ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
ヤマブキシティを離れて数日。
森を抜けたサトシたちの前に、大きな街が姿を現した。
「着いたー!」
カスミが嬉しそうに声を上げる。
「タマムシシティ!」
「大きいな」
サトシも街並みを見渡した。
これまで訪れた町とは比べものにならないほど人通りが多く、通りの両側にはさまざまな店が並んでいる。
肩の上ではピカチュウも忙しそうに左右を見回していた。
「ピカァ」
「買い物するところもいっぱいありそう!」
「目的を忘れるなよ」
タケシが言う。
「分かってるわよ。ジムでしょ?」
「そう」
サトシはバッジケースに触れた。
グレー。
ブルー。
オレンジ。
ゴールド。
現在四つ。
「次で五つ目だ」
「ピカ!」
その横を、ゴーストがふわふわと漂っていく。
「ゴースト~」
すうっと姿を消した。
「……」
サトシは少し待った。
「きゃっ!」
前を歩いていた女性の帽子が突然浮かび上がる。
「ゴースト」
「こら」
「ゴースト!」
帽子を元へ戻し、何食わぬ顔で帰ってきた。
「悪戯するなら迷惑かけない範囲にしろよ」
「ゴースト」
返事だけは素直だ。
「オコ」
隣ではオコリザルが街の人混みを珍しそうに眺めている。
仲間になってまだ日が浅い。
サトシの帽子を奪って逃げる癖も、当然のように残っていた。
「お前も勝手に走っていくなよ」
「オコリザル!」
「本当に分かってる?」
「オコ!」
「……ゴーストと同じだな」
「ピカピカ」
ピカチュウが笑った。
◇
タマムシジムへ向かう途中。
カスミが突然足を止めた。
「ここ寄っていい?」
指差した先には華やかな香水店。
開いた扉から、柔らかな香りが漂ってくる。
「香水か」
「せっかくタマムシシティに来たんだから!」
「俺は外で待ってても――」
「付き合いなさい」
「はい」
カスミに押され、そのまま店へ入る。
店内には色とりどりの香水瓶が並んでいた。
「すごい……!」
カスミの目が輝く。
タケシも商品を眺めながら感心していた。
「香りによって使ってる材料も違うんだな」
「ピカ?」
ピカチュウが一本の瓶へ鼻を近づける。
「近づきすぎるなよ」
「ピカ」
サトシ自身は香水にそれほど興味はない。
だからといって嫌いというわけでもなかった。
「いらっしゃいませ」
声をかけられ、振り向く。
柔らかな雰囲気を持った女性が立っていた。
サトシは一瞬だけ目を細める。
(エリカ)
記憶にある姿と一致した。
タマムシジムのジムリーダーだ。
「何かお探しですか?」
「私はこれ!」
カスミがすぐ反応する。
サトシは苦笑した。
「俺たちは付き添いです」
「あら」
エリカが笑う。
「香水はお嫌いですか?」
「嫌いじゃないです。ただ、俺が使っても似合わないかなって」
「ふふ、そんなことありませんよ」
穏やかな会話が続く。
やがてカスミの買い物が終わった。
店を出ようとしたところで、サトシが振り返る。
「一つ聞いてもいいですか?」
「はい?」
「タマムシジムって、この近くですよね?」
エリカの目が僅かに細くなった。
「挑戦されるんですか?」
「そのつもりです」
「そうですか」
エリカは微笑む。
「それでは、また後ほど」
「……?」
カスミが首を傾げた。
サトシは何も説明せず歩き出す。
「行こう」
「何だったの?」
「着けば分かるよ」
◇
そしてタマムシジム。
挑戦者用のフィールドへ案内されたカスミが声を上げた。
「やっぱり!」
フィールドの向こうに立っていたのは、先ほど香水店で会った女性だった。
「改めまして」
エリカが微笑む。
「タマムシジム、ジムリーダーのエリカです」
「サトシ、知ってたでしょ!」
「まあな」
「言いなさいよ!」
「聞かなかっただろ」
「そういう問題!?」
「ピカピカ」
ピカチュウが肩の上で笑っている。
