ポケットモンスター ―君と目指す頂―   作:あああああ

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第71話 うたって!プリン!

森を抜けた先に見えてきた町は、遠目にはごく普通だった。

 

高い建物が並び、人通りも多い。店も開いているし、道を走る車も少なくない。

 

ところが町へ入って間もなく、サトシたちは妙な空気に気づいた。

 

「だから先に並んでたのは俺だって言ってるだろ!」

 

「何よ! ちょっとくらいいいじゃない!」

 

店の前で客同士が言い争っている。

 

その少し先では、店員と客が怒鳴り合っていた。

 

さらに交差点では、車から身を乗り出した男が前の車へ文句を叫んでいる。

 

「……何なの、この町」

 

カスミが眉をひそめた。

 

「みんなイライラしてるな」

 

タケシも周囲を見回す。

 

「ピカ……」

 

サトシの肩にいるピカチュウまで落ち着かない様子で耳を動かしている。

 

サトシは町の様子を眺めながら、記憶の奥に引っかかるものを感じていた。

 

この雰囲気。

 

この町確か――。

 

「サトシ?」

 

「ん?」

 

「どうしたのよ。ぼーっとして」

 

「いや」

 

サトシは軽く首を振った。

 

「ちょっと気になることがあって」

 

その直後だった。

 

「ああ、もう!」

 

近くのベンチに座っていた男が頭を抱える。

 

「今日も全然眠れなかった!」

 

「眠れない?」

 

タケシが反応した。

 

話を聞いてみれば、この町では少し前から多くの人がまともに眠れなくなっているらしい。

 

眠れない、疲れが取れないだから余裕もなくなり、些細なことで怒ってしまう。

 

「それで町中こんな感じなのね……」

 

カスミが納得したように呟く。

 

「睡眠不足って思った以上にきついからな」

 

サトシも頷いた。

 

「ピカ」

 

「とりあえずポケモンセンターへ行ってみよう。ジョーイさんなら何か知ってるかもしれない」

 

三人は町の中心へ向かって歩き始めた。

 

◇

 

しばらくして。

 

「プリ……」

 

小さな声が聞こえた。

 

「ん?」

 

サトシが足を止める。

 

「今、何か聞こえなかった?」

 

「私も聞こえた」

 

カスミが周囲を見る。

 

建物と建物の間の細い路地、そこから。

 

丸い桃色の身体が覗いていた。

 

大きな青い瞳。

 

頭にはくるりと巻いた毛。

 

「プリン!」

 

カスミの表情が一気に明るくなる。

 

「かわいい!」

 

「プリ?」

 

プリンが首を傾げる。

 

サトシは、その姿を見た瞬間に思い出した。

 

――やっぱり、この子か。

 

後々まで何度も顔を合わせることになる、妙に執念深いプリン。

 

だが今のプリンは、まだあの特徴的なマイクを持っていない。

 

「プリン、どうしたの?」

 

カスミがしゃがむ。

 

「プリ……」

 

プリンは何か言いたげに口を開く。

 

「プリ……」

 

息を吸う。

 

だが。

 

「プリ……ッ」

 

声が続かない。

 

プリンはしょんぼりと俯いた。

 

「歌おうとしたのか?」

 

サトシが尋ねる。

 

「プリ……」

 

プリンが頷く。

 

「歌えないの?」

 

カスミが驚く。

 

「プリンって歌が得意なポケモンじゃなかった?」

 

「普通ならな」

 

タケシもしゃがみ込む。

 

「何か理由があるのかもしれない」

 

カスミは落ち込むプリンを見る。

 

「よし!」

 

突然立ち上がった。

 

「私たちで歌えるようにしてあげましょう!」

 

「私たちって……」

 

タケシが嫌な予感のする顔をする。

 

「もちろんサトシとタケシもよ!」

 

「やっぱりか」

 

サトシは苦笑した。

 

「プリ?」

 

「まあ、いいよ」

 

サトシはプリンへ笑いかける。

 

