ポケットモンスター ―君と目指す頂―   作:あああああ

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第66話 イーブイ4きょうだい

ピカチュウの森を後にしたサトシたちは、次の街を目指して緩やかな丘陵地帯を歩いていた。

 

木々の間を抜ける風は穏やかで、空には薄い雲が流れている。

 

「ピカ!」

 

「ミニュ!」

 

少し先では、ピカチュウとミニリュウが競うように進んでいた。

 

「また競争してるわよ」

 

カスミが呆れたように言う。

 

「元気なのはいいことだろ」

 

サトシは笑いながら二匹を追う。

 

ミニリュウが仲間になってから、ピカチュウは何かと世話を焼いていた。もっとも、ミニリュウの方は世話をされているというより、新しくできた競争相手だと思っている節がある。

 

「ミニュ!」

 

ミニリュウが一気に前へ出る。

 

「ピカ!?」

 

負けじとピカチュウも加速した。

 

「遠くまで行くなよー!」

 

サトシが声を飛ばした、そのとき。

 

「ピカ?」

 

ピカチュウが急に足を止めた。

 

追いついたミニリュウも、その隣で首を傾げる。

 

「どうした?」

 

サトシたちが近づく。

 

道から少し外れた木の下。

 

そこに、一匹のポケモンがいた。

 

茶色い身体。

 

首元を覆う白い毛。

 

大きな耳。

 

「イーブイだ!」

 

サトシの表情が明るくなる。

 

「ブイ……」

 

だが、すぐに違和感へ気づいた。

 

野生ではない。

 

イーブイの身体には紐が結ばれており、木の幹へ繋がれている。

 

「誰かのポケモンみたいね」

 

カスミが近づこうとすると、イーブイが少し身を引いた。

 

「ブイ……!」

 

「待って」

 

サトシがカスミを止める。

 

自分もその場にしゃがみ、距離を残したままイーブイを見る。

 

「大丈夫。無理に触らないよ」

 

「ピカ」

 

ピカチュウもサトシの横へ座った。

 

イーブイは警戒しながらも、逃げようとはしない。

 

タケシが首元を確認する。

 

「何か付いてるぞ」

 

小さな札。

 

そこには持ち主につながる情報が記されていた。

 

「近くの町みたいだな」

 

「だったら届けよう」

 

サトシは立ち上がる。

 

「こんなところに一匹で置いておけないし」

 

「そうね」

 

「ブイ?」

 

イーブイがサトシを見上げる。

 

「飼い主のところに帰ろう」

 

「ピカ!」

 

◇

 

札に記された場所へ向かうと、やがて大きな屋敷が見えてきた。

 

だが。

 

「何、この騒ぎ?」

 

屋敷の庭には大勢の人。

 

テーブルには料理。

 

そして何より目につくのは。

 

「シャワーズ!」

 

「サンダースもいる!」

 

「ブースターまで!」

 

三種類のポケモンたちだった。

 

水を思わせる身体のシャワーズ。

 

逆立った毛と鋭い姿のサンダース。

 

豊かな毛を持つブースター。

 

庭のあちこちには、同じ三種類のポケモンを連れたトレーナーたちがいる。

 

「進化パーティーか」

 

サトシが呟く。

 

イーブイにはいくつもの進化先がある。

 

そして目の前にいる三匹は、進化石によってイーブイから進化する代表的な姿だ。

 

「おーい!」

 

こちらに気づいた青年が走ってくる。

 

「そのイーブイ!」

 

「知ってるんですか?」

 

「もちろんだ!」

 

青年の後ろから、さらに二人がやってきた。

 

一人の傍らにはシャワーズ。

 

もう一人にはサンダース。

 

最初に来た青年のところにはブースターが寄ってくる。

 

「よかった。見つかったのか」

 

だが。

 

三人の表情を見たイーブイは。

 

「ブイ……」

 

サトシの後ろへ隠れた。

 

「ん?」

 

「どうしたんだ?」

 

「タイチのイーブイだろ?」

 

「タイチ?」

 

サトシが聞き返した。

 

そのとき。

 

「イーブイ!」

 

屋敷から一人の少年が飛び出してきた。

 

「ブイ!」

 

イーブイの表情が一変する。

 

サトシの横を抜け。

 

「イーブイ!」

 

「ブイ!」

 

少年――タイチの胸へ飛び込んだ。

 

「よかった……!」

 

タイチがぎゅっと抱きしめる。

 

「どこに行ったのかと思ったよ」

 

サトシはその姿を見て。

 

少しだけ眉を寄せた。

 

――どこに行った?

