ポケットモンスター ―君と目指す頂―   作:あああああ

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第9話 初めてのポケモンバトル

でんこうせっか、ほっぺすりすり、エレキボール。

 

新しく三つの技を身につけたからといって、サトシはすぐに次の技へ手を出そうとはしなかった。

 

第8話の特訓を終えた時に決めた通り、しばらくはでんきショックを含めた四つの技を磨き、それぞれを状況に応じて使い分けられるようにするつもりだった。

 

実際、練習用の的へ当てることと、動いている相手へ技を当てることはまったく違う。

 

そのことを確かめる機会は、思っていたより早く訪れた。

 

「サトシ、今日は少し違うことをやってみるか?」

 

研究所の庭でピカチュウと準備運動をしていたサトシは、オーキド博士の言葉に振り返った。

 

「違うこと?」

 

「うむ。技を覚えたのなら、そろそろ相手のいる練習も経験しておいた方がよかろう」

 

その言葉を聞いた瞬間、サトシの目が輝いた。

 

「バトル!?」

 

「いきなり本格的な勝負をさせるつもりはないぞ」

 

興奮するサトシを見て、オーキド博士が苦笑する。

 

「相手も攻撃してくる中で、どう動くのかを経験するための練習じゃ。お前もまだ正式なポケモントレーナーではないからの」

 

「それでもやりたい!」

 

即答だった。

 

隣にいたピカチュウも同じらしく、サトシの肩から飛び降りると前足を握るように構えた。

 

「ピカ!」

 

「ピカチュウもやる気じゃな」

 

「俺たち、ずっと練習してきたからね。実際にどこまでできるのか試してみたい」

 

「それなら相手は――」

 

オーキド博士が研究所の方へ顔を向ける。

 

少しすると、一匹のポケモンが庭へ出てきた。

 

茶色い身体に、大きな前歯。

 

何度も研究所で顔を合わせているポケモンだった。

 

「ラッタ!」

 

「ラッタか」

 

サトシはすぐに表情を引き締める。

 

相手がどんなポケモンなのかは知っている。

 

だが、目の前にいるラッタがどれほど強いのかまでは、名前を見ただけでは分からない。

 

ゲームならレベルや能力値で考えられる。

 

この世界では違う。

 

体格、動き、経験、性格、得意な戦い方。

 

実際に向き合って初めて分かることの方が多い。

 

サトシがラッタを観察していると、その隣へオーキド博士が立った。

 

「今日はわしがラッタへ指示を出そう。危険だと判断すればすぐ止めるから、サトシはピカチュウへ指示を出してみなさい」

 

「分かった」

 

胸が高鳴る。

 

前世では何度もポケモンバトルを見た。

 

ゲームでも数え切れないほど戦った。

 

けれど、自分が実際にポケモンの隣へ立ち、指示を出すのは初めてだった。

 

サトシはピカチュウを見る。

 

「いける?」

 

「ピカ!」

 

迷いのない返事。

 

それを聞いたサトシも笑った。

 

「よし。やろう、ピカチュウ!」

 

「ピカチュウ!」

 

◇

 

向かい合ったラッタが低く身構える。

 

ピカチュウも腰を落とした。

 

風が庭の草を揺らしていく。

 

「始めるぞ」

 

オーキド博士が手を上げる。

 

サトシはラッタから目を離さなかった。

 

体格ではピカチュウより大きい。

 

正面から力比べをする必要はない。

 

ピカチュウの武器は速さだ。

 

「始め!」

 

「ラッタ、たいあたり!」

 

「ラッタ!」

 

いきなり来た。

 

ラッタが地面を蹴り、一直線に突っ込んでくる。

 

速い。

 

画面越しで見ていた技とは違い、実際に目の前で見ると迫力があった。

 

それでも――。

 

「ピカチュウ、右へ避けろ!」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウが横へ跳ぶ。

 

ラッタの身体がすぐ脇を通過した。

 

「今だ、でんきショック!」

 

「ピカチュウ!」

 

振り向きざまに電撃を放つ。

 

しかしラッタも止まってはいなかった。

 

「左へ!」

 

オーキド博士の指示に反応し、ラッタが身体を捻る。

 

電撃が地面へ弾けた。

 

「外した!」

 

練習用の的とは違う。

 

相手はこちらの技を避ける。

 

分かっていたはずなのに、実際に経験するとまるで感覚が違った。

 

「ラッタ、もう一度たいあたり!」

 

「来るぞ!」

 

ラッタが迫る。

 

サトシは一瞬、でんこうせっかで迎え撃とうとした。

 

だが、すぐに考えを変える。

 

体格差がある。

 

正面衝突は必要ない。

 

