かわらずのいしと、まだ知らない世界   作:未森ましお

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きみの好きなもの

 

「次の町まで、まだ結構あるんだよね」

 

私はスマホロトムの地図を眺めながら、おやつをひと口かじった。

森に入ってからしばらく歩き、私たちは最初の休憩を取っていた。

辺りには少し高めの木が生い茂っている。

重なった枝の間から、筋のように光が差し込んでいた。

 

森を抜けた先に次の町があるのだが、今から休まずに歩いたとしても今日中には着きそうにない。

地図には途中で道が分かれている場所もあるものの、宿のあるような町は見当たらなかった。

 

「今日はキャンプだね」

「ぶいっ!」

 

隣でイーブイが元気よく返事をした。

自分の分はもう食べ終えているのに、私が持っているものまで気になるらしく、さっきからちらちらとこちらを見上げている。

 

「これは私の分です」

 

そう言って最後のひと口を食べると、イーブイは少し残念そうに尻尾を下げた。

 

ラルトスとミミッキュは、少し離れたところに並んで座っていた。

街を出る前からラルトスはミミッキュのことを気にかけている節があったが、歩き始めてからも自然と隣にいるようになった。

 

イーブイが二匹の方へ歩いていくと、ミミッキュはラルトスの方へほんの少し身を寄せた。

イーブイは足を止め、しばらくはその場にいたものの、やがて私の隣へ戻ってきた。

 

「あれ? ミミッキュ、もういいの?」

 

そろそろ出発しようかと辺りを見回したところで、ミミッキュの前にまだおやつが残っていることに気がついた。

 

「お腹いっぱい?」

 

声をかけると、ミミッキュは小さく頷いた。

すると、隣に戻ってきたばかりのイーブイが、すかさず顔を上げた。

 

「……食べたいの?」

「ぶい!」

「もう、自分の分は食べたでしょ」

 

そう言っても、イーブイの視線はミミッキュの足元を向いたままだった。

 

「ミミッキュ、残りをイーブイが食べてもいい?」

 

ミミッキュが頷くと、イーブイは嬉しそうに駆け寄った。

ミミッキュは少しだけ後ろに下がる。

あっという間に残りのおやつを食べ終わると、イーブイは満足そうに尻尾を振っている。

 

「よく食べるねえ」

 

少し呆れた声を出すと、イーブイは得意げに「ぶいっ!」と耳を揺らした。

 

*

 

休憩を終えて、私たちは森の道を歩き始めた。

 

イーブイはいつものように私の隣を歩いている。

ラルトスとミミッキュは少し後ろに並んでいて、時々振り返ると、ラルトスの頭の向こうにミミッキュの耳が見えた。

 

三人になったばかりだと思っていたのに、もう四人で歩いている。

なんだか、まだ少し不思議な気分だ。

 

森の中は思っていたよりも歩きやすく、道の両脇には背の低い草や小さな花が生えていた。

木々の間から差し込む日差しも暖かく、イーブイは時々道を外れては、気になるものを覗き込んでいる。

少し先でガサッと音がしたので目をやると、マダツボミが道を横切っていった。

イーブイがマダツボミを追いかける。

 

「イーブイ、あんまり遠くに行かないでね!」

「ぶい!」

 

返事をしたかと思うと、今度は反対側の草むらへ駆けていった。

 

「ちょっと! 聞いてるー?」

 

返事はなかったが、一瞬視界から消えてはすぐに戻ってくるので、そのまま歩き続けることにした。

しばらくして振り返ると、後ろにいたはずのラルトスとミミッキュの姿が見えなかった。

 

「あれ?」

 

足を止めて、来た道を見渡す。

 

「ラルトス? ミミッキュ?」

 

返事はない。

イーブイも私の隣へ戻ってきたので、一緒に少し引き返すことにした。

 

すると、道の端にラルトスが立っているのが見えた。

その隣にはミミッキュもいる。

 

「気づかなくてごめん! 何かあった?」

 

二匹の元に駆け寄ると、さっきまでぴんと立っていたはずのミミッキュの耳が垂れ、顔もぐったりと下を向いていた。

ラルトスはそんなミミッキュを、心配そうに見上げている。

 

「ミミッキュ?」

 

しゃがんで声をかけると、ミミッキュの顔がほんの少し持ち上がった。

 

「疲れちゃったかな?」

 

こくん。また顔が下を向く。

 

