ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
サイクリングロードでの騒動を終え、サトシたちは再び旅を続けていた。
前日までの嵐が嘘だったかのように、朝から空は明るい。
「ピカ!」
「ミニュ!」
道の先では、ピカチュウとミニリュウが並んで進んでいる。
「すっかり仲良くなったわね」
カスミが二匹を見ながら言った。
「昨日ずっと一緒だったからな」
サトシも笑う。
サファリゾーンで仲間になったばかりの頃は、ミニリュウも周囲を警戒していた。
それが今では、ピカチュウが先へ走れば追いかけ、ミニリュウが道端で何かを見つければピカチュウが一緒に覗き込む。
「ミニュ!」
ミニリュウが草むらへ顔を突っ込む。
「ピカ?」
ピカチュウも隣から覗く。
バサバサッ!
中からポッポが飛び出した。
「ピカ!?」
「ミニュ!?」
二匹そろって飛び退く。
「ははっ!」
サトシが笑った。
「似たような反応してるぞ」
「ピカ!」
「ミニュ!」
抗議するように二匹が鳴く。
そんな穏やかな旅路だったが。
昼を過ぎた頃。
空気が変わった。
「……また?」
カスミが空を見上げる。
黒い雲。
一滴。
二滴。
「雨だ」
タケシが言った直後。
ザァァァァ――!
一気に降り始めた。
「うわっ!」
「ピカー!」
「ミニュ!」
「ミニリュウ、戻れ!」
サトシはミニリュウをボールへ戻す。
ピカチュウはそのままサトシの肩へ飛び乗った。
「どこか雨宿りできる場所!」
「向こう!」
カスミが指差す。
木々の向こう。
古びた大きな屋敷が建っている。
「……あそこ?」
「他にないだろ!」
三人は雨の中を走った。
◇
ギィィィ……。
扉が重い音を立てて開く。
「お邪魔しまーす……」
サトシが中を覗く。
返事はない。
薄暗い。
古びた家具。
長い廊下。
「絶対何か出るわよ、ここ」
カスミがサトシの後ろへ寄る。
「何かって?」
「言わせないで!」
「ゴーストならいるけど」
「そういう問題じゃない!」
「ピカ」
ピカチュウが呆れたように鳴いた。
タケシが辺りを見る。
「誰か住んでるみたいだぞ」
埃は少ない。
家具も使われている。
「雨宿りだけさせてもらおう」
サトシが言った、そのとき。
「ピカ!」
前方から声がした。
「ん?」
サトシの肩。
「ピカ?」
ピカチュウが首を傾げる。
廊下の向こう。
一匹のピカチュウが立っていた。
「……ピカチュウ?」
カスミが交互に見る。
サトシの肩にもピカチュウ。
向こうにもピカチュウ。
「二匹いる!」
「ピカ?」
サトシのピカチュウが肩から降りる。
向こうのピカチュウもこちらを見る。
「ピカ」
「ピカ?」
近づく。
二匹が向かい合った。
サトシは相手の顔を見る。
そして。
口元が少し緩んだ。
「なるほど」
「何が?」
カスミが尋ねる。
「見てれば分かるよ」
「ピカ!」
サトシのピカチュウが右手を上げる。
「ピカ!」
相手も上げる。
左へ動く。
相手も左。
尻尾を動かす。
同じ。
「真似してる?」
「それだけじゃない」
サトシは顔を見る。
身体は確かにピカチュウ。
だが。
顔だけが。
「メタモンだ」
「え?」
その瞬間。
「正解!」
声と同時に、上から人影が飛び降りた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
少女。
着地すると、芝居がかった動きで腕を広げる。
「よく見破ったわね!」
「やっぱり」
サトシは笑う。
「この子、メタモンだろ?」
「そうよ!」
少女が指を鳴らす。
「メタモン、戻って!」
「メタ!」
ピカチュウの身体が揺らぐ。
次の瞬間。
紫色の柔らかな身体へ戻った。
「メタモン!」
カスミが目を輝かせる。
「本当に変身してたのね!」
「私はイミテ」
少女が胸へ手を当てる。
「ものまねが得意なの」
くるりと回り。
サトシの帽子を真似るような仕草。
「そして、この子が私のパートナー、メタモン!」
「メタ!」
◇
雨はまだ止まない。
サトシたちはイミテの屋敷で休ませてもらうことになった。
「へんしんか……」
サトシはメタモンを見る。
「メタ?」
「やっぱり面白いな」
「ピカ?」
隣のピカチュウもメタモンを覗き込む。
「姿だけじゃなくて、相手の特徴や技まで真似できるんだろ?」
「そう!」
イミテは嬉しそうに頷き。
すぐ。
少し表情を曇らせた。
「でも……」
「でも?」
「この子、完全に変身できないの」
「メタ……」
イミテがピカチュウを指す。
「もう一度お願い」
「メタ!」
身体が変わる。
ピカチュウ。
耳。
身体。
尻尾。
ほとんど同じ。
けれど。
顔だけは。
メタモンらしさが残っている。
「ほら」
イミテが肩を落とす。
「顔だけ上手く真似できないの」
「ピカ?」
本物のピカチュウが変身したメタモンへ近づく。
じっと見る。
「ピカピカ」
「メタ?」
楽しそうだ。
「ピカチュウは気に入ったみたいだけど」
サトシが笑う。
「でも、ものまねをするなら完璧じゃなきゃ!」
イミテは真剣だった。
「私はもっと上手くなりたい。この子にも、もっと上手く変身してほしいの」
「メタ……」
サトシはメタモンを見る。
少しだけ。
元気がない。
「だったらさ」
「何?」
「一回、バトルしてみない?」
「バトル?」
「うん」
サトシが立ち上がる。
「俺もメタモンの『へんしん』をちゃんと見てみたい」
「ピカ!」
ピカチュウが前へ出る。
イミテは少し考え。
「いいわ!」
笑った。
「メタモン、やるわよ!」
「メタ!」
◇
屋敷の広間。
サトシとイミテが向かい合う。
カスミとタケシは端へ。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
「メタモン!」
「メタ!」
「へんしん!」
メタモンの身体が変化する。
ピカチュウ。
やはり顔には少しメタモンらしさが残る。
「行くぞ、ピカチュウ!」
「ピカ!」
「でんこうせっか!」
「ピカ!」
一気に加速。
「メタモンも、でんこうせっか!」
「メタ!」
変身したメタモンも走る。
二匹がぶつかる。
バシッ!
