ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
ピジョンがピジョットへ進化した翌日。
サトシたちは山を越え、次の町へ続く街道を歩いていた。
昨日まで吹き荒れていた風は嘘のように穏やかで、頭上には青空が広がっている。
そして、その空を――
「ピジョーーーッ!」
ピジョットが気持ちよさそうに飛んでいた。
大きな翼を広げ、ほとんど羽ばたかずに滑空する。
かと思えば翼の角度を僅かに変え、身体を傾けながら急旋回。
「もうだいぶ慣れてきたな」
サトシが空を見上げる。
「ピカ!」
肩のピカチュウも同意するように頷いた。
「昨日進化したばっかりなのにね」
カスミが感心する。
「ピジョンの頃から風を使う飛び方を練習していたからな」
タケシが言った。
「身体は変わっても、それまで身につけた感覚までなくなるわけじゃないんだろう」
「だな」
サトシは笑った。
進化して身体が大きくなり、翼も以前とは比べものにならないほど強くなった。
それでもピジョットは力任せに飛んではいない。
風を読み、風を捉え、それを自分の力へ変える。
昨日の経験がしっかり残っている。
「ピジョッ!」
ピジョットが高度を落とし、サトシたちの頭上を通過する。
ぶわっ!
「きゃっ!」
「うおっ!」
カスミとタケシの服が大きく揺れた。
サトシは帽子を押さえる。
「またやったな!」
「ピジョーーーッ!」
楽しそうな声を残して、ピジョットが再び空へ上がった。
「……進化してから悪戯まで派手になってない?」
「気のせいじゃないと思う」
サトシが苦笑する。
「ピカピカ」
ピカチュウも笑っていた。
そのまましばらく歩いていると、森の中に開けた場所が見えてきた。
近くには川が流れ、周囲には大きな岩や木々もある。
タケシが足を止めた。
「ここ、いいんじゃないか?」
「何が?」
「昨日はピジョットのことで一日使っただろ。今日は少しゆっくりして、みんなの状態を見てもいいと思ってな」
サトシは周囲を見る。
十分な広さがある。
水場もある。
周囲に人の姿もない。
少し考え――笑った。
「それなら、今日は特訓日にしよう!」
「ピカ!」
ピカチュウの耳が立った。
「結局休まないのね……」
カスミが呆れる。
「休憩しながらやるよ」
「その言葉、信用できないんだけど」
◇
「みんな、出てきて!」
サトシがモンスターボールを投げる。
光とともに現れたのは、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ。
そして空からピジョットが降りてくる。
「ダネ!」
「カゲ!」
「ゼニゼニ!」
「ピジョッ!」
ピカチュウもサトシの肩から飛び降りた。
五匹が揃う。
少し前までなら、ここにはバタフリーもいた。
けれど今は、オーキド研究所へ向かい、新しい生活を始めている。
サトシは五匹を見渡した。
「今日は、それぞれ別の特訓をする」
「ピカ?」
「新しい技に挑戦するやつもいるし、今ある技をもっと強くするやつもいる」
ヒトカゲが尻尾の炎を揺らす。
ゼニガメもサングラスを押し上げた。
「まずはピカチュウ」
「ピカ!」
前へ出る。
「『10まんボルト』、かなり安定してきただろ?」
「ピカチュウ!」
最初に使えるようになった頃とは違う。
今ではバトル中でも十分に使える技になっている。
「だから次は、もっと上」
サトシが空を指さした。
「『かみなり』をやってみよう」
「ピカ……!」
ピカチュウの目が輝いた。
『かみなり』。
ピカチュウが今まで使ってきた電気技より、さらに強烈な一撃。
もちろん簡単な技ではない。
「最初から完成させようとしなくていい。まずは『10まんボルト』より大きな電気を扱えるようになるところからだ」
「ピカ!」
次にピジョット。
「お前は昨日、風をかなり上手く扱えるようになった」
「ピジョッ!」
「だから今度は、風を飛ばすだけじゃなくて――」
サトシは近くに落ちていた葉を拾った。
指で摘まみ、縦に立てる。
「こんな感じに、薄く、鋭くする」
「ピジョット?」
「『エアスラッシュ』だ」
ピジョットが葉を見る。
そして自分の翼を見る。
「ピジョーーーッ!」
やる気十分らしい。
「フシギダネ」
「ダネ!」
「お前は『どくどく』」
「ダネ?」
「毒を一気に撒くんじゃなくて、狙ったところへしっかり当てる。まずはそこからだ」
「ダネ!」
「ゼニガメは『みずのはどう』」
「ゼニ!」
ゼニガメが勢いよく前へ出る。
「『みずでっぽう』みたいに水をそのまま飛ばすんじゃない。水を一か所に集めて、塊にしてぶつける」
「ゼニゼニ!」
最後にヒトカゲ。
「ヒトカゲは今日は新しい技じゃない」
「カゲ?」
「今ある技をもっと磨こう」
サトシが笑う。
「新しい技を覚えるだけが強くなる方法じゃないからな」
「カゲ!」
ヒトカゲも嬉しそうに頷いた。
「よし!」
サトシが手を叩く。
「始めよう!」
◇
最初はピカチュウ。
少し離れた岩場を使う。
「まず『10まんボルト』!」
「ピカ――チュウッ!」
黄色い電撃が岩へ直撃した。
轟音とともに岩の表面が砕ける。
「相変わらずすごいわね……」
カスミが言う。
「でも、これより上を狙うんでしょ?」
「うん」
サトシはピカチュウを見る。
「ピカチュウ。今度はすぐ撃たなくていい」
「ピカ?」
「もっと大きな電気を作ってみよう」
ピカチュウが目を閉じた。
頬袋から小さな火花。
ばちっ。
ばちばちっ。
「ピカ……!」
電気が身体を包み始める。
普段の『10まんボルト』より強く。
さらに――
「ピカ……チュ……!」
ばちばちばちばちっ!
