ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
翌朝、サトシたちは森を抜け近くの街へと入っていた。
昨日まで川辺を歩いていたこともあり、久しぶりに見る建物の並びにカスミが大きく伸びをする。
「やっと街ねー!」
「ピカァ」
サトシの肩に乗ったピカチュウも気持ちよさそうに身体を伸ばした。
「まずはポケモンセンターだな」
タケシが言う。
「カメールも診てもらいたいしな」
「ああ」
サトシは腰のモンスターボールへ目を向けた。
昨日、ゼニガメから進化したばかりのカメール。
戦いが終わってから大きな異常は見られなかったものの、進化直後にロケット団との戦いまで続けている。念のためジョーイに診てもらった方がいいだろう。
そして、もう一つタケシの腕には布に包まれたタマゴが抱かれていた。
グランパキャニオンで見つけてから、ずっと世話を続けてきたものだ。
昨日の夕方、そのタマゴは確かに動いた。
「ねえタケシ」
カスミがタマゴを覗き込む。
「昨日、本当に動いたのよね?」
「ああ。気のせいじゃなければな」
「そろそろ生まれたりして」
「可能性はあるな」
二人の会話を聞きながら、サトシは小さく笑った。
「何よ?」
「いや、別に」
「昨日から怪しいのよね」
「ピカピカ」
ピカチュウまで同意する。
「ピカチュウまで……」
サトシは苦笑した。
中から何が生まれてくるのか。
それを知っているとは、さすがに言えない。
ただ、もうすぐ会える。
サトシはタマゴを見ながら、そう思った。
◇
ポケモンセンターへ到着すると、サトシはすぐにカメールをジョーイへ預けた。
しばらくして診察室から戻ってきたジョーイが笑顔を見せる。
「大丈夫ですよ。進化したばかりですから少し疲れは残っていますけど、身体に異常はありません」
「よかった」
サトシが安堵する。
「カメ!」
隣にいるカメールは、最初から心配などいらなかったと言わんばかりに胸を張っている。
「だからって、今日は激しい特訓なしだからな」
「カメ!?」
「そんな顔すると思った」
「ピカピカ」
ピカチュウが笑った。
「進化しても本当に変わらないわね……」
カスミも呆れたように笑う。
そのとき。
「サトシくん。オーキド博士から連絡が入っていますよ」
「博士から?」
サトシたちは通信機の前へ移動した。
画面が切り替わり、白衣姿のオーキド博士が映る。
『おお、サトシ! 元気にしとるか?』
「元気だよ、博士」
『ピカピカ!』
「ピカチュウも元気そうじゃな」
博士の視線がサトシの隣へ向く。
『む? そのカメールは……』
「昨日、ゼニガメが進化したんだ」
『ほう! ついに進化したか!』
「カメ!」
カメールが得意げに胸を張る。
『帰ってきたら詳しく調べさせてくれ。もちろん無茶なことはせんぞ』
「カメ……」
少し警戒するカメール。
「博士だから大丈夫だって」
『その言い方はどういう意味じゃ!?』
通信機の前に笑いが広がった。
その後、博士からポケモン図鑑のデータについていくつか説明を受ける。
話が一段落したところで。
コトッ。
「ん?」
タケシが腕の中を見る。
タマゴが動いた。
今度は誰の見間違いでもない。
コトッ。
もう一度。
「動いた!」
カスミが身を乗り出す。
「やっぱり昨日のも気のせいじゃなかったんだ!」
タケシも目を輝かせた。
画面の向こうのオーキド博士まで興味深そうに覗き込んでいる。
『ほう。そのタマゴは?』
「グランパキャニオンで見つけたんだ」
『それは興味深いのう』
サトシもタマゴを見る。
「もうすぐだな」
「やっぱり何か知ってるんじゃない?」
「知らないって」
「怪しい」
そんなやり取りをしている間にも、タマゴは小さく揺れていた。
◇
ポケモンセンターを出たサトシたちは、街外れの広場で昼食を取ることにした。
タケシが料理を作っている間も、話題の中心はタマゴだった。
「やっぱり世話してきた俺が育てるべきだと思うんだ」
タケシが真剣な顔で言う。
「何言ってるのよ。まだ誰のポケモンになるかなんて決まってないでしょ?」
カスミが反論する。
「でも、ずっと世話してきたのは俺だぞ」
「見つけたのは俺だけどな」
サトシが何気なく口を挟む。
「それを言うならサトシにも権利があるわね」
「俺は別に――」
サトシが答えようとした、そのとき。
茂みの向こうで三つの影がこちらを覗いていた。
「聞いた?」
ムサシが小声で言う。
「もうすぐ生まれるそうだぞ」
コジロウが頷く。
「グランパキャニオンで見つかった謎のタマゴ……」
ニャースの目が光る。
「きっと珍しいポケモンに違いないニャ!」
三人が顔を見合わせる。
「いただきね」
「いただきだな」
「いただきニャ」
◇
「できたぞ」
タケシが料理を並べる。
「待ってました!」
カスミが席につく。
「ピカ!」
サトシも腰を下ろそうとする。
その瞬間。
ぼんっ!
