ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
朝。
昨日の特訓場所を出発したサトシたちは、森を抜けて街道を進んでいた。
「ピカピカ!」
サトシの肩では、ピカチュウがいつも通り元気よく尻尾を揺らしている。
昨日は『かみなり』の練習でかなり消耗していたものの、一晩しっかり休んだことで疲れはほとんど残っていない。
頭上ではピジョットが大きな翼を広げていた。
「ピージョーーーッ!」
昨日練習を始めた『エアスラッシュ』はまだ未完成。
それでも、進化した身体には少しずつ馴染んできている。
「昨日あれだけ特訓したのに、みんな元気ね」
カスミが呆れたように空を見上げた。
「元気なのはいいことだろ?」
「限度ってものがあるのよ」
「ピカ?」
「ピカチュウも他人事みたいな顔しない!」
「ピカピカ」
サトシが笑っていると、先を歩いていたタケシが足を止めた。
「見えてきたぞ」
森の向こう。
大きな街が姿を現していた。
高い建物が立ち並び、人の往来も多い。
サトシは目を細める。
「ヤマブキシティ……」
その名前を口にした瞬間、前世の記憶が自然と繋がった。
そして同時に、この街で待つ相手も思い出す。
ナツメ。
エスパータイプの使い手。
そして――ケーシィとユンゲラー。
(ここか)
「サトシ?」
カスミに呼ばれ、サトシは視線を戻した。
「なんでもない」
そして笑う。
「行こう。四つ目のバッジだ」
「ピカ!」
◇
ヤマブキシティへ入ったサトシたちは、ポケモンセンターで休憩を取ったあと、そのままジムへ向かった。
建物の前に立ち、カスミが見上げる。
「なんか……普通のジムと雰囲気違わない?」
「確かにな」
タケシも表情を引き締めた。
サトシは黙って扉を見る。
危険なのは知っている。
ナツメがただ強いだけのジムリーダーではないことも。
けれど。
「だからって挑戦しない理由にはならない」
「ピカ!」
扉を開く。
中へ足を踏み入れた途端、空気が変わった。
外の喧騒が嘘のように消え、長い廊下の先まで物音一つ聞こえない。
「……ちょっと不気味ね」
カスミが小声になる。
そのとき。
「止まりなさい」
突然、声が響いた。
三人が振り向く。
そこには一人の男が立っていた。
「これ以上進むのはやめた方がいい」
サトシはその男を見る。
覚えている。
ヤマブキジム。
ナツメ。
そして、このあとシオンタウンへ向かうきっかけとなる人物。
「ここのジムリーダーは危険だ」
男は真剣な表情で続けた。
「君たちのために言っている。帰りなさい」
「忠告ありがとうございます」
サトシは素直に頭を下げた。
男が少し意外そうな顔をする。
「でも、俺は挑戦します」
「……なぜだ」
「ジムリーダーが強いからです」
サトシは迷わなかった。
「勝てる相手だけ選んでたら、強くなれないから」
「ピカ!」
男はしばらくサトシを見る。
やがて小さく息を吐いた。
「……そうか」
それ以上は止めなかった。
「なら、気をつけなさい」
「はい」
三人はさらに奥へ進む。
やがて広い部屋へ辿り着いた。
その中央。
一人の少女が座っていた。
腕の中には人形。
そして、そのすぐ近くには小さなポケモンがいる。
ケーシィ。
目を閉じ、眠っているようにしか見えない。
「あなたが挑戦者?」
少女――ナツメが静かに尋ねる。
「マサラタウンのサトシです。ジム戦を申し込みます」
ナツメの表情は変わらない。
「いいわ」
それだけだった。
「勝負は一対一。使用ポケモンは一匹ずつ」
「分かりました」
サトシが一歩前へ出る。
「ピカチュウ」
「ピカ!」
ピカチュウがフィールドへ飛び出した。
