ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
木々の隙間から差し込む朝の光が、森の道をまだらに照らしていた。
サトシたちは次の目的地を目指し、静かな森の中を歩いている。
「ピカ!」
サトシの肩から飛び降りたピカチュウが、少し先へ走っていく。
「ミニュ!」
その後をミニリュウが追いかけた。
最近ではすっかり見慣れた光景だ。
「待てって、二匹とも。あんまり先に行くなよ!」
「ピカ!」
「ミニュ!」
返事だけはいい。
サトシが苦笑しながら追いかけると、ピカチュウが突然足を止めた。
「ピカ……?」
耳がぴくりと動く。
ミニリュウも不思議そうにピカチュウを見る。
「どうした?」
サトシが近づく。
「ピカ」
ピカチュウが森の奥を見る。
しばらく。
何も聞こえない。
だが。
「ピカ!」
遠くから。
小さな鳴き声。
もう一度。
「ピカ! ピカ!」
今度は一匹ではない。
「……ピカチュウ?」
カスミが首を傾げる。
サトシのピカチュウが駆け出した。
「ピカ!」
「おい、ピカチュウ!」
サトシたちも追う。
木々を抜けた先。
そこには。
「うわ……」
サトシが思わず声を漏らした。
何匹ものピカチュウがいた。
木の上。
草むら。
岩の上。
川辺。
大人のピカチュウもいれば、まだ小さな個体もいる。
「こんなに……!」
カスミが目を輝かせる。
「野生のピカチュウの群れだな」
タケシも驚いていた。
「ピカ……」
サトシのピカチュウが一歩前へ出る。
その瞬間。
野生のピカチュウたちが一斉にこちらを見た。
「ピカ!」
「ピカピカ!」
警戒。
何匹かが小さく電気を散らす。
サトシはすぐに止まった。
「ピカチュウ」
「ピカ?」
「俺たちはここにいるよ」
サトシはそれ以上近づかない。
「行きたいなら行っておいで」
ピカチュウはサトシを見る。
「大丈夫」
「ピカ……」
少し迷ってから。
ピカチュウは野生の群れへ歩いていった。
◇
当然。
すぐに受け入れてもらえたわけではなかった。
「ピカ!」
サトシのピカチュウが明るく挨拶する。
「ピカ……」
野生のピカチュウたちは距離を取る。
一歩近づけば。
一歩離れる。
「警戒されてるわね」
カスミが小声で言った。
「俺たちと一緒に来たからだろうな」
タケシが答える。
サトシは黙って見ていた。
助けに入る場面ではない。
ピカチュウ自身が。
あの群れとどう接するか。
それを見守る。
「ピカ」
ピカチュウも無理に追わなくなった。
少し離れた場所へ座る。
野生のピカチュウたちを見る。
やがて。
一匹の小さなピカチュウが興味を持ったのか、そっと近づいてきた。
「ピカ……?」
「ピカ!」
サトシのピカチュウが笑う。
小さなピカチュウも。
「ピカ」
少しだけ距離が縮まった。
そのとき。
足元の土が崩れた。
「ピカ!?」
小さなピカチュウが斜面を滑る。
その先。
流れの速い川。
「危ない!」
サトシが叫ぶ。
バシャーン!
「ピカァ!」
川へ落ちた。
「ピカチュウ!」
サトシのピカチュウが迷わず飛び込む。
「ピカ!」
水の中。
小さなピカチュウへ泳いでいく。
「ピカ……!」
流されている。
「頑張れ!」
サトシが川岸を走る。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
サトシの声に応えながら、ピカチュウは必死に小さな身体へ追いつく。
腕を伸ばす。
掴む。
だが。
二匹まとめて流される。
「くっ!」
サトシも飛び込もうとする。
「待て、サトシ!」
タケシが腕を掴んだ。
「下流を見ろ!」
川の流れが少し緩くなる場所。
サトシは走った。
「ピカチュウ! そっちだ!」
「ピカ!」
ピカチュウが小さな仲間を抱えたまま身体の向きを変える。
流れに逆らわない。
斜めに。
少しずつ岸へ。
「もう少し!」
「ピカァ!」
サトシが身を乗り出す。
手を伸ばす。
ピカチュウの腕。
届く。
「掴んだ!」
タケシもサトシの身体を支える。
「引け!」
二人で引き上げる。
「ピカ……!」
「ピカァ……」
二匹が岸へ転がった。
「大丈夫か!?」
サトシが駆け寄る。
小さなピカチュウが咳き込み。
やがて。
「ピカ……」
目を開けた。
「よかった……」
サトシが息を吐く。
その横。
「ピカ」
びしょ濡れのピカチュウが笑っている。
サトシはその頭を乱暴に撫でた。
「無茶するなよ」
「ピカピカ」
