ポケットモンスター ―君と目指す頂―   作:あああああ

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第74話 ガーディとコジロウ

朝、森を抜ける街道の脇にある開けた草原で、サトシたちは足を止めていた。

 

「リザードン、もう一周!」

 

「リザァ!」

 

力強く翼を打ち、リザードンが高度を上げる。

 

昨日までと比べても、その飛び方は明らかに変わっていた。

 

大きく膨らんでいた旋回は小さくなり、速度を落とすときも翼だけに頼らず、尾と身体全体で姿勢を調整している。

 

「左!」

 

「リザ!」

 

身体を傾ける。

 

「そのまま降りろ!」

 

高度を落とし、地面へ近づく。

 

「今!」

 

ばさっ!

 

翼を大きく広げると草が風圧で揺れ、リザードンは二歩ほど前へ進んでから、しっかりと両足で着地した。

 

「よし!」

 

「リザァ!」

 

サトシが駆け寄る。

 

「昨日よりずっといい。これなら次に進めそうだな」

 

「リザ?」

 

リザードンの目が輝く。

 

その反応にサトシは笑った。

 

「覚えてるだろ? エアスラッシュ」

 

「リザ!」

 

「やっぱり楽しみにしてたな」

 

「ピカピカ」

 

ピカチュウも笑う。

 

「今日はまだ完成させなくていい。まずは、翼で起こした風をまとめるところからだ」

 

「リザ?」

 

「普通に羽ばたいてみて」

 

リザードンが翼を振るう。

 

ぶわっ!

 

強風が巻き起こる。

 

「きゃっ!」

 

少し離れていたカスミの髪が大きく乱れた。

 

「ちょっと!」

 

「ご、ごめん!」

 

「リザ……」

 

リザードンも申し訳なさそうに翼を畳む。

 

タケシが苦笑する。

 

「威力は十分そうだな」

 

「でも、これじゃただの風だ」

 

サトシは地面から葉を一枚拾った。

 

「広く押すんじゃなくて、もっと狭く」

 

指で一本の線を描く。

 

「風をここに集める感じ」

 

「リザ……」

 

リザードンが自分の翼を見る。

 

もう一度、翼を振るう。

 

ぶんっ!

 

今度はさっきより小さい風が起こったが、葉がぱらぱらと舞っただけだった。

 

「まだ広いな」

 

「リザ!」

 

「もう一回」

 

「リザァ!」

 

何度も翼を振るうが、思うようにはいかない。

 

「焦らなくていい」

 

サトシが言う。

 

「飛べるようになったばかりなんだ。まず自分の翼をちゃんと使えるようになろう」

 

「リザ」

 

リザードンが頷いた。

 

「今日はここまで」

 

「リザ!?」

 

「旅しながら続きな」

 

「リザ……」

 

「そんな顔するなって」

 

サトシは笑いながらモンスターボールを向けた。

 

「戻れ、リザードン」

 

赤い光がリザードンを包み、ボールへ戻っていく。

 

「ほんと、練習好きになったわね」

 

カスミが乱れた髪を直しながら言う。

 

「進化してからますますだな」

 

タケシも笑う。

 

「本人がやりたいなら、付き合うよ。ただし、急がせない」

 

「ピカ!」

 

三人と一匹は再び歩き始めた。

 

◇

 

昼前。

 

森を抜けた先で、サトシは思わず足を止めた。

 

「……でか」

 

「でかいわね……」

 

カスミも同じ言葉を漏らす。

 

目の前には巨大な門。

 

その奥には広大な庭園が広がり、遥か先には大きな屋敷が建っている。

 

「誰の家だ?」

 

タケシが首を傾げる。

 

「家っていうよりお城じゃない?」

 

三人が門の前まで近づいた、その瞬間。

 

「ガウッ!」

 

「ピカ!」

 

茂みから何かが飛び出した。

 

オレンジ色の身体。

 

黒い縞模様。

 

豊かな毛。

 

「ガーディ!」

 

サトシの目が輝く。

 

「ガウ! ガウッ!」

 

ガーディは三人の前へ立ち塞がり、低く構えて牙を見せる。

 

「警戒してるわね」

 

