タッツー!」

 

船の横を楽しそうに泳いでいたタッツーが、水面から勢いよく飛び上がる。

 

「いいなぁ……やっぱり水ポケモンは最高!」

 

「すっかり気に入ったな」

 

「当たり前でしょ! 可愛いし、勇気だってあるんだから!」

 

「タッツー!」

 

褒められたタッツーが嬉しそうに鳴く。

 

その時、タケシが船の進行方向を指差した。

 

「そろそろ着くみたいだぞ」

 

前方に陸地が見えていた。

 

港の向こうには昔ながらの町並みが広がり、海岸沿いには切り立った崖が続いている。

 

サトシはその景色を見つめた。

 

乙女ヶ崎。

 

船内で目的地の名前を聞いた時から、記憶の片隅に引っかかるものがあった。

 

そして実際に景色を見て、それがはっきりと繋がる。

 

(乙女ヶ崎か。確かここは……)

 

夏祭り。

 

乙女の伝説。

 

そして――ゴース。

 

サトシは隣に立つタケシを見た。

 

「タケシ」

 

「ん?」

 

「……気をつけてな」

 

「何に?」

 

「綺麗な女の人」

 

「なぜだ!?」

 

食いつきが早い。

 

カスミが呆れたように肩を落とす。

 

「むしろ一番気をつけなきゃいけないやつね」

 

「ピカァ……」

 

ピカチュウまで同意するように頷いた。

 

◇

 

乙女ヶ崎へ上陸すると、町は夏祭りの準備で賑わっていた。

 

通りには提灯が吊るされ、あちこちで屋台が組み立てられている。観光客の姿も多く、潮の香りに食べ物の匂いまで混ざっていた。

 

「せっかくだし、今日はここに泊まっていかない?」

 

カスミの提案にサトシは頷く。

 

「いいんじゃない? 急ぐ旅でもないし」

 

「ピカ!」

 

「俺も賛成だ」

 

タケシも頷き、三人で宿を探そうと歩き始めた。

 

しかし数歩進んだところで、タケシの足が突然止まった。

 

「…………」

 

「タケシ?」

 

返事がない。

 

その視線は海沿いの崖へ釘付けになっていた。

 

サトシたちもそちらを見る。

 

夕暮れの光に染まった崖。

 

そこに、一人の女性が立っていた。

 

長い髪を風になびかせ、古風な着物をまとった女性。

 

どこか寂しげな表情で海を眺めている。

 

「……綺麗だ」

 

タケシが呟く。

 

カスミが目を凝らした。

 

「誰かいる?」

 

「いるだろ! あそこに!」

 

「遠くてよく見えないけど……」

 

サトシも女性を見つめる。

 

記憶にある姿だった。

 

ただ、実際に目の前にすると奇妙な感じがする。

 

存在しているはずなのに、どこか現実感が薄い。

 

ふわりと風が吹いた。

 

サトシが一度瞬きをする。

 

次の瞬間――。

 

女性はいなくなっていた。

 

「消えた?」

 

カスミが眉をひそめる。

 

「彼女はどこへ!?」

 

タケシが崖へ向かって走り出そうとする。

 

その服をサトシが掴んだ。

 

「待った」

 

「離してくれ、サトシ!」

 

「嫌だよ。崖だぞ」

 

「運命の人が俺を待っている!」

 

「会って数秒だろ」

 

「恋に時間は関係ない!」

 

サトシは無言でピカチュウを見る。

 

「ピカ」

 

ピカチュウは首を横へ振った。

 

「俺も無理だと思う」

 

「何がだ!?」

 

◇

 

町の中心には古い社があった。

 

そこには多くの人が集まっている。

 

「何かあるみたいね」

 

カスミが人混みを覗き込む。

 

近くにいた老人が三人へ声をかけた。

 

「今日は年に一度、乙女の絵姿が公開される日なんじゃよ」

 

「乙女?」

 

サトシは事情を知っていたが、黙って話を聞くことにした。

 

三人は人の流れに沿って社へ入る。

 

奥に掲げられていた一枚の絵。

 

そこには――。

 

「あっ!」

 

タケシが大声を上げた。

 

「彼女だ!」

 

描かれていたのは、先ほど崖の上に立っていた女性と同じ顔だった。

 