ケーシィはまだ眠っている。
「始めるわ」
ナツメの声と同時に、サトシが動く。
「『でんこうせっか』!」
「ピカ!」
白い光を纏い、ピカチュウが一直線に飛び出す。
一瞬で距離が縮まった。
だが。
「テレポート」
ふっ。
ケーシィが消える。
「止まれ!」
「ピカ!」
ピカチュウが即座に踏み止まった。
闇雲には追わない。
「右後ろ!」
「ピカ!」
ケーシィが現れる。
振り向きざま。
「『エレキボール』!」
「ピカチュウ!」
電気の球が飛ぶ。
「テレポート」
再び消える。
エレキボールが空を切った。
「また!?」
カスミが驚く。
「速いな」
タケシが目を細めた。
「でもサトシたちも、もうタイミングを合わせ始めてる」
その通りだった。
サトシはケーシィだけを見ていない。
テレポートする直前の僅かな動き。
消えてから現れるまでの間隔。
ピカチュウとの距離。
一つずつ拾っていく。
「もう一度『でんこうせっか』!」
「ピカ!」
ケーシィへ向かう。
消える。
今度はサトシもすぐには指示しない。
「ピカ……!」
ピカチュウ自身も周囲を見る。
左。
違う。
正面。
違う。
「上!」
「ピカ!」
ケーシィが空中へ現れた。
「『アイアンテール』!」
ピカチュウが地面を蹴る。
「ピカァ!」
銀色の尻尾。
「テレポート」
消える。
だが。
「着地してすぐ後ろ!」
「ピカ!」
地面へ着くと同時に身体を回転。
「『エレキボール』!」
「ピカチュウ!」
ケーシィが出現する。
直後。
どんっ!
「ケー……!」
エレキボールが掠め、ケーシィが弾かれた。
「当てた!」
カスミが声を上げる。
ナツメの目が僅かに細くなった。
「……偶然?」
「だったら、もう一回やります」
サトシが笑う。
「ピカ!」
再開。
ケーシィがテレポート。
ピカチュウが追う。
消える。
現れる。
避ける。
攻める。
何度も繰り返す。
そして少しずつ。
サトシとピカチュウが、そのリズムへ追いついていく。
「『でんこうせっか』!」
「ピカ!」
「テレポート」
消える。
「止まらず右へ!」
ピカチュウが急旋回。
ケーシィが現れる。
「ピカ!」
肩から体当たり。
どんっ!
「ケー!」
今度ははっきり当たった。
ケーシィが床を滑る。
「よし!」
ナツメの視線が変わった。
「……強いのね」
「まだまだ!」
「ピカ!」
「そう」
ナツメがケーシィを見る。
「なら、こっちも」
「ケー……」
ケーシィの身体が光り始める。
光の中で身体が大きくなる。
長い尾。
両手のスプーン。
「ユンゲラー!」
タケシが声を上げた。
サトシは表情を引き締める。
(来た)
ここからが本番。
「ピカチュウ、油断するな!」
「ピカ!」
「サイコキネシス」
ユンゲラーの目が光った。
「横!」
ピカチュウが飛ぶ。
直後。
さっきまで立っていた床へ見えない圧力が叩きつけられた。
「避けた!」
カスミが驚く。
「止まるな!」
「ピカ!」
『でんこうせっか』。
一直線ではない。
右。
左。
急停止。
再加速。
ユンゲラーが狙いを定めるたび、軌道を変える。
「サイコキネシス」
「ジャンプ!」
「ピカ!」
見えない力が足元を通過する。
「『エレキボール』!」
「ピカチュウ!」
電気球。
ユンゲラーがスプーンを動かす。
エレキボールが空中で停止した。
「そのまま!」
「ピカ!」
ピカチュウは既に走っている。
ユンゲラーがエレキボールを押し返した瞬間。
「『でんこうせっか』!」
「ピカァ!」
自分のエレキボールの脇を抜ける。
ユンゲラーの視線が僅かに遅れた。
「『アイアンテール』!」
「ピカチュウッ!」
銀色の尾。
「ユン!」
がんっ!
