ポケットモンスター ―君と目指す頂―   作:あああああ

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第62話 ミニリュウのでんせつ

森を抜けた先に広がっていたのは、どこまでも続く大自然だった。

 

草原。

 

岩場。

 

林。

 

遠くには湖も見える。

 

人の手がほとんど入っていないその場所では、多くの野生ポケモンたちが自由に暮らしていた。

 

「ここが……サファリゾーン!」

 

サトシの声が弾む。

 

「ピカ!」

 

肩の上のピカチュウも身を乗り出した。

 

旅を始めてから、いくつもの場所を訪れてきた。

 

それでも、これほど広大な土地に多種多様な野生ポケモンが暮らしている光景は、見ているだけで胸が高鳴る。

 

「すごいわね……」

 

カスミも辺りを見回している。

 

「野生のポケモンがあんなにいる」

 

タケシは草原の向こうへ目を凝らした。

 

「ケンタロスの群れもいるな」

 

「本当だ!」

 

サトシがそちらを見る。

 

何十匹ものケンタロスが土煙を上げながら走っていた。

 

「ピカピカ!」

 

「分かってるって。いきなり追いかけたりしないよ」

 

「ピカ」

 

本当か、とでも言いたそうな目を向けられる。

 

「……そんな目で見るなよ」

 

サトシが苦笑した。

 

そのとき。

 

「お前たち!」

 

突然、鋭い声が飛んできた。

 

「うわっ!」

 

振り返る。

 

そこに立っていたのは、厳しい顔つきの老人だった。

 

「ここでは勝手なことをするな!」

 

「分かってます!」

 

反射的に答えたサトシだったが、老人はじろりと睨んでくる。

 

「俺はここの管理人、カイザーだ」

 

サトシはその名前を聞いて、わずかに目を細めた。

 

――カイザー。

 

覚えている。

 

そして、このサファリゾーンにいるという特別なポケモンのことも。

 

だが。

 

知っているからといって、それを利用するつもりはなかった。

 

ここにはここのルールがある。

 

ここで暮らしているポケモンたちには、それぞれの生活がある。

 

「俺、マサラタウンのサトシです」

 

「ピカチュウ!」

 

「カスミです」

 

「タケシです」

 

カイザーは三人を順番に見ると、建物の中へ案内した。

 

◇

 

「これがサファリボールだ」

 

机の上に並べられたボールを見て、サトシの目が輝く。

 

「ここでポケモンを捕まえるなら、基本的にはこいつを使え」

 

「はい」

 

「むやみにポケモンを傷つけるな。自然を荒らすな。危険な場所には勝手に入るな」

 

「分かりました」

 

サトシは真剣に頷いた。

 

その横から。

 

「ピカ?」

 

ピカチュウが壁に飾られている一枚の写真を見つける。

 

「ん?」

 

サトシも視線を向けた。

 

古い写真。

 

そこに写っているのは。

 

細長い青い身体。

 

白い腹。

 

頭部の小さな突起。

 

「ミニリュウ……」

 

カスミが目を丸くする。

 

カイザーの表情が変わった。

 

「……知らんな」

 

「いや、写真に――」

 

「知らん!」

 

サトシはそれ以上聞かなかった。

 

カイザーが何を守ろうとしているのか。

 

分かっている。

 

「行こう、ピカチュウ」

 

「ピカ?」

 

「ここへ来た目的は、ミニリュウ探しだけじゃないからな」

 

「ピカ!」

 

その言葉を聞いたカイザーが、わずかにサトシへ視線を向けた。

 

◇

 

サファリゾーンへ入ってからしばらく。

 

サトシは早くも、この場所の洗礼を受けていた。

 

「よし……今度こそ」

 

草むらの向こう。

 

一匹の野生ポケモンへ狙いを定める。

 

「サファリボール!」

 

投げる。

 

その瞬間。

 

ドドドドドドド!

 

「え?」

 

横から猛烈な勢いで何かが突っ込んできた。

 

「ケンタロス!?」

 

ボールの軌道へ、一匹のケンタロスが割り込む。

 

パシュン!

