ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
タマムシシティを出発した翌朝。
森の中に作った野営地へ、乾いた音が響いていた。
「ダネ!」
一本のつるが木の枝へ巻きつき、もう一本が地面に置かれた小石を拾い上げる。
フシギダネは小石を放り投げた。
落ちてくる。
「ダネ!」
枝に巻きつけていたつるを離すと同時に、反対側のつるを伸ばす。
ぱしっ。
空中の小石を掴んだ。
「ピカ!」
少し離れた場所で見ていたピカチュウが、前足を合わせる。
「ダネ!」
フシギダネは嬉しそうに返した。
けれど、それで終わらない。
今度は風に揺れる葉へ目を向ける。
右。
左。
不規則に揺れる葉をじっと見つめ、口元へ紫色の毒を集めた。
「ダネ!」
『どくどく』。
飛んだ毒液が葉の中央を捉える。
「朝からやってるのか」
後ろから声をかけられ、フシギダネが振り向いた。
「ダネ!」
サトシだった。
肩にはピカチュウ。
まだ少し眠そうなカスミとタケシも起きてくる。
「昨日あれだけ戦ったのに元気ね……」
「勝ったからこそ、もっとやりたくなったんじゃないか?」
タケシが笑う。
「ダネ!」
フシギダネは否定しなかった。
サトシも笑う。
「でも朝飯は食べろよ。身体を作るのも大事だからな」
「ダネ」
それなら仕方ない、とでも言いたげにつるをしまった。
その直後。
「ゴースト~」
地面からゴーストの顔が現れる。
「オコォ!?」
眠っていたオコリザルが飛び起きた。
「ゴースト!」
「オコリザル!」
怒ったオコリザルが追いかける。
ゴーストは笑いながら木をすり抜けた。
「朝から元気ね……」
「カゲ」
「ゼニ」
ヒトカゲとゼニガメまで呆れたように二匹を見る。
「ピカピカ」
今日も賑やかな一日が始まった。
◇
朝食を終え、一行は森の道を進んでいた。
木々の間から差し込む日差しは柔らかく、野生ポケモンの鳴き声も聞こえてくる。
先頭近くを歩いているのはフシギダネだった。
「ダネ」
時折立ち止まって植物を眺め、また進む。
サトシはその背中を見ていた。
最近のフシギダネはよく自主練習をしている。
技を覚えただけでは満足しない。
つるの動かし方。
狙い。
身体の運び方。
どうすればもっと上手く戦えるのか。
自分なりに考え続けている。
「……ん?」
タケシが足を止めた。
「どうした?」
「何か聞こえなかったか?」
全員が静かになる。
風。
葉の擦れる音。
その中に。
「……ナゾ……」
弱々しい声。
「こっちだ!」
草をかき分けて進む。
一本の木の根元。
小さなナゾノクサが倒れていた。
「ナゾノクサ!」
カスミが駆け寄る。
「ナゾ……」
身体には擦り傷があり、頭の葉も汚れている。
タケシがすぐに状態を確かめた。
「大きな怪我じゃない。でもかなり疲れてる」
「ダネ……」
フシギダネが近づく。
ナゾノクサが目を開けた。
「ナゾ……」
「ダネ」
フシギダネはゆっくり鼻先を近づけた。
怖がらせないように。
ナゾノクサも少しずつ身体を起こす。
「ナゾ……!」
そして森の奥を見る。
明らかに怯えていた。
フシギダネの表情が変わる。
かつて自分も、弱いポケモンたちを守って暮らしていた。
だからなのか。
目の前のナゾノクサを放っておけないらしい。
「向こうに何かいるんだな」
サトシが立ち上がった。
少し奥へ進む。
すると、ナゾノクサだけではなかった。
パラス。
コンパン。
キャタピー。
森に暮らしているはずのポケモンたちが、一か所へ集まっている。
どのポケモンも落ち着かない。
「何かに追い出されたみたいね」
「ああ」
タケシが地面へしゃがむ。
「これを見てくれ」
大きな足跡。
近くの木には、深い傷が残されていた。
何か硬いものを叩きつけたような跡だ。
「かなり力が強そうだな」
「ピカ……」
「ダネ」
フシギダネが傷跡へ近づく。
じっと見つめる。
そのとき。
ばきっ!
