ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
オコリザルをアノキのもとへ預けてから、数日。
サトシたちは再び次の街を目指して歩いていた。
「ソウ!」
道の脇では、フシギソウが『つるのムチ』を伸ばして木の枝を掴んでいる。進化直後は力が入りすぎたり、以前より長くなったつるの距離感を掴めずに狙いを外したりしていたが、毎日欠かさず練習を続けた成果は少しずつ現れていた。
二本のつるを別々の枝へ巻きつけ、身体を持ち上げる。そのまま振り子のように身体を運び、少し先へ着地した。
「ソウ!」
「よし。今のは綺麗だったぞ」
「ソウ!」
サトシに褒められ、フシギソウが嬉しそうに花の蕾を揺らす。
その隣を歩いていたカスミも感心したように頷いた。
「もう進化したばっかりって感じじゃなくなってきたわね」
「まだ細かいところは練習中だけどな」
サトシが答えると、タケシもフシギソウの動きを見ながら口を開いた。
「力を抑えるのが上手くなってきた。前みたいに強く引っ張りすぎることも減ってる」
「ソウ!」
フシギソウ自身も手応えを感じているらしい。
サトシは笑いながら、その頭を撫でようとして――ふと違和感を覚えた。
いつもなら肩の上から真っ先に声を出すはずの相棒が、今日は妙に静かだった。
「……ピカチュウ?」
「ピカ……」
肩を見る。
ピカチュウはぐったりしていた。
「どうした?」
サトシが足を止める。
カスミとタケシもすぐに振り返った。
「ピカ……」
ピカチュウが顔を上げる。その頬から、ぱち、と小さな電気が漏れた。
自分で出したものではない。
さらにもう一度。
ぱちぱちっ。
「ピカ……!」
「ピカチュウ!」
サトシはすぐにピカチュウを抱き上げた。
身体が熱い。
普段なら元気に動く耳も、今は力なく垂れている。
「朝は普通だったよな?」
「ああ。でも、さっきから少し静かだった」
タケシがピカチュウの顔を覗き込む。
サトシも意識を集中する。
波導を使えば、いつものピカチュウとの違いはすぐに分かった。生命そのものが危険なほど弱っているわけではない。けれど、明らかに身体の調子が乱れている。
ただ、それ以上は分からない。
病気の診断は医者の仕事だ。
「この先に街があったよな?」
「ああ。グンジョウシティだ」
「ポケモンセンターへ行こう」
サトシはフシギソウをボールへ戻し、ピカチュウを抱え直した。
「もう少しだけ我慢してくれ」
「ピカ……」
弱々しい返事を聞きながら、サトシたちは街へ急いだ。
◇
グンジョウシティへ入ると、空気が一変した。
「うっ……」
カスミが鼻を押さえる。
「何、この臭い……」
工場。
煙突。
機械音。
街のあちこちから煙が立ち上り、これまで訪れた街とはまるで雰囲気が違う。
だが今のサトシに、街を見て回る余裕はなかった。
「ポケモンセンターは?」
「あっちだ!」
タケシが看板を見つけ、三人はすぐに駆け込んだ。
「ジョーイさん!」
「どうしました?」
「ピカチュウの様子がおかしいんです」
サトシは抱えていたピカチュウを診察台へ寝かせる。
「朝までは普通でした。でも途中から元気がなくなって、頬から勝手に電気が漏れるようになって」
「分かりました。診てみますね」
ジョーイは慣れた手つきでピカチュウの身体を調べていく。
サトシは邪魔にならないよう一歩下がった。
しばらくして。
「大丈夫。重い病気ではありませんよ」
その言葉に、サトシの肩から力が抜ける。
「本当ですか?」
「ええ。ポケモン特有の風邪のようなものです。ピカチュウの場合、体調を崩したことで電気の調整もうまくできなくなっているみたいですね」
「ピカ……」
「しばらく安静にしていれば――」
ジョーイが説明を続けようとした、その瞬間だった。
ぶつん。
室内の明かりが消えた。
「え?」
「停電!?」
カスミの声。
ポケモンセンターの機械も次々に止まっていく。
「これは……!」
ジョーイの表情が変わった。
「非常電源は?」
タケシが聞く。
「あります。でも、この街全体の電力が止まったとなると長くは持ちません。治療中のポケモンもいるのに……」
サトシはピカチュウを見る。
「ピカ……」
「お前は休んでろ」
「ピカ?」
「原因を見てくる。今のお前を戦わせるつもりはないからな」
ピカチュウは少し不満そうだったが、今の自分の状態は分かっているのだろう。
「……ピカ」
小さく頷いた。
◇
停電の原因はすぐに分かった。
街へ電力を送っている発電所で、何か問題が起きているらしい。
