かわらずのいしと、まだ知らない世界   作:未森ましお

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路地裏から続く道(後編)

 

中央広場は、昨日までとはまるで違う場所になっていた。

 

広場の周りには色とりどりのテントが並び、食べ物のいい匂いが漂っている。

中心にはバトル用の区画が作られていた。

いくつかのバトルコートが整えられ、岩や木などの障害物も設置されている。

その周りをたくさんの人とポケモンが囲んでいた。

想像していたよりもずっと本格的だ。

 

「わあー! すごいね!」

「ぶいっ!」

 

イーブイは目をキラキラさせながら私の隣でぴょんぴょん跳ねている。

ラルトスも、あちこちに目を向けながら歩いていた。

 

広場には、私たちとそう変わらない年頃のトレーナーがたくさんいた。

ヒトカゲを連れた子がナンバーの入ったゼッケンを眺めていたり、ナゾノクサを抱き上げて人混みを抜けようとしている子がいたり。

少し離れたところでは、コリンクが隣のトレーナーの靴ひもにじゃれついていた。

チコリータと一緒に出店を覗き込んでいる子もいる。

 

「みんな、大会に出るのかな?」

「ぶい!」

「ね! どんな子と戦うんだろう!」

 

トレーナーらしい子たちだけでなく、買い物袋を提げた街の人や、旅行中らしい家族連れもいた。

バトルの区画を覗き込んでいる人もいれば、出店を目当てに来たらしいカップルもいる。

 

「今日は大会の日だからねえ」

 

すれ違ったお店の人が、隣の人にそんな話をしていた。

街のみんなが、この日を楽しみにしているようだった。

周りを眺めながら歩いていると、今度は出店の方が気になってきた。

 

「あっ、あれ見て! ポケモンの形のお菓子だって!」

 

イーブイと一緒に駆け寄る。

その隣には、きのみを使ったジュースのお店。

さらに向こうでは、手作りの小物が並べられていた。

 

「わー、あっちも見たい!」

「ぶい!」

 

ラルトスは私たちの少し後ろをついてきながら、時々立ち止まっては、初めて見るものを物珍しそうにじっと眺めていた。

 

ふと、昨日まで練習していた場所のことを思い出す。

 

「そういえば、あの子も来てくれるかな?」

 

イーブイがこちらを見上げる。

 

「……さすがにいないかー!」

 

応援に来てね、とは言ったけれど、あの子がこんなに人の多い場所へ来るところは、あまり想像できなかった。

 

「まあ、来てくれてたら嬉しいね!」

「ぶい!」

 

そうしてまた出店を眺めていると、聞き覚えのある声がした。

 

「おっ! この前の嬢ちゃんじゃないか!」

 

振り向くと、手作りポケモンフードのお店のおじさんがいた。

今日も髭がふわふわしている。

 

「おじさん!」

「大会、出ることにしたのか?」

「はい! イーブイと出ます!」

「そうかそうか! がんばれよ!」

「ありがとうございます! ……あ、そうだ!」

 

私は辺りを見回した。

 

「受付って、どこですか?」

「……まだ受付してないのか?」

「はい!」

 

おじさんが目を丸くした。

 

「もうすぐ締め切りだぞ!?」

「えっ!?」

「ぶい!?」

「向こうのテントだ! 急げ急げ!」

「わー! ありがとうございます!!」

 

私はイーブイとラルトスを連れて、教えてもらった方へ走った。

受付のテントに駆け込むと、係の人がちょうど時計を見ているところだった。

 

「すみません! 大会に出たいです! 間に合いますか?」

「はい、まだ大丈夫ですよ。お名前をお願いします」

「よかったあ……!」

 

必要なことを伝えると、番号の書かれたゼッケンを渡された。

 

28番。

 

「28番……!」

 

思わず声が出る。

 

「そんなに出るんだ!?」

「ぶい!?」

 

私がゼッケンを眺めている間にも、後ろから誰かが駆け込んできた。

 

「すみませーん! まだ間に合いますか!?」

「あ、こちらへどうぞ!」

 

