かわらずのいしと、まだ知らない世界   作:未森ましお

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それぞれの一歩

 

ラルトスが仲間になってから、何日かが経った。

 

出会ったばかりのころと比べると、ラルトスはよく笑うようになった。

といっても、イーブイみたいに全身で楽しそうにするわけではない。

 

イーブイが何かおかしなことをしたとき。

私が何もないところでつまずいたとき。

三人でごはんを食べているとき。

 

ふと見ると、口元が少しだけ緩んでいる。

それを見つけるたびに、私はちょっと嬉しくなる。

 

今日も、私とイーブイとラルトスは三人で道を歩いていた。

春の名残はまだあったけれど、昼間の日差しはずいぶん強くなってきた。

 

「ふふーん♪」

 

私の頭には、さっきの町で買ったばかりのキャップが乗っている。

シンプルな形だけれど、ワンポイントで小さな花の刺繍が入っているのがかわいくて、一目で気に入った。

つばのおかげで、さっきまで眩しかった日差しも気にならない。

 

「やっぱりこれ買ったの、大正解だったよね!」

「ぶいっ」

「らる」

「ねー!」

 

上機嫌で歩いていると、

 

ひょいっ

 

突然、頭が軽くなった。

 

「…………え?」

 

頭に手をやると、さっきまであったはずのキャップが、ない。

代わりに、少し先の木の枝に一匹のエイパムがいた。

その尻尾の先には、見覚えのあるものがぶら下がっている。

 

「…………」

「ぶい」

「らる」

 

三人でエイパムを見つめる。

 

「それ今買ったばっかりなんだけどーーー!?」

「ぱむっ!」

 

エイパムが楽しそうに鳴いた。

 

「返してー!」

 

駆け寄ると、エイパムはひょいっと隣の枝へ移る。

 

「ぶいぶい!」

 

イーブイも木の下を追いかける。

 

「それ私のー!」

 

もう一度エイパムが跳ぶ。

少し後ろから、ラルトスの小さな笑い声が聞こえた。

 

「ラルトス、笑ってる場合じゃないよー!」

「らるっ」

「ちょっと待ってってばー!」

 

そのとき、後ろから知らない声が聞こえた。

 

「ガーディ!」

 

次の瞬間、私たちの横を何かがものすごい速さで駆け抜けた。

 

「速っ!?」

 

橙色の影が木の下を走り抜ける。

驚いたエイパムが枝の上で大きく跳ねた。

その拍子に、尻尾からキャップが落ちる。

落ちてきたキャップを、ガーディが器用に口で受け止めた。

 

エイパムは少しだけこちらを見てから、そのまま木々の向こうへ姿を消した。

 

ガーディが私のところへ戻ってくる。

 

「わあ……!」

 

しゃがんで、差し出されたキャップを受け取る。

 

「ありがとう!」

「ガウ!」

「すごいね!めちゃくちゃ速かった!」

「ぶいっ!」

 

イーブイも興奮した様子でガーディの周りをうろうろしている。

 

「よかった。取り返せて」

 

声のした方を見る。

そこには、私たちとそう歳の変わらない男の子が立っていた。

私が背負っているのと同じくらいの大きなリュックを、彼もまた背負っている。

 

「ほんとにありがとう!これ、さっき買ったばっかりだったの」

 

もう一度キャップをかぶる。

 

「エイパムって、人の持ち物を持っていっちゃうことあるんだよ」

「そうなんだ……」

 

知らなかった。

旅に出てから、こういうことばかりだ。

 

私はもう一度ガーディを見る。

 

「それにしても、本当に速いねー!」

「ガウ!」

 

褒められたのが分かったのか、ガーディが嬉しそうに尻尾を振った。

 

少し話しているうちに、彼もガーディと旅をしているところだということが分かった。

そして、私の隣にいるイーブイを見て言った。

 

「そのイーブイ、きみのパートナー?」

「うん!ずっと一緒なの」

「ぶいっ!」

「じゃあさ」

 

少しだけ間を置いて、彼は続けた。

 

「よかったら、バトルしない?」

「え、バトル?」

「うん。トレーナー同士で」

 

イーブイの耳がぴくりと動いた。

私はイーブイを見る。

それから、もう一度相手を見る。

 

「わたし、やったことない」

「初めて?」

「うん」

「まぁ俺もそんなに経験ないんだけど……」

 