周囲の空気まで震え始める。
「かなり溜まってるぞ」
タケシが表情を変えた。
「ピカァァ……!」
電気が膨れ上がる。
その瞬間。
「ピカ!?」
ばちん!
電撃が四方へ弾けた。
地面へ細い電撃が何本も走る。
「ピカァ……」
ピカチュウが座り込んだ。
「大丈夫?」
サトシが駆け寄る。
「ピカ……!」
ピカチュウは立ち上がる。
「もう一回?」
「ピカ!」
「よし。でも次は少し電気を減らそう」
それから何度も繰り返した。
大量の電気を作ろうとすると散る。
抑えすぎれば、強い『10まんボルト』とほとんど変わらない。
そして数回目。
「ピカ……!」
全身を強烈な電気が包む。
今までより大きい。
だが先ほどほど暴れていない。
「そのまま!」
「ピカァァァ――チュウッ!」
轟音。
凄まじい電撃が放たれた。
岩場へ直撃。
どおん!
土煙が上がる。
「すごっ……!」
カスミが目を見開いた。
煙が晴れる。
標的の岩は大きく砕けていた。
だが。
「ピカァ……」
ピカチュウはその場へ座り込んだ。
「一発でこれか」
タケシが言う。
サトシはピカチュウの隣へしゃがんだ。
「威力は十分。でも溜めるのに時間がかかるし、撃った後の消耗も大きすぎる」
「ピカ……」
「だから、まだ完成じゃない」
ピカチュウが岩を見る。
そして。
「ピカ!」
力強く頷いた。
『かみなり』。
形にはなった。
だが、実戦で自由に使える技になるには、まだ遠かった。
◇
「ピジョット、次はこっち!」
「ピジョーーーッ!」
空へ舞い上がるピジョット。
サトシは少し離れた木を指さした。
「まず風を集めてみよう!」
「ピジョーーーッ!」
大きな翼が動く。
ごおっ!
風が巻き起こり、木の葉が空へ舞った。
「そこからもっと薄く!」
ピジョットが翼を振る。
風が収束していく。
だが――
ぼふっ!
「うわっ!」
圧縮しかけた風が途中で弾けた。
「ピジョ……」
「惜しい」
サトシは飛んできた葉を掴んだ。
「力は十分なんだ。広がってるだけ」
「ピジョット」
「昨日やったのと同じだよ。風と喧嘩しない」
ピジョットが静かに翼を開く。
再び上昇。
今度は強く羽ばたかない。
周囲の風を感じる。
翼を傾ける。
そして――
「ピジョッ!」
翼を鋭く振り抜く。
シュッ!
細い風が飛んだ。
木の葉が数枚、宙で切れる。
「おっ!」
サトシの目が輝く。
「今の!」
「ピジョッ!?」
ピジョット自身も驚いている。
「もう一回!」
「ピジョーーーッ!」
翼を振る。
シュッ!
今度は風が途中で崩れた。
葉が揺れるだけ。
「ピジョ……」
その後も繰り返した。
成功することもある。
だが、十回やって二、三回。
しかも刃の大きさも軌道も安定しない。
「今日はここまでだな」
「ピジョ?」
「形はできた。でも、まだバトルで技として任せられるほどじゃない」
「ピジョッ!」
悔しそうではある。
だが落ち込んではいない。
むしろ次の特訓を楽しみにしている顔だった。
『エアスラッシュ』。
こちらも習得までは、あと一歩。
◇
「ダネ!」
フシギダネが地面へ向かって構える。
少し先には、大きな葉を使った標的が三つ。
「まず真ん中!」
「ダネ!」
紫色の液体が飛ぶ。
ぴちゃっ。
葉の横へ落ちた。
「ダネ……」
「最初だからな」
タケシが観察する。
「毒そのものは出せてる。あとは狙いだ」
「もう一回」
「ダネ!」
再び飛ばす。
ぴちゃっ!