「でんこうせっかで避けろ!」

 

「ピカ!」

 

白い光を纏ったピカチュウが一気に加速した。

 

ラッタとぶつかる直前で横へ抜け、そのまま背後へ回り込む。

 

「そのままでんきショック!」

 

「ピカ――チュウ!」

 

今度は近い。

 

振り返ろうとしたラッタへ電撃が命中した。

 

「ラッ!」

 

ラッタがよろめく。

 

「当たった!」

 

喜びかけた、その時だった。

 

「まだじゃぞ。ラッタ、でんこうせっか!」

 

「ラッタ!」

 

「えっ――」

 

予想以上に早く立て直したラッタが飛び出した。

 

「ピカ!」

 

ドンッ!

 

今度は避けきれない。

 

体当たりを受けたピカチュウが地面を転がった。

 

「ピカチュウ!」

 

駆け寄りたくなる。

 

けれど、ピカチュウはすぐに立ち上がった。

 

「ピカ……!」

 

痛みはある。

 

それでもまだ戦える。

 

波導を意識すると、その意思が以前よりはっきり伝わってきた。

 

――まだやれる。

 

サトシは足を止めた。

 

「……分かった」

 

ピカチュウがこちらを見る。

 

「続けよう!」

 

「ピカ!」

 

ここでサトシはようやく理解した。

 

自分はこれまで、ピカチュウが技を使うことばかり考えていた。

 

けれどバトルでは、相手もこちらを倒そうとしてくる。

 

攻撃する。

 

避ける。

 

相手を見る。

 

次の動きを予測する。

 

その全部を同時に考えなければならない。

 

「ラッタ、たいあたり!」

 

再びラッタが来る。

 

今度は技だけを見ない。

 

足の向き。

 

身体の傾き。

 

視線。

 

ラッタがピカチュウの正面へ狙いを定めている。

 

「ピカチュウ、ギリギリまで待って!」

 

「ピカ!」

 

ラッタが迫る。

 

まだ。

 

もう少し。

 

「今!」

 

ピカチュウが横へ跳んだ。

 

ラッタが通り過ぎる。

 

「追いかけろ、でんこうせっか!」

 

「ピカ!」

 

今度は逃げるためではない。

 

白い光を纏ったピカチュウが一気に距離を詰め、方向転換しようとしていたラッタへ追いつく。

 

「ラッ!?」

 

「そのままぶつかれ!」

 

「ピカ!」

 

ドンッ!

 

でんこうせっかが直撃した。

 

ラッタの身体が前へ押し出される。

 

それでも倒れない。

 

「ピカチュウ、離れろ!」

 

追撃したい気持ちを抑え、いったん距離を取らせる。

 

これまでなら技が当たったことに喜んでいたかもしれない。

 

だが、相手がまだ動けるなら終わっていない。

 

ラッタがこちらへ向き直った。

 

サトシの頭の中で、覚えた技が浮かぶ。

 

でんきショックは遠距離。

 

でんこうせっかは高速移動と接近。

 

ほっぺすりすりは接触する必要がある。

 

エレキボールは強力だが、今のピカチュウでは作るまでに少し時間がかかる。

 

なら――。

 

「ピカチュウ、走れ!」

 

「ピカ!」

 

技を使わずに走らせる。

 

右へ、左へ。

 

ラッタの周囲を回りながら距離を測る。

 

「ラッタ、追うんじゃ!」

 

「ラッタ!」

 

ラッタが方向を変えた。

 

その瞬間、サトシは声を上げる。

 

「でんこうせっか!」

 

「ピカ!」

 

一気に加速する。

 

だが狙いは攻撃ではない。

 

ラッタの横をすり抜ける。

 

「ラッ!?」

 

「今、ほっぺすりすり!」

 

ピカチュウが急停止すると、振り向いたラッタへ身体を寄せた。

 

「ピカチュウ!」

 

バチバチッ!

 

至近距離から電気が流れる。

 

「ラッタ!」

 

ラッタの身体が硬直した。

 

ピカチュウがすぐに距離を取る。

 

「よし!」

 

練習してきた動きが、初めて相手のいる状況でつながった。

 

しかしオーキド博士はまだ止めない。

 

ラッタも苦しそうではあるものの、戦意を失ってはいなかった。

 

「なら最後は――」

 

サトシがピカチュウを見る。

 

「やれる?」

 

「ピカ!」

 

「エレキボール!」

 

ピカチュウの頬から電気が溢れる。

 

黄色い光が一ヶ所へ集まり、少しずつ球を形作っていく。

 

練習より時間がかかっている。

 

疲れているのだ。

 

それでも形は崩れない。

 