 

吸い込まれる。

 

ボールが地面へ落ちる。

 

揺れて。

 

止まった。

 

「……」

 

「ピカ……」

 

サトシとピカチュウがボールを見る。

 

「捕まえたわね」

 

「ケンタロスをな」

 

カスミの言葉に、サトシが苦笑する。

 

「いや、ケンタロスも好きだけどさ」

 

気を取り直して進む。

 

少しして。

 

別のポケモンを見つける。

 

「今度こそ!」

 

サファリボールを投げる。

 

ドドドドド!

 

「また!?」

 

パシュン!

 

ケンタロス。

 

さらに。

 

「そこだ!」

 

ドドドドド!

 

「嘘だろ!?」

 

ケンタロス。

 

「今なら――!」

 

ドドドドド!

 

「なんで毎回入ってくるんだよ!」

 

またケンタロス。

 

「ピカピカ!」

 

ついにはピカチュウが腹を抱えて笑い始めた。

 

「笑うなよ!」

 

「ピッカピカ!」

 

「サトシ、ケンタロスに好かれてるんじゃない?」

 

「そういう好かれ方ある!?」

 

カスミまで笑っている。

 

タケシも肩を震わせていた。

 

それでもサファリを進むたび、なぜかケンタロスがサファリボールへ飛び込んでくる。

 

最初は戸惑っていたサトシも。

 

やがて。

 

「……もうここまで来たら全員来い!」

 

「ピカ!?」

 

開き直った。

 

そして。

 

最終的に。

 

サトシが捕まえたケンタロスは――三十匹。

 

「三十匹……」

 

並んだボールを前に、サトシが呆然とする。

 

「ピカ……」

 

「オーキド博士、驚くだろうな」

 

タケシが言う。

 

「驚くで済むかしら」

 

カスミが遠い目をした。

 

サトシも想像する。

 

研究所へ突然送られる三十匹のケンタロス。

 

「……あとでちゃんと連絡しよう」

 

「ピカ」

 

それがいい。

 

ピカチュウも深く頷いた。

 

◇

 

午後。

 

サトシたちはサファリゾーンのさらに奥へ進んでいた。

 

やがて。

 

森を抜けた先に、美しい湖が現れる。

 

風が水面を揺らす。

 

サトシは足を止めた。

 

「ここ……」

 

記憶にある。

 

だが、何も知らないように騒ぐことはしなかった。

 

「綺麗な湖ね」

 

カスミが水辺へ近づく。

 

「水もかなり澄んでる」

 

タケシがしゃがみ込む。

 

そのとき。

 

水面が揺れた。

 

「ん?」

 

何かがいる。

 

細長い影。

 

一瞬。

 

青い頭が水面から現れた。

 

「ミニュ……」

 

「!」

 

カスミが息を呑む。

 

「ミニリュウ!」

 

すぐに姿は消えた。

 

だが。

 

確かにいた。

 

「本当にいたんだ……!」

 

カスミが興奮する。

 

サトシも湖を見る。

 

胸が高鳴らないわけがない。

 

ミニリュウ。

 

いつかカイリューへ進化するポケモン。

 

ゲームでもアニメでも何度も見てきた。

 

だが、画面越しと。

 

こうして目の前で生きている姿を見るのは。

 

まるで違う。

 

「……綺麗だな」

 

「ピカ」

 

そのとき。

 

「お前たち!」

 

後ろからカイザーが現れた。

 

「カイザーさん」

 

「ここには来るなと言ったはずだ!」

 

「危険な場所には入るなとは聞きましたけど……」

 

「とにかく戻れ!」

 

カイザーが湖へ視線を向ける。

 

その表情には。

 

怒りよりも。

 

心配があった。

 

サトシは静かに言った。

 

「捕まえませんよ」

 

「……何?」

 

「さっきミニリュウを見ました」

 

カイザーの目が鋭くなる。

 

「でも、捕まえるつもりはありません」

 

