国という制度が崩壊し、5つに分かたれた今の日本。ガストレア戦争から10年、「東京」エリアの内に住まう人々はようやく手にした仮初の平穏を享受している。
今日はやけに空が晴れていた。窓の外に、久しく見ていない海原のような澄み切った青が広がっている。だがそこにはいつだって漆黒の建造物が聳え立って俺達を見下ろしている。あれが俺達を滅びの運命から守っているらしいが、俺にはどうも慣れない。
見下ろされ、閉じ込められているような。俺達はガストレアとの戦争に負けたんだぞと、そう突きつけてくるようで不快だった。
早朝にやることはいつも決まっている。
少し広い2LDKのマンションの一室。俺の自室となっているそこは物々しさに包まれていた。金属製の金網ロッカーに南京錠、そしてその中でも一際目立つスタンドに立てかけた巨大な剣。身の丈ほどもある漆黒のバスタードソードを手に、俺は庭に出た。
だだっ広いそこは春の陽気を浴び雑草が目立ち始めている。その中心は何度も踏み均された跡があり、そこだけは地面が剥き出しだった。
そこに立ち、剣を振るう。
一刀、一刀、目の前に倒すべき敵の姿を幻視して。作業的でなく、だが肉体を最大限発揮できるよう効率的に振り下ろす。
両手での唐竹割が終われば次は片手で。その次は薙ぎ払い、斬り上げる。動作は単工程から流れるような連撃となり、遂には徒手空拳も混ぜた実践的な動きへと変わっていく。
そして最後、地面に突き刺していた剣を引き抜き、勢いよく振り下ろす。巨大な質量が空を裂き、背を伸ばした雑草が引き倒された。
小さく息を吐く。ガストレア戦争から約10年、ひたすら繰り返してきた鍛錬だ。始めた頃に比べれば疲労もそれほどなく対して動きは正確。着実に成長していることは実感できた。
だが、それでも。
(そんなんじゃ足りねえんだよ)
柄を掴む拳に思わず力が籠る。この程度では、到底敵わない。自分がいずれ相対する奴らを思えばあまりに遅すぎた。
部屋に戻ると、フライパンで何かを焼く音とともにトースターがじりじりとパンを焼く香ばしい匂いがした。
靴を脱ぎ、キッチンへ向かうとそこには自分以外の、もう1人の同居者がいた。
「おかえりなさい、将監さん」
「……おお」
こちらを振り返るのは、まだ齢10歳にも満たないだろう幼女だった。羊毛のカーディガンの上にイルカのワッペンが縫い付けられたエプロンを身に着けている。背が足りないから台座の上に立ち、出来立ての目玉焼きをプレートの上に盛り付けていた。
俺は生返事だけ返してその皿をとり、もう片方の手で冷蔵庫から取り出した飲み物と2人分のコップを掴む。相手も慣れているのか、もう1つの皿を両手で持ち俺の後に続いた。
リビングに置かれた机の上に置き、トースターから飛び出たパンを乗せれば朝食の出来上がりだ。2つのコップに麦茶を注ぎ、席についたところで手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
らしくもないが、これだけは毎回ちゃんと言うようにしている。俺達の間に特に会話らしい会話はない。それは飯を食い終わって皿を片すときも同じだった。このくらいの歳のガキはもっとやかましいと思っていたが、それはどうもこいつには当てはまらないらしい。
会った当初は距離感を測りかねていたのかややぎこちなかったが、数年一緒に暮らしてきた今となってはこの悪人面にビビる事もない。俺と違って要領がいいから料理でも何でもそつなくこなすし、妙に聡いところがある。
(それにしても、無表情だな)
前世の知識にある彼女と同じく、何を考えているか分からない子どもだ。今も俺の視線に気付いたのか、俺を見返し首を傾げている。
「どうしました? 足りませんでしたか?」
「……いや」
「そうですよね。将監さんは脳みそまで筋肉でできているんですからタンパク質がもっと欲しかったですよね」
「いい度胸だなクソガキ」
いや、訂正する。仏頂面で生意気なことを言ってくるクソガキ。
それがこの幼女、千寿夏世に抱く俺の率直な印象だった。