「助けたのは偉い。でも心配するだろ」
「ピカ!」
分かっているのかいないのか。
それでも。
元気なら十分だった。
◇
それを境に。
野生のピカチュウたちの態度が変わった。
「ピカ!」
「ピカピカ!」
「ピカ!」
群れがサトシのピカチュウを囲む。
「ピカ!?」
最初は驚いていたが。
すぐに。
「ピカピカ!」
楽しそうな声が響き始めた。
追いかけっこ。
木登り。
木の実集め。
時には頬の電気を軽くぶつけ合う。
「楽しそうね」
カスミが微笑む。
「ああ」
サトシも笑った。
ピカチュウが同じ種類の仲間たちに囲まれている。
普段とは違う。
サトシたちといる時とも。
研究所でポケモンたちと遊んでいた時とも。
違う表情。
「ピカ!」
木の枝から別の枝へ。
「ピカピカ!」
群れが続く。
サトシはしばらく眺めていた。
胸の奥。
小さな何かが引っかかる。
「サトシ?」
「ん?」
「どうしたの?」
カスミに聞かれる。
「いや」
サトシは首を振った。
「何でもない」
もう一度。
楽しそうなピカチュウを見る。
そして。
ふと思った。
――こっちの方が、幸せなのかな。
◇
夕方。
サトシたちは森の中で野営することにした。
野生のピカチュウたちも近くにいる。
「ピカ!」
「ピカピカ!」
まだ遊んでいる。
ミニリュウもいつの間にか混ざろうとしていた。
「ミニュ!」
「ピカ?」
「ミニュ!」
数匹のピカチュウがミニリュウの周囲へ集まる。
「ミニリュウまで馴染んでるな」
タケシが料理をしながら笑った。
「いいことじゃない」
カスミも言う。
サトシは笑った。
「そうだな」
だが。
視線は。
ずっとピカチュウへ向いていた。
◇
夜。
森が静かになった。
カスミとタケシは眠っている。
野生のピカチュウたちも寄り添うように眠っていた。
サトシは。
焚き火の前に座っていた。
「……」
炎を見る。
答えは出ているようで。
出ていない。
足音。
「ピカ?」
「ピカチュウ」
ピカチュウが隣へ来た。
「まだ起きてたのか?」
「ピカ」
サトシの隣へ座る。
しばらく。
二人とも何も言わなかった。
「楽しかった?」
「ピカ!」
即答。
「そっか」
サトシは笑う。
嬉しい。
本当に。
それなのに。
胸が少し痛む。
「ピカチュウ」
「ピカ?」
「ここに残りたい?」
「……ピカ?」
ピカチュウがサトシを見る。
「野生のピカチュウがたくさんいる」
サトシは眠っている群れを見る。
「今日、すごく楽しそうだった」
「ピカ……」
「だから」
少し。
言葉が詰まった。
旅立ちの日。
初めて会った相棒なら。
まだ。
言いやすかったのかもしれない。
でも。
違う。
頭の中に浮かぶ。
小さなピチュー。
まだサトシのポケモンですらなかった頃。
森で出会ったこと。
一緒に遊んだこと。
研究所へ行ったこと。
笑ったこと。
ピチューがピカチュウへ進化した日。
旅立ちよりずっと前から。
隣にいた。
「……俺は」
サトシが笑おうとする。
少し失敗した。
「お前と旅したいよ」
「ピカ……」
「世界中を回って、一緒に強くなりたい」
本音だった。
「ずっと一緒にいたい」
誤魔化す必要はない。
でも。
「だからって、それを理由にお前を縛りたくない」
ピカチュウがじっと聞いている。
「ここで暮らしたいなら、残っていい」
「ピカ……!」
「俺のことは気にしなくていい」
サトシはピカチュウを見る。
「お前が一番幸せだと思う方を選んでほしい」
沈黙。
「……」
「……」
ピカチュウは。
サトシを見る。
野生の仲間たちを見る。
そして。
またサトシを見る。
「今日は答えなくていいよ」
サトシが頭を撫でる。
「ちゃんと考えて」
「ピカ……」
ピカチュウはその手に頭を預けた。
サトシも。
それ以上は何も言わなかった。
◇
翌朝。
森へ。
大きな音が響いた。
「ピカ!?」
野生のピカチュウたちが飛び起きる。
「何だ!?」
サトシも立ち上がった。
上空。
巨大な網。
「危ない!」
網が落ちる。
「ピカァ!」
「ピカ!」
「ピカピカ!」
何匹ものピカチュウがまとめて捕らえられた。
「やっぱり!」
サトシが睨む。
気球。
「世界の破壊を防ぐため!」
「世界の平和を守るため!」
「ロケット団!」
「朝っぱらから何してんのよ!」
カスミが叫ぶ。
ムサシが笑う。
「ピカチュウがこんなにいるのよ!」
「まとめて捕まえない理由がない!」
「ボスにプレゼントすれば出世間違いなしニャ!」
「ふざけるな!」