太い枝が折れた。
「来る!」
「ピカ!」
茂みが大きく揺れる。
そして。
「カイロース!」
大きなポケモンが姿を現した。
頭部に生えた巨大な角。
頑丈そうな身体。
野生のカイロス。
かなり大柄な個体だ。
身体には古い傷もいくつか残っている。
「カイロス……!」
カスミが一歩下がった。
「カイロース!」
カイロスが角を鳴らしながら威嚇する。
しかし。
いきなり襲ってくるわけではない。
サトシは周囲を見る。
折れた木。
削られた地面。
そしてカイロスの後ろ。
樹液の流れる大木。
根元には木の実も集められていた。
「縄張りを守ってるのか」
タケシも気づく。
「たぶんな」
サトシは頷いた。
「俺たちを追い払いたいだけだ」
悪いポケモンというわけではない。
ただ。
縄張りとしている範囲が広がり、周囲にいたポケモンたちまで追い出してしまっている。
「カイロース!」
再び威嚇。
ピカチュウが肩から降りようとする。
「ピカ!」
だが。
その前に。
「ダネ!」
フシギダネが一歩前へ出た。
「フシギダネ?」
「ダネ」
カイロスを真っ直ぐ見据える。
「カイロ?」
小さな身体。
それでもフシギダネは一歩も引かない。
戦うつもりだ。
サトシは少しだけ見つめた。
「……分かった」
それだけ。
「ピカチュウ、下がろう」
「ピカ」
サトシがフシギダネの後ろへ立つ。
「カイロス!」
「カイロース!」
「俺たちはこの場所を奪うつもりはない。でも、他のポケモンまで追い出すなら止める」
言葉そのものが伝わらなくてもいい。
声と気持ちは届く。
カイロスが角を鳴らした。
「カイロース!」
来い。
そう言っているようだった。
「フシギダネ」
「ダネ!」
「行くぞ!」
カイロスが地面を蹴った。
巨体からは想像しづらい速度。
一直線に迫る。
「『つるのムチ』!」
「ダネ!」
二本のつるが伸びる。
カイロスの両腕へ巻きついた。
「止めろ!」
「ダネェ!」
フシギダネが踏ん張る。
カイロスの突進が止まった。
一瞬。
力が拮抗する。
「カイロォース!」
「ダネ!?」
フシギダネの身体が引っ張られた。
地面を滑る。
「力が強い!」
カスミが声を上げる。
カイロスがつるを掴んだ。
「離せ!」
フシギダネがすぐにつるを戻す。
「『はっぱカッター』!」
「ダネ!」
鋭い葉が飛ぶ。
「カイロス!」
カイロスは腕で受ける。
何枚かが身体を切る。
それでも止まらない。
「横へ!」
フシギダネが跳ぶ。
直後。
カイロスが通過。
どんっ!
そのまま木へぶつかり、太い幹が大きく揺れた。
「すごいパワー……」
「でも、真っ直ぐ来るなら読める」
サトシはカイロスを見据える。
「フシギダネ、正面から止めなくていい! 動かせ!」
「ダネ!」
カイロスが振り返る。
再び突進。
「つるのムチ!」
二本のつるが伸びる。
今度の狙いはカイロスではない。
左右の木。
巻きつける。
「引け!」
「ダネ!」
フシギダネの身体が浮いた。
カイロスの頭上へ。
巨体が真下を通過する。
「今だ!」
「ダネ!」
空中から『はっぱカッター』。
葉が降り注ぐ。
「カイロォ!」
何枚も命中。
カイロスがよろめいた。
フシギダネが着地する。
「ダネ!」
カイロスも振り返った。
「カイロ……!」
先ほどまでとは違う。
目の前の小さな相手を、はっきりと強敵として認め始めている。
「来るぞ!」
カイロスが踏み込む。
「フシギダネ!」
「ダネ!」
フシギダネは待った。
近づく。
まだ。
さらに。
「今! 『どくどく』!」
「ダネェ!」
至近距離。
紫色の毒液が放たれる。
「カイロ!?」
命中。
「入った!」
しかし。
カイロスは止まらない。
「カイロース!」
巨大な角が迫る。
「避けろ!」
フシギダネが横へ跳ぶ。
完全には避けきれない。
「ダネッ!」
身体が弾き飛ばされた。
地面を転がる。
「フシギダネ!」
「ピカ!」
「ダネ……!」
フシギダネは立ち上がった。
「大丈夫か?」
「ダネ!」
すぐ構える。
一方。
「カイロ……!」
カイロスにも毒が回り始めていた。
動きが少しずつ鈍っている。
「距離を取るぞ!」
「ダネ!」
『はっぱカッター』。
カイロスがかわす。
『つるのムチ』。
足元。
「カイロ!」
カイロスが跳ぶ。
「そこ!」
もう一本。
脚へ巻きつく。
「引け!」
「ダネ!」
体勢を崩す。
どんっ!