ユンゲラーの身体が横へ弾かれた。
「入った!」
タケシが声を上げる。
「ピカチュウ、追撃!」
「ピカ!」
「10まんボルト!」
「ピカ――チュウッ!」
至近距離。
黄色い電撃がユンゲラーを包む。
「ユンゲラァッ!」
初めてユンゲラーが大きく声を上げた。
ナツメの表情が僅かに動く。
電撃が消える。
ユンゲラーは膝をついていた。
「いける!」
カスミが叫ぶ。
だがサトシは油断しない。
「ピカチュウ、離れろ!」
「ピカ!」
その判断は正しかった。
ユンゲラーの目が強く輝く。
どんっ!
見えない力が周囲へ広がった。
ピカチュウが吹き飛ばされる。
「ピカ!」
空中で一回転。
着地。
「今のまで避けるの……?」
ナツメが初めて僅かな驚きを見せた。
サトシは答えない。
「行くぞ!」
「ピカ!」
再び走る。
「サイコキネシス」
ピカチュウの身体が浮く。
「ピカ!?」
今度は捕まった。
「電気を纏え!」
「ピカァァ!」
全身から電撃。
拘束が僅かに揺らぐ。
「まだ!」
「ピカァァァ!」
電撃をさらに強める。
ばちん!
「ユン!?」
サイコキネシスが一瞬緩む。
「抜けろ!」
「ピカ!」
ピカチュウが着地。
そのまま『でんこうせっか』。
「ユンゲラーの懐へ!」
右。
ユンゲラーが向く。
左へ切り返す。
「サイコキネシス」
ピカチュウの動きが鈍る。
「まだ動ける!」
「ピ……カァ!」
一歩。
もう一歩。
身体へ超能力が絡みつく。
それでも進む。
「『アイアンテール』!」
「ピカチュウッ!」
振り抜いた。
ガンッ!
二発目。
ユンゲラーが後退する。
「ユン……!」
「すごい……」
カスミが呟く。
タケシも真剣な目で見ていた。
「互角とは言えない。でも、一方的でもない」
サトシとピカチュウは確かに食らいついていた。
ナツメがスプーンを持つユンゲラーを見る。
そして。
「もう遊ばない」
空気が変わった。
サトシの背筋に冷たいものが走る。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
「サイコキネシス」
ユンゲラーのスプーンが青白く輝く。
今までより明らかに強い。
「走れ!」
ピカチュウが駆ける。
右。
左。
急旋回。
それでも。
「ピカ!?」
身体が止まった。
完全に。
「電気!」
「ピカァァァ!」
放電。
しかし今度は揺らがない。
「ピ……カ……!」
見えない力が締めつける。
「くっ……!」
サトシは考える。
何か。
突破口。
ピカチュウの技。
動き。
フィールド。
そして脳裏に一つの技が浮かんだ。
『かみなり』。
昨日、初めて形になった。
最大威力なら、この拘束ごと吹き飛ばせる可能性はある。
だが。
昨日のピカチュウは一発撃っただけで座り込んだ。
発動も遅い。
成功率も低い。
今ここで使わせれば――
サトシはすぐ選択肢から消した。
未完成の大技に賭ける場面じゃない。
「ピカチュウ! 『10まんボルト』!」
「ピ……カァァァ――チュウッ!」
最大出力。
電撃が弾ける。
「ユン……!」
ユンゲラーの腕が僅かに震えた。
「もう一回!」
「ピカァァァ!」
拘束が揺らぐ。
ピカチュウの足が床へ触れた。
「いける!」
「ピカ!」
着地。
サトシが叫ぶ。
「『でんこうせっか』!」
ピカチュウが飛び出した。
最後の力を振り絞る。
「ピカァァァ!」
ナツメが静かに告げた。
「サイコキネシス」
「ジグザグに!」
右。
左。
一発目をかわす。
「そのまま!」
二発目。
身体を低くして抜ける。
ユンゲラーまであと数歩。
「『アイアンテール』!」
「ピカァァァ!」
銀色の尾を振り上げる。
届く。
その瞬間。
「止めて」
ぴたり。
「ピ……カ……!」
アイアンテールがユンゲラーの顔の直前で止まった。
あと数センチ。
ピカチュウの身体が震える。
「ピカ……!」
前へ。
少しずつ。
尻尾が近づく。
ユンゲラーも顔を歪めた。
「ユン……!」
ナツメが初めて目を見開く。
「まだ動けるの?」
「ピカチュウ!」
「ピカァァァ!」
一瞬。
尻尾が動いた。
ガッ!
