ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
乙女ヶ崎を出発してから、しばらく。
サトシたちは海沿いに続く道を歩いていた。
空はよく晴れ、海から吹いてくる風も心地いい。肩に乗ったピカチュウも目を細めながら潮風を受けている。
「次の町までは、まだ結構あるな」
タケシが地図を確認する。
「今日中に着けそう?」
「この調子ならな」
「それなら――」
カスミが答えかけた時だった。
「ピカ?」
ピカチュウが空を見上げる。
「どうした?」
サトシも顔を上げた。
一匹のバタフリーが頭上を飛んでいる。
その後ろから、もう一匹。
さらに三匹、四匹。
「バタフリー?」
カスミも気づいた。
「すごい数ね」
次々と現れたバタフリーたちは、ほとんど同じ方向へ飛んでいく。
その光景を見た瞬間、サトシの中で前世の記憶が繋がった。
この季節。
海。
そして、たくさんのバタフリー。
(……そっか。もうこの時期なんだ)
サトシは腰のモンスターボールへ目を落とした。
何が起きるのかは知っている。
けれど、今ここにいるバタフリーがどんな道を選ぶのかまで、最初から決めつけるつもりはなかった。
「バタフリー」
モンスターボールを投げる。
「フリー!」
白い光から現れたバタフリーは、すぐに空を見上げた。
「フリー……?」
次々と飛んでいく仲間たちを目で追っている。
「気になる?」
「フリー!」
即答だった。
サトシは笑う。
「じゃあ、行ってみようか」
「フリー!」
「ピカ!」
◇
少し進んだところで、サトシたちは同じようにバタフリーを連れたトレーナーたちと出会った。
話を聞けば、この季節になると各地からバタフリーが集まり、気に入った相手を探すのだという。
そしてカップルになったバタフリーたちは、二匹で海を渡っていく。
「お見合いみたいなものね」
カスミが言う。
「お見合い!」
タケシが勢いよく反応した。
「なんて素晴らしい響きなんだ!」
「バタフリーのお見合いだからね」
「分かっている!」
「本当に?」
サトシは苦笑しながら自分のバタフリーを見る。
「どうする?」
「フリー?」
「気になる相手がいたら、行ってみればいいよ」
「フ、フリー」
少し照れたように羽を動かす。
「ピカピカ」
ピカチュウが楽しそうに笑った。
やがてサトシたちは、バタフリーたちの様子を見るために用意された気球へ乗せてもらうことになった。
気球がゆっくりと空へ上がる。
「うわ……」
サトシは思わず声を漏らした。
青い空いっぱいに、無数のバタフリーが舞っていた。
それぞれが相手を探し、二匹で並んで飛んでは離れ、また別のバタフリーへ近づいていく。
「綺麗ね……」
カスミも見入っている。
「フリー……」
サトシのバタフリーも夢中になって周囲を見回していた。
やがて――。
「フ……」
その動きが止まる。
「ん?」
サトシが視線を追った。
少し離れたところを、一匹のバタフリーが飛んでいる。
鮮やかなピンク色。
群れの中でもひときわ目立つバタフリーだった。
「フリー……」
サトシのバタフリーが完全に見入っている。
「もしかして」
サトシが笑う。
「あの子?」
「フリッ!?」
バタフリーが勢いよく振り返った。
「ピカピカ!」
ピカチュウが笑う。
「分かりやすいわね」
カスミも口元を緩めた。
「フ、フリー!」
バタフリーが慌てている。
「いいじゃん」
サトシは笑いながら言った。
「行ってこいよ」
「フリー……」
ピンクのバタフリーを見る。
そして意を決したように、
「フリー!」
飛び立った。
◇
サトシのバタフリーはピンクのバタフリーへ近づいた。
「フリー!」
「フリー?」
振り返ったピンクのバタフリーへ、必死に羽を広げて自分をアピールする。
「フ、フリー!」
しかし。
「フリー」