「そっか。ボールに戻る?」

 

少し間を置いてから、ミミッキュの頭が小さく上下した。

 

「じゃあ、少し休もうね」

 

ミミッキュにそう声をかけると、ラルトスにも目を向けた。

 

「ラルトスも疲れたかな? ボールで休んでる?」

 

ラルトスはミミッキュをちらりと見てから、小さく頷いた。

ラルトスが仲間になったばかりのときにも同じことがあった。

次から気をつけようと思ったはずだったのに、また油断してしまった。

 

「……また置いて行っちゃってごめんね」

「ぶい……」

 

二匹を見ながら呟くと、ラルトスはふるふると首を振った。

 

「またお昼の時間に呼ぶからね」

 

申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら二匹をボールに戻す。

森の道には私とイーブイだけが残った。

 

「次は気をつけようね……」

「ぶい……」

 

ボールを大事にリュックにしまうと、しっかりと背負いなおした。

私とイーブイだけなら、もう少し早いペースで進める。

 

「よし、行こっか!」

「ぶいっ!」

 

気を取り直して声をかけると、イーブイが元気よく駆け出した。

イーブイの首元のリボンが揺れる。

 

「ちょっと、置いていかないでよ!」

 

慌ててその後を追いかけた。

 

*

 

「あっ、きのみ!」

 

道の脇に、見慣れない実がなっているのを見つけた。

黄色とオレンジが混ざった模様で、独特な形をしている。

 

近づいてみると、木の上の方に同じ実がいくつもぶら下がっている。

私はスマホロトムを取り出し、実に向けてみた。

 

「ええと……フィラのみ?」

 

画面に表示された説明を読んで、もう一度実を見上げる。

 

「へえ、辛いんだ!」

 

おやつにするには微妙かもしれないと思ったが、今日の夜はキャンプになるということを思い出した。

 

「カレーに入れたらおいしそうじゃない?」

 

イーブイが私を見上げた。

 

「今日はキャンプだし、いっぱい取っておこう!」

「ぶい!」

 

実がなっているのは少し高いところだったが、近くに落ちていた実を拾ってみると、思ったよりもしっかりとした感触だった。

以前モモンのみを見つけたときのことを思い出す。

 

「うん、これなら落としても大丈夫そうかな! イーブイ、お願い!」

「ぶいっ!」

 

イーブイは少し後ろへ下がると、勢いをつけて木の幹に体をぶつけた。

枝が大きく揺れ、熟した実がぽとぽとと地面に落ちてくる。

 

「あっ、落ちた! すごい!」

 

イーブイがこちらを振り返る。

私はしゃがんで実を拾い集めながら、もう一度お礼を言った。

 

「ありがとう! 助かったよ!」

 

イーブイも落ちた実を口にくわえ、私のところまで運んでくれた。

二人で拾い集めているうちに、袋は思ったよりもずっしりと重くなった。

 

「これだけあれば、たっぷり作れるね!」

「ぶい!」

 

今晩のキャンプが一段と楽しみになった。

 

*

 

イーブイとずんずん進んでいくと、気づけば太陽が真上にきていた。

あっという間にお昼の時間だ。

木漏れ日の差す場所で休憩することにした。

 

「ラルトス、ミミッキュ! お昼だよー!」

 

ボールから出てきた二匹は、また自然に隣同士に並んだ。

ミミッキュの耳も、さっきより元気そうに立っている。

 

「少し休めたみたいだね。よかった!」

 

みんなにポケモンフードを配り、私も近くの木の根元に腰を下ろした。

イーブイとラルトスは先日おじさんのお店で試食をして買ったもの、ミミッキュは大会の副賞でもらったものだ。

 

イーブイはさっそく食べ始めている。

ラルトスは両手でフードを持ち、少しずつ口へ運んでいた。

 

ミミッキュはというと、食べているところを見られたくないのか、後ろを向いている。

たまにこちらを向くと裾の下から小さな黒い手を出して、フードを掴んではまた後ろを向く。

 

……あれ。

 

そこから手が出るんだ。

 

そういえば、仲間になってから、まだミミッキュのわざを確認していなかった。

私は自分用のパンを脇に置き、スマホロトムを取り出した。

 

「ミミッキュ、わざを見てもいい?」

 

ミミッキュはちらっと振り返って、こくんと頷いた。

 

「ありがとう。食べてていいからね!」

 

画面に並んだ文字を、順番に読んでいく。

 

