ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
ディグダたちの山を離れてから、サトシたちはセキチクシティを目指して旅を続けていた。
次の目的は、もちろんセキチクジム。
サトシがこれまでに集めたバッジは五つ。ニビシティのグレーバッジ、ハナダシティのブルーバッジ、クチバシティのオレンジバッジ、ヤマブキシティのゴールドバッジ、そしてタマムシシティのレインボーバッジ。
ポケモンリーグ出場に必要な八個まで、あと三個だった。
「セキチクジムで勝てば六個目か」
「ピカ!」
肩の上でピカチュウが元気よく前足を上げる。
その後ろではフシギソウとゼニガメが並んで歩き、少し離れたところをヒトカゲが進んでいた。ゴーストは木々の間を好き勝手に飛び回り、ベトベトンは――。
「ベットォ!」
「だから急に来るなって!」
サトシが横へ飛び退く。
直後、大きな紫色の身体が先ほどまでサトシのいた場所へ飛び込んだ。
「ベット?」
「なんで避けるの、みたいな顔するな」
「ベットォ……」
露骨に落ち込む。
「そんな顔されてもな……」
サトシが困ったように頭を掻くと、カスミが笑った。
「抱きつかせてあげればいいじゃない」
「じゃあカスミがやってみる?」
「遠慮しとく」
「即答かよ」
「コダ?」
「コダックも近づいちゃ駄目よ」
「コダ」
その横では、タケシのロコンがベトベトンから絶妙な距離を保って歩いている。
「コン」
毛並みを汚されたくないらしい。
旅の仲間になってまだ日は浅いものの、ベトベトンはすっかり一行に馴染んでいた。
ただし。
サトシは歩きながらベトベトンを見る。
一緒に旅をすることと、バトルで息を合わせることは別だ。
発電所では協力して戦ったものの、まだベトベトンがどういう戦い方を得意とするのか、十分には分かっていない。
これから少しずつ知っていけばいい。
そう考えていると。
「サトシ、あれじゃないか?」
タケシが前方を指差した。
森の中。
木々に囲まれるようにして、一軒の大きな屋敷が建っている。
「セキチクジム?」
カスミが首を傾げる。
「ジムっていうより……」
サトシも建物を見上げる。
「忍者屋敷だな」
「ピカ」
どこか嫌な予感がする。
それでも。
「行ってみよう」
サトシたちは屋敷へ足を踏み入れた。
◇
入ってすぐ。
「……どっちだ?」
廊下が二つに分かれていた。
「案内くらい置いておけばいいのに」
カスミが文句を言う。
「ジムなんだから、挑戦者を試してるのかもしれないな」
タケシが壁を見る。
「忍者屋敷なら仕掛けがあっても――」
がこん。
「え?」
足元が開いた。
「うわあああっ!?」
サトシ、カスミ、タケシがまとめて落ちる。
「ピカァ!」
ピカチュウもサトシの肩へしがみついた。
数秒後。
どさどさどさっ!
「痛たた……」
「何なのよ、このジム!」
「いきなり落とし穴か……」
三人が身体を起こす。
すると。
「ゴースト!」
頭上から楽しそうな笑い声。
ゴーストだけが床をすり抜け、空中に浮いていた。
「……」
カスミが見上げる。
「ゴーストだけずるい!」
「ゴースト!」
ゴーストはさらに笑った。
「こいつ絶対楽しんでるな」
サトシが苦笑する。
どうにか元の廊下へ戻り、今度こそ慎重に進む。
だが。
壁が回る。
「うわっ!」
別の通路へ放り出される。
天井から何かが落ちる。
「危ない!」
タケシが避ける。
床が傾く。
「また!?」
カスミが滑る。
「ピカ!」
ピカチュウがサトシの肩から跳び、器用に着地する。
そのたびにゴーストだけは壁や床をすり抜け、何事もなかったように先へ進んでいく。
「ゴースト!」
「だから笑わないでよ!」
「まあまあ」
「サトシも笑ってるじゃない!」
そんな騒ぎを繰り返しながら進んでいると、不意に。
シュッ!