今度は葉の端。
「当たった!」
カスミが声を上げる。
フシギダネはすぐに次を撃つ。
外れる。
もう一度。
命中。
さらにもう一度。
中央。
「ダネ!」
「いいぞ!」
次は距離を伸ばす。
その次は標的を小さくする。
さらにサトシが木の枝から葉を吊るし、揺れる標的に変えた。
「動いてる相手だと思って!」
「ダネ!」
狙う。
一発目。
外れ。
二発目。
葉の端。
三発目。
「ダネ!」
ぴしゃっ!
中央へ命中した。
「よし!」
サトシが笑う。
午後まで繰り返す頃には、止まった標的ならほとんど外さない。
動く標的にも十分狙える。
毒の量も最初より安定している。
「フシギダネ」
「ダネ?」
「最後。あれ」
サトシが少し遠くの揺れる葉を指す。
風で左右へ動いている。
フシギダネが狙う。
じっと動きを見る。
そして。
「ダネ!」
紫色の液体が飛ぶ。
葉が右へ揺れ――
ぴしゃっ!
中央。
「やった!」
「ダネダネ!」
フシギダネが嬉しそうに跳ねる。
タケシも頷いた。
「これなら実戦でも使えるな」
「ああ」
サトシも頷く。
「『どくどく』、習得だ!」
「ダネ!」
フシギダネが新たに『どくどく』を覚えた。
ただ当てられるだけではない。
動く相手にも狙える。
まだこれから精度を磨く余地はある。
それでも、バトルで使える一つの技として形になっていた。
◇
川辺ではゼニガメが苦戦していた。
「ゼニ……!」
口元へ水が集まる。
球状になりかけ――
ばしゃっ!
顔へ弾けた。
「……ゼニ」
サングラスから水が滴る。
「ぷっ」
カスミが吹き出す。
「ゼニ!?」
「ご、ごめん!」
「ピカピカ!」
ピカチュウまで笑う。
「ゼニ!」
ゼニガメはサングラスを直し、もう一度構えた。
「水を出し続けるんじゃない」
サトシが言う。
「一度まとめる。丸くして、その形のまま飛ばす」
「ゼニ……!」
水が集まる。
今度は小さな球体になった。
震える。
「そのまま!」
「ゼニ!」
発射。
途中で崩れた。
「もう一回!」
「ゼニ!」
三回。
四回。
五回。
水の塊は少しずつ安定していく。
そして。
「ゼニ……!」
口元へ水が集まる。
今までで最も綺麗な球体。
水が内部で回転している。
「それだ!」
「ゼニガメ!」
発射。
水の球が一直線に飛ぶ。
どんっ!
岩へ激突。
水が弾け、岩が大きく揺れた。
「ゼニ!」
「成功!」
だがサトシはすぐ次の標的を指した。
「もう一回できる?」
「ゼニ!」
再び水を集める。
少し時間はかかった。
それでも。
「ゼニガメ!」
どんっ!
二発目も命中。
三発目。
今度は少し形が崩れたものの、岩まで届く。
「よし!」
サトシが拳を握る。
「『みずのはどう』、これなら使える!」
「ゼニゼニ!」
ゼニガメが得意げにサングラスを押し上げる。
習得成功。
ただし『みずでっぽう』ほど素早くは出せない。
水を集める時間も必要になる。
それでも威力は明らかに上。
実戦で使いながら磨いていける段階まで到達した。
◇
そしてヒトカゲ。
「『かえんほうしゃ』!」
「カゲェェ!」
炎が一直線に伸びる。
標的の岩へ命中。
ごおっ!
「次、『えんまく』!」
「カゲ!」
黒煙が広がる。
「移動!」
ヒトカゲが煙の中を走る。
姿が消える。
次の瞬間。
煙の左から――
いや。
フェイント。
右から飛び出した。
「『きりさく』!」
「カゲ!」
ざんっ!