さらに、その後ろからも別のトレーナーが走ってくる。

 

「……私たちだけじゃなかったね!」

「ぶい!」

 

イーブイと顔を見合わせて笑っていると、係の人に、対戦表が発表されるまで近くで待つように案内された。

 

「がんばろうね!」

「ブイッ!」

 

ラルトスも隣で、小さく頷いた。

 

*

 

初めての大会は、思っていたよりもずっと緊張した。

 

最初の試合が始まる前なんて、気合い十分のイーブイを横目に、私の方が何度も深呼吸していたくらいだ。

 

それに、観客がこんなにいるなんて思わなかった。

 

試合の区画の周りには、出番を待つトレーナーだけでなく、街の人や観光客も集まっていた。

小さな子がポケモンの名前を呼んでいたり、買い物の途中らしい人が足を止めて声援を送っていたりする。

 

私が少しでも動くと、知らない人の視線がこちらへ向く。

 

「……わあ、ほんとに大会だ」

 

思わず呟いてしまった。

 

それでも、いざバトルが始まれば、いつものようにイーブイと一緒に考えて、動いて、戦うことができた。

 

一回戦、二回戦、そして三回戦。

私たちは、順調に勝ち進んだ。

 

試合の合間には、ほかのトレーナーたちのバトルも少しだけ見ることができた。

ミズゴロウが勢いよく水を飛ばして、相手だけでなく自分のトレーナーまで濡らしてしまったり、キャタピーのいとをはくが思わぬところに飛んで、トレーナーまで慌てていたり。

 

勝って飛び跳ねる子も、負けて悔しそうに唇を結ぶ子もいた。

そのたびに、観客から拍手が起こる。

私もイーブイも、つい夢中になって応援してしまった。

 

「……次、準決勝だって!」

「ぶい!」

 

対戦表には、たくさんあった名前のうち、勝ち残った四人が示されていた。

あと二回勝てば、優勝。

そう考えると、また少し緊張してきた。

 

「次の相手、誰だろうね?」

 

私はイーブイと一緒に、対戦表のところへ向かった。

すると、表の前に見覚えのある後ろ姿があった。

その足元には、これまた見覚えのある、オレンジ色のポケモン。

 

「……あれ?」

 

男の子が振り向いた。

 

「……あ!」

「この前の!」

 

「ぶいっ!」

「ガウ!」

 

イーブイとガーディも、互いを見つけて声を上げる。

 

「久しぶり!」

「うん! ふたりも大会、出てたんだ!」

「そうなの! そっちも?」

「もちろん!」

 

二人で顔を見合わせ、それから同時に対戦表へ目を向けた。

 

「……えっ!?」

「……あれ!?」

 

私は表に書かれた名前を、もう一度確かめる。

 

「もしかして次当たるのって……!?」

「俺たち!?」

「わー! ほんとだ!」

 

あのときは、初めてのトレーナーバトルだった。

負けてしまったけど、すごく楽しかった。

いつかまた戦えたらいいなとは思っていたものの、まさかこんなに早くまた戦えるなんて思っていなかった。

イーブイと顔を見合わせると、思わず笑みがこぼれる。

 

「あっ!」

 

そこで私は、もっと大事なことを思い出した。

 

「そういえば、最初に戦ったとき、賞金払ってなかった!」

「あ」

「ごめん! 宿で調べて知ったの!」

「いや、俺もあとで知ったから!」

「やっぱり知らなかったんだ!?」

「うん」

 

相手も知らなかったと聞いて、少しだけ安心した。

 

「今払う!?」

「今!?」

 

相手のトレーナーの声が裏返った。

 

「いやいや、今はいいよ!」

「でも負けたの私だし!」

「だって、おやつもらったし」

「…………」

「…………」

「……じゃあ、いい?」

「いいんじゃない?」

「そっか!」

 

イーブイとガーディが並んでおやつを食べている光景を思い出した。

一般的にどうなのかは分からないが、相手がいいというのならいいのだろう。

 

「……って、今日また戦うんだよね」

「そうだった」

 

思わず二人で笑ってしまった。

 