「ひっかく、かげぶんしん、おどろかす……はねる?」

 

ミミッキュが、フードを置いて振り向く。

そして、その場でぴょん、と跳ねた。

 

「……きゅ」

 

ぴょん。

 

「……かわいい」

 

「……きゅ?」

 

ミミッキュは首を傾げると、また元の方向に向き直った。

 

図鑑の説明を見ると、どうやら本当に跳ねるだけで、特に何かが起こるわけではないらしい。

 

「……そんなわざもあるんだ……?」

 

路地裏でひとりで暮らしていたから、もっと強そうなわざを覚えているのかと思っていた。

もしかして、思っていたよりレベルが低いのかもしれない。

 

「ひっかくは……」

 

私はミミッキュの方を見た。

小さな手が、またフードを掴んでいるところだった。

 

「その手でひっかくってことかな?」

 

ミミッキュは食べるのに夢中なのか、特に反応しなかった。

 

「かげぶんしんは、ラルトスと同じだね。これは分かる!」

 

ラルトスが顔を上げた。

 

「で、最後が……おどろかす?」

 

おどろかす。

どんなわざだろう。

 

私は画面とミミッキュを交互に見た。

名前だけでは、どういう攻撃なのか想像がつかない。

 

「ミミッキュ、おどろかすってどんなわざ? ちょっとやってみてもらってもいい?」

 

ミミッキュの動きが止まり、くるっとこちらを向いた。

そして、また動きが止まる。

しばらく動かないので、まだ人前でわざを見せるのは嫌なのかもしれないと思った。

 

「あっ、無理だったらいいからね」

 

すると、ミミッキュは小さな両手を出し、ゆっくりと上へ持ち上げた。

 

「…………」

 

私は、そのまま待った。

ミミッキュも、両手を上げたまま動かない。

 

「…………?」

 

「……きゅ」

 

「……えっと、今の?」

 

ミミッキュが、こくんと頷いた。

 

「そ、そうなんだね! 見せてくれてありがとう!」

 

ミミッキュは両手を下ろした。

 

……全然怖くなかったな?

いや、私が目の前で見ていたからかな。

そもそも、どうなったら成功なんだろう。

 

もう一度画面を見ようとして、ミミッキュの手元に目が留まった。

 

「あっ、食べてる途中にごめん! 続けて続けて!」

 

ミミッキュは小さく頷くと、また後ろを向いた。

また食べ始めたようで、小さな背中が揺れる。

私はスマホロトムをしまい、自分のパンに手を伸ばした。

 

みんなが食事を終えるころになっても、ミミッキュに用意したフードはまだ残っていた。

 

「ミミッキュ、もういいの?」

 

こくん。

 

「お昼もあんまり食べないね」

 

朝のおやつも、半分ほど残していた。

 

「もともと食が細いのかな?」

 

ミミッキュは少しだけ顔を傾けた。

 

「お腹がすいたら教えてね」

 

ミミッキュが頷いたところで、イーブイがこちらへ顔を寄せてきた。

 

「……きみは、まだ食べるの?」

「ブイッ!」

 

私は思わず笑ってしまった。

 

*

 

午後も、森の道を進んだ。

 

歩いていくうちに、木々の間隔が少しずつ狭くなってきた。

頭上では枝が幾重にも重なり、さっきまで足元に落ちていた木漏れ日も、いつの間にか見えなくなっている。

 

「なんだか暗くなってきたね」

 

隣を歩くイーブイに声をかけると、イーブイも辺りを見回した。

ラルトスとミミッキュは、少し後ろで並んで歩いている。

 

道はまだ続いているものの、先の方まで薄暗く、どこまで行けば森を抜けられるのか分からなかった。

何となく肌寒くなってきたような気もする。

 

「早く明るいところに出たいなあ」

 

そう言って歩き出そうとしたとき、木々の間に白いものが浮かんでいるのが見えた。

 

「あれ?」

 

足を止めて目を凝らす。

 

白い顔のようなものが、こちらを向いていた。

周りの暗さに目が慣れてくると、その下に小さな体があることも分かった。

 

「ポケモン……?」

 

スマホロトムを取り出して向けると、「ヨマワル」と表示されていた。

初めて見るポケモンだった。

 

ヨマワルは私たちに気づいたのか、音もなくすうっと近づいてきた。

ゆっくりと図鑑の説明を読みたかったが、そんな状況ではなさそうだ。

 

