ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
「ソウ!」
朝の森に、元気な声が響いた。
一本のつるが伸び、木の枝へ巻きつく。続けてもう一本が別の枝を捉え、フシギソウの身体がふわりと宙へ浮いた。
そのまま身体を前へ運ぼうとして――。
「ソウ!?」
予想以上につるが縮み、フシギソウの身体が勢いよく前へ飛んだ。
「ピカ!?」
「危ない!」
サトシが声を上げる。
フシギソウは慌ててもう一本のつるを伸ばし、別の木へ巻きつけた。
ぶらん、と身体が揺れる。
「……ソウ」
「ピカピカ」
地面へ降りてきたフシギソウに、ピカチュウが笑う。
「ソウ!」
笑うな、とでも言いたげにつるが飛んだ。
「ピカ!」
ピカチュウが素早くかわす。
「まだ慣れないみたいね」
カスミが苦笑した。
昨日、フシギダネからフシギソウへ進化したばかりだ。
身体が大きくなっただけではない。『つるのムチ』も以前より太く、長く、力強くなっている。
その分、これまで身につけてきた感覚とのズレも大きかった。
「力が増えたからこそ、細かい調整を覚え直さないとな」
タケシが言う。
「まあ、急がなくていいさ」
サトシはフシギソウの頭を撫でた。
「昨日進化したばっかりなんだから」
「ソウ!」
それでも早く使いこなしたいらしい。
サトシは笑った。
「続きはまたあとで。そろそろ出発するぞ」
「ソウ!」
フシギソウをボールへ戻し、一行は森を抜けて街道へ向かった。
◇
昼を過ぎた頃。
「大きな街ね」
カスミが周囲を見回した。
建物が並び、人通りも多い。
だが。
何かがおかしい。
「……静かじゃないか?」
タケシが呟く。
人はいる。
けれど、子供の姿がほとんどない。
代わりに大人たちが不安そうな顔で行き交っていた。
「ピカ……」
ピカチュウも周囲を見回す。
そのとき。
一人の女性がジュンサーへ駆け寄った。
「まだ見つからないんですか!?」
「現在も捜索中です。必ず見つけますから、落ち着いてください」
「でも、もう何人も……!」
サトシたちは顔を見合わせた。
「何かあったみたいだな」
ジュンサーがこちらに気づく。
「あなたたち、ポケモントレーナー?」
「はい」
「だったら、今日はあまり街を歩き回らない方がいいわ」
「どうしてですか?」
カスミが尋ねる。
ジュンサーの表情が険しくなる。
「この街で、子供たちが次々といなくなっているの」
「子供が?」
「ええ。家から突然いなくなった子もいるし、外出したまま戻らない子もいる。共通点もまだ分かっていないの」
サトシの表情も引き締まった。
「何人くらい?」
「今確認されているだけでもかなりの数よ」
「そんなに……」
カスミが息を呑む。
「それだけじゃない」
タケシが視線を向けた先。
ポケモンセンターから、一人のトレーナーがポケモンを抱えて入っていく。
様子がおかしい。
「ポケモンにも何か起きてる?」
ジュンサーが頷いた。
「原因不明の体調不良を訴えるポケモンも増えているわ」
サトシは少し考えた。
子供の失踪。
ポケモンの異常。
この街。
記憶の中にある出来事が重なる。
「……行こう」
「サトシ?」
「ポケモンセンター。何か分かるかもしれない」
◇
「ラッキー!」
ポケモンセンターでは、ジョーイとラッキーが忙しく動き回っていた。
ベッドには何匹ものポケモン。
眠り続けているもの。
ぼんやりしているもの。
落ち着きなく身体を動かすもの。
症状は一つではない。
「ジョーイさん」
「あら、あなたたち」
ジョーイが振り返る。
「このポケモンたち、どうしたんですか?」
「それが分からないの。身体を調べても、大きな怪我や病気は見つからないわ」
「ピカ……」
ピカチュウが心配そうにベッドを見る。
サトシは目を閉じた。
意識を集中する。
広げすぎない。
センターの中だけ。
人。
ポケモン。
それぞれの生命の気配を捉える。
弱ってはいる。
だが、重い病気で生命力そのものが落ちている感じとは少し違う。
「……身体より、頭とか感覚の方に影響が出てるのかも」
「分かるの?」
カスミが聞く。
「はっきりとは。でも、病気で弱ってる感じとは違う」
「波導か」
タケシの言葉にサトシは頷く。
「それだけじゃ原因までは分からないけどな」
そのとき。
ピカチュウの耳が動いた。
「ピカ?」
「どうした?」
ピカチュウが窓の方を見る。
サトシも振り返った。
微かな違和感。
何かが広がっている。
