ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
「すごい人だな」
サトシは目の前に広がる光景を見渡した。
色鮮やかな旗。
立ち並ぶ屋台。
音楽に合わせて踊る人々。
あちこちから漂ってくる料理の匂い。
旅の途中で立ち寄った町では、ちょうど大きなカーニバルが開かれていた。
「ピカ!」
サトシの肩からピカチュウが身を乗り出す。
視線の先には屋台が並んでいる。
「食べ物ばっかり見てないか?」
「ピカピカ!」
「昨日ケチャップ買ったばっかりだろ」
「ピカ♪」
サトシの荷物には、ダークシティを出たあと約束通り購入した新品のケチャップが入っている。
すっかりお気に入りになってしまったらしい。
「せっかくだし、少しくらい遊んでいきましょうよ!」
カスミはすでに祭りを楽しむ気満々だった。
「急ぐ旅でもないしな」
タケシも頷く。
「決まり!」
サトシも笑った。
「行こう、ピカチュウ!」
「ピカ!」
◇
カーニバルは想像以上に賑やかだった。
サトシたちは屋台を見て回り、簡単なゲームにも挑戦した。
ピカチュウは食べ物の屋台へ行くたびに足を止め、ミニリュウも珍しい光景が気になるのか、サトシのそばから周囲を忙しなく見回している。
「ミニュ!」
「気になるものばっかりだな」
サトシが笑う。
そんな中。
「世紀の大魔術! 驚異のポケモンマジック!」
派手な看板が目に入った。
「マジック?」
カスミが立ち止まる。
だが看板の派手さとは裏腹に客がいない。
「……全然入ってないわね」
「聞こえるぞ!」
小屋の中から声が飛んできた。
「え?」
中から一人の男が現れる。
派手な衣装、シルクハット。
「私こそ、天才マジシャンのマギー!」
大きく腕を広げる。
「今はたまたま客が少ないだけだ!」
サトシは周囲を見る。
誰もいない。
「少ないっていうか……」
「サトシ」
タケシが止めた。
「最後まで言うな」
「うん」
「聞こえてるぞ!」
マギーが肩を落とす。
それでもすぐに立ち直った。
「そうだ!」
視線がカスミへ。
「君!」
「私?」
「私の助手になってくれないか!」
「ええっ!?」
◇
結局、カスミは押し切られた。
「どうして私が……」
「似合ってるぞ」
タケシが言う。
「笑わないでよ!」
舞台袖でサトシたちも見守る。
客はほんの数人。
「それでは!」
マギーが声を張り上げる。
「世紀の大魔術をご覧いただこう!」
手品が始まる。
だが布から何も出ない。
仕掛けが途中で止まる。
予定とは違う場所でカスミが飛び出す。
「きゃあああ!」
ドン!
