ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
セキチクジムで六個目のバッジを手に入れた翌日。
サトシたちはセキチクシティを離れ、次の目的地へ向かって歩いていた。
これで集めたバッジは六個。ポケモンリーグ出場に必要な八個まで、残り二個となった。
「あと二つか」
サトシがバッジケースを閉じる。
「ピカ!」
肩の上のピカチュウも嬉しそうに頷いた。
「でも、まだ先は長いわよ」
カスミが言う。
「分かってるよ。バッジを八個集めたら終わりじゃないからな」
リーグへ出場することが目的ではない。
そこで勝つ。
さらにその先へ進む。
世界最強のポケモントレーナー。
そして、ポケモンマスター。
まだ入口にも立っていない。
とはいえ、そんなことばかり考えて旅をしているわけでもなかった。
「うわ……!」
森を抜けた瞬間、サトシは思わず声を上げた。
目の前に広がっていたのは、一面の草原だった。
風が吹くたびに草が波打ち、遠くには放牧されているポケモンたちの姿が見える。
「ケンタロスだ!」
「向こうにはドードーもいるわよ」
「広いな」
タケシも目を細める。
ロコンが草の匂いを嗅ぎながら、その足元を歩いていた。
「コン」
「ピカ!」
ピカチュウもサトシの肩から飛び降り、草原へ駆け出す。
「待てよ、ピカチュウ!」
サトシも笑って追いかけようとした。
そのときだった。
地面を打つ音が聞こえた。
軽い。
だが速い。
一定のリズムを刻みながら、こちらへ近づいてくる。
「何だ?」
振り返った瞬間。
一匹のポケモンが、風のようにサトシたちの前を駆け抜けた。
炎のたてがみ。
炎の尻尾。
しなやかな四肢。
その背中には、一人の少女が乗っている。
「ポニータ!」
サトシの目が輝いた。
「速い!」
ポニータは草原を大きく回り、そのままこちらへ戻ってきた。
「止まって、ポニータ!」
「ヒヒーン!」
前脚を上げ、速度を落とす。
少女は慣れた動きで地面へ降りた。
「こんにちは。旅のトレーナー?」
「ああ。俺、マサラタウンのサトシ」
「ピカチュウ!」
「私はカスミ」
「タケシだ」
「私はフウコ。こっちはポニータよ」
「ヒヒーン」
サトシはすぐにポニータへ目を向けた。
間近で見ると、よく鍛えられていることが分かる。
脚。
身体。
呼吸。
ただ速いだけではない。
長く走るための身体ができている。
「すごいな……」
サトシが思わず近づく。
「ヒヒッ!」
ポニータが警戒するように一歩下がった。
「あ」
「気をつけて」
フウコが笑う。
「ポニータの炎は、認めてない相手が触ろうとすると熱いわよ」
「なるほど」
サトシは伸ばしかけた手を止めた。
無理に触ろうとはしない。
その場にしゃがみ、少し距離を取る。
「ごめんな。いきなり近づいて」
「ヒヒ……」
ポニータはまだ警戒している。
それでいい。
サトシは笑った。
「触らせてもらうのは、仲良くなってからだな」
「ピカ」
ピカチュウが隣へ来る。
ポニータはそんな二人をじっと見つめていた。
◇
フウコに案内され、サトシたちはララミー族の暮らす場所へ向かった。
そこでは人とポケモンが一緒に生活していた。
放牧されるケンタロス。
草を食べるポケモンたち。
人を乗せて走るドードー。
そして至るところで、ポケモンの世話をする人々の姿がある。
「いいところだな」
タケシはすっかり興味を惹かれていた。
「ポケモンの体調管理もかなり細かくやってる。食事も運動量に合わせて変えてるみたいだ」
「さすがタケシ」
カスミが苦笑する。
「こういう話になると止まらないわね」
フウコが笑った。
「もうすぐ、ここでポケモンレースがあるの」
「レース?」
サトシが反応する。
「一年間育ててきたポケモンたちの成長を競う大事なレースよ。私もポニータと出るの」
「ヒヒーン!」
ポニータが誇らしげに鳴く。
「へえ……!」
サトシの目が輝く。
バトルとは違う。
純粋な速さだけでもない。
長いコースを走り切る持久力。
乗り手との呼吸。
地形への対応。
「面白そうだな!」
「ピカ!」
フウコはそんなサトシを見て笑った。
「見ていく?」
「もちろん!」
その日の午後。
サトシたちはポニータの練習を見せてもらうことになった。
◇
「ポニータ、行くよ!」
「ヒヒーン!」
走り出す。
やはり速い。
けれどサトシは、今度は速度だけを見ていなかった。
フウコが身体を傾ければ、ポニータも自然に進路を変える。