イーブイが私の前へ出る。

 

ラルトスの後ろには、いつの間にかミミッキュが隠れていた。

ラルトスよりも体が大きいので、耳も顔もほとんど見えてしまっている。

 

「私たち、通りたいだけなんだけどな」

 

ヨマワルは、そんな私の言葉など聞こえていないかのように、さらに距離を詰めてきた。

なんだか気味が悪い。

 

「イーブイ、気をつけて!」

「ブイッ!」

 

イーブイが身構える。

 

「でんこうせっか!」

 

イーブイが勢いよく飛び出した。

ヨマワルへ一直線に駆けていく。

ところが、ぶつかると思った瞬間、イーブイの体は相手をすり抜けてしまった。

 

「えっ!?」

 

勢い余って少し先に着地したイーブイが、驚いたように振り返る。

 

「当たってない!?」

 

そのとき、ヨマワルの足元から、黒い影が伸びた。

 

「イーブイ、避けて!」

 

影が地面を走り、イーブイへ向かっていく。

けれど、今度は影の方がイーブイの体をすり抜けた。

 

「えっ!?」

 

そのまま後ろへ伸びた影が、ラルトスにぶつかる。

 

「ラルトス!」

 

ラルトスがよろめいた。

後ろに隠れていたミミッキュの耳が、びくっと揺れる。

 

「大丈夫!?」

 

ラルトスは少しふらつきながらも、私に向かって頷いた。

 

イーブイの攻撃は相手に当たらず、相手の攻撃もイーブイをすり抜けた。

それなのに、ラルトスには当たってしまった。

 

「……あ! もしかして、ゴーストタイプ!?」

 

初心者大会に出ることになって、タイプ相性についても少しだけ勉強した。

まだ完璧に覚えられたわけではないが、確かノーマルタイプとゴーストタイプのわざは、お互いに当たらないんだった。

 

そういえば、ヨマワルもいかにもおばけみたいな姿をしている。

 

「そっか、イーブイのでんこうせっかは効かないんだ!」

 

イーブイは悔しそうに相手を見ている。

私も何とかしてあげたいけれど、今のイーブイでは、どう攻撃すればいいのか分からない。

 

ラルトスに目を向けると、ラルトスも私を見て小さく頷いた。

 

「ラルトス! ねんりき!」

 

ラルトスが前を向くと、ヨマワルの動きがぴたりと止まった。

相手は空中でもがいているけれど、ラルトスが力を込めると、それ以上こちらへ近づいてこられなくなった。

 

「よし!」

 

思わず声が出た。

 

けれど、このままではラルトスがずっと力を使い続けることになる。

相手はまだ元気そうだし、いつまで押さえていられるかも分からない。

 

イーブイは私の隣で身構えている。

ミミッキュは、まだラルトスの後ろにいた。

 

「でも、ここからどうしたら……!」

 

ほかに、何かできることはないだろうか。

ラルトスは両手に力を込めたまま、ヨマワルを押さえている。

このままではジリ貧だ。

どうしようかと考えていると、ラルトスがちらりとこちらを見た。

 

後ろにいるミミッキュを見て、それからもう一度、ヨマワルへ向き直る。

 

そして、ラルトスが、一歩前に出た。

 

「ラルトス?」

 

ヨマワルを押さえていた力が緩み、ラルトスが小さな手を口元に添える。

 

すると、淡い桃色の光がふわりと生まれ、息に乗るように相手へ飛んでいった。

 

光が触れた瞬間、小さな粒が弾ける。

その一部が今度はラルトスの方へ戻ってきて、体を包むようにきらきらと輝いた。

 

「えっ!?」

 

光が消えると、さっきまで少しふらついていたラルトスが、しっかりと立っていた。

 

「今の、なに!?」

 

私が驚いている間に、ヨマワルは体勢を立て直すと、木々の間へすうっと去っていった。

 

しばらくその姿を見送ってから、私は大きく息を吐いた。

 

「行っちゃった」

 

イーブイも警戒を解き、私の隣へ戻ってきた。

 

「ラルトス、すごかったね! さっきの、何だったんだろう?」

 

ラルトスも、自分の手を不思議そうに見つめている。

もしかして、新しいわざだろうか。

気になるけれど、ここにいるとまたヨマワルが戻ってくるかもしれない。

 

「あとで調べよう! とりあえず、ここを出よう!」

 

