かわらずのいしと、まだ知らない世界   作:未森ましお

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雨が上がるまで

 

ここ最近、どうも天気がすっきりしない。

 

朝から雨が降っていたかと思えば、昼過ぎには何事もなかったように止んでいたり。

ようやく晴れたと思って歩き出せば、今度は行く先の山に灰色の雲がかかっていたり。

 

おかげで、思っていたようには先へ進めない日が続いていた。

 

今日も一面の曇り空だ。

それでも、朝から雨は降っていない。

どんよりとした分厚い雲を横目に、みんなに声をかける。

 

「よし。今日は今のうちに、進めるところまで進んじゃおう!」

「ぶい!」

「きる!」

 

イーブイが元気よく返事をして、道の先へ駆けていく。

町を離れてから、道は少しずつ山の中へ入っていた。

少し前までは遠くに見えていた山々も、今ではずいぶん近い。

道の両側には高い木々が増え、ところどころに濡れた岩肌が覗いている。

昨夜も雨が降ったらしく、道の端には小さな水たまりがいくつも残っていた。

 

「えーっと……このまま道なりでいいのかな」

 

歩きながらスマホロトムを取り出す。

地図の上では、今歩いている道が山の間を縫うように伸びている。

この先もしばらく大きな分かれ道はなさそうだ。

 

「次の町までは……まだ結構あるなぁ」

 

画面を覗き込んだまま歩いていると、足先が何かに引っかかった。

 

「わっ!?」

 

身体が前へ傾き、とっさに手を伸ばす。

その瞬間、身体がふわりと宙に浮いた。

 

「…………あれ?」

 

地面まであと少しだったはずなのに、そこでぴたりと止まっている。

やがて身体はゆっくりと起こされ、両足が道の上に戻った。

振り返ると、少し後ろにいたキルリアが、こちらに向かって手を伸ばしていた。

 

「キルリア!」

 

「きる!」

 

「ありがと〜! 助かったぁ……」

 

足元を見ると、道から少し飛び出した木の根があった。

先を歩いていたイーブイも戻ってきて、私の顔を見上げている。

 

「……大丈夫だって。転んでないから!」

 

「ぶい」

 

「キルリアが助けてくれたもんね」

 

「きる!」

 

キルリアは嬉しそうに笑うと、その場でくるりと回った。

白いスカートのような部分がふわりと揺れる。

 

ラルトスだった頃から一緒に歩いてきたはずなのに、こうして見るとやっぱり少し不思議だ。

背が伸びて、歩く姿もずいぶん変わった。

それでも、少し後ろから私たちの様子を見ながらついてくるのは、以前と変わらない。

 

「じゃ、行こっか!」

 

再び歩き出すと、イーブイはすぐに私の少し前へ出た。

木々の間を抜ける風が、湿った葉を揺らしている。

鳥ポケモンらしい鳴き声が遠くから聞こえたが、姿までは見えない。

 

曇り空のせいか、生い茂る木々も相まって、昼間だというのに森の中は少し薄暗かった。

そのまま緩やかな坂を上っていく。

 

すると、道の脇に小さな灯りが見えた。

 

「……ん?」

 

木の根元近くに、青紫色の小さな炎が、風に揺れることもなくぽつんと浮かんでいる。

 

「なに、あれ?」

 

イーブイも気づいたらしい。

私より先に道を外れ、灯りの方へ近づいていく。

 

「ぶい?」

 

炎の下には、小さな白い身体があった。

頭の上に火を灯した、ろうそくのようなポケモン。

こちらに気づくと、丸い黄色の目が私たちを見上げた。

 

「もし?」

 

「わ、かわいい!」

 

思わずしゃがみ込む。

 

「ぶい!」

 

イーブイもすっかり興味を持ったらしく、そのポケモンの周りを行ったり来たりしている。

 

「見たことない子だ。なんていうポケモンだろ?」

 

スマホロトムを取り出して、その姿を映す。

 

