ポケットモンスター ―君と目指す頂―   作:あああああ

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第56話 かくとうポケモン!だいバトル!

「オコォッ!」

 

朝の街道に鋭い声が響き、オコリザルの拳が目の前の木へ次々と叩き込まれる。一発、二発、三発と打ち込まれるたびに太い幹が揺れ、頭上から葉がぱらぱらと舞い落ちた。

 

さらに大きく踏み込み、とどめとばかりに拳を振りかぶる。

 

「そこまで!」

 

サトシの声が飛び、拳が幹の寸前でぴたりと止まった。

 

「オコ?」

 

「朝から元気なのはいいけど、木を倒すつもりか?」

 

「オコ……」

 

少し不満そうに拳を下ろすオコリザルを見て、サトシの肩にいたピカチュウが楽しそうに笑う。

 

「ピカピカ」

 

「オコ!」

 

「ピカッ!」

 

今度はピカチュウへ矛先が向いた。肩から飛び降りたピカチュウをオコリザルが追いかけ始め、朝から騒がしい二匹にカスミが呆れたような視線を向ける。

 

「結局そうなるのね……」

 

「コダ?」

 

「あなたはぼーっと見てないで、荷物の邪魔にならないところにいて」

 

「コダ」

 

コダックは分かったのか分かっていないのか、いつものように頭を抱えたまま首を傾げた。

 

少し離れた場所では、タケシがロコンの毛並みを確認している。

 

「昨日より少し旅の埃がついてるな。夜にブラッシングしよう」

 

「コン!」

 

「すっかりロコンにつきっきりね」

 

「新しい環境に慣れるまでは特に細かく見た方がいいんだ」

 

タケシが真面目な顔で答える。その様子を横目に、サトシは別の方向へ視線を移した。

 

そこではフシギソウが『つるのムチ』の練習を続けていた。

 

「ソウ!」

 

一本のつるを木の枝へ巻きつけ、続けてもう一本を少し離れた枝へ伸ばす。進化したばかりの頃は力が入りすぎて身体が振り回されていたが、今は違う。二本のつるをゆっくり縮めながら身体を浮かせ、そのまま狙った位置へ移動して着地した。

 

少しだけ身体が揺れたものの、しっかり四本の脚で踏みとどまる。

 

「ソウ!」

 

「いい感じだ。かなり慣れてきたな」

 

「ソウ!」

 

嬉しそうに返事をするフシギソウを見ていると、タケシも頷いた。

 

「前と同じ感覚で動かそうとしなくなったのが大きいな。身体が変われば力の入り方も変わる。今の自分に合った動きを覚えていけばいい」

 

「なるほどな」

 

サトシが感心していると、街道の少し先から何かを叩くような音が聞こえてきた。

 

続いて男の声が響く。

 

「エビワラー! もっと腰を入れろ!」

 

「エビワラー!」

 

何事かと進んでみれば、開けた場所で一人の男とエビワラーが特訓していた。

 

エビワラーの周囲には小さな標的がいくつも吊されている。その間を滑るように移動しながら、右、左と鋭い拳を打ち込み、一つずつ正確に標的を揺らしていく。

 

速い。

 

それ以上に、動きに無駄がない。

 

「オコ……」

 

先ほどまでピカチュウを追いかけていたオコリザルも、いつの間にか足を止めていた。

 

食い入るようにエビワラーを見る。

 

「気になるのか?」

 

「オコ」

 

エビワラーが最後の標的へ拳を叩き込む。

 

「よし! この調子ならP1グランプリも優勝だ!」

 

「P1グランプリ?」

 

サトシが反応すると、男もこちらに気づいた。

 

「お前たち、旅のトレーナーか?」

 

「はい。俺、サトシです」

 

「俺はアノキ。こいつは相棒のエビワラーだ」

 

「エビワラー!」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウが挨拶する横で、オコリザルが一歩前へ出た。

 

「オコリザル!」

 

拳を握り、エビワラーを真っ直ぐ見据える。その様子を見たアノキが面白そうに笑った。

 

「いいオコリザルを連れてるじゃないか」

 

「仲間になってからはまだそんなに経ってないんですけど、力はかなり強いですよ」

 

「オコ!」

 

「分かってるって。ただ、戦い方はまだこれからだろ?」

 

「オコォ!」

 

「ほら、すぐ怒る」

 

「ピカピカ」

 

ピカチュウにまで笑われ、オコリザルがさらに顔を赤くする。そんな姿を見てアノキは豪快に笑った。

 

「面白い! だったらP1グランプリに出てみるか?」

 

「どんな大会なんですか?」

 

