ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
「コダ?」
「……また出てる」
街道を歩きながら、カスミが額を押さえた。
その足元にはコダック。
いつの間にモンスターボールから出てきたのか、頭を両手で抱えながら、何食わぬ顔でカスミの後ろを歩いている。
「コダ」
「ねえコダック。あたし、戻っていいって言わなかった?」
「コダ?」
「なんでそこで首を傾げるのよ!」
「ピカピカ」
サトシの肩でピカチュウが笑う。
「笑わない!」
「ピカ!」
その隣では。
「ソウ!」
フシギソウが道端の木へ『つるのムチ』を伸ばした。
一本目。
枝へ巻きつく。
二本目。
別の枝を掴む。
「ソウ……!」
ゆっくり力を入れ、身体を持ち上げる。
今度は勢いをつけすぎない。
「いいぞ。そのまま」
「ソウ!」
身体が前へ運ばれ、着地。
少しよろけたが、転ばなかった。
「ソウ!」
「昨日よりかなり良くなったな」
サトシが笑う。
進化によって長く、太く、力強くなったつる。
最初は扱いに苦労していたが、フシギソウは少しずつ新しい身体の感覚を掴み始めていた。
「無理に前と同じように動かそうとしなくなったのが大きいな」
タケシが言う。
「力が変われば、それに合わせて身体の使い方も変えた方がいい」
「なるほど」
サトシは頷いた。
「やっぱりタケシはそういうところよく見てるな」
「俺はポケモンブリーダーを目指してるからな」
タケシが胸を張る。
「戦いだけじゃなくて、身体の状態や成長に合わせて世話するのも大事なんだ」
「ソウ!」
フシギソウも納得したように鳴く。
そのとき。
「あっ!」
カスミが前方を指差した。
街が見えている。
「やっと着いた!」
「コダ」
「あなたは何もしてないでしょ!」
「コダ?」
旅は今日も賑やかだった。
◇
街へ入って間もなく。
タケシの足が止まった。
「……」
「タケシ?」
「どうしたの?」
返事がない。
視線の先。
一軒の店。
大きな看板には、ポケモンの美容と健康管理を扱う店であることが書かれている。
店の中には何匹ものポケモン。
毛並みを整えてもらっているもの。
ブラッシングを受けているもの。
爪や身体の状態を見てもらっているもの。
そして。
「ここ……」
タケシの目が輝く。
「有名なブリーダーの店だ!」
「有名なの?」
「ああ!」
いつになく声が大きい。
「ポケモンの美容だけじゃない。食事や健康管理、そのポケモンに合わせた手入れまで考えてるんだ!」
「へえ」
サトシも店内を見る。
オーキド研究所でポケモンの世話について学んできた。
だからこそ分かる。
単純に見た目を綺麗にするだけではない。
皮膚。
毛並み。
爪。
筋肉。
食事。
体調。
全部が繋がっている。
「入ってみましょうよ」
カスミの一言に。
「もちろんだ!」
タケシが真っ先に扉を開けた。
◇
「いらっしゃいませ」
店の奥から女性が現れた。
落ち着いた雰囲気。
優しい声。
「ユキさん!」
タケシの目がさらに輝く。
「俺、あなたに会いたかったんです!」
「え?」
ユキが少し驚く。
「タケシ……」
カスミが呆れた顔をする。
だが。
今回ばかりは、いつもの女性への反応だけではなかった。
タケシは店の中を見回している。
使われているブラシ。
ポケモン用のケア用品。
餌。
一つ一つへ真剣な目を向けていた。
「俺、ポケモンブリーダーを目指してるんです。だから、ユキさんのことも知ってて……」
「そうだったの」
ユキが微笑む。
「それなら、ゆっくり見ていって」
「はい!」
そのとき。
「コン」
声がした。
クッションの上。
六本の美しい尾を持つポケモンが座っている。
「ロコンだ」
サトシが目を向ける。
毛並みは艶やかで、姿勢もいい。
そして。
どこか気品がある。
「かわいい!」
カスミが近づいた。
「ロコン!」
「コン」
手を伸ばす。
「コン!」