「どうしてだ」

 

「ここで暮らしてるんでしょう?」

 

サトシは湖を見る。

 

「それに、カイザーさんがずっと守ってきたんですよね」

 

「……」

 

「だったら俺が勝手に連れていく理由はないです」

 

カイザーはしばらく黙っていた。

 

やがて。

 

湖を見る。

 

「……昔」

 

低い声。

 

「俺はここで、一匹のミニリュウに出会った」

 

カイザーが語り始める。

 

まだ若かった頃。

 

この場所でミニリュウを見つけたこと。

 

珍しいポケモンの存在が広まれば、大勢の人間が押し寄せる。

 

だから。

 

ずっと秘密を守ってきたこと。

 

「今も……いるんですか?」

 

タケシが尋ねる。

 

カイザーは湖を見る。

 

その瞬間。

 

大きく水面が盛り上がった。

 

ザバァン!

 

「わっ!」

 

姿を現したのは。

 

ミニリュウではない。

 

長く優美な身体。

 

頭には翼のようなもの。

 

「ハクリュー……!」

 

カスミが目を見開く。

 

「ハクリュウー」

 

そして、その傍ら。

 

「ミニュ!」

 

先ほどのミニリュウが顔を出す。

 

「まさか……」

 

タケシが気づく。

 

カイザーが頷いた。

 

「あいつが、昔俺が出会ったミニリュウだ」

 

長い年月を経て。

 

ハクリューへ進化していた。

 

そして。

 

その隣にいる小さなミニリュウ。

 

「子供か」

 

サトシが微笑む。

 

「ピカ」

 

親子。

 

だったらなおさら。

 

捕まえる理由などない。

 

ハクリューがこちらを見る。

 

サトシはただ。

 

「会えて嬉しいよ」

 

そう言った。

 

◇

 

「なんですって!?」

 

離れた場所。

 

双眼鏡を握ったムサシの目が輝く。

 

「ミニリュウ!」

 

「しかもハクリューまでいるぞ!」

 

コジロウも興奮する。

 

「超珍しいポケモンニャ!」

 

ニャースが爪を光らせる。

 

三人は顔を見合わせた。

 

「捕まえる!」

 

意見は一瞬で一致した。

 

◇

 

静かな湖へ。

 

轟音が響いた。

 

ドォン!

 

「何!?」

 

サトシが振り返る。

 

湖の一角から水柱が上がる。

 

「ミニュ!?」

 

「ハクリュウ!」

 

親子が驚く。

 

「まさか!」

 

上空から聞き慣れた笑い声。

 

「珍しいポケモンがいるなら!」

 

「いただくのが礼儀ってものだ!」

 

「そんな礼儀ないわよ!」

 

カスミが叫ぶ。

 

気球。

 

その下には。

 

「ロケット団!」

 

「ご名答!」

 

ムサシが笑う。

 

「湖に隠れてるなら!」

 

コジロウが何かを構える。

 

「追い出せばいい!」

 

サトシの顔色が変わった。

 

「やめろ!」

 

水中へ何かが落ちる。

 

爆発物。

 

「ピカチュウ!」

 

サトシが叫ぶ。

 

ドォン!

 

再び水柱。

 

「ミニュ!」

 

ミニリュウが流れに巻き込まれる。

 

「ミニリュウ!」

 

カイザーが湖へ飛び込もうとする。

 

その前に。

 

サトシが走った。

 

「ピカチュウ、あいつらを止めろ!」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウが気球を睨む。

 

「10まんボルト!」

 

「ピッカァァァ――チュウッ!」

 

電撃が空を走る。

 

「ぎゃあああ!」

 

「ちょっと待て!」

 

「まだ何も捕まえてないニャー!」

 

気球が大きく揺れる。

 

だが。

 

湖では。

 

「ミニュ!」

 

ミニリュウが沈みかけていた。

 

「ハクリュウ!」

 

ハクリューが潜る。

 

サトシも水辺まで走る。

 

「頼む……!」

 

水面。

 

数秒。

 

やがて。

 

ザバァン!