カスミが一歩下がる。

 

「敷地へ入るなってことだろう」

 

タケシが言う。

 

サトシはガーディを見る。

 

「ピカ?」

 

「待って」

 

サトシが一歩前へ出る。

 

「危ないわよ」

 

「大丈夫」

 

無理に近づかず、少し距離を空けたところでしゃがむ。

 

「俺たちは何もしないよ」

 

「ガルルル……!」

 

ガーディは警戒を解かない。

 

サトシは静かに目を閉じ、波導を広げる。

 

警戒。

 

責任感。

 

そして、その奥にある寂しさ。

 

待っている、ずっと誰かを。

 

「……誰かを待ってるのか?」

 

「ガウ?」

 

ガーディの耳が動いた。

 

「サトシ?」

 

カスミが見る。

 

「この子、ただ屋敷を守ってるだけじゃない」

 

サトシはガーディを見る。

 

「大切な誰かが帰ってくるのを待ってる」

 

「クゥン……」

 

ガーディの表情が僅かに変わる。

 

そのとき。

 

「なんだかんだと聞かれたら!」

 

「……ん?」

 

三人が振り返る。

 

「答えてあげるが世の情け!」

 

「世界の破壊を防ぐため!」

 

「世界の平和を守るため!」

 

「愛と真実の悪を貫く!」

 

「ラブリーチャーミーな敵役!」

 

「ムサシ!」

 

「コジロウ!」

 

「銀河をかけるロケット団の二人には!」

 

「ホワイトホール、白い明日が待ってるぜ!」

 

「ニャーンてニャ!」

 

「ピカ……」

 

ピカチュウが半目になる。

 

「またあんたたち?」

 

カスミも呆れる。

 

だが、ガーディだけは違った。

 

「……ガウ?」

 

耳が立つ。

 

鼻が動く。

 

そして。

 

「ガウッ!」

 

駆け出した。

 

「え?」

 

サトシたちの横を通り抜け、一直線にコジロウへ向かう。

 

「ガウ! ガウ!」

 

「うわっ!」

 

ガーディが勢いよくコジロウへ飛びついた。

 

「ガ、ガーちゃん!?」

 

「ガウ!」

 

「ガーちゃん!?」

 

サトシたちが声を揃える。

 

ガーディはコジロウへ身体を擦りつけ、嬉しそうに尻尾を振っている。

 

「ガーちゃん、苦しい! 分かった、分かったから!」

 

「ガウ!」

 

コジロウも困ったような顔をしながら、その頭を撫でた。

 

「久しぶりだな」

 

「ガウ!」

 

その声は、普段サトシたちに向けるものとは違った。

 

「……知り合い?」

 

カスミが聞く。

 

「知り合いも何も……」

 

ムサシが屋敷を見る。

 

そしてコジロウを見る。

 

もう一度、屋敷を見る。

 

「まさか」

 

ニャースも固まる。

 

「ここ……」

 

コジロウが顔を青くする。

 

「帰るぞ」

 

「は?」

 

「今すぐ帰る!」

 

踵を返す。

 

だが。

 

「コジロウ様!」

 

屋敷から声が響き、コジロウの身体が硬直した。

 

「遅かった……」

 

「コジロウ様がお戻りになられました!」

 

使用人たちが次々と現れる。

 

「お帰りなさいませ!」

 

「コジロウ様!」

 

「坊ちゃま!」

 

「ぼ、坊ちゃま!?」

 

ムサシがコジロウを見る。

 

サトシも屋敷とコジロウを交互に見た。

 

「……ここ、お前の家?」

 

「聞くな」

 

「でも」

 

「聞くな!」

 

コジロウが頭を抱えた。

 

◇

 

屋敷の中。

 

「すご……」

 

サトシは天井を見上げた。

 

豪華なシャンデリア。

 

広い廊下。

 

大きな絵画。

 

高価そうな家具。

 

「ロケット団やる必要あるの?」

 

カスミが真顔で聞く。

 

「言うな!」

 

コジロウが叫ぶ。

 

「だったら何で家を出たニャ?」

 

「それは……」

 

コジロウの顔が引きつる。

 

そのとき。

 

