ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
朝の柔らかな日差しが、森を抜けた先に広がる川面を照らしていた。
澄んだ水が緩やかに流れ、岸辺には大小さまざまな岩が転がっている。野生のポケモンたちも水を飲みに集まっており、旅の途中で休憩するには申し分のない場所だった。
もっとも、サトシとゼニガメに休んでいる様子はない。
「ゼニガメ、もう一回! 今度は右だ!」
「ゼニ!」
ゼニガメが手足と頭を甲羅へ引っ込めると、その場で勢いよく回転を始めた。
「こうそくスピン!」
「ゼニィィ!」
回転する甲羅が地面を駆け、正面に置かれた大きな岩へ向かっていく。
「まだ曲がるな……そのまま!」
岩までの距離が縮まる。
サトシはゼニガメの速度を見極め――。
「今!」
ゼニガメが僅かに回転を緩めた。
同時に軌道を変え、岩の右側を抜ける。
「そこで止まれ!」
「ゼニ!」
回転を止めたゼニガメが甲羅から飛び出した。
「続けて、みずのはどう!」
「ゼニ!」
両手の間に水が集まり、青い水球が生まれる。
「ゼニィ!」
放たれた水球は、少し離れた別の岩へ命中した。
ばしゃん!
水飛沫が弾ける。
「よし!」
「ゼニ!」
ゼニガメが得意げに胸を張った。
サトシも笑ったものの、すぐに地面へ目を向ける。
「昨日よりずっと滑らかになった。でも、まだ曲がるときに力が入りすぎてるな」
「ゼニ?」
「速いまま無理に曲がろうとしてるだろ?」
「……ゼニ」
心当たりがあるらしく、ゼニガメが頬を掻く。
「速く動けても、自分で扱えなきゃ意味がない。曲がる直前だけ少し速度を落としてみよう」
「ゼニ!」
サトシは少し先に並ぶ二つの岩を指差した。
「あの間を抜けるぞ」
「ゼニ!」
再び甲羅へ入る。
回転を始めたゼニガメは、今度は最初から全速力にはしなかった。
二つの岩へ接近し、直前で僅かに減速。
そのまま軌道を調整して――。
すっ。
綺麗に岩の間を抜けた。
「できた!」
「ゼニ!」
「その感じだ!」
褒められたゼニガメが嬉しそうに回転速度を上げる。
「あ、待て! 調子に乗ると――」
「ゼニ?」
そのまま曲がろうとして。
ごろごろごろ!
「ゼニィィィ!?」
草むらへ一直線に突っ込んだ。
がさがさがさっ!
サトシとピカチュウが揃って草むらを見る。
やがて葉っぱを頭に乗せたゼニガメが、ふらふらと這い出してきた。
「ゼ、ゼニ……」
「ピカピカ!」
ピカチュウが腹を抱えて笑う。
「ゼニ!」
「ピカピカピカ!」
「喧嘩するなって」
サトシも笑いながらゼニガメを抱き起こした。
少し離れた場所では、タケシが朝食の後片付けをしながらその様子を眺めている。
「かなり動きが良くなってきたな」
「ああ。みずのはどうも安定してきたし、今度は技と技の繋ぎをもっと速くしたいんだ」
「最近、毎日誰かしら特訓してるわね」
カスミが呆れ半分に言った。
その傍らには、グランパキャニオンからタケシが大切に世話を続けているタマゴが置かれている。
「リザードンのエアスラッシュもまだ完成してないからな」
「ピカ」
「ゼニ!」
ゼニガメも負けていられないとばかりに拳を上げた。
「でも、朝はここまで」
「ゼニ!?」
「やりすぎたら意味ないだろ。昼にまた少しやろう」
「ゼニ!」
途端に機嫌が直る。
「本当に分かりやすいわね……」
カスミが苦笑した。
サトシがゼニガメを戻そうとモンスターボールへ手を伸ばした、そのときだった。
「ゼニ?」
ゼニガメが川の上流へ顔を向ける。
「どうした?」
サトシも耳を澄ませた。
「ニョロォ!」
「トサッ!」
複数の鳴き声が近づいてくる。
「何だ?」
川を見ると、数匹の野生ポケモンが流されてきていた。
「ポケモン!」
サトシが真っ先に駆け出す。
「ピカ!」
「ゼニ!」
ピカチュウとゼニガメも続いた。
◇
「こっちだ!」