 

ハクリューが飛び出した。

 

その身体には。

 

「ミニュ……」

 

子供のミニリュウ。

 

「よかった……!」

 

カイザーが息を吐く。

 

しかし。

 

ロケット団はまだ諦めていない。

 

「アーボック!」

 

「マタドガス!」

 

二匹が降りてくる。

 

「アーボック!」

 

「マタドガース!」

 

「ゴースト!」

 

「ゴースト!」

 

サトシのボールからゴーストが飛び出す。

 

「シャドーボール!」

 

黒紫の球体が放たれる。

 

マタドガスがかわす。

 

「アーボック、行きなさい!」

 

アーボックが湖へ向かう。

 

だが。

 

「ハクリュウ!」

 

ハクリューが前へ出た。

 

尾が振るわれる。

 

「アーボック!?」

 

一撃。

 

アーボックが吹き飛ぶ。

 

「強っ!」

 

コジロウが目を剥く。

 

サトシは思わず笑った。

 

「当然だろ」

 

子供を守る親。

 

簡単に退くはずがない。

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウがサトシの横へ戻る。

 

「エレキボール!」

 

「ピカ――チュウ!」

 

電撃の球体が飛ぶ。

 

「マタドガース!」

 

直撃。

 

「今だ、ゴースト!」

 

「ゴースト!」

 

姿を消す。

 

次の瞬間。

 

「ゴースト!」

 

『シャドーパンチ』。

 

アーボックを叩き飛ばす。

 

「まとめて行け!」

 

「ピカ!」

 

『10まんボルト』。

 

「ピッカァァァ――チュウッ!」

 

「やな感じ――!」

 

気球ごとロケット団が空の彼方へ消えていった。

 

◇

 

湖に。

 

静けさが戻る。

 

「ミニュ」

 

ミニリュウは無事だった。

 

「ハクリュウ」

 

ハクリューが子供へ頬を寄せる。

 

カイザーは何も言わず。

 

ただ親子を見ていた。

 

その目元が少しだけ濡れている。

 

「よかったですね」

 

サトシが言う。

 

「ああ」

 

短い返事。

 

それで十分だった。

 

やがて。

 

ハクリューとミニリュウは湖へ戻っていく。

 

「ミニュ!」

 

最後に子供のミニリュウが顔を出す。

 

「元気でな!」

 

サトシが手を振る。

 

「ピカピカ!」

 

「ミニュ!」

 

水中へ消える。

 

サトシは満足そうに笑った。

 

捕まえなくてもいい。

 

出会えただけで。

 

十分に嬉しい。

 

◇

 

夕方。

 

サファリゾーンを出る前に。

 

サトシたちは少し遠回りをして歩いていた。

 

「結局、ケンタロス三十匹だったわね」

 

「言うなよ」

 

「ピカピカ」

 

「ピカチュウも笑うな!」

 

サトシが頬を膨らませる。

 

そのとき。

 

「ピカ?」

 

ピカチュウが足を止めた。

 

「どうした?」

 

「ピカ……」

 

耳を澄ませる。

 

草むら。

 

サトシもそちらを見る。

 

ガサッ。

 

何かが動いた。

 

「誰かいるのか?」

 

返事はない。

 

だが。

 

もう一度。

 

ガサッ。

 

そして。

 

草むらから。

 

青い頭が現れた。

 

「……!」

 

サトシが目を見開く。

 

「ミニュ」

 

ミニリュウ。

 

「えっ!?」

 

カスミが驚く。

 

「さっきの子!?」

 

「違う」

 

サトシはすぐに気づいた。

 

体格。

 

目つき。

 

雰囲気。

 

何より。

 

こちらを見る視線がまるで違う。

 

湖にいた子供のミニリュウではない。

 

別の個体。

 

「この辺りにもいたのか……」

 

タケシが驚く。

 

「ミニュ」

 

ミニリュウは逃げない。

 

サトシをじっと見る。

 

「……」

 