カイロスが片膝をついた。
「よし!」
だが。
「カイロォォス!」
カイロスがつるを掴んだ。
「ダネ!?」
力任せに引く。
「振りほどけ!」
間に合わない。
フシギダネの身体が宙へ浮く。
「ダネッ!」
地面へ叩きつけられた。
「フシギダネ!」
土煙。
「ピカ!」
ピカチュウが駆け出そうとする。
サトシも一歩踏み出した。
「交代しよう!」
「ダネ……!」
フシギダネが顔を上げる。
「十分戦った。あとは――」
「ダネ!」
強い声。
サトシが止まった。
「……」
フシギダネが立ち上がる。
脚が震えている。
身体も傷だらけ。
それでも。
カイロスから目を逸らさない。
「ダネ!」
まだ戦う。
それだけは、はっきり分かった。
サトシは数秒フシギダネを見つめた。
そして。
「……分かった」
拳を握る。
「最後まで付き合う」
「ダネ!」
カイロスが立ち上がった。
毒の影響で息が荒い。
だが、まだ強い。
「カイロース!」
突進。
「フシギダネ、右!」
「ダネ!」
かわす。
「つるのムチ!」
二本のつるが脚へ。
「ダネェ!」
引く。
だが。
「カイロォ!」
カイロスが踏ん張る。
逆に引っ張る。
「ダネッ!」
フシギダネの身体が浮く。
そのまま投げ飛ばされた。
「ダネェ!」
木の根元へ転がる。
「フシギダネ!」
立たない。
「ピカ……!」
カスミも息を呑む。
「もう十分よ……」
サトシもそう思った。
「フシギダネ、もう――」
ぴくっ。
前脚が動いた。
「ダネ……」
ゆっくり。
身体を起こす。
「ダネ……!」
立つ。
また。
立った。
「……」
サトシは何も言えなかった。
フシギダネはカイロスを見る。
次に。
少し離れたところで見守っているナゾノクサたちを見る。
「ナゾ……」
怯えていた小さなポケモン。
そして。
自分自身の身体を見る。
今まで。
この身体で戦ってきた。
この身体で仲間を守ってきた。
つるを鍛えた。
狙いを磨いた。
新しい技も覚えた。
それでも。
もっと。
「ダネ……!」
フシギダネが前脚を踏み出す。
その瞬間だった。
淡い光。
「え?」
カスミが目を見開く。
「これは……!」
タケシも驚く。
「ピカ!」
フシギダネの身体から光が溢れ始めた。
サトシも目を見開いた。
「フシギダネ……?」
指示していない。
促してもいない。
何かを問いかけてもいない。
ただ。
フシギダネ自身が選んだ。
光が強くなる。
小さかった身体が、一回り大きくなる。
背中の種が膨らみ。
葉が広がる。
中央から大きなつぼみが姿を現した。
カイロスさえ動きを止める。
そして。
光が弾けた。
「ソォォォ!」
力強い鳴き声が森に響く。
フシギソウ。
「……進化した」
カスミが呟く。
「ピカァ!」
ピカチュウが嬉しそうに声を上げる。
サトシは驚いたまま、新しい姿を見る。
少し大きくなった身体。
背中のつぼみ。
そして。
変わっていない目。
「……そっか」
サトシは笑った。
フシギソウは振り返らない。
「ソウ!」
まだ戦いは終わっていない。
「カイロース!」
カイロスも応える。
毒で消耗している。
それでも最後まで戦うつもりだ。
「行こう、フシギソウ!」
「ソウ!」
カイロスが突進する。
先ほど何度も押し負けた攻撃。
「つるのムチ!」
「ソウ!」
二本のつるが伸びる。
太い。
長い。
フシギダネだった頃より明らかに力強い。
カイロスの腕へ巻きつく。
「止めろ!」
「ソォォ!」
フシギソウが踏ん張った。
ずずっ。
身体が僅かに後ろへ滑る。
それでも。
今度は吹き飛ばされない。
「カイロ!?」
カイロスの突進が。
止まった。
「すごい……!」
「進化して身体の力も上がってる」
タケシが目を見開く。
だがサトシはすぐ気づいた。
「フシギソウ、無理に力比べするな!」
「ソウ!」
それまでの戦いは消えていない。
進化したからといって、戦い方まで変える必要はない。
右のつるを離す。
左だけを残す。
身体を横へ。
カイロスの力を受け流す。
「カイロ!?」
体勢が崩れる。
「今だ!」
フシギソウ自身がつるを地面へ伸ばした。
身体を引く。
「ソウ!」
一気にカイロスの側面へ回る。
「『はっぱカッター』!」
「ソウ!」
鋭い葉。
至近距離から直撃。
「カイロォ!」
カイロスがよろめく。
毒も効いている。
だが。
「カイロース!」
まだ倒れない。
最後の突進。
「来るぞ!」
