ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
グランパキャニオンを離れてから、しばらく経った昼下がり。
街道から少し外れた森の中で、サトシたちは休憩を取っていた。
「リザードン、もう一回いこう!」
「リザァ!」
少し開けた場所では、サトシとリザードンが朝から続けている飛行訓練を再開していた。
リザードンが力強く地面を蹴る。
翼を振り下ろした瞬間、周囲の草が風圧で大きく揺れ、その巨体が一気に空へ舞い上がった。
「昨日よりずっと安定してる!」
カスミが空を見上げる。
「ああ。身体の使い方を覚えるのが早いな」
タケシも感心したように頷いた。
空ではリザードンが大きく旋回していた。
進化した直後は、翼の力だけで無理やり曲がろうとして軌道が大きく膨らんでいた。
しかし今は尾と身体の傾きも使い、少しずつ小さな円を描けるようになっている。
「リザードン、今度は右!」
「リザ!」
翼を傾け右旋回
「そのまま降りてこい!」
「リザァ!」
高度を落としたリザードンが地面へ近づき、翼を大きく広げた。
ばさっ!
風が巻き起こる。
「わっ!」
カスミが帽子を押さえた。
リザードンは数歩前へ進みながらも、転ぶことなく着地する。
「よし!」
サトシが駆け寄る。
「かなり良くなったな」
「リザ!」
リザードンが嬉しそうに胸を張った。
「でも、まだ急旋回すると身体が流れる。それと着地するときに速度を殺しきれてない」
「リザ……」
「焦らなくていいよ。飛べるようになったばっかりなんだから」
サトシはリザードンの翼を見る。
飛ぶこと自体が安定すれば、次へ進める。
翼を攻撃に使う、そして、その先には――。
「エアスラッシュ……」
小さく呟く。
「リザ?」
「いや。まだ先だ」
今の段階で技まで詰め込む必要はない。
まずは自分の身体を知ること、それはリザードへ進化したときにも学んだことだった。
「今日はもう少し飛行練習して、それから炎の出力確認だな」
「リザァ!」
「元気ねえ……」
少し離れた木陰でカスミが呆れる。
「昨日あれだけ戦ったのに」
「本人がやりたがってるからな」
タケシが笑った。
その横。
「ピカ!」
ピカチュウは木の枝に座り、赤いリンゴを抱えていた。
しゃく。
しゃく。
美味しそうに頬張る。
「ピカピカ」
そして。
もう一口。
「ピ――」
突然、声が止まった。
「……ピッ」
リンゴを落とす。
「ピカ?」
サトシが振り返った。
ピカチュウが喉を押さえている。
「ピカチュウ?」
「ピ……カ……!」
苦しそうに口を開く。
「どうした!?」
サトシが駆け寄る。
ピカチュウが枝から落ちる前に受け止めた。
「ピカチュウ!」
「ピ……!」
呼吸が苦しそうだ。
サトシはすぐに口の中を見る。
「何か詰まってる……!」
落ちたリンゴ。
そこから欠けている大きな一片。
「リンゴ!?」
カスミも駆け寄る。
「どうするの!?」
「ポケモンセンターは!?」
サトシがタケシを見る。
「ここからじゃ遠い!」
「だったら近くに病院は!?」
「街道を少し戻ったところに診療所の看板があった!」
「行こう!」
サトシはピカチュウを抱き上げる。
「リザードン、戻れ!」
「リザ!」
赤い光がリザードンを包む。
「ピカチュウ、もう少しだけ我慢して!」
「ピ……!」
三人は森を飛び出した。
◇
「お願いします!」
勢いよく扉が開く。
「ピカチュウを診てください!」
白衣を着た男が振り返った。
「ん?」
サトシはピカチュウを抱えたまま診察室へ飛び込む。
「喉にリンゴが詰まったみたいなんです!」
「ここは人間専門の病院だよ」
男――ドクター・プロクターは眉を寄せた。
「ポケモンならポケモンセンターへ」
「間に合わないんです!」
サトシの声が強くなる。
「呼吸が苦しそうで!」
「ピ……」
プロクターの表情が変わった。
ピカチュウを見る。
「……診察台へ」
「はい!」
すぐにピカチュウを寝かせる。
プロクターが口を開かせ、ライトを当てる。
「確かに異物があるな」
「取れますか?」
「動くなよ」
器具。
サトシはピカチュウの身体を支える。
「大丈夫だ」
「ピ……」
「俺がいるから」
プロクターが慎重に器具を入れる。
数秒。
サトシには。
それが妙に長く感じられた。
「……取れた」
ころん。
金属の皿へ。
リンゴの欠片が落ちる。
「ピカァ……!」
ピカチュウが大きく息を吸った。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
起き上がり、サトシの胸へ飛びついた。
「よかった……!」
サトシはぎゅっと抱き締める。
「本当によかった……」
「ピカピカ」
カスミも胸を撫で下ろす。
「もう、びっくりさせないでよ」
「ピカ……」
ピカチュウが申し訳なさそうに耳を下げる。
「リンゴはちゃんと噛んで食べろよ」
「ピカ」
「お前もな」
プロクターがサトシを見る。
「慌てて丸飲みするなよ」
「俺はしませんよ!」
「どうかな」
「しませんって!」
タケシが小さく笑った。
そのとき、病院の電話が鳴った。
「はい」
プロクターが受話器を取る。
しばらく聞いていた表情が、険しくなる。
