とりあえず、一巻の内容までは書こうと思っています。
その先はまたいずれ。
今はただ、ありがとう。
どうやら自分は、神様とやらも救えない悪人だったらしい。
生まれた瞬間から、自分には自我があった。少なくとも生まれて間もない赤子の自分が、こんな風に自分を客観視できる事が異常だと理解できる程度には思考力があった。
ぼやけて碌に見えない視界の先で、大きな顔が2つ自分を覗き込んでいる。おそらく自分の今世の両親だろう。そんな考えが頭を過り、ふと自分が置かれている状況を理解した。
今世、があるのなら前世もある。掠れた記憶のなんとか遡ってみれば、それらしいものがあった。
幸いと言っていいものか、この体ではどうせ何もできないのだ。以前の自分とやらを他人事のように眺め続けて、得た感想が最初のそれだった。
その男は粗野で、学が無く、他人の良心を平気で踏み躙り、挙句の果てにヤクザ崩れのチンピラとして誰に看取られることもなく路地裏で野垂れ死んだ。刹那的な快楽を貪っていたツケが、恨みとともに背中の包丁となって返って来た人生は正に自業自得という言葉がふさわしい。こんなものが自分の前世なのかと考えると、それだけで気が滅入りそうだった。
だが、これはある意味朗報だ。
神様とやらがあまりの業にやり直す機会をくれたのかは知らないが、幸い自分はこの前世を愚かなものと認識できている。反面教師とすれば、人の道は外れずに済むだろう。
成長していくにつれ、自分が生まれたこの世界は前の世界とほぼ同じだと分かった。時たまニュース等で聴く知らない単語に首を傾げつつ、なんて事の無い日常を謳歌する。
いや。なんて事の無い、というと少し間違っている。何故なら今世でも俺はとても優等生とは呼べない日々を送っていたからだ。反面教師にすると誓ったにも関わらず、俺は余計なところまで前世から引き継いでしまったらしかった。
要領は悪く、物覚えも悪い。些細な事ですぐに頭に血が昇り、口より先に手が出る。気性というものは如何ともしがたく、滑り止めでようやく受かった高校は不良の掃き溜めのような場所。当然のようになし崩しで大乱闘に発展し、迫る不良達をちぎっては投げた。今世の俺は体格に恵まれていて、大人数相手でも見劣りしない力を持っていた。それを喧嘩に負ける事はないと良く捉えるべきか、はたまたそれが荒事に傾倒しやすくなる原因だったと嘆くべきか。
だが、そんな日々ももうすぐ終わる。高校卒業とともに自分は働く予定だ。体には恵まれているし、鳶職にでもなる予定だ。そうして、こんな自分を見捨てずにいてくれた今の両親に恩を返す。些細な事で泣く人達だ、初任給で焼肉でも連れて行けば感動で泣いて喜ぶだろう。もし、やり直しの機会を与えてくれた神様なんて存在がいるのなら、それを一番望んでいるだろう。
そんな風に、俺は呑気な事を考えていた。
そして西暦2021年。世界は唐突に終わりを迎えた。
地球全土を、突然未知のウイルスが襲った。
宿主を瞬く間に化け物に変質させるそれは後にガストレアと呼ばれ、人類の生活圏を8割削ったという。
その圧倒的な感染力と強大さに各国の軍隊も歯が立たず、人類は唯一有効とされたバラニウムという金属で巨大なモノリスを製造しその中の安全圏に逃げ込むしか取れる選択肢は無かった。
霊長と呼ばれた人類は、こうしてガストレア戦争に敗北した。日本も被害を受け、人類の生存圏は「東京」「大阪」「札幌」「仙台」「博多」の5箇所のみとなってしまった。
そして俺はそんな「東京」エリアの中、自室で1人シャワーを浴び項垂れていた。
足元は汚れと血で赤く染まり、それが排水孔に渦を巻いて吸い込まれていく。一仕事終えた後のシャワーも思考の靄と体のだるさまでは拭ってくれず、足を引き摺るようにして脱衣所に立つ。
鏡が目に入った。自分の顔がそこに映し出されている。
荒んだ目元。天を衝くように固まった茶髪。口元には大きな傷があり、抉れた肌の奥に犬歯が覗いている。まだ昔は不機嫌そうな少年で留まっていたが、こうまでなっては悪人面の評価は免れないだろう。
だが俺は、ふとその顔に奇妙な既視感を覚えた。
無造作に積んである布の中から適当に掴み引っ張り出す。そして、それで口元を覆った。手に取ったそれは見覚えのあるドクロスカーフ。整列した歯のプリントが威圧感を撒き散らしている。
ようやく、俺はその既視感の正体に気付いた。
「ああ、そういや俺、伊熊将監だったな」
勿論、俺の名前を忘れた事なんかない。それでもその名前は、少しだけ意味のあるものだったと思い出す。
幼い頃、前世の記憶の中で見た記憶の1つ。男が学生の頃何故か夜を越す供にしていた深夜帯のアニメの1つ。
ブラック・ブレットという近代SFアニメ。その世界と今の状況は酷似している。
ガストレアによって崩壊した世界。「東京」エリアやバラニウムといった、前世の現実には無かった単語。それらは全て、自分が前世の創作物の世界に転生したという事実を突きつけてくる。
だが重要なのはそこじゃない。そんな眉唾な話、前世の記憶を持って生まれた時点であり得なくもない話だ。違いと言えば、転生した先が現実かアニメの世界かの違いだけ。
問題なのはこの俺が、その序盤で無惨に殺される端役でしかないってことだ。
伊熊将監。粗野で、気性が荒く、己の実力を過信して真の化け物に挑み返り討ちにされた負け犬。それは奇しくも前世の、そして今の自分のそれだった。
その時、俺は悟った。
神様は俺に、慈悲を与えた訳じゃない。
この、腐った醜い世界で、過去の罪を償えって言ってるようだ。