苦笑しながらも、彼は続ける。

 

「嫌じゃなかったら、やってみない?」

「…………」

 

もう一度イーブイを見る。

 

「イーブイ、やってみる?」

「ぶい?」

 

首を傾げたイーブイが、ガーディを見る。

ガーディもこちらを見ている。

2匹はしばらく見つめ合っていた。

 

「ぶいっ!」

 

そして、イーブイが一歩前へ出た。

 

「やる?」

「ぶいっ!」

「よし!じゃあ、やってみよっか!」

 

少し開けた場所へ移動する。

相手のトレーナーとガーディが、少し離れたところで立ち止まった。

私もイーブイと一緒に、その反対側へ向かう。

何歩か歩いて、振り返った。

 

「……このくらい離れればいいかな?」

「……たぶん?」

「たぶん?」

「俺もこういうところでバトルするの、そんなに慣れてないから」

「そっか」

 

もう二歩くらい下がってみる。

 

「…………このくらい?」

「うん。それくらいでいいんじゃない?」

「よし」

 

イーブイが私の前に立つ。

向こうではガーディもこちらを向いていた。

少し後ろでは、ラルトスが私たちを見守っている。

 

「イーブイ、がんばろうね!」

「ぶいっ!」

 

「ラルトス、応援よろしくね!」

「らる!」

 

「…………」

「…………」

 

イーブイとガーディが向かい合う。

私と相手のトレーナーも向かい合う。

 

「…………」

「…………」

「……あの!」

「うん?」

「これ、どうやって始めるの?」

「あ」

 

相手のトレーナーも、そこで初めて気づいたようだった。

 

「……審判いないもんね」

「いないね」

「…………」

「…………」

 

二人で考える。

すると、相手のトレーナーが私の後ろを見た。

 

「あ。ラルトスって、ねんりき使えるよね?」

「うん!」

 

相手が荷物からきのみをひとつ取り出す。

 

「このきのみをラルトスに浮かせてもらって、地面に落ちた瞬間がスタートっていうのはどう?」

「あ、それいいね!」

 

ラルトスの方を振り返る。

 

「ラルトス、できる?」

「らる!」

 

ラルトスが小さく頷いて、前へ出てきた。

頬が少し赤くなっていた。

いきなり大役を任されて、緊張しているのかもしれない。

 

私は相手から受け取ったきのみを地面に置く。

ラルトスがじっと見つめると、きのみがふわりと宙へ浮かんだ。

 

「おおー!」

 

思わず声が出る。

 

「……あ、見てる場合じゃない」

 

慌ててイーブイの後ろへ戻った。

 

「じゃあ、ラルトス。お願い!」

「らる!」

 

イーブイが姿勢を低くする。

ガーディも地面を踏みしめた。

 

さっきまで何をどうすればいいのか分からなかったのに、こうして向かい合うと、急に胸がどきどきしてくる。

 

初めての、トレーナー同士のバトル。

私はガーディをじっと見る。

 

「本物のガーディ、初めて見たけど……どんなポケモンなんだろ……!」

 

緊張よりも、わくわくする気持ちの方が少しだけ大きかった。

ふわっと宙に浮いていたきのみが、まるで糸が切れたように急に降下を始める。

 

落ちる。

 

ぽとっ。

 

地面に触れた瞬間、ガーディが駆け出した。

 

「来た!!よし、イーブイ、すなかけ!」

 

「ガーディ!ジャンプ!」

 

「えー!?」

 

イーブイが蹴り上げた砂を、ガーディが軽々と飛び越えた。

 

「そのまま、かみつく!」

 

「つぶらなひとみ!」

「ぶい……!」

 

飛び込んできたガーディと、イーブイの目が合う。

 

ガーディの勢いが、一瞬鈍った。

そのまま少し後ろへ下がる。

 

「今!しっぽをふる!」

「ぶいっ!」

 

イーブイがガーディに向かって尻尾を振る。

 

「ガーディ!一旦下がって立て直そう!」

「ガウ!」

 

ガーディが大きく後ろへ跳んだ。

二匹の間に、距離ができる。

イーブイとガーディが、互いをじっと見つめる。

 

「…………」

 

私も相手のトレーナーを見る。

向こうも、次にどうするか考えているみたいだった。

 