「今度は負けないよ!」

「こっちも!」

 

「ブイッ!」

「ガウ!」

 

試合の時間が近づいて、私たちはそれぞれの場所へ向かった。

 

*

 

審判に案内されて、私たちは向かい合う位置についた。

 

以前この子と戦ったときは、審判なんていなかった。

「このくらい離れたらいい?」なんて聞きながら、二人で何となく立つ場所を決めたんだっけ。

 

今回は試合の区画も、開始の合図も、ちゃんと決まっている。

 

でも、向かい合ったガーディを見たら、あのときと同じくらいわくわくしてきた。

イーブイも同じなのか、さっきまでよりも少し前のめりになっているように見える。

 

「イーブイ、楽しみだね!」

「ブイッ!」

 

私たちが試合の位置につくと、ラルトスはいつものように少し後ろへ下がった。

 

「ラルトス、応援よろしくね!」

 

ラルトスは頷いて、それからふと、観客のいる方へ顔を向けた。

 

「……ん? どうしたの?」

 

もう一度こちらを向いたラルトスは、小さく首を振る。

 

「そっか! じゃあ、行ってくるね!」

 

私がイーブイの方へ向き直ると、審判がちらりとこちらを見た。目を合わせて頷く。

 

「はじめ!」

 

試合開始の声が響いた。

 

「イーブイ! すなかけ!」

 

イーブイが地面を蹴り、砂を巻き上げる。

 

「ガーディ、ジャンプ!」

 

ガーディが跳び上がった。

 

「そのまま、かみつく!」

 

「イーブイ、つぶらなひとみ!」

 

イーブイがガーディを見上げる。

ガーディの動きが、一瞬止まった。

 

着地したガーディが、少しだけ後ろへ下がる。

 

「……あ!」

 

向こうの男の子と目が合った。

二人とも、にやっと笑う。

 

前と同じだ。

 

でも、ここからは――。

 

「ガーディ! こうそくいどう!」

「やっぱりきた! イーブイ、落ち着いていこう!」

 

ガーディの動きが速くなる。

前に戦ったとき、私たちはこの速さに追いつけなかった。

 

「かえんぐるま!」

 

炎をまとったガーディが、一気に迫ってくる。

 

「イーブイ、避けて!」

 

イーブイが横へ跳ぶ。

炎がすぐそばを通り抜けた。

 

「いい感じ!」

 

「ガーディ、流れを変えよう! にらみつける!」

 

振り向いたガーディと、イーブイの目が合う。

 

「ブイッ!?」

 

イーブイが一瞬、びくっとした。

でも、まだ距離はある。

 

「イーブイ! しっぽをふる!」

 

イーブイが尻尾を振る。

ガーディが一瞬そちらへ目を向けた、その瞬間。

 

「でんこうせっか!」

「ブイッ!」

 

イーブイが地面を蹴った。

勢いよくガーディにぶつかり、そのまま素早く離れる。

 

「よし!」

 

「ガーディ、もう一回! こうそくいどう!」

 

ガーディが走り出す。

 

「またかえんぐるまが来るよ! 気をつけて!」

 

そう声をかけながら、私はイーブイとガーディの動きを見ていた。

それから、試合の区画の中を見回す。

 

探しているものが、あった。

 

*

 

――昨日。

 

「もしまたあのガーディみたいな子がきたら、どうしたら勝てるんだろうね?」

 

練習場所で、私はイーブイと向かい合っていた。

 

ガーディは速かった。

それを見て、イーブイもでんこうせっかを覚えた。

 

でも、少し速く走れるようになったからといって、あのガーディを追いかけ続ければ勝てるとは思えない。

 

「……とりあえず、もう一回やってみようか!」

 

「ブイッ!」

 

イーブイが走り出す。

 

「でんこうせっか!」

 

勢いよく駆け抜けて――。

 

ごんっ!

