ポケットモンスター ―君と目指す頂― 作:あああああ
前日の特訓を終え、サトシたちは再び旅を続けていた。
リザードンがエアスラッシュを完成させ、ピカチュウのかみなりも完成まであと一歩。フシギバナ、カメール、ゴースト、ミニリュウもそれぞれ新しい技への第一歩を踏み出した。
だからこそ、今日は無理な特訓を入れず、身体を休ませながら次の街へ向かう。
そんな予定だったのだが――。
「見て見て! すっごい!」
街へ入った途端、カスミの声が響いた。
「ピカ?」
サトシの肩に乗ったピカチュウも周囲を見回す。
通りの両側には色鮮やかな飾りが並び、店先には女の子向けの商品が所狭しと置かれている。
服。
アクセサリー。
人形。
お菓子。
そして、ポケモン用品。
街全体がいつも以上に華やかだった。
「ポケモンひなまつりか」
タケシが店先の看板を見ながら言う。
「今日は女の子が主役の日みたいだな」
「しかも見てよ!」
カスミが一枚の張り紙を指差した。
『女の子限定! 本日限りの大特価!』
「大特価よ、大特価!」
嫌な予感がした。
サトシとタケシは顔を見合わせる。
「……逃げるか?」
「もう遅いと思うぞ」
「サトシ! タケシ! 行くわよ!」
「やっぱりか……」
「ピカァ……」
こうして、サトシたちの長い一日が始まった。
◇
「次、あっち!」
「まだ行くのか!?」
「当然でしょ!」
しばらくして。
サトシの両腕にはいくつもの紙袋がぶら下がっていた。
タケシも同じである。
「昨日の特訓よりきつい……」
「同感だ」
「ピカピカ……」
ピカチュウだけは荷物を持たず、サトシの肩で楽しそうにしている。
「ピカチュウ、お前も少しくらい持ってくれよ」
「ピカ?」
何のこと?
そんな顔をされた。
「絶対分かってるだろ」
少し前を歩くカスミは上機嫌だった。
その腕にはトゲピー。
「チョゲピー!」
トゲピーも華やかな街が気に入ったのか、朝からずっと楽しそうだ。
「トゲピー、見て! あのお人形かわいいでしょ?」
「チョゲ!」
「こっちもいいわねぇ」
「……まだ増えるのか」
サトシが呟く。
「聞こえたわよ!」
「何も言ってない!」
「言った!」
そんなやり取りをしながら歩いていると、突然、カスミが足を止めた。
「わぁ……!」
ショーウインドーの中。
そこには豪華な雛壇が飾られていた。
ただし、普通の雛人形ではない。
ポケモンを模した人形たちが、美しい衣装をまとって並んでいる。
「すごいな」
サトシも思わず見入る。
「欲しい……」
カスミの目が輝いた。
しかし。
値札を見る。
「…………」
そのまま静かに離れた。
「諦めるの早いな」
「うるさい!」
◇
その頃。
同じ街の別の場所でも、一人の女性がショーウインドーへ張り付いていた。
「欲しい……!」
ムサシだった。
その視線の先にあるのも、豪華なポケモン雛人形。
「ムサシ、そんなに欲しいの?」
ニャースが尋ねる。
「欲しいに決まってるでしょ!」
ムサシは振り返る。
「女の子なら一度くらい、こんな豪華な雛人形を飾ってみたいものなのよ!」
「買えばいいじゃないか」
コジロウが言う。
ムサシがゆっくり振り向いた。
「お金は?」
「……ない」
「だったら言うんじゃないわよ!」
「痛い痛い!」
コジロウの頬を引っ張る。
だが、再び雛人形へ向けられたムサシの目には、いつもの欲深さとは少し違うものがあった。
幼い頃。
豪華な雛壇を眺めることなど、自分にはできなかった。
だからこそ。
「絶対に手に入れてやるんだから……!」
「でもどうやってニャ?」
「それを今から考えるのよ!」
その時。
一枚のポスターが風に乗ってムサシの顔へ張り付いた。
「何よこれ!」
引き剥がす。
そして、目を見開いた。
『ポケモンひなまつり大会開催!』
『優勝者には豪華ポケモン雛人形セットをプレゼント!』