審判が中央へ進み出た。
「これよりタマムシジム、ジムリーダー・エリカと挑戦者・マサラタウンのサトシによるジム戦を開始します!」
サトシの表情が変わる。
「使用ポケモンは三体。どちらかのポケモン三体すべてが戦闘不能になった時点で決着とします!」
「三対三か」
「ピカ」
「交代は挑戦者のみ認められます。それでは――」
エリカがモンスターボールを構えた。
「始め!」
「行きなさい、モンジャラ!」
「モンジャ!」
蔓に覆われたポケモンが現れる。
サトシは腰のボールへ手を伸ばした。
相性だけを見るならヒトカゲを最初から出す方法もある。
だが。
「オコリザル!」
「オコ?」
サトシを見る。
「初めてのジム戦だ。行ってみるか?」
一瞬で目が輝いた。
「オコリザル!」
勢いよくフィールドへ飛び出す。
「オコリザル、まずは距離を詰めろ!」
「オコ!」
地面を蹴る。
速い。
「モンジャラ、つるのムチ!」
「モンジャ!」
何本もの蔓が伸びる。
「避けろ!」
一本目を右へ。
二本目を左へ。
「オコ!」
三本目。
オコリザルが掴んだ。
「そのまま引っ張れ!」
「オコォォ!」
力任せに引く。
「モンジャ!?」
モンジャラの身体が浮いた。
一気に引き寄せる。
「行け!」
「オコォ!」
拳を振りかぶる。
しかし。
「からみつく!」
「モンジャ!」
残っていた蔓がオコリザルの腕と身体へ巻きついた。
「オコ!?」
「しまった!」
勢いだけで入ったところを狙われた。
「そのまま投げて!」
「モンジャ!」
オコリザルの身体が持ち上がる。
どんっ!
地面へ叩きつけられた。
「オコ!」
「立てるか!?」
「オコリザル!」
すぐに跳ね起きる。
怒りに任せて再び飛び出そうとする。
「待て!」
「オコ!?」
足が止まった。
サトシを見る。
「力なら負けてない。でも相手の方が戦い方を知ってる」
「オコ……」
「だから、ちゃんと見よう」
オコリザルがモンジャラへ視線を戻した。
「もう一度!」
「オコ!」
走る。
「つるのムチ!」
「モンジャ!」
一本。
避ける。
二本目。
今度は身体を低くして潜る。
三本目が来る。
「今!」
オコリザルが地面を強く蹴った。
蔓の間を抜ける。
一気に懐へ。
「オコォ!」
拳がモンジャラを捉えた。
「モンジャ!」
モンジャラが大きく吹き飛ぶ。
「よし!」
「まだです。モンジャラ、しびれごな!」
「モンジャ!」
黄色い粉が広がる。
「止まるな! 抜けろ!」
「オコ!」
オコリザルが駆け抜けようとする。
だが。
「オコ……!」
足が鈍った。
「まずい!」
「つるのムチ!」
「モンジャ!」
直撃。
オコリザルが転がる。
「オコ……!」
立ち上がる。
まだ戦える。
けれど足が震えていた。
サトシは無理をさせない。
「オコリザル、戻れ!」
赤い光がオコリザルを包む。
「よくやった。あとは任せろ」
ボールをしまう。
「次は――ヒトカゲ!」
「カゲ!」
ヒトカゲがフィールドへ。
「『かえんほうしゃ』!」
「カゲェェ!」
炎が走る。
「モンジャラ、避けて!」
「モンジャ!」
横へ跳ぶ。
しかしオコリザルとの戦いで消耗している。
動きが僅かに遅い。
「『えんまく』!」
「カゲ!」
黒煙がフィールドを覆う。
「モンジャ!?」
「回り込め!」
ヒトカゲが煙の外側を走った。
「『きりさく』!」
「カゲ!」
鋭い爪。
直撃。
「モンジャ!」
モンジャラが倒れる。
審判が手を上げた。
「モンジャラ、戦闘不能!」
「よし!」
「カゲ!」
「戻って、モンジャラ」
エリカは静かにボールへ戻す。
「いい戦いでした」
そして二つ目のボール。
「次はあなたです。ウツドン!」
「ウツドーン!」
「ヒトカゲ、そのまま行くぞ!」
「カゲ!」
ヒトカゲが構える。
「ウツドン、はっぱカッター!」
「ウツ!」
鋭い葉が飛ぶ。
「避けながら近づけ!」
ヒトカゲが左右へ走る。