老人はゆっくりと乙女ヶ崎に伝わる昔話を語り始めた。

 

およそ二千年前。

 

この土地に、一人の美しい乙女がいた。

 

乙女の愛する男は戦へ向かい、彼女はその帰りを待ち続けた。

 

一年。

 

十年。

 

それでも男は帰らない。

 

それでも乙女は待ち続け、やがてその身は岩になったという。

 

今でもこの季節になると乙女の霊が姿を現し、若い男たちを惑わせる――。

 

「なんて一途な人なんだ……!」

 

タケシが感動している。

 

「そこまで入り込む?」

 

カスミが呆れた。

 

「カスミには分からないのか! 愛する人を二千年も待ち続ける、その想いが!」

 

「二千年は伝説の時間でしょ!」

 

「伝説でも愛は愛だ!」

 

「はいはい」

 

サトシはピカチュウを見る。

 

「夜になったら絶対目を離さない方がいいな」

 

「ピカ」

 

今度は力強く頷かれた。

 

◇

 

一方、祭りの人混みでは――。

 

「さあさあ寄ってらっしゃい!」

 

ムサシが声を張り上げていた。

 

「乙女ヶ崎でしか手に入らない特別な記念品だ!」

 

コジロウが商品を並べる。

 

「今だけ特別価格ニャ!」

 

ニャースが客を呼び込む。

 

もちろん、由緒も何もない。

 

全部自分たちで用意したものだった。

 

「売れるわ!」

 

「祭りって素晴らしいな!」

 

「この調子で稼ぎまくるニャ!」

 

その時だった。

 

コジロウの動きが止まる。

 

「……あ」

 

「どうしたのよ?」

 

ムサシが振り返る。

 

コジロウの視線の先。

 

人混みの向こうに、一人の美しい女性が立っていた。

 

「なんて……美しい……」

 

「は?」

 

「運命だ……」

 

「何言ってるのよ!」

 

しかしコジロウは、すでに女性を追いかけて走り出していた。

 

「待ちなさい!」

 

「店番はどうするニャー!」

 

◇

 

夜。

 

祭りが始まった乙女ヶ崎には、昼間とは違う賑わいが満ちていた。

 

提灯の明かりが町を照らし、遠くから太鼓の音が聞こえてくる。

 

サトシたちは宿を取り、夕食を終えて部屋で休んでいた。

 

「明日はどうする?」

 

カスミが尋ねる。

 

「祭りを見てから出発でもいいんじゃない?」

 

「賛成」

 

「俺も――」

 

タケシが答えかけたところで止まった。

 

窓の外を見つめている。

 

「彼女だ……」

 

サトシがすぐに振り返った。

 

暗い道の向こう。

 

昼間に見た乙女が立っている。

 

こちらへ向けて、静かに手招きしていた。

 

「タケシ」

 

「俺を呼んでいる……」

 

「いや、待てって」

 

しかしタケシは立ち上がった。

 

「俺には分かるんだ!」

 

「何が?」

 

「彼女の心が!」

 

「絶対分かってないだろ」

 

タケシは聞かない。

 

そのまま部屋を飛び出していった。

 

「もう!」

 

カスミも立ち上がる。

 

サトシは帽子を被り、ピカチュウを肩へ乗せた。

 

「追うよ」

 

「ピカ!」

 

「サトシ」

 

「ん?」

 

「さっきから何か知ってるみたいだけど」

 

カスミがじっと見る。

 

サトシは少し考えてから答えた。

 

「心当たりがあるんだ」

 

「何の?」

 

「ゴース」

 

「ゴース!?」

 

「まだ確定じゃないけど」

 

サトシは扉へ向かう。

 

「だから確かめる」

 

◇

 

タケシを追った先には、海沿いに建つ古びた建物があった。

 

扉が僅かに開いている。

 

「タケシ!」

 

返事はない。

 

サトシを先頭に、中へ入る。

 

「ピカチュウ、気をつけて」

 

「ピカ」

 

暗い。

 

月明かりだけが古びた床を照らしている。

 

カスミがサトシの後ろを歩く。

 

「本当にゴースなの?」

 

「たぶん」

 

「なんで分かるのよ」

 

「昔、似た話を知ったことがあるんだ」

 

それ以上は説明しなかった。

 

前世の知識が正しいなら、この先にいるのはゴースだ。

 

