【本好きの下剋上 二次創作】ヒルデブラントの憂鬱 〜将来に絶望した元王子が、エーレンフェストの変人に巻き込まれて友人を得る話〜   作:Tzelem

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初めてファンメイドの小説を発表してみます。
お読みになった方々、宜しくお願いします。


ヒルデブラントの憂鬱

物語はヒルデブラントが貴族院に入学してからの話

 

 私はヒルデブラント。未来を失った男です。貴族院にあがれる年になり、内心来たくなかったのですが貴族院を卒業しないと貴族として認められないそうですから、嫌々ながらも中領地の領主候補生としてここにいます。しかし閉ざされた未来を知っていますので学習意欲も無くしました。

 

 あの時フェルディナンド様の「ヒルデブラント王子が得たシュタープは、旧世代と同じ品質の物になります。これから祈りの重要性が周知され、シュタープを得るまでに魔力圧縮や属性を増やす努力をした同級生と共に三年時に得た場合のシュタープに比べるとかなり粗悪な物です」という言葉が寝ても覚めても常に呪詛のように私の心をを蝕みます。貴族院を卒業するころ、私の能力はどの学生より劣り愚者扱いされるのでしょう。そういう運命が決定してしまっているのです。

 

 思えばあの頃慕っていたローゼマインは王族の都合に振り回され苦しんでいたのです。私は一日でも早く力を得てローゼマインを助けたかった。少なくとも嫌われていただろうジギスヴァルト兄上の第二夫人となるより、私の方がましなはずと思いもしました。そんな心の隙を造反者の騎士団長ラオブルートに利用され、シュタープを得たのですが、その結果がこの通りなのです。

 

 今は領主候補生の部屋に側近や護衛騎士を排し独り籠り、図書委員の腕章を見ながらローゼマインとの日々を思い起こし在りし日の思い出に浸って過ごしています。

 

そんな中、ドアがノックされ声がかかりました。

 

「ヒルデブラント様、少しはお部屋から出なければ体に毒ですよ」

「アルトゥールですか」

 

 アルトゥールは私の筆頭側仕として貴族院に同行しています。

 

「領地の御学友の方々とも交友しませんと、配下を決められないのではありませんか?」

 

 父上がアウブとして修める領地が決まり、城では体制を整えるため奮闘中だと聞き及んでいます。領地から貴族の子供達と一緒に貴族院に来ましたが正直皆、私にとって誰も彼も見知らぬ者ばかりで、学友の方々というのは領地貴族の子息令嬢たちの事です。やがてシュタープを得る時期から段々と蔑むだろう彼等ですから、交友などもっての外だと考えます。私はこれから先、彼等に追い越され無能の烙印を押されるに違いありません。ですから本当に部屋から出たくありません。誰だってバカにされるのを知りつつ付き合おうと考えないでしょう。

 

「護衛騎士とか側近なんて決めるつもりもありません。私はただ放っておいて欲しいのです」

「そうですか、しかし貴族院寮内にいる貴族の子供たちをまとめる役割もおありかと」

「私にとって皆見知らぬ者たちばかりです。それに成人になったらレティーツィア様の所へ婿入りが決まっていますから、長い付き合いにはなりません。ですからそんなの私にとって何も重要ではないのです」

「そうですか」

 

 寂しそうに応えるアルトゥールは、ドアの外から立ち去っていきます。私の領主候補生として態度は宜しくないのは承知の上ですが、こうして独り部屋に引き籠るに足る秘密があるのです。学生たちは寮監の先生に統率を任されたと聞きました。

 

 そんな毎日を過ごすうち、アルトゥールはお茶会の招待状を持って再びやって来ます。

 

「ヒルデブラント様、お茶会の招待状を頂きました。いかがいたしますか?」

「入寮早々にお茶会の招待状ですか、どこからなのでしょう?」

「エーレンフェストのメルヒオール様からです」

「エーレンフェストのメルヒオール様ですか」

 

 最悪です。

 

 エーレンフェストのメルヒオール様といえば、ローゼマインの義弟で現神殿長ではありませんか。私の最も羨望する立場にいる者で、お茶会にはレティーツィア様も参加されるとか。王命通りの将来が生きていなら、レティーツィア様はアーレンスバッハ改めアレキサンドリアの次期アウブ候補にして私の婿入り相手ではありませんか。レティーツィア様の補佐なんて私なんかに出来るでしょうか。そればかりかレティーツィア様はローゼマインの養女となったと聞き及んでいます。ディートリンデ様の養女よりマシですが、婿入りしたら私はローゼマインを義母と呼ばなければなりませんし、あの領地には恐ろしいフェルディナンド様が夫君として君臨しているのです。どれもこれも嫌すぎるものばかりではありませんか。