「ラッタ、でんこうせっか!」

 

オーキド博士も待ってはくれなかった。

 

ラッタが走り出す。

 

「ピカチュウ、まだだ!」

 

電気の球が大きくなる。

 

ラッタが迫る。

 

「まだ!」

 

距離が縮まる。

 

ピカチュウは逃げない。

 

サトシも目を逸らさない。

 

そして――。

 

「今だ!」

 

「ピカァ――チュウ!」

 

エレキボールが放たれた。

 

真正面から迫っていたラッタへ黄色い球が命中し、大きな音とともに電気が弾ける。

 

「ラッ!」

 

ラッタの身体が地面へ転がった。

 

しばらくして起き上がろうとしたものの、足へ力が入らず再び身体を伏せる。

 

そこでオーキド博士が手を上げた。

 

「そこまでじゃ!」

 

サトシは一瞬動かなかった。

 

終わった。

 

その意味を理解した途端、顔が明るくなる。

 

「勝った……?」

 

「ピカ……?」

 

オーキド博士が笑う。

 

「うむ。ピカチュウの勝ちじゃ」

 

「やったあああ!」

 

「ピカチュウ!」

 

サトシが両腕を広げると、ピカチュウが勢いよく飛び込んできた。

 

今度は重さにも負けず、しっかり抱き止める。

 

「やったな、ピカチュウ!」

 

「ピカ! ピカチュウ!」

 

嬉しい。

 

楽しい。

 

もっと戦いたい。

 

波導を使わなくても分かりそうなほど、ピカチュウは喜んでいた。

 

サトシも同じだった。

 

前世から憧れ続けたポケモンバトル。

 

その初めての勝利を、最初の相棒と一緒に手にした。

 

けれど、喜んでいるだけでは終わらない。

 

サトシはピカチュウを降ろすと、ラッタのところへ向かった。

 

「ラッタ、大丈夫?」

 

「ラッタ……」

 

疲れてはいるが、大きな怪我はない。

 

オーキド博士が状態を確認し、サトシもほっと息を吐いた。

 

「ありがとう、ラッタ」

 

サトシが頭を下げる。

 

「俺たちの練習に付き合ってくれて」

 

「ラッタ」

 

ラッタが少しだけ頭を上げた。

 

ピカチュウも隣へ来る。

 

「ピカ」

 

二匹が顔を合わせる。

 

そしてラッタが前足を上げると、ピカチュウもそれへ自分の前足を合わせた。

 

それを見たサトシは、自然と笑っていた。

 

「サトシ」

 

オーキド博士が声をかける。

 

「勝てたのはよかった。しかし、反省するところも多かったのう」

 

「うん」

 

今度はすぐに頷いた。

 

「最初、技を当てることばっかり考えてた。ラッタが何をしてくるか、ちゃんと見られてなかった」

 

「それに気づけたなら十分じゃ」

 

「あと、エレキボールはまだ時間がかかる。近い相手に何も考えず使ったら、撃つ前に攻撃される」

 

「うむ」

 

「でんこうせっかも、ただ攻撃に使うだけじゃなくて、避けたり距離を詰めたりするのに使える。ほっぺすりすりも単独より、他の動きからつないだ方が当てやすかった」

 

オーキド博士が目を細めた。

 

「初めてのバトルでそこまで分かれば上出来じゃ」

 

サトシはピカチュウを見る。

 

技は四つ。

 

けれど、使い方は四つではない。

 

同じ技でも、状況によって役割を変えられる。

 

前世では知っていたはずのことだった。

 

実際に自分が戦って、ようやくその意味が分かった気がした。

 

「もっと強くなれるな」

 

「ピカ!」

 

サトシが拳を出す。

 

ピカチュウも前足を重ねた。

 

「次はもっと上手く戦おうぜ」

 

「ピカチュウ!」

 

◇

 

その日の夜。

 

夕食と風呂を済ませたサトシは、自分の部屋でピカチュウと一緒に机の前へ座っていた。

 

もっとも、ピカチュウは机ではなくサトシの肩の上だ。

 

目の前にあるのは、セレナと連絡を取るための画面だった。

 

サマーキャンプで別れて以来、二人は何度も連絡を取り合っている。

 

毎日というわけではない。

 

それでも研究所であったことや、セレナの近況などを話しているうちに、最初の頃よりずっと自然に会話できるようになっていた。

 

呼び出し音が止まる。

 

画面にセレナが映った。

 

『サトシ!』

 

「久しぶり、セレナ」

 

『久しぶり! ……あれ?』

 

セレナが画面へ顔を近づける。

 

その視線はサトシではなく、肩の上へ向いていた。

 

『その子……!』

 

「ピカ?」

 