「歌いたいんだろ?」

 

「プリン!」

 

今度は元気よく頷いた。

 

◇

 

それからプリンの歌の練習が始まった。

 

「まずは声を出すところからよ!」

 

カスミが手本を見せる。

 

「ラー♪」

 

「プリ……」

 

「ラー♪」

 

「プリ……!」

 

「もっとお腹から!」

 

「プリィ……!」

 

「そうそう!」

 

少しずつ声が伸びる。

 

サトシとピカチュウは横で見守っていた。

 

「頑張ってるな」

 

「ピカ」

 

タケシは飲み物を用意しながら、喉の調子を整えられそうなものを探している。

 

何度か休憩を挟み、もう一度。

 

「プリ……」

 

プリンが息を吸った。

 

「プリィィン……♪」

 

今度は声が続いた。

 

「あ!」

 

カスミが目を輝かせる。

 

「歌えた!」

 

「プリ?」

 

プリン自身も驚いている。

 

「もう一回!」

 

「プリン!」

 

プリンが嬉しそうに胸を張る。

 

そして歌い始める。

 

「プリィ〜♪ プリプリィ〜♪」

 

綺麗な歌声が響いた。

 

「やったじゃない!」

 

カスミが喜ぶ。

 

「プリン!」

 

プリンも嬉しそうだ。

 

サトシも笑った、ただ記憶が完全につながった。

 

「あ」

 

「何?」

 

カスミが振り返る。

 

「……いや」

 

サトシはプリンを見る。

 

楽しそうに歌おうとしている。

 

「たぶん、これ……」

 

「これ?」

 

「いや、何でもない」

 

今さら止めるのも違う。

 

それに町の状態を考えればむしろちょうどいいかもしれない。

 

「プリン!」

 

プリンが大きく息を吸った。

 

そして本格的に歌い始めた。

 

◇

 

優しい歌声が町へ流れていく。

 

さっきまで言い争っていた人々が。

 

一人。

 

また一人。

 

目を擦り始める。

 

「何だか……急に……」

 

「眠く……」

 

ばた。

 

店員が眠る、客も眠る。

 

ベンチに座っていた人も。

 

道端で怒鳴っていた人も。

 

次々と眠っていく。

 

「やっぱり……」

 

サトシは苦笑する。

 

「サトシ……?」

 

カスミの目もすでに半分閉じていた。

 

「これ……すごく……眠く……」

 

「そういう歌なんだよ……」

 

「先に……言いなさいよ……」

 

「歌えるようにしたあとで思い出した……」

 

「サトシ……」

 

カスミが恨めしそうに見る。

 

そのまま。

 

こてん。

 

眠った。

 

「カスミ?」

 

タケシも。

 

「これは……まず……」

 

ばた。

 

「ピ、ピカ……」

 

ピカチュウが必死に目を開けようとしている。

 

だが。

 

「ピカァ……」

 

サトシの膝へ寄りかかり。

 

すう。

 

眠る。

 

「やっぱり強いな……」

 

サトシも眠気には逆らえなかった。

 

耳を塞げば多少は違うかもしれない。

 

けれど今さらそれをやれば、嬉しそうに歌っているプリンがどう思うか。

 

そんなことを考えているうちに視界が落ちる。

 

「最後まで聞くの……無理そうだ……」

 

サトシもその場で眠りについた。

 

◇

 

「プリィ〜♪」

 

歌が終わる。

 

プリンは満面の笑みで目を開けた。

 

「プリン♪」

 

自信たっぷり。

 

今度こそ最後まで歌えた。

 

きっとみんな喜んでくれている。

 

「プリ?」

 

静かだった。

 

プリンが周囲を見る。

 

カスミ。

 

すやすや。

 

タケシ。

 

ぐっすり。

 

サトシ。

 

熟睡。

 

ピカチュウ。

 

サトシに寄りかかって眠っている。

 

町の人たちも全員眠っていた。

 

「……プリ?」

 

プリンの笑顔が固まる。

 