ぷいっ。
ピンクのバタフリーは顔を背けてしまった。
「…………フリー」
サトシのバタフリーの羽が目に見えて下がる。
「振られた……」
カスミが呟く。
「まだ一回だよ」
サトシはすぐに返した。
「そうよ!」
カスミも身を乗り出す。
「バタフリー! 一回くらいで諦めちゃ駄目!」
「フリー……」
「恋とは!」
タケシが立ち上がった。
「己の心を恐れず相手へぶつけ――」
「タケシはちょっと待って」
サトシが止める。
「なぜだ!?」
「タケシの恋愛指南で大丈夫なのかなって」
「何を言う! 俺には豊富な経験がある!」
「成功した経験は?」
「…………」
「ピカ」
ピカチュウがそっと目を逸らした。
「ピカチュウまで!?」
◇
その後もバタフリーは何度かピンクのバタフリーへ近づいた。
一緒に飛ぼうと誘ったり、得意な飛び方を見せたり。
それでも、なかなか振り向いてもらえない。
しばらくして。
バタフリーは一匹で木の枝に止まっていた。
「フリー……」
サトシが歩いてくる。
隣にはピカチュウ。
「落ち込んでる?」
「フリー……」
サトシは木の根元へ腰を下ろした。
すぐに励ましたりはしない。
しばらく一緒に海を眺める。
「キャタピーだった頃もさ」
「フリー?」
「結構、頑張ってたよな」
バタフリーがサトシを見る。
「小さい身体で戦って、トランセルになって。それからバタフリーになって」
「フリー……」
「俺は、お前が頑張れるやつだって知ってる」
サトシは笑った。
「だから、本当にあの子が好きなら、もう一回行ってみればいい」
「フリー」
「それでも駄目だったら、その時はその時だよ」
バタフリーの触角が僅かに動く。
「何もしないまま諦めるより、その方がいいだろ?」
「ピカ!」
ピカチュウも笑顔で頷く。
バタフリーはもう一度、ピンクのバタフリーを見た。
「フリー……」
そして。
「フリー!」
力強く羽ばたいた。
「行ってこい!」
◇
今度のバタフリーは、無理に格好をつけなかった。
ピンクのバタフリーの隣へ並び、ただ一緒に飛ぶ。
「フリー!」
「フリー……」
ピンクのバタフリーも、先ほどまでとは違ってサトシのバタフリーを気にしていた。
少しずつ距離が縮まる。
「いい感じじゃない?」
カスミが笑う。
「頑張れよ」
サトシも二匹を見守った。
その時だった。
空が突然暗くなる。
「ん?」
巨大な網が、上空から降ってきた。
「フリー!?」
「バタフリー!」
群れが一斉に逃げようとする。
だが、網はあまりにも大きかった。
何十匹ものバタフリーがまとめて捕まってしまう。
その中には――。
「ピンクのバタフリーも!」
カスミが叫ぶ。
サトシのバタフリーだけは、寸前で網の外へ逃れていた。
「フリー!」
網へ向かって飛ぼうとする。
「バタフリー!」
サトシが空を見上げる。
聞き慣れた笑い声が響いた。
「ホーッホッホッホ!」
「大量ゲットよ!」
「これだけいれば大儲け間違いなし!」
「全部いただきニャ!」
「……やっぱりお前らか!」
気球の上には、ムサシ、コジロウ、ニャース。
「また会ったわね、ジャリボーイ!」
「今回は大漁だ!」
「逃げるニャー!」
捕まったバタフリーたちが運ばれていく。
「フリー!」
サトシのバタフリーが追いかけた。
「行くぞ!」
サトシも走り出す。
「ピカ!」
カスミとタケシも続いた。
◇
ロケット団の気球が海岸沿いを進む。
その後ろを、バタフリーが必死に追っていた。
「フリー!」
「しつこいわね!」
ムサシが振り返る。
「追い払っちゃいなさい!」
機械からアームが伸びる。
「フリー!」
バタフリーが身体を傾けて避けた。
一本。
二本。
続けて迫るアームをかわしながら、少しずつ気球との距離を縮める。
「バタフリー!」
地上を走るサトシが呼ぶ。
「フリー!」
返事は力強い。
