ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
ピカチュウへ進化してから数日が経った。
すぐに新しい技の練習を始めなかったのは、まず進化した身体に慣れる必要があると考えたからだ。
ピチューだった頃より身体は大きくなり、足も長くなったことで走る速度も上がっている。電気袋が発達した影響なのか、でんきショックの威力も明らかに増していた。
最初の頃は本人もその変化に戸惑っていたものの、毎日走り、跳び、でんきショックを使っているうちに違和感もほとんどなくなった。
そこでサトシは、いよいよ次の段階へ進むことにした。
「今日から新しい技を練習するぞ、ピカチュウ」
研究所の庭でそう告げると、目の前にいたピカチュウの耳がぴんと立った。
「ピカ!」
「やる気満々だな」
「ピカチュウ!」
嬉しそうな返事に、サトシも笑う。
前世の知識を使えば、ピカチュウが覚えられる技はいくつも思いつく。
でんこうせっか、10まんボルト、アイアンテール、エレキボール、くさむすび。さらに成長すれば、かみなりやボルテッカーといった強力な技にも挑戦させたい。
だが、知っているからといって今すぐ全部覚えられるわけではない。
この世界では技も、ポケモンが自分の身体を使って身につけるものだ。
ならば一つずつ覚えていけばいい。
「最初は速さを伸ばそう」
サトシは研究所の庭に並べた目印を指差した。
「でんこうせっかだ」
「ピカ?」
まだ技名を聞いても分からないピカチュウへ、サトシは身振りを交えながら説明していく。
「普通に速く走るのとはちょっと違うんだ。最初の一歩で一気に加速して、その勢いのまま相手へ飛び込む」
ピカチュウは真剣に聞いていた。
「まず走ってみよう。あそこまで全力!」
「ピカ!」
合図と同時に地面を蹴り、ピカチュウが駆け出した。
やはり速い。
ピチューだった頃から森を走り回っていたこともあり、進化して身体が大きくなった今ではさらに速度が増している。
けれど、サトシが求めているものとは少し違った。
「今のは普通に走っただけだな。もっとこう……最初に一気にドンって!」
「ピカ?」
「……説明下手だな、俺」
自分でも苦笑する。
そこでサトシはスタート地点へ移動すると、腰を落として走る姿勢を取った。
「見てろよ」
後ろ足へ力を込め、一気に地面を蹴る。
もちろん人間であるサトシに技は使えない。それでも最初の一歩に力を集中させる意図は伝わったのか、ピカチュウが何度か頷いた。
「ピカ!」
同じように身体を低くする。
後ろ足へ力を込め――勢いよく地面を蹴った。
「ピカッ!」
先ほどより明らかに鋭い加速だった。
だが――。
「うわっ、ピカチュウ! 止まれ!」
「ピカァ!?」
勢いを制御できないまま、その先にあったクッションへ突っ込んでしまう。
ぼふっ、と柔らかな音がして、ピカチュウがクッションへ埋まった。
「大丈夫か?」
「ピ、ピカ……」
幸い怪我はない。
サトシはピカチュウを引っ張り出しながら笑った。
「でも今の良かったぞ。さっきより一気に速くなった」
「ピカ?」
「もう少しだ。今の感覚を忘れないうちに、もう一回やってみよう」
「ピカ!」
そこから何度も繰り返した。
最初は加速だけを練習し、次は止まる練習。その次は加速した状態から方向を変え、少しずつ実戦に近い動きへ変えていく。
失敗するたびにサトシが原因を考え、ピカチュウも動き方を変える。
そして何度目かの挑戦。
「いけ、ピカチュウ!」
「ピカ!」
身体を低くしたピカチュウが地面を蹴った瞬間、その身体を白い光が包んだ。
「――っ!」
一気に加速する。
今までとは明らかに違った。
目印までの距離を瞬く間に駆け抜け、その先に置かれたクッションへ身体ごと飛び込む。
ドンッ!