減速する前には、ほとんど同時に二人の身体が動く。
言葉による指示は少ない。
それだけ一緒に走ってきたということだ。
「すごいな」
「ピカ」
練習を終えたポニータが戻ってくる。
フウコが水を飲ませている間、サトシは少し離れた場所に座っていた。
「ヒヒ?」
ポニータがこちらを見る。
「お疲れ」
それだけ。
近づかない。
すると。
ポニータの方から数歩近づいてきた。
「ヒヒ……」
「ん?」
鼻先が近づく。
サトシは動かない。
匂いを確かめるように、ポニータが顔を寄せた。
やがて。
鼻先がサトシの手へ触れる。
「……触っていい?」
「ヒヒン」
今度は逃げなかった。
サトシがゆっくり額へ手を置く。
炎は熱くない。
「よろしくな」
「ヒヒーン」
フウコがそれを見て微笑んだ。
「認めてもらえたみたいね」
「よかった」
「ピカピカ!」
ピカチュウも嬉しそうだった。
◇
その夜。
ララミー族の集落から少し離れた場所。
三つの影がこそこそと動いていた。
「ポケモンレース……」
ムサシ。
「優勝……」
コジロウ。
「名誉……」
ニャース。
三人が顔を見合わせる。
「これは目立つチャンスじゃない!」
「優勝すれば俺たちの実力も証明できる!」
「ついでにピカチュウもいただくニャ!」
「完璧!」
もちろん。
ろくなことを考えていなかった。
◇
翌朝。
事件は起きた。
ポニータと練習へ向かったフウコを、サトシたちは少し離れた場所から見ていた。
「今日も調子良さそうだな」
「ピカ!」
そのとき。
ポニータの進行方向で爆発が起きた。
ドォン!
「ヒヒィン!」
「きゃっ!」
驚いたポニータが急停止する。
フウコの身体が大きく傾いた。
「フウコ!」
サトシが走る。
フウコは地面へ投げ出されていた。
「大丈夫か!?」
「うっ……」
意識はある。
しかし。
「足が……」
立とうとして顔を歪めた。
タケシがすぐに状態を確認する。
「無理に動かすな。骨まではいってないと思うけど、これじゃレースには……」
「そんな……」
フウコが唇を噛む。
「ヒヒーン……」
ポニータが心配そうに寄り添った。
サトシは爆発した場所を見る。
妙な跡。
自然に起きたものではない。
「……あいつらか」
「ピカ」
ピカチュウも同じことを考えたらしい。
だが今は追いかけることより、フウコが先だ。
「ごめんね、ポニータ」
フウコが額を撫でる。
「ずっと練習してきたのに……」
「ヒヒ……」
悔しそうに地面を蹴る。
その姿を見て。
フウコがサトシへ顔を向けた。
「サトシ」
「ん?」
「お願いがあるの」
サトシは何を言われるのか分かった。
それでも黙って待つ。
「私の代わりに、ポニータとレースに出て」
「……俺が?」
「昨日、ポニータはあなたを受け入れた。短い時間だけど……あなたなら一緒に走れると思う」
サトシはポニータを見る。
「ヒヒン」
ポニータもこちらを見返す。
「俺でいいのか?」
「ヒヒーン!」
強い返事。
サトシは笑った。
「分かった」
ポニータの首へ手を置く。
「フウコの分まで走ろう」
「ヒヒーン!」
◇
レース会場には多くの参加者が集まっていた。
ケンタロス。
ドードリオ。
イワーク。
ストライク。
様々なポケモンと、その乗り手たち。
サトシもポニータの背中へ乗る。
「……こうやって乗ると、また違うな」
「ヒヒン」
「頼むぞ」
「ヒヒーン!」
少し離れた場所では、カスミたちも参加の準備をしている。
そして。
妙に怪しい参加者もいた。
「……」
サトシが目を細める。
「ピカ?」
「いや。絶対あいつらだろ」
変装している。
だが隠す気があるのか疑わしい。
「今はレースだ」
妨害してくるなら、そのとき対処する。
サトシは前を向いた。
合図。
一斉にスタート。
「行くぞ!」
「ヒヒーン!」
ポニータが走り出す。
風が顔へぶつかる。
「速っ……!」
見ているのとはまるで違う。
一歩ごとに身体が上下する。
少しでも姿勢を崩せば、ポニータの邪魔になる。
「ごめん!」
「ヒヒン!」
サトシは手綱だけに頼らず、身体の動きを合わせようとする。
ポニータが右へ傾く。
サトシも右。
坂。
身体を少し前へ。
下り。
邪魔にならないよう重心を調整する。
最初は合わなかった。
だが。
走るほど。
少しずつ。
ポニータの動きが分かってくる。
呼吸。
脚の運び。
地面を蹴る瞬間。
「……こうか!」
「ヒヒーン!」
速度が上がる。
「よし!」