「格闘ポケモンたちが力と技を競い合う大会だ。腕に覚えのある格闘ポケモンが大勢集まるぞ!」

 

その言葉を聞いた瞬間、オコリザルがサトシの前へ回り込んだ。

 

「オコリザル!」

 

「出たいのか?」

 

「オコ!」

 

迷いのない返事だった。

 

サトシも笑って拳を差し出す。

 

「よし。じゃあ挑戦してみよう」

 

「オコリザル!」

 

オコリザルも拳をぶつけた。

 

◇

 

大会会場へ向かおうとしたところで、サトシたちは一人の少女に呼び止められた。

 

少女の名はマナミ。話を聞けば、アノキの娘だという。

 

「お願いがあります!」

 

「俺に?」

 

「お兄ちゃんのオコリザルで、お父ちゃんのエビワラーを負かして!」

 

突然のお願いに、サトシは目を瞬いた。

 

「マ、マナミ!」

 

慌てるアノキを無視して、マナミは不満を一気に吐き出した。

 

「お父ちゃん、P1グランプリのことばっかりなの! 朝から晩までエビワラーの特訓ばっかりで、全然家に帰ってこないんだから!」

 

「それは優勝するためにだな……」

 

「いつもそれ!」

 

「それはちょっと、お父さんが悪いんじゃない?」

 

カスミが腕を組むと、アノキが言葉に詰まる。

 

「コダ」

 

なぜかコダックまで頷いた。

 

「お前に言われる筋合いはない!」

 

「コダ?」

 

サトシは苦笑しながら、マナミとアノキを交互に見る。

 

「負かすためだけに大会へ出るつもりはないよ。でも、出るからには優勝を狙う」

 

「オコリザル!」

 

オコリザルも力強く拳を上げる。

 

「だからエビワラーと当たったら、本気で戦う。それでいい?」

 

「うん!」

 

マナミの顔が明るくなる。

 

アノキも負けじと笑った。

 

「言ってくれるじゃないか! だが俺とエビワラーは簡単には負けんぞ!」

 

「エビワラー!」

 

「オコリザル!」

 

二匹の視線がぶつかり、早くも火花が散った。

 

◇

 

P1グランプリの会場は、大勢の観客で埋め尽くされていた。

 

リングでは次々と格闘ポケモンが紹介され、そのたびに歓声が上がる。

 

「すごい熱気だな」

 

「ピカ!」

 

サトシの隣で、オコリザルが拳を鳴らした。

 

「オコ……!」

 

強そうなポケモンを見つけるたびに目が輝いている。それでも勝手にリングへ飛び出したりはしない。自分の出番が来るのを、落ち着かないながらもちゃんと待っていた。

 

サトシはそんなオコリザルへ拳を差し出す。

 

「ここまで来たんだ。狙うぞ、優勝」

 

「オコ!」

 

ごつん、と拳がぶつかった。

 

◇

 

初戦の相手はワンリキーだった。

 

「ワンリキー!」

 

「オコリザル!」

 

開始の合図と同時に、オコリザルが飛び出す。

 

「オコォ!」

 

迷いなく拳を振るうが、ワンリキーは正面からその腕を受け止めた。

 

「リキー!」

 

次の瞬間、オコリザルの身体が宙へ浮く。

 

「オコ!?」

 

その勢いを利用され、リングへ投げられた。

 

「オコリザル!」

 

すぐに起き上がる。

 

顔には怒り。

 

「オコォォ!」

 

同じように突っ込もうとしたところで、サトシの声が飛んだ。

 

「待て!」

 

オコリザルの足が止まる。

 

「力だけで押すな。相手を見ろ!」

 

「オコ……」

 

ワンリキーが構え直す。

 

今度はオコリザルもすぐには飛び込まなかった。

 

相手を見る。

 

ワンリキーが先に踏み込んで拳を放つ。

 

「横だ!」

 

「オコ!」

 

身体をずらしてかわす。

 

拳が目の前を通り過ぎた。

 

「今!」

 

「オコ!」

 

がら空きになった懐へ潜り込み、拳を叩き込む。

 

「ワンリキー!」

 

相手が後ろへ下がった。

 

勢いのまま追おうとするオコリザルだったが、途中で自分から足を止める。

 

「オコ……」

 

ワンリキーを見る。

 

相手が踏み込む。

 

その瞬間にかわし、今度はサトシが何も言う前に反撃した。

 

「オコ!」

 

拳が決まる。

 

ワンリキーがリングへ倒れた。

 

審判の手が上がる。

 

「勝者、オコリザル!」

 

「オコリザル!」

 