「ヒトモシ……ゴースト・ほのおタイプなんだ」

 

「もし!」

 

「へぇ〜! かわいい〜!」

 

ヒトモシは逃げる様子もなく、私たちのそばにいる。

イーブイが鼻先を近づけると、ヒトモシもじっとイーブイを見つめ返した。

 

「仲良くできそう?」

 

「ぶい!」

 

「もし!」

 

「ふふ」

 

しばらくその場でヒトモシを眺めていたが、空を見上げると相変わらず厚い雲が広がっている。

雨が降り出す前に、少しでも先へ進んでおきたい。

 

「じゃあ、そろそろ行こっか」

「ぶい!」

「ヒトモシ、またね〜」

 

手を振って道へ戻る。

イーブイが私の隣まで駆けてきて、また二人で坂道を上り始めた。

斜め後ろからは、キルリアの足音がついてくる。

 

道は木々の間を緩やかに曲がっていた。

曲がり角をひとつ越えたところで、イーブイが不意に後ろを向く。

 

「ぶい?」

「どうしたの?」

 

つられて振り返ると、少し離れた道の真ん中に、青紫色の炎が見えた。

 

「……あれ?」

 

さっきのヒトモシだ。

 

「もし」

 

私たちが止まると、ヒトモシも止まる。

 

「ついてきたの?」

 

近づいてくる様子はない。

首を傾げながら再び歩き出すと、後ろから小さな足音が聞こえてきた。

振り返れば、ヒトモシもまた歩いている。

 

「……ふふ」

 

もう一度前を向く。

イーブイも何度も後ろを確認しながら、楽しそうに歩いていた。

 

やがてヒトモシとの距離は少しずつ縮まり、いつの間にかイーブイのすぐ隣まで来ていた。

 

「もしかして、一緒に来たいの?」

「もし!」

「そっか! じゃあ一緒に行こ!」

「ぶい!」

 

ヒトモシを真ん中にして、イーブイと並んで歩く。

キルリアの方を見ると、目が合ってにこっと笑った。

 

さっきまで三人だった道に、小さな青紫色の灯りがひとつ増えた。

 

そのとき、腰につけていたボールが小さく揺れた。

 

「ん?」

 

手を伸ばすより先にボールが開き、光が道の上へ飛び出す。

 

「ミミッキュ?」

 

「きゅ……」

 

「珍しいね。自分から出てくるなんて」

 

ミミッキュは私の方を見ず、ヒトモシをじっと見つめている。

 

「……あ!」

 

スマホロトムで見たばかりの文字を思い出す。

 

「そっか。ミミッキュもゴーストタイプだもんね!」

 

「きゅ……」

 

「同じゴーストタイプだから気になるのかな?」

 

「きゅ」

 

ミミッキュは何とも言えない声を出した。

 

「この子、ヒトモシだって。一緒に行きたいみたい」

 

「もし!」

 

「きゅ…………」

 

「じゃあみんなで行こ!」

 

イーブイとヒトモシが先に歩き出す。

その横に並んで歩きながら振り返ると、ミミッキュはまだその場に立っていた。

キルリアがミミッキュの隣まで戻り、その顔を覗き込む。

 

「きる?」

「きゅ……」

 

やがてミミッキュも歩き出した。

キルリアはその隣についてくる。

 

前を歩く私とイーブイとヒトモシ。

その少し後ろを、キルリアとミミッキュ。

 

ヒトモシの頭の炎が、薄暗い山道の真ん中で小さく揺れていた。

 

「今日はどこまで行けるかな〜」

「ぶい!」

「もし!」

 

返事がひとつ増えたことがおかしくて、笑いながら歩く。

 

木々の隙間から見える空は、さっきよりも少し暗くなっていた。

風が吹くたび、湿った葉がざわざわと音を立てる。

頬に、ひやりと冷たいものが触れた。

 

「……ん?」

 

