ポケットモンスター ―君と目指す頂―   作:あああああ

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第58話 ディグダがいっぱい!

「ベットォォ!」

 

「待て待て待て!」

 

朝の街道にサトシの声が響いた。

 

グンジョウシティを出発してしばらく。せっかく新しい仲間になったのだからと、サトシはベトベトンをボールから出して歩かせていたのだが――少し前から、状況は散歩どころではなくなっていた。

 

「ベットォ!」

 

「だから抱きつくならせめて勢いを落としてくれ!」

 

大きな身体を揺らしながら迫ってくるベトベトンから、サトシが必死に逃げる。

 

その肩からピカチュウはとっくに飛び降りていた。

 

「ピカピカ!」

 

「笑ってないで助けてくれ!」

 

「ピカ!」

 

嫌だ、とでも言いたげにピカチュウが首を振る。

 

「ベットォ!」

 

「うわっ!」

 

とうとう追いつかれた。

 

背中から抱きつかれ、そのまま地面へ押し倒される。

 

「重いって……!」

 

「ベットォ~」

 

ベトベトンはそんなサトシの苦労など知らず、幸せそうに頬ずりしている。

 

「すっかり懐かれたわね」

 

少し離れたところでカスミが笑った。

 

「コダ」

 

隣ではコダックまで頷いている。

 

「お前ら……」

 

「ゴースト!」

 

ベトベトンの身体から、ぬっとゴーストが顔を出した。

 

「ベット?」

 

ベトベトンが振り返る。

 

「ゴースト!」

 

ゴーストは楽しそうに笑うと、そのまま反対側へ抜けていった。

 

「ベットォ!」

 

追いかけようとするが、当然捕まらない。

 

「ベット?」

 

「ゴースト!」

 

また身体をすり抜ける。

 

それを見ていたタケシが苦笑した。

 

「相性がいいのか悪いのか分からないな」

 

「遊び相手としてはちょうどいいんじゃない?」

 

カスミが言う。

 

その横ではロコンが少し距離を取っていた。

 

「コン……」

 

どうやらベトベトンに抱きつかれるのは遠慮したいらしい。

 

一方、フシギソウは旅をしながらも『つるのムチ』を伸ばし、道端の石や枝を狙って触れる練習を続けている。

 

「ソウ!」

 

右の石。

 

続いて左の枝。

 

以前のように勢い余って弾き飛ばすこともない。

 

「かなり安定してきたな」

 

ようやくベトベトンから抜け出したサトシが声をかける。

 

「ソウ!」

 

フシギソウが嬉しそうに振り返った。

 

進化した直後は、身体の変化そのものが課題だった。

 

けれど今では、以前より長く、強くなったつるを自分の力として使い始めている。

 

「この調子なら、もう普段の動きで困ることはなさそうだな」

 

タケシも頷く。

 

「細かい技術はこれからでも、身体にはだいぶ馴染んでる」

 

「ソウ!」

 

フシギソウが胸を張る。

 

そんな穏やかな時間は、街道の先から響いてきた轟音によって終わった。

 

ドォン――!

 

「何!?」

 

カスミが振り返る。

 

もう一度。

 

今度は地面まで震えた。

 

サトシはピカチュウと顔を見合わせる。

 

「行ってみよう」

 

「ピカ!」

 

ポケモンたちを連れ、音のした方向へ向かった。

 

◇

 

山間部を抜けた先。

 

サトシたちの前に広がっていたのは、大規模な工事現場だった。

 

重機。

 

大量の資材。

 

切り開かれた山肌。

 

多くの作業員が行き交っている。

 

「ダムを造ってるみたいだな」

 

タケシが周囲を見回す。

 

だが、妙だった。

 

これだけ多くの人や機械が集まっているのに、工事がほとんど進んでいない。

 

むしろ。

 

「あっ!」

 

カスミが指差す。

 

積み上げられていた資材の下から、小さな頭が飛び出した。

 

「ディグ!」

 

一匹。

 

「ディグ!」

 

二匹。

 

「ディグ、ディグ!」

 

三匹。

 

次々とディグダが地面から顔を出す。

 

「あれはディグダだ」

 

サトシが呟いた直後、さらに大量のディグダが現れた。

 

「ディグ!」

 

「ディグ!」

 

「ディグダ!」

 

資材が動く。

 

作業員が置いたはずの道具が、いつの間にか別の場所へ運ばれていく。

 

「また出たぞ!」

 

「資材を守れ!」

 

「重機を動かせ!」

 

作業員たちが慌ただしく走り回る。

 