一歩。

 

サトシが前へ出る。

 

ミニリュウも下がらない。

 

むしろ。

 

身体を低くする。

 

「ミニュ!」

 

風が巻き起こった。

 

「うわっ!」

 

『たつまき』。

 

サトシの帽子が飛びそうになる。

 

「ピカ!」

 

ピカチュウが前へ出ようとする。

 

「待って、ピカチュウ」

 

「ピカ?」

 

サトシはミニリュウを見る。

 

あの目。

 

ただ追い払おうとしているだけではない。

 

「もしかして……」

 

サトシが笑う。

 

「俺と勝負したいのか?」

 

「ミニュ!」

 

ミニリュウが地面を尾で叩いた。

 

答えは明らかだった。

 

「いいよ」

 

サトシは腰のボールへ手を伸ばす。

 

「だったら勝負しよう」

 

一つ。

 

ボールを投げる。

 

「フシギソウ!」

 

光。

 

「ソウ!」

 

フシギソウが着地する。

 

ミニリュウが目を細めた。

 

「相手は強そうだ」

 

「ソウ!」

 

「行くぞ!」

 

◇

 

先に動いたのはミニリュウ。

 

「ミニュ!」

 

『たつまき』。

 

風が渦巻く。

 

「フシギソウ、横へ!」

 

「ソウ!」

 

飛び退く。

 

すぐに。

 

「つるのムチ!」

 

「ソウ!」

 

二本のつるが走る。

 

ミニリュウは身体をしならせる。

 

一本。

 

かわす。

 

二本目。

 

それもかわした。

 

「速い!」

 

「ミニュ!」

 

ミニリュウが距離を詰める。

 

尾に水がまとわりつく。

 

「アクアテール!」

 

「ミニュ!」

 

振り抜かれる。

 

「受け止めろ!」

 

「ソウ!」

 

つるを交差。

 

バシィッ!

 

激しい衝撃。

 

フシギソウが押される。

 

「ソウッ……!」

 

それでも倒れない。

 

「強いな」

 

サトシの笑みが深くなる。

 

「ソウ!」

 

フシギソウも同じだった。

 

相手が強い。

 

だからこそ。

 

燃える。

 

「ミニュ!」

 

再びミニリュウが走る。

 

「今度は追うな!」

 

「ソウ!」

 

フシギソウはその場に残る。

 

ミニリュウが左右へ動く。

 

狙いを絞らせない。

 

「よく見ろ」

 

サトシはミニリュウだけではなく。

 

地面を見る。

 

動く草。

 

身体が通った跡。

 

「右!」

 

「ソウ!」

 

『つるのムチ』。

 

「ミニュ!?」

 

初めて。

 

ミニリュウの進路へ先回りする。

 

かわす。

 

だが。

 

「もう一本!」

 

「ソウ!」

 

反対からつる。

 

ミニリュウが跳ぶ。

 

「そこだ!」

 

『はっぱカッター』。

 

「ソォォォ!」

 

無数の葉が飛ぶ。

 

「ミニュ!」

 

ミニリュウが身体を捻る。

 

何枚かは避ける。

 

だが。

 

すべてではない。

 

バシッ!

 

「ミニュッ!」

 

地面へ落ちる。

 

「まだだ」

 

サトシは油断しない。

 

案の定。

 

「ミニュ……!」

 

ミニリュウが立ち上がった。

 

その目は。

 

まだ死んでいない。

 

むしろ。

 

楽しそうですらある。

 

「やっぱり強いな」

 

「ピカ!」

 

ミニリュウが口を開く。

 

力が集まる。

 

「来るぞ!」

 

「ミニュ――!」

 

激しい力が放たれた。

 

『りゅうのいかり』。

 

「フシギソウ!」

 

爆発。

 

「ソウッ!」

 

フシギソウが吹き飛ばされる。

 

「フシギソウ!」

 

地面を滑る。

 

止まる。

 

「大丈夫か?」

 

「ソウ……!」

 

立つ。

 

「まだ行ける?」

 