手で触れてみる。

水滴だ。

もう一粒、今度は手の甲に落ちた。

 

「え、もしかして……」

 

ぽつ。

 

ぽつ、ぽつ。

 

葉を叩く音が、あっという間に増えていく。

 

「やっぱり雨だ!」

 

「ぶい!」

 

朝からずっと我慢していた空が、とうとう耐えきれなくなったようだった。

 

「うわ、急に強くなってきた! 雨宿りできるところ……!」

 

道の先へ目を凝らす。

少し先の斜面に、大きくせり出した岩が見えた。

その下なら、雨を避けられそうだ。

 

「あそこ! みんな走って!」

 

イーブイが真っ先に駆け出す。

後ろにいたミミッキュを抱きかかえると、私もその後を追った。

 

「ヒトモシも早く!」

 

「もし!」

 

後ろからキルリアも走ってくる。

岩陰へ滑り込む頃には、雨はすっかり本降りになっていた。

 

「はぁ〜……間に合ったぁ」

 

ミミッキュを乾いた岩の上に下ろすと、息を整えながら外を見る。

さっきまで歩いていた道に雨粒が次々と落ち、地面の色をみるみる濃くしていく。

木々の向こうも白く霞み始めていた。

 

「……これは、すぐには止まなそうだねぇ」

 

イーブイが身体についた水滴をぶるぶると振り払う。

ヒトモシも私たちと一緒に岩陰へ入り、濡れていない場所で青紫色の炎を揺らしていた。

 

「よかったぁ。ヒトモシもあんまり濡れなかったね」

 

「もし!」

 

ほのおタイプなら、雨は嫌だろう。

そう思いながら、ヒトモシの隣に腰を下ろした。

ミミッキュはいつの間にかキルリアの隣に移動し、少し離れたところに並んで座っている。

 

岩の縁からは雨水が細い滝のように流れ落ちている。

雨脚は弱まるどころか、ますます強くなっているようだった。

 

「これじゃ、しばらく動けないね」

「ぶい」

 

イーブイが私の隣に座り込む。

その反対側にはヒトモシ。

小さな炎が、一定の明るさでゆらゆらと揺れている。

 

雨が降り出してから、山の空気は急に冷たくなった。

濡れた土の匂いと、ひんやりとした風が岩陰まで入り込んでくる。

それなのに、座っている場所は思ったよりも暖かかった。

 

「……ヒトモシがいるからかな?」

 

手を炎の方へ少し近づけてみる。

 

「なんかあったかいね〜」

「ぶい!」

「もし〜」

「ふふ。いいねぇ」

 

雨の中で、ちょっとした暖炉みたいだ。

ミミッキュがこちらを見ている。

 

「きゅ……」

 

「ミミッキュもこっち来る? あったかいよ」

 

「…………きゅ」

 

来ないらしい。

その隣では、キルリアもヒトモシとミミッキュを交互に見ていた。

 

「きる……?」

 

「大丈夫だよ。ヒトモシ、いい子だよ〜」

 

「もし!」

 

ヒトモシが嬉しそうに声を上げる。

雨の音は相変わらず激しい。

しばらくここにいることになりそうだ。

 

「……じゃあ、おやつにしよっか!」

「ぶい!」

 

途端にイーブイの耳がぴんと立つ。

 

「こういうときだけ反応早いんだから」

 

リュックを開けて、中からおやつを取り出す。

イーブイに渡し、キルリアにも渡す。

ミミッキュにも手渡すと、いつものように少し離れた場所でくるりとこちらに背を向けた。

最後に、隣にいるヒトモシを見る。

 

「ヒトモシも食べる?」

「もし?」

「こういうの食べるのかな……?」

 

少しだけ取り分けて、ヒトモシの前に置いてみる。

ヒトモシは目の前のおやつをじっと見つめていた。

初めて見るものなのか、すぐには口をつけない。

 

「無理に食べなくてもいいからね」

 

