嫌われ者の媚び売り系女配信者、過酷すぎる実生活を暴露された結果 作:悲しみから生まれた戦士
「AZUMIさん、すっごぉい! さすがプロゲーマーですねっ!」
「は、はぁ……」
「かっこいい! 結婚するならAZUMIさんみたいな人がいいなぁ」
「ありがとう」
私の言葉にAZUMIは照れたような困ったような声を出す。まだ20にもなってない相手だ。私の過剰なヨイショに満更でもないような態度をとってしまうのも致し方がないだろう。これでも私は自分で言っても顰蹙を買わないくらいには可愛いと思うし。大袈裟とは言え、私みたいな美少女にヨイショされて嬉しくない男はいないだろう……多分。
前世代のキーボードとマウスで操作するコンピューターゲームが廃れてから早一〇年。VRデバイスの価格も落ち着き、今では一般人でも簡単にフルダイブ型のゲームを楽しむことができるようになっていた。それと同時に一時は廃れかけていたeスポーツ界隈も再熱し、新生のプロゲーマーや配信者が現れ始めていた。
:AZUMIに媚び売るなよBBA。
:声作ってるのキッショ。
:コイツ、ホント嫌い。
今一緒にゲームをプレイしているAZUMIはVRFPSゲーム〈code null〉というゲームのプロプレイヤーだ。顔立ちが整っており、かなりのガチ恋勢も抱えているプレイヤーというのもあり、彼とのコラボはいつも以上に荒れる。まあ、私の立ち回りも悪いのも事実だが。
私は界隈一の嫌われ者を自称しても誰も文句ないくらいには嫌われている。今いるギリギリ四桁に届かないくらいの同接の大半は生粋のアンチだろう。それもそのはず、私の配信スタイルがそもそもぶりっ子系の媚び売りスタイルだからだ。高くて甘い声を出して、一緒にコラボしている相手をヨイショする。配信を始めてから色々なスタイルを試してきたが、結局これが一番伸びた。悪名は無名に勝るというが、まさしくそうだと実感させられた。
まあ、ヨイショすると言っても、言っていることの内容自体は本心だ。コラボ相手のことはすっごく尊敬しているし、正直ゲームが上手い男はかっこいいと思う。だが、褒め方が大袈裟すぎて視聴者からは本心だとは思われないらしい。
:AZUMI、そんな女に騙されちゃダメだよ。
:こういう女は絶対すぐ浮気するんだから。
:そもそも姫プしかできない時点で終わってるよね。
ロビーフロアでマッチングを待っている間、AZUMIの方のチャット欄が目に入る。VR空間に浮かんだ半透明のウィンドウに映るチャット欄はものすごい勢いで流れていっていた。私のチャット欄も負けじとものすごい勢いで流れていくが、その大半は批判などのアンチコメントだった。
:下手くそはゲームすんなよ。
:お前みたいなのが界隈を腐らせるんだ。
:姫プ楽しいですかぁ?
姫プと言われる通り、私はゲームが下手だ。ゲームをするのは好きだし、かなりの時間プレイしているはずなのだが、一向に上手くなっていかない。悲しいかな、私には一切ゲームの才能がないのだ。では何故この界隈に来ようと思ったのか。それには海より深い事情があった。どうしてもお金を稼がなければならなかったのだ。
コツコツとバイトをすれば良いと思う人もいるだろう。しかしバイトができない事情があった。誰しもが抱える家庭の事情。それが少しばかり人より複雑だったのだ。
「ミナさん。みんなはああ言ってるけど、僕は別にミナさんのこと、嫌いじゃないですからね」
AZUMIがふと言った。この男は無邪気にそんなことを言う。その一言が余計に視聴者の顰蹙を買うとも知らずに。AZUMIは心配になるくらい人がいい。だからただ単純に私に気を遣っての台詞だと思うが、視聴者からしたら面白くないのも間違いない。私が視聴者なら間違いなくムカムカしてしまう一場面だ。
と、そんな時。ふと私の視界の端に通知を知らせるアイコンが点滅する。視線を動かして視聴者にバレないように通知を開くと、どうやら玄関が開いたことを知らせる通知みたいだった。フルダイブ型のVRが流行って間もない頃、フルダイブしていて意識のない一人暮らしの女性を狙った犯罪が相次いだ。それから家に人が入ってくると通知を知らせる機能が義務化されたのだ。
……母親だ。私は顔色が真っ青になる。
今すぐに配信をやめなければ。
「ごめん、AZUMI」
私は唐突にAZUMIに言った。
「え?」
「私、抜けなきゃ」
「でも、もうマッチング開始しちゃうよ?」