ぷいっ。
顔を背けられた。
「えっ?」
「警戒心が強いみたいだな」
サトシも少し距離を取ったまましゃがむ。
「ロコン」
ロコンがこちらを見る。
「こんにちは」
「コン」
サトシが手を出そうとはしない。
向こうが近づいてこないなら、それでいい。
ピカチュウも肩の上から眺めるだけ。
「ピカ」
「コン」
互いに軽く鳴く。
その横を。
「コダ?」
コダックがふらふら近づいていく。
「コダック、勝手に――」
「コン!」
ロコンの炎。
「コダァ!?」
「コダック!」
頭を焦がされたコダックが戻ってくる。
「もう、何してるのよ!」
「コダ……」
「ロコンは知らない相手に触られるのが嫌いなの」
ユキが説明する。
「この子自身が認めない限り、私以外にはなかなか懐かないわ」
「なるほど……」
タケシがロコンを見る。
すぐには近づかない。
まず。
歩き方。
毛並み。
耳。
尾。
身体の状態を見る。
「毛並みがすごく綺麗ですね」
「ありがとう」
「でも、それだけじゃない」
タケシがしゃがむ。
「脚もしっかりしてる。毎日ちゃんと運動してるんですね」
ユキの表情が少し変わった。
「分かる?」
「はい。見た目だけ整えても、身体までは誤魔化せませんから」
「……そうね」
ロコンがタケシを見る。
「コン」
タケシは手を伸ばさなかった。
ただ。
「いいロコンだな」
そう言った。
「コン……」
ロコンは顔を背ける。
けれど。
先ほどのカスミやコダックに向けた態度とは少し違っていた。
◇
「ポケモンを綺麗にするって、ただ飾ればいいわけじゃないのよ」
ユキは一匹のポケモンへブラシをかけながら説明する。
「その子の身体に合った手入れをする。毛の質も、皮膚も、生活環境も違うから」
タケシは真剣に聞いていた。
サトシも横から見ている。
「食事も同じですか?」
「ええ。同じ種類のポケモンでも、運動量や体格によって必要なものは違うわ」
「やっぱりそうですよね」
タケシが頷く。
サトシも納得する。
旅に出てから、手持ちは増えた。
ピカチュウ。
フシギソウ。
ヒトカゲ。
ゼニガメ。
ゴースト。
オコリザル。
研究所にはピジョット、バタフリー、クラブ。
同じ世話でいいはずがない。
「サトシも結構詳しいのね」
ユキが言った。
「オーキド博士の研究所で勉強してたから」
「オーキド博士の?」
「はい。でも」
サトシはタケシを見る。
「細かいケアはタケシの方が上ですよ」
「サトシ?」
「俺はバトルとか生態とか、広く覚えてきた感じだから。毎日の食事とか身体の変化を見るのはタケシの方が細かい」
タケシが少し照れる。
「まだまだだけどな」
「そう思えるなら、もっと伸びるわ」
ユキが微笑んだ。
「コン」
ロコンがその会話を聞いていた。
◇
ところが。
街にはもう一つ、人気を集めている店があった。
「何これ……」
カスミが目を丸くする。
派手。
とにかく派手だった。
ポケモンたちにリボン。
アクセサリー。
派手な飾り。
毛を大胆に整え、目立つ姿へ変えている。
「すごい人気ね」
店の前には人だかり。
「でも……」
タケシは難しい顔をした。
「全部が悪いとは言わない。ポケモン自身が喜んでるなら、飾るのもいいと思う」
サトシも頷く。
「でも嫌がってるのにやるのは違うな」
中には明らかに落ち着かないポケモンもいる。
「ポケモンのためじゃなくて、人間が満足するためになったら駄目だ」
タケシの声は静かだった。
けれど強い。
「大事なのは、そのポケモンがどう感じてるかだ」
「コン」
いつの間にかユキのロコンも近くに来ていた。
タケシの言葉を聞いている。
そのとき。
店の奥から派手な声。
「もっとゴージャスにするのよ!」
「もっと目立たせるニャ!」
「世界一美しいポケモン美容店にするのよ!」
「……」
サトシが目を細める。
聞き覚えがありすぎる。
「ピカ」
ピカチュウも同じだった。
「まさか……」
そして。
どん!