そう言ったところで、ヒトモシが少しだけ身体を寄せた。

そして、ほんの一口。

 

「……食べた!」

「ぶい!」

 

思わずイーブイと顔を見合わせる。

 

「かわいい〜!」

 

「もし!」

 

ヒトモシはもう一口だけ食べると、満足したのかそれ以上は口をつけなかった。

 

「あんまりお腹空いてないのかな?」

「もし〜」

「そっかそっか」

 

イーブイはというと、自分の分をすっかり食べ終えている。

 

「イーブイ、ヒトモシの残り狙わないの」

「ぶい」

「今見てたでしょ」

「ぶい!」

 

そんなやり取りをしているうちにも、雨は降り続いていた。

岩陰から見える景色は、すっかり雨の色に染まっている。

木の葉から大粒の雫が落ち、道の端には細い水の流れができ始めていた。

 

急いで先へ進もうとしていたはずなのに、こうなってしまえば仕方がない。

私は岩壁に身体を預けた。

すぐ隣ではイーブイが丸くなり、その近くでヒトモシの炎が静かに揺れている。

炎はさっきより、心なしか大きくなったような気がした。

ゆらゆら揺れる炎をぼーっと眺めていると、なんだか眠くなってくる。

 

「こういうのも悪くないねぇ」

「ぶい〜」

「もし〜」

 

目の前には雨。

隣には暖かな炎。

さっき食べたおやつもおいしかった。

このまま昼寝でもできそうだ。

 

少し離れたところから、ミミッキュの声がした。

 

「きゅ」

 

「ん〜?」

 

顔を上げる。

ミミッキュがこちらを見ている。

 

「どうしたの?」

 

「きゅっ」

 

その視線は、私ではなくヒトモシへ向いていた。

 

「ミミッキュ、本当にヒトモシのこと気になるんだね」

 

「きゅっ!」

 

「ふふ。同じゴーストタイプだもんね」

 

「きゅ……!」

 

さっきより少し声が強くなった気がする。

キルリアがそんなミミッキュの隣で首を傾げ、それからこちらを見た。

 

「きる……?」

 

「二人ともどうしたの?」

 

キルリアは少し迷うように私を見ていたが、やがてミミッキュの隣に座り直した。

 

「もし?」

 

当のヒトモシは、不思議そうに二人を見ている。

 

「大丈夫だって〜」

 

そう言って、ヒトモシの方へ少し身体を寄せる。

ヒトモシの炎が、ゆらりと揺れた。

 

「ほら、あったかい」

「ぶい〜」

 

イーブイも気持ちよさそうに目を細めている。

 

「きゅ…………」

 

ミミッキュが小さく鳴くと同時に、視界がゆっくりと狭くなっていった。

 

*

 

ふと目を開けると、岩の縁から落ちていた雨水が、いつの間にか細くなっていた。

白く霞んでいた木々も、少しずつ輪郭を取り戻している。

 

「あ」

 

外へ手を伸ばしてみる。

手のひらに当たる雨粒は、さっきよりずっと少ない。

 

「だんだん雨、小降りになってきたね〜」

「ぶい………」

「このくらいなら、もうちょっとしたら出発できそうかな」

 

そう言いながら立ち上がろうとして、岩壁に手をついた。

 

「…………あれ」

 

妙に身体が重い。

ずっと座っていたからだろうか。

肩にも足にも、なんとなく力が入らない。

もう一度立ち上がろうとしたが、結局そのまま座り直した。

 

「それにしても……なんか今日疲れるな……」

「ぶい………」

 

イーブイの声にも、いつもの元気がない。

見ると、地面にぺたんと伏せている。

 

「イーブイも疲れた?」

「ぶいぃ……」

「まあ、山道ずっと歩いてたもんねぇ……」

 

そう言いながら、隣のイーブイの背中を撫でる。

 

「きる……?」

 

キルリアが立ち上がり、こちらへ近づいてきた。

私の前まで来ると、心配そうに顔を覗き込む。

 