サトシたちはジョーイにピカチュウを任せ、発電所へ向かおうとした。
ところが。
「ピカ……」
「……なんでいるんだ?」
ポケモンセンターの出口。
サトシの足元に、ふらふらしながらピカチュウが立っていた。
「休んでろって言っただろ」
「ピカ」
「ピカ、じゃなくて」
抱き上げる。
ピカチュウは嫌がらなかった。
「仕方ない。絶対に無理するなよ」
「ピカ……」
そのとき。
「コイルー」
聞き慣れない声がした。
「ん?」
振り返る。
空中に浮かぶ、小さな機械のようなポケモン。
左右に磁石。
中央に大きな一つ目。
「コイルね」
カスミが言う。
コイルは三人にはほとんど興味を示さず、そのままサトシの腕の中へ近づいてきた。
正確には。
ピカチュウへ。
「コイルー」
「ピカ?」
さらに近づく。
「コイル」
「ピカ……」
ピカチュウがサトシの胸へ身体を寄せる。
コイルも寄る。
「コイルー」
「ピカァ……」
「……気に入られた?」
カスミが笑いを堪える。
「ピカ!」
ピカチュウは否定するように首を振った。
「コイルー」
それでもついてくる。
サトシは思わず苦笑した。
「ずいぶん好かれたな」
「ピカァ……」
今はそんな気分ではない。
顔にそう書いてあった。
◇
発電所へ近づくにつれ、異臭が強くなっていった。
「この臭い……街の工場だけじゃないな」
タケシが鼻を押さえる。
「何かいる」
サトシも周囲を警戒する。
やがて発電所の内部へ入ったところで、その正体が分かった。
「ベトォ……」
「ベタァ……」
紫色の身体。
床。
配管。
機械の周囲。
至るところにベトベターがいる。
「こんなに!?」
カスミが後ずさる。
「ベトベターが設備を塞いでるのか」
大量のベトベターが発電設備の周囲に集まり、機械の動きを妨げている。
そして。
その奥。
一際大きな影が動いた。
「ベットォォ……!」
「ベトベトン……!」
群れの中心にいるのはベトベトンだった。
「なるほどな」
サトシは状況を見る。
これだけ集まって設備を塞げば、発電所が止まるのも無理はない。
「まずはベトベターたちを機械から離そう」
腰のボールへ手を伸ばす。
「みんな、頼む!」
光が広がる。
「ソウ!」
「カゲ!」
「ゼニ!」
そして。
「ゴースト!」
四匹が姿を現した。
「ピカ……」
サトシの腕の中でピカチュウも身を起こそうとする。
「駄目」
「ピカ」
「今日は休むのも仕事だ」
「……ピカ」
渋々、力を抜く。
「コイルー」
「ピカァ……」
なぜかコイルはまだそばにいた。
「本当に気に入られてるわね」
「ピカ……」
◇
「フシギソウ、機械に絡んでるベトベターを『つるのムチ』で引き離せ!」
「ソウ!」
二本のつるが伸びる。
以前よりも太くなったつるは、狙った二匹へ正確に巻きついた。
「ベタ!?」
「ソウ!」
フシギソウが身体を低くする。
力任せには引かない。
相手の動きに合わせ、つるを縮める。
二匹のベトベターが機械から引き離された。
「いいぞ!」
「ソウ!」
新しい身体にも、かなり慣れてきている。
「ゼニガメ、水で床を流して動きを制限する!」
「ゼニ!」
『みずでっぽう』が床を走る。
「ヒトカゲ、機械には炎を当てるな! 近づいてくる奴だけ追い払え!」
「カゲ!」
「ゴーストは奥を頼む!」
「ゴースト!」
ゴーストが壁へ潜り、ベトベターの群れの向こう側へ回り込む。
だが。
「ベットォ!」
ベトベトンが動いた。
巨大な身体を広げるようにして、フシギソウたちの前へ出る。
「ソウ!」
「ゼニ!」
「カゲ!」
三匹が構える。
「群れを守るつもりか」
サトシはベトベトンを見る。
敵意だけではない。
ここを自分たちの居場所としている。
それを奪われると思っているのかもしれない。
それでも。
「悪いけど、ここが止まると街中のポケモンが困るんだ」
「ベットォ!」
ベトベトンが迫る。
「フシギソウ、つるのムチ!」
「ソウ!」
二本のつるが飛ぶ。
ベトベトンの身体へ巻きつくが。
「ソウ!?」
柔らかな身体が大きく変形する。
うまく固定できない。
「無理に引っ張るな! 離せ!」
「ソウ!」
つるを戻す。
そこへベトベトンが押し寄せる。
「ゼニガメ!」
「ゼニ!」
『みずでっぽう』。
水流がベトベトンを押し返すが、完全には止まらない。
「カゲ!」
ヒトカゲもサトシを見る。
「まだだ。機械が近すぎる!」
ここで大きな炎は使えない。
場所が悪い。
「ゴースト!」
声。
奥から戻ってきたゴーストがベトベトンの背後へ現れる。
「シャドーボール!」
「ゴースト!」
