いつもの言葉
朝、タクヤは教室に入ると、自分の席にランドセルを置いた。机の中からノートを出し、筆箱から鉛筆を取り出す。前の黒板には、日付と今日の予定が書かれていた。
同じように席についた子たちが、先生を待っている。タクヤもノートを開いて、黒板を写しはじめた。
先生が教室に入ってきた。いつものように挨拶をして、出席をとる。それから黒板の端に、ポケモンと一緒に練習するときの注意を書き足した。
「ポケモンと暮らしている人も、そうでない人も、これから一緒に練習する時間があります。まずは安全な距離の取り方や、声のかけ方からです」
教室のあちこちで、鉛筆が動いた。
「技の名前を使って指示を出すこともあるけれど、名前を言えば何でも伝わるわけではありません。ポケモンの様子を見て、短く、分かりやすく伝えましょう。技を使う練習をするときは、先生の合図を待つこと。周りに人がいないか確かめること。慣れてきたら、簡単な訓練や、安全を確保したバトル練習もします」
タクヤは「バトル練習」のところに線を引いた。
ポケモンとトレーナー。技を使ったバトル。そういうものは知っている。テレビで見たこともあるし、町でポケモンを連れた人を見かけることもあった。
けれど、先生が話している練習は、知っているのと少し違って聞こえた。
「家に一緒に来られるポケモンがいる人は、連れて来られる日に連れてきても構いません。毎回でなくても大丈夫です。ポケモンがいない人も、友達のポケモンと組んだり、先生のポケモンを手伝ったりできます」
隣の席の子が、家のポケモンは朝が苦手だと言った。別の子は、連れてくるなら何曜日がいいか考えている。
タクヤはノートの端に、ビリリダマ、と書いた。
家に帰ると、ビリリダマは居間にいた。テレビの前をふさいでいる。タクヤが「ちょっとどいて」と言うと、ビリリダマはころんと横へ動いた。
「今日、学校でポケモンと練習する話があってん」
台所から、お母ちゃんが顔を出した。
「ポケモン連れてきてもええんやって。毎日やなくて、来られる日にやけど」
「ほんなら、ビリリダマと行ったらええやん」
「うん」
タクヤは鞄を置き、ビリリダマのそばにしゃがんだ。
「技の名前で指示するんやって。ビリリダマ、たいあたり」
ビリリダマは動かなかった。
タクヤはもう一度言った。
「たいあたり」
ビリリダマは、タクヤのほうを向いたまま止まっている。
知らない言葉だから、分からないのかもしれない。タクヤは部屋の隅に置いたクッションを指さした。
「あれにぶつかって」
ビリリダマが転がった。クッションの手前で速度を上げ、丸い体がぽすんと当たる。クッションは壁際へ少しずれた。
「そうそう」
タクヤは笑った。
「家ん中で技使わんといてや」
台所から、お母ちゃんの声がした。
「はーい」
できることは、いつもと同じだった。車のおもちゃを追いかけて転がる。道を空ける。呼べば来る。危ないと言えば止まる。
ただ、さっきの言葉では動かなかった。
「……あ。たいあたりって言ったことないもんな」
ビリリダマは、クッションの横で止まっていた。
タクヤはビリリダマを見た。
「明日、学校来る?」
ビリリダマはすぐには動かなかった。やがて、いつものようにタクヤの足元まで転がってきた。
翌朝、タクヤが玄関で靴を履いていると、ビリリダマはもう戸口にいた。
「行こか」
タクヤが外へ出る。ビリリダマも、隣をころころついてきた。
学校までの道は、いつもより少し広く見えた。