何枚かの葉が地面へ刺さる。
「今だ、『きりさく』!」
「カゲ!」
「ウツドン、つるのムチ!」
「ウツ!」
蔓が伸びる。
ヒトカゲの腕を絡め取った。
「カゲ!?」
「投げて!」
「ウツ!」
ヒトカゲが宙を舞う。
「空中で『かえんほうしゃ』!」
「カゲェェ!」
身体を捻りながら炎を放つ。
「ウツ!?」
直撃。
蔓が緩む。
ヒトカゲが着地した。
「そのまま行け!」
「カゲ!」
「ウツドン、はっぱカッター!」
「ウツ!」
「『えんまく』!」
黒煙が広がる。
葉っぱカッターが煙の中を切り裂く。
しかしヒトカゲの姿が見えない。
「ウツドン、後ろ!」
エリカが気づく。
だが一瞬遅い。
「『きりさく』!」
「カゲェ!」
背後から直撃。
ウツドンが倒れる。
「ウツ……」
「ウツドン、戦闘不能!」
二体目。
「やった!」
カスミが拳を握る。
「ヒトカゲ、かなり動きが良くなってるな」
タケシも感心する。
「カゲ!」
ヒトカゲが胸を張った。
だが二戦続けて戦った。
呼吸は荒い。
サトシはそれを見逃さなかった。
「ヒトカゲ、戻れ」
「カゲ?」
「十分だ。最後は任せよう」
少し悔しそうだったが、ヒトカゲは頷く。
「カゲ!」
赤い光に包まれる。
エリカも最後のボールを手にした。
「では、私の最後のポケモンです」
ボールが開く。
「行きなさい、クサイハナ!」
「クサァ」
フィールドへ姿を現した瞬間。
強烈な臭いが広がった。
「うっ!」
カスミが鼻を押さえる。
「すごい臭い……!」
「ピカ……」
ピカチュウも顔をしかめる。
サトシも思わず息を止めた。
「これは……強烈だな」
「クサイハナの臭いは、自分を守るための大切な力でもあるんです」
エリカが優しく言う。
サトシは最後のボールを取った。
「だったらこっちも、磨いてきた力で戦おう」
ボールを投げる。
「フシギダネ!」
「ダネ!」
フィールドへ着地する。
フシギダネとクサイハナ。
互いに見つめ合った。
「始め!」
「フシギダネ、『はっぱカッター』!」
「ダネ!」
鋭い葉が飛ぶ。
「クサイハナ、かわして!」
「クサ!」
横へ。
避ける。
「つるのムチ!」
「ダネ!」
左右から蔓が迫る。
クサイハナが跳んだ。
「そのまま!」
フシギダネの蔓が地面へ突き刺さる。
身体を一気に引き寄せた。
「ダネ!」
急加速。
「クサ!?」
「『たいあたり』!」
どんっ!
クサイハナが後退する。
「今の動き……」
タケシが目を細める。
「つるのムチを移動に使った」
サトシも小さく笑った。
フシギダネはずっと磨き続けている。
技そのものだけではない。
どう使えば自分がもっと強くなれるのか。
自分で考えている。
「クサイハナ、しびれごな!」
「クサ!」
黄色い粉が広がる。
「上へ!」
「ダネ!」
蔓が柱へ伸びる。
身体を引き上げる。
粉の上を越える。
「そこから『はっぱカッター』!」
「ダネ!」
上空から葉が降り注ぐ。
「クサ!」
クサイハナが避ける。
一枚。
二枚。
三枚目が掠めた。
フシギダネが着地する。
サトシはクサイハナの動きを見る。
まだ余裕がある。
なら。
「フシギダネ!」
「ダネ!」
「『どくどく』!」
フシギダネの口元に紫色の毒が集まる。
「ダネェ!」
毒液が放たれた。
「クサイハナ、避けて!」
「クサ!」
横へ跳ぶ。
一発目。
外れる。
紫色の毒液が地面へ落ちる。
けれどフシギダネは慌てない。
これまで何度も練習してきた。
動いている標的を追い。
逃げる方向を読む。
フシギダネ自身が少しだけ身体の向きを変える。
「ダネ!」
二射目。
「クサ!?」
クサイハナの身体へ命中した。
「よし!」
紫色の毒が回り始める。
「クサ……!」
クサイハナが顔をしかめる。
だが倒れない。
「クサイハナ、まだいけます!」
「クサ!」
「フシギダネ、ここからだ!」
「ダネ!」
両者が再び構えた。
その瞬間だった。
どんっ!