音とは少し違う。
けれど、一定の周期を持った何か。
「……これか?」
「何か感じるの?」
「うっすら」
サトシは窓の外を見る。
「ずっと同じ方向から来てる気がする」
ジョーイが顔を上げた。
「そういえば……」
「何か心当たりが?」
「最近、この辺りで特殊な波が観測されているって聞いたわ。睡眠に関係する波じゃないかって」
「睡眠……」
カスミが呟く。
サトシの中で、記憶がさらに明確になる。
「スリープと……スリーパー」
「え?」
「行ってみよう」
◇
調べていくと、街の一角にある建物へ行き着いた。
そこでは大人たちがポケモンたちと楽しそうに過ごしている。
いわゆるポケモン大好きクラブ。
その中に。
「スリープ」
一匹のスリープ。
そして。
「スリーパー……」
振り子を持ったスリーパーがいた。
「やっぱり」
サトシが呟く。
「知ってるの?」
「スリープもスリーパーも、催眠を使うポケモンだ」
それ自体は珍しいことではない。
問題は。
スリーパーが振り子を動かす。
ゆらり。
ゆらり。
「……」
サトシは眉を寄せた。
さっき感じたものと似ている。
「ピカ……」
ピカチュウも頭を振る。
「長時間、広い範囲に催眠の力を使ってるのか」
タケシが周囲を見る。
「それが街まで届いている?」
「たぶん」
クラブの人々に事情を聞く。
彼らは眠れない悩みを解決するため、スリープやスリーパーの催眠能力を利用していた。
悪意があったわけではない。
しかし。
長く使い続けた結果、その催眠波が街へ漏れ出してしまった。
「じゃあ、いなくなった子供たちも……」
カスミが言った。
「可能性は高い」
その瞬間。
「……あれ?」
カスミがふらついた。
「カスミ?」
「なんか……変……」
目が虚ろになる。
「おい!」
タケシが支えようとする。
だが。
「うー……」
カスミはその場へしゃがみ込んだ。
そして。
両手を地面につく。
「カスミ?」
「うーっ!」
そのまま身体を揺らし始めた。
「まさか、催眠に……!」
「カスミ!」
サトシが近づく。
カスミはサトシを見る。
しかし。
普段の反応ではない。
「うー!」
そのまま建物の外へ走り出した。
「待て!」
サトシたちは追う。
「ピカ!」
カスミは街を抜ける。
子供とは思えないほど迷いなく。
何かに呼ばれているように。
「サトシ!」
「ああ!」
サトシは走りながら意識を集中した。
波導を広げる。
街全体を完全に探ることはできない。
それでも。
カスミの気配は知っている。
その先。
複数。
いや。
もっと多い。
小さな生命の気配が同じ方向へ集まっている。
「こっちだ!」
「分かるのか!?」
「カスミの先に大勢いる!」
森へ入る。
木々の間を抜け。
やがて。
「いた!」
開けた場所。
そこに。
行方不明になっていた子供たちがいた。
「ニャー!」
「ワンワン!」
「ガウ!」
誰も普通に話していない。
四つん這いで歩き。
木へ登ろうとし。
地面を掘る。
まるで。
ポケモンになったつもりでいる。
「催眠で自分をポケモンだと思い込んでるのか……」
タケシが驚く。
「カスミ!」
「うー!」
カスミも子供たちの中へ入っていく。
「ピカ……」
ピカチュウも困惑している。
「無理に連れ戻しても駄目だ」
サトシは周囲を見る。
「原因になってる催眠を解かないと」
◇
スリーパーを連れてくる。
しかし。
問題が起きた。
「スリーパー……」
催眠を解除しようとしても、上手くいかない。
長時間影響を受けた子供たちの意識が深く入り込んでいる。
「どうするの?」
タケシが考える。
サトシはスリーパーを見る。
そして。
スリープ。
進化前。
力そのものはスリーパーより弱い。
だが。
「逆に、こっちなら……」
「スリープ?」
「強すぎる催眠に、違うリズムをぶつける」
サトシはスリープの前へしゃがむ。
「協力してくれるか?」
「スリープ」
スリープが頷いた。
子供たちの前へ立つ。
鼻を揺らす。
ゆっくり。
一定のリズム。
「スリープ……」
空気が変わる。
サトシは黙って見守る。
ここは自分が無理にどうにかする場面ではない。
スリープの力が。
スリーパーによって乱された意識へ届いていく。
「……あれ?」
一人。
「ここ……どこ?」
また一人。
「お母さん……?」
次々と子供たちの目に意識が戻る。
「やった!」
タケシが笑う。
「カスミ!」
「……う」
カスミも瞬きをする。
「……サトシ?」
「戻った」