「気づいた?」

 

サトシは少し得意そうに笑った。

 

「ピチューが進化したんだ」

 

『やっぱり! ピカチュウになったの!?』

 

「うん」

 

「ピカチュウ!」

 

画面へ向かってピカチュウが鳴く。

 

セレナの表情が一気に明るくなった。

 

『すごい! おめでとう、ピカチュウ!』

 

「ピカ!」

 

『前に見せてもらった時より大きくなったね』

 

「進化してから肩に乗られると重くてさ」

 

「ピカ!?」

 

「痛っ!」

 

頬を叩かれた。

 

画面の向こうでセレナが笑う。

 

『そんなこと言うからだよ』

 

「本当に重くなったんだって」

 

「ピカァ……」

 

「分かった、分かった。悪かったって」

 

ピカチュウの頭を撫でると、ようやく機嫌を直してくれた。

 

その様子を見ていたセレナは、どこか嬉しそうだった。

 

『本当に仲良しなんだね』

 

「もちろん。俺の相棒だから」

 

何気なく答えた瞬間、ピカチュウがサトシの頬へ頭を寄せた。

 

胸の奥へ温かな感情が伝わってくる。

 

嬉しい。

 

その気持ちに、サトシも笑った。

 

「それで今日、初めてちゃんとポケモンバトルしたんだ」

 

『えっ、本当!?』

 

「博士のラッタと練習試合。俺たちが勝った!」

 

「ピカ!」

 

そこからサトシは今日の出来事を話した。

 

最初は相手の動きを見られなかったこと。

 

でんこうせっかでラッタの攻撃を避けたこと。

 

ほっぺすりすりへつないだこと。

 

最後はエレキボールで勝負を決めたこと。

 

セレナは途中で口を挟まず、楽しそうに聞いていた。

 

『サトシ、本当にポケモントレーナーになるための練習してるんだね』

 

「十歳になったらすぐ旅に出るからね」

 

『そっか……』

 

ほんの少しだけ、セレナの表情が変わった。

 

以前のサトシなら気づかなかったかもしれない。

 

けれど今は、画面越しでも分かる。

 

「セレナ?」

 

『な、なに?』

 

「また会えるよ」

 

『え?』

 

「旅に出たら色んな場所に行くつもりだし、いつかカロスにも行ってみたい。だからその時は会おう」

 

カロスへ行くことは「いつか」ではない。

 

ヒトカゲを仲間にしてリザードンへ進化させた後、メガシンカについて調べるために必ず向かうつもりだ。

 

ただ、それを今のセレナへ詳しく説明することはできない。

 

『……うん!』

 

セレナが笑った。

 

『約束だよ?』

 

「約束」

 

サトシが小指を画面へ向ける。

 

少し遅れて、セレナも同じように小指を差し出した。

 

直接触れることはできない。

 

それでも二人は笑った。

 

その間へピカチュウが顔を突っ込む。

 

「ピカ!」

 

「あ、お前も?」

 

「ピカチュウ!」

 

『ふふっ。じゃあピカチュウとも約束』

 

「ピカ!」

 

三人の約束が一つ増えた。

 

◇

 

通話を終えたあと、サトシはベッドへ寝転がった。

 

ピカチュウも隣へ飛び乗ってくる。

 

今日、初めてポケモンバトルをした。

 

そして初めて勝った。

 

たった一度の練習試合でしかない。

 

それでも、サトシにとっては大きな一歩だった。

 

これから先には、自分より強いトレーナーがいくらでもいる。

 

ジムリーダー。

 

ポケモンリーグへ挑むトレーナーたち。

 

四天王。

 

チャンピオン。

 

そして、まだ見ぬ世界中の強者たち。

 

そのすべてを越えなければ、世界最強には届かない。

 

「楽しみだな、ピカチュウ」

 

「ピカ?」

 

「早く旅したい」

 

「ピカ!」

 

「でも、その前にやれること全部やろう」

 

サトシが天井へ拳を伸ばす。

 

技だけではない。

 

ポケモンについてもっと学ぶ。

 

バトルを経験する。

 

自分自身も鍛える。

 

そして波導も――旅立ちまでに必ず使いこなせるようになる。

 

隣を見ると、ピカチュウはすでに目を閉じかけていた。

 

「……寝るの早くない?」

 

「ピカァ……」

 

「まあ、今日は疲れたか」

 

サトシが頭を撫でると、ピカチュウはその手へ頬を寄せた。

 

初めてのバトルは終わった。

 

けれど、二人の挑戦は始まったばかりだ。

 

世界最強を目指す少年とピカチュウは、旅立ちの日へ向けて、また一歩ずつ前へ進んでいく。

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