「痛ぁい!」
「……」
サトシは何とも言えない顔になった。
「ピカ……」
ピカチュウも同じ顔をしている。
「これは厳しいな」
タケシが呟いた。
結果、観客は帰った。
さらにカーニバルの責任者から。
「これ以上場所は貸せない!」
と告げられてしまった。
「そんな……」
マギーが肩を落とす。
「これで終わりだ……」
カスミは怒っていたがその姿を見ると少しだけ表情を緩めた。
「失敗ばっかりだったけど、ちゃんと練習してるの?」
「している!」
マギーは顔を上げる。
「私は絶対に大マジシャンになるんだ!」
その足元。
「タマタマ」
六つの顔を持つポケモンが集まっている。
「タマタマか」
サトシがしゃがむ。
「この子たちも手品に使うの?」
「ああ! 私の大切なパートナーだ!」
マギーが胸を張るその言葉だけなら悪い人には見えない。
「だったら」
サトシは少し考える。
「ポケモンと一緒にできる手品を考えてみたら?」
「ポケモンと?」
「無理に仕掛けだけで驚かせるより、ポケモンに協力してもらった方が面白いかもしれない」
「ピカ!」
ピカチュウも賛成する。
マギーの目が輝いた。
「それだ!」
◇
サトシたちは少しだけマギーの練習を手伝うことになった。
ピカチュウの電気。
ゼニガメの水。
フシギソウのつる。
ポケモンたちの力を使えば見せ方はいくらでも考えられる。
「ソウ!」
フシギソウの『つるのムチ』が、布の陰から小道具を持ち上げる。
「いいぞ!」
「ゼニガメ!」
「ゼニ!」
『みずでっぽう』が光を反射し。
小さな虹が浮かぶ。
「おお!」
マギーが感動する。
「これならいける!」
サトシも笑う。
「ちゃんとみんなとタイミングを合わせればな」
「もちろんだ!」
だがマギーの目には、焦りも残っていた。
失敗できない、次こそ成功させなければならない。
その思いが少しずつ強くなっていく。
◇
「もっとすごいことを……」
夕方、マギーはタマタマを見つめていた。
「もっと大勢を驚かせることができれば……」
「タマ……」
タマタマの目が光る。
サトシは少し離れた場所でピカチュウと話していた。
「明日はもう少し練習して――」
そのとき妙な感覚。
「……?」
サトシが振り返る。
頭が重い。
「ピカ?」
ピカチュウがサトシを見る。
「何だ……?」
視界がわずかに揺れる。
タマタマ。
目。
「……催眠?」
気づいた、だが遅い頭では分かっているのに身体が思うように動かない。
「サトシ?」
カスミの声が遠い。
「ピカ!」
ピカチュウがサトシの肩へ飛びつく。
「……まずい」
サトシは額を押さえる。
意識はあるでも考えがまとまらない。
「ピカチュウ……」
「ピカ! ピカ!」
必死に呼びかける声、それすら遠く感じる。
マギーも自分が何を起こしているのか完全には理解していなかった。
「これなら……」
焦り、成功したいという気持ちそれにタマタマの力が重なり事態は思わぬ方向へ進んでいった。
◇
森。
大量の影が動いていた。
「ナッシー!」
「ナッシー!」
「ナッシー!」
何十体ものナッシー。
その目はどこか虚ろ。
「こんなに……!」
カスミが息を呑む。
催眠状態となったナッシーたちは一直線にカーニバルの会場へ向かっている。
「このままじゃ大変だ!」
タケシが叫ぶ。
「サトシ!」
「……っ」
サトシは。
まだ頭を押さえていた。
「ピカ!」
頬。
小さな電気。
「うっ!」
刺激で視界が戻る。
「ピカチュウ……」
「ピカ!」
サトシは何度か呼吸する、そしてタマタマを見る。
「……大丈夫」
完全ではない。
頭の奥にまだ重さが残るそれでも動ける。