木製の標的を爪が切り裂く。
「そのまま離れろ!」
「カゲ!」
後ろへ跳ぶ。
着地と同時に身体を捻る。
「『かえんほうしゃ』!」
「カゲェェ!」
炎が標的へ直撃した。
「いい!」
サトシが笑う。
新しい技はない。
だからこそ、一つ一つを磨く。
『かえんほうしゃ』は撃ち始めを速く。
『えんまく』は広げ方を調整。
『きりさく』は踏み込みから命中までを短く。
さらに、それらを繋ぐ。
煙で姿を隠す。
相手の側面へ回る。
接近して『きりさく』。
離れた瞬間に『かえんほうしゃ』。
何度も繰り返すうち、サトシが指示を出すより早くヒトカゲ自身が次の動きへ入るようになった。
「カゲ!」
『えんまく』。
煙。
駆ける。
相手の正面には出ない。
横へ。
「カゲ!」
『きりさく』。
その勢いで地面を蹴る。
距離を取る。
「カゲェェ!」
『かえんほうしゃ』。
標的へ命中。
「おお!」
サトシが声を上げた。
今の一連の動き。
ほとんど指示していない。
「自分で繋げたな!」
「カゲ!」
ヒトカゲが嬉しそうに胸を張った。
新しい技は覚えていない。
それでも今日、一番実戦的に強くなったのはヒトカゲかもしれなかった。
◇
夕方。
「今日はここまで!」
サトシの声が響いた。
「ピカァ……」
ピカチュウが地面へ座り込む。
「ピジョ……」
ピジョットも翼を休めている。
「ゼニィ……」
ゼニガメは仰向けになった。
「カゲ……」
ヒトカゲも座って息を整える。
「ダネ……」
フシギダネもその場へ腰を下ろす。
「だから言ったでしょ」
カスミが呆れる。
「休憩しながらやるって言ってたの誰よ」
「ちゃんと休憩したよ?」
「三回だけね」
「十分じゃない?」
「少ない!」
タケシが料理を準備しながら笑っている。
「まあ、全員かなり収穫はあったみたいだな」
「ああ」
サトシは五匹を見る。
ピカチュウ。
『かみなり』は一度だけ大技として形になった。
威力だけなら申し分ない。
だが溜めが長く、消耗も激しく、まだ実戦で気軽に使える技ではない。
習得途中。
ピジョット。
『エアスラッシュ』の風の刃を作ることには成功。
だが成功率も軌道もまだ不安定。
習得途中。
フシギダネ。
『どくどく』を狙った場所へ安定して飛ばせるようになった。
動く標的にも対応できる。
習得成功。
ゼニガメ。
『みずのはどう』を連続して作ることに成功。
まだ『みずでっぽう』より発動は遅いものの、バトルで使える。
習得成功。
そしてヒトカゲ。
新技はない。
その代わり、今持っている技と動きの繋がりが一段上がった。
「みんな、よく頑張った!」
「ピカ!」
「ピジョッ!」
「ダネ!」
「カゲ!」
「ゼニ!」
◇
夕食を終えた頃。
ピジョットが翼を広げた。
「ピジョーーーッ!」
夕暮れの空へ舞い上がる。
まだ『エアスラッシュ』は完成していない。
それでも新しい翼を自在に動かし、空高く飛んでいく。
「ダネ……」
その姿をフシギダネが見つめていた。
やがて静かに立ち上がる。
「ダネ!」
『つるのムチ』。
二本の蔓が伸びる。
近くに落ちていた二つの木の実を同時に掴み、持ち上げた。
「まだやるの?」
サトシが尋ねる。
「ダネ!」
「そっか」
それ以上は言わなかった。
フシギダネが自分から始めたことだ。
右。
左。
高さを変える。
二本の蔓を別々に動かす。
片方を放し、別の木の実を掴む。
失敗すれば、もう一度。
成功すれば、少し速く。
サトシは指示しない。
ただ見守る。
「ピカ?」
ピカチュウが隣へ来た。
「うん」
サトシは小さく笑った。
「まだ強くなりたいみたいだ」
「ピカ」
しばらくして。
「ダネ……」
フシギダネが蔓を戻した。
さすがに疲れたらしい。
サトシの隣まで歩いてくると、静かに座った。
「お疲れ」
「ダネ」
頭を撫でる。
フシギダネは目を細めた。
だが、その視線はすぐ空へ戻る。
「ピージョーーーッ!」
高い空からピジョットの声が響いた。
「ダネ……」
フシギダネはじっとその姿を見つめる。
今日。
新しく『どくどく』を身につけた。
昨日は、仲間だったピジョンがピジョットへ進化した。
旅に出てから、自分も何度も戦った。
仲間を助けた。
守った。
そして、まだ知らない強さがあることも知った。
「ダネ……!」
フシギダネの赤い瞳に夕陽が映る。
サトシは何も言わない。
何を望んでいるのか。
これからどうなりたいのか。
それを決めるのは、フシギダネ自身だから。
夕暮れの中。
フシギダネは大空を飛ぶピジョットを、いつまでも見つめていた。