「……分かった。受け入れる」
電話を切る。
「先生?」
「近くで事故だ」
プロクターは白衣を整える。
「負傷したポケモンが大量に運ばれてくる」
◇
ほどなくして。
病院の前へ次々と車が到着した。
「ラッキー!」
「ラッキー!」
ラッキーたちが担架を運ぶ。
傷ついたポケモン、弱ったポケモン。
「こんなに……」
カスミが息を呑む。
「ポケモンセンターだけじゃ処置しきれないらしい」
プロクターが言う。
「君たち」
「はい!」
「手を貸せるか?」
サトシは即答した。
「もちろんです!」
「俺も」
「私も!」
三人が動く。
「ラッキー!」
サトシはラッキーと一緒に一匹のポケモンを運ぶ。
次、また次。
「この子、怖がってる……」
暴れるポケモン。
サトシはそっと手を近づける。
波導を使う。
痛み。
恐怖。
知らない場所、知らない人間。
「大丈夫」
無理に押さえつけない。
「治してもらうだけだから」
呼吸を合わせる。
少しずつ、ポケモンの身体から力が抜ける。
「今です」
「ラッキー!」
ラッキーが処置を始める。
プロクターが横目で見る。
「変わった扱い方をするな」
「気持ちが少し分かるだけです」
「怪我の場所も?」
「ある程度なら。でも」
サトシは負傷したポケモンを見る。
「治せません」
波導で分かることはある。
痛み。
生命の強弱。
感情。
けれど、それだけだ。
骨を繋ぐことも。
傷を縫うことも。
薬を選ぶこともできない。
「分かってるなら十分だ」
プロクターは手を動かしながら言う。
「分かることと治せることは別だ」
「……はい」
サトシは頷いた。
◇
「次!」
「ドードリオです!」
「運べ!」
三つの頭を持つドードリオが診察台へ運ばれる。
「暴れるぞ。押さえてくれ!」
「はい!」
サトシとタケシが身体を支える。
「ドード!」
「ドリオ!」
「落ち着け!」
カスミも声をかける。
プロクターが麻酔を準備する。
「これを打てば――」
ドードリオの頭が突然動いた。
「うおっ!」
「先生!」
ぷすっ。
「……」
全員が止まる。
プロクターが。
自分の腕を見る。
「先生?」
「……間違えた」
「え?」
「自分に打った」
「えええええ!?」
数秒後。
どさっ。
「寝たー!?」
カスミが叫ぶ。
「すぴー……」
「こんな時に!?」
「ラッキー!?」
ラッキーたちも慌てる。
サトシは頭を抱えそうになった。
だが。
周囲を見る。
まだ。
治療を待つポケモンがいる。
「できることをやろう」
「サトシ?」
「俺たちに手術はできない。でも、ラッキーたちの手伝いならできる」
タケシが頷く。
「そうだな」
「ラッキー!」
ラッキーたちも頷いた。
「俺は暴れるポケモンを落ち着かせる。タケシは薬や包帯の補助を頼む」
「ああ」
「カスミは?」
「水とタオル、それから運搬を手伝う!」
「頼む!」
三人は再び動き始めた。
ピカチュウも。
「ピカ!」
元気になった身体で、小さな道具を運んでいく。
◇
一方。
病院の裏。
「こんなにポケモンがいるなんて……」
ムサシが窓から覗く。
「まさに宝の山だな」
コジロウが頷く。
「治療が終わったところをまとめていただくニャ!」
ニャースが笑う。
「さすがニャー!」
「それ自分で言う?」
「細かいことはいいニャ!」
二人と1匹は、こっそり病院へ侵入した。
◇
「よし」
サトシが息を吐く。
負傷していたポケモンの多くが落ち着いてきた。
「ラッキー」
ラッキーも額の汗を拭う。
「あと少しだな」
タケシが言う。
その瞬間。
「そこまでよ!」
「ん?」
聞き覚えのある声。
「まさか……」
壁際のカーテンが開く。
「なんだかんだと聞かれたら!」
「答えてあげるが世の情け!」
「今それやる!?」
カスミが叫ぶ。
名乗りを終えたロケット団が胸を張る。
「さあ!」
ムサシが指を突きつける。
「元気になったポケモンたちをいただくわ!」
「ふざけるな!」
サトシが前へ出る。
「怪我したポケモンを狙うなんて!」
「治ったなら問題ないでしょ!」
「そういう問題じゃない!」
ムサシとコジロウがボールを投げる。
「アーボック!」
「マタドガス!」
二匹が現れる。
「ラッキー!」
ラッキーが負傷したポケモンたちの前へ出た。
「アーボック、行きなさい!」
「マタドガス、お前もだ!」
だが。
「シャー……」
「ドガ……」
二匹は動かない。
「何してるのよ!」
アーボックは。
ラッキーを見る。
少し前。
自分たちも治療された。
包帯。
薬。
優しく傷を処置してくれた手。
「シャ……」
顔を背ける。
「マタドガス!」
「ドガ……」
マタドガスも攻撃しない。
「どうしたのよ!」
サトシは。
少し笑った。
「攻撃したくないんだよ」
「何ですって?」
「自分を治してくれた相手だから」
「シャー」
「ドガース」
「アーボック!」
「マタドガス!」
二匹はそれでも動かなかった。
「もう!」
ムサシが苛立つ。
その足元にころころ。
「ん?」
丸いポケモン。
「ビリリダマ?」
「ビリ……」
全員の顔が引きつる。
「待って」
サトシが一歩下がる。
「それはまず――」
「ビリリリリリ!」
光。
「逃げろー!」
ドォォォォン!!