白い煙が広がった。
「うわっ!」
「何!?」
「ピカ!?」
「なんだかんだと聞かれたら!」
煙の向こうから聞こえてくる声。
「またお前らか!」
いつもの口上を終えたロケット団が姿を現した。
そしてニャースの手には――。
「あっ!」
タケシが叫ぶ。
タマゴ。
「返せ!」
「嫌よ!」
ムサシが笑う。
「珍しいポケモンが生まれるかもしれないタマゴなんて、ロケット団が見逃すわけないでしょ!」
「ボスへの最高のお土産になるぞ!」
「というわけで、いただいていくニャ!」
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
「10まんボルト――」
「待つニャ!」
ニャースがタマゴを頭上へ掲げた。
「ニャ!?」
自分で慌てて抱き直す。
「危ないでしょ!」
カスミが怒鳴った。
「お前が言うな!」
サトシも思わず叫ぶ。
タマゴがある以上、迂闊に攻撃できない。
「今のうちよ!」
三人はそのまま逃げ出した。
「待て!」
サトシたちはすぐに追いかけた。
◇
森の中。
「はぁ、はぁ……ここまで来れば大丈夫ね」
ムサシが木にもたれかかる。
「しつこい奴らだ」
コジロウも息を切らしている。
「でもタマゴは手に入ったニャ」
ニャースが腕の中を見る。
「……ニャ?」
コトッ。
タマゴが動いた。
「動いたぞ!」
「生まれるんじゃない?」
三人が顔を近づける。
ニャースは慌ててタマゴを抱え直した。
「だったらちゃんと温めるニャ!」
「なんであんたが急に母親みたいになってるのよ」
「生まれた瞬間にニャーを見れば、ニャーに懐くかもしれないニャ!」
「なるほど!」
ニャースは座り込み、タマゴを大切そうに抱えた。
最初はボスへの土産にするつもりだったはずなのに。
何度かタマゴが動くたび、ニャースの表情が少しずつ柔らかくなっていく。
「元気に生まれてくるニャ」
その声は、いつもの悪巧みをしているときとは少し違っていた。
◇
「こっちだ!」
サトシが森を走る。
「ピカ!」
ピカチュウも地面に降り、先頭を走っていた。
やがて。
「いた!」
木々の向こうにロケット団を見つける。
「げっ!」
「もう来たの!?」
「返してもらうぞ!」
サトシが近づこうとした。
だが。
コトッ。
全員の動きが止まった。
タマゴが揺れる。
コトッ。
コトッ。
「まさか……」
タケシが息を呑む。
ぴしっ。
殻に小さな亀裂が入った。
「生まれる!」
カスミが叫ぶ。
ロケット団も逃げることを忘れ、タマゴを見つめていた。
ぴしっ。
ぴしぴしっ。
亀裂が広がる。
やがて。
ぱあっ!