 

「わー! 大丈夫!?」

 

イーブイが岩にぶつかって、ぺたんと座り込んでいた。

私は慌てて駆け寄る。

 

「ごめん! そっちに岩あったね!」

「……ぶい」

 

イーブイは立ち上がり、ぶるぶるっと体を振った。

けがはなさそうだ。

 

「よかったあ……。ちゃんと周りも見なきゃだめだね」

 

そう言って、私は岩を見た。

 

「…………」

 

イーブイも岩を見る。

 

「……えっ、これじゃない?」

「ぶい?」

「速く走ってるときって、急には止まれないよね?」

 

イーブイが首を傾げる。

 

「だから、追いかけるんじゃなくて……」

 

私は岩の前に立ち、そこへ向かって走ってくるガーディを想像した。

 

「……うん。もう一回、やってみよう!」

 

*

 

――そして、今。

 

「……あった!」

 

試合の区画の端に、岩がある。

 

「イーブイ! そこ!」

 

イーブイが私の指した方へ走る。

 

「ガーディ! かえんぐるま!」

 

炎をまとったガーディが、ぐんぐん距離を詰めてくる。

イーブイは岩の前で、ガーディを待った。

 

まだ。

 

もう少し。

 

「イーブイ、今! でんこうせっか!」

 

イーブイが横へ駆け抜けた。

ガーディの目の前に、突然岩が現れる。

 

「ガウッ!?」

 

ガーディはぶつかる寸前で進路を変えた。

けれど、勢いを殺しきれず、足元が大きく乱れる。

 

「今だ! もう一回、でんこうせっか!」

 

「ブイッ!」

 

イーブイが駆け戻る。

体勢を立て直す前のガーディに、まっすぐ飛び込んだ。

 

「ガウッ!」

 

ガーディが倒れる。

一瞬、広場が静かになった。

 

審判がガーディの様子を確かめ、片手を上げる。

 

「ガーディ、戦闘不能! 勝者、イーブイ!」

 

「…………」

 

私はイーブイを見た。

イーブイも、私を見た。

 

「……やったー!!」

 

「ブイーーッ!!」

 

思わず駆け寄って、イーブイを抱き上げる。

 

「勝った! 勝ったね!」

「ぶいっ! ぶいっ!」

 

少し後ろでは、ラルトスも嬉しそうに手を合わせていた。

 

*

 

試合が終わると、ガーディのトレーナーがこちらへ歩いてきた。

ガーディも、もう自分の足で歩いている。

 

「いい試合だった! ありがとう!」

 

男の子が手を差し出す。

私は、その手を握った。

 

「こちらこそ! ガーディ、やっぱり速かった!」

「イーブイも! 前よりずっと速くなってて驚いた!」

「えへへ。いっぱい練習したんだ!」

「そっかあ。俺たちも、もっと練習しないとな!」

 

ガーディが「ガウ!」と鳴く。

イーブイも胸を張った。

 

「また戦おうね!」

「うん! 次は負けない!」

「こっちも負けないよ!」

 

二人で笑って、手を離した。

 

男の子とガーディが去っていくのを見送ってから、私はイーブイに向き直る。

 

「よーし! 次は決勝だ! がんばるぞー!」

「ブイッ!」

 

*

 

「…………負けちゃったねえ」

「……ぶい」

 

夕方。

 

宿へ戻る道を、私たちは歩いていた。

 

中央広場の賑わいはまだ続いている。

出店の前には人が並び、どこかから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 

私の手には、準優勝の賞品が入った袋。

イーブイはその隣を、とぼとぼ歩いている。

少し後ろを歩くラルトスの手には、出店で買った花の形をした飴が握られていた。

 

「いやあ……まさか、あんなに届かないとはねえ」

「ぶい……」

 

決勝の相手は、ピジョンだった。

 

でんこうせっかで近づこうとしても、ひょいっと上へ逃げられてしまう。

ピジョンのかぜおこしは、地上にいるイーブイにも届く。

 

何度も考えて、何度も挑んだけれど、最後までうまく攻撃を当てられなかった。

 

「……そういえば私たち、飛んでるポケモンと戦ったことなかったね」

「ぶい……」

 

イーブイの耳が下がる。

 

「空にいると、でんこうせっかが届かないんだねえ……」

「ぶい……」

「うーん。空にいる相手にも届く方法、考えなきゃね!」

 