ところが重機を動かそうとした瞬間、その進行方向の地面から一斉にディグダが飛び出した。

 

運転手が慌てて機械を止める。

 

「危ない!」

 

サトシたちが見守る中、ディグダはまた地面へ潜っていった。

 

「工事を邪魔してるの?」

 

カスミが首を傾げる。

 

「みたいだな」

 

タケシも難しい顔をする。

 

サトシは工事現場を見渡した。

 

ダム。

 

大量のディグダ。

 

この光景には覚えがある。

 

けれど、だからといって最初から答えだけを口にするつもりはなかった。

 

実際にこの場所を見れば、それだけでも分かることがある。

 

「ピカ」

 

肩のピカチュウも、切り開かれた山を見つめていた。

 

「まず話を聞こう」

 

◇

 

「困ってるんだ!」

 

工事関係者の男は頭を抱えた。

 

「工事を始めてからずっとあの調子でな。掘った場所を埋める、資材を運ぶ、機械の前へ出てくる……これじゃ仕事にならない!」

 

「それでトレーナーを集めてるんですか?」

 

「ああ。ディグダを追い払ってもらうためだ。もちろん報酬も出す!」

 

周囲には、すでに多くのトレーナーが集まっていた。

 

報酬を聞いて目を輝かせている者もいる。

 

サトシはもう一度、工事現場を見る。

 

「……追い払う、か」

 

「どうしたの?」

 

カスミが聞く。

 

「いや」

 

まだ決めつけるには早い。

 

そのとき。

 

「よーし、出てこい!」

 

一人のトレーナーがモンスターボールを投げた。

 

光。

 

しかし。

 

「……あれ?」

 

何も出てこない。

 

ボールが開かない。

 

「おい、どうしたんだよ!」

 

もう一度。

 

反応しない。

 

別のトレーナーも同じだった。

 

「なんで出てこないんだ?」

 

「俺のもだ!」

 

あちこちから戸惑いの声が上がる。

 

サトシは自分のポケモンたちを見る。

 

「……フシギソウ」

 

「ソウ」

 

フシギソウは工事現場ではなく、その先に残っている森を見ていた。

 

「戦いたくない?」

 

「ソウ」

 

迷わず頷く。

 

「ピカ」

 

ピカチュウも同じ。

 

タケシが周囲のポケモンたちの様子を見て呟いた。

 

「みんな、何か分かってるのかもしれないな」

 

「そうみたいだ」

 

サトシは腰のボールから手を離した。

 

「だったら無理に戦わせる必要はない」

 

「じゃあどうするの?」

 

「調べる」

 

サトシはディグダが消えていった方向を見る。

 

「どうしてここまでして工事を止めたいのか。それが分からないまま追い払うのは違うだろ」

 

「ピカ!」

 

◇

 

サトシたちは工事現場から離れ、ディグダたちが移動した方向へ向かった。

 

フシギソウも一緒だ。

 

進むにつれて、工事現場とは景色が変わっていく。

 

木々。

 

草。

 

低い茂み。

 

まだ人の手が入っていない土地。

 

「ソウ……」

 

フシギソウが足を止めた。

 

鼻先を地面へ近づける。

 

「何かあるのか?」

 

「ソウ」

 

つるを伸ばし、柔らかな土へ触れる。

 

その近くから。

 

「ディグ」

 

一匹のディグダが顔を出した。

 

サトシたちは動かない。

 

「ディグ」

 

ディグダはフシギソウを見る。

 

「ソウ」

 

しばらく二匹が見つめ合う。

 

やがてディグダは地面へ潜った。

 

少し先。

 

土が動く。

 

さらにその先。

 

また動く。

 

「ついてこいってことか?」

 

サトシたちはその跡を追った。

 

そして。

 

「……そういうことだったのね」

 

カスミが呟く。

 

そこには多くのディグダ。

 

そして。

 

「ダグ、ダグ!」

 

三つの頭を持つダグトリオたちもいた。

 

土を掘る。

 

柔らかくする。

 

地中を移動する。

 

その周囲には木々が育ち、植物が根を張っていた。

 

タケシがしゃがみ込む。

 

「ディグダたちが地面を耕してるんだ」

 

「それで植物が育ちやすくなってるのね」

 

「ああ。それだけじゃない」

 

タケシが工事現場の方向を見る。

 

「ダムが完成すれば、この辺りの環境そのものが大きく変わる」

 

「ソウ……」

 

フシギソウが一歩前へ出た。

 

つるで小さな芽のそばの土へ触れる。

 

工事現場の荒れた土とは違う。

 

ここにはたくさんの命がある。

 

サトシは静かに息を吐いた。

 