柔らかな光が溢れた。
「ニャー!」
眩しさにニャースが目を閉じる。
光が収まりそこには小さな身体。
殻のような模様。
頭には尖った突起。
「チョゲ……」
小さなポケモンが顔を上げた。
「生まれた……」
カスミが呟く。
「トゲピーだ」
サトシが小さく言った。
「トゲピー?」
カスミが振り返る。
「あ……」
サトシは一瞬言葉に詰まる。
「図鑑に……あるかと思って」
すぐにポケモン図鑑を取り出す。
しかし。
反応しない。
「載ってないじゃない」
「……まだデータがないみたいだな」
「やっぱり怪しい」
サトシは視線を逸らした。
その間に。
「チョゲ?」
トゲピーがゆっくり目を開く。
最初に視線を向けた先には。
「え?」
カスミがいた。
「チョゲピー!」
トゲピーが嬉しそうに両手を伸ばす。
「私?」
カスミが近づく。
「チョゲ!」
抱き上げると、トゲピーは安心したようにカスミの胸へ身体を寄せた。
「かわいい……」
カスミの表情が一気に緩む。
「ピカピカ」
ピカチュウもトゲピーを覗き込んだ。
「チョゲ!」
「ピカ!」
すぐに打ち解けたらしい。
だが。
「ちょっと待った!」
タケシが声を上げる。
「そのタマゴを今まで世話してきたのは俺だぞ!」
「何言ってるのよ! この子は私に懐いてるじゃない!」
「ニャーだって温めたニャ!」
「盗んだんだろ!」
サトシが突っ込む。
「細かいことは気にするニャ!」
「細かくない!」
サトシはため息をつく。
とはいえ誰がトゲピーを育てるのか。
確かに決まってはいない。
「だったら――」
ニャースが爪を立てる。
「勝負で決めるニャ!」
「勝負?」
「ポケモンバトルで勝った奴がトゲピーを育てるニャ!」
「それなら公平ね!」
ムサシが乗ってくる。
タケシも腕を組んだ。
「……分かった」
「タケシまで!?」
カスミが驚く。
「誰が一番ふさわしいか、はっきりさせよう」
サトシはカスミの腕の中を見る。
「チョゲピー!」
トゲピーはそんな騒ぎなど気にせず笑っている。
「……まあ、いいか」
「サトシも参加するの?」
「ああ」
サトシは笑う。
「ただ、勝ったからって無理やり連れていくつもりはないけどな」
「チョゲ?」
トゲピーが首を傾げた。
◇
即席のトーナメントが始まった。
組み合わせを決め。
最初の試合。
「私からよ!」
カスミが前へ出る。
「行くわよ!」
モンスターボールを手にする。
ところが。
「コダ?」
勝手にコダックが飛び出した。
「なんであんたが出てくるのよー!」
「コダ?」
頭を抱えるコダック。
サトシは思わず笑った。
「相変わらずだな」
「笑わないで!」
試合は思わぬ展開を見せながら進んでいく。
一方のニャースも、普段とは比べものにならないほど本気だった。
「トゲピーはニャーが育てるニャ!」
爪を振るい、必死に勝ち上がっていく。
「あいつ……」
サトシがニャースを見る。
「本気だな」
「ピカ」
ニャースなりに、タマゴを温めているうちに情が移ったのだろう。
そして最後に残ったのはサトシとニャースだった。
◇
「決勝戦!」
カスミがトゲピーを抱いたまま二人を見る。
「サトシ対ニャース!」
「やるニャ!」
ニャースが前へ出る。
「今日のニャーは一味違うニャ!」
「そうみたいだな」
サトシも前へ出る。
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
ピカチュウが構えた。
「始め!」
「行くニャー!」
ニャースが地面を蹴った。
普段より速い。
「ピカチュウ、でんこうせっか!」
「ピカ!」
ピカチュウも飛び出す。
二つの影が交差した。
「ニャッ!」
ニャースが爪を振るう。
ピカチュウが身体を捻ってかわす。
「もう一回!」
「ピカ!」
でんこうせっか。
「ニャー!」
ニャースが地面を転がる。
それでもすぐに立ち上がった。
