昨日の場所
お迎えの時間まで、園庭の端に置かれた木のベンチで、タクヤたちはポケモンの話をしていた。
「うちの庭にコラッタいるよ。お父さんが見つけたんだ」
ケンタが、両手を広げた。どれくらい大きかったのかを言いたいらしい。
「うちにはポッポが来るよ。パンくずを置いておくと、毎朝来るんだよ」
ミホも負けずに言った。
「うちはおらん」
タクヤが言うと、ケンタは「えー」と声を上げた。
「なんで? ポケモンいないの?」
「おらんもんは、おらん」
言い返したあと、タクヤは膝の上の砂を指で払った。
家にはポケモンがいない。それは前から知っている。お父ちゃんもお母ちゃんも、ポケモンの話をすることはあるけれど、家で一緒に暮らしているポケモンはいなかった。
「でも、うちのコラッタ、すごいよ。走るのめっちゃ速いんだ」
「ポッポも飛ぶの速いよ」
ケンタとミホの声が重なった。
タクヤも、何か言おうとした。
「うちにも……」
そこで止まった。うちには、ポケモンがおらん。
ポケモンの話をしたいのに、うちのポケモンの話はできない。じゃあ、ほかの話ならどうやろう。昨日食べたプリン。おもちゃの車。どっちも、ポケモンの話にはならなかった。
「ポケモンがいなかったら、遊べないじゃん」
ケンタがそう言った。笑っていた。怒っているようには見えなかった。
「そんなことないもん」
タクヤはすぐに言い返した。けれど、何をして遊ぶのかは出てこなかった。
ケンタとミホは、また自分の家のポケモンの話をしている。タクヤはその話を聞いていた。さっきまでは、うちにはポケモンがいない、それだけだった。いまは、二人が話していることを自分は話せない、と思った。
先生が向こうから「そろそろお片付けしようね」と呼ぶ。みんながベンチを離れた。タクヤも立ったけれど、すぐにはついていかなかった。
ここにいると、またポケモンの話になるかもしれない。タクヤは、みんなの行くほうと反対へ歩いた。
園庭の隅には、遊具の裏を抜けて物置の脇へ続く細い通り道があった。遊具に隠れて、ベンチのあたりからは見えにくい。タクヤはそちらへ入った。
膝を抱えて座ると、砂がズボンについた。
みんなには、ポケモンの話がある。タクヤには、ない。
そんなことない、とさっき言った。けれど、何を言えばよかったのかは分からない。うちにはポケモンがおらん。そこは変わらなかった。
目の奥が熱くなって、鼻がつまった。
泣いたらあかん、と思った。けれど、声が出た。
小さく息を吸ったところで、背中の近くが白く光った。
ばちん、と音がした。背中から腕まで、びりっとしびれた。タクヤの体が跳ねて、横へ倒れた。頬に砂が当たる。
それから、目を開けるまでのことは覚えていない。
目を開けると、白い天井があった。
タクヤはベッドに寝かされていた。そばに先生がいて、少し離れたところにお父ちゃんとお母ちゃんがいる。
「タクヤ、聞こえる?」
先生の顔が近づいた。
「……うん」
「よかった」
お母ちゃんが、タクヤの手を握った。お父ちゃんは先生と何か話していたけれど、タクヤには全部聞こえなかった。
白い服の人が、手や顔を見てから、いくつか質問をした。タクヤは、名前と、どこが痛いかを答えた。頭が少し重い。それ以外は、よく分からなかった。
先生は、物置の脇で倒れているタクヤを見つけたのだという。すぐに医療施設へ連れてきた、とあとで聞いた。
先生が、白い服の人に「ジョーイさん」と声をかけた。
「おうちの人が来たから、今日は一緒に帰ろうね」
先生がそう言った。
タクヤはうなずいた。お母ちゃんの手は、まだタクヤの手を握っていた。
次の日、園へ行くと、先生がタクヤのそばに来た。
「昨日はびっくりしたね。今日は無理しないで、先生の近くで遊ぼうね」
「ぼく、どこにおったん?」
「遊具の裏の、物置の近くだよ。先生が見つけたの」
先生は、いつもと同じ声で話した。
タクヤは遊具のほうを見た。昨日、あそこにいた。どうして倒れたのかは分からない。あの場所が気になって、目がそっちへ戻った。
ほかの子が遊具の近くで遊びはじめた。タクヤもそちらへ行った。みんなの声を聞きながら遊具の脇を歩いていると、物置へ続く通り道が見えた。
タクヤは、そちらをのぞいた。
物置の壁は、園庭の端まで続いている。昨日座っていたところも、その先にある。砂の上に細い線がついていた。
タクヤはしゃがんで、それを見た。
物置の向こうから、かすかな音がした。
ころん。
タクヤは顔を上げた。
丸いものが、壁の陰から出てきた。赤と白に分かれた、ボールみたいな体。タクヤの顔より幅があって、床から膝のあたりまである大きさだった。顔は見えない。目も口もなかった。
タクヤは、それが何なのか知らなかった。
丸いものは、少しだけ転がって止まった。
タクヤも、止まったまま見ていた。