私はラルトスとミミッキュの方へしゃがんだ。

 

「二匹とも、ボールで休んでて。明るいところに出たら呼ぶね」

 

二匹が頷いたのを確かめて、ボールに戻す。

 

「イーブイ、急ごう!」

「ブイッ!」

 

私たちは、少し早足で森の道を進んだ。

 

*

 

薄暗い森の中をどれくらい歩いただろう。

木々の向こうに明るい光が見えたときは、思わず声を上げてしまった。

 

「あっ、出口!」

 

イーブイと一緒に森を抜けると、目の前には草地が広がっていた。

どこからか水の流れる音も聞こえてくる。

少し離れたところには色とりどりの小さな花が咲いていて、その周りをアブリーが飛んでいるのが見えた。

 

「はあーっ……!」

 

思わず大きく息を吐いた。

 

振り返ると、森の奥は相変わらず薄暗い。

さっきの白い顔がまた現れないかと、しばらく木々の間を眺めてしまった。

 

「ここなら大丈夫だよね……?」

 

イーブイも森を振り返ってから、私を見上げた。

 

「ぶいっ!」

「……だよね! もう疲れたし、今日はここでキャンプにしちゃおっか」

 

よく見ると草地の向こうには小川が流れていて、少し離れたところにはテントを張れそうな平らな場所もあった。

水辺からも近いし、今夜はここで休んでもよさそうだ。

 

私は荷物を下ろし、二匹のボールを取り出した。

 

「ラルトス、ミミッキュ! お待たせ!」

 

ボールから出てきた二匹は、また並んで私を見上げた。

 

「そうだ! ラルトス、さっきはすごかったね!」

 

森の中では急いでいたので、あの光が何だったのか、まだ確かめられていない。

 

「新しいわざだったのかな? ちょっと確認してみよう!」

 

私はスマホロトムを取り出し、ラルトスをスキャンした。

画面に並んだわざを一つずつ見ていくと、見覚えのない名前が増えていた。

代わりにかげぶんしんがなくなっている。

 

「あっ! ドレインキッス?」

 

説明を読んで、思わずラルトスを見る。

 

「相手にダメージを与えて、自分の体力を回復する……」

 

先ほどの状況を思い浮かべると、確かに相手に向かっていった光の一部が、ラルトスの方に戻っていったように見えた。

 

「なるほど! だから、さっきラルトスがちょっと元気になったんだ!」

 

ラルトスは少し俯いた。

 

「すごいよ! 新しいわざを覚えたんだね!」

 

顔を上げたラルトスに笑いかけると、その隣でミミッキュも小さく顔を揺らした。

 

そういえば、森の中ではずっとラルトスの後ろに隠れていた。

ミミッキュもゴーストタイプだが、さっきのポケモンは、ミミッキュにとっても怖かったのかもしれない。

 

「二匹とも、よく頑張ったね!」

 

私はスマホロトムをしまい、荷物の方へ向き直った。

 

「よーし! テントを張ったら、カレーを作ろうね!」

「ぶいっ!」

 

イーブイが元気よく返事をした。

 

*

 

テントを張り終える頃には、空が少しずつ夕方の色に変わっていた。

 

小川の流れる音を聞きながら、夕食の準備を始める。

森の中ではあんなに落ち着かなかったのに、明るい草地に出て、いつもの道具を並べていると、ようやくほっとしてきた。

 

「今日は、これを使います!」

 

私は昼間に採ったフィラのみを取り出した。

 

「いっぱい採っておいてよかったね!」

 

イーブイが嬉しそうに尻尾を振った。

 

持ってきた材料を鍋に入れ、火にかける。

切ったフィラのみも加えてかき混ぜると、しばらくしていい匂いが漂ってきた。

 

「辛いきのみってことは、ちょっとスパイシーになるのかな?」

 

袋の中には、まだフィラのみが残っている。

せっかくたくさん採ったんだし、もう少し入れてみよう。

いくつかのフィラのみを切って、鍋に追加した。

 

鍋の中をかき混ぜながら、今日はたまたまキャンプになったことで、みんなで鍋を囲めることになってよかったと思った。

今日はよく歩いたし、ラルトスもバトルを頑張ってくれた。

ミミッキュにとっては、仲間になって初めての夜だ。

 

しばらく煮込んで、ようやくカレーができあがった。

ちゃんととろみもあり、スプーンで具材を押してみるとすっと崩れた。

 