 

イーブイは自分でどこかへ行ったのだろうか。

 

それとも。

 

「タイチ!」

 

兄の一人が声を上げる。

 

「ちょうどよかったじゃないか!」

 

「え?」

 

「今日こそイーブイを進化させよう!」

 

タイチの身体が固まった。

 

「……」

 

サトシはそれを見逃さなかった。

 

◇

 

庭の中央。

 

三つの石が並べられた。

 

みずのいし。

 

かみなりのいし。

 

ほのおのいし。

 

「さあ、タイチ!」

 

兄たちが笑顔で言う。

 

「どれにする?」

 

「シャワーズなら水の中でも自由自在!」

 

「サンダースなら素早さと電気の力!」

 

「ブースターの炎も強力だぞ!」

 

タイチは何も言わない。

 

腕の中。

 

「ブイ……」

 

イーブイも落ち着かない。

 

周囲では参加者たちが盛り上がっている。

 

「どれに進化するんだ?」

 

「シャワーズか?」

 

「サンダースもいいぞ!」

 

「ブースターだろ!」

 

タイチの腕に力が入る。

 

「……僕は」

 

小さな声。

 

「僕は、進化させたくない」

 

空気が止まった。

 

「何?」

 

兄たちが顔を見合わせる。

 

「何言ってるんだ、タイチ」

 

「イーブイは進化してこそもっと強くなれるんだぞ」

 

「せっかく三種類の石を用意したんだ」

 

「でも!」

 

タイチが顔を上げる。

 

「僕はイーブイのままがいいんだ!」

 

「ブイ!」

 

兄たちが困った顔になる。

 

「怖がってるだけだろ?」

 

「違う!」

 

「なら、どれか選べばいいじゃないか」

 

「……」

 

タイチが言葉に詰まる。

 

その様子を見ていたサトシは。

 

ふと。

 

自分の腰へ手をやった。

 

今は持っていない。

 

だが、忘れるはずがない。

 

クチバシティ。

 

ライチュウに敗れたあと。

 

差し出された、かみなりのいし。

 

そして。

 

それを拒んだピカチュウ。

 

「ピカ」

 

ピカチュウも同じことを思い出したのか、サトシを見上げた。

 

「……なあ」

 

サトシが口を開く。

 

兄たちが振り返る。

 

「進化しないと駄目なの?」

 

「え?」

 

「シャワーズも、サンダースも、ブースターも格好いいと思うよ」

 

サトシは三匹を見る。

 

どの進化も。

 

間違いではない。

 

「でも、イーブイのままじゃ駄目ってことにはならないだろ」

 

「だけど進化すれば強くなれる!」

 

「それは分かる」

 

サトシは否定しない。

 

「進化して、新しい力を手に入れたいポケモンだっている」

 

フシギソウの姿が頭に浮かぶ。

 

自分の意思で立ち上がり。

 

自分の意思で進化した。

 

あれも一つの答えだ。

 

「でも」

 

サトシの隣。

 

ピカチュウが一歩前へ出る。

 

「こいつは進化しないって自分で決めた」

 

「ピカ!」

 

兄たちがピカチュウを見る。

 

「ライチュウになれるのに?」

 

「ああ」

 

「どうして?」

 

「ピカチュウがそうしたかったから」

 

それだけ。

 

サトシにとっては。

 

それで十分だった。

 

「進化するのも、しないのも、本人が決めればいいと思う」

 

「……」

 

タイチがサトシを見る。

 

少し。

 

安心したような顔。

 

しかし。

 

サトシは続けた。

 

「でも、タイチ」

 

「え?」

 

「一つだけ聞いていい?」

 

「う、うん」

 

「進化したくないのは、タイチ?」

 

少年の表情が止まる。

 

「それとも、イーブイ?」

 

「……!」

 

「タイチがイーブイのままでいてほしいって思うのと、イーブイ自身がどうしたいかは、同じとは限らないだろ」

 

「ブイ……」

 

タイチは腕の中のイーブイを見る。

 

「僕……」

 

今まで。

 

進化させたくない。

 

そのことばかり考えていた。

 

でも。

 

「イーブイは……どうしたい?」

 

「ブイ?」

 

タイチはイーブイを地面へ下ろす。

 

三つの石。

 

シャワーズ。

 

サンダース。

 

ブースター。

 

イーブイは順番に見る。

 

兄たちも黙っていた。

 

やがて。

 

イーブイは三つの石へ近づいた。

 

タイチが息を呑む。

 

「……」

 

イーブイは。

 

石の匂いを嗅ぎ。

 

少し眺め。

 

そして。

 

くるり。

 

「ブイ!」

 

タイチのところへ戻った。

 

「イーブイ……」

 

「ブイ!」

 

足元へ身体を寄せる。

 

「進化……したくないの?」

 

「ブイ!」

 

今は。

 

この姿で。

 