網の中にはピンクのバタフリーがいる。
サトシはその姿を見て笑った。
「……止めても行くよな」
「サトシ?」
「だったら俺たちが援護する!」
モンスターボールを投げる。
「ピジョン!」
白い光が空へ飛ぶ。
「ピジョン!」
「バタフリーを援護して!」
「ピジョン!」
ピジョンが翼を広げた。
海から吹きつける風を捉え、一気に高度を上げる。
速い。
最近ますます力を増している翼が、力強く空気を掴む。
「『たつまき』!」
「ピジョォォン!」
渦巻く風がロケット団の気球を横から襲った。
「うわぁぁぁ!」
「揺れる!」
「何とかするニャ!」
気球が大きく傾く。
「今だ!」
「フリー!」
バタフリーが一気に接近した。
『いとをはく』。
白い糸が機械へ絡みつく。
「何!?」
バタフリーが身体を捻り、糸を強く引く。
機械の向きがずれた。
「この!」
ムサシが網を守ろうとする。
「バタフリー!」
サトシが叫ぶ。
「『かぜおこし』!」
「フリィィィ!」
強烈な風が気球を襲う。
「きゃあああ!」
「飛ばされる!」
「踏ん張るニャ!」
バタフリーはさらに近づく。
網の中。
ピンクのバタフリーと目が合った。
「フリー!」
「フリー……!」
その瞬間。
別のアームがバタフリーへ迫った。
「危ない!」
それでもバタフリーは逃げなかった。
ピンクのバタフリーの前へ飛び込む。
アームを紙一重でかわし、そのまま羽を大きく広げる。
「今だ!」
「フリー!」
『しびれごな』。
大量の粉がロケット団へ降り注いだ。
「うわっ!」
「身体が!」
「痺れるニャー!」
三人の動きが鈍る。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
「『10まんボルト』!」
「ピィィカァァァ――チュウッ!」
強烈な電撃が気球の機械部分へ直撃した。
爆発。
「やな感じぃぃぃ!」
ロケット団が空の彼方へ飛んでいった。
切り離された網が落下する。
「ピジョン!」
ピジョンが風を送り、落下の勢いを弱める。
「フシギダネ!」
「ダネ!」
『つるのムチ』が伸び、網を地上へ引き寄せた。
「よし!」
サトシたちが網を開く。
「フリー!」
「フリー!」
捕まっていたバタフリーたちが次々と空へ飛び出した。
そして最後に。
ピンクのバタフリーが姿を現す。
「フリー……」
その前に、サトシのバタフリーが降り立った。
「フリー?」
ピンクのバタフリーがゆっくり近づく。
二匹の触角が、そっと触れ合った。
「フリー……」
「フリー!」
サトシのバタフリーが嬉しそうに羽ばたく。
二匹は一緒に空へ舞い上がった。
並んで飛び。
少し離れ。
また近づく。
今度はピンクのバタフリーの方から、サトシのバタフリーへ寄っていった。
「やったじゃない!」
カスミが笑う。
「恋が実ったな!」
タケシも嬉しそうだ。
サトシは空へ向かって大きく手を振った。
「よかったな、バタフリー!」
「フリー!」
バタフリーの嬉しそうな声が、青空へ響いた。
◇
夕暮れ。
海が赤く染まり始めていた。
カップルになったバタフリーたちが、次々と海の向こうへ飛び立っていく。
二匹で並び、時には触角を寄せ合いながら、夕焼けの空を遠ざかっていった。
サトシたちは静かにその光景を眺めていた。
少し離れた場所には、サトシのバタフリーとピンクのバタフリーが並んでいる。
「そろそろね」
カスミが小さく呟いた。
サトシは答えなかった。
前世で見た物語なら、この先でバタフリーとの別れが待っていた。
けれど今は、知っていた物語の続きを見ているような気持ちはなかった。
目の前にいるのは、自分が捕まえ、自分と一緒に旅をしてきたバタフリーだ。
サトシは二匹の前まで歩いていった。
「バタフリー」
「フリー?」
「その子と一緒に行きたいんだろ?」
バタフリーはピンクのバタフリーを見る。