「…………」
「ムサシ?」
「出るわよ」
「へ?」
「絶対優勝するわよ!」
炎が燃え上がった。
「今日は誰にも負けないんだからぁぁぁ!」
◇
「ポケモンバトル大会?」
カスミがポスターを見る。
買い物の途中で見つけたものだった。
そして賞品を確認する。
「……これ」
先ほど見ていた雛人形セットだった。
「出る!」
即答だった。
「早いな」
「当たり前でしょ!」
カスミはトゲピーを抱いたまま胸を張る。
「買えないなら、優勝してもらえばいいのよ!」
「なるほど」
サトシは納得した。
「頑張れよ」
「もちろん!」
しかし。
参加条件を確認したカスミが固まった。
「複数のポケモンを使用可能……」
カスミは自分のモンスターボールを見る。
そして。
ゆっくりサトシへ顔を向けた。
「……サトシ」
「嫌な予感しかしない」
「ピカ」
「一匹貸して」
「やっぱり」
サトシは苦笑した。
とはいえ、断る理由はない。
「誰がいい?」
「ピカチュウ!」
「ピカ!?」
即答された。
カスミがピカチュウへ顔を近づける。
「お願い、ピカチュウ!」
「ピ、ピカ……」
ピカチュウがサトシを見る。
サトシは笑った。
「いいんじゃないか?」
「ピカ?」
「今日はカスミの試合だ。力を貸してやってくれ」
「ピカ!」
ピカチュウがカスミの肩へ飛び移った。
「ありがとう!」
「ただし」
サトシは指を立てる。
「ピカチュウ」
「ピカ?」
「今日は俺じゃなくて、ちゃんとカスミの指示を聞くんだぞ」
「ピカ!」
胸を張る。
カスミも笑った。
「任せて!」
「俺は何も言わないからな」
「分かってるわよ。これはあたしの勝負なんだから!」
その言葉を聞いて、サトシは満足そうに頷いた。
◇
大会会場は大勢の観客で賑わっていた。
女の子限定の大会ということもあり、普段とは少し違った華やかな雰囲気がある。
カスミは順調に勝ち進んでいった。
水ポケモンを中心に相手へ合わせて戦い方を変え、必要な場面ではピカチュウの力も借りる。
ただし。
「ピカチュウ、でんこうせっか!」
「ピカ!」
最初は少しだけ呼吸が合わなかった。
普段ならサトシの声へ即座に反応するピカチュウも、カスミの指示では僅かにタイミングが違う。
「そこから10まんボルト!」
「ピカ……ピカチュウ!」
一瞬遅れて電撃を放つ。
それでも勝利。
試合を重ねるごとに、二人の呼吸は合っていった。
観客席からサトシは黙って見ていた。
「指示しなくていいのか?」
タケシが尋ねる。
「しないよ」
サトシは笑う。
「今はカスミのポケモンとして戦ってるんだから」
「なるほどな」
「それに」
サトシはフィールドを見る。
「ちゃんと合ってきてる」
「ピカチュウ、右!」
「ピカ!」
相手の攻撃をかわす。
「そのまま、でんこうせっか!」
「ピカ!」
命中。
「よし!」
カスミが拳を握った。
ピカチュウも振り返る。
「ピカ!」
「やったわね!」
二人が手を合わせる。
サトシは小さく笑った。
◇
そして。
決勝戦。
「なんであんたがいるのよ!」
「それはこっちの台詞よ!」
フィールドの両側。
カスミ。
そしてムサシ。
「優勝賞品はあたしのものよ!」
「絶対渡さないんだから!」
二人の間に火花が散る。
「……似た者同士だな」
サトシが呟く。
「言わない方がいいぞ」
タケシが忠告した。
「ピカ……」
ピカチュウも同意する。
ムサシはコジロウたちから借りたポケモンも使い、ここまで勝ち上がってきていた。
普段とは違う。
本気だ。
ただ悪事のためではない。
自分自身が欲しいもののために、正面から大会へ挑んでいる。
「絶対に勝つ!」
ムサシの気迫に、カスミも負けていない。
「こっちだって!」
試合開始。
互いのポケモンがぶつかり合う。
カスミも苦戦した。
ムサシの執念は凄まじく、いつものような雑な戦い方ではない。