私がそう言うと、イーブイがこちらを見た。

 

「次は勝てるように、またいろいろ練習しよう!」

「ブイッ!」

 

イーブイの尻尾が、少しだけ上がった。

 

「でも、準決勝はすごかったよね! あのガーディに勝てたんだもん!」

「ぶい!」

「それに、準優勝だよ! すごいよ!」

 

私は手に持った袋を持ち上げた。

 

「……しかも!」

 

イーブイの耳がぴくっと動く。

 

「おじさんのフード、もらえたね!」

「ブイッ!!」

 

さっきよりずっと元気な返事が返ってきた。

 

「あはは! 優勝はできなかったけど、結果的にラッキーだったかも!」

「ぶいっ!」

 

「帰ったら、ラルトスも一緒に食べようね!」

 

ラルトスが、隣で嬉しそうに頷いた。

 

「そういえば……あの子、来てくれたのかな?」

 

イーブイがこちらを見上げる。

 

「あの練習場所にいた子! 大会、見に来てくれたかなあって」

「ぶい?」

「……どうだろうねえ」

 

来てくれていたら嬉しいけれど、あんなに人が多かったら、きっと見つけられない。

 

「明日はこの街を出るし、もう会えないかもしれないね」

 

少し寂しい気もした。

でも、あの子にはあの子の暮らしがある。

 

「よし! 明日からまた旅だね!」

「ブイッ!」

「次はどんなところかなあ」

 

そう言いながら歩いていると、ふと、後ろが静かなことに気づいた。

 

「あれ? ラルトス?」

 

振り向くと、ラルトスが少し離れたところで立ち止まっていた。

私たちが歩いてきた方を、じっと見ている。

 

「ラルトス、どうしたの?」

 

ラルトスは振り向かない。

私も、そちらへ目を向けた。

 

建物と建物の間に、細い路地がある。

その奥で、黄色い布のようなものが、ちらりと見えた気がした。

 

「……え?」

 

もう一度目を凝らす。

けれど、そこには何も見えなかった。

 

「……まさかね!」

 

私は小さく笑った。

ラルトスが、ゆっくりこちらへ歩いてくる。

 

「さ、帰ろっか! ごはん食べよう!」

「ぶいっ!」

「らる!」

 

三人で並んで、宿へ向かった。

 

*

 

翌朝。

 

荷物をまとめ、宿を出る。

 

「お世話になりましたー!」

 

宿の人に手を振って、私は大きく伸びをした。

 

「よーし! 出発!」

「ぶいっ!」

 

イーブイが元気よく歩き出す。

私もその後についていこうとした、そのとき。

 

くいっ。

 

「……ん?」

 

服の裾が引っ張られた。

振り向くと、ラルトスが私を見上げている。

 

「どうしたの?」

 

ラルトスは、私たちが進もうとしていたのとは別の方を指した。

 

「あっちに行きたいの?」

 

尋ねると、こくりと頷く。

特に急ぐ用事があるわけでもない。

 

「そっか。じゃあ、行ってみようか!」

「ぶい!」

 

イーブイもくるりと向きを変えた。

 

ラルトスについて街を歩く。

見覚えのある建物を曲がり、大きな壁に沿って進むと、やがて見慣れた場所に出た。

 

「あれ? ここって……」

 

三日間、イーブイと練習した場所だ。

 

「ラルトス、ここに来たかったの?」

 

ラルトスが頷く。

私は辺りを見回した。

 

昨日までと同じ壁。

見覚えのある岩。

そして、壁の向こうへ続く、薄暗い路地。

 

「……でも、誰もいないよ?」

 

そのとき、路地の奥で何かが動いた。

黄色い耳のようなものが見えて、次に、見覚えのある布が現れる。

 

「あっ!」

「ぶい!」

 

ミミッキュだった。

あの子が、路地から出てきた。

 

「わあ! いたんだ!」

 

思わず声を上げる。

ミミッキュは、逃げなかった。

いつものように少し離れたところで、こちらを見ている。

 