◇
「やな感じー!」
ロケット団が空へ消えていく。
「キラーン……」
サトシは煤だらけで病院の外に立っていた。
「……毎回よく飛ぶな」
「ピカ」
「感心するところじゃないでしょ!」
カスミが怒鳴る。
やがて病院の中から。
「ふわぁ……」
プロクターが出てきた。
「よく寝た」
「先生!」
「ん?」
「『ん?』じゃないですよ!」
サトシが思わず叫ぶ。
プロクターは周囲を見る。
治療を終えたポケモンや疲れ切ったラッキーたちそしてサトシたち。
「……なるほど」
「なるほどじゃないです!」
「まあ、結果よければ全てよし」
「先生!」
カスミまで叫ぶ。
タケシが苦笑した。
◇
夕方、すべての治療が終わった。
「ありがとうございました」
サトシが頭を下げる。
「ピカチュウを助けてもらって」
「仕事をしただけだ」
プロクターが答える。
「それに」
サトシを見る。
「今日は君たちにも助けられた」
「俺は大したことしてません」
「そうでもない」
プロクターは治療室を見る。
「ポケモンの状態をよく見ていた。トレーナーには必要なことだ」
サトシは少しだけ考える。
強くなること。
技を覚えること。
勝つこと。
それだけではない。
どれだけ強くなっても怪我をすることはある。
体調を崩すこともある。
「もっと勉強しないとな」
「ピカ?」
サトシはピカチュウを見る。
「お前たちのこと」
「ピカ……」
ピカチュウが笑う。
「ピカ!」
「でも」
サトシは落ちていたリンゴを一つ取った。
ピカチュウへ見せる。
「まずはこれ」
「ピカ?」
「よく噛んで食べる」
「ピカ……」
「返事は?」
「ピカ!」
カスミが吹き出した。
「そこからなの?」
「大事だろ!」
「まあね」
笑い声。
サトシたちは再び旅へ戻る。
◇
少し進んだところで。
「リザードン!」
サトシがボールを投げる。
「リザァ!」
大きな身体が現れた。
「今日は朝の続き、少しだけやるぞ」
「リザ!」
リザードンが翼を広げる。
「無理はしない」
「リザァ」
「まず飛ぶ」
「リザ」
「曲がる」
「リザ!」
「止まる」
「リザァ!」
「それが安定してから、次だ」
サトシは。
リザードンの翼を見る。
「翼から風を放つ感覚を覚えよう」
「リザ?」
「いずれ『エアスラッシュ』を覚える」
リザードンの目が輝く。
「でも今日はまだ技を撃たない」
「リザ……」
明らかに残念そうな顔。
「そんな顔するなよ」
サトシが笑う。
「急いで覚えても、使いこなせなきゃ意味ないだろ?」
「リザ」
納得したように頷く。
「よし」
サトシが空を指す。
「飛んでこい!」
「リザァァァ!」
大きな翼が風を叩く。
リザードンが空へ舞い上がる。
「ピカ!」
サトシはその姿を見上げる。
プテラとの戦いで初めて飛んだ空。
今度は戦うためだけではない。
自由に飛び、自分の翼を知り。
やがてその翼そのものを武器にするために。
リザードンは何度も空を旋回する。
「いいぞ!」
サトシの声が空へ届く。
「その調子だ、リザードン!」
「リザァァァ――!」
夕暮れの空に力強い咆哮が響いた。