今度はぶつかった反動にも負けず、地面へ着地した。
「ピカ!」
「できた!」
サトシが駆け寄る。
「今のだよ、ピカチュウ! 今使ったのが、でんこうせっかだ!」
「ピカ……」
自分の身体を見るようにしたあと、ピカチュウが嬉しそうに笑った。
「ピカチュウ!」
「よし、もう一回!」
一度成功したからといって、それで終わりにはしなかった。
真っ直ぐ使うだけなら、それほど難しくない。
けれどバトルでは相手が動く。
だからその後も数日かけて、加速した後の方向転換や、相手との距離に合わせて速度を調節する練習を続けた。
完全ではないものの、狙った瞬間に発動できるようになったところで、ようやくサトシは一つ目の技を身につけたと判断した。
「よし。でんこうせっかは実戦でも使えそうだな」
「ピカ!」
これで、でんきショックだけだったピカチュウに二つ目の技が加わった。
◇
次にサトシが目をつけたのは、ピカチュウの電気だった。
ただし、でんきショックのように遠くへ飛ばすためではない。
「ピカチュウ。電気を外へ飛ばさないで、頬に残せるか?」
「ピカ?」
ピカチュウが首を傾げる。
サトシは自分の頬を指差した。
「いつもはここから電気を飛ばすだろ? 今日は飛ばさないで、そのまま身体の近くに残してみるんだ」
「ピカ……」
理解したのか、ピカチュウが目を閉じる。
頬の電気袋から小さな火花が散った。
バチッ。
そのまま電気が前へ飛ぶ。
「あー、飛んじゃったか」
「ピカ……」
「大丈夫。最初なんだからそんなもんだって」
もう一度。
今度は弱すぎてすぐ消えてしまった。
さらにもう一度試すと、電気を溜めすぎたのか、サトシの方へ小さな電撃が飛んできた。
「うわっ!」
「ピカ!?」
「大丈夫、大丈夫! これくらい平気だから!」
慌てて駆け寄ってきたピカチュウの頭を撫でながら、サトシは笑った。
「失敗したら調整すればいい。もう一回やろう」
何度も繰り返しているうちに、ピカチュウも少しずつ感覚を掴み始めた。
でんきショックのように電気を撃ち出すのではなく、頬の周囲へ纏わせたまま維持する。
バチ、バチッ、と小さな火花が弾ける。
「そう、それ!」
サトシは練習用の人形を指差した。
「そのまま近づいて、頬で触ってみろ!」
「ピカ!」
ピカチュウが人形へ駆け寄る。
頬に電気を纏わせたまま身体を寄せ――。
「ピカチュウ!」
バチバチッ!
接触した場所から、一気に電気が流れた。
「できた!」
ピカチュウが人形から離れる。
「ピカ!」
「それが、ほっぺすりすりだ!」
「ピカチュウ!」
初めて成功したことが嬉しかったらしく、ピカチュウはその場で跳び上がった。
しかし、これもまだ完成ではない。
バトルで相手が大人しく待ってくれるはずがないからだ。
そこでサトシは、先ほど覚えたでんこうせっかも利用することにした。
「離れたところから一気に近づいて、相手のすぐ近くで止まる。それから、ほっぺすりすりだ」
「ピカ!」
最初は失敗した。
でんこうせっかで動くことに集中すると、頬の電気が消えてしまう。
ならば最初から同時にやらず、でんこうせっかを終えてから電気を纏わせればいい。
それが安定してから、二つの動作を少しずつ近づけていく。
練習を続けた末、ピカチュウは素早く相手の懐へ入り、ほとんど間を置かずに頬から電気を流せるようになった。
「いいぞ! これなら使える!」
「ピカ!」
でんこうせっか。
ほっぺすりすり。
ピカチュウの速さを活かせる技が、少しずつ揃い始めていた。
◇
三つ目の技は、それまでより難しかった。
「エレキボールをやってみたい」
サトシがそう話すと、見守っていたオーキド博士が腕を組んだ。
「今度は電気を球状にまとめる技か」
「うん。でんきショックとは電気の使い方が違うから、覚えられれば制御の練習にもなると思う」
ピカチュウは二人の話を聞きながら、自分の頬へ触れている。
「やってみる?」
「ピカ!」
返事は即答だった。
サトシは小さな木の実を一つ拾い、ピカチュウへ見せた。
「こんな感じで、電気を一ヶ所に集めて丸くするんだ。でんきショックみたいにすぐ飛ばさないで、一回まとめる」
「ピカ……」
ピカチュウが集中する。
頬から電気が溢れた。
バチバチッ!
しかし電気はまとまらず、そのまま周囲へ散ってしまう。
「やっぱり難しいか」
それでもピカチュウは諦めない。
二回目。
三回目。
何度やっても電気が散る。
一瞬だけ塊になったと思えば、すぐに崩れてしまった。
その日は結局、成功しなかった。
翌日も練習したが、やはり球と呼べるほど安定しない。
三日目になって、ようやく小さな変化が現れた。
「焦らなくていいぞ。まず集めるだけでいいから」
「ピカ……!」
頬から溢れた電気が、一ヶ所へ集まっていく。
散りそうになるたびに、ピカチュウが必死に押さえ込む。
やがて――。
小さな黄色い光の塊が生まれた。
「……!」
サトシは声を上げそうになり、慌てて口を閉じた。
ここで集中を乱したくない。
ピカチュウも目の前にできたものを見つめている。
まだ不安定で、綺麗な球とは言えない。
それでも、今までとは明らかに違った。
「ピカ……!」
ピカチュウが力を込める。
電気の塊が少しずつ丸くなっていき――。
「ピカチュウ!」
前へ放った。
黄色い球が飛んでいく。
だが、狙っていた的には当たらず、その横を通り抜けて地面へ落ちた。
バチンッ!
