庭で遊ぶとき、タクヤはお母ちゃんの見えるところにいた。おもちゃの車を地面に走らせていると、庭の端にいたビリリダマが少しずつこちらへ転がってきた。
タクヤは車を止めた。ビリリダマは、転がっては止まり、また少し進んだ。タクヤはその場から動かず、丸い体を見ていた。
「お母ちゃん、ビリリダマから来た」
玄関先のお母ちゃんも、庭の端を見た。
「ほんまやな」
ビリリダマは、タクヤの手が届かないところで止まった。
「さわってもええ?」
お母ちゃんはすぐには答えず、ビリリダマとタクヤを見た。
「タクヤはそこから動かんと、手だけ出して待ってみ。ビリリダマが離れたら、やめるんよ。ビリッとしたり、なんか変やなと思ったら、すぐ手を引いて戻っておいで」
「うん」
タクヤはしゃがんだまま、片手を伸ばした。指先は、まだビリリダマに届かない。
ビリリダマは止まっていた。タクヤも手を出したまま待った。
少しして、ビリリダマが転がった。少し進んでは止まり、また少し進む。タクヤは手を引かなかった。自分からは動かず、そのまま見ていた。
指先のすぐ前で、ビリリダマが止まった。
タクヤの背中に、あの日の白い光が浮かんだ。あのときは、背中から腕までびりっとした。庭で見たときにも、ビリリダマの体に白い光が走った。
タクヤの手に力が入った。
ビリリダマが、あと少し転がった。
伸ばした指先が、丸い体に触れた。
タクヤは目をつむりかけた。けれど、白い光は出なかった。指先にも、びりっとしたものは来なかった。
タクヤは目を開けた。ビリリダマは、手の先で止まっていた。
「ビリビリせえへんかった」
お母ちゃんは玄関先から、タクヤを見ていた。
タクヤは指を離した。ビリリダマは、さっきより近いところにいた。
足元のおもちゃの車を拾い、タクヤはまた地面に走らせた。ビリリダマは動かなかった。タクヤは車を手元へ戻して、もう一度押した。
庭の端ではなく、すぐ近くにビリリダマがいた。
*
それから何日かたった。ビリリダマが庭にいる日もいない日もあった。いる日は、タクヤはおもちゃの車を持って庭へ出た。近くにいるビリリダマに指先で触れてから、車を走らせることもあった。声をかけると「ビリ」と聞こえる日もあれば、何も聞こえない日もあった。
*
その午後、タクヤは庭で車を走らせていた。ビリリダマは、庭の端よりも近いところにいる。
タクヤが車を押すと、ビリリダマがころんと転がった。車が止まる。ビリリダマも止まる。タクヤがまた車を走らせると、ビリリダマも少し動いた。
「そっち行くん?」
タクヤは車を追いかけて、手元へ戻した。ビリリダマも、少し転がって止まった。タクヤはまた車を走らせた。
庭に雨粒が落ちてきた。タクヤの髪にひとつ当たる。地面にも、ぽつぽつと黒い点が増えていった。
「タクヤ、雨降ってきたで。中に入ろう」
お母ちゃんが玄関から呼んだ。
「うん」
タクヤは車を持って軒下へ戻った。ビリリダマは、雨の当たる庭にいた。
「ビリリダマは?」
お母ちゃんも庭を見た。雨はまだ降っていたが、さっきより少し弱くなっている。
「すぐやみそうやし、ちょっとここで待っとこか」
「うん」
お母ちゃんはタオルを持ってきて、タクヤに渡した。
「髪濡れてるで。先に拭いとき」
タクヤは髪や顔を拭いた。タオルを下ろすと、軒下まで来ていたビリリダマにも雨粒がついているのが見えた。丸い体の下の方には、土もついている。
「ビリリダマも濡れてるなあ」
「ほんまや。そこ、土ついてるで」
タクヤはタオルで、ビリリダマの手の届くところを拭いた。布に、うす茶色の汚れがついた。
見えているところをひと通り拭くと、タクヤはタオルを持ったままビリリダマを見た。
「ちょっと回って」
ビリリダマから「ビリ」と聞こえた。少しして、丸い体がころんと回った。さっき見えなかったところが、タクヤの前に来た。
タクヤはそこもタオルで拭いた。お母ちゃんは玄関先で、二人を見ていた。
「これでええかな」
お母ちゃんはタオルを受け取った。
雨は、さっきより細くなっていた。タクヤは車を持ち、玄関の内側へ入った。お母ちゃんも続いて入る。開いた戸の向こう、軒下にいたビリリダマが、少ししてころんと動いた。
丸い体が、玄関の敷居を越えた。
「あ、入ってきた」
お母ちゃんが言った。タクヤは、玄関の内側にいるビリリダマを見た。外では、まだ雨が降っていた。
*
お迎えまで、園庭のベンチの近くで、タクヤたちはポケモンの話をしていた。
「昨日、うちのコラッタが走ってたんだ。すごく速かったよ」
ケンタが、地面を走る真似をした。
「うちに来るポッポも、飛ぶの速いよ」
ミホは両腕を広げた。
「うちのビリリダマはな、転がるのめっちゃ速いねん」
タクヤは、両手で丸を作った。
「ビリリダマって、そんなに速いの?」
「せやで。こっから向こうまで、すぐ行くねん」
タクヤが園庭の端を指さすと、ケンタもそちらを見た。
「コラッタだって速いよ。走るんだから」
「ポッポは飛ぶんだよ。もっと速いよ」
ミホが言った。
「ビリリダマも速いねん」
「じゃあ、どれが一番速いか競争しようよ」
ケンタが走り出した。ミホも「待って」と追いかける。タクヤも二人のあとを走った。
「コラッタが一番だよ!」
「ポッポだよ!」
走りながら、二人の声が聞こえた。
「ビリリダマやって!」
タクヤも声を上げた。ケンタとミホは、走ったまま何か言い返していた。