オンラインゲームにおいて切断行為は断罪されるべきもの。そんなことはよく分かっている。でも、そんなことを言っている場合でもないのだ。AZUMIや他の野良の人に心の中で謝りながら私は慌てて言った。
「ホントごめんね。また埋め合わせするから」
ちょっと素が出ていることに気がつかないまま、私はデバイスをシャットダウンした。瞬間、意識が現実に戻される。VR空間から抜ける直前、思った通りのコメントが流れていくのが見えた。
:コイツ……ホントさぁ……。
:マジでキモい。どうせ男だろ。
:⚪︎ねよ。マッチしてから回線切りとか終わってる。
……ホント、ごめん。泣きそうになりながら私は大慌てで階下に向かった。
「アンタなんか産まなきゃ良かった!! お前みたいな出来損ないがいるから私は不幸になったのよ!」
ヒステリックな金切り声が聞こえる。母親の声だ。これはいよいよマズい。いつも以上に不機嫌だ。おそらくいつもより量をキメているのだ。こうなった母はそう簡単には止められない。ましてやまだ小学生の妹には。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
リビングでは妹のユキが頭を抱えて必死に謝っていた。涙で顔がぐしゃぐしゃだ。母はマグカップを手に握り振りかざしている。今にも降り下ろしそうだ。私は大慌てで間に入った。瞬間、脳天に強い衝撃を感じる。
「ぐっ……」
なんとか気絶しないように歯を食いしばって耐える。大丈夫。これくらいなら今までも何度も耐えてきた。クラクラする頭に鞭打って私は顔を上げると、母は冷たい表情でこちらを見下してきていた。
「……邪魔しないでくれる?」
「お母さん、やめなよ」
「なんでよ。ユキは貴女と同じで出来損ないなんだから、躾けないといけないでしょ?」
「……それは躾けて治るものなの?」
「貴女の時は手加減しすぎたわ。だからこんなに育っちゃったのよ」
私が悪口を言われるのはもう慣れた。でも、ユキが散々言われるのだけは耐えきれない。母が私たちにお金を使うつもりなんてないことは分かりきっていた。母はホストに貢ぐので必死なのだ。高校を卒業して、成人した瞬間、追い出されるに違いない。それまでに独り立ちできるくらいには稼ぎが必要だし、ユキを大学に通わせるお金も必要だ。でも、私は一般社会では生きていけない。
——何故なら、少年院歴があるからだった。
それは中学生の頃。私がまだ母親に反抗しようとする意思があった頃だった。学校の同級生の未成年喫煙が問題になった。その時、一斉に荷物検査が行われた。私は油断していた。母親がどこに違法薬物を隠していたかなんて知らなかったのだ。私のカバンの底から注射器が出てきて、煙草どころの騒ぎではなくなってしまった。
もちろん母親も責任問題を問われた。しかし私が無罪になるには少々問題児すぎたのだ。やっていてもおかしくないと思われる生徒だった。私の必死の抗議は流された。私に味方なんていなかった。
最近はバイトの審査もかなり厳しいらしいし、普通に稼ぐことは不可能だろう。その時、この界隈を知った。私はまだ父がいて幸せだった頃に買ってもらった、今では骨董品となってしまった旧型のVRデバイスを片手にこの界隈に飛び込むことにしたのだ。
母はまだ金切り声を上げて何かを叫んでいる。さしずめ私かユキの悪口だろう。もう聞き飽きすぎて脳が意味を理解しなくなってきている。母の金切り声が一段上がった。またマグカップが振りかざされる。私を目を瞑った。辟易としながら。諦めを感じながら。
その時だった。
チャイムが鳴った。
「……誰よ、こんな時間に」
母はぶつくさ言いながらインターフォンに出た。しかしそこには誰も映っていなかった。誰かのいたずらだろう。
「……あーあ、冷めちゃったわ」
母はそう言うとソファに無造作に座った。そしてジッとしている私とユキの方を見て言った。
「いつまでそこにいるの。目障りだからとっとと消えて」
私はユキの手を握り、母の気が変わる前にと、急いでリビングを出た。二階に上がり、私たちの自室に入るとユキが言った。
「お姉ちゃん……大丈夫……?」
心配そうな声音だった。私は力こぶを作って言った。
「大丈夫大丈夫。これくらいなんてことないわ。私の頭はダイヤモンドよりも硬いんだから」
そう言ったものの、まだ頭はクラクラしている。そのまま倒れるようにベッドに横たわると、意識を手放すように眠ってしまうのだった。
——寝ている間に自分の私生活の隠し撮り映像がアンチによってSNSに投稿され、バズってることを知らぬまま。