何かが飛んできた。
「!」
サトシが身体を反らす。
壁へ刺さったのは手裏剣――ではなく、それを模した仕掛けだった。
「何者!」
女性の声。
天井近くの梁から、一人の少女が飛び降りる。
「この先へ進みたければ、まず私を倒してからよ!」
「えっと……」
サトシは少女を見る。
「俺たち、ジム戦をしに来たんだけど」
「だからよ!」
少女が構える。
「私はアヤ! セキチクジムの忍者!」
「忍者……」
「本当にいたのね」
カスミが小声で言う。
「聞こえてる!」
「ごめん」
アヤがモンスターボールを構えた、そのとき。
「そこまでだ、アヤ」
奥から低い声が響いた。
全員が振り返る。
忍者装束をまとった男が、静かに立っている。
「兄者!」
アヤが振り返った。
男はサトシたちを見る。
「よくここまで辿り着いた」
「あなたがジムリーダー?」
「ああ。拙者はキョウ。セキチクジムのジムリーダーだ」
サトシの表情が変わる。
ここからは挑戦者として。
一歩前へ。
「俺はマサラタウンのサトシです」
肩のピカチュウも前を向く。
「ピカ!」
「セキチクジムに挑戦しに来ました」
キョウは静かに頷いた。
「よかろう。その挑戦、受けよう」
◇
案内されたバトル場も、やはり普通ではなかった。
屋内に作られた広い空間。
柱。
壁。
足場。
至るところに忍者屋敷らしい仕掛けがある。
「ここで戦うのか」
「環境を見極めることもトレーナーの力」
キョウが反対側へ立つ。
「己のポケモンの力だけを頼りにしていては、拙者には勝てぬぞ」
「望むところです」
サトシは腰のボールへ手を伸ばす。
誰を出すか。
少し考え。
一つのボールを握った。
「最初はお前だ!」
投げる。
「ベトベトン!」
光が広がる。
「ベットォ!」
大きな身体がフィールドへ現れた。
「ベトベトン?」
カスミが少し驚く。
「加入してから初めてのちゃんとしたバトルね」
「ああ」
タケシが頷く。
「サトシも、ここでベトベトンの戦い方を見たいんだろう」
キョウはベトベトンを見ても表情を変えなかった。
「面白い」
モンスターボールを投げる。
「行け!」
光。
相手が姿を現す。
サトシはすぐに身構えた。
「始め!」
合図。
相手が動く。
「ベトベトン、正面から受けるな! 横へ!」
「ベットォ!」
ベトベトンが動く。
しかし。
「そっちじゃない!」
「ベット?」
逆。
攻撃が迫る。
「ベットォ!?」
直撃。
身体がぐにゃりと変形し、ベトベトンが後ろへ押された。
「やっぱりまだ指示に慣れてないか」
サトシは焦らない。
加入して数日。
最初から完璧に動ける方がおかしい。
「大丈夫! 次は俺の声をよく聞いてくれ!」
「ベット!」
相手が再び迫る。
今度はサトシも、ベトベトンへ細かく方向を指示するのをやめた。
「そのまま受けろ!」
「ベットォ!」
「何?」
キョウの目が細くなる。
攻撃がベトベトンへ当たる。
柔らかな身体が大きくへこむ。
だが。
「ベット!」
倒れない。
むしろ。
相手の身体がベトベトンへ沈み込んだ。
「今だ、捕まえろ!」
「ベットォ!」
身体全体で包み込む。
「そうか!」
タケシが気づいた。
「無理に普通のポケモンみたいに避けさせる必要がないんだ!」
「ベトベトンの身体を使う!」
サトシも笑う。
「そのまま押し返せ!」
「ベットォォ!」
柔らかな身体が一気に動いた。
相手を弾き飛ばす。
どんっ!