「まだよ!」
何度倒されそうになっても食らいついてくる。
やがて。
最後の勝負へ。
カスミの横にはピカチュウ。
「ピカ!」
「お願い、ピカチュウ!」
カスミが構える。
ムサシも最後のポケモンへ命令を飛ばす。
攻撃が迫る。
「ピカチュウ、避けて!」
「ピカ!」
横へ飛ぶ。
「そこからでんこうせっか!」
「ピカ!」
一気に懐へ。
ムサシもすぐに反撃を指示する。
「まだよ!」
攻撃が迫った。
「飛んで!」
「ピカ!」
ピカチュウが相手を踏み台にして跳び上がる。
カスミが腕を振り上げた。
「今よ! 10まんボルト!」
「ピィィカァァ――チュウ!」
凄まじい電撃がフィールドを照らす。
爆煙。
静寂。
やがて煙が晴れる。
立っていたのは――。
「ピカ……!」
ピカチュウ。
勝負あり。
「やったぁぁぁ!」
カスミが飛び上がった。
「ピカ!」
戻ってきたピカチュウを抱き締める。
「ありがとう、ピカチュウ!」
「ピカピカ!」
観客席からサトシも立ち上がった。
「やったな!」
タケシも拍手する。
「見事だったぞ、カスミ!」
「チョゲピー!」
トゲピーまで嬉しそうに跳ねていた。
一方。
「…………」
ムサシはフィールドに立ったまま、俯いていた。
悔しい。
当然だ。
欲しかった。
ただの高価な人形だからではない。
ずっと手に入らなかったものだから。
「ムサシ……」
コジロウが声をかける。
「分かってるわよ」
ムサシが顔を上げた。
「負けは負けよ」
悔しそうではある。
それでも今日は、いつものように賞品を奪おうとはしなかった。
「帰るわよ!」
「え? 盗まないのかニャ?」
「正々堂々負けた後で盗んだら、あたしが惨めになるでしょ!」
「おお……」
「何よ、その反応!」
「何でもない!」
三人は騒ぎながら会場を去っていった。
サトシはその後ろ姿を少しだけ見つめていた。
今日のムサシは、いつもと少し違って見えた。
◇
「すごーい!」
大会終了後。
カスミの前には豪華なポケモン雛人形セットが置かれていた。
「本当にあたしのものなのね!」
「優勝したんだからな」
サトシが答える。
「ピカ!」
ピカチュウがサトシの肩へ戻ってくる。
「お疲れ」
「ピカピカ!」
サトシが頭を撫でた。
「カスミの指示、ちゃんと聞けてたな」
「ピカ!」
「最初はちょっと合ってなかったけどね」
カスミが笑う。
「でも最後は完璧だったでしょ?」
「ああ」
サトシも素直に認める。
「今日は完全にカスミが主役だったな」
「何よ、たまにはいいでしょ!」
「たまにはって自分で言うのか?」
「そこは黙ってなさい!」
「チョゲピー!」
トゲピーが笑うように鳴いた。
「そうだ!」
カスミが何かを思いつく。
「せっかくだから写真撮りましょうよ!」
「写真?」
「優勝記念!」
ほどなくして、豪華な雛人形の前に全員が並んだ。
中央にはトゲピーを抱いたカスミ。
その隣にサトシとピカチュウ。
反対側にはタケシ。
「もっと寄って!」
「これくらい?」
「サトシ、もうちょっと!」
「分かったって」
「ピカ!」
「チョゲピー!」
カメラのタイマーが進む。
「撮るぞ!」
「ちょっと待って、まだ――」
カシャッ!
その瞬間。
写真の中には、少し慌てたカスミ。
笑うサトシ。
肩の上で手を上げるピカチュウ。
穏やかに笑うタケシ。
そして、誰よりも楽しそうなトゲピーの姿が残った。
「もう! ちゃんと撮れてるでしょうね?」
「自然でいいんじゃないか?」
「サトシは黙ってて!」
「なんでだよ!」
また笑い声が響く。
昨日は六匹と一緒に、一歩ずつ強くなるための一日だった。
今日は仲間の勝負を見守る一日。
自分が戦うことだけが旅ではない。
仲間が頑張る時には、その背中を押す。
サトシはそんな当たり前のことを改めて感じながら、夕暮れの街を仲間たちと歩いていった。