「コジロウ様!」

 

女性の声。

 

「ひっ!」

 

コジロウがサトシの後ろへ隠れた。

 

「何で俺!?」

 

廊下の奥から、一人の少女が歩いてくる。

 

長い赤紫色の髪。

 

その顔を見て、サトシ、カスミ、タケシ、そしてニャースが一斉にムサシを見る。

 

「……似てる」

 

サトシが言った。

 

「似てるわね」

 

カスミ。

 

「似てるな」

 

タケシ。

 

「そっくりニャ」

 

ニャース。

 

「どこがよ!」

 

ムサシが怒鳴る。

 

少女――ルミカはコジロウを見つけると、にっこり笑った。

 

「お久しぶりですわ、コジロウ様」

 

「……」

 

コジロウは震えている。

 

「帰ろう」

 

「だからどこに!?」

 

ムサシが腕を掴む。

 

「どこでもいい!」

 

ルミカが一歩近づく。

 

「さあ、コジロウ様」

 

「い、嫌だ!」

 

「立派な紳士になるための教育を再開いたしましょう」

 

「嫌だぁぁぁぁ!」

 

コジロウが走り出した。

 

「お待ちくださいませ!」

 

ルミカが追う。

 

「何なのよこれ!」

 

ムサシも追う。

 

「面白くなってきたニャ!」

 

「お前も行くのか!」

 

サトシたちまで、結局追うことになった。

 

◇

 

庭。

 

「助けてくれ!」

 

コジロウが走る。

 

「待ちなさい!」

 

ムサシ。

 

「コジロウ様!」

 

ルミカ。

 

「何で俺たちまで走ってるのよ!」

 

カスミ。

 

「流れだ!」

 

タケシ。

 

「ピカピカ!」

 

そのとき。

 

「ガウ!」

 

ガーちゃんがコジロウへ並ぶ。

 

「ガーちゃん!」

 

「ガウ!」

 

コジロウは少しだけ笑った。

 

「昔からお前だけだよ、俺の味方は!」

 

「ガウッ!」

 

ルミカが迫る。

 

「ガーちゃん!」

 

コジロウが叫ぶ。

 

ガーディが反転。

 

「ガウッ!」

 

炎を吐き出す。

 

ぼうっ!

 

ルミカの前へ炎が走る。

 

「まあ!」

 

足を止める。

 

その隙に。

 

「こっちだ!」

 

コジロウが走る。

 

ガーちゃんも続く。

 

「息ぴったりだな」

 

サトシが感心する。

 

「ピカ」

 

戦い方だけではない。

 

視線。

 

声。

 

動き。

 

長い時間を一緒に過ごしたからこその連携。

 

サトシはガーちゃんを見る。

 

「ガーディか……」

 

「何?」

 

カスミが聞く。

 

「いや」

 

サトシは少し笑う。

 

「いいポケモンだなって」

 

「ガウ!」

 

ガーちゃんはコジロウの隣を走る。

 

強い。

 

忠実。

 

そして何より、大切な相手を守ろうとする気持ちが強い。

 

いつか、自分もガーディと出会うことがあるだろうか。

 

そんなことを少しだけ思った。

 

◇

 

騒動が落ち着いた頃。

 

コジロウは屋敷の外に立っていた。

 

ムサシ。

 

ニャース。

 

少し離れてサトシたち。

 

そしてガーちゃん。

 

「本当に行くのか?」

 

サトシが聞く。

 

「当たり前だ」

 

コジロウは答える。

 

屋敷を見る。

 

裕福な暮らし。

 

何不自由ない生活。

 

けれど。

 

「ここにいたら、俺は俺じゃなくなる」

 

「……そっか」

 

サトシはそれ以上言わなかった。

 

「クゥン……」

 

ガーちゃんがコジロウを見上げる。

 

「ガーちゃん」

 

コジロウがしゃがみ、その頭を撫でる。

 

「ごめんな」

 

「クゥン……」

 

「また帰ってくる」

 

「ガウ?」

 

「いつになるか分からないけど」

 

ガーちゃんの耳が下がる。

 

「だから」

 

コジロウは笑う。

 

「ここを頼む」

 

