園庭の隅で、ケンタがしゃがみ込んだ。両手を顔の前に出し、指を歯みたいに見せている。
「いくよ。コラッタの、いかりのまえば!」
ケンタは前へ飛び出し、見えない何かにかぶりつく真似をした。ミホが「きゃー」と声を上げて逃げる。ケンタが追いかけると、ミホは振り返り、両腕を広げてばたばたさせた。
「ポッポのかぜおこし!」
「風、ぜんぜん来ないよ」
「いまのは弱かったんだよ」
ミホは腕を大きく振って、今度はケンタを追いかけた。園庭にはポケモンはいない。二人がポケモンになって遊んでいる。
タクヤも走った。誰が鬼なのか途中で分からなくなった。ケンタが追ってきたので逃げる。ミホも来たので、もっと走った。先生が「ぶつからないようにね」と声をかける。
少し走って、タクヤは足を止めた。ケンタもミホも、息をつきながら戻ってくる。
「大きくなったら、アサギジムに行くんだ」
ケンタが言った。
「ジムって、ポケモンと戦うところ?」
「うん。お父さんが言ってた」
「わたしも行ってみたいな」
ミホが言った。
「灯台のデンリュウ、具合が悪かったんだって」
「あ、それ聞いた。ミカンさんのデンリュウでしょ?」
「そう。もう元気になったのかな」
「知らない。でも、ジムの人は強いんだよ」
ケンタが両手を前へ出した。
「いかりのまえば!」
「またそれ?」
「だって、コラッタは強いもん」
ケンタがミホを追いかける。ミホは両腕を広げ、タクヤの横を走り抜けた。
「かぜおこし!」
風は吹かない。ミホが走って行き、ケンタがそのあとを追った。タクヤは二人を目で追った。
(コラッタは口で噛む。ケンタがやったみたいに、前歯でがぶっとするんやろか。ビリリダマにも、いかりのまえばはできるんかな。)
タクヤは、庭にいるビリリダマの丸い体を思い浮かべた。赤と白で、目がある。口は見えなかった。
(口ないのに、がぶってできるんかな。技するときだけ出てくるんやろか。)
「タクヤ、次はタクヤがポッポね」
ミホが手を振った。タクヤは両腕を広げた。羽はないけれど、腕をばたばたさせてみる。
「かぜおこしや!」
ミホとケンタが走り出す。タクヤも追いかけた。腕を振って走ると、風が起きたかどうかは分からなかった。
ポッポには羽がある。ビリリダマには羽がない。
(ビリリダマも、かぜおこしできるんかな。)
今度はケンタが鬼になった。タクヤはミホと一緒に逃げた。ケンタの手が届きそうになって、タクヤは横へよける。ミホが笑いながら反対へ走った。
遊びが終わるころには、誰が鬼かまた分からなくなっていた。ケンタは最後までコラッタだと言い、ミホはポッポの羽をばたつかせていた。
*
家に帰ると、庭にビリリダマがいた。
「ただいま」
タクヤが声をかけると、ビリリダマから「ビリ」と聞こえた。
タクヤは庭の端にいる丸い体を見た。赤と白の体に目がある。口はやっぱり見えなかった。
(ビリリダマ、戦えるんかな。何ができるんやろ。)
タクヤは窓から、庭のビリリダマを見ていた。
*
窓の向こうでは、庭の端にビリリダマがいた。タクヤは、お母ちゃんに聞いた。
「ビリリダマって何できるん?」
お母ちゃんは台所から顔を出した。
「電気を出すことがある、いうのは聞いたけどなあ。ほかは、お母ちゃんも知らへんわ」
「そっか」
*
お母ちゃんが玄関のところから見ているあいだ、タクヤは庭へ出た。前に車のおもちゃで遊んだ場所にしゃがむ。ビリリダマは、離れた庭の端にいた。
「ビリリダマ、何できるん?」
ビリリダマは「ビリ」と鳴いた。
声を聞いても、何ができるのかは分からなかった。
「なんかやって」
ビリリダマは、ゆっくり転がり出した。少し進んだところで、急に速くなる。赤と白の丸い体が庭の端を横切り、タクヤが目で追う間に、向こう側で止まった。
「はやっ」
タクヤは、手に持っていたおもちゃの車を握り直した。ビリリダマは、さっきいたところから離れた場所にいる。タクヤはその場にしゃがんだまま、追いかけなかった。
ビリリダマの体に、小さな白い光がぱちっと走った。タクヤは目を瞬いた。あの日、背中の近くで見た白い光が一瞬浮かんだ。今の光は、ビリリダマの体の表面を走って、すぐに消えた。
「電気や」
お母ちゃんが玄関先から言った。
タクヤは返事をせず、ビリリダマを見ていた。
「ほかは?」
ビリリダマは動かなかった。目がタクヤのほうを向いている。タクヤは次に何が起きるのか、じっと待った。
少しの間、庭には何も起こらなかった。
それから、甲高い音が鳴った。耳の中に残るような、ぎいんとした音だった。タクヤは肩を縮め、両手で耳を塞いだ。おもちゃの車が手から落ちて、草の上に転がった。
「うるさっ! それ使わんといて!」
タクヤが声を張ると、音が止まった。
急に静かになった庭で、タクヤは耳から手を下ろした。ビリリダマは、離れたところにいた。動いていない。
「タクヤ、大丈夫?」
お母ちゃんが玄関から声をかけた。
「うん。びっくりしただけ」
「もうおしまいにしよか。こっちおいで」
タクヤは立ち上がり、庭の端にいるビリリダマを見た。近づかずに、玄関のほうへ戻る。
(言うたら、やめた。)
玄関へ入る前に、タクヤは立ち止まってビリリダマを振り返った。
「ありがとう」
ビリリダマから「ビリ」と鳴き声がした。
タクヤは、お母ちゃんのそばまで戻った。