だが、知っていることと実際に対処できることは別だった。

 

この世界で本物のゴースと向き合うのは初めてなのだから。

 

「サトシ」

 

カスミが前を指差した。

 

「……いた」

 

乙女が立っている。

 

その足元には――。

 

「タケシ!」

 

倒れているタケシ。

 

そしてもう一人。

 

「コジロウ!?」

 

カスミが驚く。

 

「なんであいつまでいるのよ!」

 

「まあ……そうなるよな」

 

「え?」

 

「何でもない」

 

乙女が静かに微笑んだ。

 

「ようこそ……」

 

柔らかな声が室内に響く。

 

サトシは一歩前へ出る。

 

「タケシを返してもらうよ」

 

「どうして?」

 

「俺たちの仲間だから」

 

「この人は、ここにいたいと言っていますよ」

 

サトシはタケシを見る。

 

完全に夢の中にいるような顔だ。

 

「普通の状態で本人がそう言うなら考えるけど」

 

サトシは乙女へ視線を戻した。

 

「今のタケシじゃ信用できないな」

 

乙女の笑みが深くなった。

 

「それなら――」

 

空気が歪んだ。

 

「っ!」

 

目の前に巨大な怪物が出現する。

 

牙。

 

角。

 

鋭い爪。

 

天井に届きそうな巨体。

 

「な、何よあれ!」

 

カスミが後ずさる。

 

「ピカ!」

 

ピカチュウも身構えた。

 

サトシも一瞬だけ息を呑む。

 

知識として分かっていても、目の前に突然巨大な怪物が現れれば驚く。

 

だがすぐに意識を集中した。

 

波導を広げる。

 

目の前にいるはずの巨大な怪物。

 

そこに――生命の反応がない。

 

「幻だ!」

 

「え?」

 

「そいつは本物じゃない!」

 

怪物が巨大な爪を振り下ろす。

 

「サトシ!」

 

カスミが叫ぶ。

 

だがサトシは動かなかった。

 

爪はその身体をすり抜ける。

 

何も起こらない。

 

「やっぱりな」

 

「分かってても怖いわよ!」

 

「俺だって結構怖かったよ」

 

その時。

 

右上。

 

小さな反応が動いた。

 

サトシが振り向く。

 

紫色のガスに包まれた黒い球体。

 

大きな口。

 

鋭い目。

 

「そこか!」

 

「ゴォース!」

 

ゴースが楽しそうに笑った。

 

「やっぱりあんただったのね!」

 

カスミが叫ぶ。

 

「ゴース!」

 

ゴースは大きく舌を出した。

 

次の瞬間、姿が消える。

 

「消えた!」

 

「まだいる」

 

サトシは周囲へ意識を広げる。

 

上。

 

左。

 

後ろ。

 

小さな反応が高速で動いている。

 

(速いな……!)

 

その瞬間。

 

「ゴース!」

 

巨大な顔がサトシの真後ろへ現れた。

 

「うわっ!」

 

さすがのサトシも飛び退く。

 

「ピカァ!?」

 

ピカチュウまで驚いてサトシの帽子へしがみついた。

 

ゴースは腹を抱えるように笑っている。

 

「……完全に遊んでるな、あいつ」

 

「今のでよくそんな冷静に言えるわね!」

 

「心臓は結構びっくりしてる」

 

「ピカァ……」

 

ピカチュウも胸を押さえるような仕草をする。

 

その時だった。

 

「コジロウー!」

 

「どこなのニャー!」

 

外から声が響き、ムサシとニャースが飛び込んできた。

 

「ジャリボーイ!?」

 

「今はそれどころじゃない!」

 

「どういう意味よ!」

 

「上!」

 

「え?」

 

全員が見上げる。

 

巨大なフシギバナが天井から現れた。

 

「フッシィィィ!」

 

「フシギバナ!?」

 

反対側から巨大なカメックスまで現れる。

 

「カメェェェ!」

 

そして二匹の姿がぐにゃりと歪み――。

 

混ざった。

 

「…………」

 

サトシは言葉を失った。

 

カスミも固まっている。

 

「何よ……あれ」

 

「知ってても意味が分からないな……」

 

「何か言った?」

 

「いや」

 

「ゴースゴース!」

 

楽しそうな笑い声。

 