サトシが川へ入り、流されてきたニョロモを抱き上げる。
「ピカチュウ、次はそっち!」
「ピカ!」
岸を走るピカチュウが、次に流れてくるポケモンの位置を知らせる。
「ゼニガメ!」
「ゼニ!」
ゼニガメは迷わず川へ飛び込んだ。
流れを横切り、小さなトサキントの下へ潜り込む。その身体を背中で支えながら岸まで泳ぎ切った。
カスミとタケシも次々にポケモンを助けていく。
「この子たち、傷があるわ」
カスミが助けたニョロモを見る。
身体にはいくつもの擦り傷が残っていた。
「ただ流されたわけじゃなさそうだ」
タケシが傷の状態を確かめながら言う。
サトシは上流を見つめた。
川の音に混じって、微かに機械の駆動音が聞こえる。
「上で何か起きてる」
「ピカ……」
「ゼニ……!」
ピカチュウとゼニガメも表情を引き締めた。
タケシは傷ついたポケモンたちへの応急処置を終える。
「幸い、ひどい怪我じゃない。ここで少し休めば大丈夫だ」
「よし。上流へ行こう!」
◇
川沿いを進むほど、異変ははっきりしていった。
野生ポケモンたちが次々と下流へ逃げてくる。
そして――。
「ゼニ!」
「ゼニゼニ!」
聞き慣れた鳴き声に、サトシたちが足を速め木々を抜ける。
「あれは……!」
川岸には何匹もの野生のゼニガメがいた。
だが、そのゼニガメたちは何かから逃げるように必死で走っている。
その先で川を跨ぐように巨大な機械が設置されていた。
太い吸入口が川岸へ向けられ、周囲の水ポケモンたちを次々と吸い寄せている。
「何よ、あれ!」
「こんなことする奴は……」
サトシが顔をしかめる。
「なんだかんだと聞かれたら!」
聞き慣れた声。
「やっぱり……」
ムサシ、コジロウ、ニャース。
いつもの三人だった。
口上を終えると、ムサシが得意げに機械を指差した。
「今日はこの川に集まる水ポケモンを全部いただくのよ!」
「これだけ捕まえれば、ボスも大喜び間違いなし!」
「出世街道まっしぐらニャ!」
「昨日あれだけ吹き飛ばされたのに元気ね……」
カスミが呆れる。
「昨日のことは昨日のことよ!」
ムサシが言い返した。
「ニャース!」
「任せるニャ!」
ニャースがレバーを倒す。
ゴォォォォォ!
機械が唸りを上げた。
「ゼニ!?」
野生のゼニガメたちが地面を滑り始める。
「やめろ!」
サトシが走り出した。
だが、その横をゼニガメが追い抜く。
「ゼニ!」
一匹の小さなゼニガメが吸入口へ向かって引きずられていた。
「ゼニィ!」
サトシのゼニガメが飛びつき、その身体を抱える。
近くの大岩の陰へ一緒に転がり込んだ。
風が遮られる。
「ゼ、ゼニ……」
「ゼニ!」
大丈夫だ。
そう伝えるように肩を叩く。
しかし、安心している暇はなかった。
「ゼニィ!」
別のゼニガメが悲鳴を上げる。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
ピカチュウが助けに向かおうとした。
その前へ二つの影が立ちはだかる。
「アーボック!」
「マタドガス!」
「シャーボック!」
「ドガース!」
「邪魔するなら相手になってやるわ!」
ムサシが命じる。
「アーボック、行きなさい!」
「シャーボ!」
アーボックがサトシたちへ突っ込んでくる。
「ゼニガメ、みずでっぽう!」
「ゼニ!」
勢いよく放たれた水流がアーボックを正面から捉えた。
「シャーッ!」
「今だ、こうそくスピン!」
「ゼニ!」
ゼニガメが甲羅へ入る。
回転しながら一気に距離を詰め、そのままアーボックへ激突した。
「シャーボ!?」
アーボックが地面を転がる。
「マタドガス!」
「ドガース!」
マタドガスが正面へ回り込んだ。
「右へ!」
サトシの声にゼニガメが反応する。
朝の特訓と同じ。
一度だけ速度を緩めてから、軌道を変える。
マタドガスの横を抜け――。
「みずのはどう!」
甲羅から飛び出す。
「ゼニ!」
青い水球が放たれた。
どんっ!