離れる。
「速い!」
カスミが驚く。
「姿だけじゃないな」
タケシが腕を組む。
「動きもかなり近い」
「アイアンテール!」
「ピッカ!」
ピカチュウの尻尾が光る。
「メタモンも!」
「メタ!」
二本の尻尾。
激突。
ガキィン!
互角。
「すごい……!」
イミテが笑う。
「見た!? ちゃんと真似できてる!」
「うん」
サトシも認める。
強い。
でも。
同じではない。
「ピカチュウ」
「ピカ!」
それだけ。
ピカチュウが動く。
「え?」
イミテが目を見開く。
サトシは細かく指示していない。
ピカチュウが左へ。
直後。
急に切り返す。
メタモンが追う。
「メタモン、追いかけて!」
「メタ!」
一歩。
二歩。
「今!」
「ピカ!」
ピカチュウが身体を沈める。
メタモンが反応する前に。
『でんこうせっか』。
下からぶつかる。
「メタッ!」
吹き飛ぶ。
「メタモン!」
「まだだ!」
サトシの声。
ピカチュウはすでに次へ動いている。
「エレキボール!」
「ピカ――チュウ!」
電撃の球体。
「メタモンもエレキボール!」
「メタ!」
こちらも放つ。
ぶつかる。
爆発。
煙。
「見えない!」
カスミが声を上げる。
その煙の中。
サトシは慌てない。
ピカチュウも。
一瞬だけ。
二人の意識が重なる。
言葉は要らない。
煙の右側。
「ピカ!」
飛び出す。
イミテが遅れる。
「メタモン、右!」
「メタ!?」
間に合わない。
「アイアンテール!」
「ピッカァ!」
直撃。
「メタァ!」
メタモンが転がった。
「そこまで!」
サトシが手を上げる。
ピカチュウも追撃しない。
「ピカ」
メタモンが元の姿へ戻る。
「メタ……」
イミテが駆け寄った。
「大丈夫?」
「メタ」
大きな怪我はない。
「同じ技だったのに……」
イミテが呟く。
「技だけじゃないから」
サトシが言う。
「え?」
「ピカチュウがどう動きたいか、俺は大体分かる」
「ピカ」
ピカチュウがサトシの足元へ戻る。
「こいつも俺が何を狙ってるのか分かってくれる」
幼い頃から。
ずっと一緒だった。
ピチューだった頃から。
遊んだ。
喧嘩もした。
練習した。
旅に出る前から。
何度も一緒に戦った。
「同じ姿になって、同じ技を使えても、それまで一緒にやってきた時間までは真似できないよ」
「……」
イミテがメタモンを見る。
「でも、それはメタモンが駄目って意味じゃない」
「メタ?」
「メタモンにはメタモンの戦い方があるだろ」
サトシは笑う。
「何にでも変身できるんだ。俺だったら、そっちをどう使うか考える」
「ピカ!」
イミテは黙った。
そして。
少し笑う。
「そうね」
メタモンを抱き上げる。
「ごめんね。私、完璧に真似することばっかり考えてた」
「メタ……」
「でも」
イミテは顔を近づける。
「もっと上手くなりたいって気持ちは変わらないわ」
「メタ!」
今度は。
メタモン自身も力強く頷いた。
◇
その頃。
屋敷の窓。
三つの顔。
「何にでも変身できる……」
ムサシ。
「どんなポケモンにも……」
コジロウ。
「つまり……」
ニャース。
三人が顔を見合わせる。
「便利!」
◇
「メタモンがいない?」
しばらくして。
イミテの声が屋敷に響いた。
「さっきまでここにいたのに!」
「ピカ!」
ピカチュウが窓辺へ走る。
窓が開いている。
外。
雨は弱まっていた。
「ロケット団だな」
サトシが言う。
「なんで分かるのよ」
「こういう時は大体そうだから」
「否定できないわね……」
「追うぞ!」
◇
少し離れた林。
「さあ変身しなさい!」
ムサシがメタモンを指差す。
「ミニリュウ!」
「メタ……!」
変身。
「ミニュ……」
姿はミニリュウ。
顔は。
「メタモンじゃない!」
ムサシが叫ぶ。
「じゃあハクリュー!」
「メタ!」
変身。
「ハクリュウ……」
「顔!」
「ならピカチュウ!」
「メタ!」
「ピカ……」
「また顔!」
ムサシが頭を抱える。
「なんでそこだけ変わらないのよ!」
「無茶言うなよ」
コジロウが言う。
