誕生日会の日、タクヤは朝から落ち着かなかった。
「お母ちゃん、もうケーキ取りに行く時間ちゃう?」
「まだやで。お昼すぎに取りに行くんやから」
「ほな、飾りつけしよ」
タクヤは箱から紙の飾りを出した。お母ちゃんが椅子を押さえているあいだに、壁へひとつずつ貼っていく。ビリリダマは床に置かれた紙の輪を避けるように、部屋の端を転がっていた。
タクヤは自分でテープを取って、最後の飾りを貼った。
「できた!」
少し曲がった紙飾りを見て、お父ちゃんが笑った。
「ちょっと曲がってるなあ」
「ええねん!」
昼すぎ、お母ちゃんがケーキを取りに出かけた。タクヤは飾りの下で、何度も時計を見た。
「まだかな」
玄関の呼び鈴が鳴った。友達が来たと思って、タクヤは急いで戸を開けた。お母ちゃんがケーキの箱を持って立っていた。
「なんや、お母ちゃんか」
「なんやって何やの。ケーキいらんの?」
「いる!」
お母ちゃんはケーキを冷蔵庫にしまった。少しして、また玄関の呼び鈴が鳴った。今度はケンタが立っていた。後ろにはお父さんもいる。
「タクヤ、誕生日おめでとう!」
「ありがとう! 入って入って」
「お邪魔します」
ケンタのお父さんが挨拶し、ケンタは靴を脱いで上がった。ほどなくして、ミホとお母さんもやってきた。
「お誕生日おめでとう。これ、プレゼント」
ミホが包みを差し出した。
「ありがとう。あとで開けるな」
みんなが部屋に集まると、ビリリダマのほかにコラッタとポッポもいつものように子どもたちの近くにいた。ケンタはコラッタの背中を撫で、ミホはポッポに手を差し出す。ビリリダマはタクヤのそばをひと回りして、テーブルの脚の横で向きを変えた。
テーブルにはケーキとジュースが並んだ。ろうそくに火がつくと、ケンタとミホが一緒に歌い、タクヤは笑いながら吹き消した。
「九歳やな」
ケンタが言った。
「そうやで。九歳!」
「来年は十歳だね」
ミホの言葉に、タクヤはケーキをひと口食べた。
「十歳はまだ先や。今日は九歳やからな」
みんなでケーキを食べた。クリームが少し鼻についたケンタを見て、ミホが笑う。ケンタは慌てて拭き、タクヤもつられて笑った。
プレゼントを開けると、ケンタからは色鉛筆、ミホからは小さなノートが出てきた。
「これで何描くの?」
「ポケモンとか、学校のこととか。なんでも描くわ」
「じゃあ今、コラッタ描いてよ」
ケンタが言った。タクヤはノートを開き、色鉛筆を手に取った。コラッタを見ながら描いていると、ポッポが机の端へ飛び乗った。ビリリダマは、机の脚に当たらないよう小さく向きを変えながら、タクヤの手元を転がっていた。
「できた!」
「コラッタのしっぽ、長いね」
「ほんまや。もうちょっと短かったか」
子どもたちは絵を見比べて、そのあと何をして遊ぶか相談した。庭に出てかくれんぼをすることになり、コラッタとポッポもそれぞれ好きな場所へ動いた。ビリリダマは縁側の近くで、タクヤたちが走るのを見ていた。
大人たちは部屋に残り、ケーキを食べながら話していた。学校や近所のことを話すうち、ケンタのお父さんが言った。
「角の店の子、旅に出てからどうしてるんでしょうね。小さいころは、店先でよく転んでましたよね」
「この前、その子のお母さんが言ってたわ。コガネまで行ったらしいよ」
「転んでたのは弟くんじゃなかった?」
「あら、そうだったかしら。じゃあ、角の子は店の前でずっと自転車の練習してたのね」
ミホのお母さんが笑い、ケンタのお父さんもうなずいた。
「そういえば、坂の上の家の子は一度帰ってきたんだって。お母さんが、しばらく家でゆっくりさせるって言ってたわ」
「あの子は小さいときから、遠くまで行くより家で本読んでるほうが好きそうだったけどなあ」
「ああ、坂の上の家の子とは別だけど、駅前の文房具屋にいたお姉さん、今は別の町で暮らしてるんでしょう?」
「仕事が見つかったんだって。向こうの暮らしが合ったんだろうな」
「もう一年くらいしたら、うちの子たちも十歳か。自分で決めることが増えるんでしょうね」
「そうですね。元気に出ていくのを応援したいけど、そばにいてくれたら安心なのも本音です」
ミホのお母さんの声は穏やかだった。ケンタのお父さんは、庭のほうへ目をやった。
「ケンタはチャンピオンになるって言ってるからなあ。あの調子なら、いつか本当に出ていきそうだ」
「お父さん、聞こえてるよ」
庭のほうからケンタの声が聞こえた。大人たちは顔を見合わせて笑う。
「タクヤくんとこはどうですか?」
ミホのお母さんに聞かれ、お父ちゃんは肩をすくめた。
「旅に出たい言うたら、行かせたるつもりやで。まあ、ミカンさんに勝ってからやけどな」
「それ、いつまで言うつもりなん?」
お母ちゃんが笑って言った。
「勝ったら、もう何も言えへんやろ」
「勝てるまで行かせへん、みたいに聞こえるけど」
「そんなつもりはないで」
お父ちゃんも笑った。お母ちゃんは庭のほうを見て、「運動会、今年は何の種目に出るんやろ」と話を変えた。ミホのお母さんが、去年のリレーで靴が脱げた子の話を始めた。
庭では、タクヤたちが隠れる場所を探していた。
「タクヤ、もう隠れていい?」
「まだや! ケンタ、目つぶって数えてや!」
「いーち、にーい、さーん……」
ミホが物置の陰へ走った。タクヤは庭木の後ろにしゃがみ、葉っぱの隙間からケンタの様子をうかがう。
「もういいかーい?」
「もうええでー!」
ケンタが庭を探し始める。タクヤは笑いそうになるのをこらえた。ビリリダマは庭木のそばをゆっくり転がり、走ってきたタクヤの足元を避けて縁側のほうへ戻った。
かくれんぼの次は、誰がいちばん遠くまでボールを転がせるか競争した。一回目はタクヤのボールがいちばん遠くまで行った。二回目、ケンタのボールが植木鉢に当たりそうになり、三人であわてて追いかける。
「今のはケンタの勝ちやな」
「そうだね。一回目はタクヤの勝ちだったよ。次で最後にしよう」
遊んでいるうちに日が傾き、帰る時間になった。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
「また学校でな」
「うん。またね」
タクヤはみんなを見送った。コラッタとポッポも、それぞれの家族について帰っていった。
家の中が静かになると、タクヤはお母ちゃんと一緒に皿を片づけた。お父ちゃんがテーブルを拭くあいだ、ビリリダマは空いた部屋をゆっくり横切り、タクヤの足元へ転がってきた。
「楽しかったなあ」
「よかったな」
お母ちゃんが笑った。
タクヤはもらった色鉛筆とノートをもう一度見た。九歳になったのがうれしかった。
「明日、学校でノート見せよ」
ビリリダマは、いつものようにタクヤのそばに転がってきた。