 

「アルトゥール、私はお茶会に行きませんからお断りして下さい」

「メルヒオール様はローゼマイン様の後を継いで神殿長になられたお方です。お会いして話してみれば、ひょっとしたらヒルデブラント様のお悩みに何かヒントを得られるのではないでしょうか?」

「ヒントですか。それは恐らく無駄に終わると思っています」

 

 私の悩みはシュタープの問題や、かつて好いていたローゼマインとはもう縁が無いというものです。例え会えてもばつが悪くて顔を合わせられませんし、同い年のメルヒオール様に解決できる知恵や力があるとも思えません。

 

 筆頭側仕えのアルトゥールも困り果てていた。

 

……ヒルデブラント様には困ったものです。ツェント任命式以来、お独りで部屋に閉じ籠ってばかり。すっかりやる気を無くしてしまわれました。御父上のアウブトラオクヴァール様にご報告を上げようにも、お忙しいのが判っているので気が引けてなりません。ですが御母上のマグダレーナ様ならあるいは。

 

「メルヒオール様、いつまでもそのようになさるのなら私は職務上、マグダレーナ様にご報告するしかありません」

「母上を呼ぶというのですか?」

「はい、私にはもうそれしかなさそうですので」

 

 アルトゥールに母上を呼ばれると、どれほどしつこく説教されるのやら。そんな目に合うくらいなら嫌々にでもエーレンフェストのお茶会に顔を出した方がいくらかマシでしょう。

 

「わかりましたアルトゥール。母上を呼ばれるくらいなら、エーレンフェストのお茶会に行くとします」

「では招待状にご返事を致しましょう」

 

 お茶会は貴族院内にあるエーレンフェストに割り当てられたお茶会室で行われるそうです。私は嫌々ながら顔を出すのですから、手土産は持参しませんし楽師も連れて行きません。そんな私に焦ったのかアルトゥールは形ばかりの手土産としてお菓子を用意するのです。

 

「ヒルデブラントです。ご招待に預かります」

「ようこそヒルデブラント様」

 

 私の入室を見てメルヒオール様が嬉しそうな顔で出迎えました。その顔を見るだけで、なぜか心がざわつき嫌な気分になってしまいます。奥のテーブルにはすでにレティーツィア様が着席をしていて、私を見ると挨拶のため席を立ちます。

 

……メルヒオール様、こいつは私の気持ちも考えず苦労知らずな顔をしていますね。むかつきます。

 

「ヒルデブラント様、どうぞこちらに」

「レティーツィアと申します。水の女神 フリュートレーネの清らかなる流れに導かれし良き出会いに、祝福を祈ることをお許しください」

「許します」

 

 私はレティーツィア様から祝福を受け祝福返しを行います。婚約者と決められているのに、こうして言葉を交わすのは初めてですね。

 お茶会の場にお菓子が用意されました。

 

「おなじみのカトルカールですね」

「はい」

 

 アルトゥールは後ろに立ち、私が席に着くと皆はそれぞれ持ち寄ったお菓子を一口食べ、勧め合います。メルヒオール様のお菓子は専属料理人ニコラがローゼマイン流料理やお菓子を作ってくれるそうです。

 

「領地同士のお茶会は後で別に開くとして、今回のお茶会の話題として私から提案をさせて頂きます。ローゼマイン姉上の縁者同士で友好を深めたいと考えてご招待させて頂きました。共通の話題としてローゼマイン姉上の話で盛り上がれると思うのです。ヒルデブラント様はローゼマイン姉上に慕ってくださっていたと聞いています。そこで私とも友人になってもらえませんか? 領主候補生である私には側近はいても友人がいないのです。貴族院で友達はまだ出来ていないのです」

 

……言われてみれば、私も友人がいません。友人とはどうすればいいのかも解りません。貴族の付き合い方は領地同士互いに利益を考えた上で交流するのだと教えられていますが、そういうのは友人とは別物でしょう。

 

メルヒオール様は近くにいる一人の文官を呼び私達に紹介します。

 

「彼、文官のディルクには孤児院の仲間やコンラートという友人がいるにも関わらず、私は友達にしてもらえないのです」

「そりゃそうでしょう」

「私はディルクとコンラートの仲が羨ましかった、彼らにはカミルという平民の友人もいたとも言います」

 

 常識として領主候補生の友人は、身分の釣り合いを考え領主候補生から探すのが常識です。

ましてや配下の者を友人にしようなど、まともではあり得ません。

 アナスタージウス兄上によれば、エーレンフェストは情報が少なく、常識が噛み合わなくて何を考えているのかよくわからない領地なのだと聞いた覚えがあります。

 