「大丈夫だよ〜。ちょっと疲れただけ」

「きる……」

「ほら、雨も止みそうだし。もうちょっと休んだら行けるって」

 

そう言って笑う。

キルリアはまだ少し心配そうだった。

その後ろには、ミミッキュが立っている。

 

「きゅ……」

 

「ミミッキュは元気そうだね」

 

「きゅ」

 

「キルリアも……」

 

二人を見る。

どちらも、さっきと特に変わらない。

 

「…………ん?」

 

もう一度、イーブイを見る。

 

「ぶいぃ…………」

 

ぐったりしている。

自分の身体も、やっぱり重い。

 

そしてその隣では、

 

「もし〜」

 

ヒトモシが、変わらず元気に炎を揺らしている。

 

「…………」

 

ぐったりとしたイーブイと、残りの三匹を交互に見る。

 

「…………あれ?」

 

イーブイは、一番旅慣れていて体力もあるはずだ。

 

「……なんで私とイーブイだけ、こんなに疲れてるの?」

 

「きゅっ!!」

 

突然、ミミッキュが大きな声を上げた。

 

「え?」

 

「きゅ! きゅっ!」

 

「なに?」

 

ミミッキュが身体を向ける。

 

その先にいるのは――

 

「……ヒトモシ?」

 

「もし?」

 

「きゅっ!」

 

ヒトモシが不思議そうに首を傾げる。

 

「…………」

 

ヒトモシ。

 

ミミッキュ。

 

もう一度、ヒトモシ。

 

「……もしかして、この子?」

 

「きゅ!」

 

ミミッキュが勢いよく頷いた。

 

「え、なんで?」

 

スマホロトムを取り出すと、さっき見たヒトモシの情報を、もう一度開いた。

 

「ヒトモシ……ゴースト・ほのおタイプ……」

 

そこまでは読んだ。

画面を指で動かす。

その先に書かれている説明へ目を通す。

 

「…………」

 

もう一度読む。

 

「…………えっ」

 

隣を見る。

 

「もし?」

 

ヒトモシがこちらを見上げている。

先ほどまでと変わらない、かわいい顔だ。

 

画面を見る。

ヒトモシを見る。

イーブイを見る。

 

「ぶいぃ……」

 

もう一度、画面を見る。

 

「…………もしかして」

 

嫌な予感がする。

 

「私たち……ずっと吸われてた……?」

 

「もし?」

 

ヒトモシはやっぱり不思議そうに首を傾げている。

悪いことをしたという顔には、まったく見えない。

 

「…………」

 

岩陰の外を見る。

雨はほとんど止みかけており、進めないこともなさそうだ。

キャップを被り直し、キルリアとミミッキュの方を振り向くと、キルリアがこくりと頷いた。

 

「じゃ、じゃあ私たちはそろそろ出発しよっか!!」

「ぶいっ!」

 

さっきまで地面に伸びていたイーブイが、勢いよく立ち上がった。

 

「よし! 行こ! キルリア、ミミッキュ!」

 

「きる!」

 

「きゅ!」

 

急いでリュックを閉じ、肩にかける。

ミミッキュを抱き上げて、立ち上がった。

 

「あっ、ヒトモシ!」

 

「もし?」

 

「雨宿り一緒にしてくれてありがとね!」

 

「もし!」

 

「またね〜!」

 

「もし〜」

 

手を振って、小走りで小雨の残る山道へ出る。

イーブイも私の隣を早足で歩いている。

その後ろからキルリアがついてきた。

 

さっきまで一緒にいた小さな青紫色の炎は、雨の当たらない岩陰に残ったままだった。

 

*

 

霧雨の中を歩いているうちに、頭上の雲が少しずつ薄くなっていった。

木の葉を叩いていた雨音も、いつしか聞こえなくなる。

最後の一粒が頬に落ちてきたあと、それきり新しい雨粒は落ちてこなかった。

 