タイチと一緒にいたい。

 

言葉ではなくても。

 

その意思は伝わった。

 

タイチの顔が明るくなる。

 

「そっか……!」

 

しゃがみ。

 

抱きしめる。

 

「僕もだよ!」

 

「ブイ!」

 

サトシは笑った。

 

「それなら決まりだな」

 

「ピカ!」

 

◇

 

だが。

 

兄たちはまだ完全には納得できていなかった。

 

「気持ちは分かったけど……」

 

「本当にイーブイのままで大丈夫なのか?」

 

「バトルだってあるんだぞ」

 

タイチが少し俯く。

 

「大丈夫だよ」

 

サトシが言った。

 

「え?」

 

「進化しないから弱いって決まってるわけじゃない」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウが胸を張る。

 

「説得力あるわね」

 

カスミが笑う。

 

「まあな」

 

サトシも笑った。

 

そのとき。

 

「なんて素敵な石なのかしら!」

 

庭の向こうから。

 

聞き覚えのある声。

 

「……」

 

サトシたち全員の表情が止まる。

 

「まさか」

 

ドォン!

 

煙。

 

「な、何だ!?」

 

「せっかくの進化パーティー!」

 

「ならば我々も参加して差し上げましょう!」

 

「やっぱり!」

 

煙の中から。

 

ムサシ。

 

コジロウ。

 

ニャース。

 

「ロケット団!」

 

「今日は大収穫よ!」

 

ムサシが進化石を指差す。

 

「みずのいし!」

 

「かみなりのいし!」

 

「ほのおのいし!」

 

コジロウが続ける。

 

「さらにシャワーズ!」

 

「サンダース!」

 

「ブースター!」

 

ニャースがイーブイを見る。

 

「ついでに進化前のイーブイまで全部いただきニャ!」

 

「誰が渡すか!」

 

サトシが前へ出る。

 

「ピカ!」

 

だが。

 

ロケット団はすでに準備していた。

 

「そんなこと言うと思ったわ!」

 

ムサシが装置のスイッチを押す。

 

巨大な網が飛び出す。

 

「危ない!」

 

網が庭へ広がる。

 

シャワーズ。

 

サンダース。

 

ブースター。

 

そして兄たちまで巻き込まれる。

 

「うわっ!」

 

「シャワーズ!」

 

「サンダース!」

 

「ブースター!」

 

「タイチ、下がれ!」

 

サトシが叫ぶ。

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

『10まんボルト』を撃とうとする。

 

「おっと!」

 

コジロウが別の装置を向ける。

 

絶縁素材。

 

「電気対策も完璧だ!」

 

「ピカ!?」

 

「だったら!」

 

サトシがボールへ手を伸ばす。

 

その前に。

 

「待って!」

 

タイチ。

 

「え?」

 

「僕たちがやる!」

 

その横。

 

イーブイが前へ出る。

 

「ブイ!」

 

「タイチ」

 

「進化してなくても戦えるって……」

 

タイチが兄たちを見る。

 

「僕とイーブイで証明する!」

 

「ブイ!」

 

サトシは。

 

一瞬だけタイチを見る。

 

そして笑った。

 

「分かった」

 

「サトシ!?」

 

カスミが驚く。

 

「ただし」

 

サトシはピカチュウを見る。

 

「危なくなったら俺たちも入る」

 

「ピカ!」

 

「うん!」

 

タイチが頷く。

 

◇

 

イーブイが走る。

 

「捕まえなさい!」

 

機械のアームが伸びる。

 

「イーブイ、避けて!」

 

「ブイ!」

 

小さな身体を低くし。

 

アームの下へ潜る。

 

「右!」

 

「ブイ!」

 

今度は横。

 

素早くかわす。

 

「ちょこまかと!」

 

ムサシが苛立つ。

 

「まとめて捕まえるニャ!」

 

別の網。

 

「イーブイ!」

 

タイチの声。

 

イーブイは走りながら。

 

地面を蹴った。

 

「ブイ!」

 

網を飛び越える。

 

そのまま機械へ体当たり。

 

ガン!

 

「効かないわよ!」

 

「もう一回!」

 

「ブイ!」

 

「正面からだけじゃ駄目だ!」

 

サトシが叫ぶ。

 

タイチが振り返る。

 

「機械を倒すんじゃなくて、捕まってるみんなを助けるんだ!」

 

「……!」

 

タイチが網を見る。

 

兄たち。

 

三匹の進化ポケモン。

 

「イーブイ!」

 

「ブイ!」

 

「網を留めてるところだ!」

 

イーブイが方向を変える。

 

機械の側面。

 

網を巻き上げている装置。

 

「行け!」

 

「ブイ!」

 

身体ごと飛び込む。

 

ガン!