「ソウ!」
フシギソウが構える。
サトシが叫ぶ。
「正面から受けなくていい! 今まで通りだ!」
「ソウ!」
カイロスが迫る。
直前。
フシギソウのつるが左右の木へ伸びた。
巻きつく。
身体が浮く。
「カイロ!?」
カイロスが真下を通り過ぎる。
その瞬間。
フシギソウがつるを縮めた。
身体が弧を描く。
カイロスの背後。
着地。
振り返る。
「決めろ!」
「ソォォ!」
『はっぱカッター』。
無数の葉が飛ぶ。
毒で消耗し。
突進直後で体勢を崩していたカイロスへ。
次々と命中する。
「カイロォォス!」
巨体が揺れる。
一歩。
二歩。
それでも立とうとする。
「カイロ……」
そして。
どんっ。
倒れた。
静かになる。
「……」
フシギソウはしばらく動かなかった。
「ソウ……」
ゆっくり息を吐く。
サトシが近づいた。
「終わったな」
「ソウ」
カイロスも気を失ってはいない。
しばらくすると身体を起こした。
「カイロ……」
フシギソウを見る。
フシギソウも見返す。
「ソウ」
敵意はない。
カイロスも角を僅かに下げた。
「カイロスも分かってくれたみたいだな」
タケシが言う。
やがて。
森の奥からポケモンたちが出てくる。
「ナゾ……」
最初に見つけたナゾノクサ。
フシギソウへ近づく。
「ナゾ!」
「ソウ!」
ナゾノクサが嬉しそうに跳ねた。
カイロスはその姿を見る。
少し迷ったあと。
自分が守っていた大木から離れた。
完全に縄張りを捨てるわけではない。
ただ。
森の全部を独占する必要はないと認めたようだった。
「カイロース」
最後にフシギソウを見る。
「ソウ!」
カイロスは森の奥へ戻っていった。
◇
「ソウ?」
フシギソウは自分の身体を見回していた。
戦いが終わり。
治療も済ませたあと。
ようやく落ち着いて自分の変化を確認している。
「ピカピカ!」
ピカチュウが周囲を回る。
「ソウ」
フシギソウも少し得意そうだ。
「カゲ!」
「ゼニ!」
ヒトカゲとゼニガメも近づく。
「オコ?」
オコリザルは興味津々で背中のつぼみへ手を伸ばした。
ぺしっ。
「オコ!?」
つるのムチで手を叩かれる。
「ソウ」
「オコ……」
「触る前に聞けって」
サトシが笑う。
そして。
「ゴースト~」
背中のつぼみからゴーストの顔が出た。
「ソウ!?」
「ゴースト!」
「ソォォ!」
つるのムチ。
「ゴースト!?」
ゴーストが慌てて逃げる。
「ピカピカ!」
「ゼニゼニ!」
今度は全員が笑った。
「進化しても変わらないわね」
カスミも笑っている。
サトシはフシギソウの前へしゃがんだ。
「フシギソウ」
「ソウ?」
少しだけ間を置く。
それから笑った。
「おめでとう」
「……ソウ!」
フシギソウがサトシの胸へ頭を押しつける。
サトシはその頭を撫でた。
進化しろとは言わなかった。
進化するのかとも聞かなかった。
フシギソウ自身が決めたこと。
だから。
それでいい。
◇
その夜。
焚き火から少し離れた場所。
「ソウ」
フシギソウがつるを伸ばした。
一本。
勢いが強すぎた。
狙った枝を通り過ぎる。
「ソウ?」
もう一度。
今度は巻きついた。
しかし。
力を込めすぎて枝が大きくしなる。
「ソウ……」
「身体が変わったからな」
サトシが隣へ座る。
「ソウ」
「つるも前より強くなってる。今までと同じ感覚じゃズレるんだろ」
「ソウ……」
フシギソウは自分のつるを見る。
進化した。
強くなった。
でも。
それで完成したわけではない。
「また一からだな」
「ソウ」
フシギソウがサトシを見る。
「明日から付き合うよ」
「ソウ!」
元気よく返す。
サトシは笑った。
「でも今日は休め」
「ソウ……」
少し不満そうだ。
「今日どれだけ戦ったと思ってるんだよ」
「ピカ」
いつの間にか来ていたピカチュウも頷く。
「ソウ……」
二対一。
諦めたらしい。
フシギソウがサトシの隣へ座った。
背中には。
昨日までなかった大きなつぼみ。
サトシはそれを見つめる。
一つ先へ進んだ。
でも。
まだ途中。
もっと強くなれる。
もっと先へ行ける。
それはフシギソウだけじゃない。
ピカチュウも。
ヒトカゲも。
ゼニガメも。
ゴーストも。
オコリザルも。
研究所にいるピジョットやバタフリー、クラブも。
そしてサトシ自身も。
「これからも頑張ろうな」
「ピカ!」
「ソウ!」
夜の森に。
二匹の元気な声が響いた。