サトシは笑った。
「行こう!」
◇
レースは草原だけでは終わらない。
坂道。
岩場。
細い道。
障害物。
次々と変わるコースを、参加者たちが走り抜ける。
その途中。
「今ニャ!」
「了解!」
怪しい参加者たちが動いた。
仕掛け。
進路妨害。
他の参加者が次々と足止めされる。
「やっぱり!」
サトシが叫ぶ。
変装が剥がれた。
「ムサシ!」
「コジロウ!」
「ニャース!」
「バレたなら仕方ないわ!」
「このレース、優勝するのは俺たちだ!」
「正々堂々なんて言葉は知らないニャ!」
「威張るな!」
「ピカー!」
コース脇からピカチュウも怒鳴る。
だがサトシはポニータから降りない。
「今は走る!」
「ヒヒーン!」
妨害が来る。
前方に障害物。
「左だ!」
「ヒヒン!」
かわす。
別の罠。
ポニータが自分で踏み切る。
サトシも身体を合わせる。
跳ぶ。
着地。
「よし!」
「ヒヒーン!」
もう。
最初とは違う。
サトシが細かく指示しなくても、ポニータが判断する。
ポニータが動けば、サトシもそれに合わせる。
短い時間。
それでも二人の呼吸は確実に合い始めていた。
◇
終盤。
先頭は遠くない。
だが。
「くっ……!」
ポニータの呼吸が荒くなってきた。
「ヒヒッ……!」
長いレース。
それまでの妨害。
疲労が溜まっている。
「無理するな!」
サトシは声をかける。
「まだ走れるか?」
「ヒヒ……!」
ポニータは前を見る。
先頭。
ゴール。
そして。
遠くで見守っているフウコ。
「ヒヒィィィン!」
力強く鳴いた。
まだ行く。
そう答えている。
「分かった」
サトシも前を向く。
「最後まで付き合う!」
「ヒヒーン!」
ポニータが加速する。
一頭抜く。
さらに一頭。
前との差が縮まる。
「行け!」
最後の直線。
だが。
まだ届かない。
「ヒヒッ……!」
ポニータがさらに地面を蹴った。
その瞬間。
身体が光った。
「……!」
サトシが目を見開く。
走りながら。
光が身体全体を包む。
「ポニータ……!」
体格が変わる。
脚が伸びる。
身体が大きくなる。
燃え上がる炎がさらに力強く揺らめいた。
光が弾ける。
「ヒヒィィィィン!」
ギャロップ。
進化した姿のまま、走り続ける。
「進化した……!」
サトシは一瞬驚き。
すぐ笑った。
「すごいな!」
「ヒヒィン!」
速度が上がる。
一気に。
前へ。
「行け、ギャロップ!」
「ヒヒィィィン!」
最後の一頭へ並ぶ。
一歩。
さらに一歩。
そして。
ゴール。
駆け抜けた。
◇
「一着!」
歓声が草原へ響いた。
「やった!」
サトシが拳を上げる。
「ヒヒィィィン!」
ギャロップも前脚を上げる。
少し遅れて。
「サトシ!」
フウコがやってくる。
足を痛めているため無理には走れない。
それでも、その顔には満面の笑みがあった。
「フウコ!」
サトシはギャロップから降りる。
「おめでとう、ギャロップ」
フウコが進化した相棒へ抱きつく。
「ヒヒィン」
「頑張ったね……!」
ギャロップが優しく顔を寄せた。
サトシは少し離れてそれを見守る。
やがて。
「ヒヒン」
ギャロップがこちらへ来た。
「ん?」
顔を寄せる。
サトシは笑って、その額を撫でた。
「ありがとう」
今度は炎を気にする必要もない。
「お前と走れて楽しかった」
「ヒヒィン!」
鼻先を胸へ押しつけてくる。
「またいつか走ろうな」
「ヒヒン!」
「ピカピカ!」
ピカチュウも駆け寄ってきた。
サトシの肩へ飛び乗る。
「お疲れ、ピカチュウ」
「ピカ!」
「俺は走ってないけどね」
カスミがやってくる。
「途中から完全に楽しんでたでしょ?」
「まあな」
サトシは笑う。
バトルとは違った。
自分のポケモンでもない。
昨日出会ったばかりの相手。
それでも。
一緒に何かを目指して。
少しずつ呼吸を合わせて。
最後には同じゴールを目指して走れた。
「こういうのもいいな」
「ピカ?」
「いや、何でもない」
そのとき。
空の向こうから声が聞こえた。
「なんで私たちが失格なのよー!」
「妨害したからに決まってるでしょ!」
「納得できないニャー!」
どうやらロケット団が係員に追い回されているらしい。
「……元気だな」
「ピカァ」
サトシとピカチュウは顔を見合わせる。
そして笑った。
草原を吹き抜ける風の中。
新しくギャロップへ進化した相棒とフウコに見送られながら、サトシたちは再び旅へ出る。
六つのバッジと。
また一つ増えた、大切な出会いを胸に。