店の一部が開く。
「なんだかんだと聞かれたら!」
「答えてあげるが世の情け!」
「やっぱり」
サトシがため息をついた。
「ロケット団……」
「ピカァ……」
口上を終えたムサシ、コジロウ、ニャースがポーズを決める。
「なんで先に分かったのよ!」
ムサシが怒鳴った。
「声」
「ニャ!?」
「分かりやすすぎるぞ、お前ら」
「うるさいニャ!」
ロケット団の目的は。
店へ集まったポケモンたち。
「綺麗にしてあげると言えば、ポケモンが向こうから集まってくる!」
「そしてまとめていただく!」
「完璧な作戦ニャ!」
「どこがよ!」
カスミが叫ぶ。
機械から網が飛び出す。
「ピカ!」
「危ない!」
サトシが叫ぶ。
だが。
「コン!」
炎が走った。
網が焼け落ちる。
「なっ!?」
ロコン。
ユキの前へ立っている。
「ロコン!」
「コン!」
「やっちゃいなさい!」
「コン!」
再び炎。
「避けるニャ!」
ロケット団が飛び退く。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
サトシも前へ。
だが。
「待ってくれ、サトシ!」
タケシだった。
「タケシ?」
タケシがユキとロコンを見る。
「ここはロコンに任せよう」
サトシは一瞬だけ考え。
笑った。
「分かった」
一歩下がる。
「ピカチュウ、俺たちは逃げるポケモンを守るぞ」
「ピカ!」
「フシギソウ!」
ボールを投げる。
「ソウ!」
「つるのムチで捕まってるポケモンを助ける!」
「ソウ!」
つるが伸びる。
ロケット団の機械に捕まっていたポケモンたちを次々と救い出す。
一方。
ロコンはロケット団を睨む。
「コン!」
「アーボック!」
「ドガース!」
ムサシとコジロウもポケモンを出す。
「ロコン!」
ユキの指示。
ロコンが駆ける。
炎。
素早い動き。
小さな身体で攻撃をかわし、間合いを取る。
「すごい……」
カスミが見つめる。
「見た目だけじゃない」
タケシが嬉しそうに言う。
「しっかり鍛えられてる」
ロコンがアーボックをかわす。
「今だ!」
思わずタケシが声を上げた。
ロコンの耳が動く。
ユキもタケシを見る。
ほんの一瞬。
そして。
「ロコン!」
ロコンが跳んだ。
「コン!」
炎がアーボックとドガースを包む。
「今よ!」
ユキが指示を重ねる。
「コン!」
さらに炎。
「やな感じー!」
「ニャー!」
ロケット団が空へ飛んでいった。
きらん。
静かになる。
「……」
タケシは空を見上げた。
「勝った……」
「コン」
ロコンがタケシを見る。
そして。
ゆっくり歩いてくる。
「ロコン?」
「コン」
目の前で止まる。
タケシはしゃがんだ。
それでも。
自分から触ろうとはしない。
「頑張ったな」
「コン」
ロコンの方から。
タケシの手へ鼻先を寄せた。
「……!」
タケシの目が大きくなる。
ユキはその様子を静かに見ていた。
◇
夕方。
「タケシ」
店の前で、ユキが呼び止めた。
「はい?」
その隣にはロコン。
「コン」
「あなたにお願いがあるの」
「俺に?」
ユキはロコンを見る。
「この子を、あなたに預けたいの」
「……え?」
タケシが固まる。
「えええええっ!?」
カスミの声が響いた。
サトシも驚いた。
「ロコンを?」
「ええ」
ユキは頷く。
「私はここでたくさんのポケモンと接してきた。でも、この子にはもっといろいろな場所を見てほしいと思っていたの」
ロコンを見る。
「いろんなポケモンと出会って、いろんな経験をしてほしい」
そして。
タケシへ。
「あなたなら安心して任せられる」
「ユキさん……」
「もちろん」
ユキは微笑む。
「最後に決めるのはロコンよ」
全員の視線がロコンへ集まる。
「コン」
ロコンはユキを見る。
長く一緒にいた相手。
そして。
タケシを見る。
一歩。
また一歩。
「コン!」
タケシの足元へ。
「ロコン……」
タケシはゆっくり手を伸ばす。
今度は。
ロコンは逃げなかった。
「……一緒に来てくれるのか?」
「コン!」
「ありがとう!」
タケシが笑う。
抱き上げようとして。
一瞬止まる。
ロコンを見る。
「抱いてもいいか?」
「コン」
ロコンの方から身体を寄せた。
「ロコン!」
タケシが抱き上げる。
「大事にする! 絶対に!」
「コン!」
ユキも嬉しそうに見つめていた。
「よろしくね、ロコン」
◇
街を出る。
タケシの隣にはロコン。
「コン」
「疲れてないか?」
「コン!」
「喉は渇いてないか?」
「コン」
「毛にゴミが――」
「タケシ」
カスミが呆れる。
「心配しすぎ」
「最初が大事なんだ!」
「はいはい」
サトシは笑った。
「でも良かったな」
「ああ!」
タケシは本当に嬉しそうだった。
「俺ももっと勉強する。ロコンだけじゃない。イシツブテもイワークもズバットも、もっとちゃんと見てやらないとな」
「コン!」
その横。
「コダ?」
コダックが歩いている。
「……」
カスミが見る。
「コダ」
「なんで今日も普通に出てるのよ!」
「コダ?」
「だから首を傾げない!」
「ピカピカ!」
ピカチュウが笑う。
「ソウ!」
フシギソウも楽しそうに鳴いた。
「コン」
ロコンが新しい仲間たちを見る。
タケシもその姿を見つめる。
ブリーダーを目指す旅。
その隣に。
新しい仲間が加わった。
「これからよろしくな、ロコン」
「コン!」
夕暮れの街道に。
ロコンの元気な声が響いた。