……メルヒオール様は変わっていますね。やっぱりエーレンフェストの者です。

 

「ふふふ。ヒルデブラント様は私のことを変人だとお思いでしょうね」

「まぁ、それは」

「構いません。そのような考えになった理由があるのです。友人とは対等の立場で物を言い合ったりお互いに協力したりするらしいですよ」

 

 ローゼマインは領主候補であり神殿長・孤児院長・工房長を兼任していたとヒルデブラント様は言います。本当に同一人物の話でしょうか? 私の知るローゼマインは本好きで体の弱い姫君だったはずですよね? 次に話は本題に入りディルクは孤児院出身だけど、新たな中級貴族家の当主だそうです。エーレンフェストでは大きな粛清が起こり、貴族が不足している状況を何とかするために孤児院から魔力量と思想次第で貴族に抜擢を行ったそうで、その中の一人がディルクで彼は孤児院時代の友人コンラートとともに、孤児院を守って行きたいと、そのために将来は孤児院をよく知る良い貴族として神官長か孤児院長になりたいという話を聞いたメルヒオール様は深く感銘を受けて側近に召し上げたのだとか。

 

「彼は貴族なのに孤児院を守るんですか?」

「ローゼマイン姉上が知るまで、孤児院は酷い環境だったそうで皆を憐れみ改革を行いまして、仕事や教育を得てある程度自力で生きていけるようにしたと聞きます。それでディルクとコンラートは改善以前の状態にならないように守る決意を固めているのです」

「メルヒオール様、素晴らしいお話です」

「ありがとう存じますレティーツィア様」

「メルヒオール様は孤児院の子供達とも接したことがあるのですか?」

「はい、貴族院に上がるまで神殿教室で交流をもった事があります。孤児院は神殿の奥にあるのですよ。私たちはアウブの子とか上級貴族の子とか分け隔てていると様々な人を知る機会がありませんから、孤児たちや灰色神官を知るには良い経験となりました」

「私も神殿教室の経験がございます」

「レティーツィア様もですか」

「はい」

「仲間とか友人とは、素晴らしいものですね」

 

 ここにいるメルヒオール様とレティーツィア様、そして私は領地に友人といえる者はいません。仮にいるとすれば臣下の者ばかり。ですからメルヒオール様はお茶会を催し友人を作ろうとお考えのようで、やっと話が繋がりました。私にも仲間や友人ができる、そのお誘いに嬉しくもありますが抵抗感もあります。そう、誰にも言えないシュタープの一件が。

 

「ヒルデブラント様、私は友人になって欲しいです。皆同年代ですから協力もし合えるかと思うのです。ローゼマイン姉上にとってダンケルフェルガーのハンネローレ様のように」

「わたくしはメルヒオール様の提案に賛成です」

「ありがとうございますレティーツィア様」

「私は考えておくとしか答えようがありません」

「そうですかヒルデブラント様。私はいつでも歓迎しますよ」

 

 お茶会を終え、自領の部屋に戻るとアルトゥールは話しかけてきます。

 

「お茶会はいかがでしたか? やはり来て良かったのではありませんか? 多少ですがヒルデブラント様の雰囲気が和らいでいると感じます」

「今はまだなんとも言えません」

「そうでしょうね。私から言えるのはメルヒオール様を全面的に信用するのは少々危険かと」

「それはなぜですか? 友達になりたいと言っていただけだと思うのですが」

 

 アルトゥールに危惧を感じた所を語ります。神殿長とは約百名を超える組織の長で多くの人員を従える立場にあります。つまりメルヒオール様は私と同い年にも関わらず、すでに神殿長の役職を得ているところが引っかかると言います。

 

「組織の長を努めているのですから、相当弁舌に長けているのではないかと私は感じました」

「なるほど、つまりメルヒオール様は口が上手いから気を付けた方が良いと」

「単なる杞憂で終われば良いのですが」

「そうですね」

 

 思えば話しぶりが実に上手だったと気付かされます。私はもう二度とラオブルートの時のように同じ過ちを繰り返してはなりません。

 この日以来、私はメルヒオール様に注意しながら観察します。信用して良い人物なのかどうかを判断するためです。

 

 騎獣の講義の場で彼は2つ獅子の顔を持つ搭乗型騎獣を創り出しました。それを見た側近たちは話しかけます。

 