なんだろう。

野生のポケモンと戦ったときとは、全然違う。

こっちが何かをすれば、向こうも考える。

向こうが何かをすれば、今度は私が考える。

 

胸の奥が、むずむずする。

楽しい。

 

「よし!イーブイ、たいあたり!」

「ぶいっ!」

 

イーブイが走り出す。

 

「ガーディ、こうそくいどう!」

「ガウ!」

 

次の瞬間、ガーディの姿が一気に遠ざかった。

 

「えっ!?」

 

速い。

さっき、私のキャップを取り返してくれたときの速さだ。

 

「あれ、わざだったの!?」

 

イーブイがガーディを追いかける。

 

「イーブイ、たいあたり!」

「ぶいっ!」

 

近づく。けれど、当たらない。

ガーディはするりと横へ抜ける。

イーブイが方向を変えて、もう一度飛び込む。

また、避けられた。

 

「ぶいっ!?」

 

勢い余って、イーブイの体勢が崩れる。

 

その瞬間。

 

「ガーディ!かえんぐるま!」

「ガウッ!」

 

炎をまとったガーディが、イーブイへ突っ込んだ。

 

「イーブイ!」

 

激しい音とともに、イーブイの身体が吹き飛ばされる。

地面を転がって、止まった。

 

「イーブイ!!」

 

「ぶ……い……」

 

イーブイが立ち上がる。

でも、身体の一部に小さな炎が残っていた。

 

「……やけど?」

 

イーブイが足を踏ん張る。

さっきまでより、明らかに動きが鈍い。

 

「イーブイ、大丈夫!?」

「ぶい……!」

「きつかったら降参しよう!?」

 

ガーディは姿勢を低くし、どこからでもかかってこいとでも言いたげな様子だ。

 

イーブイはガーディを見た。

そして、首を横に振る。

 

「…………」

 

まだ、やる。

そう言っているのは分かった。

 

「……そうだよね」

 

私もガーディを見る。

 

「やられっぱなし、悔しいよね……」

「ぶいっ」

「……よし」

 

ガーディは速い。

イーブイが追いかけても、追いつけない。

 

だったら。

 

さっきみたいに、ガーディがいるところに技を出すんじゃなくて。

 

「イーブイ、ガーディの動きをよく見て!」

「ぶい!」

 

ガーディが走り出す。

 

速い。

 

でも、進む方向は見える。

 

「進む方に、すなかけ!」

 

イーブイが砂を蹴り上げた。

ガーディがいる場所じゃない。

ガーディが、これから走ってくる場所へ。

 

「ガウッ!?」

 

ガーディが砂へ飛び込む。

 

「当たった!」

 

ガーディの動きがわずかに乱れる。

 

「そこ!たいあたり!」

 

「ぶいっ!」

 

イーブイが地面を蹴った。

 

「…………?」

 

速い。

さっきまでとは、違う。

 

地面を蹴ったと思った次の瞬間には、イーブイの身体がガーディのすぐそばにあった。

 

「ガウッ!」

 

ぶつかる。

ガーディの身体がよろめいた。

 

「よし!当たった!」

「ぶいっ!」

 

イーブイが着地する。

そのままガーディから少し距離を取った。

 

「イーブイ、今の――」

 

言いかけた、そのとき。

イーブイの足から、ふっと力が抜けた。

 

へなっ。

 

「…………え?」

「ぶ……い……」

「イーブイ!!」

 

駆け寄る。

身体を抱き起こすと、イーブイは薄く目を開けた。

 

「イーブイ!大丈夫!?」

「ぶい……」

 

まだ意識はある。

でも、さっきのやけどが残っている。

 

「降参!降参します!」

 

顔を上げて叫ぶ。

相手のトレーナーもすぐにガーディを止めて、こちらへ走ってきた。

 

「ごめんね!これ使って!」

「え?」

 

差し出されたものを受け取る。

見たことのない道具だった。

 

「やけどなおし!」

「やけどなおし……?」

「うん。使い方分かる?」

「分かんない!」

「じゃあ――」

 

教えてもらいながら、イーブイのやけどを処置する。

それから、私が持っていたきずぐすりも使った。

 

「イーブイ……どう?」

「…………ぶい」

 

少しして、イーブイが身体を起こした。

 

「ぶいっ!」

「あっ」

 

そして、ぴょこん、といつも通り立ち上がった。

そのまま伸びをして、ぶるぶると毛を震わせる。

 

