お迎えの時間になり、お母ちゃんが園へ迎えに来た。タクヤは先生のそばにいた。園庭の端にはビリリダマがいた。
お母ちゃんはそれを見つけて、足を止めた。
「あれ、まだいるんですか」
先生は、お母ちゃんと一緒に園庭の端を見た。
「来ない日もありますが、最近もときどき来ています。前ほどすぐには逃げなくなりました。子どもたちは近づけないようにして、離れた遊具の側で過ごしています」
「そうなんですね……。大丈夫なんですか」
「今のところ、距離を取っている間に何かしてきたことはありません」
お母ちゃんは、もう一度ビリリダマを見た。タクヤも園庭の端を見た。
(今日もおる。)
話が終わると、お母ちゃんはタクヤの手を取った。
「タクヤ、帰るで」
「うん」
お母ちゃんが門に向かって歩き出した。タクヤも手をつないで歩いた。少し遅れて、園庭の端のビリリダマも転がり始めた。
お母ちゃんが足を止めた。タクヤも止まった。ビリリダマも、少し先で止まった。
「あのビリリダマ、うちらについてきてへん?」
タクヤは園庭の端を見た。お母ちゃんも、同じ方を見ていた。
また歩き出すと、ビリリダマも少し遅れて転がった。先生が門を開けた。お母ちゃんが先に外へ出て、タクヤも続いた。ビリリダマは、まだ園庭の内側にいた。先生は、開いた門のそばに立っていた。
お母ちゃんが数歩進んで、振り返った。
「タクヤ、帰るで」
「うん。ちょっと待って」
「何待ってんの?」
「ビリリダマ」
お母ちゃんはすぐには歩き出さず、門のそばでタクヤと一緒に立ち止まった。手はつないだままだった。
「ビリリダマ、帰る?」
ビリリダマは、すぐには動かなかった。
「タクヤ、もう行くで」
「うん。もうちょっと」
「ちょっとだけやで」
しばらくして、ビリリダマが少し転がった。そこで止まった。また少し転がって、止まった。門までは、まだ少し距離があった。
お母ちゃんは、タクヤの手を握ったまま園庭を見ていた。タクヤも、その場で待っていた。先生は開いた門のそばにいた。
ビリリダマは、ゆっくり門の近くまで来た。開いた門の内側で止まり、少ししてから、門の間を転がって園の外へ出た。
お母ちゃんは足を止めた。タクヤは、門を越えたビリリダマを見ていた。
*
園の門を出て、タクヤとお母ちゃんは家へ向かった。ビリリダマは少し離れて、同じ方へ転がってきた。帰り道、タクヤが振り返ると、お母ちゃんも一緒に後ろを見た。ビリリダマは、追いつかないくらいの距離にいた。
家に着くと、お母ちゃんはタクヤと一緒に中へ入った。振り返ると、ビリリダマは家の外にいた。お母ちゃんが玄関のドアを閉めた。
「タクヤ、庭には出たらあかんで。ビリリダマにも近づいたらあかんよ」
「うん」
しばらくして、お母ちゃんが窓から庭を見た。タクヤもそちらを見ると、ビリリダマがいた。
*
お父ちゃんが帰ってきたころ、タクヤは窓のそばにいた。お父ちゃんも外を見て、立ち止まった。
「なんでビリリダマがおるん?」
お母ちゃんは答えた。
「園には前から来る日があるって、先生から聞いてん。タクヤには近づかんように言うてたんやけど、今日は帰ろうとしたら同じ方へ動き出してな。自分で門を越えて、帰り道も少し離れて転がってきてん。家に着いてから見たら、庭におったんよ」
「園からついてきたんか……。これ、どうしたらええんやろ」
「触らんほうがええよな。ジュンサーさんに聞いてみよか」
「そうやな」
お母ちゃんはジュンサーさんに電話をした。ビリリダマが庭にいることと、タクヤがいることを伝えていた。電話を切ると、お母ちゃんはお父ちゃんに言った。
「刺激せんように、タクヤを近づけんと、触らずに様子を見てくださいって」
タクヤは、庭のビリリダマを見た。
「庭には出たらあかんで。近くにも行かんこと」
「うん」
*
タクヤは窓のそばを離れた。夕飯を食べて、家の中で少し遊び、寝る支度をした。
寝る前、窓の外を見ると、庭にビリリダマがまだいた。
(まだおる。)
*
次の朝、タクヤは窓から庭を見た。ビリリダマはまだいた。
「おはよう」
タクヤが声をかけた。ビリリダマは庭の端にいたまま、動かなかった。お母ちゃんに呼ばれて、タクヤは園へ行く支度をした。
ビリリダマが庭にいる朝も、いない朝もあった。朝には見えなかったのに、園から帰ると庭にいた日もある。タクヤは見つけると、窓から「ただいま」と声をかけた。
ある日、「ただいま」と言うと、庭のほうから「ビリ」と聞こえた。タクヤは靴を脱ぐ手を止め、窓の外を見た。ビリリダマは庭にいた。お母ちゃんが「手洗っておいで」と呼び、タクヤは家の中へ入った。
*
そのあとも、庭にいるビリリダマへタクヤが声をかけると、「ビリ」や「ビリリ」と聞こえることがあった。声が聞こえない日もあった。ビリリダマがいる朝、家を出るときに「行ってくるで」と声をかけることもあった。
お父ちゃんもお母ちゃんも、窓から庭を見ることがあった。ビリリダマが近づいてくることも、電気を出すこともなかった。タクヤも、言われたとおり近くへ行かなかった。
何日かたって、お母ちゃんは玄関のそばに立った。
「お母ちゃんがここで見とる間なら、庭で遊んでもええよ。でも、ビリリダマには近づいたらあかん」
「うん」
タクヤは庭で、おもちゃの車を走らせた。ビリリダマは庭の端にいた。タクヤは車を走らせたり、止めたりして遊んだ。ときどきビリリダマを見ることもあったが、ずっと見ていたわけではなかった。
別の日も、タクヤはお母ちゃんの見ているところで庭に出た。車を走らせている途中、ふと顔を上げると、ビリリダマが前に見たときより近いところにいた。
タクヤは車を持ったまま、そこで止まった。
(近いな。)
ビリリダマは逃げなかった。タクヤはその場から動かず、ビリリダマを見ていた。