「ピカ……」
耳が下がる。
「何落ち込んでるんだよ!」
サトシはすぐに駆け寄った。
「今の成功だぞ!」
「ピカ?」
「当たらなかっただけで、ちゃんと電気をまとめて飛ばせたじゃん!」
「ピカ……!」
ピカチュウの耳が立った。
「今のがエレキボール。次は当てればいい!」
「ピカチュウ!」
そこから練習内容が変わった。
まずは止まった状態で電気をまとめる。
それが安定したら的へ飛ばす。
次は距離を伸ばし、その次は少し横へ動きながら撃つ。
でんきショックと違って発動までに時間がかかり、走りながらでは球が崩れてしまうことも多かった。
それでも、でんきショックを何度も練習してきた経験は無駄ではなかった。
自分の電気をどの程度出せばいいのか。
どうすれば散らさず維持できるのか。
ピカチュウ自身が試行錯誤し、少しずつ答えを見つけていった。
そして数日後。
研究所の庭をピカチュウが駆けていた。
サトシが動かしている練習用の的を追いながら、右へ左へと進路を変えていく。
「まだ撃つな!」
「ピカ!」
的が左へ動く。
ピカチュウも追う。
再び右。
それでも離されない。
「今だ!」
ピカチュウが地面を蹴った。
「エレキボール!」
「ピカァ――チュウ!」
走りながら頬に電気が集まり、黄色い球を形作る。
まだ静止している時ほど速くは作れない。
それでも形は崩れなかった。
ピカチュウが身体を捻りながら放つと、エレキボールは弧を描くように飛んでいき――。
バチィッ!
動いていた的へ直撃した。
「やった!」
サトシが駆け出す。
「ピカ!」
ピカチュウもこちらへ走ってきた。
そのまま飛び込んできた身体を、今度はしっかり受け止める。
「できたな!」
「ピカチュウ!」
「でんこうせっかも、ほっぺすりすりも、エレキボールも!」
サトシが笑えば、ピカチュウも嬉しそうに頬を緩めた。
もちろん、どの技にもまだ伸ばせるところはある。
でんこうせっかはもっと鋭く方向転換できるようになるかもしれないし、ほっぺすりすりも接触までの動きを速くできる。エレキボールに至っては、動きながら作る速度も命中精度もまだまだだった。
それでも――使えなかった技を、一つずつ自分たちのものにした。
その事実が嬉しかった。
「サトシ」
振り返ると、オーキド博士がこちらへ歩いてくる。
「一度に三つも増えたからといって、技を覚えることばかりに夢中になってはいかんぞ」
「分かってる」
サトシは素直に頷いた。
「覚えただけじゃ意味ないからね。これから、でんきショックも含めて全部使い込むよ」
「うむ。それならよい」
「それに――」
サトシは腕の中のピカチュウを見る。
まだ覚えさせたい技はいくつもある。
けれど、それらを今すぐ覚える必要はない。
一緒に成長していく時間は、まだたくさん残されている。
「次の技は、もっと今の技を使えるようになってからだな」
「ピカ?」
「まだまだ先は長いってこと」
サトシが笑いながら頭を撫でると、ピカチュウは少し考えてから力強く頷いた。
「ピカ!」
その日の帰り道。
サトシの肩には、いつものようにピカチュウが乗っていた。
身体が大きくなった分、ピチューだった頃よりかなり重い。
「なあ、そろそろ自分で歩かない?」
「ピカ?」
「重くなったんだよ」
「ピカァ……」
「なんでそんな傷ついた顔するんだよ!」
ピカチュウは不満そうに頬を膨らませる。
そこから、小さく電気が漏れた。
バチッ。
「ちょ、待て! それは卑怯だろ!」
「ピカピ!」
「笑ってる場合じゃ――うわあああっ!」
バチバチバチッ!
夕暮れの道に、サトシの悲鳴とピカチュウの楽しそうな声が響いた。
でんきショック。
でんこうせっか。
ほっぺすりすり。
エレキボール。
使える技は四つになった。
けれど、これは完成した技構成などではない。
技を四つしか覚えられないという決まりなど、この世界には存在しないのだから。
これから旅立ちの日まで、そして旅が始まってからも、ピカチュウはサトシとともに新しい技を学び、すでに覚えた技も磨き続けていく。
世界最強を目指す二人にとって、この日の特訓はまだ――最初の一歩に過ぎなかった。