ピンクのバタフリーも見つめ返す。
少しして。
「フリー」
バタフリーが頷いた。
サトシも頷き返した。
「そっか」
胸の奥に、思っていた以上の寂しさが広がった。
それでも笑う。
「じゃあ、行ってこい」
「フリー……」
「そんな顔するなよ」
サトシはバタフリーの頭を優しく撫でた。
「好きな子と一緒にいたいんだろ?」
「フリー」
「だったら、それでいい」
ピカチュウもサトシの肩から降りた。
「ピカ」
「フリー……」
ピカチュウが前足を上げる。
バタフリーが触角を伸ばした。
ちょん、と触れ合う。
「ピカ!」
「フリー!」
カスミとタケシも近づいた。
「元気でね、バタフリー」
「いい相手を見つけたな」
「フリー!」
サトシは残りの仲間たちも外へ出した。
「みんなも挨拶しよう」
「ピジョン!」
「ダネ!」
「カゲ!」
「ゼニ!」
バタフリーは一匹ずつ仲間たちのところへ飛んでいく。
フシギダネとは触角と蔓を軽く合わせ。
ヒトカゲとは額を寄せ。
ゼニガメには羽をぱたぱたと叩かれ。
最後にピジョンと並んで、短い距離を一緒に飛んだ。
「ピジョン!」
「フリー!」
二匹が地上へ戻ってくる。
その姿を見ていると、これまでのことが自然と思い出された。
初めて会った時は、小さなキャタピーだった。
一生懸命戦い、トランセルへ進化した。
そして危険の中で殻を破り、バタフリーになった。
ニビでも。
ハナダでも。
その後の旅でも。
ずっと一緒だった。
「……早いな」
サトシが呟く。
「ピカ?」
「キャタピーを捕まえたの、つい最近みたいな気がする」
「フリー……」
バタフリーがサトシを見上げた。
「本当は」
少しだけ言葉が止まる。
「もっと一緒に旅したいよ」
「フリー……」
「でも、それは俺の気持ちだから」
バタフリーが大切な相手を見つけた。
なら、自分の寂しさだけで引き止めたくない。
「行ってこい、バタフリー」
「フリー……!」
「幸せにな」
バタフリーの目に涙が浮かんだ。
サトシも目の奥が熱くなる。
それでも最後まで笑った。
「バイバイ、バタフリー」
「フリィィィ!」
バタフリーが大きく羽ばたいた。
ピンクのバタフリーも続く。
二匹が空へ上がっていく。
「バタフリー!」
サトシは大きく手を振った。
「元気でなー!」
「ピカピカー!」
「元気でねー!」
「またな!」
ポケモンたちも声を上げる。
二匹は夕焼けの空を飛んでいく。
少しずつ。
少しずつ小さくなっていく。
サトシは手を振り続けた。
寂しい。
けれど、バタフリーが幸せなら、それでいい。
「……またな」
小さく呟いた。
その時だった。
遠ざかっていた二つの影のうち、一つが止まった。
「……ん?」
空で旋回する。
そして――。
こちらへ向かってきた。
「フリー!」
「バタフリー?」
サトシが目を見開く。
戻ってきたバタフリーは速度を落とさない。
「お、おい!」
そのままサトシの胸へ飛び込んだ。
「うわっ!」
サトシはよろけながら受け止める。
「どうしたんだ?」
「フリー! フリー!」
バタフリーが何度もサトシへ頬を寄せた。
「バタフリー……?」
遅れて、ピンクのバタフリーも戻ってくる。
サトシのバタフリーの隣へ降り立った。
二匹は寄り添う。
けれどバタフリーは、もう一度サトシを見る。
ピカチュウを見る。
仲間たちを見る。
そしてピンクのバタフリーを見る。
「フリー……」
その様子を見ていたカスミが微笑んだ。
「もしかして、どっちとも離れたくないんじゃない?」
サトシはバタフリーを見る。
「この子とは一緒にいたい」
「フリー」
「でも、俺たちとも別れたくない?」
「フリー……」
小さく頷いた。
「そっか」
大切な相手ができたからといって、それまで大切だったものが消えるわけじゃない。
サトシはバタフリーを撫でながら考える。
二匹で一緒にいられて。