「ピカ!」
サトシのピカチュウが前へ出る。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
一瞬。
視線が合う。
それだけで。
ピカチュウは走った。
網へ。
「何する気?」
カスミが驚く。
サトシは答えない。
分かっている。
ピカチュウが何をしたいのか。
「ピカ!」
網の中。
野生のピカチュウたちへ呼びかける。
「ピカ?」
「ピカピカ!」
一匹。
また一匹。
頬に電気が集まり始める。
「まずい!」
コジロウが気づく。
「全員で電気を出すつもりだ!」
ムサシが慌てる。
「止めなさい!」
「もう遅い!」
サトシが叫ぶ。
「行け、ピカチュウ!」
「ピッカァァァ――!」
サトシのピカチュウ。
そして。
「ピカァァァ!」
「ピッカァ!」
「ピカチュウ!」
野生の群れ。
無数の電撃が一つに重なる。
辺りが白く染まった。
「ぎゃああああ!」
網が弾け飛ぶ。
ピカチュウたちが一斉に飛び出す。
「まだよ!」
ムサシが叫ぶ。
「アーボック!」
「マタドガス!」
二匹が現れる。
だが。
野生のピカチュウたちは逃げなかった。
サトシのピカチュウを中心に集まる。
「ピカ!」
「ピカ!」
「ピカピカ!」
サトシはその姿を見る。
群れの真ん中。
自分の相棒。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
言葉は。
それだけ。
ピカチュウが笑った。
次の瞬間。
群れ全体から電気が迸る。
「ピッカァァァァ――!」
大放電。
「アーボック!」
「マタドガース!」
ロケット団ごと。
空へ。
「やな感じ――!」
星になる。
森に。
静けさが戻った。
◇
「ピカ!」
「ピカピカ!」
野生のピカチュウたちが喜ぶ。
サトシのピカチュウはその中心にいた。
「ピカ!」
笑っている。
仲間たちも。
笑っている。
サトシは。
その光景を静かに見ていた。
昨夜の言葉を思い出す。
――ここに残りたいなら、残っていい。
寂しい。
当然だ。
それでも。
ピカチュウがここを選ぶなら。
笑って送り出す。
そう決めた。
「サトシ……」
カスミが何か言おうとする。
サトシは首を振った。
「大丈夫」
一歩。
前へ。
「ピカチュウ」
「ピカ?」
群れの中。
ピカチュウが振り返る。
サトシは笑った。
今度は。
ちゃんと笑えた。
「決めた?」
「……」
ピカチュウは。
周囲を見る。
昨日助けた小さなピカチュウ。
一緒に遊んだ仲間。
木々。
森。
「ピカ……」
小さなピカチュウが近づく。
「ピカ」
サトシのピカチュウも。
そっと触れる。
別れを告げるように。
そして。
振り返った。
「ピカ!」
走る。
「え?」
サトシの目が少し見開かれる。
ピカチュウは。
真っ直ぐ。
サトシへ。
「ピカチュウ!」
飛ぶ。
サトシは反射的に両腕を広げた。
「うわっ!」
胸へ飛び込んでくる。
「ピカ!」
「……」
一瞬。
何も言えなかった。
ピカチュウが頬を擦り寄せる。
「ピカピカ!」
「……そっか」
サトシの腕に力が入る。
「俺と来るんだな」
「ピカ!」
迷いのない返事。
「そっか……!」
サトシは笑った。
今度は。
心の底から。
「じゃあ」
ピカチュウを持ち上げる。
「これからもよろしくな!」
「ピッカチュウ!」
◇
出発の時。
野生のピカチュウたちが森の入口までついてきた。
「ピカ!」
「ピカピカ!」
「ピカ!」
サトシの肩。
ピカチュウが振り返る。
「ピカチュウ!」
群れが応える。
「ピカァ!」
一匹。
また一匹。
頬から小さな電気が放たれる。
攻撃ではない。
ぱちぱちと。
光が森を彩る。
「綺麗……」
カスミが呟く。
「見送りだな」
タケシも微笑む。
「ピカ……」
ピカチュウはしばらくその光を見ていた。
そして。
前を向く。
サトシの頬へ。
自分の頬を軽く寄せる。
「ピカ」
「うん」
サトシも前を見る。
「行こう」
「ピカ!」
少し先。
「ミニュ!」
ミニリュウが待っている。
「遅いぞって言われてるな」
「ピカピカ!」
サトシが走り出す。
ピカチュウは肩から飛び降り。
ミニリュウの隣へ。
「ミニュ!」
「ピカ!」
二匹が競うように走る。
その後ろを。
サトシが追う。
ピチューだった頃から。
今日まで。
そして。
これから先も。
一緒に。
どこまでも。
「待てって、二匹とも!」
「ピカ!」
「ミニュ!」
森の向こうへ。
旅は続いていく。