「よかったぁ〜〜!」

 

思わずぎゅっと抱きしめる。

 

「ぶいぶい」

「ごめんね、イーブイ。わたしの指示、まだまだだ……」

「ぶい」

 

イーブイが私の手に鼻先を押しつける。

 

「…………」

 

ふわふわした頭を撫でる。

 

悔しい。

 

でも。

 

最後に一回だけ、ちゃんとガーディに攻撃が届いた。

 

それに。

 

「……バトル、楽しかったね」

「ぶいっ!」

 

負けたのに、イーブイも少し嬉しそうだった。

 

「あの」

 

顔を上げる。

 

「ほんとにありがとう。やけどなおしまで……」

「旅をするなら持っておくと便利だよ。まひなおしとかどくけしとかも」

「そうなんだ……わたし、きずぐすりしか持ってなくて……」

「いいよ。気にしないで」

「でも……何かお礼できるものは……!」

 

リュックを開ける。

 

ごそごそ。

 

「何か……」

 

こんなことになるなら、もっと整理しておけばよかった。

 

「あ」

 

手に触れたものを取り出す。

ちょうど、そろそろお腹が空いてきたところだった。

 

「よかったら、おやつ一緒に食べませんか?」

「おやつ?」

「うん!ちょうどおやつの時間だから!」

「…………」

 

相手のトレーナーの表情が緩んで、少し笑った。

 

「じゃあ、もらおうかな」

「やった!」

 

近くの木陰に移動して、みんなで座る。

さっきまで向かい合って戦っていたイーブイとガーディも、今はすぐ近くでそれぞれおやつを食べている。

ラルトスも私の隣に座っていた。

 

「……なんか変な感じ」

「何が?」

「さっきまで戦ってたのに、今一緒におやつ食べてる」

「ああ」

 

相手のトレーナーが笑う。

 

「バトル終わったからね」

「そっか」

 

イーブイを見る。

 

「ぶい」

 

ガーディを見る。

 

「ガウ」

 

二匹とも、特に気にしていないらしい。

ラルトスも、その様子を静かに眺めていた。

私はおやつを一口食べてから、ふと思い出す。

 

「そういえば!」

「ん?」

「最後のたいあたり、なんかすっごく速かったんだよね」

 

おやつに夢中になっていたイーブイが、頭だけこちらに向ける。

 

「イーブイも分かんない?」

「ぶい?」

 

イーブイは首を傾げて、またおやつに視線を戻す。

私はスマホロトムを取り出した。

 

「ちょっと見てみよ」

 

イーブイに向けて確認する。

表示された技を、一つずつ読む。

 

「えーっと……」

 

でんこうせっか。

しっぽをふる。

つぶらなひとみ。

すなかけ。

 

「…………」

 

もう一度見る。

 

「たいあたり、なくなってる」

「ぶい?」

「代わりに……でんこうせっか?」

 

相手のトレーナーが画面を覗き込む。

 

「さっき覚えたんじゃない?」

「えっ」

 

イーブイを見る。

 

「イーブイ、技覚えたの!?」

「ぶい!?」

「イーブイも知らないの!?」

「ぶい!?」

 

二人で顔を見合わせる。

 

「らるっ」

 

隣でラルトスが笑った。

 

「でも、すごいじゃん!」

 

イーブイの頭を撫でる。

 

「ちゃんとガーディに当たったもんね!」

「ぶいっ!」

「それにしても」

 

今度はガーディを見る。

 

「ガーディ、本当にすっごく速かったね!」

「ガウ!」

「こうそくいどう?」

「うん!あれ、全然追いつけなかった!」

「実はあれ、わざマシンを使ってみたんだ」

「わざマシン?」

 

今度は私が首を傾げる。

 

「知らない?」

「知らない」

「ポケモンに技を覚えさせられる道具だよ」

「へえー!」

 

そういえばそんな便利な道具があると、ちらっと聞いたことがあるような気がする。

 

「俺もたまたま拾ってさ。ガーディも使えるみたいだったから、試しに使ってみたんだ」

「拾ったの?」

「うん」

 

相手のトレーナーが少し苦笑する。

 

「後から調べたら、こうそくいどうはもっとレベルが上がれば自然に覚えられる技らしいんだけどね」

「じゃあ、ガーディはちょっと早く覚えたんだ!」

「そういうことかな」

「すごいねー!」

「ガウ!」

 