建物全体が揺れる。
「何!?」
廊下の向こうから黒煙が流れ込んできた。
「火事!?」
エリカの表情が変わる。
審判がすぐに声を上げる。
「試合中断! 全員避難してください!」
◇
ジム戦はもう関係ない。
サトシは走りながら手持ちを出した。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
「ゼニガメ!」
「ゼニ!」
「ゴースト!」
「ゴースト!」
戦闘で使った三体という制限は、あくまでジム戦のものだ。
今は救助。
使える力は全部使う。
炎が広がった場所の向こうから声が聞こえてきた。
「なんでこんなことになったのよ!」
「計算ではこんなはずでは!」
「熱いニャー!」
サトシの眉が動く。
「……やっぱりお前たちか」
「ジャリボーイ!」
ロケット団だった。
「話はあと!」
今は捕まえることより火を消す方が先だ。
「ゼニガメ、『みずでっぽう』! 火が広がるのを止めろ!」
「ゼニィ!」
水が炎へ。
じゅうっ!
「大きいところは『みずのはどう』!」
「ゼニ!」
ゼニガメが集中する。
水が回転しながら球状にまとまる。
「ゼニィ!」
放つ。
ばしゃんっ!
大量の水が弾け、広がっていた炎を一気に弱めた。
「いいぞ!」
覚えたばかりの頃より、形を作るのが速くなっている。
「ゴースト!」
「ゴースト!」
「壁の向こうを見てきてくれ! 逃げ遅れてる人やポケモンがいたら教えてくれ!」
「ゴースト!」
壁へ飛び込み、そのまま消える。
「ピカチュウは俺と来い!」
「ピカ!」
「フシギダネ!」
「ダネ!」
「つるのムチで瓦礫をどかす!」
「ダネ!」
二本の蔓が伸びる。
倒れた柱へ巻きついた。
「ダネェ……!」
重い。
「オコリザル!」
「オコ!」
ボールから飛び出す。
麻痺の治療はすでに受けている。
「フシギダネを手伝ってくれ!」
「オコ!」
柱を両腕で掴む。
「ダネ!」
二匹で力を合わせる。
ずずっ。
大きな柱が動いた。
「オコォ!」
「ダネ!」
人が通れる隙間が開く。
「よし!」
その向こう。
炎に囲まれた一角から声がした。
「クサァ……!」
「クサイハナ!」
エリカが息を呑む。
先ほどまで戦っていたクサイハナだ。
試合中断後、治療へ運ばれる途中で火災に巻き込まれたらしい。
「私が――」
「俺が行きます!」
サトシが炎の間へ飛び込む。
「ピカ!」
ピカチュウも続いた。
「フシギダネ!」
「ダネ!」
サトシが振り返るより先に、フシギダネの蔓が伸びた。
クサイハナへ巻きつく。
「ダネェ!」
引く。
炎の中からクサイハナが滑り出す。
サトシが受け止めた。
「大丈夫か?」
「クサ……」
「ゼニガメ、こっち!」
「ゼニ!」
水が炎を押し返す。
「今だ!」
サトシたちが抜ける。
その後も全員で消火と救助を続けた。
ゴーストが壁の向こうから逃げ遅れたポケモンを見つけ。
オコリザルが瓦礫を持ち上げ。
フシギダネがつるのムチで救助し。
ゼニガメが火を消す。
ヒトカゲも炎の流れを見ながら、安全に通れる道を探して仲間へ知らせた。
やがて。
最後の炎が消えた。
◇
夕方。
幸い、大きな怪我人はいなかった。
ロケット団も騒動の末に追い払われ、ようやくジムに静けさが戻っている。
エリカは治療を受けたクサイハナを抱きながら、サトシたちの前へ来た。
「ありがとうございました」
「俺だけじゃないです」
サトシは仲間たちを見る。
「みんなが頑張ったからです」
「ピカ!」
「ダネ!」
「ゼニ!」
「カゲ!」
「ゴースト!」
「オコ!」
エリカが優しく微笑む。
そして。
一つのバッジを取り出した。
七色に輝く花の形。
レインボーバッジ。
「サトシさん」
エリカが差し出す。
「今日のあなたとポケモンたちの行動を見ていました。あなたには、このバッジを持つ資格があると思います」
サトシはバッジを見る。
けれど。
手を伸ばさなかった。
「ありがとうございます」
「サトシ?」
カスミが不思議そうに見る。