「よし!」
「ベット!」
初めて。
サトシとベトベトンの動きが噛み合った。
キョウは静かにそれを見る。
「なるほど。戦いながら相手を知るか」
「まだ仲間になったばかりなんです」
サトシはベトベトンを見る。
「だから今、知っていけばいい!」
「ベットォ!」
嬉しそうに鳴く。
「ただしこっちに来るなよ!」
「ベット?」
「今はバトル中だから!」
◇
勝負は続いた。
キョウの戦い方は厄介だった。
単純に正面から攻めてこない。
柱を利用する。
視界から消える。
攻撃の角度を変える。
さらに毒を絡め、少しずつこちらの動きを削ってくる。
「慌てるな、ベトベトン!」
「ベット!」
毒そのものを見れば、タマムシジムでの経験がある。
フシギソウが『どくどく』を覚え、実際のジム戦でも使った。
だからこそ。
毒を受けたからといって、すぐに勝負が終わるわけではないと分かっている。
「相手を追いかけるな!」
「ベット!」
見えない相手を無理に追わせない。
ベトベトンはその場で構える。
柱の陰。
気配。
動く影。
「今!」
「ベットォ!」
身体を大きく伸ばす。
相手が飛び出したところへ合わせる。
命中。
「よし!」
ベトベトンが押す。
少しずつ。
連携ができていく。
最初はサトシの言葉と動きが合わなかった。
今は。
「ベトベトン!」
「ベット!」
名前を呼ぶだけで、こちらを見る。
「前!」
「ベットォ!」
動く。
「止まれ!」
「ベット!」
止まる。
まだ荒い。
それでも。
確実に変わっていた。
そして――。
「そこだ!」
「ベットォォ!」
最後の一撃。
相手が倒れる。
「……」
審判役のアヤが確認する。
「戦闘不能!」
「やった!」
「ピカ!」
カスミたちの横にいるピカチュウが前足を上げる。
「ベットォ!」
ベトベトンがサトシへ振り返る。
「よくやった!」
「ベットォォ!」
「待て」
迫る。
「今は待て!」
「ベットォ!」
「うわっ!」
べちゃっ。
押し倒された。
「ピカピカ!」
「だからバトル中だって!」
「ベットォ~」
嬉しいものは嬉しいらしい。
◇
「面白いポケモンだ」
キョウが次のボールを構える。
「だが、ここからだ」
「戻れ、ベトベトン」
サトシがボールを向ける。
「ベット?」
「まだ戦いたそうだけど、毒も受けてる。ここからは交代だ」
「ベット……」
「十分頑張ったよ」
「ベット」
納得したようにボールへ戻る。
サトシは次の一匹を考える。
そのとき。
ドォン!
建物が揺れた。
「何!?」
アヤが振り返る。
天井の一部から煙が上がる。
そして。
「なんだかんだと聞かれたら!」
「答えてあげるが世の情け!」
「……またか」
サトシの肩が落ちる。
「ピカァ……」
ピカチュウも同じ顔。
壁を突き破るように現れたのは。
「世界の破壊を防ぐため!」
「世界の平和を守るため!」
ムサシ。
コジロウ。
ニャース。
そして。
「アーボック!」
「マタドガース!」
進化した二匹。
「昨日進化したばっかりでもう来たのか」
「何よその反応!」
ムサシが怒る。
「もっと驚きなさいよ!」
「進化したところは見てたし」
「そういう問題じゃない!」
「アーボック!」
アーボックが大きく身体を起こす。
以前のアーボとは違う。
体格も。
威圧感も。
「マタドガース!」
マタドガスも煙を吐きながら浮かぶ。
「昨日より確実に強そうだな」
サトシの表情が変わった。
「ピカ!」
ピカチュウも前へ。
「拙者のジムで好き勝手をするとは」
キョウが静かにロケット団を見る。
「覚悟はできているのだろうな?」
「何よ!」
「忍者だろうがジムリーダーだろうが関係ない!」
「今日こそピカチュウと、このジムのポケモンをいただくニャ!」
アヤもボールを構える。
「兄者!」
「行くぞ」
「はい!」
サトシも頷く。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
◇
進化した二匹は、やはり以前とは違った。
アーボックが床を這う速度が上がっている。
マタドガスも身体が大きくなっただけでなく、以前より広い範囲へ煙を広げる。
「ピカチュウ、煙の外へ!」
「ピカ!」
ピカチュウが『でんこうせっか』で駆ける。
アーボックが追う。
「アーボック!」
長い身体が一気に迫った。
「上!」
ピカチュウが跳ぶ。
その下をアーボックが通過する。
「ピカ!」
着地。
すぐ振り返る。
「10まんボルト!」
「ピッカァァ――チュウ!」
電撃が走る。
しかし。
「マタドガス!」
マタドガスが割り込む。
爆発。
煙。
「前より耐える!」
カスミが声を上げる。
「進化したんだ。当然だ!」
サトシは煙を見つめる。
その中からアーボックが飛び出した。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
間に合わない。
その瞬間。
「ゴースト!」
床からゴーストが現れた。