「よし!」

 

サトシも拳を上げた。

 

初戦突破。

 

けれど何より大きかったのは、最後の一撃をオコリザル自身が相手を見て放ったことだった。

 

◇

 

大会が進むにつれ、相手も強くなっていった。

 

二回戦では素早く間合いを変える相手に翻弄され、三回戦では正面から力比べを挑まれる。

 

そのたびにオコリザルは、最初こそ力任せに追いかけようとする。

 

「焦るな!」

 

「オコ!」

 

「相手の動きを見ろ!」

 

「オコ!」

 

サトシの声を聞き、一度止まる。

 

そして見る。

 

攻撃をかわしたあと、すぐには追わない。相手が次にどちらへ動くかを見て、自分から間合いを調整する。

 

少しずつ。

 

本当に少しずつだが、戦い方が変わっていった。

 

「タマムシジムの時より、ずっとサトシの指示を聞いてるわね」

 

カスミが感心したように言う。

 

「それだけじゃない」

 

タケシはリング上のオコリザルを見つめた。

 

「自分でも考え始めてる。サトシの指示を待つだけじゃなくて、相手を見て次の動きを選んでるんだ」

 

サトシにも分かっていた。

 

元々、身体能力は高い。

 

強い拳もある。

 

足も速い。

 

足りなかったのは、その力をどう使うかだった。

 

「オコ!」

 

また一人。

 

相手がリングへ倒れる。

 

「勝者、オコリザル!」

 

歓声の中、オコリザルが拳を高く上げた。

 

◇

 

一方で、大会にはどうにも見覚えのある選手が参加していた。

 

「サワムラー!」

 

長い脚がしなるように伸び、対戦相手を捉える。

 

一撃。

 

相手が大きく吹き飛ばされた。

 

「強いわね……」

 

カスミが目を細める。

 

「サワムラー自体はな」

 

サトシは、その後ろに立つトレーナーを見る。

 

帽子。

 

変装。

 

顔を隠しているつもりらしい。

 

「でも、あれコジロウだろ」

 

「やっぱり?」

 

「ピカ」

 

ピカチュウも呆れたように頷く。

 

するとリングの陰から声が聞こえた。

 

「このまま勝ち進むニャ……!」

 

全員の視線がそちらへ向く。

 

ニャースがいた。

 

「……」

 

「……」

 

「ニャ?」

 

カスミが指を差す。

 

「ロケット団じゃない!」

 

「バレたニャー!?」

 

結局、ムサシたちの狙いは大会の商品と、会場に集まった強い格闘ポケモンたちだった。

 

そのためにサワムラーを利用し、さらにはリングの陰でニャースが細工までしている。

 

「本当に懲りないな」

 

「ピカァ……」

 

◇

 

アノキとエビワラーも順調に勝ち進んでいた。

 

「エビワラー!」

 

鋭い連打。

 

相手の攻撃を最小限の動きでかわし、空いた場所へ拳を入れる。

 

一歩踏み込んだと思えば、すぐに距離を変える。

 

「すごいな……」

 

サトシは素直に感心した。

 

ただ速いだけではない。

 

一つ一つの動きが洗練されている。

 

「オコ……」

 

隣にいるオコリザルも、黙ってエビワラーを見ていた。

 

「強いな」

 

「オコ」

 

「戦ってみたいだろ?」

 

「オコリザル!」

 

「俺もだ」

 

サトシが笑う。

 

だが、エビワラーが勝ち進んだ先で待っていたのは、ロケット団のサワムラーだった。

 

拳と蹴りが激しくぶつかる。

 

エビワラーの連打をサワムラーが長い脚で押し返し、サワムラーの蹴りをエビワラーが腕で受ける。

 

「頑張れ、エビワラー!」

 

マナミが叫ぶ。

 

アノキも必死に指示を飛ばす。

 

その最中。

 

「……ピカチュウ」

 

サトシはリング際へ目を向けた。

 

「ピカ」

 

「頼む」

 

ピカチュウが駆け出す。

 

リングの陰では、ニャースがこっそり細工をしようとしていた。

 

「そこまでだ」

 

「ニャ!?」

 

ピカチュウがニャースを押さえる。

 

「何するニャ!」

 

「それはこっちの台詞だ。不正するなよ」

 

細工は止めた。

 

しかし、リング上の戦いは続いている。

 

エビワラーとサワムラーは互いに一歩も譲らなかったが、最後はサワムラーの強烈な蹴りが決まり、エビワラーがリングへ倒れた。

 

「エビワラー!」

 

アノキが駆け寄る。

 