「ありがとう」
ピカチュウの頭を撫でる。
「ピカ!」
サトシは前を見る、ナッシーたち悪意はない操られているだけ。
「倒すんじゃない」
サトシが言う。
「まず止めるぞ!」
「ピカ!」
ボールを取る。
「みんな、手伝ってくれ!」
光。
フシギソウ。
ゼニガメ。
ゴースト。
ヒトカゲ。
そして。
ミニリュウ。
「ソウ!」
「ゼニ!」
「ゴースト!」
「カゲ!」
「ミニュ!」
「フシギソウ! 『つるのムチ』で前のナッシーの進路をずらして!」
「ソウ!」
つるが伸びる。
ナッシーの身体を打ち倒すのではなく横から押す。
「ゼニガメ、『みずでっぽう』!」
「ゼニ!」
水が地面へ、ぬかるみを作り進行速度を落とす。
「ゴースト、前へ回って撹乱して!」
「ゴースト!」
壁を抜け、ナッシーの目の前へ姿を現しては消える。
「ミニリュウ、『たつまき』! 強くしすぎるな!」
「ミニュ!」
風。
群れの前列が少しだけ足を止める。
だが。
「多すぎる……!」
一部を止めても後ろから次々と来る。
「ナッシー!」
「ナッシー!」
カーニバルはもう近い。
サトシが周囲を見る。
「ヒトカゲ!」
「カゲ!」
「炎で進路を作る!」
「カゲ!」
ヒトカゲが前へ。
大きく息を吸う。
『かえんほうしゃ』。
炎が地面を走る。
ナッシーそのものではなく群れの前方、進ませたくない方向へ炎の壁。
「ナッシー!」
ナッシーたちが方向を変える。
「効いてる!」
カスミが叫ぶ。
「そのまま!」
「カゲ!」
もう一度。
『かえんほうしゃ』。
別の方向。
炎。
「よし!」
サトシが指示を飛ばす。
「フシギソウ、右!」
「ソウ!」
「ゼニガメ、左を頼む!」
「ゼニ!」
仲間たちが群れを少しずつ誘導する。
その中心のヒトカゲは何度も炎を吐き続けていた。
「カゲ……!」
息が荒い。
「ヒトカゲ!」
サトシが気づく。
「もういい、一回下がれ!」
「カゲ……!」
だがヒトカゲは下がらない。
「ヒトカゲ?」
前を見る、ナッシーのその先祭りの会場まだ逃げている人たち。
「カゲ……!」
もう一歩前へ。
サトシはその目を見る。
「……まだやるのか?」
「カゲ!」
迷いのない声。
サトシは一瞬だけ目を閉じる。
そして。
「分かった」
ヒトカゲが振り返る。
「でも、一人で全部やろうとするな」
サトシが隣へ立つ。
「俺たちも一緒だ!」
「ピカ!」
「ソウ!」
「ゼニ!」
「ゴースト!」
「ミニュ!」
「カゲ!」
ヒトカゲが笑った。
◇
ナッシーたちがさらに迫る。
「来るぞ!」
サトシが叫ぶ。
「カゲ!」
ヒトカゲは大きく息を吸う。
もう一度炎を。
その瞬間。
「……!」
光。
「ヒトカゲ?」
サトシが目を見開く。
ヒトカゲの身体が白く輝いている。
「進化……!」
カスミが声を上げる。
光の中、身体が伸びる。
腕。
脚。
爪。
頭部。
輪郭が。
変わっていく。
「カゲ……!」
声が変わる。
光が弾けた。
そこに立っていたのはヒトカゲではない。
一回り大きくなった身体。
鋭くなった爪。
頭に伸びた角。
尾の炎も以前より力強い。
「リザード……!」
サトシが名前を呼ぶ。
「リザ!」
リザードは自分の手を見る。
一度握る。
身体の変化を確かめる。
そしてすぐサトシを見た。
目が合う。
「……行ける?」
「リザー!」
力強い返事。
サトシの口元が上がる。
「よし!」
進化した。
でも。
何も変わっていない。
サトシと。
ヒトカゲ――いや。
リザードの間に積み重なってきたものは。
そのままだ。
「リザード!」
「リザ!」
「『かえんほうしゃ』!」
大きく息を吸う、次の瞬間。
ゴォォォォッ!