「でも、まだ受け取れません」
エリカが静かに尋ねた。
「なぜですか?」
「俺たちのバトル、まだ終わってないからです」
サトシはフシギダネを見る。
「ダネ!」
フシギダネも迷わず答える。
「助けたことと、ジム戦は別です。俺はバトルに勝って、そのバッジが欲しいです」
しばらく。
エリカはサトシを見ていた。
やがて。
「ふふ」
微笑む。
「そう言うと思っていました」
バッジをしまう。
「では、クサイハナの毒が完全に抜け、あなたのポケモンたちも回復してから」
「はい」
「改めて決着をつけましょう」
◇
翌朝。
タマムシジム。
火災の影響を受けなかった別のフィールド。
昨日のジム戦は中断扱い。
モンジャラとウツドンはすでに戦闘不能になっていたため、再開されるのは最後の一戦。
フシギダネとクサイハナ。
両者とも治療を終え、万全の状態だ。
「クサイハナ!」
「クサァ!」
「フシギダネ!」
「ダネ!」
向かい合う。
エリカが微笑んだ。
「昨日は途中になってしまいましたね」
「今日は最後まで」
「ええ」
審判が腕を上げる。
「それでは――再開!」
「クサイハナ、しびれごな!」
「クサ!」
最初から粉が広がる。
「横へ!」
「ダネ!」
フシギダネが走る。
「『はっぱカッター』!」
「ダネ!」
葉が飛ぶ。
「避けて!」
「クサ!」
クサイハナがかわす。
「つるのムチ!」
「ダネ!」
蔓。
しかし狙ったのはクサイハナではない。
地面。
蔓を突き立て、自分の身体を引っ張る。
「クサ!?」
一気に間合いを詰めた。
「『たいあたり』!」
どんっ!
クサイハナが後退する。
「まだです!」
「クサ!」
強烈な臭いがフィールドへ広がった。
「ダネ……!」
フシギダネの顔が歪む。
距離を取っても臭いは追ってくる。
動きが鈍る。
サトシはクサイハナを見る。
近づけば臭い。
離れればしびれごなや他の技で動きを制限される。
なら。
「フシギダネ!」
「ダネ!」
「こっちも距離を使うぞ。『どくどく』!」
「ダネェ!」
紫色の毒液。
「避けて!」
「クサ!」
クサイハナが右へ跳ぶ。
外れる。
だが。
フシギダネはもう次を見ていた。
クサイハナの着地点。
身体の向き。
次に動ける方向。
サトシが指示を出す前に、一歩だけ横へ動く。
「ダネ!」
二発目。
「クサ!?」
命中。
紫色の毒がクサイハナの身体へまとわりつく。
「よし!」
「クサ……!」
クサイハナが踏ん張る。
エリカは動揺しない。
「まだ戦えます。クサイハナ!」
「クサ!」
しびれごな。
「上!」
フシギダネの蔓が地面へ。
身体が跳ね上がる。
粉の上を越える。
「はっぱカッター!」
「ダネ!」
空中から無数の葉。
「クサイハナ、走って!」
「クサ!」
かわす。
一枚。
二枚。
避ける。
だが。
「クサ……!」
一瞬。
毒の影響で足が鈍った。
「今だ!」
三枚目。
四枚目。
命中。
「クサ!」
クサイハナがよろめく。
それでも立つ。
「すごい……」
カスミが見つめる。
「毒が効いてきてる」
タケシは戦場から目を離さない。
「でもサトシもフシギダネも、毒だけで待つつもりはないな」
その通りだった。
「ダネ!」
フシギダネは前へ出る。
毒は勝つための一つの手段。
それだけに任せる気はない。
「クサイハナ!」
「クサァ!」
強烈な臭い。
フシギダネの足が止まりかける。
「ダネ……!」
「まだ行ける!」
「ダネ!」
前へ。
「クサイハナ、しびれごな!」
黄色い粉が正面を塞ぐ。
「ダネ!」
フシギダネは蔓を伸ばす。
右側の柱へ。
身体を引く。
粉の横へ大きく軌道を変えた。
「クサ!?」
さらに。
もう一本。
反対側の地面へ。
身体を引っ張る。
一気に加速。
エリカの目が見開かれる。
「クサイハナ、後ろです!」
クサイハナが振り返る。
しかし毒による消耗が、僅かに反応を遅らせた。
フシギダネはもう目の前。
サトシが叫ぶ。
「決めろ!」
「ダネェェェ!」
全身をぶつける。
『たいあたり』。
どんっ!