「……止んだ?」

 

足を止めて、空を見上げる。

雲の隙間から、淡い光が差し込んでいる。

濡れた葉が光を受けてきらきらと輝き、道のあちこちにできた水たまりにも明るい空が映っていた。

 

「やっと止んだぁ〜」

 

「ぶい〜」

 

さっきの岩陰は、もう木々の向こうに見えなくなっている。

そこまで来て、ようやく大きく息を吐いた。

 

「…………びっくりしたぁ」

「ぶいぃ……」

 

イーブイもまだ少し疲れているらしい。

キルリアがその横に並び、心配そうにイーブイの顔を覗き込んでいる。

 

「……ミミッキュ」

「きゅ?」

 

私は、腕の中にいるミミッキュを見た。

 

「ごめんね」

「きゅ?」

「ずっと教えてくれてたんだよね?」

「きゅっ!」

 

即答だった。

 

「やっぱり……」

 

ヒトモシを見つけたとき、珍しく自分からボールを出てきたこと。

ずっとヒトモシを気にしていたこと。

雨宿りしている間も、何度もこっちに声をかけていたこと。

 

今になってようやく、全部つながった。

 

「私、同じゴーストタイプだから気になるのかと思ってた……」

「きゅ…………」

「ごめんって!」

 

ミミッキュの頭をそっと撫でる。

 

「これからは、知らないポケモンに会ったらちゃんと図鑑の説明まで読む!」

「きゅ!」

「ぶい!」

 

隣から元気な声が聞こえた。

 

「……イーブイもね?」

「ぶい?」

「一緒になって、かわいいかわいい言ってたでしょ!」

「ぶい?」

 

イーブイが得意なとぼけ顔だ。

キルリアの方を見ると目が合って、同時に笑みがこぼれる。

 

雨も止んだ。

空も少し明るくなった。

これなら、もう少し先まで進めそうだ。

 

「よし! じゃあ今度こそ――」

 

ぐぅぅぅぅ。

 

「…………」

 

「…………」

 

全員の動きが止まる。

音のした方を見ると、イーブイがこちらを見上げていた。

 

「…………イーブイ?」

「ぶい」

「さっきおやつ食べたよね?」

「ぶいぃ……」

 

イーブイが少し情けない声を出す。

 

「もう。しょうがないなぁ……」

 

そう言ったところで、なんとなく自分のお腹に手を当てる。

さっきおやつを食べたはずなのに。

 

「……私も、なんかお腹空いたかも」

「ぶい!」

 

急にイーブイの目が輝いた。

 

「いや、毎回はダメだからね!」

「ぶい!」

「今日だけだよ!」

「ぶいっ!」

 

キルリアが不思議そうにこちらを見ている。

腕の中のミミッキュも、首を傾げていた。

 

「二人も食べる?」

 

「きる?」

「きゅ?」

 

「まあまあ。せっかくだから!」

 

リュックからレジャーシートを取り出し、道の脇に広げる。

腕の中にいたミミッキュをそっと下ろすと、イーブイも待ちきれない様子でシートの上に飛び乗った。

 

「はいはい。ちゃんとみんなの分あるからね〜」

「ぶい!」

 

さっきまで降り続いていた雨が嘘のように、辺りは静かだった。

ときおり木の葉から雫が落ち、遠くから鳥ポケモンの鳴き声が聞こえてくる。

湿った土の匂いを含んだ風が、木々の間をゆっくりと通り抜けていった。

 

私もシートに腰を下ろし、リュックからおやつを取り出して、みんなに順番に配っていく。

ミミッキュに手渡すと、いつものようにこちらに背を向けた。

 

結局私たちは、雨上がりの山道で、今日二回目のおやつを食べることになった。

今日も雨に降られて、思っていたほど先へは進めなかった。

 

でも、たまにはこんな日も悪くないかな。

雨上がりの空を見上げて、そう思った。

 

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