ガーディがまた嬉しそうに尻尾を振る。

 

「わざマシン、たまに落ちてるよ」

「…………落ちてるの?」

「うん」

「へぇーー!」

 

そんなものまで、道に落ちているらしい。

旅に出てから、知らないものが次々に増えていく。

 

ガーディのこと。

トレーナー同士のバトルのこと。

やけどのこと。

でんこうせっかのこと。

わざマシンのこと。

 

今日もまた、知らなかったことが増えた。

そして、知っていることも少しだけ増えた。

 

おやつを食べ終えると、荷物をまとめる。

 

「じゃあ、俺たちはこっちだから」

「うん!今日はありがとう!」

「こっちこそ。バトル楽しかったよ」

「私も!」

 

イーブイとガーディも向かい合う。

 

「ぶいっ!」

「ガウ!」

「またねー!」

 

手を振って、別々の道へ歩き出した。

 

*

 

しばらく歩いたところで、イーブイが立ち止まった。

 

「ぶい……」

「ん?」

 

少しするとまた歩き始めたが、イーブイの足取りはいつもよりも明らかに重い。

 

「…………疲れた?」

「ぶい」

「そりゃそうだよねぇ」

 

初めてのトレーナーバトルで、やけどまでしたのだ。

しゃがんでリュックを少し低くする。

 

「乗る?」

「ぶいっ」

 

さっきまでの疲れた声はどこへ行ったのか。

イーブイが嬉しそうにリュックの上へ乗った。

 

「もー、今日は特別だからね」

「ぶい!」

 

立ち上がると、イーブイの重みが、肩にずしりと乗った。

なんだか変な感じだ。

いつもなら私の左側を歩いているイーブイが、今日は背中の上にいる。

 

その代わり。

 

「ラルトス、行こっか」

「らる」

 

ラルトスが、私の隣に並んだ。

少しだけ珍しい並び方で、私たちはまた道を歩き始めた。

 

「…………」

「…………」

「……こうやって二人で歩くの、なんか珍しいね」

「らる?」

「いつもイーブイがそのへんにいるから」

「ぶい」

 

背中から声がする。

 

「いるけど。今日はそこじゃん」

「ぶい」

「楽?」

「ぶいっ」

「でしょうね」

 

背負ってるの私だもん。

 

くすっと、小さな声がした。

横を見ると、ラルトスが笑っている。

 

「ラルトスも笑った!」

「らるっ」

「最近、よく笑ってくれるようになったよね」

 

そう言うと、ラルトスは少しだけ照れたように俯いた。

 

「ふふ」

 

なんとなく嬉しくなって、私も笑う。

そのまま三人で歩いていたときだった。

 

がさっ。

 

「ん?」

 

道の脇の茂みが、大きく揺れた。

 

次の瞬間。

 

黒い影が、ラルトスへ向かって飛び出してきた。

 

「シャー!」

 

「!!ラルトス!テレポート!」

 

ぱっと、ラルトスの姿が消える。

すぐに私の足元に、ラルトスが現れた。

 

さっきまでラルトスがいた場所を、紫色の長い身体が横切る。

 

「アーボ……!」

 

「シャーッ!」

 

「ぶいっ!」

 

背中にいたイーブイが飛び降りた。

疲れていたはずなのに、すぐに私たちの前へ出る。

アーボがこちらを向く。

 

「イーブイ!すなかけ!」

「ぶいっ!」

 

砂が舞う。

 

「シャッ!」

 

アーボが顔を背けた。

 

「今のうちに行こう!」

 

ラルトスを抱き上げる。

 

「大丈夫?」

「…………らる」

 

小さな身体が、少し震えていた。

 

「怖かったよね。もう大丈夫だから」

 

そのまま離れようとした、そのとき。

 

「……らる」

 

腕の中で、ラルトスが首を横に振った。

 

「ん?」

「らる」

 

ラルトスがアーボを見る。

 

「…………」

 

もう一度、首を横に振る。

 

「ラルトス?」

 

地面へ降ろすと、ラルトスは私の前へ出た。

まだ、少し震えている。

それでも、アーボから目を逸らさなかった。

イーブイがラルトスを見る。

 

「ぶい……?」

 

ラルトスは一度イーブイを見た。

それから、私を見る。

 