知っていた出来事でも。

 

実際に目の前で見ると、感じるものは違う。

 

「ディグダたちは、ただ邪魔してたんじゃない」

 

「ピカ」

 

「自分たちの住んでる場所を守ってたんだな」

 

「ディグ!」

 

一匹のディグダが鳴いた。

 

サトシは頷く。

 

「だったら俺は戦わない」

 

「ソウ!」

 

フシギソウも強く鳴いた。

 

◇

 

その頃。

 

工事現場には三人の怪しい影がいた。

 

「報酬ですって?」

 

ムサシの目が輝く。

 

「ディグダを追い払うだけで?」

 

コジロウも身を乗り出す。

 

「こんなおいしい話、見逃す手はないニャ!」

 

ニャースが笑う。

 

もちろん。

 

ロケット団だった。

 

「アーボ、出てきなさい!」

 

「ドガース、お前もだ!」

 

二人がボールを投げる。

 

「アーボ!」

 

「ドガース!」

 

二匹が姿を現す。

 

「さあ、あのディグダをまとめて追い払いなさい!」

 

「アーボ!」

 

「ドガース!」

 

二匹はディグダを見る。

 

「ディグ」

 

「ディグダ」

 

アーボとドガースが顔を見合わせた。

 

「……アーボ」

 

「ドガース……」

 

動かない。

 

「何してるのよ!」

 

ムサシが叫ぶ。

 

「早く行け!」

 

コジロウも急かす。

 

それでも二匹は困ったようにディグダたちを見ていた。

 

「なんで言うことを聞かないのよ!」

 

「ニャー……」

 

ニャースが腕を組む。

 

「ポケモンだって、何でもかんでもやりたいわけじゃないニャ」

 

「どっちの味方よ!」

 

「一般論を言っただけニャ!」

 

そのとき。

 

地面が盛り上がった。

 

「ディグ!」

 

「うわっ!」

 

ロケット団の足元から大量のディグダが飛び出す。

 

「な、何するのよ!」

 

「ドガース、何とかしろ!」

 

「ドガース!」

 

「アーボも!」

 

「アーボ!」

 

自分たちのトレーナーを守るため。

 

今度は二匹が前へ出た。

 

次々と現れるディグダ。

 

さらに。

 

「ダグダグ!」

 

ダグトリオまで姿を現す。

 

「負けるんじゃないわよ、アーボ!」

 

「頑張れ、ドガース!」

 

ムサシとコジロウの声が響く。

 

「もっと強く!」

 

「負けるな!」

 

「アーボ……!」

 

「ドガース……!」

 

二匹の身体が輝いた。

 

「え?」

 

「何だ!?」

 

光が大きくなる。

 

アーボの身体が伸び、広がっていく。

 

ドガースの身体も形を変え、もう一つの顔が現れる。

 

そして。

 

光が弾けた。

 

「アーボック!」

 

「マータドガース!」

 

「進化した!」

 

ムサシが目を輝かせる。

 

「やったぞ!」

 

コジロウも飛び上がった。

 

「アーボック!」

 

「マタドガース!」

 

二匹は新しい身体を確かめるように鳴いた。

 

「これなら勝てるわ!」

 

「行け、マタドガス!」

 

「やっちゃいなさい、アーボック!」

 

勢いづくロケット団。

 

しかし。

 

「ディグ!」

 

地面が崩れた。

 

「え?」

 

三人の身体が沈む。

 

「ちょっと待って!」

 

「進化したばっかりなのに!」

 

「地面を掘られたら関係ないニャー!」

 

どさっ!

 

三人まとめて穴へ落ちた。

 

「なんでよー!」

 

◇

 

サトシたちが工事現場へ戻ると、ちょうど穴から這い上がろうとしているロケット団が見えた。

 

「またお前たちか」

 

「その声は!」

 

ムサシが顔を上げる。

 

「サトシ!」

 

「ピカ」

 

ピカチュウが肩の上から呆れた目を向ける。

 

その直後。

 

穴から大きな紫色の身体が飛び出した。

 

「アーボック!」

 

続いて。

 

「マタドガース!」

 

「……進化したのか」

 

サトシが少し目を見開く。

 

以前までのアーボとドガースとは明らかに違う。

 

身体も大きくなり、放つ圧力も増している。

 

「ふふん!」

 

ムサシが得意げに胸を張る。

 

「見なさい!」

 

「俺たちだって成長してるんだ!」

 

コジロウも胸を張る。

 

「ニャー!」

 

「そこはお前が威張るところじゃないだろ」

 

「細かいことはいいニャ!」

 