先端がユンゲラーの頬を掠める。
「ユン!」
だが。
そこまでだった。
ユンゲラーが両腕を広げる。
強烈なサイコキネシス。
「ピカァッ!」
ピカチュウが後方へ吹き飛ばされる。
一度。
二度。
床を転がる。
「ピカチュウ!」
サトシが駆け出す。
ピカチュウは起き上がろうとする。
「ピ……カ……」
前足に力を入れる。
震える。
それでも立とうとする。
「もういい」
サトシが言った。
「ピカ……?」
「十分だ」
ピカチュウを見る。
まだ戦いたい。
その目は死んでいない。
だからこそ。
サトシが決める。
「俺たちの負けです」
ナツメがサトシを見る。
「まだその子は戦える」
「戦える。でも、このまま続けても勝てない」
サトシは迷わなかった。
「ここから無理をさせるのは違う」
「ピカ……」
サトシがしゃがむ。
「悔しいな」
「……ピカ」
「俺も」
ピカチュウを抱き上げる。
「次は勝とう」
「ピカ!」
ナツメはしばらく二人を見ていた。
その隣では、ユンゲラーも肩で息をしている。
無傷ではない。
ピカチュウの『アイアンテール』。
『10まんボルト』。
そして何度もサイコキネシスを破りかけた攻防。
確かに届いていた。
ただ。
今はまだ、ナツメとユンゲラーの方が上だった。
「あなたは負けた」
「ああ」
「なら――」
空気が変わる。
サトシはすぐ顔を上げた。
ナツメの超能力。
「サトシ!」
タケシの声。
空間が歪む。
その瞬間だった。
「こっちだ!」
先ほどの男が部屋へ飛び込んできた。
強い光。
視界が白く染まった。
◇
気がつくと、三人はジムの外にいた。
「な、何だったのよ今の!?」
カスミが青ざめている。
「だから言っただろう」
男が静かに答えた。
「ナツメは危険だ」
タケシがジムを見る。
「ただ強いだけじゃないってことか……」
サトシは腕の中のピカチュウを見る。
「ピカ……」
疲れている。
だが大きな怪我はない。
「ありがとう」
サトシが男へ言う。
「助けてくれて」
「もう挑むつもりはないだろう?」
「いや」
即答だった。
「もう一回挑みます」
「ちょっとサトシ!」
「でも今すぐじゃない」
サトシはピカチュウを見る。
今日の戦いで分かった。
全く届かない相手ではない。
ケーシィには攻撃を当てた。
進化後のユンゲラーにも何度も食らいついた。
サイコキネシスを一度は自力で振りほどいた。
けれど、最後の一段が足りない。
「次は、あのサイコキネシスを崩す方法を持ってくる」
「ピカ!」
男がサトシを見る。
「……それなら、ゴーストタイプの力が必要になるかもしれない」
「ゴーストタイプ?」
カスミが嫌そうな顔をする。
「シオンタウンにはポケモンタワーがある」
男が言った。
「ゴーストポケモンが出るという噂がある場所だ」
「幽霊……?」
カスミの顔が引きつった。
「私は行かないわよ」
「まだ何も言ってないぞ」
「絶対行く顔してるじゃない!」
「行くけど」
「ほら!」
タケシが苦笑する。
サトシはもう一度、ヤマブキジムを振り返った。
一度目は敗北。
でも。
「ピカチュウ」
「ピカ?」
「次は勝つぞ」
「ピカチュウ!」
拳を出す。
小さな前足がぶつかる。
負けた。
だから終わりではない。
何が足りないのかを知った。
なら。
次はそれを持って戻ればいい。
サトシたちの次の目的地は――シオンタウン。
ポケモンたちの魂が眠る塔。
そして。
これから長く旅を共にする、新たな仲間との出会いが待っていた。