「まだニャ!」
「すごい根性ね……」
カスミも驚いている。
サトシはニャースを見る。
普段の悪巧みとは違う。
本当にトゲピーを欲しがっている。
だからこそ。
「手加減しないぞ」
「望むところニャ!」
「ピカチュウ!」
「ピカ!」
「10まんボルト!」
「ピィィカァァァ――チュウッ!」
電撃が走る。
「ニャァァァァ!」
ニャースが吹き飛ばされた。
どさっ。
「ニャ……」
立ち上がろうとする。
だが。
ぱたん。
倒れた。
「勝負あり!」
サトシの勝利だった。
「ピカ!」
ピカチュウがサトシの肩へ飛び乗る。
「よくやった、ピカチュウ」
「ピカピカ!」
サトシが頭を撫でる。
そして。
全員の視線がトゲピーへ向かった。
「じゃあ……」
タケシが言う。
「勝ったのはサトシだな」
「そうなるわね」
カスミが少し寂しそうにトゲピーを見る。
「チョゲ?」
サトシが近づいた。
トゲピーを見る。
「チョゲピー!」
サトシへ笑いかける。
けれど。
カスミが少し離れようとした瞬間。
「チョゲ!?」
トゲピーの表情が変わった。
「チョゲピー!」
カスミへ両手を伸ばす。
「トゲピー……」
カスミが抱き直す。
途端に。
「チョゲ!」
嬉しそうに笑った。
サトシはその様子を見て。
ふっと笑った。
「決まりだな」
「え?」
「トゲピーはカスミと一緒にいたいんだよ」
「でも、勝ったのはサトシでしょ?」
「だからって、トゲピーの気持ちを無視する必要ないだろ」
サトシはトゲピーの頭を優しく撫でた。
「な?」
「チョゲピー!」
「それに――」
サトシがカスミを見る。
「こんなに懐いてるんだから、カスミが育てるのが一番だ」
カスミはしばらく何も言わなかった。
やがて。
トゲピーをぎゅっと抱き締める。
「……うん」
「チョゲ?」
「これからよろしくね、トゲピー」
「チョゲピー!」
満面の笑顔。
「ピカピカ!」
ピカチュウも嬉しそうに跳ねた。
タケシは少し残念そうだったものの、二人の様子を見て笑う。
「まあ……これなら文句はないな」
「ニャーはあるニャ……」
地面に倒れたままニャースが呟く。
「ニャーが温めたのに……」
サトシがニャースを見る。
「でも、ちゃんと大切に温めてくれたんだろ?」
「ニャ?」
「ありがとうな」
「……ニャ」
ニャースが目を逸らす。
「べ、別にお前に礼を言われる筋合いはないニャ!」
「ニャース! 何を仲良くしてるのよ!」
ムサシが叫んだ。
「そうだ! 勝負に負けたなら力ずくで――」
コジロウが言い終える前に。
「ピカ?」
ピカチュウが振り返る。
「……」
ロケット団が固まる。
「退散!」
「逃げるニャー!」
三人は一目散に走り去っていった。
「今日は自分たちで帰るのね……」
カスミが呆れる。
「たまにはいいんじゃないか?」
サトシが笑った。
◇
夕方。
街を出たサトシたちは、次の町へ続く道を歩いていた。
「チョゲピー!」
カスミの腕の中で、トゲピーが楽しそうに声を上げる。
「どうしたの?」
「チョゲ!」
ピカチュウへ手を伸ばす。
「ピカ?」
ピカチュウがサトシの肩から身を乗り出す。
「チョゲ!」
「ピカピカ!」
二匹が楽しそうに触れ合う。
「すっかり仲良しだな」
「そうね」
カスミが笑った。
その顔は、昨日までとは少し違う。
腕の中にいる小さな命を守ろうとする優しさが見えた。
サトシはそんな二人を見ながら歩く。
タマゴから生まれたトゲピー。
誰が見つけたか、誰が世話をしたか、誰が勝負に勝ったか、そんなことより一番大切なのは。
「チョゲピー!」
トゲピー自身が、誰のそばで笑っていたいか。
それで十分だった。
「サトシ!」
前を歩いていたカスミが振り返る。
「置いてくわよ!」
「分かってるって!」
「ピカ!」
サトシが走り出す。
新しくトゲピーが加わり、少しだけ賑やかになった一行は、夕日に照らされた道を進んでいった。