マナミもその後を追った。

 

「お父ちゃん!」

 

「マナミ……」

 

「もう十分でしょ!」

 

アノキは娘を見る。

 

次に、傷ついたエビワラーへ目を向けた。

 

勝つこと。

 

優勝すること。

 

そのための特訓ばかり考えていた自分を、ようやく振り返ったようだった。

 

「……すまなかった」

 

「お父ちゃん?」

 

「優勝させることばかり考えてた。大会が終わったら、ちゃんと家に帰る」

 

マナミの表情が明るくなる。

 

「うん!」

 

少し離れた場所でそれを見届けたサトシは、再びリングへ視線を向けた。

 

サワムラー。

 

次に戦うのは、自分たちだ。

 

◇

 

決勝戦。

 

「オコリザル!」

 

「サワムラー!」

 

リング中央で二匹が向かい合う。

 

サトシはオコリザルの背中を見る。

 

ここまで何度も戦った。

 

最初の頃とは、もう目つきが違う。

 

「ここまで来たな」

 

「オコ!」

 

「勝とうぜ」

 

「オコリザル!」

 

試合開始。

 

先に動いたのはサワムラーだった。

 

長い脚が一気に伸びる。

 

「横!」

 

「オコ!」

 

オコリザルがかわし、そのまま距離を詰める。

 

「行け!」

 

拳。

 

しかしサワムラーは身体を反らして避け、そのまま返すように蹴りを放った。

 

「オコッ!」

 

まともに受け、オコリザルが後退する。

 

「オコォ!」

 

怒りのまま飛び込もうとした、その瞬間。

 

「オコリザル!」

 

サトシの声に足が止まった。

 

「怒るな」

 

「オコ……!」

 

「ここまで何のために戦ってきた?」

 

オコリザルがサワムラーを見る。

 

「力だけで勝ってきたわけじゃないだろ」

 

「……オコ」

 

拳を握る。

 

だが。

 

すぐには飛び出さない。

 

サワムラーが踏み込む。

 

一発目の蹴りをかわす。

 

続く二発目。

 

これも避ける。

 

追わない。

 

ただ見る。

 

サワムラーの脚。

 

身体の向き。

 

踏み込む瞬間の重心。

 

「オコ……」

 

サワムラーが大きく脚を振り上げた。

 

その瞬間。

 

オコリザルが自分から動いた。

 

「今だ!」

 

「オコォ!」

 

懐へ潜り込む。

 

長い脚が頭上を通過した。

 

がら空きになった腹へ拳を叩き込む。

 

「サワッ!?」

 

さらに一発。

 

「オコ!」

 

サワムラーが後退する。

 

それでも倒れず、すぐに蹴りを返してきた。

 

オコリザルは両腕を上げて受け止める。

 

「オコッ!」

 

衝撃で身体が揺れる。

 

痛い。

 

それでも、もう怒りに任せて突っ込まない。

 

踏みとどまり。

 

相手を見る。

 

サワムラーが次の蹴りへ移ろうとした瞬間。

 

「行け!」

 

「オコォォ!」

 

一気に踏み込む。

 

拳がサワムラーを捉えた。

 

「サワァ!」

 

身体が大きく揺れる。

 

そして。

 

リングへ倒れた。

 

一瞬の静寂。

 

審判が確認し、腕を上げる。

 

「サワムラー、戦闘不能! 優勝、オコリザル!」

 

会場が大歓声に包まれた。

 

「オコ……」

 

オコリザルが目を見開く。

 

自分が勝った。

 

そのことを理解した瞬間。

 

「オコリザルーーー!」

 

両拳を高く突き上げた。

 

「やったな!」

 

サトシもリングへ駆け上がる。

 

「オコ!」

 

オコリザルが飛びついてきた。

 

「うわっ!」

 

そのまま押し倒される。

 

「重いって!」

 

「オコリザル!」

 

「ピカピー!」

 

ピカチュウも駆け寄り、フシギソウたちもリングのそばから声を上げる。

 

「ソウ!」

 

「カゲ!」

 

「ゼニ!」

 

「ゴースト!」

 

仲間たちに囲まれたオコリザルは、満面の笑みを浮かべていた。

 

怒っているのではない。

 

ただ純粋に。

 

勝てたことを喜んでいた。

 

◇

 

大会が終わったあと、アノキがサトシのもとへやってきた。

 

隣にはエビワラーもいる。

 

「サトシ」

 

「はい」

 

「いいオコリザルだ」

 

「ありがとうございます」

 

サトシが笑うと、アノキは首を横へ振った。

 

「だが、まだ粗い」

 