「…………」

 

少し前に教えたことを思い出す。

 

もし危なくなったら、私が何か言うのを待たなくても、テレポートで逃げていい。

 

今だって、逃げていい。

 

「……やってみたいの?」

「…………らる」

 

小さく、でも、はっきりと頷いた。

 

「…………」

 

怖がっている。

それは分かる。

だったら、やめた方がいいんじゃないかとも思う。

 

それでも。

 

ラルトス自身が、やってみたいと言っている。

 

「……わかった」

 

私はラルトスの後ろに立った。

 

「やってみよう」

「らる!」

 

「イーブイ」

「ぶい」

「危なくなったら、お願いね」

「ぶいっ!」

 

イーブイがすぐ横で構える。

一人じゃない。

私もいる。

イーブイもいる。

 

「ラルトス、かげぶんしん!」

「らる!」

 

ラルトスの姿が揺れる。

 

一匹。

 

二匹。

 

三匹。

 

いくつものラルトスが、道の上に並んだ。

 

「シャー!」

 

アーボがそのうちの一匹へ飛びかかる。

その身体は、ラルトスの姿をすり抜けた。

 

「よし!外れた!」

 

思わず小さくガッツポーズをする。

 

「いい感じ!ねんりき!」

「らる!」

 

ラルトスの目が光る。

アーボの身体が、ふわりと浮いた。

 

「よし!」

 

けれど。

 

「……あれ?」

 

高くは上がらない。

 

「シャーッ!」

 

アーボは身体をくねらせながら、ねんりきの力に抵抗している。

ラルトスも必死に力を込める。

 

「らる……っ」

 

やがて。

 

どさっ。

 

アーボの身体が地面へ落ちた。

倒せてはいない。

 

「シャー!」

「まだ来る!」

 

アーボが再びラルトスへ向かう。

 

「ラルトス、あぶない!テレポート!」

 

ぱっ。

 

アーボの牙が閉じる直前、ラルトスの姿が消えた。

少し離れた場所に現れる。

 

「よし!もう一回、かげぶんしん!」

「らる!」

 

再び、いくつものラルトスが現れた。

アーボが止まる。

どれが本物なのか分からないらしい。

 

「そのまま――」

 

そう言いかけたとき、

 

「シャーッ!!」

 

アーボが勢いよく身体を振り回した。

 

「えっ」

 

一匹。

 

消える。

 

もう一匹。

 

消える。

 

手当たり次第に、ラルトスの姿へ身体をぶつけていく。

 

「らるっ!」

「ラルトス!」

 

大きく振られた尻尾が、本物のラルトスを捉えた。

小さな身体が地面を転がる。

 

「ラルトス!」

「ぶいっ!」

 

イーブイが飛び出しかける。

 

「…………らる」

 

ラルトスが起き上がった。

 

「大丈夫!?」

 

「シャー……!」

 

アーボが、ラルトスを見る。

今度はもう迷わない。

本物がどれか、分かった。

身体を低くする。

 

「…………!」

 

また来る。

 

「シャーッ!」

 

アーボが地面を蹴った。

 

「ラルトス――!」

 

私が指示を出そうとした、そのときだった。

 

「…………らる」

 

ラルトスが、じっとアーボを見た。

 

「…………?」

 

アーボの動きが、ふっと鈍る。

さっきまでこちらを睨んでいた目から、力が抜けていく。

 

「シャ……」

 

一歩。

 

もう一歩。

 

身体がゆらりと揺れる。

そして、そのまま地面に頭をつけた。

 

「…………」

「…………」

「……寝た?」

「ぶい?」

 

ラルトス自身も、少し驚いたようにアーボを見ている。

何が起きたのか分からない。

 

でも。

 

「……よくわかんないけどチャンス!