アーボックとマタドガスは、以前より確実に強くなっている。

 

けれど。

 

「アーボック!」

 

「マタドガース!」

 

二匹はディグダたちへ攻撃するより先に、穴からムサシとコジロウを引き上げようとしていた。

 

サトシはそれを見て少しだけ笑う。

 

「なんだかんだ、大事にされてるんだな」

 

「誰がよ!」

 

「お前たちが」

 

「当然でしょ!」

 

ムサシは即答した。

 

その返事に、サトシはそれ以上何も言わなかった。

 

ロケット団はロケット団。

 

悪いこともする。

 

それでも。

 

ポケモンとの間にあるものまで全部偽物というわけではない。

 

◇

 

その後。

 

サトシたちは工事関係者へ、自分たちが見たものを話した。

 

ディグダとダグトリオが土地を耕していること。

 

その土地に植物が根づいていること。

 

そしてダム建設が、この周辺の環境を大きく変えてしまうこと。

 

最初は難しい顔をしていた工事関係者たちも、実際に現地を確認すると何も言えなくなった。

 

ディグダたちが意味もなく工事を邪魔していたわけではない。

 

自分たちの土地を守ろうとしていただけだった。

 

やがて。

 

工事の中止が決まった。

 

重機が止まる。

 

作業員たちが撤収を始める。

 

それを遠くから見ていたディグダたちが、一匹、また一匹と地面から顔を出した。

 

「ディグ!」

 

「ディグダ!」

 

「ダグダグ!」

 

「良かったわね」

 

カスミが笑う。

 

「ソウ!」

 

フシギソウが駆け出した。

 

「どうした?」

 

追いかけると、フシギソウは荒れた地面の一角で止まった。

 

「ソウ!」

 

つるが示す先。

 

小さな芽。

 

工事で荒れた土の中から、ほんの少しだけ緑が顔を出している。

 

「……あったな」

 

サトシがしゃがみ込む。

 

触れないように。

 

ただ見る。

 

「ソウ」

 

フシギソウもその隣に座った。

 

少し先ではディグダたちが再び土を掘り始めている。

 

「ちゃんと戻っていくさ」

 

「ソウ!」

 

サトシは立ち上がった。

 

「俺たちも行こう」

 

「ピカ!」

 

◇

 

夕暮れ。

 

サトシたちは次の街を目指して歩き始めた。

 

工事現場は少しずつ遠ざかっていく。

 

「結局、今日は一回もバトルしなかったわね」

 

カスミが言った。

 

「そうだな」

 

「物足りない?」

 

サトシは少し考えてから笑った。

 

「いや」

 

肩のピカチュウを見る。

 

「戦わなくていいなら、それが一番だろ」

 

「ピカ!」

 

その後ろをフシギソウが歩く。

 

「ソウ!」

 

さらにヒトカゲ、ゼニガメ。

 

少し離れたところでは。

 

「ベットォ!」

 

「ゴースト!」

 

ベトベトンがゴーストを捕まえようとして、何度も身体をすり抜けられている。

 

「ベット?」

 

「ゴースト!」

 

「まだやってる……」

 

カスミが呆れた。

 

タケシの隣ではロコンが尻尾を揺らす。

 

「コン」

 

いつもの旅。

 

けれど。

 

今日もまた一つ。

 

ポケモンたちから教えられた。

 

言葉がなくても。

 

戦わなくても。

 

相手が何を守ろうとしているのか、見ようとすることはできる。

 

◇

 

そして。

 

サトシたちが去ったあとの山。

 

「やっと出られた……」

 

穴からムサシが這い上がる。

 

「ひどい目に遭った……」

 

コジロウも続く。

 

「ニャー……」

 

最後にニャース。

 

その後ろから。

 

「アーボック!」

 

「マタドガース!」

 

新しい姿となった二匹が現れる。

 

ムサシは一瞬で元気を取り戻した。

 

「そうよ!」

 

「俺たちには進化したアーボックとマタドガスがいる!」

 

「次こそピカチュウを捕まえるニャ!」

 

三人が勢いよく立ち上がる。

 

「アーボック!」

 

「マタドガース!」

 

「まずはサトシたちを追いかけるわよ!」

 

一歩。

 

「ディグ」

 

足元から顔。

 

「……え?」

 

「ディグ!」

 

二匹。

 

「ディグダ!」

 

三匹。

 

地面が沈んだ。

 

「ちょっと待って」

 

「まさか……」

 

「嫌な予感しかしないニャ」

 

ずぼっ。

 

「やな感じー!」

 

山の向こうへ。

 

三人の声が響き渡った。

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