「うわっ!?」
想像を超えた炎。
ナッシーの手前地面を大きく薙ぐ。
「強すぎる!」
サトシが即座に叫ぶ。
「リザード、抑えろ!」
「リザ!?」
リザード自身も驚いている。
進化前と同じ感覚で放った。
それなのに威力がまるで違う。
「大丈夫!」
サトシが声を飛ばす。
「次は少し息を抑えて! 広げるんじゃなくて、細く長く!」
「リザ!」
もう一度。
『かえんほうしゃ』。
今度は細いだがまだ強い。
「もう少し!」
「リザ!」
三度目。
炎が狙った位置へ横に伸び壁になる。
「それだ!」
「リザー!」
リザードが笑う。
「もう一度!」
炎。
「フシギソウ!」
「ソウ!」
つる。
「ゼニガメ!」
「ゼニ!」
水。
「ミニリュウ!」
「ミニュ!」
風。
「ゴースト!」
「ゴースト!」
仲間たちが、リザードの作った進路へ合わせる。
少しずつナッシーの群れがカーニバルから逸れていく。
「いける!」
サトシが叫ぶ。
「あと少しだ!」
「ピカ!」
ピカチュウも走る。
ナッシーたちの前へ群れを誘導そしてタマタマの催眠が少しずつ弱まる。
「ナッシー……?」
一匹。
目に光が戻る。
「ナッシ?」
二匹。
三匹。
やがて群れ全体が足を止めた。
「ナッシー?」
周囲を見る、自分たちがなぜここにいるのか分からない。
「止まった……」
カスミが息を吐く。
「やった!」
サトシもようやく肩の力を抜いた。
「リザ……」
リザードがその場へ膝をつく。
「リザード!」
サトシが駆け寄る。
「大丈夫か?」
「リザ……」
疲れている。
当然だ進化前から何度も炎を使った。
さらに進化直後の身体で出力調整まで繰り返した。
「よく頑張ったな」
サトシが肩へ手を置く。
「リザ」
リザードが少しだけ胸を張った。
「ピカ!」
ピカチュウも駆け寄る。
「ソウ!」
「ゼニ!」
「ミニュ!」
仲間たちが囲む。
リザードは少し照れくさそうに。
「リザ」
笑った。
◇
事件が終わったあと。
マギーはタマタマの前へ座っていた。
「……ごめん」
「タマ……」
「成功したいって、そればっかり考えてた」
タマタマがマギーを見る。
サトシは少し離れたところから見守る。
「マギー」
「……何だ?」
「手品を成功させたいなら」
サトシはタマタマを見る。
「まず、一緒に練習すればいいと思う」
「一緒に……」
「すぐすごいことをやろうとしなくてもいいだろ」
サトシは隣のリザードを見る。
「できなかったことを、一つずつできるようにしていけばいい」
「リザ」
リザードも頷く。
マギーはしばらく黙ったあと。
「そうだな」
タマタマを抱き上げる。
「今度はちゃんと、一緒にやろう」
「タマ!」
◇
カーニバルを離れる前。
サトシはリザードと向かい合っていた。
「……やっぱり大きくなったな」
「リザ?」
ヒトカゲだった頃より目線がずっと高い。
身体つきも力強くなった。
サトシは手を差し出す。
「進化、おめでとう」
「リザ!」
リザードが拳を出す。
軽く、こつん。
サトシの拳と合わせる。
「でも」
「リザ?」
「『かえんほうしゃ』、びっくりするくらい強くなってたな」
「……リザ」
リザードも思い出したのか少し気まずそうな顔。
「ははっ」
サトシが笑う。
「別に悪いことじゃないよ」
進化した。
身体が変わった。
力が増した。
ならまた覚えていけばいい。
「これから、この身体でまた一緒に練習していこう」
「リザー!」
力強い返事。
「ピカ!」
ピカチュウが飛びつく。
リザードの腕を軽く叩く。
「リザ!」
「ピカピカ!」
二匹が笑う。
そこへ。
「サトシー!」
少し先でカスミが手を振っている。
「置いてくわよ!」
「今行く!」
サトシが振り返る。
そしてリザードを見る。
「行こう!」
「リザ!」
サトシが走り出す。
その隣をリザードが走るヒトカゲだった頃と変わらないただ一歩が少しだけ大きくなった。
「ピカ!」
ピカチュウも追いかける。
新しい姿。
新しい力。
けれど。
積み重ねてきた絆は何一つ変わらない。
サトシとリザードはこれからまた一緒に強くなっていく。