それでも、自分たちとの繋がりを残せる場所。
一つの場所が頭に浮かんだ。
「あ」
「何か思いついた?」
タケシが尋ねる。
「うん」
サトシは立ち上がる。
「オーキド博士に相談してみる」
◇
近くのポケモンセンター。
通信画面に、オーキド博士の顔が映った。
『おお、サトシ。どうした?』
「オーキド博士、ちょっと相談があるんだ」
『ほう?』
サトシは事情を説明した。
バタフリーがパートナーを見つけたこと。
そのピンクのバタフリーは野生であること。
一度は二匹で海の向こうへ旅立とうとしたこと。
それでも、自分のバタフリーが戻ってきたこと。
オーキド博士は最後まで黙って聞いていた。
『なるほどのう』
「それでさ」
サトシは傍らにいる二匹を見る。
「研究所で二匹一緒に暮らせないかな?」
『もちろん構わんぞ』
「本当?」
『うむ。研究所にはポケモンたちが自由に過ごせる場所が十分にある。バタフリー二匹が増えたところで問題はない』
サトシの顔が明るくなる。
『そのピンクのバタフリーも、自分から来たいというのなら歓迎しよう。捕まえる必要もないぞ』
「うん。俺も捕まえるつもりはない」
サトシはピンクのバタフリーへ目を向ける。
「この子は俺のポケモンじゃないから」
『うむ』
そこでタケシが通信画面へ顔を向けた。
「でも博士、問題が一つあります」
『なんじゃ?』
「ピンクのバタフリーは野生です。モンスターボールで転送できません」
『そうじゃな』
オーキド博士も頷く。
『サトシのバタフリーだけを転送してしまっては、せっかく一緒になった二匹を離すことになる』
「それは嫌だな」
サトシがすぐに答える。
「フリー!」
バタフリーも同意するように鳴いた。
オーキド博士は少し考える。
『なら、二匹ともこちらまで普通に移動してもらえばよい』
「普通に?」
『この近くにも研究所と付き合いのある者がおる。事情を説明して、二匹を安全に運べるよう手配しよう』
「それなら一緒に行ける!」
『ただし』
博士がサトシを見る。
『お前のバタフリーのモンスターボールはどうする?』
「あ」
サトシは腰へ手を伸ばした。
そこには、バタフリーのモンスターボールがある。
バタフリー本人が外にいる以上、中は空だ。
「これも一緒に持っていってもらう?」
『それでも構わんが、紛失しては困るからの。ボールだけ先にこちらへ転送しておく方が確実じゃろう』
「なるほど」
サトシはバタフリーを見る。
「お前のボールだけ、先に博士のところへ送ってもいい?」
「フリー!」
迷いなく頷く。
「じゃあ、お願いします」
『任せておけ』
サトシは空のモンスターボールを転送装置へ置いた。
操作すると、装置が光を放つ。
次の瞬間。
モンスターボールが光に包まれ、オーキド研究所へ転送された。
『よし。届いたぞ』
画面の向こうで、オーキド博士がボールを手に取る。
『これはわしが預かっておこう』
「お願いします」
これなら、バタフリー本人はピンクのバタフリーと離れずに済む。
研究所へ到着すれば、そこには自分のモンスターボールもある。
『迎えについてはこちらで手配しておく。少し待っておれ』
「ありがとう、博士!」
『なに。バタフリーの新しい門出じゃからな』
通信が切れる。
サトシは二匹の前へ戻った。
「聞いてた?」
「フリー!」
「研究所なら、二匹で一緒に暮らせる」
サトシは自分のバタフリーを見る。
「お前は俺のポケモンのまま。旅からはいったん離れるけど、研究所に行けば会えるし、また一緒に旅したくなったら戻ってくればいい」
「フリー……!」
嬉しそうに羽ばたく。
今度はピンクのバタフリーへ。
「君も、バタフリーと一緒に来たいなら歓迎するって」
「フリー?」
「捕まえたりしない。研究所に行っても、君は野生のままだよ」
ピンクのバタフリーはサトシを見る。