「ドガァ!」
マタドガスが吹き飛ぶ。
「できた!」
「ゼニ!」
朝の特訓が実戦で成功した。
ゼニガメも嬉しそうに振り返る。
だが。
「今ニャ!」
ニャースが別のレバーを倒した。
ゴォォォォォォ!
吸引力が一気に強くなる。
「ゼニ!?」
ゼニガメの身体が浮いた。
「ゼニガメ!」
サトシが手を伸ばす。
同時に。
「ゼニィ!」
一匹の野生のゼニガメも地面から浮き上がった。
サトシのゼニガメがそちらを見る。
次の瞬間。
「ゼニ!」
自分が逃げるのではなく、空中で身体を捻って仲間へ飛びついた。
「ゼニガメ!」
二匹まとめて吸入口へ引き寄せられる。
サトシが走る。
「手を伸ばせ!」
あと少しその瞬間。
「ゼニ!」
サトシのゼニガメが腕の中にいた野生のゼニガメを思い切り横へ突き飛ばした。
「ゼニィ!?」
野生のゼニガメが吸引の流れから外れ、草むらへ転がる。
代わりに。
「ゼニガメ!」
サトシのゼニガメだけが吸入口へ吸い込まれた。
「ゼニィィィ――!」
その姿が機械の奥へ消える。
「ゼニガメぇっ!」
◇
「一匹捕まえたニャ!」
ニャースが両手を上げて喜ぶ。
「まずは一匹目ね!」
ムサシも笑う。
だが、サトシは機械を睨んだままだった。
「返せ!」
「嫌よ!」
「だったら力ずくで取り返す!」
「ピカ!」
ピカチュウの頬から激しく火花が散る。
その頃。
機械の内部では――。
「ゼ、ゼニ……」
ゼニガメが硬い床の上へ落ちていた。
ゆっくり身体を起こす、周囲は金属の壁に囲まれている。
捕まえたポケモンを一時的に溜めておくための区画らしい。
「ゼニ……」
外からサトシの声が微かに聞こえた。
ゼニガメが顔を上げる。
「ゼニ!」
サトシがいる。
ならここでじっと捕まっている理由などない。
金属の壁へ向き直る。
「ゼニ!」
みずでっぽう。
勢いよく放たれた水が壁へぶつかる。
ばしゃっ!
だが、壊れない。
「ゼニ……!」
もう一度。
それでも変わらない。
ゼニガメは一歩下がった。
両手の間へ水を集める。
「ゼニィ!」
みずのはどう。
どんっ!
機械全体が僅かに揺れた。
「ゼニ!」
効いている、もう一度。
どんっ!
金属板が僅かにへこんだ。
そのとき。
頭上から音がした。
「ニョロォォ!」
「ゼニ!?」
新たに吸い込まれてきたニョロモが落ちてくる。
ゼニガメが駆け出した。
「ゼニ!」
飛び込む。
ニョロモを受け止め、そのまま床を転がった。
「ゼニッ……!」
「ニョ、ニョロ……」
不安そうに見つめてくるニョロモへ、ゼニガメは笑ってみせた。
「ゼニ」
大丈夫。
そう言うように、立ち上がる。
さらに上から、捕まったポケモンたちの鳴き声が聞こえてくる。
ここを壊さなければ、もっと仲間が捕まる。
「ゼニ……!」
再び水を集める。
「ゼニィ!」
みずのはどう。
どんっ!
壁に小さな亀裂が入った。
あと少し。
だが、何度も技を放った身体には疲労が溜まっている。
「ゼニ……ゼニ……」
息が荒い、それでも。
ゼニガメは後ろを振り返った。
怯えているニョロモ。
外には野生のゼニガメたちもいる。
そして何よりサトシが待っている。
ゼニガメ団を率いていた頃から。
仲間を守るためなら、いつだって前に出てきた。
サトシと出会って旅をしていくつものバトルを経験して技を覚えて少しずつ強くなった。
そのすべてが今一つに繋がる。
「ゼニ……!」
ゼニガメがもう一度構える。
「ゼニィィィィ――!」
その瞬間。
身体が青白い光に包まれた。
◇
「ピカチュウ、10まんボルト!」
「ピィィカァァァ――チュウッ!」
電撃がアーボックへ直撃する。
「シャーボォ!」
「アーボック!」
ムサシが叫ぶ。
「どけ!」
サトシは機械へ向かって走る。
「ゼニガメ!」
そのとき。
どんっ!