「……もしかして、昨日も来てくれてた?」

 

ミミッキュは答えない。

 

私は、昨日の帰り道を思い出した。

ラルトスが立ち止まっていたこと。

路地の奥で、黄色い布が見えた気がしたこと。

 

「……そっかあ」

 

私は笑った。

 

「ありがとう!」

 

ミミッキュは、じっとこちらを見ていた。

 

「私たちね、今日、この街を出るんだ」

 

そう言うと、ミミッキュの布が、ほんの少し揺れた。

 

「……あのね」

 

私はミミッキュの方に一歩近づく。

 

「違ったら本当にごめんなんだけど……」

 

そのまましゃがんで、目線を近づけた。

 

「もしかして、一緒に来たいと思ってくれてる?」

 

ミミッキュは、動かなかった。

私を見て、それからイーブイとラルトスを見る。

 

布の下から、小さな足が一歩だけ前に出た。

けれど、すぐに止まってしまう。

 

「……どうする?」

 

私はその場にしゃがんだまま、待った。

 

しばらくして、ミミッキュの布が、ほんの少し揺れた。

 

「……きゅ」

 

「……えっ?」

 

思わず聞き返してしまった。

この子の声を聞いたのは、初めてだった。

 

「……一緒に来てくれるの?」

 

今度は、さっきより少しだけ大きく、布が揺れた。

 

「……そっか!」

 

嬉しくなって、私も笑う。

 

「じゃあ、一緒に行こっか!」

 

イーブイが尻尾を振る。

ラルトスも、静かに頷いた。

 

私は鞄から、まだ使っていないモンスターボールを取り出した。

ミミッキュと私の間。

少し離れた地面に、そっと置く。

 

「これ、使う?」

 

ミミッキュがボールを見た。

そして、一歩、後ろへ下がった。

 

「あ、怖いか」

 

私は慌てて笑った。

 

「じゃあ、今じゃなくていいよ!」

 

ボールをしまおうと、手を伸ばす。

そのとき、ミミッキュが駆け出した。

 

「……わっ!」

 

私は伸ばしかけた手を引っ込めた。

ミミッキュはボールの前まで走ってきて、ぴたりと止まる。

 

私を見上げた。

 

「……一緒に来る?」

 

返事はなかった。

 

代わりに、ミミッキュはボールへ向き直る。

小さな手を伸ばして、自分から触れた。

 

ボールが開き、ミミッキュの姿が光に包まれる。

ボールがカタカタと揺れた。

 

そして――。

 

かちり。

 

「…………」

 

地面のボールを見つめる。

 

「……入ってくれた」

 

「ぶいっ!」

 

「わああ! 入ってくれたー!!」

 

私は、思わず両手を上げた。

イーブイが私の周りを駆け回り、ラルトスも嬉しそうに笑っている。

そして、ボールを拾い上げた。

 

「よろしくね、ミミッキュ!」

 

呼びかけると、そのままボールを開く。

光の中から現れたミミッキュは、さっきと同じように、少し離れたところに立っていた。

 

「よーし! 今度こそ出発だね!」

「ブイッ!」

 

私は鞄を背負い直して、街の出口へ向かって歩き出した。

 

イーブイが隣を歩き、ラルトスが続く。

 

少し遅れて、ミミッキュの小さな足音が聞こえてきた。

振り向くと、ミミッキュは私たちから少し離れて、後ろをついてきていた。

 

ラルトスが足を止める。

そして、ミミッキュの隣まで歩いていった。

 

何かを言うでもなく、ただ、同じ速さで歩き始める。

ミミッキュの布が、小さく揺れた。

 

街の出口が見えてきた。

その先には、緑の深い森へと続く道が伸びている。

 

私は立ち止まり、みんなを振り返った。

 

「じゃあ、いこっか!」

「ブイッ!」

 

ラルトスが頷く。

ミミッキュの布も、ほんの少し揺れた。

 

三人で入った街を、四人で出る。

少しだけ不思議な気持ちだ。

でも、なんだかわくわくする。

 

私たちは森へ向かって、新たな一歩を踏み出した。

 

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