「ソウ!」

 

迷いのない返事。

 

サトシは頷く。

 

「なら行こう!」

 

ミニリュウが再び『アクアテール』をまとって突っ込んでくる。

 

「正面!」

 

「ソウ!」

 

「つるのムチ!」

 

つるが伸びる。

 

ミニリュウはかわそうとする。

 

だが。

 

フシギソウは追わない。

 

一本を地面へ。

 

「ミニュ?」

 

「跳べ!」

 

つるを支点に。

 

フシギソウの身体が宙へ上がる。

 

ミニリュウの『アクアテール』が下を通過。

 

「今だ!」

 

「ソォォォ!」

 

空中から。

 

『はっぱカッター』。

 

「ミニュッ!」

 

直撃。

 

ミニリュウがよろめく。

 

着地したフシギソウ。

 

「決めるぞ! たいあたり!」

 

「ソウ!」

 

走る。

 

「ミニュ!」

 

ミニリュウも最後の力で前へ出る。

 

激突。

 

ドン!

 

土煙。

 

「……!」

 

晴れる。

 

立っていたのは。

 

「ソウ……!」

 

フシギソウ。

 

その前。

 

ミニリュウが地面へ伏せている。

 

「ミニュ……」

 

だが。

 

意識はある。

 

サトシを見る。

 

負けた悔しさ。

 

それ以上に。

 

相手を認めるような目。

 

サトシはサファリボールを手に取った。

 

すぐには投げない。

 

「ミニリュウ」

 

「ミニュ」

 

「俺たちと一緒に来るか?」

 

ミニリュウは。

 

逃げなかった。

 

じっとサトシを見る。

 

その横。

 

傷だらけでも胸を張るフシギソウ。

 

「ソウ!」

 

ミニリュウが小さく鳴いた。

 

「ミニュ」

 

サトシは笑う。

 

「行くぞ!」

 

サファリボールを投げた。

 

ミニリュウへ触れる。

 

赤い光。

 

ボールへ吸い込まれる。

 

地面へ落ちた。

 

一度。

 

二度。

 

三度。

 

カチッ。

 

静止。

 

数秒。

 

サトシは動かなかった。

 

やがて。

 

拳を握る。

 

「よし!」

 

「ピカ!」

 

「ソウ!」

 

サトシがボールを拾い上げる。

 

「ミニリュウ、ゲットだぜ!」

 

「ピッカチュウ!」

 

サトシはボールを見る。

 

新しい仲間。

 

そして。

 

きっと。

 

これから長い付き合いになる。

 

そんな予感がしていた。

 

◇

 

ところが。

 

喜びも束の間。

 

サファリボールが転送されていく。

 

「あ」

 

サトシが固まる。

 

「そういえば……」

 

カスミが数える。

 

「ピカチュウ、フシギソウ、ヒトカゲ、ゼニガメ、ゴースト、ベトベトン」

 

タケシが続ける。

 

「もう六匹いるな」

 

「……ミニリュウ、七匹目だ」

 

「ピカ」

 

サトシは額を押さえた。

 

以前クラブを捕まえたときと同じ。

 

七匹目以降は研究所へ転送される。

 

「研究所に戻ったら会えるでしょ?」

 

「いや」

 

サトシはすぐに首を振った。

 

「ミニリュウは手持ちに入れる」

 

迷いはなかった。

 

捕まえたばかり。

 

これから信頼関係を作っていく段階だ。

 

一緒に旅をしたい。

 

「誰かと交代するの?」

 

「ああ」

 

サトシの中では、すでに決まっていた。

 

◇

 

サファリゾーンの管理所。

 

通信機の画面に。

 

オーキド博士の顔が映った。

 

『サトシ!』

 

「博士」

 

『お前というやつは!』

 

いきなり怒鳴られた。

 

「え?」

 

『ケンタロスが! ケンタロスが次から次へと送られてきたぞ!』

 

「あー……」

 

『一体何匹捕まえたんじゃ!』

 

「三十匹」

 

『三十匹!?』

 

画面の向こう。

 

ドドドドドド!