「搭乗型騎獣にするのは女性が多い傾向のようですが、男性のメルヒオール様も搭乗型騎獣なのですか」

「私はローゼマイン姉上の騎獣に乗せてもらった事があります。ですからこの騎獣の本当の良さも凄さを知っているので、同じような騎獣にするのです」

「そうですか」

「搭乗型騎獣は大きくすると、沢山の荷物や大勢を運べるのです。ですから私も」

「領主候補生である貴方様ががわざわざそのようなことをしなくても」

「私の目標はローゼマイン姉上なのです」

「せっかく獅子を模した騎獣なのに、足が短過ぎるように思えるのですが」

「低い方が乗り降りし易いじゃないですか、聞いた話こういう形はシャコタンで、足元はハの字に開いて踏ん張っているでしょう? これをオニキャンとも言うらしいですよ」

「オニキャンシャコタンですか」

「なんだか呼び名が可愛いです」

「メルヒオール様には変な拘りがあるのですね」

 

 どうやら搭乗型騎獣はローゼマインから広まったようです。私はまだその騎獣を見たことがありません。それなのに彼は同乗させてもらった経験があるのだとか。なんと羨ましいことか。

 

……やっぱりメルヒオール様は変な奴です。

 

「オニキャンシャコタンも悪くない考えかもですね」

「ヒルデブラント様、あんな物のどこが良いのですか?」

 

 領地貴族の子息アルバインが私に話しかけてきます。

 

「例えば搭乗型騎獣にライデンシャフトの槍を構えた数人の騎士が乗っていれば、相当な戦力になりそうだと思えたのです」

「あ!」

「そのようなお考えもありですよ」

「でも騎士は騎獣に跨ってこその戦力だと私は思うのですが」

「陣形だって密集形態より、散兵形態の方が戦場の状況に応じ易いと私は考えます」

「それは搭乗型騎獣から騎士が飛び出せば同じではないだろうか」

「搭乗型騎獣で守られながら突撃して、先陣を切るのも可能そうですね」

 

 私の考えに学友の者たちが賛否両論を交わし合います。速さを競うディッターに慣れた者からはできない発想でしょう。ディッターの戦いは対人や対魔獣の戦いもあるのだと授業で教わりました。私は反逆者ラオブルートやランツェナーベとの戦いを、多少なりとも聞いていますので想像はできます。

 

「攻撃兵員に、そうですね例えば『戦車』とでも名付けましょうか。そういうのがあれば戦いの幅も広がるかもしれません」

「素晴らしいお考えです。ヒルデブラント様」

「ヒルデブラント様は柔軟なお考えが出来るのですね」

 

 貴族院が終わる頃、メルヒオール様からエーレンフェストに遊びに来ませんかと招待状が届きました。エーレンフェストですか、まっぴらです。ですが招待状の件を聞きつけた母上から命令が下ります。

 

「ヒルデブラント、丁度良い機会です。ぜひエーレンフェストを見て来なさい、私も着いて行くつもりです」

 

 エーレンフェストはローゼマインの生まれ育った地です。おそらく彼女が生み出した何かがある可能性は高いはずだと言うのです。私はそれを探って情報を得なければならないようです。あちらが友達認定しているなら、それに乗じるのが得策なのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 私は今母上と一緒に馬車でエーレンフェストに向かっています。騎獣で移動する方が速いのですが、騎獣は基本的に戦いの場で使われる物。なので戦う意志が無いことを示すためと、何泊かの旅で使う衣類や道具の荷物も運ぶため敢えて馬車で向かっているのです。

 

 車中に同乗しているアルトゥールが申し訳無さそうに母上に報告をします。

 

「奥様、私は判断を間違えたかもしれません」

「どういうことかしら?」

「はい、先日ヒルデブラント様をメルヒオール様のお茶会にお誘いしたのですが、弁舌が立つことからおそらくメルヒオール様はヒルデブラント様より格上なのではと思えてしまったのです」

「それがどうしました? 問題はありません。相手が格上ならヒルデブラントが実力を付ければ良いだけの話。私の出身領ダンケルフェルガーでは相手に勝つまで挑戦を続けるのです。仮にメルヒオール様が格上なら、ヒルデブラントも学ぶものが多いでしょうね」

「しかし奥様、メルヒオール様が何かを企んでいらっしゃるとすれば危険かもと危惧しまして」

 

 アルトゥールが心配そうに理由を述べますが、母上はりんとして話を撥ねつけます。

 

「ならばその企みに取り込まれず、逆に暴けば良いのです」

「母上は私はメルヒオール様を越えろというのですか?」

「その通りですヒルデブラント。相手が格下なら何とでもなるでしょうが、同格なら関係は馴れ合いになるでしょう。格上なら大いに学び取れば良いのです」

「母上、メルヒオール様は私と対等の友達になりたいと仰ったのです」

「ヒルデブラント、それを絶好の期会と捉えなさい」

「絶好の期会と言われても、メルヒオール様は変な奴なのですが」

「エーレンフェストで神殿長を務めるくらいですから、私達普通の貴族と考えが少々異なるのかもしれませんね、もしくは油断を誘うため変人を演じているとか」

 