ラルトス、ねんりき!」

「らる!」

 

もう一度、ラルトスの目が光る。

今度は抵抗がない。

アーボの身体が、ゆっくりと宙へ浮いていく。

 

「そのまま……!」

 

ラルトスが力を込める。

アーボの身体が横へ動く。

 

どんっ。

 

近くの木にぶつかった。

そして、ドサッ、と地面に落ちる。

 

「シャ……」

 

その衝撃でアーボが目を開けた。

何が起こったのかわからないようで、きょろきょろと辺りを見回し、そしてこちらを見る。

 

「…………」

 

ラルトスが身構える。

イーブイもすぐに前へ出られるように身体を低くする。

 

しかし、アーボは不思議そうな表情でしばらくこちらを見たあと、身体の向きを変えた。

そのまま茂みの中へ入っていく。

がさがさと音がして、やがて聞こえなくなった。

 

「…………」

「…………」

「…………勝った?」

「らる……?」

「ぶい?」

 

三人で注意深く茂みを見る。

戻ってこない。

 

「…………」

 

ラルトスを見る。

ラルトスも私を見る。

 

「…………勝ったんじゃない!?」

「らるっ!」

「やったーーー!」

 

しゃがんで両手を広げる。

ラルトスがこちらへ駆けてくる。

 

「すごいすごい!ラルトス、できたじゃん!」

「らるっ!」

「イーブイもありがとー!」

「ぶいっ!」

 

イーブイも飛び込んでくる。

二匹まとめて抱きしめる。

 

「初めてのバトルで勝ったよー!」

「らる!」

「ぶいぶい!」

「しかも最後のあれ何!?」

「らる?」

「ラルトスも分かんない?」

「らる……?」

 

ラルトスが首を傾げる。

 

「今日それ二回目なんだけど」

 

私はぷっと吹き出す。

 

「ぶい?」

「イーブイもだからね?」

 

スマホロトムを取り出すと、ラルトスをスキャンする。

 

「えーっと……ラルトスの技……」

 

画面を見る。

 

ねんりき。

さいみんじゅつ。

テレポート。

かげぶんしん。

 

「…………」

 

見覚えのない技がある。

 

「さいみんじゅつ?」

 

説明を読む。

 

「相手を……眠らせる」

 

さっきアーボが消えていった茂みに目をやる。

 

「それだ!」

「らる!」

「ラルトス、さいみんじゅつ覚えたんだ!」

「らる……?」

「やっぱり知らないんだ!?」

「ぶいっ」

「イーブイは笑えないからね?」

「ぶい?」

 

とぼけた顔をしたイーブイを見て、ラルトスが、また笑った。

 

その顔を見て、私も笑った。

 

「今日は二人とも新しい技覚えたね!」

「ぶいっ!」

「らる!」

「すごいじゃん、私たち!」

 

さっきまで少し震えていたラルトスは、もう笑っていた。

 

でも、怖くなかったわけではない。

最初にアーボが飛び出してきたとき、確かに震えていた。

それでも、自分でやってみると決めた。

 

私はラルトスの頭をそっと撫でた。

 

「がんばったね」

「らる」

 

その日は、それ以上遠くまで進むのをやめた。

地図を取り出すと、現在地を探す。

そう遠くない場所に、小さな町があった。

今日はここで休むことにしよう。

 

イーブイは初めてのトレーナーバトルをして。

ラルトスも初めて自分で戦って。

二匹とも、新しい技を覚えた。

十分すぎるくらい、いろいろあった一日だった。

 

*

 

町に着くと簡単に夕食を済ませて、宿に着く頃には外はすっかり暗くなっていた。

部屋に入って荷物を置く。

 

「つかれたー!」

 

ベッドに座る。

 

「ぶいっ!」

「らる」

「二人もおつかれさま」

 

今日のことを思い返す。

 

エイパムにキャップを取られて。

ガーディに取り返してもらって。

初めてトレーナー同士でバトルをして。

イーブイがでんこうせっかを覚えて。

初めて負けた。

 

ラルトスもアーボと戦って。

さいみんじゅつを覚えて。

ラルトスは初めてのバトルで。

初めて勝った。

 

「…………」

 

そして、ふと思い出す。

 

「私、トレーナーバトルのやり方、何にも知らないままやっちゃったね」

「ぶい?」

「だって、始め方すら分かんなかったじゃん」

「らる」

「次やることあったら困るし、ちゃんと調べとこ」

 

スマホロトムを手に取ると、トレーナー同士でバトルをするときの、一般的な作法について調べてみる。

 

始め方。

終わり方。

いくつか画面を読み進める。

 

「へぇー……」

 

後ろでイーブイがベッドから飛び降りる。

 

「ぶいっ!」

「…………」

 

さらに読む。

そして、指が止まった。

 

「…………」

 

画面を見る。もう一度読む。

 