「プリ……」

 

頬がぷくっと膨らむ。

 

「プリィィィン!!」

 

怒った。

 

近くに落ちていたマーカーを手に取る。

 

キャップを外す。

 

そしてサトシの顔へ。

 

きゅっ。

 

きゅっ。

 

「プリ!」

 

次。

 

カスミ。

 

次。

 

タケシ。

 

ピカチュウ。

 

町の人。

 

次々と顔へ落書きをしていく。

 

歌を聞かずに寝た。

 

プリンにとってはそれだけで十分な理由だった。

 

◇

 

「……ん」

 

サトシが目を覚ました。

 

頭が妙にすっきりしている。

 

「よく寝た……」

 

身体を起こす。

 

「ピカ……?」

 

ピカチュウも目を開ける。

 

「おはよう」

 

「ピカ」

 

サトシとピカチュウは顔を見合わせた。

 

「……」

 

「……ピカ」

 

ピカチュウの顔には太い線。

 

丸。

 

ヒゲのような落書き。

 

「……描かれたな」

 

「ピカ!?」

 

ピカチュウが慌てて自分の頬を触る。

 

そこへ。

 

「きゃあああああ!」

 

カスミの叫び。

 

「何よこれぇぇぇ!」

 

顔中に落書き。

 

タケシも起きる。

 

「……俺もか」

 

「タケシも!」

 

「カスミもな」

 

「分かってるわよ!」

 

サトシは自分の頬を擦る。

 

指に少しだけインクが付いた。

 

「やっぱり描かれたか」

 

ぴく。

 

カスミが止まった。

 

「……やっぱり?」

 

「あ」

 

「サトシ」

 

「いや、その」

 

「やっぱりって何よ!」

 

「何となくこうなりそうな気がしただけだって!」

 

「だったら言いなさいよ!」

 

「言ってもたぶん寝てたよ!」

 

「それとこれとは別!」

 

「ピカピカ」

 

ピカチュウが笑う。

 

「ピカチュウも笑ってる場合じゃないわよ!」

 

「ピカ!?」

 

その頃町でも変化が起きていた。

 

「……あれ?」

 

「なんか頭がすっきりしてる」

 

「久しぶりに寝た……」

 

人々が次々と目を覚ます。

 

顔には落書きだが昨日までのような険しい表情ではない。

 

「あ」

 

さっきまで喧嘩していた二人が顔を見合わせる。

 

「……昨日は悪かったな」

 

「こっちも言いすぎたよ」

 

町の空気が少しずつ変わっていく。

 

「プリンの歌のおかげね」

 

カスミが言った。

 

「結果的にはな」

 

タケシが頷く。

 

サトシは周囲を見る、プリンの姿は見えない。

 

「でも本人は納得してないだろうな」

 

「どうして?」

 

「歌い終わるたびに全員寝てたら、最後まで聞いてもらえなかったって思うだろ」

 

「……確かに」

 

◇

 

「聞いたわよ!」

 

声。

 

サトシたちが振り返る。

 

「何を?」

 

「歌を聞けば誰でも眠ってしまうポケモン!」

 

ムサシ。

 

コジロウ。

 

ニャース。

 

「つまり!」

 

「そいつに歌わせれば!」

 

「寝てる間にポケモン取り放題ニャ!」

 

「やっぱり来たか」

 

サトシが肩を落とす。

 

「ピカ」

 

「プリンを探すわよ!」

 

ムサシが叫ぶ。

 

だが。

 

「プリ?」

 

三人の背後。

 

「いた!」

 

「ちょうどいい!」

 

ムサシがプリンを抱き上げる。

 

「さあ歌いなさい!」

 

「プリン?」

 

「そうよ! 最高の歌を!」

 

プリンの目が。

 

輝く。

 

「プリン!」

 

「あ」

 

サトシは少しだけ同情した。

 

「それ、最後まで聞けないぞ」

 

「何を言ってるのよ!」

 

「私たちはそんな――」

 