クサイハナが大きく吹き飛ぶ。
地面へ。
「クサ……」
起き上がろうとする。
一度。
身体を持ち上げる。
しかし。
力が抜けた。
「クサァ……」
倒れる。
静寂。
審判が確認する。
そして腕を上げた。
「クサイハナ、戦闘不能!」
一拍。
「よって勝者、挑戦者サトシ!」
「よしっ!」
サトシが拳を握った。
「ダネ!」
フシギダネが振り返る。
サトシは駆け寄った。
「やったな!」
「ダネダネ!」
抱き上げる。
「ピカピカ!」
ピカチュウも飛びついた。
「ダネ!」
「ピカ!」
エリカはクサイハナを抱き上げる。
「よく頑張りましたね」
「クサ……」
優しく撫でる。
そしてサトシたちの前へ歩いてきた。
「素晴らしいバトルでした」
その手には。
昨日と同じレインボーバッジ。
ただし今度は意味が違う。
「サトシさん。これはあなたとポケモンたちが、バトルで勝ち取ったものです」
サトシは迷わず受け取った。
「ありがとうございます!」
バッジを掲げる。
「レインボーバッジ、ゲットだぜ!」
「ピッピカチュウ!」
「ダネ!」
五つ目。
セキエイ大会へ挑むために必要な八つまで。
残り三つ。
◇
タマムシシティを出た、その日の夕方。
サトシたちは草原で休憩していた。
「オコ!」
「ピカ!」
オコリザルがピカチュウを追いかける。
そこへ。
地面から顔だけ出したゴースト。
「ゴースト」
「オコォ!?」
驚いたオコリザルが跳び上がる。
「ゴースト!」
「ピカピカ!」
二匹が大笑いする。
「オコリザル!」
怒ったオコリザルが今度はゴーストを追いかけ始めた。
「カゲ……」
「ゼニ……」
ヒトカゲとゼニガメは揃って呆れている。
少し離れた場所では。
「ダネ」
フシギダネが一匹で練習していた。
二本の蔓を伸ばす。
右。
左。
それぞれ違う方向へ。
小石を一つ掴み、放る。
落ちる前に反対の蔓で受け止める。
「ダネ」
もう一度。
今度は速く。
成功。
続いて少し離れた葉へ目を向ける。
口元に紫色の毒が集まった。
「ダネ!」
『どくどく』。
毒液が飛ぶ。
葉の中央。
命中。
「ダネ」
フシギダネは満足しない。
次は風で揺れている葉。
左右へ不規則に動く。
じっと見る。
「ダネ!」
放つ。
毒液が葉の端を掠めた。
外れに近い。
「ダネ……」
もう一度構える。
サトシは少し離れた場所から、その姿を見ていた。
ジム戦には勝った。
『どくどく』も通用した。
つるのムチの使い方も上手くなっている。
それでもフシギダネは、そこで満足しない。
誰かに命令されたわけではない。
サトシが練習しろと言ったわけでもない。
自分から。
もっと強くなるために。
「ダネ……」
不意に。
フシギダネが動きを止めた。
視線が、自分の背中へ向く。
背中の種。
じっと見つめることはできない。
それでも何かを確かめるように、僅かに首を動かした。
そして。
顔を上げる。
夕焼けの空。
遠くまで続いている道。
「……」
サトシはそれを見ていた。
けれど何も言わない。
「ピカ?」
いつの間にか戻ってきたピカチュウが、サトシを見上げる。
「頑張ってるな」
「ピカ」
それだけだった。
進化するのか。
今の姿のまま強くなるのか。
いつ、その答えを出すのか。
決めるのはフシギダネ自身だ。
サトシが決めることじゃない。
やがてフシギダネが再び構えた。
風に揺れる葉を見る。
「ダネ……」
集中。
揺れる。
右。
左。
一瞬だけ止まる。
「ダネ!」
紫色の毒液が一直線に飛んだ。
ぱしっ。
葉の中央へ命中する。
「ダネ!」
嬉しそうに声を上げる。
「よし!」
今度はサトシも笑った。
「その調子だ!」
「ダネ!」
夕暮れの草原に、元気な声が響く。
一歩ずつ。
自分で考え。
自分で選び。
自分の力で前へ進んでいく。
フシギダネの中で育ち始めたものは、もう確かに次の段階へ向かっていた。