 アルトゥールのいうことに思い当たる節が無いわけではありません。

 

「そう言われればメルヒオール様はローゼマインの後を継いだ男なのですよね」

「だからこそ探り甲斐があるというものです。エーレンフェストにはローゼマイン様の成した業績の痕跡があると私は睨んでいます。領主第一婦人ジークリンデ様もローゼマイン様の秘密を探ろうとお考えですが情報が少ないのです」

「ローゼマインの秘密ですか、私に探れるでしょうか」

「そのために私もヒルデブラントの保護者としてエーレンフェストに行くのです」

 

 貴族門をくぐった私の一行は領主の城に向かいます。整然と区画された貴族街の奥に領主の城があるそうです。

 

「ようこそお出で下さいましたマグダレーナ様、ヒルデブラント様。領主様の支度が出来次第歓迎会が始まりますので、こちらでお寛ぎ頂ければと存じます」

「ちょうど馬車旅で疲れていたろころですので休めれば幸いです」

 

 案内された部屋にはローゼマインとレティーツィア様がいました。どうやら私と私の場合と同じで未成年者の旅は保護者同伴が鉄則のようですね。レティーツィア様はローゼマインに養女として迎えられたので当然、彼女の保護者はローゼマインとなります。

 

「お久しぶりですねヒルデブラント様」

「お久しぶりですローゼマイン。キュントズィールの糸が再び紡がれましたことの感謝に堪えませんまだ王族の頃の癖が抜けていなくて敬称を付けないのをお許し下さい」

「そのように呼んで下さる方が、かつてのヒルデブラント王子を思い起こせます」

「ありがとう存じます」

 

 私も成長し背も高くなってきていますが、ローゼマインはあの頃の面影を懐かしんでくれているようで嬉しくなります。

 

 しばらくすると城努めの者が母上を呼びに来ました。母上は領主と大人同士で話があるとのことで部屋を変わります。領主の弟でもあるフェルディナンド様もいるのだとか。私は呼ばれなくて内心ホッとします。

私達子供とローゼマインの相手はメルヒオール様が引き受けるそうで、もうしばらくすると到着するとのこと。

 

「ローゼマイン姉上、ヒルデブラント様、レティーツィア様お待たせしました。改めてようこそエーレンフェストへ」

「メルヒオール様、お招きありがとう存じます」

「貴族院以来ですねメルヒオール様」

「色々案内しようにも城は大人と関わるので鬱陶しいかもしれません。そこで私の領分である神殿を案内して差し上げようと思うのですが」

「神殿ですか」

「メルヒオール様は神殿長ですものね」

「私も久しぶりにエーレンフェストの神殿を見たいです。孤児院長のフィリーネも元気でしょうか、会えるのが楽しみです」

 

 ローゼマインによって神事と神殿の大切さは、ユルゲンシュミットに広まりつつあります。しかし父上の治める領地では、まだ神殿の重要さの認知はそれほど広まっていません。ですから貴族は忌避感がまだ根強いのです。しかしローゼマインが育てられて来たという神殿をひと目見ておいた方が良いでしょう。エーレンフェストが貴族院で順位を上げた秘密やローゼマインゆかりの何かは在るに違いありません。

 

 メルヒオール様の案内で私達は神殿見学に向かいます。

 

「本当は皆さんを騎獣でお連れしたかったのですが、私はまだ大きく出来ないのです。馬車を用意しますね」

「メルヒオール、ならば私が騎獣を出しますから皆で乗って行きましょう」

「良いのですか? ローゼマイン姉上」

「もちろん構いませんよ」

「では神殿にローゼマイン姉上の騎獣で向かうとオルドナンツを飛ばします」

 

 神殿に向かうのは私達四人だけではありません。静かに付き従っている護衛騎士や文官もいますので意外と大所帯になります。噂に聞くローゼマインの騎獣は全員が一度に乗れるのでしょうか。私は見るのも乗るのも初めてです。

 

「レッサー君をバスにしました、乗り方は知っている者から聞いて下さいね」

「これが搭乗型騎獣の元になったローゼマインの騎獣なんですね」

「ヒルデブラント様、シートに座ったらこのようにベルトを装着するのですよ」

「なぜこのような物を?」

「安全のためらしいですよ」

 

レティーツィア様も乗せてもらった経験があるのでしょう。乗り方を教えてくれます。

それにしてもローゼマインは手綱ではなく、掴んでいる丸い物は何でしょう? どうしてそのような物にしたのか、どう扱うのかわかりませんが不思議としか思えません。

 

「私の騎獣もローゼマイン姉上の騎獣と同じようにハンドルで運転するようにしました」

「メルヒオールはよく私を参考にするのですね」

「もちろんです」

 