 

大量の足音。

 

『うわっ!』

 

オーキド博士が画面から消えた。

 

「博士!?」

 

『待て! そっちは研究機材が――うわあああ!』

 

「……」

 

カスミが横を向く。

 

肩が震えている。

 

「笑うなよ」

 

「笑ってないわよ」

 

「笑ってるだろ」

 

『まったく……!』

 

オーキド博士が画面へ戻ってくる。

 

髪が少し乱れていた。

 

『それで、今度は何じゃ』

 

「さっき送られたポケモン、確認してくれませんか?」

 

『さっき?』

 

博士が後ろを見る。

 

『ああ、新しいボールが一つ……』

 

操作。

 

光。

 

そして。

 

「ミニュ」

 

画面の向こうへ。

 

ミニリュウが現れた。

 

オーキド博士が止まった。

 

「……」

 

「博士?」

 

『……ミニリュウ?』

 

「はい」

 

『ミニリュウ!?』

 

顔が一気に近づく。

 

『サトシ! お前どこで捕まえた!?』

 

「サファリゾーンです」

 

『それは見れば分かる!』

 

サトシは笑った。

 

「カイザーさんが守ってる親子とは別の個体ですよ」

 

『別個体……』

 

博士は興味深そうにミニリュウを見る。

 

ミニリュウも警戒するように博士を見返している。

 

「ミニュ」

 

『ほう……』

 

「博士」

 

『なんじゃ?』

 

「そのミニリュウ、こっちへ送ってください」

 

『手持ちは六匹じゃろう』

 

「だから、一匹交代します」

 

『誰とじゃ?』

 

サトシは腰を見る。

 

一つのボールを手に取った。

 

「ベトベトン」

 

光。

 

「ベットォ!」

 

ベトベトンが現れる。

 

そして。

 

「ベットォォォ!」

 

「うわっ!」

 

出てきた瞬間。

 

抱きつかれた。

 

「重い重い重い!」

 

「ベットォ!」

 

「分かった! 俺も好きだから! でも潰れる!」

 

「ピカピカ!」

 

ピカチュウが笑っている。

 

「助けろって!」

 

しばらくして。

 

ようやく解放される。

 

サトシは息を整えながら、ベトベトンを見る。

 

「ベトベトン」

 

「ベット?」

 

「少しの間、オーキド博士の研究所で過ごしてくれないか?」

 

「ベット?」

 

「お別れじゃないよ」

 

サトシはしゃがむ。

 

「また一緒に旅することもあるし、バトルを頼むこともある」

 

「ベット……」

 

「研究所にはピジョットも、バタフリーも、クラブもいる。それに今からケンタロスが三十匹」

 

「ベット?」

 

「たぶん退屈はしない」

 

『たぶんどころか大騒ぎじゃ!』

 

画面から博士の声が飛ぶ。

 

サトシは苦笑する。

 

「今はミニリュウと一緒に旅してみたいんだ」

 

ベトベトンはサトシを見る。

 

数秒。

 

「ベット!」

 

明るく鳴いた。

 

「ありがとう」

 

サトシが手を伸ばす。

 

その瞬間。

 

「ベットォォォ!」

 

「だから抱きつくなあああ!」

 

再び飲み込まれた。

 

「ピッカピカ!」

 

「ソウ!」

 

「ゼニゼニ!」

 

いつの間にか出てきた仲間たちまで笑っている。

 

「お前ら助けろよ!」

 

◇

 

交換を終える。

 

ベトベトンが研究所へ。

 

そして。

 

一つのボールがこちらへ転送された。

 

サトシが受け取る。

 

「来い、ミニリュウ!」

 

光。

 

「ミニュ!」

 

ミニリュウが現れる。

 

初めて見る旅の仲間たち。

 

「ピカ!」

 

「ソウ!」

 

「カゲ!」

 

「ゼニ!」

 

「ゴースト!」

 

それぞれが新しい仲間へ近づく。

 