黒い球体が放たれた。
ベトベトンが振り返る。
その一撃が決まり、身体が大きく揺れた。
「今だ! フシギソウ!」
「ソウ!」
今度は身体そのものではなく、ベトベトンの動く方向を塞ぐようにつるを走らせる。
「そっちへ誘導するんだ!」
「ソウ!」
「ゼニガメも!」
「ゼニ!」
水流。
ベトベトンが少しずつ設備から離れていく。
「ベットォォ!」
怒ったベトベトンが勢いよく飛び出した。
「ゴースト、シャドーパンチ!」
「ゴースト!」
姿を揺らしたゴーストが懐へ潜り込み、影をまとった拳を叩き込む。
「ベットォ!」
ベトベトンがよろめいた。
「今なら!」
サトシがモンスターボールを手に取る。
「行け!」
ボールがベトベトンへ当たった。
赤い光。
ベトベトンの身体が吸い込まれる。
床へ落ちたボールが揺れた。
一回。
二回。
三回。
かちっ。
「……」
一瞬。
静かになる。
「ゲット……」
サトシがボールを拾う。
「ベトベトン、ゲットだぜ!」
「ピカ……ピカ!」
体調の悪いピカチュウも、腕の中から前足を上げた。
「ソウ!」
「カゲ!」
「ゼニ!」
「ゴースト!」
仲間たちも喜ぶ。
群れの中心だったベトベトンがいなくなったことで、残っていたベトベターたちも次第に設備から離れ始めた。
「これなら復旧できそうだな」
タケシが機械を見る。
やがて。
ぶぅん。
発電設備が再び動き出す。
一つ。
また一つ。
明かりが戻る。
「やった!」
カスミが笑った。
街へ。
ポケモンセンターへ。
再び電気が流れ始めた。
◇
ポケモンセンターへ戻る頃には、ピカチュウの体調にも変化が現れていた。
「ピカ……」
「さっきより顔色いいな」
サトシが覗き込む。
頬から漏れていた電気も少しずつ収まっている。
ジョーイにもう一度診てもらい、十分に休ませる。
そして翌朝。
「ピッカ!」
ベッドから勢いよく飛び上がったピカチュウが、サトシの肩へ着地した。
「おっと」
「ピカピカ!」
「元気になったな」
サトシが頭を撫でる。
「良かったわね」
「もう電気も安定してるみたいだ」
タケシも安心したように笑う。
そのとき。
「コイルー」
「……」
窓の外。
昨日のコイルがいた。
「ピカ?」
コイルが近づく。
「コイル」
ピカチュウを見る。
「ピカ」
昨日のように近づいてくると思い、ピカチュウが少し身構えた。
ところが。
「コイル」
ぷいっ。
そのまま別の方向へ飛んでいく。
「……ピカ?」
ピカチュウが固まった。
「行っちゃったわよ?」
「ピカ……」
「昨日まであんなについてきてたのにな」
サトシが笑いを堪える。
「ピカァ!」
納得がいかないらしい。
どうやら体調を崩して電気の調子がおかしくなっていたピカチュウに、コイルは何か特別なものを感じていたようだった。
元気になれば、興味もなくなったらしい。
「ピカ……」
「まあ、元気になったんだからいいだろ」
「ピカ」
まだ少し不満そうだ。
◇
「そういえば」
街を出る前。
サトシは昨日捕まえたベトベトンのボールを手に取った。
現在連れているのは。
ピカチュウ。
フシギソウ。
ヒトカゲ。
ゼニガメ。
ゴースト。
そして。
新しく加わったベトベトン。
ちょうど六匹。
「出てこい、ベトベトン!」
光が広がる。
「ベットォ!」
大きな紫色の身体が現れた。
「昨日はちゃんと話せなかったからな。改めて――」
「ベットォォ!」
「え?」
ベトベトンが飛びついた。
べちゃっ。
「うわあっ!?」
サトシが押し倒される。
「ベットォ!」
「ちょ、待て! 重い! というか近い!」
「ベットォォ!」
頬ずり。
「ピカピカ!」
肩から逃げたピカチュウが腹を抱えるように笑う。
「助けろよ!」
「ピカ!」
嫌。
そんな顔だった。
「すっごく懐かれてるじゃない」
カスミも笑う。
「昨日捕まえたばっかりなのにな」
タケシまで苦笑している。
「ゴースト!」
面白そうだと思ったのか、ゴーストがベトベトンの身体から顔を出す。
「ベット?」
「ゴースト!」
「ベットォ!」
今度はベトベトンがゴーストへ抱きつこうとし、当然のように身体をすり抜けた。
「ゴースト!」
「ベット?」
何度やっても捕まらない。
「……仲良くなれそうだな」
ようやく身体を起こしたサトシが苦笑する。
「ベットォ!」
「だからいきなり来るなって!」
再び迫るベトベトン。
サトシが逃げる。
その後ろをピカチュウが笑いながら追いかけ、フシギソウたちも続いていく。
新しい仲間が加わり。
再び六匹となったサトシたちは、次の目的地へ向けて歩き始めた。