 どうやら丸い物はハンドルといって曲がる方向に回す仕様のようです。思うにディッターのように激しい動きをする場合、しっかりと掴んでいれば体が振られなくて良いのかもしれません。その際、体を固定するベルトや頭の上まであるシートにも意味があるのでしょう。

 

 数名の護衛騎士に守られたローゼマインの騎獣は、貴族街と平民街を隔てる壁を飛び越え神殿に着地します。神殿から神官たちが迎えに出ています。

 

「お帰りなさいませメルヒオール様、そしてようこそお客様方」

「皆さんにお茶の用意をお願いします」

「かしこまりました」

 

 神官たちがお茶の支度をするために神殿に向かいます。

 

「神殿まで直ぐなのですね」

「馬車より楽で早いですよ」

「騎馬型騎獣より乗り心地が良いですね。それに騎獣服に着替えずに乗れるのもお手軽で良いです」

「そうでしょうヒルデブラント様。中にいれば冬だって寒さは凌げますし」

「なるほど、そういう考えも出来ますね」

「搭乗型騎獣は利点も実用性もこのように高いのです」

 

 これは領地に戻ったら、私も本格的に搭乗型のも創らないとなりません。ローゼマインの発案だってことを知りながらも甘く見ていましたね。ローゼマインを目指すメルヒオール様は私より理解が深い。流石にオニキャンシャコタンはどうかと思いますが。

 

 私とレティーツィア様は残った神官に神殿長室に案内されました。メルヒオール様は着替えて来るとのことです。神事や神殿の中で神殿長はあの白い神殿長服を着なければならない決まりだそうです。ローゼマインは楽しげに言います。

 

「神殿長服は神殿における仕事着ですからね」

「仕事着ですか」

 

「お茶の好みは御座いますか?」

 

 神官がお茶とお菓子えお運び込んで来ます。

 

「私は其方のお薦めで構いません」

「かしこまりました」

「このお菓子は見たことがありません」

「このお菓子は以前ローゼマインが考案された物でエーレンフェストで採れる素材で作られています」

「ローゼマインが考案したのですか」

「そうですね懐かしい味です」

 

 エーレンフェストのお菓子はカトルカールだけではなかったようです。

 

「ヒルデブラント様、養母様はご自身でお菓子や料理のレシピを考えられるのです」

「ローゼマインがですか」

 

 驚きました。普通は専属料理人が考案したものを主の名で公表するのが常識です。やはり母上のいうように私がエーレンフェストに招かれたのは正解でした。ここに来てローゼマインの成した知らなかった何かを知ることが出来ます。他にもまだ何かあるのでしょうか。

 

「実はお菓子ばかりか、ここの井戸にも発明品があるんですよ」

「発明品ですか」

「メルヒオールが戻ったら案内してもらうと良いですよ」

「わかりました、そうしてもらいます」

 

 しばらく寛いでいると着替えを終えたメルヒオール様がやって来ます。

 

「お待たせしました」

「メルヒオール、私は孤児院に向かいますから、ヒルデブラント様とレティーツィアを案内してあげて下さいませ」

「了解しましたローゼマイン姉上」

 

 メルヒオール様と入れ替えにローゼマインは席を立って神殿の奥に向かってしまいます。

 

「ローゼマイン姉上は、よほど孤児院長のフィリーネに会いたいようですね」

「フィリーネ様って?」

「フィリーネはエーレンフェストに残っているローゼマイン姉上の側近なのです」

「側近なのにエーレンフェストに残っているのですか」

「成人を迎えるまで残ってくれているのです」

 

 フィリーネは灰色神官コンラートの姉上だそうです。

 

「コンラートってディルクの同胞で友人なんですよね?」

「そうですヒルデブラント様」

 

 元々コンラートは貴族の子息だったけど、継母や父親から見捨てられ孤児院に引き取られたとのことでした。彼は貴族に戻るより、一番苦しかった時に助けてくれた孤児院のために生きる道を選んだそうです。そして仕事を持ち。商人とも交渉出来る青色神官を目指しているのだとか。

 

「コンラートは偉いのですね」

「彼はディルクより魔力量が少なかったのです。ですがその心意気と希望を私は称賛に値すると思っています」

 

 このような孤児を知っているのでメルヒオール様は、魔力や貴族位で人を判断しないのかもしれません。もしかしたら魔力の低い私を知っても、見下げたり侮辱をしないかもですね、ならば恐れずに本気で友人になれそうです。

 

 私とレティーツィア様はメルヒオール様に案内され、まず孤児院の見学に向かいます。

本来孤児院など貴族には無縁の場所というのが常識ですが、ここではそのような常識に囚われないのでしょう。そのような場所にこそ何かありそうです。

 