「プリィ〜♪」

 

歌。

 

「……」

 

ムサシの瞼が落ちる。

 

「ちょっと……待っ……」

 

ばた。

 

「俺は……眠らな……」

 

ばた。

 

「ニャーは猫だから夜には強い……ニャ……」

 

ばた、二人と1匹は仲良く眠った。

 

「プリン♪」

 

歌い終える。

 

そして見る。

 

「……プリ?」

 

寝ている。

 

「プリィィィン!!」

 

マーカー。

 

きゅっ。

 

きゅっ。

 

きゅっ。

 

「容赦ないな」

 

サトシが苦笑する。

 

今度はサトシたちが歌から離れていたため、どうにか眠らずに済んだ。

 

やがて。

 

「……はっ!」

 

ムサシが起きる。

 

「何よこの顔!」

 

「俺も!?」

 

「ニャーまでニャ!?」

 

怒った三人が今度は強引にプリンを捕まえようとする。

 

「プリ!?」

 

「ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

サトシが前へ出る。

 

「『エレキボール』!」

 

「ピカ――チュウ!」

 

電気の塊が飛ぶ。

 

ロケット団の機械へ直撃。

 

爆発。

 

「何でこうなるのよー!」

 

「最初から分かってただろー!」

 

「やな感じニャー!」

 

三人は。

 

空の彼方へ消えていった。

 

「プリン!」

 

プリンが胸を張る。

 

「いや、今のはピカチュウも頑張ったからな」

 

「ピカ!」

 

◇

 

夕方、町は朝とは別の場所のように穏やかになっていた。

 

久しぶりにしっかり眠れた住民たちは店を直し 仕事へ戻り笑いながら話している。

 

顔に落書きが残っている人も多かったがそれすら今では笑い話になりつつあった。

 

「プリン」

 

町外れ、プリンが一匹で座っている。

 

手にはさっき拾ったマーカー。

 

「プリ……」

 

サトシが隣へ座る。

 

「まだ怒ってる?」

 

「プリ」

 

「そっか」

 

無理に慰めない。

 

プリンは自分の歌を最後まで聞いてほしいそれだけなのだ。

 

「でも」

 

プリンが見る。

 

「お前の歌、ちゃんとすごかったよ」

 

「プリ?」

 

「この町の人たち、ずっと眠れなかったんだ。それをみんな眠らせた」

 

「プリ……」

 

「俺も途中で寝たけど」

 

「プリ!」

 

「悪かったって」

 

サトシは笑う。

 

そして少しだけ遠い記憶を思い出すこのプリンはきっと諦めない。

 

最後まで歌を聞いてくれる相手を探して。

 

どこまでも追いかけてくる。

 

なら今はそれでいい。

 

「いつか最後まで歌を聞いてくれる相手、見つかるといいな」

 

「プリ?」

 

「頑張れよ」

 

「プリン!」

 

プリンは元気よく立ち上がった。

 

「じゃあな」

 

「プリン!」

 

サトシも立ち上がる。

 

「サトシー!」

 

「行くぞ!」

 

カスミとタケシが待っている。

 

「今行く!」

 

「ピカ!」

 

サトシはピカチュウと一緒に走り出した。

 

◇

 

町を出てしばらく。

 

「今日はよく眠れそうね」

 

カスミが言った。

 

「昼間あれだけ寝たのに?」

 

サトシが笑う。

 

「誰のせいよ!」

 

「プリンのせいだろ」

 

「それはそうだけど!」

 

「ピカピカ!」

 

「ピカチュウまで笑わない!」

 

賑やかな声が道の向こうへ遠ざかっていく。

 

その後ろの草むら。

 

がさっ。

 

小さな桃色の身体が顔を出した。

 

手にはマーカー。

 

「プリン♪」

 

プリンは遠ざかっていくサトシたちを見るそしてとことこと歩き始めた。

 

最後まで自分の歌を聞いてくれる誰かを探して サトシたちの旅を追いかけるように。

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