機械の内側から大きな音が響いた。
全員が動きを止める。
「な、何よ?」
どんっ!
もう一度。
機械の側面が外側へ膨らむ。
「まさか……」
サトシが目を見開いた。
直後。
ドォン!
金属板が内側から吹き飛んだ。
「うわぁ!」
「ニャニャ!?」
煙と水飛沫が広がる。
その向こう。
一つの影が立っていた。
ゼニガメよりも大きな身体。
頭には羽のように伸びた耳。
そして、長くふさふさとした尻尾。
「カメェェー!」
「……カメール!」
サトシの顔に笑みが広がった。
カメールの後ろから、捕まっていたニョロモたちも次々と外へ逃げ出してくる。
「進化したんだな!」
「カメ!」
カメールが大きく頷いた。
「ピカピカ!」
ピカチュウも嬉しそうに駆け寄ろうとする。
「ちょっと待ちなさい!」
ムサシの声が響く。
「人の機械を勝手に壊してるんじゃないわよ!」
「捕まえたポケモンに何言ってるのよ!」
カスミが怒鳴り返した。
「ええい! 進化したからって調子に乗らないで!」
「アーボック!」
「マタドガス!」
二匹が再び前へ出る。
サトシはカメールを見る。
機械の中で戦い続けたばかりだ。
「カメール、まだいけるか?」
「カメ!」
迷いのない返事にサトシが笑った。
「よし!」
一歩前へ。
「行くぞ、カメール!」
「カメェ!」
「こうそくスピン!」
カメールが甲羅へ身体を収める。
回転。
そのまま前へ出ようとして――。
「カメ!?」
大きく軌道がずれた。
「えっ!?」
岩へ向かって滑っていく。
「止まれ!」
「カメェ!」
どうにか回転を止める。
岩の寸前だった。
甲羅から顔を出したカメールが、自分でも何が起こったのか分からない様子で身体を見る。
「カメ……?」
サトシもすぐに気づいた。
「そうか。身体が変わったんだ!」
ゼニガメだった頃より一回り大きな身体。
大きくなった甲羅、そして何より長く伸びた尻尾。
「重心が変わってるんだ」
タケシも状況を理解する。
「今までと同じ感覚で回ったから、軌道がずれたんだな」
「カメ……」
カメールが自分の尻尾を見る。
「アーボック、今よ!」
「シャーボ!」
アーボックが迫る。
「カメール、かわすんだ!」
「カメ!」
横へ跳ぶ。
アーボックの突進が地面を抉った。
「焦るな!」
サトシの声にカメールが振り返る。
「朝やったことを思い出せ!」
「カメ?」
「速く回ることより、自分で扱えることの方が大事だ!」
カメールの目が変わった。
朝、岩の間を抜けたとき無理に速度を上げず、一度落としてから方向を変えた。
「カメ……!」
頷く。
再び甲羅へ身体を収める。
「こうそくスピン!」
「カメ!」
今度はゆっくりと回転を始める。
ゼニガメだった頃より慎重に。
少しずつ今の身体の重さを確かめる。
「アーボック!」
「シャーボ!」
迫ってくる。
「左!」
カメールが僅かに回転を緩めた。
長い尻尾。
大きな甲羅。
変わった重心。
その感覚を確かめながら軌道を調整する。
すっ!
「シャ!?」
アーボックの横を抜けた。
「できた!」
「カメ!」
カメールも嬉しそうな声を上げる。
「そのままマタドガスへ!」
「カメェ!」
少しだけ回転を速める。
「マタドガス、止めろ!」
「ドガース!」
正面へ回り込むマタドガス。
「今だ!」
カメールが回転を止め、甲羅から飛び出した。
「みずのはどう!」
「カメェ!」
両手の間に青い水球が生まれる。
「カメー!」
放つ。
どんっ!
「ドガァァ!」
マタドガスが吹き飛び、アーボックへ激突した。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
「10まんボルト!」
「ピィィカァァァ――チュウッ!」
強烈な電撃がアーボックとマタドガスを包み、そのままロケット団の機械へ走る。
ばちばちばち!