「シャドーパンチ!」
「ゴースト!」
拳。
アーボックの顔へ命中。
「アーボック!?」
軌道が逸れる。
「ありがとう、ゴースト!」
「ゴースト!」
キョウたちも同時に動く。
アヤのポケモンがマタドガスの動きを止め、キョウがアーボックを牽制する。
「今だ!」
サトシが叫ぶ。
「ピカチュウ、エレキボール!」
「ピカ!」
尻尾の先に電気が集まる。
黄色い球体。
「ピーカ!」
放つ。
アーボックとマタドガスの間へ。
着弾。
爆発。
「まだよ!」
煙の中からムサシの声。
二匹は倒れていない。
「本当に強くなってるな」
サトシは笑った。
それなら。
「こっちもちゃんとやる!」
「ピカ!」
ピカチュウが構える。
マタドガスが煙を広げる。
視界が消える。
だが。
サトシは慌てない。
波導へ意識を向ける。
この程度なら。
煙の向こうにいる仲間の位置を掴む。
ピカチュウ。
右前。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
声。
ピカチュウがこちらを見る。
細かな位置を言葉にする必要はない。
「右へ走れ!」
「ピカ!」
『でんこうせっか』。
煙の中を駆ける。
アーボックの攻撃が空を切った。
「そのまま前!」
「ピカ!」
煙を抜ける。
マタドガスが目の前。
「アイアンテール!」
「ピッカ!」
尻尾が光る。
振り抜く。
「マタドガス!」
直撃。
マタドガスがアーボックの方へ吹き飛ばされた。
「仕上げだ!」
ピカチュウが着地する。
「10まんボルト!」
「ピカァァァ――チュウ!」
強烈な電撃。
二匹まとめて包み込む。
「アーボック!」
「マタドガース!」
「そんなぁ!」
「進化したのに!」
「まだ一日しか経ってないニャー!」
爆発。
ロケット団が屋根を突き破る。
「やな感じー!」
遠ざかっていく声。
しばらくして。
ぱらぱら。
壊れた天井の欠片が落ちてきた。
「……」
カスミが上を見る。
「また壊したわね」
「俺じゃないだろ」
「ピカ」
◇
騒ぎが収まり、負傷したポケモンたちの状態を確認する。
幸い、大きな怪我はない。
ベトベトンも毒への処置を受け、少し休ませれば問題ないという。
そして。
キョウは再びフィールドへ立った。
「邪魔が入ったな」
「はい」
「どうする?」
問われたサトシは迷わない。
「もちろん続けます」
「ピカ!」
キョウの口元が僅かに上がる。
「よかろう」
中断されていたジム戦が再開された。
サトシは次のボールを握る。
相手の毒。
地形。
隠れる場所。
全部を見る。
「行くぞ!」
光が広がる。
戦いは先ほど以上に激しくなった。
キョウは柱や影を使い、真正面から狙わせない。
サトシも一つの戦い方には固執しない。
追えば逃げられるなら、追わない。
相手から来させる。
視界を奪われるなら、音と動きを見る。
毒を受けても焦らない。
これまでの旅。
これまでのバトル。
その一つ一つが、ここで繋がっていく。
「そこだ!」
サトシの声。
最後の攻撃が決まった。
キョウのポケモンがフィールドへ倒れる。
静寂。
アヤが確認する。
そして。
「戦闘不能!」
腕を上げた。
「勝者、マサラタウンのサトシ!」
「……!」
サトシの表情が明るくなる。
「やった!」
「ピッカ!」
ピカチュウが胸へ飛び込んできた。
「ピカチュウ!」
受け止める。
「勝ったな!」
「ピカ!」
カスミとタケシも駆け寄ってくる。
「六個目ね!」
「ああ!」
キョウが静かに歩み寄った。
手には一つのバッジ。
「見事だった」
「ありがとうございます」
「力だけではない。戦いの中でポケモンを見て、相手を見て、戦い方を変える。それができる者には、これを持つ資格がある」
キョウが差し出す。
「ピンクバッジだ」
サトシは受け取った。
手のひらの上。
六個目のバッジ。
「……よし!」
高く掲げる。
「ピンクバッジ、ゲットだぜ!」
「ピッカチュウ!」
◇
ジムを出る前。
サトシはベトベトンをボールから出した。
「ベット?」
「今日はありがとう」
「ベットォ!」
「最初は全然合わなかったけどな」
「ベット……」
「落ち込むなって」
サトシは笑って、大きな身体へ手を置いた。
「俺もお前のこと、まだ全然知らないからさ」
「ベット?」
「これからもっと一緒に戦って、お前が得意なことを覚えていく。だから次は、今日よりもっと上手くやろう」
「ベットォ!」
ベトベトンの顔が一気に明るくなる。
「うん。だから――」
サトシは一歩下がった。
「抱きつくならゆっくり――」
「ベットォォ!」
「やっぱり聞いてない!」
べちゃっ!
再び押し倒された。
「ピカピカ!」
「ソウ!」
「ゼニゼニ!」
仲間たちが笑う。
「ベットォ~」
「分かった、分かったから……!」
大きな身体の下からサトシがどうにか顔を出す。
その手には。
新しく手に入れたピンクバッジ。
これで六個。
ポケモンリーグまで。
残るバッジは、あと二つだった。