 

一度。

 

壊れない。

 

「もう一回!」

 

「ブイ!」

 

ガン!

 

ひび。

 

「もう少し!」

 

「ブイィ!」

 

三度目。

 

バキッ!

 

留め具が壊れる。

 

「何!?」

 

網が緩んだ。

 

「今だ!」

 

兄たちが抜け出す。

 

「シャワーズ!」

 

「サンダース!」

 

「ブースター!」

 

三匹も自由になる。

 

「やった!」

 

タイチが拳を握る。

 

「ブイ!」

 

兄たちは。

 

イーブイを見る。

 

「タイチ……」

 

「お前たち……」

 

だが。

 

ロケット団は諦めない。

 

「だったら力ずくよ!」

 

アーボック。

 

マタドガス。

 

二匹が飛び出す。

 

「アーボック!」

 

「マタドガース!」

 

「ピカチュウ」

 

「ピカ!」

 

サトシも前へ。

 

「援護するぞ!」

 

「うん!」

 

タイチとイーブイ。

 

その左右へ。

 

シャワーズ。

 

サンダース。

 

ブースター。

 

「行くよ、イーブイ!」

 

「ブイ!」

 

イーブイが駆ける。

 

兄たちも指示を飛ばす。

 

水。

 

電気。

 

炎。

 

三つの力がアーボックとマタドガスを追い込んでいく。

 

そして。

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

サトシが笑う。

 

「仕上げだ!」

 

『エレキボール』。

 

「ピカ――チュウ!」

 

電撃の球が飛ぶ。

 

ロケット団の機械へ直撃。

 

ドォン!

 

「ぎゃあああ!」

 

「進化石がぁ!」

 

「また失敗ニャー!」

 

「やな感じ――!」

 

空の彼方へ消えていった。

 

◇

 

騒ぎが収まった庭。

 

タイチのイーブイは。

 

少し疲れながらも。

 

しっかり立っていた。

 

「ブイ!」

 

「イーブイ!」

 

タイチが抱き上げる。

 

「やった!」

 

「ブイ!」

 

兄たちが近づく。

 

「タイチ」

 

「……」

 

タイチが少し緊張する。

 

兄の一人がイーブイを見る。

 

「強かったな」

 

「え?」

 

「進化してないのに、じゃない」

 

もう一人が笑う。

 

「イーブイとして、強かった」

 

「……!」

 

「俺たち、進化させることばかり考えてたみたいだ」

 

三人はそれぞれ自分のパートナーを見る。

 

「シャワーズ」

 

「サンダース」

 

「ブースター」

 

どの進化も。

 

彼らとパートナーが選んだ道。

 

だからこそ。

 

タイチとイーブイが別の道を選んでもいい。

 

「好きに育てろよ」

 

「お前とイーブイのペースでな」

 

タイチの目が潤む。

 

「うん!」

 

「ブイ!」

 

◇

 

出発の時間。

 

「ありがとう、サトシ」

 

タイチが言った。

 

「俺は大したことしてないよ」

 

「でも、イーブイに聞いてみろって言ってくれた」

 

タイチは腕の中のイーブイを見る。

 

「僕、自分が進化させたくないってことしか考えてなかった」

 

「ブイ」

 

「これからはちゃんと、この子がどうしたいかも考える」

 

「それでいいと思う」

 

サトシが笑う。

 

「ピカ!」

 

ピカチュウも頷いた。

 

「じゃあな、イーブイ」

 

「ブイ!」

 

サトシたちは歩き出す。

 

少し進んだところで。

 

サトシはふと仲間たちのことを考えた。

 

フシギソウ。

 

自分で進化を選んだ。

 

ピカチュウ。

 

進化しない道を選んだ。

 

そして。

 

ヒトカゲ。

 

ゼニガメ。

 

ゴースト。

 

ミニリュウ。

 

いつか。

 

それぞれにも選ぶ時が来るかもしれない。

 

サトシが決めることではない。

 

「ピカ?」

 

隣を歩くピカチュウが見上げる。

 

「いや」

 

サトシは笑う。

 

「みんな、違っていいんだなって思っただけ」

 

「ピカ!」

 

その横。

 

「ミニュ!」

 

ミニリュウが元気よく前へ飛び出す。

 

「おい、また先に行くのか!」

 

「ミニュ!」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウまで追いかける。

 

「待てって!」

 

サトシも走り出した。

 

進化する者。

 

今の姿を選ぶ者。

 

まだ答えを知らない者。

 

選ぶ道は違っても。

 

一緒に目指すものは変わらない。

 

もっと強く。

 

もっと遠くへ。

 

それぞれが選んだ姿のまま。

 

サトシたちの旅は、これからも続いていく。

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