「タケシ……?」
数秒。
カスミが周囲を見る。
そして。
「なんであたし地面に座ってるの?」
「覚えてないのか?」
「何を?」
サトシとタケシが顔を見合わせる。
「……言わない方がいいかもな」
「そうだな」
「何よ?」
カスミが睨む。
「別に」
「絶対何かあったでしょ!」
「ピカピカ」
ピカチュウが笑った。
「ピカチュウまで!」
森に、ようやく明るい声が戻った。
◇
事件は解決した。
行方不明だった子供たちは家族のもとへ帰り、ポケモンセンターで異常を起こしていたポケモンたちも少しずつ回復していった。
クラブの人々も、今後はスリーパーの催眠を街へ影響が出るほど使わないと約束した。
「これで一件落着ね」
カスミが大きく伸びをする。
「結局、自分が何してたか覚えてないのか?」
「だから何なのよ!」
「いや、別に」
「サトシ!」
「ピカピカ!」
そのとき。
「コダ?」
「ん?」
足元。
黄色いポケモンが立っていた。
「コダック?」
カスミが目を丸くする。
「コダ」
コダックは頭を抱えたまま、ぼんやりカスミを見ている。
「この子、さっきからいたわよね」
「そういえば」
タケシが頷く。
「野生みたいだな」
サトシが言う。
「コダ」
コダックがカスミへ近づく。
「な、何よ」
「コダ?」
「ついてこないでよ」
カスミが歩く。
コダックも歩く。
止まる。
コダックも止まる。
「……」
一歩。
「コダ」
一歩。
「なんでついてくるのよ!」
「気に入られたんじゃないか?」
「そんなこと言われても!」
カスミが荷物を探る。
「もう、どっか行きなさいよ!」
その拍子に。
ころん。
モンスターボールが地面へ落ちた。
「コダ?」
コダックが見る。
そして。
ぺた。
「え?」
自分からボタンを押した。
赤い光。
コダックの身体が吸い込まれる。
ボールが地面へ落ちる。
ころ。
ころ。
ころ。
ちーん。
「……」
沈黙。
「……え?」
カスミが固まる。
「ピカ?」
「入ったな」
サトシが言った。
「入ったな」
タケシも頷いた。
「ちょっと待ってよぉぉぉ!」
カスミの叫びが響いた。
「こんなゲットあり!?」
「でも捕まったぞ」
「そういう問題じゃない!」
カスミがボールを拾う。
「出てきなさい、コダック!」
光。
「コダ?」
コダックが現れる。
頭を抱えている。
「……」
カスミが見つめる。
コダックも見つめ返す。
「コダ」
「なんでそんな顔してるのよ……」
「ピカピカ」
「笑わない!」
サトシも思わず笑った。
だが。
捕まった以上、それで終わりにはしない。
「カスミ」
「何?」
「コダックが自分から入ったんだし、たぶん一緒にいたいんじゃないか?」
「……」
カスミがコダックを見る。
「コダ?」
「もう……」
ため息。
それから腰を落とした。
「分かったわよ。捕まっちゃったものは仕方ないわ」
「コダ」
「でも!」
びしっ、と指を向ける。
「これからあたしのポケモンなんだから、ちゃんと言うこと聞くのよ!」
「コダ?」
分かっているのかいないのか。
首を傾げる。
「先が思いやられる……」
「はは」
「笑うな!」
◇
その日の夕方。
街を出た一行は、次の目的地へ向かって歩いていた。
「コダ」
「なんでボールから出てるのよ!」
カスミの後ろをコダックが歩いている。
「コダ?」
「首を傾げない!」
「仲良さそうだな」
「どこがよ!」
「ピカピカ」
サトシの隣。
「ソウ!」
フシギソウが歩く。
進化した身体にも、少しずつ慣れてきたようだ。
道の脇へ伸びた枝。
「ソウ」
つるが伸びる。
巻きつく。
少し力が入りすぎて枝が大きく揺れた。
「ソウ……」
「昨日よりは良くなってる」
「ソウ?」
「ああ」
サトシが笑う。
「焦らなくていい。少しずつ合わせていこう」
「ソウ!」
ピカチュウがフシギソウの背中へ飛び乗ろうとする。
「ピカ!」
「ソウ!?」
「お、そこ乗れるのか?」
「ピカピカ!」
「ソウ!」
嫌がったフシギソウのつるが伸びる。
ピカチュウが飛び降りる。
「ピカ!」
「ソウ!」
追いかけっこが始まった。
「元気ねぇ」
カスミが笑う。
「コダ?」
「あなたは走らなくていいからね」
「コダ」
そして。
数秒後。
コダックは何もない場所で転んだ。
「コダァ……」
「もう!」
サトシたちの笑い声が街道へ響く。
新しく加わった一匹。
新しい身体になった一匹。
旅はまた少しだけ賑やかになって。
一行は次の道へ進んでいった。