サトシは苦笑する。

 

「ほんとに遊ぶのが好きだな」

 

だが、いつまでも付き合ってはいられない。

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

「見えてるやつに惑わされるな!」

 

波導を広げる。

 

巨大なフシギバナ。

 

巨大なカメックス。

 

その奇妙な合体。

 

どれにも反応はない。

 

本物は――。

 

「右上!」

 

「ピカチュウ、『エレキボール』!」

 

「ピッカ!」

 

ピカチュウの尻尾の先へ電気が集まる。

 

黄色い電撃の球が一気に形成された。

 

「ピカァッ!」

 

放たれた『エレキボール』が幻影を突き抜ける。

 

「ゴッ!?」

 

右上にいたゴースが目を見開いた。

 

しかし直撃する寸前、その身体が横へ滑る。

 

電撃の球が壁へぶつかり、弾けた光が室内を照らした。

 

「避けた!」

 

カスミが叫ぶ。

 

「でも場所は合ってる」

 

サトシはすぐにゴースを追う。

 

「ゴース!」

 

ゴースの姿がまた消えた。

 

次の瞬間――。

 

一匹。

 

二匹。

 

十匹。

 

無数のゴースが室内に浮かび上がった。

 

「増えた!?」

 

「全部幻だ」

 

「じゃあ本物はどれよ!」

 

「探す」

 

サトシは目を閉じた。

 

視界から余計な情報を消す。

 

波導だけに意識を向ける。

 

大量のゴースが飛び回っているように見える。

 

だが、確かな反応は一つ。

 

「……見つけた」

 

「ピカ?」

 

サトシは感じ取った位置を、簡単な方向のイメージとしてピカチュウへ伝える。

 

ピカチュウの耳がぴくりと動いた。

 

視線は幻の群れではなく、その向こうへ。

 

「左奥!」

 

「ピカ!」

 

「『10まんボルト』!」

 

「ピィィカァァァ――チュウッ!」

 

強烈な電撃が薄暗い室内を照らした。

 

幻のゴースたちをまとめて突き抜け、その奥へ走る。

 

「ゴースッ!」

 

本物のゴースが慌てて飛び上がった。

 

電撃は僅かにその身体を掠める。

 

「ゴォッ!」

 

今まで楽しそうだったゴースが、初めて少し驚いた顔をした。

 

サトシは思わず笑う。

 

「今のは惜しかったな」

 

「ピカ!」

 

「ゴース……」

 

ゴースがサトシを見る。

 

次にピカチュウを見る。

 

そして――。

 

「ゴースゴース!」

 

また楽しそうに笑い始めた。

 

「怒らせたっていうより、余計に気に入られたみたいね」

 

「そんな気がする」

 

「ピカァ……」

 

その時。

 

ゴォォォン――。

 

遠くから鐘の音が響いた。

 

東の空が白み始める。

 

夜明けだった。

 

「ゴース……」

 

ゴースが動きを止める。

 

室内を覆っていた幻影が一つずつ消えていった。

 

乙女の姿も消える。

 

「う……」

 

タケシが目を覚ました。

 

「ここは……?」

 

「タケシ!」

 

カスミが駆け寄る。

 

少し離れた場所ではコジロウも目を覚まし、ムサシに揺さぶられていた。

 

「俺は……確か、彼女と……」

 

「幽霊についていってたのよ!」

 

「幽霊……?」

 

しばらくぼんやりしていたタケシ。

 

やがて記憶が戻ったらしい。

 

「彼女は!?」

 

「まだ言うの!?」

 

カスミの怒声が建物中に響いた。

 

◇

 

朝。

 

サトシたちは乙女ヶ崎の老人から、伝説の続きを聞いていた。

 

乙女の霊。

 

そして、その伝説を人々へ伝え続けるゴース。

 

「つまり、あのゴースはずっとここにいるの?」

 

カスミが尋ねる。

 

「そう言われておる」

 

老人が頷いた。

 

サトシは海沿いの崖へ目を向けた。

 

遠く。

 

岩陰から、紫色の影が一瞬だけ覗いた気がする。

 

「ゴース……」

 

「捕まえないの?」

 

カスミが尋ねる。

 

「え?」

 

「あんた、結構あのゴースに興味ありそうだったじゃない」

 

サトシは少し考える。

 