「孤児院の男子棟の地下に工房があるのです」

「まぁ、ぜひ様子を見たいです」

 

 レティーツィア様は私と違って興味津々の様子。今は以前と違いあちこちの領地やギーベの地で工房が作られ産業が広まっている最中ですから、普通に見学の許可は出るようです。おそらく母上も領地に工房を欲しがるのでしょう。ですから私は工房や印刷についてよく見ておく必要がありそうです。

 

「いらっしゃいませメルヒオール様。そしてお客様方」

 

 孤児院では孤児院長以外の一同が礼を持って私達を出迎えてくれました。

 

「想像していた孤児院よち綺麗なのですね」

「ここでは皆が常に清めていますから清々しいでしょう」

「はい」

 

 孤児院の子どもたちは将来貴族や青色神官に使えるため、子供用絵本聖典・カルタ・トランプは参考書を使って教育が行われていると言います。私も子供用絵本聖典・カルタ・トランプは私も読んだり使った経験があります。ここでも子供はそれらを使い文字や計算を覚えるのだとか。

 

「ローゼマイン姉上の作った聖典絵本は凄いのです。お陰で貴族院に上がってから受ける講義が難しくないのですよ」

 

 メルヒオール様はここの子どもたちと一緒に子供用絵本聖典を読んでいるので神様に詳しくなったのだとか。それは盲点です。私はただ絵本として読んでいただけなので、神様の詳細など頭に残っていません。

 

「貴族の子どもたちも絵本聖典を読んだのですか?」

「そうです。ですから貴族院でエーレンフェストの順位が上がったそうですよ。私も神殿長として大いに役立っています」

 

 エーレンフェストのが順位を上げた秘密はこれだったのですね。そういえば神殿教室で学んでいるレティーツィア様は、メルヒオール様と同程度の知識を持っているということではありませんか。それは優秀なアウブとなる未来を約束されているも同然でです。将来私はそういうレティーツィア様を補佐しなければならないのです。また一つ劣等感が募ってしまいました。

 

「ヒルデブラント様、ここにもトランプがありますので子供達をも交えて一勝負してみませんか?」

「どのような勝負でしょう?」

「トランプを互いにめくり数が21になるか、相手より数が多い方が勝ちになる遊びです。大人はこの勝負でお金を賭ける人もいるそうです」

「面白そうですね」

 

 私は決まり事を更に詳しく教えてもらいます。そして一枚めくる度に皆の表情を伺い、誰が有利な札を持っているか探るのですが、誰の表情も読めません。そして惨敗します。

 

「皆さん強いですね」

「まぁ、これは子供達の教材ですが私も鍛えてきましたから」

「そうですか、残念ながら私は賭け事に向かないようです」

 

 もし何かを賭けて勝負をしたらと思うと背筋がぞっとします。エーレンフェストの貴族はきっと賭け引きに強いのでしょう。この場に母上がいたら勝つまで止めるなと言われそうです。

 

「では次の見学にいきましょう」

 

 孤児院のある女子棟と男子棟をつなぐ地下通路に炊事場がありました。

 

「ほう、ここで孤児院の食事を作っているのですね」

 

 炊事場のドアを開けると外に出られるようです。外には井戸があり、何やら変な物が取り付けてあります。私自身このような場所を見て回るのは初めてですが、異様さは感じ取れます。

 

「メルヒオール様、これな何でしょう?」

「それこそ私がこの場でお見せしたかった手押しポンプなのです」

「手押しポンプ?」

 

 そこに手押しポンプがありました。柄を漕ぐだけで水が汲めるそうです。

 

「面白いです」

「冬場でも今までのように苦労しなくて済むそうですよ。それに子供の力でも水を汲めます」

「ほう、それを見せてもらっても良いですか?」

「もちろんです」

 

 メルヒオール様の指示で神官の一人がポンプの柄を漕ぐと、確かに水がジャバッジャバッと出て来ます。

 

「これもローゼマインの発明なのですね」

「興味お有りでしたら、ご自分でも体験してみませんか?」

「え? 貴族なのに」

「見聞きして知るのと、体験して知るのは大きな開きがあるのだと私は知りました」

 

 メルヒオール様の勧めでポンプを漕いでみます。取っ手を上下に漕ぐだけで水が桶にジャバジャバと溜まっていきます。体験してみると何だかそれが楽しくなり始めました。

 

「どうです? 見ただけでは解らないものが知れたのではないですか?」

「本当にそうですね」

「メルヒオール様、私にもやらせて下さいませ」

 

 レティーツィア様も興味津々のご様子。

 