「もっと気合い入れるニャ!」
「メタ……!」
メタモンが縮こまる。
「やめろ!」
「!」
サトシたちが追いつく。
「メタモン!」
イミテが叫ぶ。
「メタ!」
「またお前たちか!」
「何よ!」
ムサシが振り返る。
「私たちはこのメタモンの才能を最大限に引き出そうとしてるだけよ!」
「さらっておいて何言ってるのよ!」
カスミが怒鳴る。
「メタモンを返して!」
イミテが前へ出る。
ムサシはメタモンを見る。
「最後のチャンスよ!」
「ムサシ……」
コジロウが少し引く。
「変身!」
「メタ……!」
メタモンが震える。
イミテが叫んだ。
「メタモン!」
「メタ!」
「無理しなくていい!」
その言葉に。
メタモンが止まる。
「できないなら、それでもいい!」
「……メタ?」
「でも、あなたがやりたいなら――やってみて!」
メタモンがイミテを見る。
さっきのバトル。
サトシの言葉。
ピカチュウ。
そして。
イミテ。
「メタ!」
目が変わる。
身体が光に包まれる。
変わる。
今度は。
ピカチュウ。
耳。
尻尾。
身体。
そして。
顔。
「……!」
全員が目を見開く。
「ピカ!」
完全なピカチュウ。
「できた……!」
イミテの顔が輝く。
「できたよ、メタモン!」
「ピカ!」
変身したメタモンも嬉しそうに跳ねる。
「本物そっくり!」
カスミが驚く。
サトシのピカチュウが隣へ並ぶ。
「ピカ?」
「ピカ!」
今度は。
本当に見分けがつかない。
「やったな」
サトシが笑う。
けれど。
「今よ!」
ムサシがメタモンを掴もうとする。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
本物が動く。
「でんこうせっか!」
一直線。
「きゃっ!」
ムサシの手からメタモンが離れる。
イミテが受け止める。
「メタモン!」
「メタ!」
変身が解ける。
「よし」
サトシが前を見る。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
「10まんボルト!」
「ピッカァァァ――チュウッ!」
電撃。
「ぎゃああああ!」
「やっぱりこうなるのか!」
「メタモン欲しかったニャー!」
「やな感じ――!」
三人が空へ消えていった。
◇
屋敷へ戻る頃。
雨は完全に上がっていた。
夕方の光が濡れた草を照らしている。
「ありがとう、サトシ」
イミテが言う。
「俺は何もしてないよ」
「したわ」
イミテはメタモンを見る。
「私、この子のできないところばっかり見てた」
「メタ」
「でも、メタモン自身がもっと上手くなりたいって思ってることも忘れてた」
サトシは笑う。
「これから練習すればいいじゃん」
「うん!」
「メタ!」
「今度会ったら、もっとすごいものまねを見せるから!」
「楽しみにしてる」
「ピカ!」
ピカチュウがメタモンへ手を出す。
「メタ?」
少し考え。
メタモンも手を出した。
ぺち。
小さなハイタッチ。
「メタ!」
「ピカ!」
◇
サトシたちは再び旅へ出た。
雨上がりの道。
「ミニュ!」
ボールから出たミニリュウが、水たまりを覗いている。
「落ちるなよ」
「ミニュ!」
「ピカピカ」
「笑ってるけど、ピカチュウも昔よく似たようなことしてただろ」
「ピカ!?」
ピカチュウが勢いよく振り返る。
「覚えてるぞ」
「ピカピカ!」
抗議。
サトシが笑う。
そんな二人を。
ミニリュウが不思議そうに見る。
「ミニュ?」
「長い付き合いなんだよ、俺たち」
「ピカ!」
サトシがピカチュウを見る。
姿を真似できるポケモン。
技を真似できるポケモン。
それでも。
積み重ねてきた時間まで同じにはできない。
そして。
それは。
これから積み重ねていけるということでもある。
サトシはミニリュウを見る。
「お前とも、これからだな」
「ミニュ!」
ミニリュウが元気よく応える。
「行こう!」
「ピカ!」
「ミニュ!」
雨上がりの空の下。
三人とポケモンたちは、次の出会いへ向かって歩き続けた。