それから隣のバタフリーを見る。
「フリー」
サトシのバタフリーが触角を寄せる。
ピンクのバタフリーも触角を重ねた。
しばらくして。
「フリー!」
ピンクのバタフリーが頷いた。
「決まりだな」
「ピカピカ!」
◇
翌日。
オーキド博士が手配してくれた迎えがやって来た。
野生のポケモンも安全に移動できるように用意された広いスペースがあり、二匹のバタフリーが一緒に過ごせるようになっている。
サトシはその前に立っていた。
バタフリーのモンスターボールは、すでにオーキド博士のところにある。
だから今ここにいるバタフリーが研究所へ着けば、正式に研究所で預かってもらう形になる。
「……いよいよだな」
「フリー」
サトシはバタフリーの前へしゃがむ。
さっき一度、本気で別れを告げた。
だから今度は、あの時ほど胸が苦しくはなかった。
それでも寂しいものは寂しい。
「研究所でもちゃんと鍛えておけよ」
「フリー!」
「次に会った時、弱くなってたら特訓だからな」
「フリー!」
「俺たちも負けないから」
「ピカ!」
ピカチュウが前へ出る。
「ピカピカ」
「フリー!」
バタフリーとピカチュウが触れ合う。
フシギダネ。
ヒトカゲ。
ゼニガメ。
そしてピジョンとも、もう一度挨拶を交わした。
「ピジョン!」
「フリー!」
最後にバタフリーがサトシを見る。
サトシは手を差し出した。
「さっきバイバイって言ったばっかりだけど」
「フリー?」
「やっぱり、こっちの方がいいな」
サトシは笑う。
「またな、バタフリー」
「フリィ!」
触角がサトシの手へ触れた。
そのままバタフリーは羽ばたく。
ピンクのバタフリーも隣へ並ぶ。
二匹は一緒に迎えへ向かった。
途中で同時に振り返る。
「フリー!」
「フリー!」
「またなー!」
サトシが大きく手を振る。
「ピカピカー!」
「元気でねー!」
「達者でな!」
二匹を乗せた迎えが、オーキド研究所へ向けて出発していく。
サトシはその姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
今度は「バイバイ」とは言わなかった。
また会えるから。
◇
その夜。
サトシたちは野宿をしていた。
焚き火の前。
サトシは何気なく腰元へ手をやる。
そこにあったはずのバタフリーのモンスターボールは、もうない。
ボールは研究所。
バタフリー本人も、ピンクのバタフリーと一緒にそこへ向かっている。
「……やっぱり、ちょっと変な感じだな」
「ピカ?」
ピカチュウが隣へ座る。
「旅を始めてから、ずっと一緒だったから」
「ピカ」
サトシは小さく笑った。
「でも、大丈夫」
夜空を見上げる。
「今度は本当に、また会える」
「ピカ!」
少し離れた場所。
夜風を受けながら、ピジョンが翼を広げていた。
「ピジョン!」
大きく羽ばたく。
風を捉えた身体が、ふわりと浮き上がった。
着地すると、すぐにもう一度翼を広げる。
サトシはその姿をじっと見つめた。
最近のピジョンは、明らかに変わってきている。
翼の力。
飛ぶ速さ。
風を捉える感覚。
どれも旅立った頃とは比べものにならない。
「……お前も強くなったな」
「ピジョン!」
力強い声が返ってくる。
「まだ足りない?」
「ピジョン!」
迷いのない返事。
サトシは笑った。
「そっか」
バタフリーは、自分にとって大切な相手を見つけた。
そして、自分でこれからの過ごし方を選んだ。
サトシたちの旅も、まだ続いていく。
新しい出会いもある。
今いる仲間たちも、まだまだ強くなる。
そしていつか。
再びバタフリーを呼ぶ日が来た時。
「驚かせてやろうな」
「ピカ!」
「ピジョン!」
夜空の下。
ピジョンが大きく翼を広げる。
吹き抜けた風を受け、その身体が軽々と宙へ舞い上がった。
サトシはその姿を見上げながら、次の旅へ思いを向けた。