確かにゴーストタイプのポケモンは欲しい。

 

育て方次第では非常に強くなる。

 

ゴースが進化した先にいるゲンガーの強さも、サトシはよく知っている。

 

けれど――。

 

「やめとく」

 

「珍しいわね」

 

「あいつ、この町が好きみたいだから」

 

サトシは崖を見る。

 

人を驚かせ、幻を見せ、乙女の伝説を守り続ける。

 

あのゴース自身が、それを楽しんでいるように見えた。

 

「無理に連れていく必要ないだろ」

 

「ピカ」

 

「本人が一緒に行きたいって言うなら別だけどね」

 

カスミも小さく笑った。

 

「それなら納得」

 

サトシも笑う。

 

いつか。

 

自分と一緒に戦いたいと思ってくれるゴーストポケモンと出会えればいい。

 

その時に仲間になればいいのだから。

 

◇

 

その夜。

 

乙女ヶ崎の夏祭りは最高潮を迎えていた。

 

提灯の明かりが通りを照らし、太鼓と笛の音が響く。

 

「サトシ!」

 

声をかけられて振り返る。

 

浴衣姿のカスミが立っていた。

 

「どう?」

 

「似合ってるよ」

 

「……それだけ?」

 

「え?」

 

「もうちょっと何かないの?」

 

サトシは少し考える。

 

「いつもより祭りっぽい」

 

「何よそれ!」

 

「普通に似合ってるって言っただろ!」

 

「言い方ってものがあるの!」

 

「難しいな……」

 

「ピカピカ」

 

肩の上でピカチュウが笑う。

 

「ピカチュウまで笑わない!」

 

少し離れた場所では、タケシがまだ海沿いの崖を眺めていた。

 

「美しい人だった……」

 

「まだ引きずってるの?」

 

「男には忘れられない出会いというものがある」

 

「幻だったけどな」

 

「それでもだ!」

 

「そこまでいくと逆にすごいな」

 

やがて盆踊りが始まった。

 

サトシもせっかくなので仲間たちを外へ出す。

 

「みんな、出ておいで!」

 

光が弾ける。

 

「ピジョン!」

 

「フリー!」

 

「ダネ!」

 

「カゲ!」

 

「ゼニ!」

 

ピジョンは提灯の上を気持ちよさそうに飛び、フシギダネとヒトカゲは屋台から漂ってくる匂いへ興味津々。

 

ゼニガメはサングラスをかけたまま踊りの輪へ混ざっていた。

 

「ゼニ! ゼニ!」

 

「馴染むの早いな」

 

「ピカピカ!」

 

ピカチュウも楽しそうに笑う。

 

その上空。

 

バタフリーが祭りの明かりを浴びながら、ゆったりと羽ばたいていた。

 

「フリー!」

 

楽しそうに高度を上げる。

 

「バタフリー!」

 

サトシが呼ぶ。

 

「フリー?」

 

バタフリーが振り返った。

 

「遠くまで行くなよ!」

 

「フリー!」

 

元気な返事。

 

サトシは笑顔でその姿を見上げる。

 

キャタピーとして出会った小さなポケモン。

 

トランセルへ進化し。

 

そしてバタフリーになった。

 

一緒に旅を始めてからの時間は、まだそれほど長くない。

 

それでも、もう大切な仲間だ。

 

「ピカ」

 

ピカチュウが隣へ来る。

 

「楽しそうだな」

 

「ピカピカ」

 

サトシには前世の記憶がある。

 

だから知っていた。

 

もうすぐ、このバタフリーにとって大きな出会いが訪れる。

 

たくさんのバタフリーが集まる季節。

 

そして、その中にいる特別な一匹。

 

その時が来れば、バタフリーは一つの選択をすることになる。

 

けれど――。

 

(決めるのはバタフリーだ)

 

サトシが先に答えを決めるつもりはない。

 

一緒に旅をしたいのなら、一緒に行く。

 

別の道を望むのなら、その気持ちを聞く。

 

そして、もしどちらも大切だというのなら――その時は一緒に方法を考えればいい。

 

「フリー!」

 

夜空でバタフリーが大きく旋回する。

 

祭りの光を受けた白い羽が、夜の中で鮮やかに輝いた。

 

サトシはピカチュウと並んで、その姿を静かに見守っていた。

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