「ちょっと待って!」
「嫌な予感がするぞ!」
「逃げるニャー!」
ドォォォン!
爆発。
「やな感じー!」
ロケット団が空高く吹き飛ばされていった。
きらん。
静けさが戻る。
「終わった……」
カスミが息を吐いた。
「カメ!」
カメールは真っ先に野生ポケモンたちのところへ向かう。
助けられたゼニガメたちが、一斉に集まってきた。
「ゼニ!」
「ゼニゼニ!」
「カメ?」
囲まれたカメールが戸惑う。
野生のゼニガメたちは嬉しそうにカメールを見上げていた。
「カメ……」
照れたように頭を掻く。
「人気者だな」
サトシが笑いながら近づいた。
「カメ!」
カメールが振り返る。
サトシはその前にしゃがむ。
「よく頑張ったな」
「カメ!」
サトシが拳を出した。
カメールも拳を伸ばす。
こつん。
「これからもよろしくな、カメール」
「カメール!」
「ピカ!」
◇
夕方、川辺には穏やかな時間が戻っていた。
野生のポケモンたちはそれぞれの住処へ帰り、サトシたちも出発の準備を始めている。
その少し離れた場所では、サトシとカメールが向かい合っていた。
「最後に少しだけ確認しよう」
「カメ!」
「進化したばっかりだから無理はなしな」
「カメ!」
サトシが少し離れる。
「こうそくスピン!」
「カメ!」
カメールが甲羅へ入った。
回転は先ほどより安定している。
「右!」
速度を少し落とす。
軌道を変えるがまだ僅かにずれた。
だが、今度はカメール自身がすぐに回転を止めた。
「カメ……」
「大丈夫」
サトシが笑う。
「今までとは身体が違うんだから、すぐ同じようにできなくて当たり前だ」
「カメ」
「もう一回やれば、今より上手くなる。明日はその次だ」
「カメ!」
「でも今日は終わり」
「カメ!?」
長い耳がぴんと立つ。
「そんな顔しても駄目。機械の中でもかなり戦っただろ」
「カメ……」
「明日またやろう」
「カメ!」
途端に元気になる。
「進化してもそこは変わらないのね」
カスミが笑った。
「ピカピカ」
ピカチュウも頷く。
サトシはモンスターボールを取り出した。
「戻れ、カメール。今日はゆっくり休め」
「カメ!」
赤い光に包まれ、カメールがボールへ戻っていく。
サトシは手の中のボールを見つめた。
ゼニガメとして旅を始めていくつもの場所を一緒に歩いた。
戦った。
負けた。
勝った。
新しい技を覚え、少しずつ強くなった。
そして今日、仲間を守ろうとしたその先で、新たな姿へ進んだ。
けれどこれで完成したわけじゃない。
新しい身体を使いこなし、もっと強くなれる。
カメールとしての旅は、今始まったばかりだ。
◇
「よし。準備できたぞ」
タケシが荷物を背負う。
その傍らには、グランパキャニオンから大切に世話を続けているタマゴがあった。
カスミが興味深そうに覗き込む。
「このタマゴ、いつ生まれるのかしら?」
「さあな。こればかりは待つしかない」
「どんなポケモンなんだろう」
カスミが顔を近づける。
少し離れた場所から、サトシはその様子を眺めていた。
中身が何なのか、サトシは知っている。
けれど、今それを口にするつもりはなかった。
「そろそろ行こうぜ」
「ああ。待ってくれ、ちゃんと包むから」
タケシがタマゴを布で包もうとした。
その瞬間。
コトッ。
「……ん?」
タケシの手が止まる。
「どうしたの?」
「今……動いたような」
三人の視線がタマゴへ集まる。
しばらく待つ。
だが。
タマゴは動かなかった。
「気のせいじゃない?」
「そうかな……」
タケシが首を傾げながら、そっとタマゴを抱き上げる。
その後ろで。
サトシが小さく笑った。
「そろそろかもな」
「何が?」
カスミが振り返る。
「何でもない」
「怪しいわね」
「ピカピカ」
夕暮れに染まり始めた道を、サトシたちは再び歩き出した。
その腕の中ではまだ誰もその姿を見たことのない小さな命が殻を破る時を、静かに待っていた。