「ミニュ……」

 

少し警戒している。

 

特に。

 

「ソウ!」

 

フシギソウが前へ出る。

 

「ミニュ!」

 

ミニリュウの目つきが変わった。

 

さっき戦った相手。

 

二匹が見つめ合う。

 

「……」

 

「……」

 

サトシたちも黙る。

 

やがて。

 

フシギソウがつるを一本伸ばした。

 

「ソウ」

 

ミニリュウはそれを見る。

 

そして。

 

尾を伸ばす。

 

軽く。

 

つると尾が触れた。

 

「ミニュ」

 

「ソウ!」

 

サトシが笑う。

 

「仲良くなれそうだな」

 

「ピカ!」

 

ミニリュウが今度はサトシを見る。

 

「ミニュ」

 

「改めてよろしく、ミニリュウ」

 

しゃがみ。

 

手を伸ばす。

 

ミニリュウが近づく。

 

鼻先が手へ触れた。

 

「一緒に強くなろう」

 

「ミニュ!」

 

サトシは笑った。

 

◇

 

一方。

 

オーキド研究所。

 

「ベットォ!」

 

「おお、ベトベトン。よろしくな」

 

オーキド博士が手を広げる。

 

「ベットォォォ!」

 

「待て」

 

飛びつく。

 

「待つんじゃ!」

 

「ベットォ!」

 

「ぐわああああ!」

 

博士がベトベトンの下へ消えた。

 

少し離れた場所。

 

「ピージョーーーッ!」

 

空からピジョットが降りてくる。

 

その向こうではバタフリーと桃色のバタフリー。

 

さらに。

 

ドドドドドドド!

 

三十匹のケンタロス。

 

「誰か……!」

 

ベトベトンの下から博士の手だけが出る。

 

「誰か助けてくれぇぇぇ!」

 

研究所は。

 

しばらく賑やかになりそうだった。

 

◇

 

サファリゾーンを出る。

 

夕陽が地平線へ沈み始めていた。

 

サトシの肩にはピカチュウ。

 

その横。

 

地面を滑るようにミニリュウが進んでいる。

 

「ミニュ」

 

初めて見る外の景色が気になるのか。

 

あちらを見て。

 

こちらを見る。

 

「これから色んなところへ行くぞ」

 

「ミニュ?」

 

「森も、街も、海も」

 

「ピカ!」

 

「強いトレーナーとも戦う」

 

その言葉に。

 

「ミニュ!」

 

ミニリュウが一番強く反応した。

 

「やっぱりそこか」

 

サトシが笑う。

 

「バトル好きみたいだな」

 

「ピカピカ」

 

「お前もだろ」

 

「ピカ!」

 

カスミが後ろから呆れたように言う。

 

「似た者同士がまた増えたわね」

 

「いいじゃん」

 

「いいけど」

 

タケシも笑う。

 

「でも、かなり強いミニリュウだったな」

 

「ああ」

 

野生の状態で。

 

あれだけ戦えた。

 

けれど。

 

サトシが惹かれたのは、それだけではない。

 

負けても。

 

最後までこちらから目を逸らさなかった。

 

あの強い目。

 

「もっと強くなるよ」

 

「ミニュ?」

 

サトシがミニリュウを見る。

 

「お前も」

 

そして。

 

「俺もな」

 

「ミニュ!」

 

ミニリュウが嬉しそうに身体を弾ませる。

 

サトシは前を向いた。

 

六個のバッジ。

 

新しい仲間。

 

まだ完成していない技。

 

進化して新しい身体を手に入れたフシギソウ。

 

研究所で鍛錬を続ける仲間たち。

 

修行へ出たオコリザル。

 

それぞれが。

 

それぞれの場所で前へ進んでいる。

 

なら。

 

自分も止まってはいられない。

 

「行こう!」

 

「ピカ!」

 

「ミニュ!」

 

旅は続く。

 

小さなミニリュウが。

 

いつの日か大きな翼で空を飛ぶ、その未来へ向かって。

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