「……負けた方が、賞金を払うのが一般的……?」

「らる?」

「…………」

 

ゆっくりとラルトスを見る。

ラルトスも私を見る。

 

「…………私」

 

今日のバトルを思い出す。

負けた。

やけどなおしをもらった。

 

そのあと。

 

「…………おやつしか渡してない」

「らる……」

「…………」

「…………」

 

二人で顔を見合わせる。

 

「しかも、やけどなおしまでもらったのに」

「らる……」

「…………どうしよう」

 

今から追いかけるわけにもいかない。

そもそも、どこにいるのかも分からない。

 

「でも、あの子も何にも言わなかったよね?」

「らる」

「……知らなかったのかな」

「らる……?」

「…………」

 

どたどたどたっ!

 

「…………」

 

「ぶいっ!」

 

後ろを振り返る。

イーブイが部屋の中を走っていた。

 

「…………」

 

だだだだっ!

 

「イーブイ」

「ぶい!」

「何してるの?」

「ぶいっ!」

 

イーブイが一度止まり、身体を低くする。

嫌な予感がする。

 

「…………イーブイ?」

 

次の瞬間。

 

ものすごい勢いで、部屋の端まで走り抜けた。

 

「ちょっと!」

 

くるりと向きを変える。

また走る。

 

「イーブイ!部屋ででんこうせっかしない!!」

「ぶいっ」

「覚えたからって使わなくていいの!」

「ぶい!」

「イーブイうるさいよ!」

 

捕まえようと立ち上がる。

 

「待ちなさーい!」

「ぶいっ!」

 

速い。

そして、完全に調子に乗っている。

 

「ちょっと待って!」

「ぶいっ」

「待ってってばー!」

 

捕まらない。

当たり前だ。

今日覚えたばかりのでんこうせっかで逃げているのだから。

 

「もー!」

 

その様子を、ラルトスがベッドの上から見ていた。

 

「ラルトスも笑ってないでー!」

「らるっ」

 

イーブイがまた部屋の端まで走る。

 

「ぶいっ!」

 

戻ってくる。

 

「イーブイ!」

「ぶ――」

 

ふいに、イーブイの足が止まった。

 

「……い?」

 

「え?」

 

目が、とろんとする。

身体がふらふら揺れる。

 

「イーブイ?」

「ぶ…………い…………」

 

ぱたっ。

 

「…………」

「…………」

 

静かになった。

 

「…………イーブイ?」

 

近づいて、抱き上げる。

小さな寝息が聞こえる。

 

「…………」

 

ベッドを見る。

ラルトスがいた。

 

「…………ラルトス」

「らる」

「今の……」

 

イーブイを抱いたまま、ラルトスに向き合う。

 

「…………さいみんじゅつ?」

「らるっ」

「…………」

 

眠っているイーブイを見る。

ラルトスを見る。

もう一度、イーブイを見る。

 

「…………寝ちゃった」

「らる」

「…………ふふっ」

「らるっ」

 

二人で笑った。

 

朝よりも、昨日よりも。

 

ラルトスの笑う声を、少しだけたくさん聞いた気がした。

 

「……私たちも寝よっか」

「らる」

 

眠ってしまったイーブイをベッドまで運ぶ。

 

「まったくもう」

 

呆れたように笑いながら、ベッドの真ん中に寝かせる。

 

「今日は疲れてたはずなのに、なんであんなに元気だったの」

「ぶい……」

 

寝言みたいな小さな声が返ってきた。

その隣に私が入り、反対側にはラルトスが入る。

 

「おやすみ、イーブイ」

「ぶい……」

 

「おやすみ、ラルトス」

「らる」

 

部屋の明かりを消す。

少しすると、小さな寝息がふたつ聞こえてきた。

 

隣では、いつものようにイーブイが丸くなっている。

その向こうには、ラルトスがいる。

 

旅に出たときは、二人だった。

少し前まで、宿のベッドで聞こえる寝息はひとつだけだった。

今は、三人で同じベッドにいる。

 

「…………」

 

なんだか、少しだけ笑いたくなった。

目を閉じる。

 

今日も、知らないことがたくさんあった。

 

バトルのことも。

技のことも。

ラルトスのことも。

 

まだまだ知らないことばかりだ。

 

それでも。

 

少しずつ知っていけばいい。

 

そんなことを考えているうちに、私もいつの間にか眠っていた。

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