「オコ!?」

 

オコリザルの眉間に皺が寄る。

 

「まあ聞け」

 

アノキは笑いながら続けた。

 

「まだ粗いからこそ面白いんだ。身体能力は高い。根性もある。それに今日だけでも、戦いながらどんどん動きが変わっていった」

 

オコリザルの怒りが少し引く。

 

「オコ……」

 

「本格的に格闘を学べば、もっと強くなれる」

 

アノキは真っ直ぐオコリザルを見た。

 

「どうだ、サトシ。しばらくこいつを俺に預けてみないか? エビワラーと一緒に鍛えてやりたい」

 

「オコ……」

 

オコリザルがサトシを見る。

 

サトシはすぐには答えなかった。

 

代わりにしゃがみ、オコリザルと目線を合わせる。

 

「オコリザル」

 

「オコ」

 

「お前が決めていい」

 

オコリザルが目を瞬いた。

 

「俺たちとこのまま旅を続けるか、ここに残ってアノキさんから格闘を教えてもらうか。どっちでもいい」

 

サトシはそれ以上何も言わない。

 

決めるのはオコリザルだ。

 

「オコ……」

 

オコリザルはサトシを見る。

 

ピカチュウを見る。

 

フシギソウ、ヒトカゲ、ゼニガメ、ゴースト。

 

まだ一緒に過ごした時間は長くない。

 

それでも。

 

もう仲間だった。

 

次にエビワラーを見る。

 

今日の大会で見た、無駄のない拳。

 

自分にはまだない技術。

 

そしてアノキ。

 

しばらく考えたあと。

 

「オコ」

 

オコリザルが拳を握った。

 

エビワラーの前へ歩いていく。

 

「オコリザル!」

 

「エビワラー!」

 

二匹が向かい合う。

 

それからオコリザルは振り返った。

 

「オコ!」

 

その目を見れば十分だった。

 

サトシは笑う。

 

「そっか」

 

寂しくないと言えば嘘になる。

 

仲間になってから、まだそれほど経っていない。これからもっと一緒に戦えると思っていた。

 

けれど。

 

オコリザルが自分で選んだ道だ。

 

なら。

 

「分かった」

 

サトシは立ち上がり、拳を差し出した。

 

「強くなってこい」

 

「オコ!」

 

ごつん。

 

拳と拳を合わせる。

 

「修行が終わったら、また一緒に旅しよう」

 

「オコリザル!」

 

「約束だ」

 

「オコ!」

 

アノキも力強く頷いた。

 

「責任を持って鍛える」

 

「お願いします」

 

「任せろ!」

 

その横から、マナミがアノキの服を引っ張る。

 

「でも家にはちゃんと帰るんだからね!」

 

「わ、分かってる!」

 

「毎日!」

 

「分かったと言ってるだろ!」

 

そのやり取りにカスミが笑った。

 

「これなら大丈夫そうね」

 

「コダ」

 

「あなたは何に頷いてるのよ」

 

「コダ?」

 

いつも通りのコダックに、今度はサトシたちも笑った。

 

◇

 

夕方。

 

サトシたちは再び街道を歩き始めていた。

 

手持ちの仲間は一匹減った。

 

ピカチュウ。

 

フシギソウ。

 

ヒトカゲ。

 

ゼニガメ。

 

ゴースト。

 

オコリザルがいなくなっただけなのに、どこか少し静かに感じる。

 

「寂しい?」

 

隣を歩くカスミが聞いた。

 

「少しな」

 

サトシは素直に答えた。

 

肩の上でピカチュウも小さく鳴く。

 

「ピカ……」

 

「でも、自分で決めたことだから」

 

サトシは一度だけ振り返った。

 

遠く離れた場所に、アノキたちのいる街がある。

 

「次に会う時、どこまで強くなってるか楽しみだ」

 

「ピカ!」

 

その頃。

 

アノキのもとでは、早くもオコリザルとエビワラーが向かい合っていた。

 

「オコォ!」

 

勢いよく拳を振るう。

 

だがエビワラーは最小限の動きでかわした。

 

「エビワラー!」

 

すぐに反撃。

 

「オコッ!」

 

オコリザルが後ろへ下がる。

 

「力任せに追うな!」

 

アノキの声が飛ぶ。

 

「相手を見ろ!」

 

「オコ……!」

 

オコリザルは一度足を止めた。

 

拳を握り直す。

 

エビワラーを見る。

 

呼吸を整え。

 

もう一度。

 

「オコリザル!」

 

地面を蹴った。

 

それぞれの場所で強くなる。

 

いつか、また一緒に戦う日のために。

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