「……ガウ」

 

ガーちゃんが一度、強く鳴いた。

 

コジロウが立ち上がる。

 

「行くぞ、ムサシ、ニャース!」

 

「何であんたが仕切るのよ!」

 

「早くしないとルミカが来る!」

 

「急ぐわよ!」

 

「逃げるニャー!」

 

三人が走り去っていく。

 

「……あいつら」

 

カスミが呆れる。

 

ガーちゃんはその背中をずっと見つめていた。

 

「クゥン……」

 

サトシが隣へ立つ。

 

「寂しいよな」

 

ガーちゃんが見る。

 

「でも」

 

遠くなっていくコジロウ。

 

「一緒に旅してなくても、なくならないものはあるよ」

 

「ガウ?」

 

サトシは腰のモンスターボールを見る。

 

研究所にいるバタフリー、ピジョット、クラブ、ベトベトン、ケンタロスたち。

 

そして昨日仲間になったばかりのプテラ。

 

別の場所で修行しているオコリザル。

 

今、隣にいなくても自分のポケモンたちだ。

 

「また会える」

 

「ガウ」

 

ガーちゃんはもう一度、コジロウの消えた道を見る。

 

「ガウゥゥゥ――!」

 

その声が遠くまで響いた。

 

◇

 

夕方。

 

街道沿いの草原。

 

サトシが少し離れた場所へ葉を何枚か吊るしていた。

 

「よし、準備できた」

 

「リザァ!」

 

リザードンが翼を広げる。

 

「朝の続きをやろう」

 

「リザ!」

 

「飛ぶのはかなり安定してきた。だから今日から本格的に次へ進む」

 

サトシは吊るした葉を指す。

 

「エアスラッシュ」

 

リザードンが葉を見る。

 

「翼を振れば風は起こる。でも、それだけじゃ駄目だ」

 

サトシが手を広げ、ゆっくり狭める。

 

「広がる風を、一つに集める」

 

「リザ……」

 

「まずは威力じゃない。形を作るんだ」

 

「リザ!」

 

リザードンが構え、翼を振る。

 

ぶわっ!

 

葉が激しく揺れる。

 

だが、切れない。

 

「まだ広い!」

 

「リザ!」

 

もう一度。

 

ぶんっ!

 

強風。

 

「違う!」

 

「リザァ!」

 

三度目。

 

四度目。

 

何度やっても、ただ強い風が吹くだけ。

 

「リザ……」

 

「そこで焦るな」

 

サトシが近づく。

 

「力を入れすぎてる」

 

リザードンの翼を見る。

 

「かえんほうしゃと同じだよ」

 

「リザ?」

 

「リザードになったばかりのとき、炎が大きくなりすぎただろ?」

 

「……リザ」

 

「強ければいいわけじゃなかった」

 

リザードンが自分の翼を見る。

 

「必要なところだけに力を集める」

 

「リザ……」

 

目を閉じる。

 

翼を広げる。

 

一度、呼吸を整える。

 

そして。

 

「リザ!」

 

振り抜く。

 

ヒュッ――!

 

さっきまでとは違う風の音。

 

細い。

 

鋭い。

 

吊るしていた葉の一枚。

 

その端が。

 

すぱっ。

 

切れた。

 

「……!」

 

カスミが目を見開く。

 

「今の!」

 

タケシも前へ出る。

 

サトシは切れた葉を見る。

 

そして笑う。

 

「できた」

 

「リザ?」

 

「いや」

 

首を振る。

 

「まだエアスラッシュじゃない」

 

「リザ……」

 

「でも」

 

サトシは拳を握る。

 

「今の感覚だ」

 

リザードンの目が再び輝く。

 

「風が広がらなかった。ちゃんと一つに集まってた」

 

「リザ!」

 

「忘れるなよ」

 

「リザァ!」

 

「今日はもう一回だけやって終わろう」

 

「リザ!」

 

リザードンが翼を広げる。

 

「ピカ!」

 

ピカチュウも応援する。

 

まだ完成ではない。

 

けれど、確実に一歩進んだ。

 

「いけ、リザードン!」

 

「リザァァァ!」

 

翼が夕暮れの風を切った。

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