「できたー!」

 

みんなの分をよそい、私もお皿を手に取る。

全員で丸くなって座った。

ミミッキュはやはりまだ慣れないのか、お皿を抱えてくるりと後ろを向いた。

 

「いただきます!」

 

まずは、ひと口。

 

「…………」

 

もうひと口食べてみる。

 

「……かっら!!」

 

慌てて水に手を伸ばした。

 

「えっ、なにこれ!? こんなに辛いの!?」

 

イーブイも口をぱくぱくさせている。

私が声をかけると、苦しそうに「ぶ、ぶい……」と返事をした。

 

「イーブイ、大丈夫!? 無理しなくていいんだよ!」

 

けれど、イーブイはお皿から離れようとしなかった。

少し間を置いてからもうひと口食べ、また口をぱくぱくさせている。

 

「……まだ食べるの?」

 

「ブイッ!」

 

そう言いながら、イーブイはまたカレーに顔を近づけた。

ラルトスはというと、ひと口食べたところで手を止めていた。

 

「ラルトス?」

 

声をかけると、困ったように私を見上げる。

 

「あっ、辛かった!? ごめんね!」

 

私は慌ててラルトスのお皿を受け取った。

 

「別のもの出すから、ちょっと待ってて!」

 

荷物からいつものフードを取り出していると、ふとミミッキュの方に目が留まった。

 

ミミッキュは、黙々とカレーを食べているようだ。

 

「ミミッキュ?」

 

声をかけると、ミミッキュはお皿を持って振り返る。

朝も昼もあまり食べなかったのに、今はお皿の中がずいぶん減っていた。

 

「もう、そんなに食べたの?」

 

こくん。

 

私は自分のカレーを見た。

ひと口食べただけでも、水を飲まずにはいられないくらい辛い。

 

「……もしかして、辛いの好きなの?」

 

ミミッキュは少し間を置いてから、小さく頷いた。

 

「……きゅ」

 

「ええーっ!? そっか! 辛いのが好きなんだ!」

 

そういえば、今まで食べていたのはいつものポケモンフードばかりだった。

辛いものは、これが初めてだ。

 

「じゃあ、もう少し食べる?」

 

こくん。

 

「はい、どうぞ!」

 

ミミッキュのお皿にカレーを少し足すと、またくるりと後ろを向き、背中が揺れ始めた。

 

ラルトスにも別のフードを渡し、私もようやく自分のお皿に向き直った。

 

ひと口食べて、水を飲む。

 

……やっぱり辛い。

 

「次は、もうちょっと少なめにしようね……」

 

イーブイが、口をぱくぱくさせながら頷いた。

ミミッキュだけは、何事もなかったようにカレーを食べ続けていた。

 

*

 

夜になると、小川の音が昼間よりもはっきり聞こえた。

 

テントのそばでは、イーブイが丸くなっている。

ラルトスとミミッキュは少し離れたところに並んで座り、時々顔を見合わせていた。

 

ミミッキュの耳は、もう垂れていない。

 

「ミミッキュ、明日は疲れたら教えてね」

 

声をかけると、ミミッキュがこくんと頷いた。

 

「今日はたくさん歩いたもんね。ラルトスも、お疲れさま!」

 

ラルトスも、私の方を向いて頷いた。

 

森の中では驚いたけれど、あの新しいわざはすごかった。

今度は明るいところで、もう一度見せてもらおう。

 

そういえば、ミミッキュの「おどろかす」も、まだよく分かっていないんだった。

 

「……あれ、どうやって使うんだろうね?」

 

ミミッキュは少し顔を傾けた。

 

「また今度、教えてね!」

 

こくん。

 

今日一日だけでも、ミミッキュについて知らなかったことがいくつも分かった。

長く歩くと疲れてしまうことも、辛いものが好きなことも、仲間になって一緒に歩いてみなければ分からなかったと思う。

 

「明日は何があるかなあ」

 

そう呟いたとき、隣で何かが動く気配がした。

イーブイが顔を上げていた。

 

「どうしたの?」

 

その視線を追うと、夕食の鍋があった。

 

「……まだ食べたいの?」

「ぶいっ!」

「もうおしまい! お腹いっぱいでしょ!」

 

イーブイは少し不満そうに尻尾を揺らした。

私は笑いながら、鍋に蓋をした。

小川の音が、静かな草地に響いていた。

 

四人で過ごす、初めての夜だった。

 

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