「更に面白い事がありまして、ポンプが売れれば売れるほど、ローゼマイン姉上にお金が入る契約があるそうです」

「領主候補だった、いや今は領主ですね。領主なのにお金を稼いでいるのですか?」

「普通領主だって商人とは違う形でお金を稼いでいますよ」

「そうなんですか」

 

 言われてみれば、領地の事業で本を印刷して販売するのもお金を稼ぐということでした。

 そしてメルヒオール様は水桶に手を掛けます。

 

「この水は厨房に運びましょう」

「なぜメルヒオール様自らが水を運ぶのです?」

「そうです、そういうのは下働きの仕事ではありませんか」

「言われる通り確かに下働きの仕事です。しかしこうして重い物を持ち上げ運ぶと、腕や足腰に力が付くのです」

「メルヒオール様はこうして体も鍛えていらっしゃったのですか」

「私は神殿長ですから、騎士達のように鍛えられません。ですから少しでも鍛えるには具合が良いのです」

 

……呆れた奴だと思いましたが、抜け目の無い奴だったのですね。

 

「では次に工房の見学です」

「楽しみです」

「工房ですか、普通、貴族は工房なんかに立ち入らないと思うのですが」

「領地の事業ですから、領主やその一族が立ち入って知っておく必要はあります」

「なるほそ、そうですね」

 

 確かに私とメルヒオール様の貴族観が違います。ですが理由を聞いてみれば筋は通っているし、十分納得が出来ますね。悪意や他意は感じませんし、私は見習った方が良さそうです。

 

 工房では数人のみすぼらしい格好の大人や孤児院の子供達が拝礼で出迎えます。

 

「見学ですから、仕事ぶりを見せて下さい」

「かしこまりました」

 

 工房の責任者と思しき者が皆に指示を与え仕事に戻ります。

 

「彼ら職人は皆神官なのですよ」

「神官がこんな仕事もするのですか?」

「はい、工房で作られる紙や本、カルタやトランプは神殿の収入源でもあるのです」

「領主から神殿に手当は出さないのですか?」

「出していますよ。でもそれだけでは十分ではなかったのです。それに仕事を覚えた灰色神官の価値は上がります」

「そうなのですか」

「それもローゼマイン姉上の作った制度なのです」

「流石ですね。実に領主一族にふさわしい業績です」

 

 メルヒオール様の口からやたらと姉上を賛美する言葉は鼻につきますが、兄と姉からローゼマインの凄さを教えられつつ育った男です。何となく狂信的なものを感じますが、それは仕方のないものかもしれません。彼の言うにはツェント任命式でローゼマインの凄さを益々実感し目指したいと思っているそうです。「さすがに神々の化身になれるとは思いませんが」とは言っていましたが。

 印刷工房の見学と職人集団や商人との交渉や、領地内で印刷業の推進を領主婦人とブリュンヒルデが主導で行っているそうです。

 

 ローゼマインは領主候補であり神殿長・孤児院長・工房長を兼任していたとも聞きました。それを聞く私はローゼマインは益々遠い存在だったのだと思い至りますし、対して私は奸臣ラオブルートに手もなく騙される程度の子供だったのです、ずいぶんと距離がありますね。ローゼマインの話を聞かされる度、その偉大さと自分の惨めさが浮き彫りになります。

 

「ヒルデブラント様、お元気がなくなったように思えますが」

 

 レティーツィア様が私を気遣ってくれます。

 

「ローゼマインの偉大さを思い知らされています」

「そんなに俯かないで下さいませ。私だってメルヒオール様や義母上のように偉大な者ではございません」

「私だってそうです。まったく偉大でも何でもありません」

「メルヒオール様、ご冗談を……」

「神殿の運営だって父上や神官達に注意されたり、叱られたりしているのですから」

「思うのですが、私とヒルデブラント様の違いは目指すものが有るか無いかの違いではないかと」

「目指すものですか……」

 

 メルヒオール様に言われてみれば、将来が決められている私には目指すものなど考えたことがありませんでした。

 

「私はローゼマイン姉上のような偉大な神殿長になりたいと思っているだけです」

「メルヒオール様、それはとんでもなく険しく遠い目標です」

「レティーツィア様、出来るか出来無いかではなく、私の目標なのです」

「そうでしたか、でもそのような目標を持っておられるメルヒオール様は立派だと思います」

「そうですね、私もそう思います」

「思って下さりありがとう存じます。でも目標を持つだけなら、誰だって持てるのです。ヒルデブラント様もレティーツィア様も目標を考えてみたらいかがでしょう?」

「そうですね、考えてみます」

「私も考えてみましょう」

 

 今何となくですが、共に支え合い助け合う『友人』という関係がわかった気がします。メルヒオール様もレティーツィア様も私の思い次第で友人に成り得るのでしょう。

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